賢者と幻想郷
東方の二次創作です。よろしくお願いします
尻のポケットに入れておいた携帯電話から電子音が鳴り響く。
片手で携帯をポケットからつまみ、開く。液晶画面に表示された名前を見て、電話に出た。
「やぁ、君か。どう?『彼』はそっちに入れたかな?」
言葉を発すると、マイクの向こうから相手の声が伝わってくきた報告に口元が少し笑む。
「良かった。今思えば……もう十年か。君にとっては長かっただろうけど、私とってはあっという間だったな。」
愉快そうに言うから相手は不機嫌になったのだろうか、声のトーンが少し下がった気がする。
「さぁ、後は任せたよ。僕は…………そうだな、2013年代の日本を観光しようかな。」
どうでもいい、と自分の今度の予定を告げると相手は冷たく言い放った。
「冷たいね。もう少し愛想良くしなきゃ、ね?君、女の子なのに固いよ。ほら、練習。僕に『おかえりなさいませ、ご主人様♡』って言ってみて……って切られちゃった。」
苦笑。冗談が通じないというのが少し難だなぁ、と感想を抱き携帯を閉じて胸ポケットに携帯電話を捻りこんだ。口元には微笑。
「さてと……」
幻想郷、そこは妖怪の賢者と呼ばれる女性が創り上げた最後の楽園。
そこには忘れ去られたものが最後に辿りつく場所。
その幻想郷にある、人里という人間が住む里がある。人間が集って住む唯一の場所だ。その人里は昼間という時間帯のせいか、人で賑わっていた。行き交う人々の中に、一人黒い外套を着た男が歩いていた。
身長は180cmぐらいで、外套で体を隠しているものが彼の屈強な肉体までは隠せない。寝癖だらけでぼさぼさの黒髪。水晶のような透き通る黒い瞳の奥には強い意思が宿っている。無精ひげをはやして、少しばかり老けた中年的顔立ちは彼の雰囲気を柔和なものと見せる。
男性は里を見回すかのように歩く。数人が彼に数奇な視線を向けるが彼は気にしていないというか分かっていないという様子だった。
男性は人ごみの中、とある女性を見つけた。女性は子供達に囲まれ、楽しそうに何かを話している。周囲の大人たちもそれを笑顔で眺めている。
男性は女性に近付く。女性も男性の風変わりな格好に気付いたのか、それとも男性から発せられるオーラを感じたのか彼に視線を向けた。目が合った、男性は微笑み片手を上げて女性に声を掛けた。
「おー慧音。久しぶりだなぁ。」
「平良殿!戻られたのか!!」
慧音、と呼ばれた女性は子供たちの間を通って平良と呼んだ男性に駆け寄った。
「おかげ様でな。なんとか、戻ってこれた。」
「良かった良かった!平良殿が幻想郷を忘れてしまったのかと思ったぞ!」
「流石のおじさんもそこまでボケてねぇよ。」
お互いに言葉を交わして笑みを交わす。
「もう十年も経っているのだぞ?皆心配していたのだ。」
「ははは、わりぃわりぃ。長引いちまってよ」
慧音は子供達に別れを告げ、平良と並んで歩き出す。行き交う人々が慧音に軽い挨拶をし、彼女は手を振って返す。
「ま、俺がいない間何事もなくて良かったよ。」
「………………。」
平良の言葉に慧音の顔が沈んだ。何かあったのかと、平良は慧音の顔を覗き込んだ。慧音の表情は暗く、辛そうだった。
「何か、あったのか。」
「…………霊奈が、死んだ。」
慧音の口から突然出た衝撃に平良は目を丸くした。そして空を見上げてため息を吐いた。それを見て慧音の顔が上がり、平良の横顔を見た。
「驚かないのか?」
「驚いてるよ。ただ、霊奈はいつも余裕ばかりの慢心女だからいつか死ぬとは思っていたよ。」
「む。聞いた話では相当に親密なご関係と聞いたが?」
「そいつは嘘だ。確かに霊奈とは幻想郷創設以前から知り合いだったし仲間だった。ただ、それだけのことなのさ。」
平良は脳裏に慧音が口にした霊奈という女性を思い浮かべた。
