第四話 「黒い白衣」
エレベーターを降りて左の通路の突き当たりを右に曲がった所にある応接室らしき部屋へと通される。
「お二人の到着までもう少々お時間が掛かりますので、それまでどうぞお寛ぎください」
それだけ伝えると隊員さんはさっさと出て行ってしまう。
「なんか、すげぇ広い所に通された気がしねぇか?」
「うん。応接室とは名ばかりの会議室に通されると思ったけど……」
今入ってきたドアから視線を室内へと移す。
ここにあるのは、
脚の短いガラスの長机。
二つずつ向かい合わせに並んでいる一人掛けと三人掛けの黒皮のソファ。
消し後のわかる二枚のホワイトボード。
天井にはプロジェクター。
壁掛けの時計。
そして、隣の部屋につながっているであろう別の扉
ーー自動ドア。
備品の数の割に部屋が大きく、壁が剥き出しのコンクリートである事と味気ない白色の蛍光灯が相待って部屋自体は少し無機質に感じられる。
差し色に観葉植物でも置けばまた雰囲気は変わるだろうか。
手持ち無沙汰な僕たちは、とりあえず近い位置にあるにソファに並んで腰を下ろす。
「出勤してるみたいだし直ぐ会えそうだな」
「良かったー。今日いなかったらどうしようかと思ってたから」
誰がどう見ても、お礼をしに来た純粋な高校生が会話しているだけの様に見えるだろう。
目立つ配置をしていないだけで、確実にここの部屋の何処かに監視カメラがあるはず。その為、居座るつもりでいた此方の作戦を悟られない様に気をつけながら話す。
「でも、なんで応接室が地下なんだろうな」
多くの場合、応接室は会社の入り口に付近に配置されていることが多い。
二日前も今回も、蓮牙は僕とはまた違う視点で彼なりの違和感や好奇心を声に出して共有してくれるので一緒にいて楽しい。
そんな彼も僕らが出会った頃はここまで疑問を口にはしていなかった。この世界について疑問を持たず"そういうもの"と思っていた蓮牙に僕は疑問を沢山投げつけた。その時の彼は、子供が迷子になった時の様に不安そうな顔をしていた。今思えば、あの時の僕はかなり横暴だったと思う。何てったって、知らないと言ってる相手にどんどん質問をしていくのだ。酷い話だ。
「一階にある応接室が今来客で使えないとか?」
「まあ、無難にいけばそれだよな」
「浪漫を求める可能性を考えるとすれば、地下じゃないと会えない人がいる、とか?」
あまり現実的では無い仮説に蓮牙が応えようとした時、二人だけの空間に突然知らない声が響く。
「あの馬鹿共に用事があるって言うのは貴方達?」
その声に驚いてドアの方をハッと振り向く。
ノックも無く突如現れたのは、一つに縛った黒髪をキラキラと蛍光灯の光に反射させている女性だ。その長さは腰付近まであるように思える。
彼女は、体のラインがわかるような白Tにぶかっとした灰色のジャージパンツ、そして、その上からヘソの辺りで一つだけボタンが留められた真っ黒な白衣を羽織っていた。黒衣の左腕には、七角形。ここにいるって事は当たり前だが職員なのだろうが、制服では無いのは何故なのか……。
目元が黄色の丸グラスに覆われている彼女は此方にズカズカと歩いてくる。
「で?あなた達で合ってるのよね?」
「えっと…知座さんのことですか?」
「あ、合ってた合ってた」
急な展開に腰を上げる暇もなく、彼女を見上げる様にして会話を進める。彼女は、蓮牙の近くにある一人掛けのソファの後ろまで来ると背もたれにそっと手をついた。
「なんか、岩瀬から馬鹿二人のお礼が言いたいって聞いたんだけど。本当?」
彼女の言う『岩瀬』は、たぶんここまで対応してくれたあの隊員さん。
それにしても、先程からずっと知座さん達のことを馬鹿というのは何故だろうか。
「二日前に助けていただいて…」
僕は、岩瀬さんにした話と同じ話をする。
しかし彼女は、無線で話のあらましを聞いて理解していたのだろう、話を集中して聞くというより、値踏みするかの様に此方を観察ていた。
「…さっきから会話に集中出来てないみたいだけど、何か気になることでも?」
それはそっちも同じだろうと思ったが、彼女の言う通り服装が気になって話に集中はできていなかったのも事実だったので素直に答える。
「いやぁ…制服じゃないなって思いまして…」
「あぁ。研究部は制服ないの。私、堅苦しいの嫌いだし。見える位置に研究員カード付けてたらあとは服装自由ってルール」
と、首から下げている名札を黒衣の内側でヒラヒラと振る。名札の表面が反射し名前は見えない。
