02
「とも起きて」
「……おはよう」
僕の兄、ようはいつも早起きだった。
六時半ぐらいまで待ってくれているだけで本人は多分五時ぐらいから起きていると思う。
「はは、はねているよ?」
「やっぱり寝相がよくないのかもしれない」
でもね、これぐらいなら濡れた手でちょんと触れておけばなんとかなる。
それよりも朝ご飯なんかを作って学校にいかなければならない。
夜はともかく朝やお昼なんかは食べたいなら自分で作るべきというルールがあるためここは頑張らなければいけないのだ。
「できた」
「運ぶね」
「うん、お願い」
理想を言えば食事には三十分ぐらい時間を充てたいところだけどそれもできない。
だからなるべく味わいつつ食べて他の家事も済ませてから出てきた。
「遅いわよ」
「ごめん」
いつも通りの時間だけど謝っておけば少なくとも悪い方には傾かない。
「な、なによ?」
「ななちゃんのここもはねているなって」
「よ、余計なお世話よ」
距離感がバグっているのはいつものことだ。
そういうのもあって自分の方から下がるのがいつものことだった。
学校はそれなりに大変な場所だからこういう楽しいことがあった方がいい。
見られないとお昼休みまでなんとも言えないテンションで過ごすことになる。
「じゃ、今日も頑張りましょ」
「「頑張ろう」」
彼女とようは一緒のクラスで僕は三つ離れた教室で学んでいた。
まあ、ここからも影響を受けている。
あとはあの二人とばかりいすぎて他に安定して話せる存在がいないのは……卒業までになんとかできればいいかな。
もう冬とはいえまだ一年生だ、これからいくらでも話せるお友達ぐらいはできるはずだ。
「とも来たよ」
「なにをすればいい?」
「ともは座ったままでいいよ、よっこいしょっと」
「んーなんで僕の足の上に座ったのか……」
「一人で座っていても寒いからだよ、その点、ともは温かいからね」
だけど同性なのが、うん。
なんにもないのに怪しまれてしまうから乗っていたのをいいことにようをななちゃんのところまで運んだ。
何故来たのかはわかった、頑張ろうと言っていた割にすぐに突っ伏してしまっているからだ。
距離感がバグっているくせにこういうときは構ってもらおうとしないところが……。
「やあやあ、今日も三人で一緒にいるんだねえ」
「と、とも」
「大丈夫だよ。おはよう」
彼女はななちゃんのお友達の菅野なみさんだ。
「おはよう! ちょっとななを借りていくねー」
ただ近くに存在しているだけなら普通でいられるのに話しかけられるといちいち隠れようとするのもなんとも言えないところだ。
「卒業までにそこだけはなんとかしないとね」
「ともとななちゃんがいればいい」
とかなんとか言いつつ、結局こういうタイプの方があっという間に他の誰かと仲良くなっていくことを知っている。
ななちゃんだってそうだ、でも、不安になってはいない。
その部分に助けられていることが多いからね。
「ただいまー次はよう君を借りていこうかな……って、なにもそこまで嫌そうな顔をしなくてもと思うんだけど……」
「大丈夫だよ、ようは嫌っているとかじゃないから」
「そうなのかな? その割には二人といるときとは違って表情がね……」
「ま、ゆっくりやっていけばいいのよ」
「そうだね」
ゆっくりやっていくのなら男の子のお友達を増やすのが一番だ。
とはいえ、すぐに紹介してあげられるような存在もいないと、うーん……。
「座れないからどいてくれないか?」
「あ、ごめんっ、じゃなくてちょっといいかな!?」
「落ち着け、別にいいから落ち着け」
この怖くなさそうな感じっ、もうこの子しかない。
ようのことは出さずにまず自分が友達になってもらいたいということを話した。
彼は腕を組んだうえに目を閉じてから「別にいいけど条件がある」と、できることならするよといつものそれを組み合わせて待っていた。
「だったらこいつも一緒だ」
「ちょ、ちょっと待って」
「おう」
一旦、廊下まで連れていって深呼吸をする。
よう次第でお友達ができるかどうかが決まる、だけど期待は……するべきではない。
「ともはあの子に本当にお友達になってもらいたいの?」
「う、うん、だけどようが嫌ならいいよ」
「ううん、わかったよ」
お、おお? 珍しい……ことでもないか。
これは僕のために我慢をしてくれているだけだ。
双子で同じ年齢でも兄だから弟のために頑張ろうとしてくれているだけ。
なんか違う気がしたからやめようとしたけど今度は逆に手を引かれていた、なんなら続きの話もようの方がしていた。
「吾妻せんだ、よろしく」
