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第13節『時空の果てのその先で』

「三番補機、手動再起動ヲ確認。三番補機再起動中…。」

 管制の発する声に、修理を担ったキースとライオットに緊張が走る。


「起動後自己診断試験実行中。…、…、動力安定、発熱正常。起動終了。主機トノ接続良好。一番補機カラ四番補機マデ、全補機ト主機トノ接続状況ヲ再確認。…、…、確認修了、ステータス、オール・グリーン。」


 それを聞いて、ようやく場の緊張が幾ばくかとけるのが分かった。しかし肝心なのはこれからである。主機と、それに連なる4つの補機を連動させた、時空の境を越えるための特殊航法『ゼロ・ドライブ』に成功するかどうか、全てはそれにかかっていた。


「全補機、起動完了。主機起動完了。主機ト補機トノ正常接続ヲ確認済ミ。コレヨリ、主機ト補機トノ連動試験、開始可能。次ノ実験フェーズ二移行スルカ?」


 管制のその問いに、リセーナは実験継続の指示でもって応えた。


「命令受諾。実験フェーズヲ移行。連動試験前状態確認テスト開始。

 第1補機カラ第4補機ノ正常スタックヲ確認。補機、出力調整。

 補機、通常航行試験、…、…、オール・グリーン。

 補機、フル・ドライブ航行試験、…、…、オール・グリーン。

 補機、オーヴァ・ドライブ航行試験、…、…、オール・グリーン。

 続イテ主機、出力調整。

 主機、通常航行試験、…、…、オール・グリーン。

 主機、フル・ドライブ航行試験、…、…、オール・グリーン。

 主機、オーヴァ・ドライブ航行試験、…、…、オール・グリーン。

 独立可動試験オール・クリア。続イテ、連動試験ニ移行…。」


 管制のその声に、みな息を飲む。いよいよだ。これに失敗すれば動力機関群の暴走によって周辺時空ごと消え去って終わりなのだから…。


 できることはすべてやった。キースとライオットは互いの手を握りしめ、固唾を飲んで進行を見守る。


「実験フェーズ移行完了。連動試験開始。試験開始後ノ中止不可。強行スルカ?」

 リセーナは、震える手で続行の指示を出した。


「了解、命令受諾。安全装置解除、…、…、全リミッター解除完了。

 全補機トノ接続良好。主機安定。

 主機内、圧力上昇。第一臨界突破…、…、第二臨界点ヘ。

 主機、第二臨界突破、…、…、最終臨界ニ向ケヘナオモ出力上昇中。

 主機、最終臨界到達。超時空航行、準備完了。」


 ついにここまで来た。その成否で全てが決まる!


「超時空航行モードヘ移行。…、…、移行完了。カウントダウン開始。…、5、4、3、2、1…、超時空モード仮想発現。『ゼロ・ドライブ』始動実験開始!…、…、…、」


 はちみつ色の魔法光に染まる波止場全体の空気が次の瞬間に向けて一気に引き締まる。


「…『ゼロ・ドライブ』安定稼働中。仮想時空境界ノ通過を確認。

 システム、オール・グリーン。連動試験終了。第一カラ第四補機、異常ナシ、主機トノ連係、解除開始。主機安定。全可動試験ヲ通過。本船ハ、超時空航行可能状態ニ在リ。全システム、待機モードニ移行。」


 わあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!


 その場に集って可動試験を見守っていた全員から拍手喝采が巻き起こる。時刻はもう夜明けに差し掛かっている。神秘の空がいくばくか白んでいるのが分かった。遂に、『超時空の箱舟』は完成したのである。


* * *


「ありがとう、みなさんのおかげです。」

 リセーナは感動と安堵で震えていた。

「うまくいってよかったでやんす。」

「ああ、本当だな。あとはあの4人に全てを託そう。」

 

 そう言って管理コンソールの方に目をやると、起動試験を共に見守っていたウォーロック達が、波止場の技術者たちからコンソールの操作方法について説明を受けている様子が見えた。その後、『時空の波止場』の管理人、黄金のブレンダが時空航行のための波止場の使用許可を正式に授与する。


