第三話 「押しかけ訪問」
知座さん達と出会った二日後。進路調査アンケート締切り当日、書類を無事提出した。
大学進学で提出した内容に違和感が残らないといえば嘘になるが、とりあえず間に合ったのでよしとしよう。
親には行きたい学部すらまだ決めていない事を相談した。それでも、僕の道を応援する、やりたい事をやれば良い、と温かい言葉を贈って貰えた。だから、とりあえず今は勉強を頑張って自分の選べる範囲を広げようと思う。
しかしそれ以上に、今日までずっと僕の頭の中を占めていることがある。
ーー知座と蓋雫
「何で、制服違ったんだろう…」
街中で見かける政府の警備隊は、相変わらず首から下は真っ黒だったが、二人と違って上着は腰までしかない。デザインも蓋雫のコートに似ていたけれど口元までは覆っていなかったし、腰から下げるランタンの光も赤か白の二色だった。
「まじでわっかんねぇ。なんなのあの人達」
「なーにしてんだ」
今日こそは何か知るための手掛かりは見つけられないかと、教室の一番前、廊下側の窓際の席で一人百面相をしていると、頭上に黒い影が重なる。
顔をあげると、
「このクラスに何か用事?」
二日ぶりの友人が窓枠に手をかけながら不思議そうな顔をしていた。
「用事っつーか、お前が進路調査を期限までにちゃんと提出したか確認しに来ただけ」
「確認って…当日の放課後に来るもんか?相場、昼休みじゃない?」
「まあ、俺だっていろいろあんだよ。それに、その様子じゃ俺の心配も杞憂そうだな」
安堵が見え隠れしている声に、案外心配してくれていた様だと知る。
「おかげさまで。進学で希望出したよ」
「それは良かった。で、なんでそんな面白いことしてたんだ?」
「面白いっ……この、間会った知座さん達について考えてただけだけど」
人が一生懸命考えている風景を『面白いこと』と言ってのけたこの男は、視線を左上に向けると何か思い出そうとするように口を開く。
「あー、あの二人か。そういや、あの道通っても会わねぇな。で、二人がどうしたんだ?」
「制服とランタン、ーー気になんない?」
一瞬きょとんとする顔を見せたが、さほど興味がないのかあっさりと言葉を続ける。
「いや、別に?まぁ、確かに制服は違ったし、あの感じだったら自分達で改造してんじゃねぇのー?くらいにしか。ま、ランタンについてはわかんねぇけど」
「じゃあ、やっぱり素行が悪い人達だったのか…」
正直、上の立場の人間ではないかと少し期待していた。この町を守る政府の警備隊の上層部の人間なら……
初めて教わった時からずっと頭の中に刻まれている疑問、
ーー何故、閃時の様な時間があるのか、本当に煤がいるならその正体は?
それらについて何も知らない筈はない。
他の大人の様な知らぬ存ぜぬは通用しない。
小学生の頃、学校に来た政府の警備隊に一度質問した事がある。
ーー閃時の闇で現れるなら、何故夜の闇では現れないと言えるのか?
少年の口からこぼれた小さな疑問は、よく聞く言葉で片付けられた。
そう、『そういうもの』と。
昔の記憶と共に思考の海に沈見かけている僕には気づかず蓮牙は話を続ける。
「しっかしなぁ、あの感じでお偉いさんだったら自由すぎだろ政府の警備隊。寧ろ、上も注意できないほど困ってる奴らじゃねーの?」
「でも、そんな悪い人には見えなかったんだけどなぁ…」
「あくまでも憶測だけどな。ただ、俺も気になるのは制服だけじゃなくてランタンまで弄ってて怒られねぇもんなのか?」
全くもってその通り。組織として規律を求めるのであれば象徴となる制服とランタン片方だけでも違反していれば大問題になる筈だろう。それなのに、よりによって両方だ。
