Ⅱ
……俺は今、食堂で夢にまで見た平穏な昼食にありつけたをにも関わらず、今すぐこの場から立ち去りたいと思っていた。
「ごめんねー、居心地は良くないよね」
苦笑するうさぎの人に、良くないどころの話じゃないとテーブルを叩いて抗議したいところだったが、文句は言えないしこの人だけの責任じゃないだろうと思いながら黙ってラーメンを啜った。
…そう、文句は言えない。この人のそばに居れば誰にも追いかけられたりしないと利用しているのは俺の方だからだ。
***
理科室を出てから食堂目指して歩きながら話しをした。(廊下に出ると眩しそうにしてメガネを再び掛けたのが謎だった)
この赤目で白髪の綺麗なコントラストの人は赤間ニボシって名前言うらしくて、詳しくはわからないけどどうやらこの学校の職員らしい。
さっき逃げた先輩たちの『ニボシ』という発言はこの人の名前だったみたいだ。
うん、これで謎がひとつ解けた。『うさぎ』も多分その赤白の外見からだろうと勝手に納得。
「ニボシってねーこう書いてこう書くんだよー。」
カバンから出したノートにわざわざ『丹星』と漢字まで書いて教えてくれた。
(なるほど……)
「綺麗な名前だな…じゃない、ですね…」
「ん?誰が?」
そう聞きながらタメ口で良いよと言いながらまだ不思議そうな顔をしているので、敬語はやめず『貴方です』と視線を向ける。
ニボシって名前は発音だけ聞くと変な感じだけど丹って確か赤って意味で、名前の全体を見ると赤色の星って意味になるから綺麗だなって。俺の勝手な解釈にしか過ぎないんだけどね。
ニボシはキョトンしていたけど、口許に手を当ててクスクスと笑い出した。
「君、変わってるって言われない?」
涙まで軽く浮かべている。笑いすぎだ。
「別にそんなことは………というか、笑いすぎ…ですって。」
軽く抗議するつもりがかなり不機嫌そうな口調になってしまった。けど、そんなこと気にもしないで笑い続けるニボシ。
「いや、大多数の人間は変な名前って言うからさー」
それからまたタメ口で良いのに…とぼやくが、そんな簡単に敬語意識を払拭できなかった。
変な名前発言になんでかなーと思ったけど直ぐに納得した。
「あぁ、出汁をとる方と被るから」
「そうそ。それよりねーそろそろキミも名乗って欲しいなぁーって」
そういえば、名乗ってなかった。……なんかやだなぁ…と思っていたら、どうしたのー?とニボシが不思議そうな笑顔で見つめてくる。視線に負けて俺は重い口を開いた。
「えっと…あり…す…がわ、さく……です…」
やっぱり、有栖川っていう少女漫画みたいな(と母さんが騒いでいた)苗字が苦手で声が小さくなる
咲ってのも女っぽいって言われれば否定はできないし、小学校の時は実際そうやってからかわれてた。
それでも、きちんと聞こえたらしく『へぇ、有栖川咲くんかぁ』と復唱していた。案外、耳聡いらしい。
「あ、じゃあキミが噂の美少女転校生かー」
相変わらずおっとりした間延びする話し方をするなぁ、と思いつつ心の中でこの人が言った言葉に苦笑した。
(美少女……)
この人もまた俺を女の子扱いかなぁ…なんて思ってがっかりしそうになるが一応訂正しといた。
「俺、男ですよ…」
「見ればわかるよー。大分イメージと違うなって思ったばっかりだしね~」
「イメージ?」
どんなイメージを持たれてたんだろう…というか、見ればわかるってほんとだろうか?本当に一目で男だと確定されたのだったら、これは素直に嬉しい。町でも度々ナンパされる位だからな。…男に。
「うん。綺麗な黒髪にクリクリ二重に低身長って聞いてたから、こんなか弱い感じの子をイメージしてた」
見事なまでに俺の特徴そのまんまなのに別人を思い描いてたのかぁ…どんななんだろ…。
サラサラとカバンから出したスケッチブックに描いていく。
歩きながらなのによく描けるな…というかそのスケッチブックは明かにニボシのものでなく、他の生徒であろう人の名前が書いてある。
……え、だめじゃないの?
そんなことを考えていたらあっと言う間に描き終わったらしく描きあげた絵を 見せてもらった。
…いや、絵自体は問題ない。相当上手いし。問題なのは、かなり可愛い女の子のイラスト……(俺の目の錯覚だろうか…)が描かれている事だった。
肩口で揃えられた黒髪に、大人しそうで気弱そうなたれ気味のくりくりした瞳。
儚い感じの 清楚って感じの絵が描かれている。……セーラー服で。
「……えっと…なんでセーラー服なんですか…?」
これは素朴な疑問……なはず。
「え?この学校学ランだし、対になるのはセーラーかなぁーって」
ニボシは俺の身に付けている学ランを凝視しながら真剣に答えている。
「そうじゃなくて!!なんで男子校でセーラーなんだ!!」
柄にもなくつっこんでしまったが…そう。ここが男子校であることを忘れてはいけない。
「いや、美少女転校生って言うからさぁー。マンガみたいにひょんな事から女の子がこの狼の巣に飛び込んでくるとか、よっぽど可愛い女装系男子でも入ってきたのかなぁ…って?」
へにゃっと笑って首を傾げる。あんたは夢見る乙女か…。
「そんなことはマンガだけですよ」
何を考えてるんだこの人は。しかも狼の巣って……。ニボシはそうかなーと間延びした声でまだ首をかしげてる。アホか。
「というか、職員会議の内容くらいちゃんと聞いといてください。」
夢見て想像で思い描くよりもそっちで情報入ってくる方が絶対早いだろうし、それに全校集会でも俺はちゃんと紹介されている。
そう言おうと思ったら脱兎の勢いでニボシが目の前から消えた。どうやら、話をしながら廊下を曲がった時に少し遠くに見えた小柄な男の子の所にすっ飛んでった様だ。
『咲くーん。おいでよー。俺の弟紹介するよー!』『いい加減にしろブラコン兄貴!!』
すごく楽しげな声とそれに続いて怒鳴る声も聞こえた。
とりあえず俺は後ろの曲がり角から『ギラリ』と光る視線に背筋が寒くなるのを感じて白衣の白色と学ランの黒色に駆け寄った。
***
▽穴に落ちる?
▼Yes ▽No
▼yes
◆アリスは白いウサギを追いかけて落ちて行く