第十話 「忠告」
「今日、祠んとこ行くってのになーにそんな死にそうな顔してんだよ」
地下の応接室で蓮牙は、机に用意されていたお菓子をモグモグと食べる。
蓋雫さんのランタンが紫に輝いたあの日、僕が心の底から知りたかったこの世界は酷く恐ろしいものだと知った。
「終わった事だしビビっても仕方ねぇだろ?
ほら、それより菓子食おうぜ」
手にチョコレートを握らされる。
少し歪な形をしたそれは渡すタイミングを見計らっていたせいだろうか。
「そうだな……」
「うんめー!これあんま見かけないから食っといた方がいいぞ」
「うん、後で貰う。
それよりさ、お前もランタン買ったんだな」
僕の問いに蓮牙のピタッと止まる。
動くたびに揺れていたコロッとした小さなランタンも彼に従う。
「あー、流石に気付いてたよな?」
「ズボンの前側に着けてて気づかない人いないだろ」
気まずそうにポリポリと頭の後ろをかく彼は、机の上に散らばったお菓子の袋に手を伸ばす。
「いやぁ、お前から話聞いた時に俺も持っといてもいいかなって思ってさ。そういや昔、親に貰ったなーって……」
「折角だから使っとこう!ってこと?」
「ま、そゆこと?可愛いだろ俺の」
掌よりも少しに小さな新人に指が触れる直前、バタンッと扉が開かれる。
「それじゃあ、行こうか」
そこには跳ね返った扉を受け止めた濡羽さんと此方を覗く見知らぬ男性。
「あ、俺空木怜士って言います。よろしくね」
彼は、太腿が半分隠れる丈の真っ黒な上着を羽織っている。前身頃の打ち合わせは深く、ウエストをベルトで締めたくびれが強調されたシルエットだ。
ズボンは太腿に余裕のある作りになっており、膝から下は軍用ロングブーツに覆われている。
「今日、空木も一緒に行くから。さ、お菓子食べてないで行くわよ」
「は、はい」
僕らは慌てて立ち上がると、ソファに躓きながらもドアへ向かう。
「そんな急がなくても平気だよ」
「あ、ありがとうございます」
「君が燈下くんで、あっちが谷本くん。合ってる?」
「はい」
後で戸締りをしながら何やら騒いでいる二人に視線を向け、確認する。
「濡羽から話は聞いてるよ。君、煤に興味あるんだって?」
歩き出した彼のにこやかな笑みに違和感を覚える。
「はい……」
「そっか」
彼はそれだけ言いうと、少し考えるように右目にかかる前髪を摘んだ。
「……俺は、悪くないと思うけどなぁ」
それは意見というより、独り言に近かった。
だけどその一言で――
必死に掬い上げていた筈なのに……煤との戦闘を目の当たりにした事で、恐怖で蓋をしようとしていたそれがぐっと刺激される。
ぞわりと、背中を何かが走る。
「……」
口を開こうとして、言葉が出なかった。
出したら戻れなくなる。そんな気がした。
「その顔」
彼の声で、意識が引き戻される。
「いいね、その顔」
「え……?」
エレベーターのボタンを押したまま、彼は振り返る。
笑っているはずの目はとても寂しそうに見えた。
「俺も昔、同じ様な顔してたからさ……」
一瞬だけ口籠る。
しかし、彼は取り繕う様に顔の側に人差し指をピンと立ると、言葉を紡ぐ。
「そんな君に先輩から一つだけ忠告してあげる」
エレベーターの到着を告げる音が鳴る。
扉が開く寸前、此方に背を向けた彼は明るい声で続けた。
「世の中にはさ、知らない方が幸せなこともあるんだよね。
それを理解した上で踏み込むのなら……覚悟しといた方がいいかも」
その言葉は、崩れかけた何かに確かな重さを与えた。
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「で、ここを潜れって?」
「はい」
「中々、野生的だね……」
麗らかな青空。生い茂る緑。辺りには紋白蝶。
今日は間違いなく絶好の日向ぼっこ日和。
そんな日にお気に入りの場所へ来れた僕とは異なり、大人二人はあまり乗り気ではない様だ。
「俺虫あんま好きじゃないんだけどなぁ…」
「でも、調査のためだから仕方ないわよ」
お互いを励まし合いながら順番に茂みの中へ入って行く。
「僕らも入る?」
「四人はさすがにキツくねぇか?」
「まあ、多少は……」
「俺、外残っとくから行ってこいよ」
蓮牙に見送られながら二人が消えた向こう側へと体を滑り込ませる。
「たぶんこれよね」
「そうだと思うけど……」
中は外と変わらぬ明るさで、閃時の時に現れた暗い緑はどこにも存在していなかった。
奥には難しい顔で何かをマジマジと見つめている二人。
その後ろ姿を見ると何故か胸の辺りがザワザワとし始める。
「あの……」
「あ、こっち来て。ねぇ、前見た時は最後こうなってた?」
僕が来た事に気付いた空木さんに手招きされる。
ーーこうって、どう言う事?
