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第4節『全学魔法模擬戦大会』

 ついに週が明け、アカデミーを挙げての秋の一大イベント『全学魔法模擬戦大会』の当日を迎えた。今年からは、1日目に競技大会を、2日目にエキシビションマッチを行う2日制となっている。学内最大のイベントが複数日程化されたことで、学内全体が例年よりもひときわ大きな盛り上がりを見せていた。

 初等部の試合は予定通り午前中に消化され、時は中等部の学徒が活躍する午後の部へと移っていく。中等部と高等部の競技大会は、実に見ごたえのある一大イベントで、とりわけ、4対4(Q.v.Q)で展開される高等部の試合への期待は大きかった。また、その多くが夕方から夜にかけて行われるため、その盛り上がり方は格別である。


 昼食と休憩の時間が終わり、午後の部の開始を告げる魔術アナウンスが会場を駆け巡っていった。個人戦トーナメント、団体戦トーナメントに続き、人数も職能もまちまちの混成チームによる無差別試合へと順次進んで行くことになる。特に、午後の部の最後を飾る中等部生の無差別試合は、その興奮を高等部が織りなす夜の部へと架橋する重要な節目に位置していた。


 くだんのエキシビションマッチを翌日に控えるフィナとルイーザのふたりは、上級生の戦い方からなにかしら戦術のヒントを得たいと考え、それらの試合をかぶりつきで見守っている。その美しい手には力がこもり、エメラルドとサファイアの瞳は、選手たちの一挙一動に一心不乱に注がれていた。


 今年、中等部で特に衆目を集めていたのは、シーファ、リアン、カレン、アイラの職能混成チームと、ミカエラ、ミネルバの双子魔術師と、エイダ、リンダのこれまた双子の死霊術師姉妹から成るチームが衝突する2年生の無差別試合であった。シーファたちとの相手となる双子のペアは、同学年における注目成長株であり、その実力は折り紙付きともっぱらの評判である。


挿絵(By みてみん)

*ミカエラ、ミネルバ姉妹。濃紫髪が姉のミカエラ、ブロンドが妹のミネルバである。


 同じ魔術師として、シーファはミカエラと親交があり、彼女自身、今日の試合を楽しみにしていた。ミカエラは、濃い紫色が好みらしく、ローブに合わせて自分の髪も同じ色に染めている。姉妹共に侮れない火と光の術式の使い手だ。彼女たちが得意とするのは、人為のルビーを配した特別製の魔法杖で、巧みな術式をそこから存分に引き出してくる攻撃的な戦法を得意としていた。その姉妹は、新しい『競技採点』の制服ではなく旧式のものを用いるようだ。

 もう一組のリンダとエイダの姉妹もまた、学内で知らぬ者のない実力者である。


挿絵(By みてみん)

*リンダ、エイダ姉妹。向かって左がリンダ、右がエイダであるが、瓜二つである。


 姉のリンダは召喚術式の名手で、妹のエイダは閃光と雷の術式を得手とするが、エイダの瞳の方が僅かに赤いのを別にすると外観はほとんど瓜二つで、目前の相手がどちらであるかを瞬時に見抜けなければ、対戦相手は手痛い反撃を食わされることになる恐ろしい相手であった。双子ならではの巧みな連携プレイを得手とする業物わざもの姉妹である。


 対するは、魔術師のシーファ、純血魔導師のリアン、黒衣僧侶のカレンと、術士であり錬金術師でもあるアイラから成るバランスのよい職能構成であり、前衛のアイラが盾の役を担い、リアンとカレンが補助術式と召喚術式で後衛から支援、パワーファイターのシーファが機を見て中衛から相手を圧倒するという一種教科書的な戦術で、安定した強さを見せていた。


 奇抜で型破りな戦術を操る双子二組と、模範的な戦い方で手堅く勝ちを狙うシーファ組との対決に、いやがおうにも観衆の期待は高まる一方である。相も変わらず、学則違反の賭けは盛んに実施されているらしく、その胴元から漏れ聞こえてくるところによれば、4対6で、双子二組の『デュアル・ツインズ』が優勢との見立てであった。なんでも、リンダとエイダの独特巧みな攪乱戦法から繰り出される不意打ちに対処できる相手はほとんどいないから、というがその根拠のようである。


* * *


 中等部1年の無差別試合が終わり、いよいよ注目カードの出番となる。T.v.TとQ.v.Qの団体トーナメントは、予選から決勝までの一連を大会当日に実施するが、最後の無差別試合だけは、春と夏の予選を勝ち残った選抜チームがぶつかる決勝のみが執り行われる段取りだ。注目話題の対戦をすぐに見られることとあって、会場は大いに沸くのである!


