第七話 「あいつら」
「それに私達、獣型狩ったことあるから」
「獣…って事は四足歩行って事すか?」
「最近俺が会ったのは、背中に青い金属みたいなのが刺さった猫みたいな奴だったかなぁ」
ピッ
と、プロジェクターの起動音が部屋にこだまし、壁に青白い光が広がる。
場所を移動しソファの肘掛けに座りなおした濡羽さんの左手には机に置かれていたリモコンが握られており、反対には何処からか取り出されたタブレットが抱えられていた。
「これがその猫みたいな煤?」
蓮牙の声に釣られて投影された画像へと視線を移す。そこには、猫より一回り大きいくらいの黒い生き物が映っていた。
「なんか、モヤッとしてんな」
「煙みたいに向こう側が透けてますけど…これ、刃物とか通るんですか?」
討伐するなら銃や刃物だろうと思い口にした言葉に、見廻りの際に彼らが銃のようなものを持ち歩いていなかったことに気付く。
見えない位置に隠し持っていた可能性もあるため断言はできないけれど……
「確実に質量はあるんだけど……当たった瞬間は手応えがあんまりないんだよな。
どう言えば伝わるかな…」
そんな此方の考えなど気付くはずもなく、知座さんは感触をわかりやすく伝えられる様にと黄色い頭を45度ほど捻っている。
すると、ここまで振られない限り自ら口を挟まなかった蓋雫さんがポツリと呟く。
「綿菓子だな」
「綿菓子?」
「軽く触るとふわっとしているが、圧力を加えると硬くなる。そんなイメージだ」
「流石、まこっちゃんわかりやすい!」
「「ふわっと…」」
彼の意外な言葉遣いと目の前に映し出されている生き物の想像し難い質感に衝撃を受ける。
「この猫みたいな形態のやつはすばしっこい奴多いんだよね〜」
「どうやって倒したんですか?」
「んー、それはまだ企業秘密♪」
ここまで話してくれたのだから流れで教えて貰えると思い何となく聞いた質問だったが、此方が思っているほど容易に教えられる情報ではなかったらしい。
「獣型ってこの子みたいな四足歩行ばっかりなんですか?」
「いや、二足歩行も三足歩行もいるわよ」
濡羽さんがタブレットの画面を左に何枚かスライドすると壁には複数の煤が流れていく。
二足歩行で狸のような太い尻尾のついた手のないもの。
胸の中心に前足が一本後ろ足が二本の三足歩行で、顔がワニのようになっているもの。
一見、猿の様な見た目で違和感はないが、顔の真ん中に一つだけ大きな目を持っているもの。
蝙蝠のような羽を持つ…魚?の様なものまで
何と言うか生物として不完全というか……こう、無理やり葵出町に来ようとして欠落してしまった、そんな感じがする。
ただこの感覚は、僕が見慣れてないからそう思うだけなのかもしれない。
「今映ってた奴らは獣型でも不完全形態って位置付けているわ。由来は、発見時こいつら自身が動きにくそうにしててたから。ま、こっちからすると簡単に処理できるから有難いんだけどね」
彼女の言葉に、僕の違和感は間違ってなかったのだと知る。やはり、この子達の本当の姿はこれではないのだろう。
「なら、さっきの猫みたいな奴は完全体っすか?」
「獣型だとそうね」
そう言いながら、魚蝙蝠から画面を切り替える。すると、次にそこに映ったのは、二足歩行の……
「……切り株ですか?」
「たぶんね。一応、こいつも分類は獣型かな。中々手応えあったけど、足か根っこかどう呼ぶべきかよくわかんない所をへし折ってやったわ」
「え、こいつ対応したの濡羽さんなんすか?」
「何?私が戦えないとでも?」
彼女は勢いよくグッと立ち上がると、首を傾げて試すような目線で蓮牙を見つめる。
「いやいや!パワフルな戦い方するなって思っただけっす」
「研究者だって力でゴリ押しできるのよ?」
「う、うっす」
知座さんへの対応でエネルギュシュな人だとは理解していたのだけれど、対煤線にすらそれが発揮しているとは予想していなかった。
それにしても、態々へし折ったと言う表現を使うと言うことは、銃火器ではなく接近戦をメインとしているのだろうか?
