07
「だはー」
この感じだと進展したわけではないようだ。
それでもいい点はこうしてすぐに帰らずに近くにいてくれることだった。
「集中して頑張ってみたけど我妻君とは合わないみたい」
「え」
「生理的に無理とかじゃないんだけどさあ……なんか違うんだよね」
なにか違うという理由で切られそうになる男の子が多いのがなんとも……。
だけど無理をしたところで余計に悪化していくだけだからこれはもう諦めるしかないのかもしれない。
一度や二度だけではなくちゃんと向き合ってくれたことに感謝をするしかなさそうだ。
なんていまは自分が言われたわけではないから冷静でいられているけどそうではなくなった場合には本当に酷いことになるだろうな。
「ん-これは夏目兄弟を先に知っちゃっていたかもしれない、つまり悪いのはとも君やよう君なんだよ」
「えぇ……」
「まあ、悪いとまでは言わないけどどうしても二人と比べちゃうんだよね」
ちなみにそのことについてはもう本人に言ってある状態みたいだ。
僕らと比べてしまうということは言っていないみたいだけど振られたようなものだしその後に楽しそうに会話しているところを見ることになったら相手によっては敵視されていそうだ。
大事なところには関われていないのに攻撃されることになっていたら……気になるどころの話ではない。
「やっぱり私は見ているぐらいがいいんだよ、それにななととも君のことの方が気になるもん」
僕らの方はあれから特になにかがあったりはしていない。
冬休みも終わって二十日ぐらい経過しているけど緩く会話をするぐらいでしかない。
お出かけなんかもしていないしあの子も求めてこない、だからあの日のことはテンションがおかしかっただけなのだと片付けている。
「とにかく、言いたいことはそれだけだから、これで帰るね」
「うん、気を付けて」
元々、僕のところにはほとんど来ていなかったとしても向こうのクラスにいくのが少し気になるようになってしまった。
でも、また待つだけ待ってあの子とすれ違うようなことになったら嫌だから結局は大人しく見るしかない。
「上手くいかないものね」
「男の子的にね」
「でも、嫌なのにいられるよりはいいでしょ? 興味を持たれた私達ができることは付き合うかはっきり言うかの二択なのよ」
はっきり言ってきた後も普通に近づいてくるんだから怖い話だ。
「誤解しないでもらいたいのは別に弄びたくて一緒にいたわけじゃないということね」
「あ、それとこれとは別だよ、はっきり言われた後に逆恨みして攻撃するようなら駄目だから」
「それをみんなわかってくれていればいいけど……そこも上手くいかないわよね」
「え、もしかして……」
「え? あ、私が攻撃されたわけじゃないわよ? 昔、友達がそういうことで困ったことがあるから出しただけ」
ならそのお友達には悪いけど彼女のことではなくてよかったと思う。
仮に嘘をついていて彼女がやられたということなら色々な意味で悲しかった。
隠さないでくれと相手には頼むのに自分は大事なことを隠していたことになってしまうから。
「誰を好きになるのかはわからないけどあんたも気を付けなさい」
「うん」
振られたらそんな元気は出てこない、多分死んだような顔をして学校に通うことしかできない。
振られたばっかりに悪い意味で自由にする自分が出てきたらそれこそ死んだ方がマシと言えてしまうぐらいだった。
行動をしたことで誰かに迷惑をかけてしまうことはできるだけ避けたいけどゼロにするのは不可能、それでも迷惑になるとわかっていながら行動するようになってしまうぐらいならという話だ。
当然、まだまだ生きていたいからそんな自分が出てこないことを願っている。
「自分から出しておいてあれだけどなんか変な雰囲気になったわね」
「どうする? もう帰る?」
「残るわ、だけどあんたの足を貸してほしいの」
「いいよ」
床に座るとすぐに頭を預けてきた。
もしいま誰かが来たらなにをしているのかと言いたくなると思う。
「あの子、私には言ってくれないのよね」
「はは、菅野さんのことが好きだよね」
「好きよ、だからあんたにだけ言うことが気に入らないの」
「内側になんにもないからだよ」
情報を吐いて終わりだから楽なのだ。
これが彼女の場合だと心配してしまうからそうもいかない、他のことも吐くことになって疲れてしまうからだ。
「てかあんたってなんなの?」
「僕はゲームで言えばノーマルなキャラかな」
「ノーマルねえ、それなのにどうして大事な情報を教えてもらえるんだか」
「影響力があまりないからじゃないかな。もっとも、ゲームのノーマルキャラは使う人によっては強いキャラにもなるんだけどさ」