 魔法社会が危機的状況にあるのは今なお変わらなかったが、ウィザード、ソーサラー、ネクロマンサー、そして、シーファ、リアン、カレン、アイラらの奮闘と努力によって、希望の灯はかろうじて消えずにいた。

 あとは、ウォーロック、キューラリオン、アッキーナ、そしてフィナの4人が魔王および『セト』を止めることができるかどうか、すべてはそれにかかっている。


 約束の7日目を既に過ぎ、8日目の夜明けを真直に控えて、4人と、ウォーロックの胸元に輝くパンツェ・ロッティの欠片は、そのまま直ちに時空の旅に出発することに決まった。

 今回は、時空を翔けるだけでなく、その果てを越えるという荒業をやってのけることになるわけだ。箱舟の機能が正常であることを確認できた今、残るは実践あるのみである。


「では、リセーナ。行ってくる。」

「ええ、あなた。きっと新しい未来を、みなさんとともに紡いでください。」

「心得ておる。今生の別れであるな。達者であれよ。すべての幸福と感謝を君に。」

「本当にありがとう、あなた。この先の未来はきっと私たちの手で。」

「うむ、信じておる。任せたぞ。」

 パンツェとリセーナが最後の別れを惜しんだ。


「みなさん、今日まで本当にありがとうございました。」

「それでは、行って参ります。」

 ウォーロックとキューラリオンが波止場のみなに謝意を伝える。


「じゃあ、いきますよ、っと。」

 そう言うと、アッキーナはフィナに『箱舟』に乗るよう促した。すべての協力と誠意に心からの謝意を示してから、彼女は、そのエメラルドの瞳にルイーザ救出の決意を載せて、『箱舟』に乗船した。


 いよいよその時に至る。ウォーロックは待機モードに移行したシステムを改めて起動する。コンソール全体がまばゆい魔法光に包まれ、再び全補機と主機に火が入った。


「全補機起動完了。主機正常ニ稼働中。本船ハ時空ノ果テヲ目的地トスル。『至福ノ園』ヘ向カウカ?」


 乗船した全員の覚悟を管理コンソールが確かめる。互いに顔を見合わせ、その意志を分かち合うと、ウォーロックは管制に出発の意思を伝えた。


 リセーナ達と波止場の協力者は、みなすでに下船をすませていて、今は桟橋から出航を見守っている。小刻みに振動する船体が、その全体におびただしい魔法エネルギーがいきわたっていることを伝えていた。巨大な船体が出航の為に向きを変えているのが分かる。


「補機安定。出港準備完了。総員、対重力防御。『超時空ノ箱舟』離岸!」

 管制の声がするや、乗船している4人を強い重力波が襲う。時空の大海原への旅が遂に始まったのだ。やがて、重力の戒めは次第に解かれていき、4人は身体の自由を取り戻していった。巨大な船体はずんずんと星天の大海原を、時空の果てに向けてまっすぐに駆けていく。窓のない箱舟の中では、その静かな振動だけが、航行の順調を語っていた。


* * * 


 『箱舟』には、『恒星間通信装置』という魔法なのか超古代錬金技術なのかよくわからない、おそらくは空間移動ポータルと基礎を同じくするのであろう特別の機構が搭載されており、それを通じて常時波止場とやり取りをすることができていた。

 そこからは、魔法社会が希望と絶望の交錯する複雑な状況に置かれていることをつぶさに感じ取ることができる。


 まず、魔法社会の裏切り者らは、魔物を伴う不気味な軍団を引き連れて、毎晩のように中央市街区に対し攻勢をかけていた。ソーサラー率いる『連合術士隊』の決死の抵抗によって、アカデミーと政府庁舎群の防衛線はかろうじて維持されていたが、いつまで持つかは甚だ不透明な状況にある。総指揮官のウィザードは『チルズ・アイズルズ』から『タマン地区』を経由して、『オッテン・ドット地区』に駐留する部隊を増援として中央市街区に回せないかと画策していたが、『北方騎士団』の南下に備える必要があるとして、同地区の首長が兵力の移動に難色を示したことから、調整は難航していた。


挿絵(By みてみん)

