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第二話 「初めましてと緑のランタン」


「まーじで相談乗ってくれて助かった。今度何か奢るわ」

「ラッキー!楽しみにしとくな」

「ーーさて、時間も良い感じだしそろそろ帰る?」

「そうだな、帰るか」


 ずっと座っていたせいか凝り固まった腰をぐっと伸ばしながら立ちあがろうとした時、


「ーーー?」


 ん?なにか聞こえたような?もしかしたら、ここを管理している人が来たのかもと荷物を持って慌ててと茂みから顔を出す。すると、知らぬ間に真っ暗になっていた世界と温かみのある柔らかな緑の光に出迎えられる。少し遠くにあるにも関わらず、ハッキリとその存在を主張するあかりの眩しさに思わず目を細める。


「お!綺麗な自転車があるから誰かいると思って寄ったら大正解!ぼくってば流石!」

「……」

「えっ、スルー?まあ、いっか!……ねぇ、君たち大丈夫ぅ〜?ここら辺、街灯少ないから危ないぞ」


 そこには、自転車にランタンを(かざ)してニコニコと人の良さそうな笑みを浮かべる黄色い髪のお兄さんと、少し後ろで周りを見ている刈り上げのお兄さんがいた。一八〇cmはありそうな彼らは、(からす)のように全身真っ黒な服装をしている。


 声を掛けてきたのは少し癖っ毛の黄色い髪のお兄さん。第二ボタンまで開けたシワシワなシャツとスラッとしたズボン。その上から前を全開にしたロングコートを羽織っている。


 そのまま視線を後ろにずらすと、此方は髪も真っ黒な刈り上げのお兄さん。先程のお兄さんとは異なり燕尾服(えんびふく)を改造した様な前身頃が短く、サイドから後ろにかけて丈の長いコートを着ている。上着は前身をしっかりと閉じ口元まで覆っている為、他に見えているのはズボンだけだった。


 ただ、ランタンの光に反射してコートの袖や襟で鈍く輝く金色のラインは二人とも共通のようだ。中でも一際目を引くのは、左腕にある真ん中をくり抜いた金色の七角形。その底辺の角から中心に向けて結ばれる二本の線によって内側に三角形が描かれている。そして、その七角形の下には一本線。

 これらが意味するのは政府の警備隊(フォスタシス)

