06
「ま、連絡もしていないんだから見つからない方が自然よね」
約一時間ぐらいは探し回ったけど兄は見つからなかった。
彼女が言っているように見つからない方が自然だった、そしてそれでも一時間ぐらいは頑張ろうとするのが彼女らしかった。
あの男の子とだって約一カ月は集中して付き合っていたことからもらしいと言える。
「沢山歩いたからお腹が減ったわ、なにか食べにいかない?」
「ならななちゃんがいきたいところにいこう」
「や、たまにはあんたが出しなさいよ」
それならお蕎麦が食べたいかな、ということでお蕎麦屋さんまで移動した。
案内された席に座ってなんとなく別のところを見ていたら兄から連絡がきたからお店にいることを送っておいた。
いまからいくとのことだったからお店の人には悪いけどなるべくゆっくりを心がける。
「そういえばようはどこで寝たの?」
「どこでっていつも通り客間よ」
「そろそろいいんじゃないの?」
「昔から一緒にいたとしても線引きは大切でしょ」
の割にはこちらのところに普通に入ってきたりするからわからない。
無駄に待ちたくないのはわかっているけどそれこそ便利なツールを利用すればいい。
「うん、たまにはお蕎麦もいいわね」
「いまはなんでも軽い方がいいんだよ」
「朝の私はどうだった?」
「別に重たくはなかったけどあんなことはしない方がいいよ」
カップルだって上に乗って起こしたりなんかはしないだろうしね。
そもそも中に入られた時点で……って、話は変わるけど両親がいるときに上がったわけだから三時間前ぐらいからいたことになる、じっと見られていたとしたら怖いな。
あとそれなららしくないことをしたことになる、すぐに起こしそうなものなのに何故そうしなかったのか。
「来たみたいね」
早いな、割と近くにいたみたいだ。
何故かこういうときは彼女の方に座ろうとしないのが兄だからなにかを言ったりしなかった。
そのまま流れるように注文をしたことに効率がいいなと内で笑ってしまったぐらい。
「今日は駄目だったけど野生の猫ちゃんがいないのは本来いいことだからもやもやはしていないんだ」
「〇〇にいくって連絡してからにしなさい、ともと探し回る羽目になったじゃない」
「今度から守るよ。ただ、それよりも二人は仲直りできたってことだよね? よかった、二人が喧嘩になっちゃったら僕は嫌だから」
「喧嘩……じゃないわよ、私もともも少しおかしかったというだけよ」
彼女はともかく余裕がなかった僕がおかしかったのは確かだ、何故荒れてしまったのか。
これまでなら不安や不満なことがあっても内に隠して上手くやれてきたのに甘い。
「お待たせしました」
「ありがとうございます」
甘いのはいまもそうで、少し物足りなく感じている自分がいる。
そんなときに目の前で美味しそうにお蕎麦を食べられたら揺らぐ。
他のお蕎麦屋さんは知らないけどここは比較的安価だ、普段無駄遣いしない自分にとってはもう一回頼んだところで大してダメージはない。
でも、毎年兄や彼女にクリスマスプレゼントを買って渡してきた身としてはその数百円がなにかを変えてしまうかもしれないから結局は変わらなかった。
「とも、あーん」
「い、いいよ、ほら、僕はもう食べているんだから」
「ううん、だって顔から凄く食べたいって伝わってきたから、それに昨日はおかしかったけど結果的にともだけ我慢をしたようなものだからね」
「我慢って?」
「だってななちゃんと過ごしたいのに付いてこないで大人しくしていたでしょ?」
いや、自分から追い出しておきながらのこのこ参加なんかできるわけがない。
「はぁ……ともにそんなに可愛いところがあったら昨日途中で帰ることもなかったわよ」
「え、じゃあともが普通だったらお泊まりしてくれていたとか?」
「まあ、帰るの面倒くさいし今更気にする仲でもないでしょ」
「ともの馬鹿、やっぱりあげない」
はは、欲求に素直だなあ。
僕からしたら昨日の僕を褒めてあげたいところだった。
これまでだって一緒に過ごすことはあってもそのままお泊まりなんてことはなかったからだ。
男の子には悪いけど変なことをしてくれたことについてはうーんという感じだ。
こういうことに関しては彼女には抑えてもらわなければ困るのだ。
兄が好きでずっと一緒にいたいだけなら何回でもしてくれていいけど曖昧な状態で更に距離感を縮められたらもうね。
「あとこの冬休みで完全にリセットだからこれまで通りに戻すわ、ともはちゃんと来なさい」
「うん、ようともいたいからね」
「ようようようってあんたよう大好き人間なの? 私なんかおまけよね」
「違うよ、やっぱり三人でいるのが一番ってだけだよ」
二人きりだと余裕のなさを晒すことにしかならなさそうだから当分はそれでいい。
まだ一年生だから土台をもっとしっかりした物に変えてからでも遅くはないのだ。
「もう少し寄って、寒くて仕方がないわ」
これ以上寄ったらくっついてしまうのになにを言っているのか。
あと別にいかなくてもいいのに二十三時に連れ出したのは彼女だ。
せめて五十分から出るとかでよかったと思う。
「はあ~……手袋をしていても貫通してくるのはなんでよ」
「それよりように声をかけなかったのはなんでなの?」
「気持ちよさそうに寝ていたからよ、起こしてまで連れていくことはないじゃない」
そうだろうか、そこは年内最後ということで別扱いになりそうだけど。
不満があったら明日の朝になって責められるのは僕だから勘弁してほしい、やはり無理やりにでも連れてくるべきだったか。
大体、最近は彼女と兄に好きにやられすぎではないだろうか?