*魔物を駆って夜な夜な中央市街区に直接襲い掛かって来る魔法社会の裏切り者。馬ではない恐ろしい竜のような生き物に騎乗している。


 また、最大の懸念である『北方騎士団』との戦いは熾烈を極めていた。シーファ率いる『常設魔導士隊』は『ポンド・ザック』で騎士団の副長アンドレア・アイアンフィスト卿と衝突し、市街戦を展開している。もはや後はなく、そこを抜かれれば、アンアンフィスト卿率いる『黒騎士団』が中央市街区になだれ込んでくることになるだろう。その絶体絶命の状況を、若き英雄が必死に支えていた。中央市街区には裏切り者の率いる一団が陣取っているため、増援の繰り出しも難しく、シーファたちは出陣時の兵力と兵站だけで戦線を維持しなければならない、極めて厳しい状況に置かれていた。

 対する『黒騎士団』側は既に手中に収めた西部都市『ケトル・セラー』を経由して、いくらでも増援を送ってくる。これを牽制・抑止するためには、『シーネイ村』経由で一定規模の戦力を北上させ、総長と副長不在の『北方騎士団』の防衛線に揺さぶりをかけてはどうかとの提案もされたが、もはやそこに振り向けられるだけの余力が残されていなかったし、『北方騎士団』の守りの要であり、騎士団のトライ・フォースの一角と評されるアルマ・バーンズ卿旗下の『白銀騎士団』が『ノーデン平原』に鉄壁防衛線を敷いていることから、実践は困難を極めた。


挿絵(By みてみん)

*アルマ・バーンズ卿率いる、騎士団の盾こと『白銀騎士団』。ノーザンバリア卿、アイアンフィスト卿、バーンズ卿は、騎士団のトライ・フォースと評され恐れられていた。攻守にわたって、まさに鉄壁の布陣である。


 一方、総長ローザ・ノーザンバリア卿率いる最精鋭の『英騎士団』は、その名にたがわぬ強力な部隊編成で、黄龍の加護を受けるアイラと、彼女が率いる『ルビーの騎士団』を圧倒していた。はじめは『スカッチェ通り南北市街地』での都市防衛線が展開されたが、手練れのノーザンバリア卿はアイラを『サンフレッチェ大橋』と『インディゴ通り』の交差点まで後退させる。後方の『インディゴ・モース』を防衛拠点にできる分、孤立の色を強めるシーファらの南西戦線よりは補給の点で幾分かましであったが、それでも、敵の練度は桁違いに高く、戦いは苦戦に次ぐ苦戦で、状況を改善できる見込みは、一向に見いだせないでいた。満身創痍のアイラを強い焦燥と不安が襲いかかる…。


 ネクロマンサーらの活躍があって、アカデミーでの看護と診療の機能は著しい改善を見せていたが、再建されたばかりの急造施設は、疫病患者と地震被害者に加え、北西、南西戦線からひっきりなしに後送されてくる重傷者によって瞬く間に飽和し、人手も物資も常時限界という逼迫ひっぱく状態に陥っていた。幸い、東の隣国からの輸入は順調で、その品目は医薬・医療品のみならず一部の兵站にまで拡大していたが、事態悪化の速度に改善はまったく追いつかない、そんな状況にあったのである。果たしてこの状況で、あと何日持ちこたえることができるだろうか?


 最初の約束であった7日間を守り切ってなお、一向に改善しないどころかむしろ悪化の一方をたどるばかりの現状に人々はますます猜疑を強めて互いに憎しみを抱くようになり、やがてそれは、愛の枯渇、すなわち生と世界に対する無関心へと終に堕ちこんでいった。魔法社会の全体に諦観と厭世えんせいが浸透する中を、最期の希望を託された『超時空の箱舟』は、時空の果てへと駆けている。


* * *


「いよいよですね。『箱舟』で『世界の果て』をで越えれば、我々は創造主の隠れ家といわれる『至福の園』に到達することができます。」

 エバンデス婦人が言った。

「そこに、ルイーザが待っているのですね?」

 おそるおそるフィナが訊ねる。

「ええ。魔王の目的は『セト』と融合して力の極致に到達して『大魔王』となった後、創造主をして、愛の世界を力の世界に書きかえさせることです。魔王に魂の座を囚われたルイーザは、飢え乾いて水を求めるかのように、その力の極致に到来することを渇望しています。愛の火を消して、代わりに力の火を灯す、その実現だけが今の彼女を突き動かしているのでしょう。果たしてその先に何を得ようと言うのか…。」