 いよいよ、シーファ組と『デュアル・ツインズ』の選手たちがフィールドの中央に歩み出る。


「選手は各々位置につけ!中等部2年、無差別試合決勝!用意、はじめ!」

 審判の掛け声とともに、戦いの火蓋が切って落とされる。シーファたちとしては、やっかいな戦法を繰り出すリンダ、エイダ姉妹を先に何とかしたいところであるが、こちらがそう考えるのを相手は当然に織り込んでいるわけで、魔法同様白兵戦も得意とするパワーファイターのミカエラ、ミネルバ姉妹が後ろの二人を守るようにして前にさっと踊り出た。


 対するシーファ組は、前衛にアイラ、中衛にシーファ、後衛にリアンとカレンを配置する布陣でそれに相対する。


 実のところ、実も蓋もない言い方をすれば、アイラの黄龍と、カレンの天使の力を解放すれば相手を圧倒するのは容易である。しかし、その力の存在は、学内では絶対の秘密なのだ。黄龍はまだしも、本物の天使を周目にさらすなど、とてもできる相談ではない。そんなわけで、4人は「人間の」魔法使いとして、今まさに正々堂々と試合に臨んでいた。


 最初に動いたのは、互いに白兵戦が得意なアイラとミネルバだ。ミネルバの杖は、アイラの黄龍の剣に比べれば、白兵戦能力では格段に劣る。しかし、姉のミカエラが『武具拡張:Enchant Weapons』の補助術式でそれを巧みに強化するため、為石ルビーを用いていることも手伝って、アイラ相手でも、そうやすやすと打ち負けるということはないのだ!


挿絵(By みてみん)

*アイラは一生懸命試合をしている。


 一進一退で打ち合う様を見かねたリアンが、『武具拡張:Enchant Weapons』でアイラを支援しようとしたその刹那だ!後衛から機を伺っていたリンダが、そうはさせじと大規模召喚術式を行使した。冥府の門から強力な死霊を呼び出す『暗黒召喚:Summon Darkness』の高等術式だ。中等部2年して高等術式を使いこなすとは、噂通りの実力である。


 明るい秋の陽が一瞬にして翳らせる渦巻く暗雲に妖しい魔法光で冥府の門が描画されると、そこからおびただしい数の強力な死霊が現れて、競技場になだれ込んで来た!


挿絵(By みてみん)

『暗黒召喚:Summon Darkness』の高等術式を行使するリンダ。


 前衛として優れた白兵戦能力を有するアイラが、ミネルバとの打ち合いに釘付けにされている隙を狙って召喚術式を繰り出してくるとは敵ながら見事なやりようだ!案の定、アイラはミネルバが繰り出す打撃と迫りくる死霊の群れから後ろの3人を守るのが精一杯で、他には何ももすることができないままにされている。


 召喚された死霊の数は多く、ざっとみても20を下らない。もはや、ちょっとした小隊規模だ。


「シーファ、はやく何とかするですよ!」

 リアンの声が空を裂く。

「何とかって、この数よ。集団攻撃魔法ならあなたでしょう!」

「そんなこと言ったって、死霊の群れに水と氷では不利なのです。」

「それなら、カレンの召喚術式でなんとかできないわけ!?」


 シーファの言うことはもっともだったが、カレンが召喚術式を身に着けたのはほんの数ヶ月前のことだ。天使の力を解放していなままで、それほど大規模に召喚術式を行使することはまだまだ難しい相談である。閃光と雷という手もないではないが、召喚された死霊の数と強さを考えれば、火と光ほどの効果は見込めない。

