表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/8

第一話 「将来の夢」

 

 四月のとある日。

 学校からの帰り道にある公園のベンチで、僕は先週教室で配られた一枚の紙の端をくしゃりと握りしめて途方に暮れていた。


進路調査アンケート


――(よわい)十六。

 今から選ぶ道が、将来の大きな分岐の一つになる割に、その重大さをあまり教えられないまま淡々と決まろうとしている。現在時刻は十六時三十七分。


「将来、将来、将来かぁ…とりあえず大学?

うーん…したい事ないのに行くのもなぁ……でも、就職も…

あーあ、締切三日後なのに本当どうしよう…」



 子供の頃は、なりたい職業に就けると思っていた。 高校に入学した時は、大学を出て就職することが当たり前だと思っていた。

 でも、実際に自分の将来への道を決めるとなると、そんなの一つの道に過ぎないとわかる。


 卒業してそのまま就職する人も。

 スポーツ推薦の人も。

 純粋に学びたいことがあって進学する人も。

 皆が行くから何となく大学に行く人も。


 十人十色。人それぞれだ。両親は、大学に行きたいと言ったら僕の決めた道を応援してくれるだろう。だからこそ、理由もなく行くのは少々申し訳ないのだ。 かと言って、なりたい職業もない。

 そう。だから、悩んでいるのだ。


 チラリと頭に過ぎるのは、僕のお気に入りの場所。ーーあぁ、そうだ。明日、あそこに行こう。

 その地に想いを馳せながら空を仰ぐと、僕の悩みなど知る由もない変わらぬ青があった。

 この広い空を飛ぶ鳥は、何を考えている生きているのだろうか。


 ふと、気配がして視線を下げると、この公園で偶に見かける黒猫が此方に向かってのんびりと歩いてくる。


「――久しぶり。最近全然会わなかったね」


 猫は警戒心がないのか僕の前にそっと座る。


「今日は何してたの?」


 黄色い瞳の持ち主は鳴き声ひとつ返さない。


「ねぇ、顔見知りになって結構経つと思うんだけど、そろそろ触ってもいいかな?」


 僕がそう言うと、ゆっくりと立ち上がり軽やかにベンチに飛び乗ると流れる様に膝の上に体を預けてくれた。


「ありがとう」


 猫は満足そうに伸びをした後、僕のベルトに吊り下げられているランタンにちょっかいをかけ始める。小刻みにカツッカツっと爪の当たる音がする。

 そんな元気いっぱいな艶のある背をゆっくりと撫でながら、僕は自己紹介をした。


「僕、海音(かいね)って言うんだ。君は?」


 その言葉に猫は一言、

にゃあ

 と鳴いた。



 公園の時計を見ながら珍しいな、と思う。

 時刻は十七時四三分。

 この時期だと、まだ街灯のあかりも灯らない時間帯。もう直ぐ十八時を回るが閃時(せんじ)はまだ来ていない。今日は使われそうにないな、と普段頑張ってくれているランタンをさらりと撫でた。


