表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/3

とある使徒の勤務記録(2)

「はぁ…やれやれ」

思わず愚痴めいたため息が口から出た。

だが、必死に上空で旋回し、こーうこーう、と敵の襲来を知らせてくれてる怪鳥型サーバントを、そのまま放っておくわけにもいかず。

ぼすっ、と、俺は読みかけの文庫本をそのまま裏返し、ほこりがうっすら積もった平積みの雑誌の上に置く。

「わかったわかった、今いく」

書店を出て、蒼空をぐるぐると飛び回り、乞う乞う、となおも俺を呼ぶ怪鳥に、それだけ言って。

俺は、自分の武器を手にする。

手の中にあるそれの重みが、ぐうっ、とその存在感をもって俺に「義務」を伝えてくる。

「あーあ…面倒臭ぇ」

また、だるい連中の「掃除」をしなきゃあならんのだ、と。



怪鳥の知らせる先に、俺は歩いていく。

と、どうやら周囲を警戒していた狼型サーバントたちが、すでに戦闘に入っているらしい。

ぐおおおおう、うおおおおん、と言った狼の遠吠えや、それに混じる悲鳴や打撃音、破壊音。

侵入者がこの結界内にいることは、間違いがないようで。

…問題は。

「冥魔どもじゃなきゃあ、いいんだけどなぁ」

くはぁ、と、またため息を俺はつく。

天使…俺の上司が造ったゲート、その周りに生まれた結界は、この中規模都市をすべてすっぽり包んでしまっている。

ゆっくり、ゆっくりと、人間たちの感情を吸い取っていく、異界。

狭いといえば狭い結界ではあるが、ここは確かに天界の縄張り―

そんな中に入ってこようとするのは、二種類。

ひとつは、悪魔たち…冥界側の住人。

こいつらの場合は非常に厄介だ。

理由は単純、強力だから。

以前、悪魔のしもべ…ヴァニタスが襲撃してきた時は、俺も手持ちのサーバントをだいぶ削られた。

相手も手ひどく痛めつけたから、しばらくは来ないと踏んではいるのだが。

そして、もう一種類は、と言うと―

「!」

「あっ…」

狼たちと戦っていたそいつらが、近づいてきた俺の気配に気づき、こちらを見る。

ほうっ、と。

三度、俺の口から吐息が漏れる。

「…なーんだ」

だが、今度は、純然たる…安堵のため息。

撃退士ブレイカーか…よかった、楽勝で」



撃退士ブレイカー

人間の中でも、何らかの瞬間から特別な力を得た…天魔と戦う力を持つ人間たち。

並行世界よりこの世界に現れた天使と悪魔たち「天魔」は、人間を自らの力のもととして狩り集めている。

天使たちは感情を、悪魔たちは魂を。

集められたそれらは天使たちの、悪魔たちの戦う力となり、この二者間の戦争で使われる。

瞬く間に人間たちの平和は瓦解した。

だが、人間もただ奪われてばかりいるわけではない…

いまだ原因はわからないが、不可思議な力に目覚めた者たちがいる。

岩を砕き、空を飛ぶ。

光を放ち、闇を喰らう。

常人にはあり得ない、魔法、異能、超能力…

それを、「アウル」と呼び、そして天魔に抗う者たち。

それが、撃退士だ…



しかし、まあ、そんなことは俺には正直どうでもいい。

いやどうでもいいことはないな…悪魔じゃなく、むしろこいつら撃退士でよかった。

「お、お前、…人間か?」

そいつらは八人ほどいたわけだが、そのうちのひょろ長い男が俺を指さして問うてきた。

「…んー、」

てか、阿呆じゃねえか、お前。

人間はずるずると感情を抜き取られていくこの結界の中で(撃退士は多少抵抗できるらしいが、それでも平気ではないようだ)、平然としていて。

自分たちに牙を突き立ててくる狼型サーバントたちが、俺に目もくれないでいるのに。

どうして、そんなことをいまさら言う?