研究部、エピス。政府の警備隊の一部ではあるが、本部にしか設置されておらず総人数は20人以下と噂の部署。確かに、研究部のメンバーと会うのであれば地下に通されてもおかしくは無い。
「白衣って黒いのもあるんすね。俺、初めてみました」
僕が一人で納得している間、彼女は此方の様子を気にも止めず蓮牙の質問に気さくに答えていく。
「まあ、白衣って言うくらいだし白の方が馴染み深いよねー?別に白衣でも良かったんだけどここの制服が黒でしょ?だから合わせて黒にしてるの」
「そうなんすね」
先程、名札と共に揺られる何かが見えた。丸みを帯びている透明なそれを改めてよく見ようと目を凝らすとーー、
「試験管…?」
「ん?」
「あ、いや、なんで試験管首から下げてるのかなと思って…」
「あぁ、可愛いでしょ?私のランタン」
試験管だと思ったものは、ランタンだったらしい。正確には、試験管の形をしたランタン。初めて見る形にもう少し良く見ようとランタンを凝視するが、黒衣が重なっていてうまく見えない。
すると彼女は、首元から掛けているランタンが見えやすいように上着の前をパッと大きく開けてくれた。しかし、高校生の僕達の心臓はその大胆すぎる突然の行動に早鐘を打つ。
「「…………」」
「……おいクソガキ共。今ろくなこと考えてなかったろ?」
「いっ、いえ!ーー断じて!!断じて!!!大胆だなとか思ってないっす!!」
「そんな!まさか!!目が釘付けだったとか!そんな!!」
「……それを思ってるって言うんだよ?クソガキ?」
「「すみませんでした……」」
人が変わった様な強い口調に萎縮して肩がブルッと震える。彼女はブーツをカツカツと鳴らしながら僕達の背後を取ると頭を揃って鷲掴みにし、ブンブンと左右に振る。彼女なりの優しさなのか、その手には力は込められておらず痛みはない。
「し、質問いいですか…」
「なに?」
視界がぐわんぐわんと揺れ、酔いそうになりながら何とか声を発すると、こっちの話に耳を傾ける気はある様で、すんなりと頭から手を離してくれた。だが、先程までとは違い少しムッとした言い方で返事をされる。クール系なお姉さんかと思っていたが案外子供っぽい所もあるのかもしれない。
「あの…お名前聞いてもよろしいですか…?」
「名前ね…名札で勝手に見てると思ってたわ。私は、濡羽玖奈。政府の警備隊の研究部、エピスのメンバーの一人。よろしくね」
彼女は僕らの背後から元々手を置いていたソファの位置まで戻ると、そこに深く腰掛け足を組み自己紹介をする。
「あなた達の名前は?」
「谷本蓮牙。で、こいつが燈下海音」
「ふーん。そう。初めまして」
突然尋ねて来た子供の名前には興味がないのか、生返事をされる。
「あの、研究部って何やってんすか?」
「研究部は、研究部って名前の通り。研究してるの」
「それはわかるんすけど、なんの研究してるんすかってことです」
僕も何か質問をしたい。だが、口の中はカラカラに乾いた砂漠の様だ。積年の願いが叶いそうなのに口は震えて声を出せない。研究部のメンバーだからと言って全てを知っているわけでは無いだろうし、ましてや一般人に教えてはくれないだろう。それでも、長年の疑問の糸口が目の前に現れたというのに僕の口は音を発せない。
「ーーそれを知ってどうするの?」
「別にどうするってか……シンプルな疑問っす」
「じゃあ、企業秘密」
「企業秘密って言っても、調べてるのは閃時とか煤じゃないんすか?」
「なんでそう思うの?」
「なんでって……ここが政府の警備隊本部だから?」
蓮牙は友人にするかの様に気さくに質問を投げ掛けている。聞きたい事は山程あるのに僕にはできない。次々と質問をして警戒されることが怖いのもあるが、昔の様に"そういうものだ"と言われたくないから。
興奮からか不安からかそれとも両方からか……呼吸が浅くなり視界が狭くなる感覚がする。とりあえず僕が今できる事は落ち着く事。
彼は僕が使い物にならないことに気付いているのだろう。彼なりに聞けそうなことを聞いてくれている。
「何でここなら煤の研究してると思う?」
「煤とやり合ってんだろ?」
「じゃあ君は、煤見たことあるんだ」
「いや、実際に見たことはないけど…」
しかし、彼の質問は質問で返され飄々と躱されていく。少し落ち着いた僕はこの状態を打破すべく、今何が出来るかと考えあぐねいていると、再びドアの開く音がした。岩瀬さんが戻ってきたのだろうか。