 そうしているうちにも、死霊の猛威はとどまるところを知らない。防戦一辺倒のところに、ミカエラとエイダから無数の火の玉と雷の術式が繰り出された。

 甚大な損傷が、シーファたちにもたらされる。


 得点を知らせる魔術式掲示板が赤字(『デュアル・ツインズ』側)で120と表示した。

 団体戦では、1人あたり100点を持ち点とし、4対4の場合、400点を先取したほうが勝ちとなる。また、構成員の誰かが魔力枯渇を起こした場合は相手側に、問答無用で100点が入る。個人戦の場合とは異なり、魔力枯渇即負けとはならないが、戦力が1人減る上に相手方に一挙に100点も入るので、その致命性に変わりはない。魔力枯渇は一種のペナルティなのである。


「しょうがないですね!召喚者を止めるですよ!」


 そう言うと、リアンはリンダめがけて一気に走った。小柄でスピードのあるリアンは、前衛を固めるミカエラの脇を素早く抜けると、一気にリンダとの距離を詰めようと急ぐ。だがその刹那だ!リンダとエイダはともに『転移:Magic Transport』の術式を使って、ランダムに瞬間移動を繰り返す!一瞬のうちにどちらがどちらかがわからなくなる。リアンは召喚を行っているリンダを必死に追いながら、目前の1つの影へと一気に距離を詰めた。手にしたクリスタルのショートソードでその影を切りつけようとしたその瞬間、眼の前の影から強烈な閃光と雷の術式がほとばしるではないか!そこにいたのはリンダでなく、エイダだったのだ!思わぬ反撃の直撃を受けて、リアンの小さな全身は帯電しながら宙を舞い、やがて、激しく地面に打ち付けられた。


「リアン!」

 カレンはリアンを回復しようとその傍に急ごうとするが、そこら中でこちらを牽制する死霊の群れにすっかり阻まれて、身動きが取れなくなる。リアンの損傷も思う以上に大きい。


 掲示板が赤字で170を、青字(シーファ組)で70を示した。ここまで圧倒的に押されてはいるが、しかし、さすがはアイラだ!互角の打ち合いの中でも確実に得点を積み重ねており、ミネルバ個人の持ち点を残り30というところまで削っていた。しかし、リアンもあと20点しかない。団体戦では、全体としての合計損傷が400点に届いていなかったとしても、各人の損傷が100点に達した時点で、その選手は戦線を離脱させられる。だから、最後まで油断はできないのだ。


 また試合における数の要素は極めて重要で、いかに常に相手より数的優位を保つことがでるかに勝敗の行方を大きく左右する。それがわかっているからこそ、ミネルバはアイラに、エイダはリアンに、それぞれ的を絞っているのである。


「まずいわね。このままでは押し負けるわ!」

 シーファの声に焦りが滲む。

「そうですね、とにかくこの死霊の数をなんとかしないとどうにもなりません。」

「と言っても、あなたの召喚術式では対抗とできないし、アイラたちがあの調子では、打つ手がないわね。せめてリアンを回復できれば…。」

 シーファがそう言ったときだった!

「そのとおりですね。ならば、これを使うまでです!」

 意を決したようにカレンが言う。


「ちょっと、カレン!『慈雨:Rain of Affection』はだめよ。退学になるわ!」

「わかってますよ。禁忌術式なんてもちろん使いません。シーファはとにかくこれ以上リアンに損傷が入らないように、ミカエラを牽制してください。」

「心得たわ!」

 そう言うとシーファはミカエラを阻みながら、相手陣営の不意を突いて、『魔法の道標:Magic Beacon』をリンダに向かって打ち込んだ。そんな絡め手があるとは思わなかったリンダは回避が間に合わずに、それは安々と命中した。


「これでいいわ!いい、道標がある方がリンダよ。それを目印にして!」

 シーファが声を張り上げる。カレンとアイラは頷いて応えた。

 

 その次の瞬間、アイラの剣がついにミネルバを下す。掲示板の表示は「170対100」(赤対青)に変わった。


「よし、これで少なくとも数の上での優位は確保しましたよ!」

 肩で息をしながらも、絶え間なく迫りくる死霊への対処をしながら言うアイラ。あとは、とにかくリンダを止めなければ。そうでないと後から後からいつまでも死霊が補充され続けて厄介きわまる。そうかといって、シーファはまだ大規模な集団攻撃術式を何度も連発できる魔力的余裕を有してはいない。死霊の総数が、多くとも20前後以上には増えないのがせめてもの救いだった。