「…結構昔は、そうだったけど」

にへら、と、俺は笑った。

途端に奴らの顔が恐怖と混乱に強張る。

さまざまな武器を手にした撃退士たち。

「き、貴様、まさか…」

「…使徒シュトラッサー?!」

甲高い女の絶叫が、俺の今の身分を呼んだ。



「はあ、そうです」

そう呟いて、瞬間、俺は自分で自分のその台詞がおかしくなって、ちょっと微笑してしまった。

なんで俺敬語で答えてるんだろう、俺も阿呆みてぇ。

一人でニヤニヤしている俺に勝手にビビったのか、動揺もあらわな人間たち。

「お、おい、…どうする!」

「どうするったって…!」

ざわめく奴らに、俺はお決まりのように言ってやる。

奴ら撃退士が俺の前に現れた時、いつも言う台詞。

「今からでもいい、帰りな。今なら見逃してやる。使徒相手じゃ、勝てっこないだろ?」

それは、俺からすれば、ちょっとした親切心。

けれども、何故か奴らは、せっかくの俺の気遣いを踏みにじる。

いつもいつも。

「く…うるさいッ!やってみなきゃわかんないだろッ!」

そう怒鳴り散らして、一人の男が槍の切っ先を俺に向ける。

それに続くかのように、次々と武器を構え直す連中。

「…あーあ、」

いつもながらの流れに、俺は今度は呆れ混じりのため息をつく。

「仕方ねぇか…やるぞー、お前ら」

そうして、配下のサーバントたちに念話で命令を飛ばし。

右手のスレッジハンマーの柄を握り直し。

「じゃあ、…行くぜ」

左手で軽く、奴らを指さす。

怪鳥が、狼が、一斉に叫ぶ。

うおおおおおおおおおおん。

同時にわめいた撃退士たちの声を、全て掻き消して。

俺は、前に出ず。

むしろ、後ろに下がる。

そうすると、驚くほど奴らはひっかかる。

念話で呼びつけたサーバントたちが到着するまで、あと少し。

そうそう、言い忘れていた…

どうして俺にとって、侵入者がこいつら撃退士であるほうが都合がいいのか。




答えは簡単。



こいつらは、ヴァニタスやディアボロより、ずっとずっと潰しやすいからだ。




俺の名前は、国木田光くにきだ・ひかる

ずいぶん前は人間だったが、紆余曲折あって…とある天使の部下、使徒シュトラッサーと呼ばれる存在になった。

人間世界からすれば、裏切者ってところだろう。

だが、俺にとっちゃ、正直何も変わらない。

俺は俺の仕事をするだけ。

唯一の理解者だった母ちゃんが死んだ以上、人間側にいなきゃいけない理由もないし。

ま、思いもかけない就職口があった、ってところだ。

仕事はこうやって、この結界に守られた街を警備すること。

時折、こんなネズミどもが紛れ込んでくるが、まあそれを潰すくらいがちょっと手間なだけ。

サーバントと呼ばれる配下の獣たちを引き連れ、毎日毎日同じように街を巡回する。

それが俺の、今の仕事。

今日も面白味もない、いつもと同じように仕事は終わる。

ほら、こんなふうに―



「…か、ぉわ」

何だか意味不明な言葉を最後に、俺の破壊槌の下でその男は静かになった。

頭が卵みたいにぺきゃりと潰れてしまえば、どうしようもないもんな。

ただ、卵と違うのは、白身と黄身じゃなくって、飛び散るのが真っ赤な血と灰色の脳と脳髄ってだけ。

そういう真っ赤な砕けた卵が、俺の周りに四つほど。

ちらっ、と視線を投げると、サーバントたちのほうもだいたい終わったようだ。

三匹の狼が一人の女に喰らいついている、その長い髪を喰いちぎられても無反応なのは、すでに腹を破られているからだろう。

その近くには、四肢が不自然に折れ曲がった男が、無力に空を仰ぎながら、怪鳥たちに頭蓋をついばまれている。

「おご、わ、ああ…」

だが、その男は、ぶくぶくと口から血泡を吹きながらも、何か悲鳴らしきものを漏らしている。

うげえ、まだ生きてんのかよ。

とっくに人間やめちまった俺だが、まあ、慈悲がないわけでもない。

「おい、遊んでるんじゃねえ。とっとと終わらせろ」

俺が命じると、怪鳥どもはぐげええええ、と不満そうな声を出したものの…すぐに、素直に従う。

ごっ、と、鈍い音。

怪鳥のくちばしが、同時に、男の左目、喉、心臓を突き破った音。

「…。」

そうすると、さすがに静かになる。

撃退士と言っても、普通の奴よりはるかに強靭なだけで、死なねえわけじゃねえからな。

それにしても、と。