 婦人がそう応えた。

「力の極致に届いた先で、ルイーザが欲するものとは…。」

 フィナの声が震える。

「そうですね…。ルイーザさんを捉えた魔王の目的が、『神』を退けてそれにとって代わることなのは間違いありません。愛に代わる力の支配の実現ですね。ただ…。」

「ただ?」

「なぜ魔王が今なおあなたに執着するのか、それがよくわかりません。力の極致に至るためだけなら、半身の『セト』があればよいはずです。しかし、『セト』復活の折にも、彼女はあなたをその贄にしようとしたと言いましたね?つまり魔王は、後に己と融合する半身の内に、他でもないあなたを保存しようとしたわけです。あなたを通して彼女が何を求めているのか、それは現時点では私たちにも見通すことができません。ただ、彼女が、ルイーザさんが、今でもあなたを求めている、それだけは間違いのないことです。その強いよすがが、ルイーザさんを救い出す最後の希望となるでしょう。とにかく、彼女のもとへ急がなければなりません。」

 そう言うと、婦人はフィナの手を取ってその瞳をまっすぐに見つめた。フィナもそれに応じて視線を外すことをしない。


「きっと私たちがあなたを守ります。ルイーザさんに、もう一度会いましょう。」

 その婦人の言葉に、フィナは大きく頷いて応えた。


「さぁ、みなさん。そろそろ一大スペクタクルの時ですよ、っと。」

 そう言ったのはアッキーナだ。

「時空の尽きるところ、『世界の果て』を越えるのですね?」

「ええ、『小さな神』であるあなたでさえ見たことのない世界の外側に向けて、時空を超越します。」


「世界を創り出した創造主の隠れ家、『至福の園』…。すべてを創造し、造り替え、そして壊す力を持つ唯一絶対の存在がいるところ…。しかし、それ自体が呪われているとも聞きます。果たして、それは我々の希望なのか、それとも絶望なのか、すべての運命はこの先で明らかになるのでしょうね。それでは、行きますよ、っと!」

 アッキーナがそう言うと、『箱舟』の管制がそれに応えた。


「命令ヲ受諾。命令ノ正統性ヲ確認。コレヨリ本船ハ時空ノ境界ヲ超越スル。

 各補機、主機ニ接続開始。…、…、接続完了、状態、オール・グリーン。

 全動力連動準備完了、連動ヲ開始。…、…、連動状態ヘノ移行完了。主機、最終臨界ヘ。…、…、主機、最終臨界ヲ突破。魔法エネルギーノ縮退開始。主機内圧力正常ニ上昇中。…、…、システム、オール・グリーン。超時空航法開始、5秒前。4、3、2、1、…、『超時空の箱舟』、『ゼロ・ドライブ』!!!」


 管制からその声がこだました瞬間だった。みな確かに『箱舟』の内にいて、その事実に変わりはないはずなのに、視界は真っ黒になったかと思うと次の瞬間には真っ白になり、何も見えなくなった。ただ、人の認知は空間を越えられないのであろうか、『世界の果て』の境界を超越しているのであろう束の間、ただただ無限に広がる空間の広がりだけを全身で感じていた。


 やがて、その白い光は物理的な輪郭を取り戻し、彼女たちの視界に少しずつ現実の景色が戻ってくる。気が付けば、見慣れた『箱舟』の内部空間が広がっていた。


「『世界の果て』を越えたのですか…?」

「そのようですね。」

 ウォーロックとエバンデス婦人が言葉を交わす。アッキーナとフィナはあまりの超自然的な出来事に唖然とするばかりであった。


 やがて、『箱舟』の管理コンソールに備わる空間投影型の魔術映像表示装置に、目的地たる『至福の園』が視覚的に表示された。


* * *


挿絵(By みてみん)