「カレン、おねがいです。とにかくリアンの回復を!」

 アイラの言葉に頷いてから、カレンは詠唱を始めた。


『生命と霊性の安定を司るものよ。我は汝の敬虔な庇護者なり。今、法具を介して助力を請う。冥府の門より霊魂を呼び出し、それを生ける者のための生命力と魔力に変えん。死生転換:Switch Death to Life!』


挿絵(By みてみん)

*『死生転換:Switch Death to Life』の術式を行使するカレン。


 詠唱が終わると、カレンもまた頭上に冥府の門を開き、そこから4つの霊を召喚する。それらはリアンを含む味方4人の身体に取り憑くと、魔法光を放つ白いもやに転じながら吸収されていった。それらが消えゆくほどに、身体の中に活力と魔力が戻ってくるのが感じられた。

 リアンはようやく立ち上がり、構えを新たにした。


「カレン、ありがとうなのですよ。」

「と言っても、この死霊の群れをなんとかしなければ力でゴリ押しされてしまいます。とにかく集団攻撃魔法を!」

「わかっているですよ。私に任せるのです!」

 そう言うや詠唱を始めるリアン。


『生命と霊性の安定を司る者よ。火と光を司る者、水と氷を司る者とともになして、聖なる潮流を生ぜしめん。不浄の者どもを洗い流し、汚れた大地を浄化せよ。聖光潮流:Sacred Tide!』


挿絵(By みてみん)

*『聖光潮流:Sacred Tide』を繰り出して死霊を一掃するリアン。

 リアンとっておきの三大天使術式である。彼女を中心に聖光をまとった潮流が周囲に現れ、瞬く間にそこら中を跳梁跋扈する死霊の群れをことごとく焼き尽くしていった。生者に対する影響度は小さいが、ミカエラ、リンダ、エイダの3人にも損傷を与えていく。防御行動を余儀なくされたことで、ようやくリンダの召喚術式を沈黙させることができた!


 しかし、大量の魔力を一気に放出したリアンは魔力枯渇を起こしてそのままその場に倒れ込む。これで3対3の五分だが、点数差が大きい。魔力枯渇は問答無用で相手に100点が入るから、点差が270対140(赤対青)と一気に開いてしまったのだ。


 大差に会場がどよめくが、なんとその表記がすぐさま270対240(赤対青)に書き換えられる。それは観客の声を一層大きくした。点差を縮めたのはアイラだった。シーファの放った道標を目印にして、それが刻まれているリンダを一刀のもとに斬り伏せたのである。同年代のネクロマンサーとしては超一級のリンダも、白兵戦においてアイラに敵うはずがない。あえなく、持ち点を使い果たし、退場となった。


 これで、3対2。再び数の上での有利を得たシーファ組だが、点数の上ではまだ負けている。ところが、シーファは顔に不敵な笑みが浮かべていた。


「これで終わりよ!」


『火と光を司る者よ。我は汝の敬虔な庇護者なり。錬金の力を司る者とともになして、我に力を与えん。炎に翼を与え、燃え盛る数多あまたの鳥を形作らん!燃やし尽くせ!火の鳥:Flaming Birds!』


挿絵(By みてみん)

*『火の鳥:Flaming Birds』の術式を行使するシーファ。


 それは、火と光の領域に属する高等術式だ!瞬く間に彼女の周囲におびただしい数の大小の火の鳥が形作られると、それらは群れなして残るミカエラとエイダに休む間なく襲いかかった。その勢いは凄まじく、エイダが咄嗟に繰り出した『氷壁:Ice Sheld』もなんのその、防御障壁もろともに二人をすっかり焼き尽くしてしまった。もちろん、これはあくまで模擬戦であるので、本当に身体的な損傷が及ぶわけではない。それらはすべて『競技採点の制服』を介して点数に置き換えられていく。


 掲示板は今、270対400(赤対青)を示していた。


 わああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!