博麗霊奈、幻想郷という世界が創られる前からの古い知り合い。博麗とか言う神社の巫女であり、怠惰で傲慢慢心の阿呆巫女だった。いつも毒舌やら文句を吐いてきてよく喧嘩しその度にコタローや紫に止められたのが思い出に残っている。
あの眩しく、優しく、強くあった彼女が死んだ。
過去の郷愁を消し去り、平良は慧音に詳細を求めた。
「五年前にな、妖怪退治に出かけた霊奈の両腕と大量の血痕が森の中で発見された。ロキの調べでは、でぃーえぬえーとか言うやつが霊奈と一致したらしくて、消息不明かと思ったら……ロキが余計に調べた性で、死んだと分かった。」
「余計に調べた?どういうこったい。」
「ロキが現場が現場一面が真っ赤だったから『いくら巫女でもこれだけ血を流したら出血多量で死んでいる量』らしい。私も知り合いの医者に聞いたんだが、人間がそれだけの血を流すと死んでしまう量、なんだとさ。まったく……これじゃ希望も何もないな。」
遺体こそ見つからなかったものの、いくら博麗の巫女でもこれだけの血を流せば死ぬ。そうロキは言った。ロキらしい行動だ。真実が知りたくなって厄介ごとに首を突っ込む。が、今回だけはそれが裏目に出たらしく、慧音も少しばかりロキのことを怨んでいるらしい。
「で、今博麗神社は誰が管理してんだ?紫か?アイツが巫女服で境内掃除してんのか?」
「いいや。紫殿ではなく、霊奈の娘が管理している。ほぼだらけているが。」
「娘?あの霊奈のか?」
「正確には拾い子だ。昔、森の中で見つけたらしい。偶然なのか神様の悪戯なのか、霊奈にそっくりだよ。顔も力も。」
平良と慧音は人里を抜けるとそのまま博麗神社と呼ばれる神社への道へと行く。人里を抜ければ妖怪が襲ってくるが、この二人の場合は特に心配もなかった。
平良は更に慧音に霊奈の娘の詳細を求めた。
「名前は博麗霊夢。歳は16ぐらいか。先ほど言ったように霊奈そっくりの性格と顔と力を持つ。ロキの話曰くあれは天性の天才らしい。私にはよく分からんがな。」
「ふーん。まぁ、偶然にしちゃ出来過ぎてるわな。」
慧音が先ほど言った神様の悪戯、という言葉で平良は脳裏にとある人物を思い浮かべた。こんなことが出来るのは『彼』しかいない。あの八雲紫をも圧倒し、あらゆる不可能を一瞬で可能にしてしまう『全知全能』の彼から霊奈そっくりの少女を造り出すことが出来るだろう。だが何のためにだろうか。しかし、彼とは顔を合わせるどころか連絡先も居場所も知らない。平良は彼に霊夢について聞くことを諦めた。
「それでよ、霊奈の墓は建てたのか?馴染みだし、花とかやりてぇんだが。」
「あぁ、彼女の墓は博麗神社にある。この階段を上がってすぐだ。行こうか。」
げっ、と平良は苦い表情をし山の上まで延々と続く階段を見上げた。老体の彼にはキツイ階段だろう。慧音はそんな彼を見てもさっさと階段を上り始めてしまった。後から平良も慧音を追う。
「慧音、他に変わった事はないのか?」
「特に大したことはなかったな。ロキも忌羅も相変わらずだ。」
ロキと忌羅、この二人の名前で顔を思い出す。
ロキは霊奈同様幻想郷ができる前からの古い知り合いだ。とてつもなく頭の回る男で、罠に心理戦、そして手数の多さが残る頭脳明細な男だ。
忌羅はロキや紫よりも遥かに長い付き合いの友人。建御雷神と呼ばれる武神だ。剣に関しては平良とあと一人の男以外には負けたことがない剣の達人だ。美人なんだが性格が戦闘狂過ぎてよく困った。
「コタローは?」
「小太郎殿は今妖怪の統治を行っている。この前新聞では天魔とやりあって勝利したらしい。実力はお変わりないようだ。」
コタローと平良が呼んだ男は本名風魔小太郎。志那都比古神と呼ばれる風神。風の神だ。愛称はコタロー。忌羅同様大昔からの馴染みで平良の親友だ。先ほど忌羅は平良とあと一人以外には剣で負けたことがないと言ったが、あと一人とはこのコタローのことだ。忍者のような攻撃と速さを誇り、紫でさえもその速さが捉えれなかったほど速い。まさに風の如き者だ。
