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11;秋の日語り


 高校を卒業して約半年。

 ようやく独り暮らしも板についてきた、と胸をはる今日頃ごろ。

 そんな矢先の十一月下旬の三連休、与えられた課題を片し、電車で二時間の地元に帰省したの寂しくなったから、などではない。


 小学校の卒業式、別れの言葉から六年、一日たりとも忘れたことはなかった。

 いま彼女は何をしているのだろう。

 中学に上がり、接点がなくなると同時にいろんな噂が流れた。

 ヤクザの跡取り娘になったとか、社長夫人とか酷い話だとAV女優になったとか。

 人間は下世話な噂が大好きなのだ。


 見上げた青空は、どこまでも高く遠く深く青く澄んでいた。


 オレらが大人になるまでに、雨は何度だって降る。

 オレらが大人になるまでに、日は何度だって射す。

 柔らかな声で笑う雨宮雪乃は、それを知っていたのだろうか。


「いってきます」

 帰ってきても遊び歩いてばかりね、という親の言葉を聞き流し、オレは足早に児童館に向かった。


 ここを訪れるのも六年ぶりだ。

 子供のころ巨大に感じた施設は大学の研究棟よりもずっと小さい。所々ひび割れて蔦が張ったコンクリートの壁は早いとこリノベーションしてやれよ、と小言を吐きたくなるほどだ。

 息を切らせて駆け上った秘密基地への山道も、今じゃハイキングにもなりはしない。

 道を半分以上忘れていたし、ガラクタのほとんどが風雨にさらされボロボロになっていたから、そこがかつての思い出の場所と気づくのに時間がかかったが。

「来るだろうか」

 雨宮はいなかった。

 まだ、いないのか。

 それとも来ないのか。


 もうあれから六年が経ったのだ。

 子供のころの約束を覚えていられるほど、オレたちはガキじゃない。

 きっともう忘れてしまっている。

 新しい環境でイイ人もいるかもしれない。

 でも、それでも。

 ただひたすらに会いたいのだ。

 会って何を話すか。

「駆け落ちでもしようか」

 それはわからないけど。


 そもそもあの約束には待ち合わせの時間を決めてなかった。

 背負ったリュックの電波式虫除け機を起動させ足元におく。

 切り株に腰かけて、退屈しのぎに家出計画ノートを読み返すことにした。



『別にお別れでもないけど、こんな文章書くのはすごく照れくさいです。明日もあなたに会えるのに、顔を合わせたら素直になれないと思うから、手紙として残します。

 まず私がこのノートを残すにあたって、ママのことについて語りたいと思います。

 私のママはすごいお金持ちのお屋敷で生まれました。鳥山って名字で、江戸時代から続く名家なんだそうです。

 大学生の時にキャンパスでパパと出会いました。パパは当時のカリスマでママをオルグしたそうです。よくわかりません。

 大学を卒業してママとパパは駆け落ちし、伊瀬と二人で行ったあの町に住み着いて、私が生まれました。

 前はああ言ってたけど、パパは私のことを愛していたんだと思います。私の背中にあるイレズミは幸福を意味する言葉ですから。

 三人で暮らす日々は幸せでした。お金は無かったですけど、ママから色んなことを教わったし、パパは信仰を通じて幸せを追求していました。

 別にパパが信じる宗教は、安物のつぼを高い値段で売ったり、ただの水を売ったり、そういうことはしていません。ただ善く生きることをひたすら考えるだけの集団でした。

 でも地下鉄に毒ガスが流されたり、アメリカで集団自殺が起こったりして、なんにも悪くないパパの革命がスゴく非難されました。

 私は神様がキライです。

 だってパパはいつでも神様を信じていたし、人生相談とかでたくさんの人たちを悩みを解決していました。だけど、神様はパパを不幸にしました。

 たぶんですが、パパは私たちに迷惑をかけないために、いなくなったんだと思います。シンコウ宗教に対する世間の風当たりは本当に強いものでしたから。

 パパがいなくなってママも不幸になりました。お金がなくなり、ママも働きにでました。国からの支援を受けることが難しいらしく、住んでいるアパートの名義の変更とかもうまくいかなくて、結局ママは実家を頼りました。