 会場から割れんばかりの歓声が沸き起こり、シーファたちの劇的な大逆転を讃える。


「そこまで!勝者、シーファ組!」

 またもや大歓声が会場全体を包んだ。


 両チームのメンバーはフィールドの中央に集まると、互いの健闘を称えて握手を交わす。


「シーファ、さすがね。私たちの完敗よ。」

「何を言うの、ミカエラ。アイラをあんなに長い時間釘付けにできるなんて、あなたたち姉妹だからできる芸当よ。リンダとエイダも噂に違わぬ戦術家ね。お見事だったわ。」

「どういたしまして。いい試合でした。またやりましょう。」

 握手を終え、互いに一礼すると、手に汗握る見ごたえ満点の試合を披露した両チームのメンバーは、それぞれが所属するクラスの観覧席へと戻っていった。


 最大の見せ場となる高等部の出番を前にして、競技場全体を猛烈な熱気に包んでいる!


「先輩たち、すごいね!」

 フィナが言った。

「そうね、明日に備えて学ぶべきことが多いわ。これからもきっと勉強になる試合がたくさんあるはずよ。明日、絶対私があなたを守るわ。そして一緒に願いを叶えましょう!きっと、必ず私達は勝てるわ!」

 そう言ってから、フィナとルイーザは互いの手をしっかりと握りあう。そんなルイーザのサファイアの瞳は、次第に赤みを強める斜陽の中で、フィナがこれまでに見たことのない複雑な色をたたえていた。


 会場は、これからしばし休憩に入る。その後はいよいよ高等部の登場となる。そこで次は、今大会における、もう一人の挑戦と活躍を語らねばならぬであろう。空は透き通る青から赤、赤から宵へと複雑に様相を変じていく。


* * *


 休憩が明け、西の空がいよいよ藍に染まらんとする時間帯に至る。これから高等部の個人戦と団体トーナメント、それから無差別試合を実施する夜の部が始まるのだ。


 高等部の試合が終わるのは、場合によっては日を跨ぐほどになることもあるため、初等部の学徒は見学任意とされていた。同様に、高等部生もまた、午前の観覧は自由である。これは長時間の拘束による疲労から学徒の健康を守らんとする、アカデミー新体制の大いなる配慮であった。


 さて、これから始まる高等部の各試合の中でも特筆すべきは、星天をかける壮大な旅の中で思いがけず交わされたウィザードとの約束を経て、「ローブなし」のハンデと引き換えに、男子でありながら女子の個人戦トーナメントに正式出場を許された、ライオット・レオンハートの活躍であろう。男装の麗人ならぬ女装の秀麗として、ライオットは今年の高等部の話題の一角をさらっていた。


 消費魔力量が多くなりがちな死霊術師のライオットにとって、ローブから魔力増量を得られないことは、相当な不利になる。もちろん彼はありとあらゆるその他の装具で自己強化を図ってはいるが、それでもやはり魔法使いの主要装具であるローブなしというのは極めて影響が大きかった。


 個人戦トーナメントは、高等部の試合の中で最初に行われる。高等部の1年生であるライオットの出番はすぐに訪れた。


 第1回戦は、ハルマという名の魔術師の少女との対戦である。ローブを含めて完全武装の相手は実に強かったが、ライオットは得意の召喚術式を巧みに駆使することで、どうにかこうにか辛勝をおさめきってみせる。試合後、案の定、男子が女子の試合に参加するのは不公正であるという申し立てが審判部に対して相手側からなされた。結果が90対100(相手対ライオット)という僅差だったこともあって会場は一時騒然としなったが、ライオットの選手権が魔法学部長代行からの具申を受け、最高評議会が正規の手続きを経て授与したものであり、かつ『競技採点の制服』の機能によって、選手の身体的安全が確実に担保されていることなどを理由として、ハルマ陣営の抗議は退けられ、ライオットの勝利が確定する。2回戦までの束の間、観客席に戻ったライオットはキースと他の試合を共に観戦した。


挿絵(By みてみん)

*ライオットは一生懸命試合をしている。


「お疲れだったな、ライオット。無茶なハンデを負って女子トーナメントに参加しなくても、お前なら男子トーナメントで遠慮なく大活躍できるのに…。その意味ではもったいない気もするがな。」