*『世界の果て』を越えた先に姿を現した創造主の隠れ家とされる『至福の園』。時空の星天の中に存在するようにも感じられるが、その有様は知っている時空とは違っているように思えた。


「あれが、『至福の園』…。あそこにルイーザが…。」

 その、神秘を超越した情景を前にしてフィナが言った。

「まもなくあそこに『箱舟』が接岸します。ルイーザさんたちがいつ姿を現すかわかりませんが、ひとまず私たちは創造主が隠れ住むという『その地』を目指すことにしましょう。」

 不安と期待の入り混じった複雑な感情に震えるフィナの肩をそっと支えながら婦人が言った。


 映像から見えることが全てなのかどうかは全く不明であったが、『至福の園』について述べるならば、それはさほど大きくはない円形の浮島状の場所で、十字状の魔法光を称えるいくつかの柱が同心円状に立ち並んでおり、その中央にいかにも隠れ家といった趣の『その地』が鎮座している。浮島の外周は波止場になっているようで、『箱舟』をそこに接岸すると、その神秘の地に足を踏み入れることができそうだ。波止場から『その地』までは、現世の魔法社会と同じような、石や土、草や木といったような自然物らしきもので構成された一本道が続いており、そのはるか先、浮島の中央に当たる部分に神殿のような姿で『その地』はある。上空には、巨大な光の十字架が立っており、それを中心として周囲には複雑で神秘的な魔法陣が展開していた。


挿絵(By みてみん)

*波止場から中心に位置する『その地』まで伸びる一本道。


 ほどなくして『箱舟』はその未知の波止場に接岸した。万象を支配する自然法則が、これまで慣れ親しんできたものとは違うためかだろうか、接岸時にこれといった衝撃を体に感じなかったが、重力らしきものは今なおきちんと作用しているようで、地上にいるとき同様、床面に足を置いて立つことができた。


「とにかく、魔王がどこから現れるかわかりません。慎重に進みましょう。あなたはアッキーナとともにフィナさんを守って。」

 そう言って先を行くエバンデス婦人の後について行った。


 体感することのできる世界という意味では、空気はあるし、大地を踏みしめることもできたが、しかしその全体的な雰囲気は、日常の魔法社会がある「世界」とは明らかに違っていた。また、『時空の檻』のような星天の世界とも、自現そのものの様相が違っていた。神秘的であると言えば神秘的であったが、妙に現実じみていると言えばまた然りで、とにかく不思議としか評しようのない未知の空間を、4人とパンツェ・ロッティの残滓は進んで行く。『その地』はすぐ目の前に見えるが、遠近や空間法則の根本が違うのであろう、なかなか近づいていかない奇妙な感覚に心を支配されていた。


 その時だった。あたりが俄かに暗くなり、漆黒の闇に閉じ込められるようにして周囲の景色が姿を消す。そこには黒い光を放つ蝶が群れをなし、その中から、見知った者の変わり果てた姿をゆっくりと姿を現してきた。


挿絵(By みてみん)

*4人の行く手を突然に阻んだ、黒蝶の群れ。


* * *


 それは、数多の柱に取り囲まれた『その地』へと至る一本道を塞ぐようにして一行の前に現れる。美しい白金髪、透き通るサファイアの瞳、それはフィナの記憶に確かに刻まれたかの人を思わせるが、しかしその何もかもが違うルイーザだった。


挿絵(By みてみん)

*まさに魔王たるに相応しい威厳と禍々しさを同居させてそれは姿を現した。


 背には2枚6対計12枚の紅い光を放つ翼を携えたそれは、全身に黒い装束を纏い、手にはかつて『フォールン・モア』であったと思しき光り輝く剣を携えている。頭上には燃え盛る天使の輪を浮かべているが、それが神聖な存在でないことを、そのすぐ下に除く黒く捻じれた角が物語っていた。


「フィナ、あなたも来たのね。『神』を伴って…。」

 聞き覚えのある声が届く。4人はじっと身構えた。

「力なき神が、なお希望なき愛を紡ごうとするか…。詮無きことよ。我は、ルシファー、魔王なり。まもなくこの世界は、愛のごとき虚ろで不安定な虚構の支配を離れ、絶対的で確定的な力の下に再編される。そこでは常に力が正義をなし、永劫の安定と秩序が約束されるだろう。フィナ、もう一度機会を与える。我とともに来い。新しい世界の担い手となれ。」