 ここからは前に電車で話した通りです。

 縁切りされていた母を鳥山家は受け入れませんでした。だけど、子供である私だけなら面倒をみるというのです。母はその申し出を受け、私を送り出しました。

 パパのことがあったから、おばあちゃんは宗教に人一倍厳しくて、ちょっとでもその話題をふるとフキゲンになりました。伊瀬が宗教ババアのプリントを持ってきたときとか、私はそのプリントを見られたくなくてドキドキしました。

 ママと離れておばあちゃんと暮らして、別に嫌だったわけではありません。伊瀬と会えたし、お医者の先生も優しいから。でも伊瀬と話してお母さんに会いたくなって、おばあちゃんにそれを言ったら叩かれました。すぐに謝ってくれたけど、私にはおばあちゃんが言う『男にほだされてお金を持ち出した』ことがそこまで悪いことだと思えません。どんなことがあっても私を優先してくれるママが大好きでした。

 私は母に愛されていると勘違いしていました。それで会いに行って現実を知ってとても悲しくなりました。

 それでも、私と伊瀬が起こした行動を無駄ではなかったのです。

 あのあとおばあちゃんと話し合ってママと一緒に暮らせることになったんです。中学校に上がってからですけど、もう一度ママと暮らせるのです。こんなにうれしいことはありません。

 ママは私のことを愛していないと言っていました。

 私はママを愛しています。

 あんなことがあってもやっぱり大好きなのです。

 相手が私を愛していないとわかっても、自分の気持ちが変わることはありません。

 一緒に暮らせることがスゴくうれしいのです。

 伊瀬は私の報告を聞いてなんて思うでしょうか。

 もしかしたらこのノートは誰の目にも触れずボロボロになってしまうかもしれません。

 もし伊瀬がこれを読んでいるなら、私はそれだけで、ママと一緒に暮らせることくらいに、うれしいです。

 私のことを知ってくれるのがうれしいのです。

 伊瀬が私のことをどう思っているか、わかりませんが、私はあなたが大好きです。

 あなたが私のことを嫌いでも、私はあなたを愛しています。

 スゴく恥ずかしいです。

 あなたが私と同じ気持ちなら、私を好きと言ってくれるなら、時間がたっても変わらないという自信があるなら、

 もし大人になったとき、伊瀬が雪乃のことを覚えていたら、そのときはまた会ってください。ずっと待っています』



 時間がたっても大人になっても、オレは雨宮雪乃を忘れなかった。

 思えば卒業式の時に答えは決まっていたに違いない。じゃなきゃ待ち合わせ場所を決めるようなことはしなかったはずだ。

 愛という字は知っていても意味は知らなかった小学生時代。十八歳になって幾分マシになったと思う。

 青春時代を通じてオレを好きだといってくれる異性は少なからずいたけど、それにいい返事をしなかったのは、いつでも心の片隅に彼女がいたからだ。

 制服デートができなかった後悔とか、会ったとき恨み言の一つくらい言いたいものだ。


 雨宮はまだこない。


 書いた張本人が忘れている可能性だってあるし、あまり期待してないけど、オレは小学四年生の雨宮雪乃が感じてくれたように、彼女に会えることがスゴくうれしいのだ。

 なにを話そう。

 なんて話そう。

 話題なんて思い浮かばないけど、

 オレは、やっぱり雨宮雪乃に恋をしたのだ。


 秋の風が吹いた。竹林が揺れる音がして、射し込む日差しに目を細める。

 雨宮の笑い声が聞こえた気がした。







以上です。読了ありがとうございました。

ご意見ご感想がもしあればおっしゃっていただければと思います。


純粋に恋愛小説(にこれがなるのかは不明ですが)を書くのはすごい気恥ずかしかったですが、どこかの一文だけでも心に残ったのなら幸いです。


ありがとうございました。



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