だからそれ以下と言う方が正しかったけどノーマル以下のレアリティが設定されていない――というのは一部のゲームしか知らないだけか。
ゲームのキャラに例えるならそこが一番標準的で分かりやすかったから使用させてもらったのだ。
「最近、せん君が元気ないんだ、ともはなにか知らない?」
「わからないかな、ようはなにかしてあげたいの?」
「うん、元気になってもらいたい」
それならラーメン屋さんにいくのはどうかと提案してみた。
最初のときからそう時間は経過していないけど他のお店にいくよりはまあ関係している。
「せん君っ」
「はは、落ち着け、そんなに大きな声を出さなくたって聞こえるぞ」
「元気になってもらいたいっ」
全く落ち着けていないものの、こういうところが兄の可愛くていいところだった。
頑固状態になったあの子にだって効果がある必殺の攻撃だ。
「ん-別に元気がないわけじゃないからな。だけどようはなにかしてくれようとしているんだろ? どこかに連れていってくれるのか?」
「ともがね、あのラーメン屋さんならどうかなって」
「とも発案か。いいな、一ヵ月ぐらいは経過したからな」
繕うのが上手いだけと見るか本当に微妙な状態ではないだけなのか、一緒にいてもわからなかった。
ラーメンの味だけは前と一緒で美味しくて落ち着けたけど、それだけに僕の中で曖昧な状態であることにもやもやした。
「なんか見られているな、どうしたよ?」
「ごめん、元気ならそれでいいんだよ」
「ともには最初にも言ったようにこれは俺の問題だからな、菅野はなにも悪くないんだし寧ろはっきりしてくれて感謝しているよ」
「そっか、じゃあもう言わないよ」
「おう、これ以上はどうしようもないからな」
ただ、これで兄はともかく僕のところに来ることもなくなる。
元々、誰がどう見たっておまけだから仕方がない。
それでも解散後も一人で別の場所で落ち込んでいると「ほらよ」と飲み物をくれたのはいいけど……変なことが起きた。
「まさかともの方がそんな暗くなるとはな、心配性なようでも元気よく帰ったんだぞ?」
「これありがと。だけど僕が気にしているのは我妻君と菅野さんのことでじゃないんだよ、これでもう来る理由がなくなったからさ」
「は? ああ……信じられないかもしれないけどここ数週間は菅野に集中したかったというか集中していただけだよ、なくなったりはしない」
「だけど僕だよ? ようならともかくさ」
「なるほどな、はは、ようよりとものことを気にしておくべきだったのかもな」
いや、笑っている場合ではなくてね……。
恥ずかしい存在なのはいまに始まったことではないからいいとしてもこの絡み方をするにはまだまだ親密度が足りない気がする。
「ごめん、今日はこれで帰るね」
「家まで送る、ちょっと歩きたい気分なんだ」
「わかった」
歩きたい気分だと言っていたのもあって上がることはしなかった。
だから別れてソファに座っていると「おかえり」と兄が来てくれたから手を上げる。
「もう少しかかると思っていたけど早く帰ってきてくれてよかった」
「結局、我妻君がここまで送ってくれたよ」
「なんか心配していたはずが心配されているよね」
「そう、ようならいいんだけど僕に対して動いてもらって申し訳ないよ」
ご飯でも作ってなんとかしよう。
いつもは自分達がメインでついでみたいになってしまっているけど今日は心を込めて両親のために作った。
途中、食欲が出てきたものの、なんとか抑えてお風呂なんかにも入って戻ってきた形となる。
「僕、思ったんだけどせん君に対するともの態度はおかしいと思うんだ、ななちゃんにやるべきだと思うんだ」
「いや、誰にやっても問題にしかならないよ」
「多分、ななちゃんもともがそうしてくれたら変わると思うよ」
思う思う思う、思うことでいい方に変わるのなら苦労はしないのだ。
あと僕は我妻君に対しては本当におかしな態度でいるけどラインを超えた要求をしたりはしない、なにもない。
あるのはお友達として好きだという感情だけだ。
踏み込んだところで菅野さんみたいになにか違うという理由で振られるだけ、だったらこのままの方がいい。
「あの男の子もまた近づいているからねえ」
「え? ああ、そりゃ会話ぐらいは普通にするでしょ」
「それだけで終わればいいけどね、お勉強も運動もできて格好いい子だからね」
きょ、今日はやけに煽ってくるな……。
それにやはり彼女が興味を持たれた方がいいから変わらない。
今度こそ八つ当たり的なことはしないと誓うからそっとしておいてほしかった。
というか、何度も積極的に出してくることから兄の方が気にしているようにすら感じてくる。