パワータイプの科学者。本来なら少し……いや、かなり意外な筈なのに彼女となると納得してしまう自分がいる。
「なぁ、こいつらって獣型って言われるくらいなら見た目が獣みたいなやつが多いってことだろ?それなら、鳴き声とかあったりするんすか?」
確かに、人型はともかく動物の融合した様な見た目をしている彼らは鳴き声も含め、意思疎通が可能な言葉はあるのだろうか。
例えば、公園でよく会うあの黒猫の様に。
そういえば最後に会った日以降、公園へ行っても姿を現さなかったあの子は元気にしているかな…。
「いや、鳴き声と言う程じゃないけど唸り声みたいなのはたまに聞くかもな」
「唸り声……ですか?」
「そう、こんな風に」
そう言うと、知座さんは身体を大きく見せる様に腕を開くと、胸いっぱいに空気を吸い込む。唸り声ではなく、叫び声を上げる様な仕草に僕らは慌てて耳を塞いだ。
しかし、予想と反して聞こえてきたのは、ガスコンロで点火する際に鳴る「ぼうっ」という音に類似したものだった。
想像していた音よりも明らかに気の抜けた声色に、拍子抜けしつつ耳を遮っていた手を離す。
「今みたいな音が、偶に聞こえるんだよな。さっきの猫みたいな奴が『シャーッ!』て感じで威嚇してた時も聞こえてた音これだったし」
「全員共通なんですか?」
「今のところは…?だよね、くぅちゃん」
「だから………あぁ、もう。はぁ。そうね、私達が確認できてる個体は、だけど」
「どう言うことですか?」
「他にも煤に対応してる組織があるのは知ってるわよね?」
「えっと、アライとかですか?」
「そそ、それともう一つ。カエスラって聞いたことない?」
カエスラ…?
聞き覚えの無い単語に思考を巡らせるも頭の中でヒットする項目は一つもない。その事実に歯痒さを覚えつつも横にいる賢い彼は何か知っているのだろうか、と目を向ける。
「おい、そんな悔しそうな顔で見んなよ。お前が知らないのに俺が知ってると思うか?」
自覚はなかったもののどうやらそんな顔をしていたらしい。それにしても、今の僕は感情が顔に出やすい様だ。学校を含めると今日だけで既に三度目の指摘となる。
ーー今までこんなに指摘された事は無かったんだけどな。
「いや、僕の地区では聞かないだけでお前が住んでるところでは知られてるかもしれないだろ?」
「区画別違っても住んでる町が一緒ならだいたいそんなの同じだろ!」
「はいはい。知らなくても別にいいんだからムキになんないの」
彼女は子供の小競り合いを止めるように僕達の間に割り入ると手で胸元をトンッと押し距離を離す。押された拍子に目の端に見えた知座さんは微笑ましそうな顔をしていた。
表情の豊かさは貴方には一生勝てそうにないです……。
「まあ、でも。カエスラは知らなくても仕方ないわ。あそこは、基本的に出てこないから」
「出てこないって……なんでなんですか?」
「折角だからちょっと脱線するけど全部の組織の説明してあげる。
まず、私達フォスタシスは、政府に所属してる組織だから国から指示を受けた地域を守る義務があるの。これは何となく知ってるよね?」
僕らは、コクリと頷いた。
葵出町の住人ならば知らない者はいない組織と断言しても過言では無いだろう。
彼女は僕たちの反応に満足したのか説明すると言った割にはそれらしい言葉を発さずに、さっとスライドを切り替える。
そこに映るのは見たことのないマーク。
この組織も七角形の様な見た目をしているが、異なるのは色と見た目。
割れた頂点からギザギザな線が内側に伸び、合流して線を結ぶ。そして、底辺からは中がくり抜かれた半分の長円が左右に伸びている。その形はまるで……