 さて、公園に来て一時間近く経つし、そろそろ帰らないと母さん達に心配かけちゃうなぁ。

そんな考えなど露知らず、ランタンとの格闘に飽きた猫は膝の上で呑気にくぅくぅと眠っている。


「僕が誘ったから仕方ないんだけど……はぁ、お前は本当に自由だな」


 どうしようかと頭を捻らせていると、僕の声に意識が覚醒したのかそのまんまるな瞳をパッと開く。

 そして一言、

にゃあ。


「あ、起きた。僕、そろそろ帰るから君も暗くなる前に家に帰りな」


 言葉が理解できているのかはたまた気まぐれか、大きな欠伸をしそのままスッと膝から飛び降りる。その時、後ろ足がランタンに当たりカランッと軽やかな音を立てた。


「こう言うのもなんだけど、もう少し名残惜しそうにして欲しいかったな」


 笑いながら呟いた言葉に猫は何も応えない。


-------------------------


 青々とした茂みの中に木々が立ち並んでいるその場所は、広大な田んぼのど真ん中にある丸くぽつんと切り取られた様な場所。

 生い茂る草木をかき分けて進んだ中にある、一際大きな木の根元に小さな祠があることを通行人は知っているのだろうか。

 そこは、昔から何度か立ち寄っていて夏は涼しく、冬は風除けになって案外過ごしやすいそんな場所。まあ、冬以外は虫が多いのが難点だけど。


 そして僕は今、心落ち着く空間に繋がる唯一の小道をゆったりと歩いていた。


「おーい、燈下(とのした)ー!何してんだー!!」


 聞き覚えのある声に立ち止まり後ろを振り返ると、自転車で農道を掛けてくる友人。谷本蓮牙(たにもとれんが)。文武両道で人柄もいい彼は中学からの同級生。成績平均ど真ん中の僕に勉強を教えてくれる頼れる奴だ。ただ、その頭の良さを悪戯に使うことも多い。

 現在は、クラスは違うが同じ高校に通っている。


「久しぶり!なぁ、今年もクラス違ったぜ?

つーか、高校入って一回もクラス被んなかったし。マジどうなってんだよ」


 彼は、目の前まで来ると滑らかに自転車から降りる。


「中学は三年間一緒だったのにな。まあ、今まで通り休みの日にご飯行こう」

「おう。そうしようぜ。てか、お前家こっちじゃなかったよな?」


 本来、帰宅するとなると学校を中心にこの場から九十度の位置に進むことになる。何度か家に遊びにきている彼からすると、学校帰りの僕がここにいることが不思議なのだろう。


「今日ちょっと寄るとこあって」

「あ、そうなんだ。買い物だったらお前が良ければ付き合うぜ」

「買い物じゃないけど……時間あるなら一緒に来る?」

「お、マジ?じゃあ、ちょっと付いてこうかな」

「面白くないかもだけど」

「ダチといて面白くない事はないだろ」


 照れ臭くなって強めにバシッと彼の背中を叩く。


「まあ、とは言っても目的地はすぐ目の前なんだけど」

「そんなに近いのか?」

「そこ」


僕は木々を指差し、再び歩き始める。


「うぇ!?まさかそこの茂みのこと言ってんじゃねぇよな?」

「そのまさか。目立ってる割に誰か来てるの見た事ないんだよな」


 祠にお参りをする。草木の手入れを行う。

など、用事無い限り立ち寄るものはいないだろう。


「…ずっとここに来てんのか?」

「ずっとじゃないけど、考え事したい時に来るくらいかなぁ」

「あー、なら、俺邪魔じゃね?」


 気まずそうに返す気遣いの言葉に、肩をすくめながら答える。


「全然。そもそもここに来るだけでリフレッシュにもなるし、友達連れてきてみたかったし…」


 今になって、成績優秀な友人の進路を知らないとこにふと気付く。とは言っても、彼ほど頭が良いのなら背伸びをし過ぎない限り大学に進学する事はそこまで難しくはない筈だ。蓮牙の進路を聞くついでに僕の進路を相談してみるのも一つの手では無いかと口にする。


「……それとも僕の悩み聞いてくれたりする?」

「勿論、俺で良ければ幾らでも」

「助かる」


 にやりと笑った彼は、自転車に跨り素早く目的地に着くと黒い愛車を端に寄せ、振り返る。


「で、どこで話すんだ?」

「ここを潜ると中に入れるから」


 茂みにできた小さなアーチを指さす。


「…お前ってこういう系好きじゃなさそうなのに意外とやるなぁ」

「秘密基地とかロマンあるじゃん?」

「俺、超好き」

「そんな感じする」


 わかりやすく喜ぶ彼の肩に拳を軽く打ち付け、僕はガサゴソと中に入って行く。少しだけ光が差し込むそこは、いつ来ても暖かな緑で僕を向かい入れてくれた。


「すっげぇ。広いな…」

「木を上手く避ければ三人くらいは寝転がれそうなんだよね」


 一七五cm前後の高校生二人が両手を繋いで輪を作ると少し余る程の幹。大木と言うには小さい木を中心に円形の空洞になっているそこは、足元の草が踏み荒らされチクチクと体に刺さるものはない。大方、管理人さんによるものだろう。