「そっか。みんなかわってねぇんだなぁ。」
「あぁ。幻想郷が出来てから十年、変わっていない。」
ようやく半分上り終わった。平良は苦い顔をしていたものの、案外余裕で階段を上れた。ひと息吐いた平良に慧音は微笑する。
「十年も経ったから、老いてしまったかな?賢者殿。」
「おじさんを誰だと思ってやがんでぃ。この程度の階段楽勝だ。」
強がりを見せる平良。そして慧音を置いて階段をさっさと上っていく。慧音も少し笑んでその後を追うのであった。
十年前、幻想郷は誕生した。八雲紫、博麗霊奈の二人の女性の力の元、結界で覆われ外の世界からは干渉することも行くこともできない異世界だ。
幻想郷は元々は日本の一部を結界で切り取った場所だ。
八雲紫は妖怪達の存在が人間たちからは『想像』になっていくと悟り、幻想郷創設の計画を開始した。そして仲間、幻想郷創設に協力してくれる者達を探した。
恵みの大賢者、武神、風神、天災魔神、鬼才の策士。彼ら五人と彼らが率いる幻想郷創設に賛成する妖怪達が集まった。充分な仲間を得た八雲紫は幻想郷となる場所を結界で切り離すことを始めた。そこで、幻想郷創設に反対する妖怪達との戦争が始まった。
大賢者率いる彼らのおかげで八雲紫と博麗霊奈は無事に最後の楽園を作ることに成功したのであった。
その時、八雲紫の仲間であった一人の男性が戦争で瀕死の怪我を負った。彼は策士の知り合いへと預けられ、傷の治療のため十年の長い眠りに着いたのであった。
その男性の名は天ヶ原平良。彼は今も昔もこう呼ばれている『恵みの大賢者』と。
博麗神社境内
「おーおー十年前とまったくかわってねぇや。あのボロ神社!」
「ボロ言うな。一応手入れはしてあるのだぞ、多分。」
平良は階段を上り終えると、神社を一瞥。十年前とまったく変わっていないことを確かめる。慧音が後から来たのを確認すると、神社へと歩き出す。一円も入っていない賽銭箱、落ち葉だらけの境内。それなりに手入れのされた神社。まさに博麗神社だった。あとは賽銭箱の隣にだらけ巫女が腰掛け茶を飲んでいれば完璧なのだが。
「相変わらず一円も入ってねぇんだなぁ。凄いを通り越して哀しいね。」
「仕方ないだろう。この辺は妖怪も出るし人間なんて滅多に来ない。」
「それも相変わらずだ。」
苦笑し、平良は財布から小銭を摘むと賽銭箱の中へと投げ入れた。金属音は境内に響き、心地よい音を奏でた。
「慧音、霊奈の墓は?」
「神社の裏だ。来てくれ。」
二人は神社の裏側へと回る。裏側の小さな樹の下にぽつりと小さな墓が建ててあった。ただ何も墓標には刻まれておらず萎れた花が置いてあるだけの墓だった。
「なーんかシケた墓だなぁ。名前ぐらい書いておけよ」
「紫殿の指示だ。墓標には霊奈の名前を入れるな、霊夢に霊奈の存在を知られてはならないって。私にはまったく意味が分からんがな」
「アイツの考えなんて俺でも分からん。だが、紫が言うんだから深い意味があるんだろうな。」
平良は墓の周りを見る。何本かの小さな花が咲いていた。平良は自分の『能力』を使ってその花を百合の花へと変えた。純白の花が霊奈の墓を彩る。
「わりぃな霊奈。お前の好きな食いモンは持ってきてねぇ。次は持ってくるから今回はこれで勘弁してくれ。」
墓の前で手を合わせて目を閉じた平良。慧音も平良と同じ事をする。と、その時
「あ、人里の教師。」
二人の背後から声が掛けられた。平良はその声に懐かしさを感じた。声までもが霊奈とほぼ同じであった。平良が振り向くと紅白の巫女服を着た少女が立っていた。
息が止まった平良。まさか、まさか、こんなにも霊奈とそっくりとは思わなかった。平良が紅白の少女を見つめていると、少女は眉を歪ませ少し不機嫌な表情をした。
「貴方誰?私の顔になんか付いてるの?」
「ん?……あ、あぁ。悪いな、俺の名前は天ヶ原平良。嬢ちゃんの顔が知り合いにそっくりだったもんでな。ついつい。」
