幸せになりたいです
掲載日:2025/10/15
「幸せになりたいです」
彼女はかすかに呟いた。目の下に刻まれた深い隈、かつての輝きを失った瞳、乱れ果てた髪、骨と皮ばかりに痩せ細った身体。
看護師である彼女は、まるで病に侵された者のようだった。
かつて、その柔らかな笑顔で幾人もの患者の心を支えた彼女は、今、鬱病という重い霧に閉ざされ、笑顔の作り方を忘れていた。
彼女の内には、母を、友を、師を悲しませまいとする思いが常に息づいていた。他者の顔色を窺い、その機嫌を繕うために自らを擦り減らした。自身の心は、いつも置き去りだった。それは、看護師となった今も変わらなかった。
患者の苦しみを理解しようと心を砕き、彼らの笑顔を何より尊び、守ろうとした。だが、自身の内なる声には耳を傾けず、自身の心を守る術を知らなかった。
守るべきは、他の誰でもなく彼女自身であったはずなのに。
「幸せになりたいです」
彼女はもう一度、静かに呟いた。




