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あざとい同僚にミスを全部なすりつけられた地味OLですが、社内No.1のイケメン営業が証拠つきで真実を暴いてくれました。

作者: 遠野九重
掲載日:2026/02/17

 私こと白瀬(しらせ)優子(ゆうこ)はオフィスでキーボードを叩いていた。

 時計の針は十九時を回っている。

 いつもなら帰れるはずの時間。


「えー、課長ったら、本当に厳しいんだからぁ。私、もう反省しましたってばー」


 フロアから甘ったるい笑い声が聞こえる。

 新川(あらかわ)里香(りか)だ。

 

 重要なクライアントへの請求書の数値を一桁間違える。


 そんなありえないミスをした張本人なのに、男性社員たちと楽しそうにお喋りしている。

 本来なら始末書ものだろう。


 けれど、周囲の男性社員たちは、


「誰にでも間違いはあるよ」

「里香ちゃんが落ち込んでると、こっちまで暗くなるからさ」


 などと、まるで彼女が被害者であるかのように慰めている。

 そうして少しでも気を惹こうとしているのだろう。


 会社は恋愛をする場じゃない。

 仕事をする場所でしょ? 違うの?


 私は、ため息を一つだけついて、手元の修正作業に戻った。

 間違ったデータを正し、経理部に頭を下げて差し替えを頼み、先方への詫び状の下書きを用意する。


 彼女が「反省会」と称して男性陣にお菓子を配っている間に、私がすべての尻拭いをしていた。


「あ、藤堂さん! お疲れ様ですぅ」


 里香の声が一段高く跳ねた。


 入口に視線を向けると、営業部のエースである藤堂さん――藤堂(とうどう)(みなと)が入ってきたところだった。

 長身で、仕立ての良いスーツを着こなす彼は、社内の女性社員の憧れの的だ。

 もちろん、里香にとっても格好のターゲットである。


「藤堂さん、まだ残ってたんですかぁ? 大変ですねぇ。あ、これ食べます? 差し入れです」


 里香が小走りで駆け寄り、上目遣いでチョコレートを差し出す。


 彼女は要領がいい。

 自分が可愛く見える角度、男性が守ってあげたくなる弱さの見せ方を、本能的に理解している。


 藤堂さんは少し眉をひそめたように見えたが、里香の勢いに押されたのか、短く礼を言った。


「……ありがとう」

「無理しないでくださいね? 私、藤堂さんのこと、すっごくステキだと思ってて!」

「そう」

 