その物言いに、騒つく胸を押さえながら彼の肩越しに覗き込む。
「なんで、粉々に……?」
石の祠の中央が抉られたように失われている。
扉は原形を留めておらず、瓦礫が辺りに散らばっていた。
腰に下げたランタンがカランッと鳴る。
「その反応、最後見た時はこうなってなかったって事ね?」
「はい」
「本当に?」
「知座さんに確認してもらえばわかると思います」
「そう」
濡羽さんは視線を祠に固定したまま僕へと言葉を投げる。
「言っとくけど私達じゃないから」
空木さんが首をコクコクと動かす。
「後、此間言ってたランタンがあった場所ってこっち?それともあっち側?」
「丁度、濡羽さんが立ってる横あたりです」
「なるほどね……」
崩れた祠を見ていると、虫の知らせとでもいうのか胸のざわつきが大きくなる。
その感覚が苦しくて、そこからそっと目を逸らす。
「もう一回聞くけど、あれ以降ランタンに変化はない?」
彼女は念を押すように前回と同じ質問を口にする。
「はい」
「本当に?」
ーー何故そこまで僕のランタンについて聞いてくるのだろう。
僕の思いは胸の内に消える。
それと同時にざわつきを塗り替えるように、腹の奥から別のものが込み上げてきた。
ここ二日、その正体に気付かない振りをし続けていた。
しかし、ここまで顔を覗かせたのならもう認めるしかない。
そう、これは嫉妬。
知らなかった時は、まだ良かった。
好奇心の赴くまま、誰もが知っている情報の中から新しい光を見つけようと……必死に踠いてた。
でも今は違う。
何もかもを知っている大人ーー濡羽さん達が小出しにした情報を受け取っている。ただそれだけ。
これじゃあ、飼い主が餌をくれるのを待つペットと何が違うというのだろう。
仕方がない。そんなことわかってる。
だって僕は高校生。
自分で調べられる範囲なんて、たかが知れてる。
「……話聞いてる?」
思考の海に沈んだ僕の耳に心地よい音が届く。
ハッとして顔を上げると、そこには眉をハの字にして此方を覗き込んでいる空木さん。
ーーでも、この人達にぶつけるのは違う。
一度目を閉じ深呼吸をしてから口を開く。
「すみません。ちょっと考え事してて」
「おっけ。じゃあ、ここの……」
彼が言葉を続けようとした瞬間、視界が黒一色に染まる。
「閃時ね」
「とりあえずランタン点けようか」
慣れた手つきでランタンが点灯されていく。
そこにあるのは白が三つ。
「言ったでしょ?基本的に緑のランタンは使わないって。あいつらと一緒にしないで」
ランタンを見つめる僕に気がついた濡羽さんが心外だとばかりに不満を漏らす。
僕が言葉を発そうとした刹那ーー、
「ぼうっ」
ーー聞こえたのは、内か外か。
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