「あっ、本当に来てる!」
すると、予想とは異なる聞き覚えのある声に驚いて其方に顔を向けると、以前と変わらぬ二人組が立っていた。来客に興味が無いのか此方をチラリとも見ず部屋にある自動ドアへ向かう蓋雫さんと、対照的にフラフラと此方に近寄って来る知座さん。
僕らは慌てて腰を上げ此方からも彼に近づく。
「くぅちゃんから高校生が二人会いに来てるって連絡もらった時、直ぐ君達って気付いて急いで戻ってきたんだぜ?」
「おい、くぅちゃん言うな」
濡羽さんからクレームが入るがいつもの事なのか気にせず話を続ける知座さん。
「それで、今日はどしたの?」
「あの時はご迷惑おかけしたにも関わらず、きちんとお礼が言えてなかったので……高いものでは無いですが良ければこれ……」
「え、お礼?お礼されるような事してないって」
その顔には心底驚いたと書いており、彼らにとっては探し物を手伝う事は人助けには入らない様だ。
「でも…」
「二人で選んだんです。折角なんで貰ってくださいよ」
「そっか、二人がそう言うなら。ありがとうなー。なら皆で食べようか!」
和気藹々と話す僕らは濡羽さんがワナワナと震えている事に気づいていなかった。
「さっきから黙って聞いてれば!!!話勝手に進めやがって…おい、無視すんなこの馬鹿っ!!」
彼女は突然、知座さんの胴体を背後から掴むと、そのままバックドロップを仕掛けた。僕達と話していて油断していた彼は仲間からの突然の格闘技にいとも容易く宙を舞い、重い音と共に床に沈む。
「いってぇぇぇぇ!?え!?今!?今のタイミング!?ちょ、待って?ね?一旦落ち着こう?落ち着いてっ!は、話し合おう!」
「この馬鹿が、何勝手に出歩いてんのよ!!」
「あいだっ!?え、こんなに訴えてるのに暴力続ける!?あだっ!ちょ、話し合おうっ!?話し合おうって!!!」
無防備に床に転がり小突かれながらマウントを取られた彼は、流れる様な動作で右腕を両脚で挟まれるとそのまま腕を逸らされる。所謂、腕十字。
「は、話…やっぱむり!むりむりむりむり!!!ぎぶぅぅ!ぎぶぎぶぅぅぅう!」
「しかも、名前まで教えて!?何してんのほんと」
「えっ!?まってこの状態で話続ける気!?ほんと!?」
「言う事ないんか!?」
「すいませんでしたっ!ぼくが悪かったですぅぅぅ!!!」
その後も何か言葉を発するたびに、しれっと腕を引かれその苦痛に悶えている知座さんに声を掛けることもできず、二人で途方に暮れていた。
ウィッン
自動ドアが開く音と共に何食わぬ顔で蓋雫さんが入ってくる。服装こそ変わらないが、その手にはプロテインらしき飲み物が追加されシャカシャカと振られていた。
「ぼ、ぼくの肘が………」
「手加減してあげたでしょ?それよりもう一匹のバカ!!」
いつの間にか腕十字を解いた濡羽さんは、知座さんを床に転がし、声を荒げながら蓋雫さんに詰め寄る。
「俺はバカじゃない。そいつと一緒にするな」
「いや、こいつ止めなかった時点で同類だから!?同罪だから!!」
「まこっちゃん酷いよ〜。ぼくの馬鹿も否定してくれ〜」
「あんたは黙ってなさい」
「ぐへっ!?」
彼女は黒衣の内側へと徐に手を入れると、何かを掴み肘枕の体制で野次を飛ばす知座さん目掛けて投げつけた。鈍い音と共に彼の額にクリーンヒットした物がカツンッと床に転がる。
「これタイマー?」
「投げるもんが研究者っぽいな」
電源は入っていなかったのか、はたまたぶつかった際に壊れたのか液晶が真っ黒な自立式の白い四角いタイマーが床に落ちていた。
「えっ、ちょ!?酷くない!?タイマー投げるのは酷くない?ぼくのぷりちーなおでこが引っ込んだらどうすんの!?」
知座さんは額を摩りながら、キャンキャンと子犬の様に突っかかっている。うん。相変わらず元気な人だ。
「今、蓋雫と話してんの。黙って?」
「はい。すみませんでした」
彼女が此方を一切見もせず言い放った一言に、さっきまでの威勢はどこへやら知座さんはその場でスッと正座をすると大人しく口を噤んだ。
彼は、目線で何かを僕らに訴えかけていたが残念ながら僕にその意図は伝わらなかった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
次の話から閃時のルビを消そうと思います。あまりずっと振られてても鬱陶しいかなと思いまして…。
ただ、煤は最後まで付けるつもりでいます。
引き続きどうぞよろしくお願いします。