 しかし、普段街中で目にする制服とはかなり異なるため、特別な立場の人間もしくは制服改造を行う素行の悪い人物……なのだろう。


「まっ!ぼくがいる限り何も危なくねぇけどっ」

「……」

「そんな目で見なくてもいいじゃないっすか〜」

「…問題ないなら早く行くぞ」

「ちょっちょっちょっ、待ってくださいよ!この子達にちゃんとあかりあるか聞かないと」

「スマホあるだろ」


 二人の会話に付いて行けず思わず黙り込んでいた僕らを、刈り上げの兄さんがジロリと見る。有無を言わさぬその視線に、僕はコクっと頷くことしかできなかった。


「持ってる、とさ」

「そんな顔で見なくてもいいのにね?このお兄さんこわーい!」


 さっさと歩き出した黒髪のお兄さんとは異なり、黄色い髪の彼は変わらず僕達の前に立っていた。


「ねぇ君達、一つだけ聞いていい?」

「は、はい」

「暗くなったの知ってたのにあかり点けてなかった?」

「そんな訳ないじゃないすか。いつも暗くなってたら点けてますよ」


 僕が言葉を発するより先に蓮牙が答えた。

 閃時(せんじ)の際にあかりを灯す重要性は、この町に住む者は皆知っているから。たとえ、一度も本物の(カルヴノ)を見た事がなくとも。


「でも、出てきた時あかりつけてなかったよね?」

「……えっと、暗くなったのに気づいてなくて」

「本当に?暗くなって五分は経ってるぞ」

「「えっ…?」」


 言われてみれば、声をかけられる迄は暗いことに気づいてなかった…

――驚いた僕らは顔を見合わせる。


「え?ほんまに気づいてなかったん?」


お兄さんが(いぶか)しげに首を捻る。


「ほ、本当なんです!」

「うーん?じゃあ、あの中は明るかったんや」

「は、はい…」

「……すっげぇ面白そうじゃん。俺も中入ってみたいな!」


 彼は、お気に入りのおもちゃを渡された子供の様にキラッキラの笑顔で此方を見る。


「えっと……僕も勝手に出入りしてるので……」

「あ、そうなんだ。じゃあ、ぼくいっきまーす!」

「なぁ」


 今にも茂みに飛び込みそうだったお兄さんは、その疑問が混じる問いかけに足を止めた。


「んぅ?どうした?」

「ずっと気になってたんすけど、何でランタンなんすか」


 確かに、積極的にランタンを持ち歩いているのは政府の警備隊(フォスタシス)を含め数少ない職業の人達ばかり。


「これ?かっこいいやろ??」

「いや、別にかっこいいとかそう言うのじゃなくて。俺らみたいにスマホの光じゃダメなんすか?なんで態々ランタンなのかなって……」

「スマホの懐中電灯で充電使ったらスマホで連絡したい時困るでしょぅ?」

「でも、その耳についてる無線で通信してるんじゃないんすか?」

「そうだね」

「なら…」

「でも、もしもの時の為に、連絡手段は沢山あった方がいいっしょ?」

「それは…確かに…」

「でしょぅ〜」


 合理的な答えに僕は心の中で頷く。ただ、蓮牙はまだ納得し切っていない様だ。


「じゃ、じゃあ、懐中電灯じゃない理由は?」

「懐中電灯はひっかけてたらその足元しか照らせない。それに、真っ直ぐ固定させたとしてもその方向しか照らせない。

だから、見回りしてる俺たちには全方位照らせるランタン。超・便・利♪」

「…確かに便利っすね」


 腰やカバンに吊り下げてしまうと、手で持つ時より照らせる範囲は減ってしまう。それでも、懐中電灯に比べれば断然広い。


「どう、どう?君達もランタン使ってみたくなった?」

「まあ、念の為持っとくのはありかなとは思い……ちょっ、おい、うぜぇ、近寄んじゃねぁ!!」

「お兄さん素直な子、大好きだよ〜。なぁんか、いまいち宣伝上手くいってないけど、マジで超いいからランタン。使って使って」

「力強っ!?ちょ、おい、はなせってぇぇぇ」


 黄色い髪のお兄さんにぎゅうぎゅうと押し潰されながら「ぎゃー」っと悲鳴を上げている友人を助けようと一歩踏み出す。


 ーーが、ちょっとした違和感に視線を腰あたりに落とす。


ん……?ない!?

え…あ、あれ……さっきまでベルトに吊るしていたはずのランタンがない!?


 慌てて足元を見る。ガシャガシャと動くお兄さんのランタンの明かりに照らされて、薄ぼんやり見える地面にはお目当てのものは落ちていない。


吊るしてたところ千切れてる……?いや、そう言うわけでもなさそう……

てことは、引っ掛けたわけでもなさそうだし…

 

 先程通った隠れ道を振り返りじっと目を凝らすが、勿論見えるはずもない。


…うーん、中に置いてきたのか?

いや、でも、外した記憶が…


 一人で思案していると突然背後から声をかけられる。


「おい」


「っうぉ!?」


 驚いて振り返るとと、いつの間にか戻って来ていたもう一人のお兄さんが立っていた。が、周囲に気を配っている様で相変わらず視線は僕に向いていない。


「お前。さっきから何一人で慌ててんだ」

「あっ…えっと…ランタン落としちゃったみたいで…」

「……ランタン持ち歩いてるのか?」


 彼は、少し驚いた様子で目線を此方に移す。


「い、一応…いつも腰に下げてるんですけど…」

「珍しいな」

「あっ…えっと確か三年くらい前だったかな…?家族からプレゼントで貰ったので、折角ならと思って使ってるんです」


 ついつい聞かれてない事まで話してしまった僕とは裏腹にお兄さんは、

「そうか」

と、呟くとスッと視線を外した。


「捜索、手伝おう」

「あ、ありがとうございます」


 二人に向かってスタスタと歩いて行くその腰に、四角い鳥籠のようなランタンがぶら下がっていた。その箱からも黄色い髪のお兄さんと同様に緑色の光が溢れ出している。


「ちーざー。探し物手伝うぞ」

「ぐえっ!?あっ、ちょっと襟引っ張らないでぇぇぇ」

「おい。見た目は?」


お兄さんの声にハッとし、慌てて答える。


「よ、よく見かける吊り下げ型のLEDランタンですっ!」

「わかった」

「ちょっ、まこっちゃっん!俺っ歩けますっ!