「夏目とも、こっちは夏目よう、よろしくね」
「おう」
まあ、ようのことが条件だったのだからどうなるのかは大体想像できるけどいい日となった。
これでできる限り合わせることでお友達の確保は完了したようなものだった。
「ずずず……やっぱりここのラーメンは美味いな」
「初めてだけど美味しいね」
「……美味しい」
これもようが言い出したことだった。
だからといって平気というわけではなくて暗い顔のままで面をすすっている形になる。
別に無理をしなくていいのに、朝にも出ていたけどなにかを急いでいるわけではないからね。
「前々から夏目兄の方に興味があったんだけど逃げられ続けていたからさ、助かったぜ」
「ようが目的でも受け入れてもらえて嬉しかったよ、ありがとう」
「でも、これからどうなるのかは誰にもわからないからな」
「そうだね、ようの方から仲良くしようとするかもしれないからね」
そのところを見られたら正直に言って女の子と仲良くできているときよりも嬉しいかもしれない。
とにかく隠れることがなくなればいいのだ。
「すぅ……ふぅ……ともに優しくしてくれないと怒る」
「大丈夫だよ、それに目の前で友達になっただろ?」
「ならいいけど、あ、あとはもうちょっと怖い顔をやめてくれたらいいかな」
おお、ゆっくりだけどちゃんと会話ができている。
口を挟まなくたって前に進めているのであればとてもいいことだ、やはりいい日だ。
すぐに距離を作って邪魔にならないところから見ていたい気持ちを抑えるのが大変だった。
「さて、これからどうするか」
「吾妻君のお家にいきたい」
「お? なにもないけどいいなら寒いからいくか」
お、おいおい、急にぐいぐいとやりすぎだあ。
付いていくかどうか悩んだ、だけどここで離脱も微妙だから付いていこうとしたら手を引っ張られて意識を持っていかれた。
「とも君もちゃっかりしているよね」
「ははは、まあこれはようがいなかったら叶わなかったことだからね」
ななちゃんはいないのか、ならこれはいつもの悪い癖が出たことになるな。
尾行なんかには数回付き合ったことがあるからわかる、あの子はこれには付き合わないからそのときは一人だ。
あとは僕らと違って他のお友達といることが多いからそこまであの子を優先しているわけでもなかった、そもそも僕らが取ってしまっているのも大きいだろうけど……。
「外ではちゃんと見ておいてよね、よう君は強く言えないから食べられちゃうかもしれないし」
「んー菅野さんの方がようを自由にしちゃいそうだけど」
「え、よう君もとも君もお友達でいるぐらいがいいんだよ、踏み込みすぎればいいわけじゃないからね」
そうか、確かに遊ぶことはあってもこれまでなにもなかったわけで、この距離感を大切にしていることは僕でもわかる。
寧ろ他の子が気になると言われた方が驚かなくて済みそうだった。
「なんだ、菅野もいたのか」
「あ、とも君を連れていっちゃってごめんね」
「どうせなら菅野も来るか? そうすればようも落ち着くだろ」
「なら参加させてもらおうかなー」
この短い時間の間に名前呼びとは。
どれだけ仲良くしたかったのだろうか? いつか、教えられる範囲で教えてほしいところだ。
それで彼のお家に移動したのはいいけど、
「へえ、ようが急にそんなことを?」
「おう、俺的にも予想外だった」
この二人が前々からお友達だったみたいに盛り上がっている。
先程も言ったように別クラスだからいかなければ二人といられない身としてはこの二人が仲良しなら一緒にいるところを見ることができていたはずなのにゼロだった、こそこそ仲良くするとは思えないから……。
「なんだいなんだい、私達のときとは違うって言いたいのかい?」
「とも助けてっ」
「え、菅野は無理なのか」
「な、何故かね……あはは……」
うーむ……やはり無理か。
小さなきっかけ一つでこれまで引っかかっていたことがどうでもよくなるなんてことを期待していたけど結果はこれだ。
彼女のことを意識していてその影響で無理ならいいものの、そういうわけでもないしなあ。
「というか一緒のクラス、それも近い席なのにわからないものかな?」
「悪い、どうやってようと仲良くするかをずっと考えていたから意識になかった」
「うぅ、なんか言葉で苛められている気がする……」
いやうん、彼も彼で兄のどこをそこまで気に入っているのか。
これはちゃんと近くで見ておいた方がよさそうだ。
いい方に傾くきっかけならいいけど反対の方向に傾くそれだったら頑張らなければいけない。
例えように嫌われることになったとしてもね。