 短くそう言い捨てると、藤堂さんは自分のデスクに向かう。

 おっと。

 よそ見をしている場合じゃない。

 早く作業を仕上げてしまおう。

 誰もやらないのだから、私がやらないと。


「……終わった」


 修正データの送信完了ボタンを押す。

 小さなクリック音は、誰の耳にも届くことなく、オフィスの空気に溶けて消えた。


**


 事件が起きたのは、週明けの月曜日のことだった。


 朝礼直後の張り詰めた空気の中、営業二課のフロアに、課長の怒鳴り声が響き渡った。


「どういうことだ! 先方に送った見積書、数字がまるで違うじゃないか! 桁が三つ違うなんて、会社の信用問題だぞ!」


 それは、私が修正した請求書とは別の案件だった。


 課長が手にしているタブレットの画面には、先週末に提出されたばかりの新規プロジェクトの見積書が表示されている。


 そして、その担当者は――


「うっ……うう、すみません、課長……わたし、わたしぃ……」


 新川里香が、デスクの前でハンカチを目元に押し当てていた。


 肩を震わせ、まるでか弱い小動物のように怯えて見せる。


 周囲の男性社員たちの視線が、一斉に和らいだのがわかった。


「でも、最終チェックは白瀬さんなんですぅ……」


 里香が、潤んだ瞳で私を指差した。


「えっ?」


 思わず声が出た。


 身に覚えがない。

 その案件は里香が「私が一人でやります!」と高らかに宣言し、私のチェックを拒否したものだ。


「ちょっと待ってください。私はその書類には目を通していません。新川さんが自分でやると――」


「ひどい……! 私、金曜日の夕方に作って渡しましたよね!? 『忙しいから机に置いといて』って言われて、私、付箋をつけて置いたのに……!」


 嘘だ。


 金曜の夕方、私は彼女の別のミスをカバーするために経理へ走っていた。


 席にはいなかったし、戻った時に書類など置かれていなかった。


「白瀬」


 課長が、侮蔑を含んだ眼差しで私を見た。


「里香くんがここまで言ってるんだ。嘘のわけがないだろう」


「違います。防犯カメラを確認してください。私はその時間――」


「言い訳はいい!」


 課長の一喝が、私の言葉を遮った。


 周囲の男性社員たちも、ひそひそと囁き合う。


「里香ちゃん、白瀬さんに嫌われてるって言ってたよな」

「もしかしてわざとチェックせずに通したんじゃないか?」

「あんなに泣いて……。里香ちゃん、可哀想に」


 誰もが里香の味方だった。

 最初から私を悪者だと決めつけている。


 どこで何を間違えたのだろう?


 真面目に働くよりも、会社での立ち回りを磨くべきだったのだろうか。

 

 会社は仕事をする場所なのに。


「……もういいです」


 私は拳を握りしめ、爪が掌に食い込む痛みで理性を繋ぎ止めた。


 ここで反論しても、彼らの「正義」は揺るがない。


 組織の和を乱すヒステリックな女として処理されるだけだ。


「私が、再送の手配をしておきます」


 私は無表情を保ったまま頭を下げ、自席に戻った。

 涙が零れそうだった。

 けれど堪えた。

 ここは泣く場所じゃないから。


**


 残業を終え、会社を出る頃には、冷たい雨が降り始めていた。

 傘を持っていなかった私は、会社の裏口にある小さな軒下で雨宿りをすることにした。

 駅まで走る気力さえ残っていない。


「はぁ……」


 コンクリートの壁に背中を預け、冷え切った息を吐く。


 遠くで、楽しげな笑い声が聞こえた。


 里香と、彼女を慰める男性社員たちの声だ。


「今日は飲んで忘れよう!」

「里香ちゃんは悪くないよ」


 そんな声が、雨音に混じって鼓膜を揺らす。


「……バカみたい」


 誰も見ていない。

 誰も評価しない。

 真面目に生きることが美徳だと教えられてきたけれど、それは嘘だった。


 要領よく嘘をつき、他人の成果にただ乗りする人間だけが、この社会では「正解」なのだ。


「もう、辞めちゃおうかな」


 代わりなんていくらでもいる。

 SNSじゃ「真面目な私がいなくなったら会社が崩壊した」みたいな話がバズるけど、社会はそんなにヤワじゃない。

 私が辞めても、なんだかんだでどうにかなるだろう。


 帰ったら辞表を書こう。

 

 別にずぶぬれになってもいいや。

 風邪を引いたって困りやしない。

 どうせ辞めるし。

 

 私は傘もささずに雨の中を歩き出そうとした。


 その時だった。


「――ここにいたのか」


 雨音以外の音が、不意に落ちてきた。

 振り返ると、そこには藤堂さんが立っていた。

 彼はビニール傘を差していたが、その肩はずぶ濡れだった。

 まるで、誰かを探して走り回っていたかのように。


「藤堂……さん?」

「探したよ。君はいつも、人が見ていないところで一人で背負い込むから」


 彼はそう言うと、持っていた温かい缶コーヒーを私に差し出した。


 その瞳は、昼間の課長や同僚たちが私に向けたような濁った色ではなかった。


 まっすぐに、私という人間を見据える、静かで強い光を宿していた。


「さっき会社に戻ってきて驚いたよ。色々とあったみたいだね」

「……ええ、まあ」

「その件、君の責任じゃないんだろう? 皆は勘違いしているみたいだけど」


 その一言が、冷え切っていた私の心臓を強く叩いた。


「……どうして、そう思うんですか。みんな、私のせいだと言っています」

「わかるさ」


 藤堂さんは、少しだけ困ったように笑って、私の隣に立った。


「俺の企画書の最終チェック、いつも君がこっそり直してくれてるだろ? 俺の数字の癖も、誤字の傾向も、君だけが完璧に把握してフォローしてくれている」


 息が止まるかと思った。

 気づかれていた。

 少しだけ、嬉しかった。


「そんな人間が、あんな単純なミスを見逃すはずがない。ましてや、それを他人のせいにするなんてありえない」


 彼は傘を私の方へ傾け、雨から私を庇うようにして言った。


「明日、君の正しさを証明する。見ていてくれ」


**


 翌朝、オフィスの空気は最悪だった。


 私がデスクに向かうと、視線が一斉に突き刺さる。


 課長は腕を組み、私の席の前に立っていた。


「白瀬、今回の件だが厳重注意だけで済ませてやろう。

 里香くんが『私がもっと確認すればよかった』と泣いて庇っていたからな。

 感謝するんだな」


 課長の背後で、里香が小さく手を合わせているのが見えた。

「ごめんなさい、先輩」と口パクで言いながら、その目は笑っている。

 