「青い……クワガタ?」
僕の呟きに「ブッ!!」っとあちこちで吐き出す音が聞こえた。その後ゲラゲラと笑う声が二つ。
驚いて蓮牙を見れば何が面白いのかさっぱりわからないといった顔をしており、声の正体が大人達だと知る。
彼の視線の先にはしゃがみ込みソファに寄り掛かるように顔を隠して笑っている濡羽さん。時折、引き攣った笑い声と、「くわっくわっ」とアヒルのような鳴き声が聞こえる。
下げた視線をそのまま斜めに動かすと此方はまさしく抱腹絶倒。床をバシバシ叩きながらうつ伏せで転がっている知座さんがいた。
二人の笑いをどうにか止めてもらおうと縋る思いで後ろを振り返る。しかし、まさかの蓋雫さんまでもが口を覆っていた。大きなリアクションではないにしろ肩が小刻みに震えている。
その光景に唖然とし、ついつい言葉が零れ落ちた。
「えっと………僕そんなにおかしな事言った?」
「いや?ありゃクワガタだろ」
たったこれだけの会話ですら笑い声が一瞬大きくなる。
クワガタの何がそんなに面白いのか訳が分からずプロジェクターから出る光の道を埃が反射しながら通過しているのを二人してぼーっと眺める。
少しして一足先に復活した蓋雫さんが教えてくれた。
「それは、クワッ……ッ…クワガタでは無い」
「そうなんですか?」
「トラバサミだ」
「「とらばさみ……」」
その言葉に改めてマークを見ると、言われてみればトラバサミに見えなくも……無い。しかし、ぱっと見の印象はやはりクワガタ。
「はー、笑った笑った。やっぱりクワガタにしか見えないわよね?でもこのシンボルは蓋雫が言ったようにトラバサミらしいから、絶対アライのメンバーの前でクワガタとか言っちゃダメだからね」
クワガタという単語に反応し、未だに床にへばりついてヒーヒーと呼吸している知座さんと多少笑い声を抑えられていないものの立ち上がり会話に参加する濡羽さん。
「改めて、アライは葵出町に拠点を置いている自衛団。構成員は20人前後って聞いてるわ。自分達が思う正義……煤討伐を行いながら平和を守っているこの町限定の組織。
まあ、わかりやすく言うと、私たちより自由に活動できるけど何かを動かせる程強力な権利やお金はないって感じかしら」
先程までのはち切れんばかりの笑顔とは異なり少し視線を落として話す彼女はこの組織に対して思うことがあるのか、最後の方の声には隠しきれていない感情が滲んでいた。
ただ、そんな彼女の複雑な声色から何を思っているかは出会ったばかりの僕には読み取れない。
しかし彼女は、そんな声とは裏腹に画面の操作をしている表情には変化を噯にも出さない。
「で、これが最後のカエスラ。人数が五人しかいないチーム。ま、簡単に言えば…手伝い屋かなぁ?
『手伝いが必要なら駆け付けます。ただし、基本必要以上は自分達から狩りに行かないので見廻りの手伝いはお断り』
ーーそんな感じかしら」
このチームはシンボルが灰色の二重の七角形。内側には、子供の塗り絵のように個性的に塗り潰された丸が二つとそれを上から否定するようにバツがそれぞれ重ねられている。
スライドがまたパッと切り替わる。
そこに並ぶのは七角形で統一された三組織のシンボル。
「煤の獣型と人型に対抗できる力を持つ組織がこの三つ。わかった?」
教師のように振る舞う彼女の言葉を聞きながら、僕は新たに浮かんだ疑問と対峙する。
ーー何故どの組織も七角形を採用しているのだろうか。
ただ、この疑問を軽く口にしたところで大人達が僕の求めるアンサーを今すぐくれるとは思えなかった。