役満にも程がある。
パズルのピースがハマりそうでハマらない感覚にもどかしさを覚え上体を机に預ける。
「まあ、二人でいる時は光源いじって緑に変えてる…くらいしか思いつかないんだよなぁ」
「じゃあ、LEDランタンかあれ」
「オイルランタン腰に下げてたらいくら防火服でも危険でしょ」
「確かに」
政府の警備隊は基本的に見廻りにはLEDランタンを使用しているらしい。これは、実際に聞いたのではなく組織HPの『Q&A』の返信欄に書かれている内容だ。
誰かが、見廻り中に何かあった際に火事になったら困ると思い聞いたのだろう。まあ、そこの返信欄にしか書かれていない話なので案外知らない人も多い。
「あの日は偶々緑の気分だった、みたいな?だから今日会ったらピンクかもしれないし、片方だけに会ったら白かもしれないし…」
「まあ、何にせよアイツらは変わり者って事だろ」
「くっそぉ……もっと知りたいぃぃぃ」
「おい、知座さんみたいになってっぞ」
悶々とした気持ちを抱えている以上、勉強に身が入らないのは誰しも一度は経験したことがある筈なので共感してくれると信じている。しかし、このままでは明日からの楽しい週末も制服とランタンのことしか考えられなくなってしまいそうだ。
自身の探究心に踊らされ机に向かって唸っている僕の横で、蓮牙は悪戯を思いついた子供のように楽しそうに話し始める。
「なぁ」
「なんだよ…」
「まあまあ、そう不貞腐れんなって。思ったんだけどさ、政府の警備隊本部に行って会いに行きゃいいんじゃね?」
さも、名案だとばかりに誰もが一番最初に思いつくであろう考えを口にする。
「でも、会いに行っても内勤してるとは限らないだろ?」
「と、言いますと?」
彼は眉毛を片方だけ上げ続きを促す。
さまになるその表情に少しイラッとしたのはここだけの話。
「この前みたいに外回りだったらいないかもしれないじゃん」
「何だそんな事か」
「そんな事って…1番大事なことだぞ」
「居座っちまえば良いんだ。お客さんだぞって」
「は?」
疑問の波に取り憑かれ、危うく机を齧り出しそうだった僕は、その言葉にバッと顔上げる。そこには、悪人顔で心底楽しそうな表情をした友人がこちらを見下ろしていた。
「お前、バカ真面目に考えすぎなんだよ。高校生が素行の悪い奴らを尋ねてきたってなったら、あいつら直ぐに呼び出しされるって」
「呼び出しって……それは迷惑かかるだろ…」
蓮牙の提案と同じ事を考えなかったかと言われると、答えはNOだ。なんなら、思いついた時に名案だ!と喜んだ。しかし、その際に何処に皺寄せがいくかわからない事に気がつきこの考えにはそっと蓋をしたのだ。
「じゃあ、帰って来るまで待ちます!って言えば良いだろ。健気な高校生が先日のお礼を言いに態々待ってんだぜ?上司も無視できないだろ」
それも考えた。やはり皆考えることは同じな様だ。
「…でも、業務の邪魔になるんじゃないか?」
「なら、外で待ってます!ってのは?」
「……非番だったらどする?」
「そんなの一番簡単だろ。
『後日、改めて直接お礼を申し上げたいので、次の出勤日教えていただけませんか?それも難しいのであればお電話だけでも構いませんので…!』
だな!」
否定しても次から次へと案を出して来る男に感心し、
「お前……ほんっっとうにバカだよな」
と、今思う精一杯の称賛の言葉を呆れと共にに言い放つ。すると、蓮牙は窓枠に飛び乗り腰をかけると、心外だとばかり言葉を荒げた。
「バカって何だよっ!