「へぇ、貴方が紫が言っていた恵みの大賢者ね。」
「嬢ちゃんが博麗霊夢か?」
「えぇ。そうよ、私が博麗霊夢。この博麗神社の巫女よ。」
霊夢は墓に目を見やると、ジト目で二人を睨みつけた。
「……花が置いてあるのは貴方の?その石が何の石か知っているの?」
「その花は俺が置いてやったものだが、誰の墓は俺は知らない。」
「なんか嘘っぽいわね。慧音、アンタは知ってる?」
「悪い霊夢。私も詳しいことは知らないんだ。そもそも大賢者殿はここ10年幻想郷にはいなかったのだ。知っているわけがない。」
慧音の説明で霊夢は不満そうな表情をとったが、やがて諦めたのかため息を吐いた。
「それもそうね……で、お偉い賢者様?」
「なんでぃ?」
「私、さっき『その石がなんの石か知っているの?』と聞いたのに何故誰かの墓なんて分かったの?その墓には人の名前も何も書かれていないただの置物かもしれないのに。勘でとか見れば分かるとかは駄目よ。」
霊夢の鋭い視線が平良を一瞥する。平良は苦笑いし、慧音に助けを求めようと慧音を見たが彼女は青い髪が残像を見せるほどの速さで顔をそらした。それによって霊夢の平良に対する疑問が深まった。平良がどう言い訳するか考え始めた瞬間、目の前に白黒の玉が飛んできた。
「まかろんっ!?」
奇妙な言葉と共に顔面に直撃。鼻血が宙を舞い、平良は大きく後ろにのけぞった。
「答えなさい大賢者。質問は既に拷問へと変わっているのよッ!!」
両手に札を構えて霊夢は叫ぶ。平良は手で鼻を押さえながら叫ぶ。
「あぶねぇじゃねぇかッ!おじさんいい歳して鼻血出しちゃったよ!」
「黙りなさい。答えるまで撃つわよ。」
霊夢からさきほどの白黒弾、陰陽弾が飛んでくる。流石の平良も今度は避けた。しかし休む暇もなく陰陽弾と弾幕が飛んできた。
「おじさんは何も知らないから!ほらお菓子あげるから落ち着こう!」
「誰がそんな手に引っかかるか!」
飛んでくる弾幕を避ける平良。しかし幾つかのが彼の外套を掠る。
「慧音!助けて!お前さんからもなんか言ってくれ!」
「すまん無理だ。」即答だった。
「この野郎!あぁ、もう仕方ねぇなぁ!」
平良が腕を横なぎに振るうと、霊夢と平良の間の地面から樹が生えてきた。木はたちまち巨大化し、二人の間に壁を作り出す。霊夢が放った弾幕が樹に弾かれ光と共に消滅する。
「なっ!?」
「霊夢!俺はこの石に人の魂を感じた。それでおそらく此処に誰か眠ってるのだろうとわかったんだ。お前だって感じるだろう?此処に眠る者の霊力を!だから落ち着いてくれないか!?」
樹の壁の向こうから霊夢に聞こえるように叫ぶ平良。
「チッ……分かったわよ。」
承諾の声。平良は『能力』を使って樹の壁を朽ち果てさせる。崩れゆく壁の向こうから不満げな表情の霊夢が平良を見ていた。平良は横目で慧音を睨みつけ先ほどの意味のない援護についての謝罪を求めた。
「いいじゃないか。終わったことなんて。」
「終わった事を追求するのも人間のアレって思わないのか?」
「過去の事を追及してもその手に掴むのは哀しい真実だけだ。」
「お前が霊夢に何も言ってくれずただ俺が攻撃されているのを見ていた真実か?」
「一方的に攻撃されている貴殿を助けることができず無力を噛み締めるという真実だ。」
要は俺を見捨てたのかこの野郎と平良は追求を諦めると、霊夢に向き直る。
「霊夢、紫はどこにいる?俺が戻ってきたことぐれぇ、アイツが分からねぇはずがないんだが……」
「さぁ?その辺で寝てるんじゃないの?」
「寝てないわよ、貴方じゃないんだから。」
神社の境内に誰かの声が響くと、平良の足元の空間が開き白い手が平良を引きずり込んだ。
平良が空間の切れ目に消えると、切れ目は閉じる。慧音と霊夢は何がおきたのか唖然とし、状況を理解するとそれぞれの場所に戻るのであった。