「僕も寝ていたんだけど……」
平日でも休日でも二十二時には寝るようにしていたから夢の中だった。
ちなみに夢の中でもごろごろしていたけどそんな幸せな時間を壊してくれたのが彼女だ。
これもまた兄には気になってできないからならいいけど決してそんな可愛い理由からではないのが残念だ。
「あんた最近私に対して反抗期よね」
「あ、そういうのは求めていないから、ここまできて解散とか嫌だからね」
「別に私だって解散にするつもりはないけどなんか可愛くないのよ」
「拗ねているのかもしれない」
「なにそれ」
結果がいい方でも悪い方でも終わらせられるのは兄でも菅野さんでもなく彼女だけだ。
我妻君はいま菅野さんに集中しすぎているから出さなかっただけで一人だけ扱いが違うなんてこともないけどね。
「変わるわね」
「うん」
この約一時間はなんだったのかと言いたくなるぐらいにはそのときは一瞬だ。
そして長く残ったりもしない、変わったら緩く会話をしながら帰るだけだ。
「今年の目標は夏目兄弟との記録を途切れさせないことよ」
「結局、クリスマスも一緒に過ごしたから続いているよね」
「そうね、だからむかついたからっていかない選択をしないでよかったわ」
まあ、確かにこれまで通りのことをしたのに「それはちょっと……」という態度でいられたら気になるか。
兄からならともかく僕にやられたのも影響は大きいのかもしれない、いい方ではともかく悪い方では影響大だから。
「手、出して」
「うん」
「はいこれプレゼント、五百円玉だけだけどお年玉よ」
銀色の五百円玉か、中々レアだな。
「はは、じゃあ僕からこれを」
元々、渡すつもりだったからあまり関係ないけどきっかけを作ってくれたのは助かった、少し気恥ずかしくなるから出しやすくしてくれて感謝というところだ。
「ポケットティッシュ?」
「プレゼントを買えなかったからそのかわりだよ」
「ま、ありがと……?」
お金をそのまま渡したって性格的に受け取ってもらえないことはわかっていたから入れさせてもらったんだ。
お金は汚いとよく言われることから衛生的にどうなのかと言葉で刺されてしまいそうだけどこれぐらいしかなかった。
いやほら、冬なら鼻水だって垂れてしまうことがあってふとしたときに助かるのがティッシュの存在ということでね? だって封筒とかではあからさまだったから仕方がない、手紙なんてのも柄じゃないし……。
「ここからなら私の家の方が近いからあんたもう泊まりなさいよ」
「ななちゃんがいいなら」
だからといって大人しく寝るのかと思えばそうではなく、客間に沢山のお菓子と飲み物を持ってきてくれた彼女……。
「まあ、最初ぐらいは緩くやらないとね、はい乾杯」
「歯ブラシがないから僕はやめておくよ」
「新しいのがあるからあげるわよ、それより付き合いなさい」
なんだろう、この彼女の先輩上司感は。
なにか予定があっても先輩からのお誘いを断れずに付き合っている後輩の僕が容易に想像できてしまう。
実際はそんなことが起こらないとしてもだ。
「大体ね、なんで幼馴染に近い私のところには来ないで我妻のところにはいくのよ、結局、親友よりも男ってわけ?」
「菅野さんのことか、あれだけ菅野さんも変わると思っていなかったから意外だよね」
ただ我妻君からすればいいことであることには変わらない。
下手をすれば一度のそれだけで終わってしまう可能性なんかもあったわけだから恵まれていると言える、少し偉そうだけど本当にその通りで僕なんかは恵まれすぎている状態だ。
近くには兄がいてくれるし彼女だっていてくれる、彼女と関わり続けられているのもあって菅野さんとだって普通に会話ができるのだから。
「『最低でも一週間に一回はななと過ごす日がないとやっていられないよ』なんて言ってくれたあの子はもういないのよ」
「多分それはあの川まで付き合ってあげたら変わっていたと思うけど」
「嫌よ、冬のいまいくなんてMとしか言えないわ」
「なら寂しいのはわかるけどわがままを言っちゃ駄目だよ――待った待った!」