男はいつまでも遊び心がないとだろ?ほら、お前がこれ以上の案を出せないのなら『やる』か『やらないか』の二択だって」
悪戯の共犯者を見つけたかの様に此方を指を刺し、どうするんだと分かりきった返答を今か今かと待っている。
「はぁ……そんなの『やる』に決まってるだろ、天才!!今から一旦荷物置いて、二十分後着替えて校門前に集合な。それから、手土産買って政府の警備隊んとこ行こう。爆速な」
捲し立てた言葉が終わる頃、窓枠には誰もいなかった。
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「なぁ」
「うん?」
「俺さ、初めて政府の警備隊んとこ来たんだけど」
「奇遇だね、僕も」
「……白くね?」
「わかる。黒だと持ってた」
建物に繋がる広い石畳の通路。その周りには整備された池と敷地内を覆う青々とした芝生が広がってた。
そして何より目を惹くのは、重厚な佇まいでその存在を主張している政府の警備隊本部。その建物は見るからに堅牢な作りで、ちょっとやそっとの攻撃では揺るがないという安心感が一目見ただけで伝わって来る。
外壁は白っぽい色で塗装され、所々金色のラインで装飾が施されている至ってシンプルな仕上がりだ。勿論、政府の警備隊を象徴する七角形も描かれており、夕日を反射して黄金に輝いている。
敷地内は、例え暗闇でもその存在に気づける様に外壁をはじめ、ランタンでできた街灯が石畳に沿って立ち並んでいた。
「わざわざ街灯をランタンにしてるのなんでなんだろうな」
「知座さんが言ってじゃん、宣伝してるって。だからじゃない?」
「それ前も思ったけどさ、宣伝してるの聞いたことあるか?俺はない」
「残念ながら一度もないな」
「だよなー」
ここには、制服の隊員以外はポツポツと一般人が歩いているだけで僕達の様な学生はぱっと見いなさそうだ。
入り口まで続く石畳を散歩気分で進んでいると近くに立っていた五十代くらいの白髪混じりの優しそうな隊員に声をかけられる。
「君達、どうかしましたか?」
まさか話しかけられるとは思っておらず咄嗟に言葉が出ずに焦っていると、動揺に気付いた蓮牙が隊員さんから見えない角度で、僕の脇腹を肘で小突く。
「あ、あの、先日此方の隊員さんに落とし物を一緒に探していただいて…その時、お礼を言えていなかったので、本日直接会ってお礼を言えたら良いなと思って来たんですが…」
「そうなんですね。では、待合室の方に案内いたしますので付いて来てください」
挙動不審な相手にも関わらず、隊員さんはにこやかに対応すると建物へ促す様に先頭をゆっくり歩き出した。
「探し物は直ぐ見つかりましたか?」
「はい、おかげさまで割と早めに見つかりました」
「それは良かったですね。ところで、その隊員の名前をお伺いしても宜しいですか?本日、出勤しているか確認致しますので」
僕はここ数日、頭の中に我が物顔で居座り続けている名を口にする。
「えっと、知座さんと蓋雫さんです」
建物の入り口の自動ドアを丁度潜り抜けていた隊員が不意に立ち止まった。ぶつからない様に慌てて立ち止まると、此方の様子に気づいていなかったのか半歩後ろを歩いていた蓮牙は、僕の背に突っ込んできた。
「おっと、すまん」
「おい、ちゃんと前見て歩けよ」
「いや、建物綺麗すぎて見惚れてたわ」
「僕じゃなくて隊員さんにぶつかってたらどうすんだよ」
「だから、わりぃって」
時間にして数秒。
文句を言い合う声など聞こえていないのかったかの様に微動だにしなかった彼は、突然無線に手を伸ばすと何処かへ連絡し始める。
此方を一切見ず、どこか困った様な声色で話し始めるその姿に違和感を覚え、声を掛けるか迷っていると、
「あの、確認のためもう一度隊員の名前の方教えていただけますか?」
耳の無線機に手を置いたまま、消え入りそうな声で問いかけられた。
「えっと、知座春斗さんと蓋雫誠さんです」
同じ苗字の隊員がいる可能性を失念していた僕は、再度確認が必要になったのかと今度はフルネームで答える。
しかし、口にした名前を聞くと隊員は諦めた様な目で此方を見た後、無線機に情報を告げた。
「はい。間違いないそうです。しかもフルネームで。まあまあ、落ち着いてください。それで、どうしましょう。
ーーわかりました。そちらの方に案内します。はい。失礼致します」
彼は無線から手を離すと、先程までの動揺などなかったかのように笑顔で話し出し、何処かに向かい歩き出す。
「これから応接室の方にご案内致します」
応接室?何でそんな大層なところに?てっきり、二人とは待ち合いで会う事になると思っていた。
ーーしかし、これは幸運だな。他に人がいないのであれば何かと質問しやすい。
「応接室って何処にあるんですか?」
「地下の方になっておりますので、エレベーターに乗りましょう」
「地下…?ここって地下あるんですね」
「はい。働いてないと知らないんですけどね。さあ、エレベーターが到着しました乗ってください」
てことは、地下の存在は一般的に知られていないってこと……態となのか偶然なのか、向こうから情報という餌が吊り下げられている。
それなら、望み通り餌に食い付いてやろうと思い蓮牙をチラリと見ると既に此方を見ていた彼は、ほんの一瞬にやりと笑いエレベーターに乗り込んだ。
ーー考えている事は同じ様だ。