 それでも、細い木々は所々に生えているのでスペース確保には少し場所を考える必要がある。


「ん?祠?」

「そうそう。だから、来る時はいつも何かしら持ってくる様にしてるんだ」


 荷物を端に寄せ、祠にペットボトルの水とお菓子を置き手を合わせる。少しして顔を上げると彼も僕に(なら)って手を合わせていた。


「まあ、ぶっちゃけ作法とかよく知らないからこれでいいのかもわかんないんだけど」

「こう言うのは気持ちって言うだろ?お前の気持ち、きっと神様にも伝わってるって」

「そうだと良いけど」


 祠から離れ、各々の良いところに腰を落ち着ける。


「で、相談ってなんだ?」

「進路調査アンケートのことなんだけど……」

「あー、進路なぁ。実は俺も迷ってんだよな」


 ある意味期待はずれな返答に身を乗り出して詰め寄る。


「え?蓮牙も?」

「ん?なんだ、俺は迷ってなさそうだったか?」

「だって、お前絶対大学……」

「まあ、確かに無難に大学行きゃ良いんだろうけど、別になりたいものないし、それに……」

 

 思わず、という風に溢れた言葉の先は続かなかった。先程よりも暗い顔に余計な事を言ってしまったと悟る。


「ご、ごめん。嫌な思いさせたいわけじゃなかった」

「別に謝んなって。それに、今はお前の話だろ?お前、お前なぁ、真面目なのに成績そんなに良くないんだよな。変わらず学年ど真ん中だろ?」


 その言葉にぐぅの根も出ない。にやにや笑う目の前の彼に、どれだけ根気よく勉強に付き合ってもらってもいまいち成績が伸びないのだ。


「どうか足掻いても真ん中になるんだよなぁ」

「お前頭いいのに勉強には向いてねぇよなそれ」


 呆れた様に返された返答に、いつか絶対見返してやると心に誓う。


「おい……僕だって、真面目に悩んでんだって」

「ごめんごめん。まあ、でも今回は大学進学にしといていいんじゃね?どこ受けるとかは聞かれてないし」

「やっぱそうなるよなぁ…親になんて言うべきか……お前、親になんて言うの?」

「俺?俺は教師って言うかもな」

「教師……お前教えるの上手いし確かに合ってそう」

「ま、教師になれば妹の勉強少しは見てやれるからな」


 家族の話をあまりしたがらない彼の口から、唯一出て来る妹の話。今のこいつの顔は、この話の時だけ見られる兄貴の顔。


「お前なりたいもん無いとか言ってめちゃめちゃあんじゃん。嘘つきぃ」

「強いていえば、だからな?なりたいわけじゃ無いぜ?お前は、お前の長所活かしたらいいんだよ」

「長所?」


ーー長所、長所かぁ

 ずっと知りたいことがある。小学生の頃から今も変わらないその思い。そこに焦点を当てて考えると、

 良く言えば、強い探究心と粘り強さがある。

 悪く言えば、頑固で視野が狭い。

まあ、勉強面で言えば、応用が効かないも追加されるのだろうけど。

 何にせよ、突然自分の長所は?と聞かれて直ぐに出てこない人も少くない中で、二つも思い浮かんだ自分を褒めてあげよう。


「例えば、真面目さとか」

「真面目さか……うぅ。もう少しだけ考えてみることにする」

「おう、そうしてみな。また、相談乗るぞ」


 進路の話も程々に、近況報告という名目で担任の話やクラスの可愛い女子など最近会っていなかった分、時間を忘れて喋り倒した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