三人という状態を壊したくないのかもしれないけど兄らしくないのは確かだった。
「ななちゃんを取られたらとも以上に悲しくなるから頑張ってね」
「流石にお兄ちゃんの頼みでもそのことで頑張ってと言われてもね」
「ぶぅ、弟が可愛くない」
元からわかっていることだ。
だから今更感がすごすぎて笑ってしまって手をつねられてしまった。
「きょ、今日はやたらと寒い……寒くない?」
「もう二月だからね、だけどもうすぐ春だからワクワクしているよ」
「とも君ってむっつりスケベだよね」
「え」
何故急にそうなるのか……。
冬が一番好きだと言う人もいるだろうけどやっぱり春や夏なんかを好きな人が多いだろうから言ってみただけなのにこれだ。
「えっちな画像を見て盛り上がっていてもとも君だけ別のところを見ていそう」
「むっつりスケベならちらちら見ちゃうんじゃないの?」
「ん-だけどとも君って髪型を変えたときに結構見てくるよね」
「い、いやいや、顔を見て話すようにしているだけだよ」
な、なんの時間だ。
一応言っておくと僕は課題のプリントを終わらせてから帰ろうとしていただけだ。
唐突に教室にやって来て唐突にこんなことを言ってくるから彼女は質が悪い。
「こうやってー……そう、ポニーテールが好きだよね」
「うん、魅力的だね」
「あ」
だからって会話をするとき以外で何度も見たりはしない。
まあ、自然と耳に入ってくるだけだけどたまにクラスメイトの会話を意識して聞いているときがあるからあまり言い訳もできないのかもしれないけど。
「ここだけの話だけどね、ななにまたあの男の子が近づいているんだよ」
「ようから聞いたよ」
みんなその話か。
周りが盛り上がったって本人達になんらかの感情がなければ変わったりはしない――と勝手に妄想をして盛り上がっていた過去の自分のことを棚に上げて内で笑うしかなかった。
とりあえず、僕には言ってもいいけどななちゃんには言ってほしくなかった。
余計な情報で邪魔をしたくないから。
「そう考えると我妻君って大人だよ。あとね、誰にでも魅力的とか言っちゃ駄目なんだからね? 誰に聞かれているのかわからないんだからさ」
「いや、別に聞かれていても特に困らないよ、本当のことを言っているだけだからね」
「駄目だから、私は攻略されないから」
ま、まあ、ポジティブに考えられることはいいことではないだろうか。
会話をしつつも課題も終わったから片付けて教室及び学校をあとにした。
少し距離を作りながらも付いてきてくれているから緩く会話をしながら帰っていたまではよかった、だけどななちゃんと例の男の子を見るなりハイテンションになってしまったからまた引き戻すしかなかった。
「もう少し落ち着いてよ」
「ふふ、ふふふ、やっぱり見たくないんでしょ?」
「邪魔をしたくないんだよ、だって久しぶりにななちゃんに男の子が興味を持ってくれたんだよ?」
「え? 久しぶりじゃないけど、あ、私と比べたら一緒にいることは少ないけどさ」
そうだったのか。
「そ、そうなの?」
「こそこそ仲良くしているわけじゃないけどねー」
ならこれだ! という男の子がいなかっただけか。
確かに余計なお世話と言いたくなるかもしれない。
「なるほどね、だから微塵も焦っていなかったんだ」
「その顔はやめてよ、さっきからおかしいよ」
「ななの相手はとも君であってほしいというだけだよ」
「菅野さんは自分のことを考えて過ごせばいいんじゃないかな」
「私は言い続けるからね? でも、歓迎されていないみたいだから帰るよ」
今更謝っても仕方がないけどメッセージで謝罪をしておいた。
正直、なにそれと返されるだけだからずっと見られないぐらいでいい、と考えたときに限って返ってくるうえに『いまからいくわ』という内容のそれに苦笑する。
「あれ、なんでこんなところにいるの?」
「実はまだ帰っていなかったんだ、それでなにか用があったんだよね?」
「や、急すぎたから気になっただけ」
「いやー……」
でも、遠回しに書き込むのも邪魔になるから仕方がなかったのだ。
ただ、それで気になってしまっても無理はないから誰が悪いかというと僕だ。
「ちゃんと言って」
「菅野さんからななちゃんとのことを色々言われてね、過去の僕も似たような感じで盛り上がっていたから申し訳なくなったんだ」
「色々って?」
「……男の子とまた過ごしているから取られちゃうかもとか」
「その子の友達のために協力をしていただけだけどね」
う、うーん……悪い癖が発動してそれも彼女と仲良くなりたいからではと一瞬で同類になった自分がいた。
それでも前と同じで直接口にして盛り上がろうとするわけではないから今回は迷惑をかけずに済んだのだった。