俺はもう何度目かも忘れた、ため息をつく。

どうしてこいつらは、自分たちの力を過大評価してるんだろうか、と。

俺が引くと、何故か何人かは必ず俺に飛びかかってくる。

ただでさえ少ない人数が、さらに少なく分かれる。

そいつらが気づいても、後の祭りだ。

俺に気を取られている隙に、残った連中がその後ろでサーバントの大群に喰われているというのに。

で、その自分の力に溺れた奴らも、俺のハンマーでつぶされる、と。

そこは、いつも不思議な点だった。

いや、それとも…俺の姿を見て、むしろ過小評価しているのかもしれないな。

何しろ、俺はデブでブサイクで目つきも悪い。

やれば倒せる、くらいに思えるんかねえ?

あーあー、まったく…

「ただしイケメンに限る」、ってのは、全くの事実なんだよなあ…やれやれ!



「ふわ、あ~あ…」

…っと。

これはため息じゃない、あくびだ。

とりあえず侵入者はこれで排除したし、そろそろ帰るか…

「よし、それじゃあ通常通り…何か異常があったら知らせろ」

残った狼と怪鳥たちに命じると、奴らはうぉん、おおーん、と叫んで、それぞれ自分の持ち場に向かって散り散りになる。

…後に残るのは、何体かやられちまった俺のサーバントと、撃退士の為れの果て。

うーん、やられたのは4体ってところか。また補充しないとな。

もうちょっと哨戒に役立つ怪鳥型を増やすか…そのあたり、もうちょい上に強めに言っとかないとな。

踵を返すと、にちゃ、と、地面にあふれた血が、俺のスニーカーの下で湿った音を立てる。

そうだ、帰りにまた書店に寄ろう。

店先に並んだ雑誌は、すでに数年前のものになってしまっているけれども…新書や文庫本は、まだまだ読み終わらないくらいの量がある。

人間だったころは、仕事でくたびれ果ててその上余分な金もなく、娯楽なんて何も手につかなかったけれども。

3冊ばかり手にとって、外に出た。

1冊はこないだ読み終わった奴の続きだ、オチがどうなるか楽しみだ。

鬱陶しい蒼空の中、輝く太陽に目を細めながら…俺は、唐突に気づいた。





そうだな。

少なくとも、「本を好きなだけ読める」っていう点においちゃあ…

俺はきっと、人間だったころより、幸せなんだろう。





「お願いです…母の指輪と、アルバムを…取り戻してください」

君の目の前に座る依頼人の女性は、思いつめた表情で繰り返した。

彼女は、今は既に天界側の手に落ちた、とある都市の出身だと言う。

数年前に天使とその配下が街を襲ったとき、命からがら逃げだしてきた…

…自分以外の家族は、その時以来ずっと行方不明だ、と。

他の街に逃げだしたのか、襲撃の際に殺されたのか、それとも…

だが、何はともあれ、彼女は死ななかった。天涯孤独の身になったと言えど、生きているのだ。

生きているから出会いが生まれ、そうして恋をし、それが結実した。

「…来月の結婚式には、私のほうには…来てくれる家族は、誰もいません。

けれど、でも…せめて、」

そこまで口にすると、女性の両方の瞳から、ぼたぼた涙が零れ落ちる。

歯を食いしばり、必死に呼吸しながら、彼女は君を見つめる。

「母の指輪と、家族みんなが写った写真の詰まったアルバムを…式の時に、持っていたい」

彼女は一般人だ。結界に閉ざされたあの街に入るなり、意識を失いかねない。

彼女の話では、結界境界からそんなに内部に入らずともいい場所に、彼女の家はあるらしいのだが…

彼女は君を見つめている。

君は彼女にとって魔法使い。

君は彼女にとって異能の戦士。

君は彼女にとって超能力者。

君は彼女にとって…救いの光。

「お母さんの、あのダイヤの指輪…!せめて、あれをつけて、式に…

だって、」

救いの光がまぶしくて、彼女の瞳は涙でいっぱいになる。



「そうでないと!まるで…私、本当に、ひとりぼっちみたいで…!」



たかが指輪と写真アルバム。

なくったって人は死なない、生きていける。

結婚式だって、つつがなく終わる。

けれども、君は彼女にとって救いの光。

ほら、彼女の瞳は真っ直ぐに君を見つめている―





何故なら、君は人間のために戦う戦士。

そう…撃退士ブレイカーだからだ。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