いや僕だって積極的に煽りたいわけではないけどこうとしか言えないだろう。
とりあえずこちらを押し倒してきて怖い顔で睨んできている彼女からは目を逸らすしかない。
「あんたここがいまどこがわかっていないのね。私の家なのよ? 他の場所にいるときよりも自由にできてしまうんだから発言には気を付けた方がいいわよ」
「だ、だったら叩くとかでいいんじゃないの?」
「そんなに暴力的な人間じゃないわよ、だけど逃がしたくないからこうするの」
違う、問題なのはただ怖いだけではないということだ。
こう……もし彼女の中になにかがあったらそれこそそのまま自由にやられてしまいそうな迫力がある。
というか、二人きりはまた今度で~なんて考えていたくせにすぐにこんな状態であることに笑うこともできない。
「……学校が始まったらまたあの男の子のところにいったりしない?」
「挨拶とか少しの会話ぐらいならするでしょうけどそれだけよ、もうはっきりしてある状態だから来るのかどうかもわからないけどね」
「相手にはっきり言われてあっさりと諦めることができる人ばかりじゃないからわからないよ」
きっかけができた……わけではなく作っただけだけど言いたいことは言っておこうと思う。
いやほら、前のままなら彼女は隠されたくないのだから悪くないはずだ。
唐突すぎてすぐには追いつけないかもしれないものの、時間がかかってもいいから僕がいまどんなことを考えているのかをわかってもらえばいい。
「つかなんで急にそんな話になったの?」
「言ったでしょ、最近の僕はおかしいんだよ」
「んー」
なんでもいいけどとりあえず上からどいてもらいたかった。
立っている状態では普通にこれぐらいの距離でいてもあまり気にならないのに押し倒されていると全く違うように感じてくる。
いや、本当なら立っているときだってもう少しぐらい気を付けるべきか。
「馬鹿なことをしていないでもう寝ましょ」
「うん」
流石に磨かないで寝ることもいまから出ていくことも嫌だったから新しいブラシを貰って磨いてから戻った。
お布団も出してくれたから寝させてもらう、何故か二組出して彼女もここで寝ようとしていたけど余計なことは言わなかった。
「んー! はぁ……もう朝か」
徹夜にならなかったからまだ寝ていたい気持ちもない。
とはいえ、僕からしたら家主の彼女が起きてこないとどこにもいけないからごろごろするのは変わらない。
「……相変わらず早起きね」
「起こしちゃったか、ごめん」
「……許せないからこっちに来て」
「うん、わっ」
今度、また似たようなことがあったときに後悔しなければいいけど。
腕を抱かれてしまったから半分以上お布団から出た状態で引き続きごろごろしているしかなくなった。
「はぁ、適当に聞こえるかもしれないけどテストが終わってから私はずっと待っていたのよ、なのにあんたは全く来なかった。でも、馬鹿なのは私なのよ、待っていたって変わらないのに意固地になって待ち続けていたんだから」
「前までの僕なら男の子といるときだって気にせずにいっていたのにね」
その時点でこれまでと違うのはやはり確かなことだけどこれだという答えが出てこない。
少し先にあったクリスマスに過ごせなくなりそうで荒れていたとかだったら恥ずかしいどころの話ではない、もう顔を見せない方がいいぐらいのレベルだ。
過ごすことが当たり前みたいな認識になっていたということだから酷いのだ。
あとはなにかが間違って誰かとお付き合いをできた際に求めすぎてすぐに駄目になりそうなところも問題だった。
「……本当になにかあったりしないの?」
「こっちが聞きたいことだよそれは、嫌なこととかなかった?」
「嫌なことはあんたが来なかったことね、あの男の子といるときはまあ……なんか違う気がしただけで楽しかったときもあったし……」
なのになんか違うという理由で切り捨ててしまったのはもったいない。
煽りたいわけではないけど自分がそんな理由で離れられたくはないからもう一度過ごしてあげてほしいと言ってみた。
残念ながらつねられたというのが答えだった。