 その時だった。


「厳重注意する相手を間違えていますよ、課長」


 藤堂さんが声を上げた。

 そのまま課長のデスクへ歩み寄り、自分のノートPCを開いてモニターに接続した。


「課長、今回のミスの原因が分かりました。業務改善のため、全員で共有すべき事実です」


 彼の凛とした声に、フロア中の視線が集まる。

 里香が「え?」と素っ頓狂な声を上げた。


「共有って……藤堂さん? もう先輩も反省してるし、蒸し返さなくても……」

「いや、これは君の名誉のためでもあるんだ、新川さん」


 藤堂さんは爽やかに微笑むと、エンターキーを叩いた。

 モニターに映し出されたのは、社内サーバーのアクセスログだった。


「新川さんは先週の金曜日に書類を作成したって言ってたよね?」

「は、はい! 一生懸命作って……」

「おかしいな。サーバーのログを見ると、該当ファイルの『作成日時』は、今週の月曜日、朝9時15分だ」


 ざわっ、とフロアがどよめいた。

 里香の顔からサーッと血の気が引いていくのが見えた。


「そ、それは! 土日に家のパソコンで作って、USBで持ってきたから……!」


「先週の金曜日に書類を作成したって話はどこにいったのかな?」


 藤堂さんはニコニコと笑いながら、けれど、冷静に里香を問い詰めていく。


「さらに言えば、君の作成した書類は『旧フォーマット』だね」


 藤堂はさらに画面を切り替えた。新旧の見積書の比較画像だ。


「このフォーマットは先月の改定で廃止されている。なのに使っているということは、 旧フォーマットを使っているということは、過去の類似案件のデータを『コピー&ペースト』して、数字だけ書き換えたってところかな」


 彼女は真面目に一から作成したのではなく、過去のデータを流用して楽をしようとした。

 

 結果、数字の変更漏れという初歩的なミスを犯したのだ。


 しかも、それを私のせいにした。


「あと、昨日、君はSNSの裏垢で『職場のおばさんにミスを押し付けちゃったw ごめーんw』というコメント付きで飲み会の写真をアップしているね」


「えっ、なんて……」


「君、以前に僕に裏垢を教えてきただろう。……そんなことも覚えてないのか」


 心底侮蔑したように藤堂さんが言う。

 

「新川さん、君はずいぶんと要領がいいらしい。けれど、これはラインを越えている。社会人のやることじゃない」


 静寂が落ちた。

 里香を取り囲んでいた男性社員たちは、ギョッして彼女から距離を取った。

 掌を返すのが早すぎる。


「里香くん、いったいどういうことだ! 説明しろ!」


 課長が顔を真っ赤にして立ち上がった。


「ち、違います! ご、誤解です!」


 里香はその場に崩れ落ち、今度こそ本物の涙を流し始めた。


 だが、もう誰も彼女にハンカチを差し出す者はいなかった。


 これまで彼女が築き上げてきた「愛されキャラ」という虚像は、この瞬間、完全に崩壊したのだ。


「今回の件、白瀬さんは無実だよ。

 それなのに、今回の新川さんのミスを昨日のあいだにすべてフォローしきった。

 冤罪にも関わらず献身的に働いた彼女に対して、何も思わないのかな」

 