 目の前の存在は、力と傲慢に堕落した恐ろしくも美しい輝きを称えながら、そうフィナをいざなう。


「ルイーザ。お願い、目を覚まして!あなたこそが私たちのところに戻って来るべきよ!あの天真爛漫で純真な、真心を愛するあなたに、私は帰ってきて欲しい!」

 フィナは毅然とそう訴えるが、それは表情一つ変えなかった。


「愚かなるかな、人の子よ。絶対の力を前にしてなお愛を説くとは…。虚しい愛の時代はもうすぐ終わるのだ。この先には、創造主が待っている。彼の手によって、まもなくこの世界は、力が正義を断行し、整然たる秩序に支配される完全な姿へと書き換えられるだろう。それを妨げると言うのであれば、埒もない。古き神はここで潰えるのがその宿命さだめ…。」


 そう言うと、魔王はなんと驚くことに黒い光を放つ魔法陣を展開し、そのただ中に飲みこまれる。やがておびただしい黒い影はゆっくりとかげり、そこに魔王の真の姿が描き出された。


挿絵(By みてみん)

*全ての力を解放し、力と傲慢、そして堕落に覚醒した魔王。その美しく青いサファイアの瞳だけが、唯一ルイーザの面影を残していた。


 それは、血塗られた翼を背に広げ、燃え盛る天使の輪を頭上に戴きながらも、全体的には禍々しく、力と傲慢の権化であるかのような底知れぬ邪悪さの中に、しかしなぜか不思議な神々しさを放っており、『神』に代わる者として相応しい威厳を存分にたたえていた。


「フィナさんを守って!」

 そう言って、婦人、いや『小さな神』こと熾天使メタトロンは、自分と同じ力を持つたウォーロックを伴って、魔王と対峙する。

 その後ろでは、共に熾天使化したアッキーナとフィナが身構えた。ついに天使と悪魔、善と悪の象徴が真正面から相対する時が来たのだ!!


* * *


 魔王の後ろには、おそらく『その地』に繋がるのであろう『至福の門』が見える。それをくぐるためには、どうしても彼女と、そして『セト』と、雌雄を決する必要があるようだ。4人は、覚悟を新たにしてそれと対峙した。


挿絵(By みてみん)

*みなを守るようにして魔王と先陣を切って対峙するウォーロック。


 やがて、ウォーロックと魔王との間で、光と影の、力をめぐる壮絶な戦いが繰り広げられる。ルイーザは『アシウト』の遺跡で覚醒したばかりの時とは比較にならない圧倒的な力を身に着けていた。かつて『為神』パンツェ・ロッティを退けたウォーロックの力も、決してそれに劣りはしないが、守るべき存在を抱える彼女に対し、魔王はそのすべてをただ純粋に力に託すことができる。その差は思いのほか大きかった。


『我は魔の王、力を統べる君主なり。今、我が敵を蹂躙せん。惑星破壊:Meteor Strike!』


挿絵(By みてみん)

*領域殲滅性の禁忌術式を繰り出す魔王。


 魔王は、圧倒的な破壊力の領域殲滅性の禁忌術式を繰り出す。魔王を除く、その場の全ての者に破壊の魔の手が襲い掛かった。ウォーロックは三人を守るべく奮闘するが、瞬く間にその殲滅力に組み伏せられてしまう…。


「『神』といえども所詮はその程度か…。やはり力の前では愛など形骸。…、ではそろそろ、最後の儀式を始めることにしよう。フィナ、もう一度だけ言う。我とともに来い。さすればその瞳に力による陶酔をしかと見せてやろう。」

 なおも魔王はフィナをいざなう。しかし、彼女は厳然と首を横に振って拒絶した。


「そうか。ならば、抗いえぬようにするまでだ!」


『我が使徒よ、命を果たせ。反使徒召喚:Summon of Anti-Apostle!』


 呪わしい声で術式を詠唱すると、魔王は頭上に邪悪なる使徒を呼び出した。魔の君主である魔王は、詠唱や儀式といった術式誘因のための所作をほとんど必要せず、自己の内から力を直接、無限に取り出すことができる。神格との契約に基づいて、都度力の授与を受けなければならない天使の力を、それはまさに圧倒していた。