「そ、それよりもさっ、どうして男の子のようにそこまで興味を持ったのっ?」
「真面目で優しい人間が好きだからだ、ようは自然とそうできるから興味を持った」
「ふぅ、そっか、うん、確かにそれは君の言う通りだ」
興奮から一転、やたらと真面目な顔で頷く。
ハイテンションになったり暗い顔になったり忙しい子だ。
ただここはななちゃんにも似ているからそれこそなんとも言えなくなるというか……。
「それよりこの兄弟は揃ってもいつもこんなに静かなのか?」
「うん、沢山喋るタイプではないね」
「そうか、なら仲良くなっていけばそこも変わるかもな」
これが所謂陽キャと呼ばれる人達か。
似たような人が集まるのは本当のことみたいだった。
「とも」
「こんにちは」
自宅の前の段差に座ってのんびりしていたらお洒落な格好をしたななちゃんが現れた。
今日も今日とてようはお出かけしているからいないことを話しても彼女は気にした様子もなく隣に座っただけだった。
「そういえば吾妻と友達になったのよね? 遊んでくればよくない?」
「それがようとお出かけしていて無理なんだよ」
「本当に言っていた通りなのね、徹底しているわねえ」
いや今回は誘ってくれたけど断ったというだけだ。
彼はまだようと二人きりで過ごせていないから初回ぐらいは邪魔をしたくなかった。
そもそも疑うなんてのはよくないことだ、あと、無駄に心配をされなくても上手くやれてきたからこそいまも元気でいられているのだから余計なお世話にしかなっていなかったからだ。
「ま、あんたが暇ならいいわ、今日も出かけましょ」
「うん、いこうか」
さて、今日はどこにいくのか。
この前のコンビニでも、それより遠いスーパーでも足を止めずに歩き続ける。
途中、冬だから歩いてダイエットでもしたがっているのかななんて失礼な妄想をしたりもした、だってなにもなさすぎたから。
でも、彼女はお店でもなんでもない場所で足を止めた。
「ねえとも、この前一緒に帰ったときになみだっていたんでしょ? それで吾妻の家に一緒に上がった」
「よく知っているね? そうだよ、もう二人だけで盛り上がっていたから意識をしなくても黙っているしかなかったというかさ」
帰り道だって「吾妻君はいい人だった!」とハイテンションだったもんなあ。
言いたいことはなんとなくわかったけど流石にこれは言うまでもないかなと、もちろん、聞いてきてくれていたら今回みたいにちゃんと答えたけど。
動くなら吾妻君と初日から上手くやれたともの方が適任だ。
「あんたかようから教えてもらいたかった」
「ごめん、一緒に盛り上がれていたらよかったんだけどそうじゃなかったから」
「私は嫌よそういうの、二人のことなら全部は無理でも知っておきたいわ」
たまにテンションが菅野さんみたいになるけど基本は違う。
元々からかうつもりはないとしてもできないぐらいの真剣な顔、僕はこの顔に何度も負けて余計なことを吐くことになった。
迷惑にならないように抑え込もうとしているのに巻き込まれそうになっている彼女が吐かせてくるものだから困ってしまう。
「あ、ようが名前で呼び始めたことについては――聞いたんだね、今度見てもらいたいな」
「それなら学校にいけばすぐに見られるからいいのよ、だけどあまり表に出さないあんたに裏でやられたら困るのよ」
「いやほら、僕は自分に大甘――」
「違うわよ、その点についてはあんたより私の方があんたのことを知っているわ」
すごい自信だ。
あまりにも真剣な顔で言い切るものだからそうかもしれないなんて考えになってしまう。
ただ、流石に自分ではない子に比べたら自分のことは自分が一番わかっている。
「もし次にこんなことがあったら学校内で手を繋がないといけなくなるから」
「はは、ななちゃんルール?」
「そうよ、ななルールよ」
「僕はそれでもいいけどね」
「手を繋ぐことはそうだけどまた隠されることになるから私的には駄目なのよ」
本人が求めているならいいか。
隠さなければいけない情報なんてなにもないのだから。
「さむ……」
「手でも繋ぐ?」
「いまのは罰ゲームの内容だから繋がないわ、どこか……あ、あのお店にでも入りましょ」
「はは、わかった」
まあ、自分で言っておいてあれだけどないよねという話だ。
僕が頑張るよりも他の子が頑張っているところを見たい。
なにもせずに無料で見ようとしているから正直ずるいけど直接口に出して求めたりはしないからそこは許してもらいたかった。
かといってじっと見ていても問題になるから気を付けなければいけないけどね




