【超超超短編小説】ぼくの右眼
やたらと声だけは大きい中古のセダンは武者震いをしながら通りを南下する。
「これが鉄の棺桶になるかどうかは自分たち次第だしね」
窓を開けると六月の風が入ってきた。
二度と出ることのない棺桶は子宮たり得ないだろうけれど、それなら火葬炉は最後の子宮と呼べるだろうか。
骨壷から出ることは、もうないから。
そう言えば、Y氏が眠っていた棺は何色だったろうか。覚えているのは彼の皮膚が冷たかった事だけで、色んなものが希釈されていくのをただ受け入れていく。
「わたし達は死ぬの?」
助手席の女が訊ねる。
「どうだろうね、おれはそんなに運転が上手くないからな」
笑い声も風に希釈される。
女は夜空と同じ色の眼でおれを見ている。
死ぬ時に消えるのはおれの意識だけで世界は消えたりしない。
だからおめおめと生を繋いでいる。
そんなのは「腹を切った時に脂身が出ないように筋肉だけにしたい」と言うのとそう大差ないのだけれど、とにかく自分が死んだ時に部屋に何かあるのが厭だ。
おれの部屋にはアダルトビデオだとかアニメフィギュアだとか、プロレス雑誌だとか手製の有刺鉄線バットだとかがある。
それらの存在対して後悔は無いのだけれど、死ぬその瞬間に全てが消滅したりしてくれないだろうか。
しないのは、分かった上で。
「自分と言う存在が終了した後のことを考えるのは馬鹿馬鹿しいよ」
と言って女は笑った。
八重歯が白い。女を焼いたらその歯は残るだろうか。
おれは女に何を残せるだろうか。
「もし良かったら眼球を貰ってくれないか」
君の頭蓋骨の中から、世界の続きを見たいんだ。夜みたいな色じゃないけどね。
女は笑って、風に溶けていった。




