神獣の目覚め
帝国暦1123年、春。
神聖アルヴェリオン帝国の辺境、アスカリオン村は、まだ雪解けの気配を残していた。
カイル=アスカリオンは、村の広場に集まった人々の中で、胸の高鳴りを抑えきれずにいた。
今日は、帝国より遣わされた「神獣の聖印」が、村の若者たちに授けられる日。
それは、神々の使いである契約獣との絆を結ぶ儀式であり、騎士団への第一歩でもある。
「カイル、緊張してる?」
隣に立つ少女、リュミエール=フォン=エルステッドが微笑む。
貴族の娘でありながら、村で育った彼女は、カイルの幼馴染だった。
「……ああ。俺にも、神獣が応えてくれるだろうか」
カイルは拳を握る。
妹の神獣が、異端者に奪われたあの日から、彼は誓っていた。
いつか、自らの神獣を得て、騎士団に入り、異端教団〈リベラ・ノミナ〉を討つと。
やがて、帝国の神官が現れ、聖印石を掲げた。
「神々の御名において、選ばれし者よ。聖印を手にし、神獣との契約を結べ」
一人ずつ、若者たちが聖印石に触れていく。
リュミエールが手をかざすと、淡い光が溢れ、風の神獣〈ゼフィリス〉が現れた。
小さな羽を持つ風鼠の姿だが、その瞳は聡明で、彼女に寄り添うように浮かんでいた。
「すごい……かわいい……」
リュミエールが頬を緩める。
そして、カイルの番が来た。
彼が聖印石に触れた瞬間——
轟音が鳴り響き、空が一瞬、黒と白に裂けた。
「な、何だ……!?」
聖印石が激しく輝き、二つの影が交錯する。
一つは白銀の炎を纏った竜——白炎竜ヴァルセリウス。
もう一つは黒き雷を纏った竜——黒雷竜ノクトゼルム。
神官たちは騒然とし、村人は後ずさる。
だが、カイルの瞳はその二体を見据えていた。
「……俺を、選んだのか?」
その瞬間、白炎竜が静かに頷き、カイルの胸に聖印が刻まれた。
それは、神々の契約者にのみ与えられる「双竜の印」だった。
「まさか……伝説の神獣が、同時に現れるなんて……」
神官が震える声で呟く。
その夜、カイルは夢を見る。
夢の中で、白炎竜ヴァルセリウスが語りかけてきた。
「汝は、真理を求める者か。理想を追う者か。選べ、契約者よ」
カイルは答えた。
「俺は……真実を知りたい。妹を奪った者の正体を。世界の歪みを」
白炎竜は静かに頷き、契約が結ばれた。
こうして、カイル=アスカリオンは、神々の使いと契約を結び、
帝国の運命を左右する戦いへと足を踏み入れることになる。
——その名も、「双竜の黙示録」。