 そう言って、観客席に戻ってきたライオットをキースが出迎える。

「アニキ、ありがとうでやんす。気遣い嬉しいっすよ。でも、これは、何ていうかオイラのアイデンティティの問題でやんすからね。公正である限り、そして、選手権が正式なものである限り、オイラはこっちで自己実現したいんでやんす。」


「まぁ、それはそれでいいんだけどな。そこまでする必要があるのか?」

 そう言うキースの視線は、不自然に膨らむライオットの胸元に注がれた。

「これでやんすか?まあ、なんというか気分でやんすよ、気分。なんなら触ってみるでやんすか?これでなかなかおつなもんでやんすよ。ほれ、アニキ。」

 そう言って、ライオットが胸元を強調して見せる。

「馬鹿言うなよ。お前になんて興味ない。」

「でやんすよね。アニキはセラ・ワイズマン一筋でやんすから。」

 いたずらっぽい笑みを浮かべて言うライオット。

「何だと!誰があんなやつのことを。大体、いつ誰がそんなことをお前に言ったんだ。あとでそいつをとっちめてやる!」

「アニキの顔にかいてあるんでやんすよ。」

「このやろう、もう許さん!」

 そう言ってじゃれあう二人を、かつての師であるパンツェ・ロッティの人形が、魔法石越しに温かい眼差しで見守っていた。


 そして、ライオットの2回戦となる。なんと相手は、そのくだんのセラ・ワイズマンであった。若干高等部の1年にして既に『アカデミー治安維持部隊』の警部補の地位にあるその純血魔導師が、並々ならぬ力量を備えてることは明らかだ。同部隊のエージェントにとって、この大会は己の力量を幹部はじめ内外に周知するための、一種、成績評定と自己アピールの絶好の機会であり、組織内での出世を考えなければならないセラたちにとっては、2回戦敗退などまずありえない話であった。彼女が全力でかかってくるのは間違いない。ライオットはいつものように笑顔だったが、その内心が、言いし得ぬ緊張に支配されていることを付き合いの長いキースとその生きた魔法石は、つぶさに感じ取っていた。


 やがてその時に至り、競技フィールドの中央にふたりが進み出る。ところが、何と驚くことにローブを身に着けていないのはライオットだけでなく、セラもだったのである。観客席が俄に騒然となった。


「ローブなしとはなめてるでやんすか?オイラはこう見えてもそれなりには強いっすよ。それに、何と言ってもオイラは…。」

 しかし、その言葉を遮るようにセラが言った。


「うぬぼれは勝ってからになさってはいかがでして?ローブを身に着けていないのはあなたのためではなくてよ。ですから、どうぞご心配なく。ここでローブなしに男子学徒を下して見せれば、私にとりましてはとても良いアピールになりますの。それだけのことですわ。悪しからず。」

 そう言って、セラは余裕の笑みを見せる。


「なるほど、アニキが惚れるのもわかるでやんすね。さすがでやんす。」

「あら、なんのお話でして?」

「なんでもねぇっすよ。今すぐオイラがそのお高く止まった鼻っ柱を叩き折ってやるでやんす。」

「ご同様ですわ。」


 二人がそんなやりとりをしているところに、審判からの注意が入った。


「両者に指導!試合開始前の私語は厳禁だ。両者ともに20点のペナルティとする!」

 そう言うや、魔術式掲示板が20対20を示す。つまり、この試合では80点を先取した方が勝つわけだが、そうなると制圧力に優れ、得点を積み上げやすい純血魔導師のセラの方が圧倒的に有利になる。


「高等部個人戦第2回戦、一本勝負。用意、はじめ!」

 ライオットにとっては何とも不利な形で、試合開始の合図が告げられた!