「相変わらずのマジックだな、紫」
「お褒めの言葉ありがとう、平良。」
切れ目に消えていった平良が目を開けると、そこは何処かの家の居間。更に目の前には金髪の、馴染み深い妖怪賢者が座っていた。
八雲紫、幻想郷の創設者。神出鬼没の大妖怪。十年前とその麗しい貌はまったく変わっていない。平良は紫と目を合わせると、微笑する。紫も微笑した。
「久しぶりだな、紫。」
「久しぶりね、平良。」
再会の言葉。十年ぶりの再会に頬が緩む。
「幻想郷も随分と立派になったじゃないか。俺がいなくても大丈夫だったようだな」
「そんなことないわ。貴方がいないと不作やら疫病やらで困ったわ。生命のエネルギーを司る貴方がいないと結構不便なのよ。」
「そうか?ま、それも乗り越えて今なんだから大したモンだ。」
「一番困ったのは新月よ。もう少し躾してほしかったわね。」
「新月は元々あぁいう奴なんだから大目に見てやれって。」
お互いに言葉を交わし笑む。紫も平良が変わっていないことに安堵したのか舌が回る。
二人の間に茶が置かれた。九尾の女性は平良を見ると、頭を下げて会釈する。平良は九尾で気付いたのか女性を指差す。
「狐の嬢ちゃんか!久しぶりだなぁ!」
「お久しぶりです大賢者様。お変わりがなさそうで安心しました。」
「いやぁ、俺でも驚いてんのさ。おじさんぼけてねぇかって!嬢ちゃんも変わりなさそうで良かった良かった!」
豪快に笑む平良。と、そこで平良は藍の金色の尾に隠れる少女を見つけた。すこし体を動かして、少女と目を合わせる。
「その子は橙。藍の式神よ。橙、この人が恵みの大賢者よ。ご挨拶は?」
「こ、こんにちは……。」
人見知りなのか橙は平良と目を合わせようとせず、藍の尾に隠れる。
「おう、こんにちは。猫の嬢ちゃん。」
手を振って挨拶を返すが返事がない。紫も藍も苦笑する。
「あまり面識のない女性になんとかの嬢ちゃんってつける癖も変わってないのね。」
「皆俺より年下なんだからいいだろ。それとも、中年おじさんに嬢ちゃん呼ばわりされるのは気持ち悪いか?」
「いいえ。相変わらずで安心したわ。」
「ということは、紫様も最初はそのような呼び方を?」
「……あれ、俺紫のことなんて言ってたっけ?」
「憶えてないの?美人の嬢ちゃんって言ったのよ?」
「あぁ……他の呼び方を思いつかなかったからな。」
藍が淹れた茶を口に含み、平良は紫を見て、逸らした。
「なに?」
「霊奈が死んだから大丈夫かと思ったけどよ、立ち直りつつあるな。」
「まぁ…いつまでも引きずってられないわ。本当に、本当に、残念で、嘘であったほしかったのだけれども……」
「そうだな、いつまでも引きずっていられない。霊奈は死んだ、俺たちは生きてる。それだけだな。」
霊夢について聞こうと茶を置いた平良。しかし、空気が沈んでしまったのでやめた。
博麗霊奈と紫は本当に仲が良かった。姉妹のような、母親と娘といえるほどの仲だったからだ。
妖怪は人間よりも遥かに丈夫だ。大妖怪である紫は更に丈夫だ。だが、妖怪も病む。遥かに人間よりもだ。平良も紫が病んでいないか心配したが、目も死んでないしいつも通りの紫だ。これからは霊奈のことは紫の前では口に出すまいと誓う平良。
「……で、貴方はこれからどうするの?平良。」
「とりあえずは、環境管理だ。賢者だからな、その辺のことしかできねぇよ」
「今まで休んでたんだから、しっかり働いてもらうわよ?」
「へいへい。相変わらず人使いが荒いなお前は。」
重い腰を上げる。藍に茶の礼をし、玄関を探す。
「黙っていかなくても、送ってあげるわよ。まずは人里ね。ロキと忌羅に会ってみたら?」
「おう、わりぃな。頼むわ。」
紫が細い腕を軽くふると、平良の体がスキマの中に消えた。視界が黒に染まる前に聞こえた紫の声が頭に響く。
「おかえりなさい、天ヶ原平良。恵みの大賢者様。」
「おう、ただいま。紫。」