挿絵(By みてみん)

*使い魔として反使徒を召喚する魔王。


「フィナをさらえ!『セト』に喰わせよ。我が使命を果たすのだ!」

 魔王がそう言うが早いか、反使徒は、一番後ろに控えていたフィナをさらって、瞬く間に虚空に消えていく。どうやら、魔王はフィナの熾天使の力を邪神『セト』に捧げるつもりのようだ。


「マダム、このままではいけません。後を追わなくては!」

 サンダルフォンたるアッキーナが言う。

「しかし、我ら姉妹がここを離れれば彼女は一人になります。」

 既に傷つき組み伏せられたウォーロックをひとりこの場に残すことに逡巡しゅんじゅんを見せるメタトロン。

「フィナを『セト』に喰われたら、そこで終わりです。あらゆる目的を果たした魔王は、すぐにでも『セト』と融合するでしょう。『大魔王』を復活させてしまっては、もはや手遅れです。お早く!」

 焦りとともに、アッキーナが反使徒の追跡を促した。

「わかりました。ここはあなたに任せるしかありません。私たち姉妹は『セト』を止めます。あなたは何としても魔王を止めてください!」


 剣を支えにして上体を起こし、ウォーロックは頷いて応える。

「大丈夫です。魔王は必ず私が止めます。お二人は、『セト』を退け、フィナをその魔の手から救出してください。急いで!」

 彼女の言葉を背に受けて、メタトロンとサンダルフォンの二柱は、フィナを連れ去った反使徒の後を追う。魔王から無限の力の供給を受けているのであろう、熾天使として覚醒した彼女の力をもってしても、フィナひとりでは反使途に抗うことはできないでいた。


* * *


「ひとり残されるとは哀れなことよ。しかし、お前が残ったのは僥倖だ。神格なき『神』の形骸よ。『魂の座』が空のままで、なお我に抗い得ると思うのか?神殺しは、愛の終わりの始まりよ。今こそ、それを我が手でなそうではないか!力なき神よ、我が前にたおれよ。」

 そう言って、魔王がウォーロックにとどめを刺そうとしたその刹那である。彼女の胸元の『愛の欠片』がまばゆい光を放って声を発した。


「何をしておる!今こそ、我が神格を汝の『魂の座』に宿さぬか!我が力を君に与えん。唱えよ。授権神化:Authorized Divinization!」


 パンツェ・ロッティの呼びかけにウォーロックが応え、ついには二人の声が荘厳に重畳する。幾層にも同心円状の光が広がって様々な方向に回転し、かつての天国門のような魔法光の中にその身を包んでいく。そして、ウォーロックの身体は一度消えるようにして小さな光に凝縮した後、そこから一気に拡散・拡張する光の輪を群れだって、神化した姿をその場に現した。


挿絵(By みてみん)

*『魂の座』にパンツェ・ロッティの神格を宿すことで、神化を遂げたウォーロック。


 それは、2枚6対12枚の光の翼を広げ、頭上には巨大に輝く天環をそなえている。麗しい衣に包まれたその手には、直視に堪えないほどの眩い光を放つ剣を携えられており、その場で相対する両者の姿は、まさに、完全なる善と完全なる悪を象徴していた。


 いよいよ1対1で対峙することになった神格と魔王。その遥か彼方を、2柱の熾天使の姉妹が、さらわれたフィナを取り戻すべく後を追っていく。『セト』の到来も近い。


 『世界の果て』を越えた先は、今、激しく動揺していた。

Echoes after the Episode

 今回もお読みいただき、誠にありがとうございました。今回のエピソードを通して、

・お目にとまったキャラクター、

・ご興味を引いた場面、

・そのほか今後へのご要望やご感想、

などなど、コメントでお寄せいただけましたら大変うれしく思います。これからも、愛で紡ぐ現代架空魔術目録シリーズをよろしくお願い申し上げます。

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