 その言葉に、課長が気まずそうに咳払いをし、深々と頭を下げた。


「……白瀬くん、すまなかった。私の確認不足だ」


 それに続き、周囲の男性たちも次々と「悪かった」「言い過ぎた」と謝罪の言葉を口にする。


 私は、震える手で胸元を押さえた。

 今まで飲み込んできた言葉、流せなかった涙が、一気に浄化されていくようだった。

 隣に立つ藤堂さんが、私だけに見える角度で、小さくウインクをしたのが見えた。


「言っただろ? 君の正しさを証明するって」


**


 騒動から1週間が経ち、オフィスには穏やかな空気が戻っていた。


 新川里香は、あれ以来体調不良を理由に休職している。

 噂では、別の部署への異動願いを出しているらしい。


 彼女がいなくなったことで、皮肉にも業務の滞りは解消された。

 私の残業時間も劇的に減っている。


「白瀬さん、これ、確認お願いできますか?」

「あ、それなら俺がやるよ。これまでのお詫びってことで」


 男性社員たちは今までの反動のように優しく接してくる。

 私は「いえ、大丈夫です」と短く答え、淡々と業務をこなす。

 正直、思うところはある。

 大いにある。

 けれど、呑み込むのが社会人というものだろう。


 定時を少し過ぎた頃、私は帰り支度を整えてエレベーターホールに向かった。

 チーン、と到着音が鳴り、扉が開く。そこには藤堂さんの姿があった。


「お疲れさま、白瀬さん。……帰るところ?」

「はい。お疲れ様です」


 彼は少し驚いた顔をして、それから「ちょうどよかった」と微笑み、一緒にエレベーターを降りてきた。

 並んで駅までの道を歩く。夕暮れの風が心地よい。

 沈黙が気まずくないのは、彼が隣にいるからだろうか。


「あの……藤堂さん」

「ん?」

「どうして、あそこまでしてくれたんですか」


 ずっと聞きたかった問いを口にした。

 彼は少し歩調を緩め、懐かしむように目を細めた。


「一年前の、決算期のこと覚えてる?」

「一年前……?」

「みんなが『終わったー!』って飲み会に流れていった夜だ。

 僕は店に携帯を忘れて、一人でオフィスに戻ったんだ」


 記憶の糸を手繰り寄せる。

 そうだ。

 あの日は確か、経理部のデータに不整合が見つかって、放っておけば翌日の会議が大混乱になることが目に見えていた。

 だから私は飲み会を断り、一人で黙々と数字を突き合わせていたのだ。


「オフィスは真っ暗で、君のデスクの明かりだけがついていた。

 君は誰に褒められるわけでもないのに、翌日のために必死でミスを修正していた」


 彼は立ち止まり、私を見つめた。


「その時、思ったんだ。

 この人が支えているから、僕たちは安心して前に進めるんだって。

 華やかな成果の裏側で、一番誠実な仕事をしているのは君だって」


 心臓が、トクンと大きく鳴った。

 私のことなんか誰も見ていないと絶望していた。

 けれど、この人だけはずっと見ていてくれたのだ。

 私の孤独な戦いを。私の真面目さを。


「実はさ、別の会社から引き抜きの話が来てるんだ」

「えっ」


 驚く私に、藤堂さんはその会社の名前を明かした

 うちなんて比べ物にならないほどの外資系一流企業だ。


「もし他に有能な人材がいるなら推薦していい、って言われてる。……君の名前を挙げてもいいかな」

「少し、考えさせてもらってもいいですか」


 正直なところ、今の会社に対しては愛想が尽きてしまっている。

 新川さんの件での謝罪はあったけれど、もう、上司にも同僚に対しても信頼を持てなくなっていた。

 例外は、藤堂さんだけ。


「私がいなくなったら、職場はどうなるでしょうか」

「きっと大変なことになるんじゃないかな」

「ですよね」

「けど、彼らにはいい薬だよ。職場で働く。社会人なら当たり前のことさえできてないんだから」


 ふふっ、と藤堂さんが笑う。


「僕は引き抜きの話、受けるつもりだ。君も一緒だと、いいな」


 彼の声は、熱っぽく、それでいて優しかった。

 ただの同僚に向けるには、少しだけ温度の高い視線。

 自意識過剰だろうか。

 

「ほら、信号変わるよ。行こう」


 彼は楽しげに笑って、私の背中を軽く押した。

 一緒がいい。

 深い意味はないはずなのに、なぜか鼓動が早くなった。

 

「ああ、そうそう」

 

 ふと思い出したように藤堂さんが言う。


「声を掛けてきている会社のことについて話したいし、今度、食事でもどうかな。

 なんなら、今日でも」


「……予定、見てみます」


 私はスマートフォンを起動する。


 今日のスケジュールは白紙だけど、心を落ち着ける時間が欲しかった。



最後までお読みいただき、ありがとうございます!


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