 高威力の高等術式で一気に圧倒されないよう、ライオットはリスクを犯して大規模死霊召喚術式を繰り出した。競技フィールド全体が、瞬く間に死霊の群れに覆われる。さすがは高等部、その数は50にも及んでいる。通常なら、これだけの死霊に囲まれるとアンデットに対する効果的な対抗術式に乏しい純血魔導師の側に怯みが出るはずであるが、目前のセラは平然としていた。


 それもそのはず、彼女は水と氷の使い魔の扱いに長けているのだ!召喚術式というよりは錬金術を基礎にした造型術式を操ると、セラはライオットが呼び出したのと同じか、それを上回る規模の氷の使い魔を作り出してみせた。案の定、使い魔に気を取られた死霊たちは、そこかしこで小競り合いを始めてしまう。セラにとっては、牽制が解けたことになるわけだ。


 次の瞬間、彼女は純血魔導師の得意術式である『氷刃の豪雨:Squall of Ice-Swords』を大出力で繰り出す!それは、錬金的に生成した膨大な数の氷刃を相手に向かって浴びせかけるという、文字通りに純血魔導師の必殺術式である。


挿絵(By みてみん)

*『氷刃の豪雨:Squall of Ice-Swords』を行使するセラ・ワイズマン。


 夥しい数の氷刃が、一斉にライオットに襲い掛かった。この術式の利点は、何と言っても、大集団に対してであれ、単体に対してであれ、共に大きな殲滅性を発揮する点に尽きるだろう。ひとつの的に浴びせかけられる氷刃の数は100やそこらでは済まない。使い魔を追うばかりで防御壁としてまったく役に立たなくなった死霊の大群を尻目に、それらは瞬く間にライオットを屈服させた。


 会場内がどっと歓声に包まれる!セラの、まさに圧勝であった。


 100対20(セラ対ライオット)と表示する魔術式掲示板の、その100の文字が不自然に揺れている。どうやらライオットの被った損傷が、計測範囲を越えつつあったようで、そのため表示が不安定になっているのだ。これが、更に苛烈な攻撃によって明らかに計測範囲を超えた場合には、「計測不能」と表示されが、もちろん、そう表示させた側の勝利である!


「ちくしょうでやんす…。」

 地面に突っ伏したまま、悔しさをにじませるライオット。彼も死霊術師としては卓越した能力の持ち主だ。しかし、上には上がいるのだということを、また、ハンデを負うということが如何に厳しいものとなるかということを、その身で存分に噛みしめていた。口元にはいつもの笑みが浮かんでいたが、瞳は涙で揺れている。


「試合終了。100対20。勝者、セラ・ワイズマン!」

 再び会場が歓喜の声でどよめいた。


「あなたは、お強くてよ。ただ、今日は少々レギュレーションと相手が悪かったですわね。さあ、お立ちになって。」

 そう言うと、セラはライオットをそっと助け起こした。

「やっぱり、アニキが惚れるわけでやんす。かなわんでやんすね…。」

 片手で涙をぬぐいながら立ち上がると、ライオットはフィールド中央まで移動してセラと握手を交わし、彼女の勝利を称えた。


 その一部始終を、ルイーザのサファイアの瞳は食い入るようにして眺めている。フィナもまた同様であった。明日はいよいよ自分たちの番なのだ。たった今、ある上級生がハンデの大きさと相手の強大さの故に沈められたが、それと同じ状況を、自分たちは何としても覆えさなければならないのである。ルイーザの喉が高まる緊張で音を立てた。しかし、傍らで意を決するフィナに不安な表情を見せる訳にはいかない。彼女は懸命に作り笑いをして、フィナを励まそうと努めた。フィナもまた、自分を気遣ってくれるルイーザの強さと優しさに触れ、心を強く、温かくする。


 秋の夜風は日増しにその冷ややかさを増す。それは、迫りくる試合が如何に厳しいものとなるかについて、暗示するかのようでもあった。夜はどんどんと更けていくが、競技フィールドにみなぎる熱狂は、深夜遅くまで冷めやることはない。

 その間も、太陽は、運命の朝に向かって静かに地平の裏を動いていた。運命の夜明けは近い。

Echoes after the Episode

 今回もお読みいただき、誠にありがとうございました。今回のエピソードを通して、

・お目にとまったキャラクター、

・ご興味を引いた場面、

・そのほか今後へのご要望やご感想、

などなど、コメントでお寄せいただけましたら大変うれしく思います。これからも、愛で紡ぐ現代架空魔術目録シリーズをよろしくお願い申し上げます。

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