歩けるから襟掴まないでっ!後ろ向きは転けちゃうっ!」


 わちゃわちゃと進むお兄さん達。僕は、二人から距離をとって一息付いている蓮牙の隣へと並ぶ。


「大丈夫?」

「元気すぎんだろあの黄色頭」

「まあ、確かに……でも、賑やかで楽しそうじゃん」

「それはそうかもだけど、あの刈り上げあれと一緒にいんのすげぇわ」


 如何にも疲れましたと言いたげにしているが、蓮牙の顔に嬉しそうな感情がのっているのを見逃さなかった。

 僕は、楽しそうな彼に先程からずっと思っていた疑問を口にする。


「なぁ…気になってたんだけどお兄さん達のランタンの光、緑色じゃない?」

「それな。火の赤とか、電気の白ってイメージだけどあの人達持ってんの緑だよな」

「僕達が知らないだけで最近は緑が普通ってこと?」

「さあなぁ。ところで、お前ランタン無くしたって?」


 意地悪く聞かれたその声に、頭の後ろを掻きながら、

「ははは……」

と、笑う。


「はははってお前なぁ……とりあえず早く探そうぜ」

「あぁ、ありがとう」


 彼はこちらの背を軽くぽんっと叩くとお兄さん達に合流した。皆が小道や草木の中を探してくれているので、取り敢えず先ほど座っていた辺りを確認しようと、草のアーチに足を踏み入れる。


「あっ!ちょっと待って〜。中入るなら俺も着いてくぅ〜。はい進んで進んで。背中はお兄さんが守ってあげるから」

「えっ、ちょっ」


 初めの方で興味を示していたからだろう、僕の後ろにピッタリとくっつくように「ちーざー」と呼ばれたお兄さんがついて来る。


「あっ、あの……って、えっ」

「この歳で屈むのは辛いねぇ…あれぇ?ここ別に明るくないな……話が違うぞ?」

「そう…なんですよね……あれ…」


 今まで、ここに来て帰宅するまでの間一度も中が暗くなった事はなかった。

 そう、ないのだ。

 もしかしたら、今の今までこの場にいる間、偶々閃時(せんじ)にならなかっただけなのかもしれない。

 それでも、初めて見る暗く冷たい景色に僕は戸惑いが隠せなかった。


「んぅー?ま、とにかく今は探そうか!って、ランタンってあそこに置いてるやつ?」


ーーお兄さんが指さす方を見ると祠の直ぐ横に確かに僕のランタンが置かれていた。


「こんなわかりやすく置いてたのに忘れて出てきちゃった?ま、気持ちはわかるよ〜。俺もよくやってさぁ、同僚に怒られるんだよね〜」


あれ…ここに置いたっけ。

ランタンをベルトから外した記憶ないけど…邪魔だと思って無意識で外してしまった?


 僕は今起きている不思議な現象に頭を捻りながらも取ってきてもらったランタンをベルトに付け直し、初めて見た深く暗い緑を後にした。

 

-------------------------


 外に戻ると街灯にあかりが点き、道路に薄暗くその影を落とす。


「燈下!ランタンあったか?」

「中に置いてた。ごめん、迷惑かけた」

「見つかって良かったな」


 ランタンのあかりを点けていると、外にいた二人が近づいて来る。

 手の中で灯るランタンの光は、やはり白。

 王道な筈の白は緑に挟まれている今、何故か異質に見える。


「よーし。一件落着っと!君達。今日はもう明るくならないかも知れないから家に帰った方が良いぞ」

「そうします」

「うんうん。素直で良い子達だ。お兄さん達がお家まで送ろうか?」

「おい」


 今にも掴みかかりそうな勢いで声を発した刈り上げのお兄さんは、何故だか険しい顔をしている。


「まあ、まあ。そんなカッカしなさんな〜。だって、街灯点いたし今更もう遅いじゃん?」


 この後、まだ仕事があるのだろうか。見廻りの途中だったであろう彼らが、道草を食うのはあまり宜しくないのかもしれない。


「あ、あのご迷惑かけるのは申し訳ないので僕達だけで帰ります。ご心配ありがとうございます」

「子供はそんなこと気にしない気にしない。大人には頼るもんだよぉ」


 此方を気遣ってニコニコと話しかけてくれるのはとても助かるが、隣の不機嫌な猛獣を気にする方が先ではないかと思う。


「じゃあ、一つだけお願いしても良いですか?」

「お、なになに?」

「お兄さん達のお名前だけでも教えてもらえませんか?」


 これだけ気になる事が沢山あるのだ。可能であれば名前だけでも教えてもらいたい。


「え、そんなので良いの!?俺の名前は知座春斗(ちざはると)。よろしく〜」

蓋雫(ふたしず)

「もー、無愛想だなぁ。(まこと)君でーす。因みに俺ら同期なんだぜ。はい次、君たちの番」


 案外あっさりと教えてくれた名に拍子抜けしつつも、此方も名前を伝える。


「僕は、燈下海音です」

「俺、谷本蓮牙っす」

「海音君と蓮牙君ね。よしっ、覚えた。じゃあ、気をつけて帰るんだよ」


 先刻までの積極的なコミュニケーションは何処へやらあっさりと僕らに背を向ける。

 闇の中へ溶け込んだお兄さん達は緑の光をふよふよと揺らしていた。


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