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第11節『それぞれの場所、それぞれの最善』

「あなたたちに、こんな重責を負わせて本当に申し訳ないと思っているわ。」

 神秘の空間、『アーカム』の店内で、ソーサラー、シーファ、アイラを前に、キューラリオン・エバンデス婦人が静かに語りかける。しかし、その言葉を聞く彼女たちの瞳には、確固たる覚悟の灯がともっていた。


 そんなところに、ずいぶんな荷物を持ったアッキーナが奥から戻ってくる。一度に全てを持って来ることができなかったようで、いくつかをカウンターの上に置くと、いそいそとまた奥へ戻っていった。アッキーナが持ってきたものを、婦人が順に陳列する。


「まずは、あなたよ。あなたには、総指揮を執る彼女の右腕となって中央市街区とアカデミーを守ってもらわなければいけないわ。これはきっと、そのための力になってくれるでしょう。」

 そう言うと、婦人は一揃いの鎧をソーサラーの前に差し出した。それは古い時代の錬金銀で作られているようで、その意匠は実に美しく品格に溢れている。一見その素材は白金糸であるように思えたが、よくよく見みると、なんと全体が希少魔法金属の『精霊銀』で形作られていて、特有の黒みを帯びたいぶし銀の輝きを静かに放っていた。


挿絵(By みてみん)

*全体が精霊銀で構成され、美しい彫金細工が全面に施された最高傑作の魔法鎧。


「これは、精霊王『エルロンド』の鎧とされる神話の時代の『ファイン・アーティファクト』です。これを身に着けて、きっと魔法社会の人々を守ってください。今、伸びる魔の手は、迫りくる『北方騎士団』だけではありません。秘密裏に魔王復活を目論んだ勢力が、現世を裏切り、魔王の側について社会の中枢に反旗を翻しています。その勢力には、夜盗や犯罪者の群れが加わって、今や一大革命勢力となるに至りました。あなたには、その脅威から、人々を守ってもらわなければなりません。これはそのための餞別せんべつです。」


「ありがとうございます、エバンデス婦人。この命に代えて、魔法社会の中枢は私がきっと守りましょう。必ず、陽はまた昇ると信じて、最善を尽くします。」

 確固たる声で、あの天才ソーサラーは言った。

「あなたの智慧と勇気はいつでも称賛に値するわ。あなたを信じています。きっとまたここに帰って来てください。またみなでお茶を楽しみましょう。」

「はい、婦人。それでは、私は今すぐに彼女と共にアカデミーに帰還して必要な備えを行います。お心遣いに感謝を。」


 それからソーサラーは隣に座るウィザードの手を取った。遠い遠い昔、幼かったあの日のあの出来事以来、この二人はずっと固い絆で結ばれている。互いに対する尊敬と信頼は、この絶望の季節においてなお潰えぬ輝きを放っている。

「いいのか?」

「今更よ。さあ、行きましょう!」

 ルビーと黄金の瞳は互いをまっすぐに見つめた後、婦人の方に振り返って別れを告げた。アッキーナの手によって荷の形にまとめられたその鎧をソーサラーは大事そうに抱えている。


「シーファ、アイラ。また生きて会おう。その時には、あたしがとびきりのを御馳走してやる。いいか、死ぬなよ。」

「はい、先生!」

「必ず、二人でここに戻ります!」


では、一足先にアカデミーで待つ。準備が出来たら連絡をくれ。頼んだぞ!」

「はい!!」

「では、行こう!」

 シーファとアイラの心強い二重奏が、ウィザードとソーサラーの背をしかと見送った。


* * *


「次はあなたたちよ。」

 婦人がそう言ったところに、アッキーナがやはり何ものかを携えて戻ってくる。

「あなたたちのように、まだ年若い生命を危険にさらすなんて、本当はあってはいけないのだけれど…。でも、今はあなたたちだけが頼りなのです。」

 婦人のその言葉に、シーファとアイラは頷いて応えた。二人はカウンターの下で、固く手を握り合っている。


「まずは、シーファさんから。あなたは実に大天使長ミカエルに愛されているわ。さすがは彼女の一番弟子ね。そんなあなたには、これを託しましょう。きっと力になるはずです。」


 そう言って婦人が差し出したのは、刀身全体がまばゆい魔法光を放つ、ルビーの長剣であった。それは、装飾として『真石ルビー』がちりばめられているというだけでなく、なんと驚くことに刀身全体がその削り出しである。自然の魔の結晶である真石には、時に巨大なものが存在すると聞く。しかし、刀剣のやいば全体を削り出すことのできる真石といえば相当の大きさだ。信じられない輝きを放って、それはシーファの前に置かれた。


挿絵(By みてみん)

*巨大な『真石ルビー』を削り出して作られた、真紅の長剣。


「これは、『グローイング・ルビー』。神話の時代、大天使長ミカエルの得物だったものです。今のあなたなら、きっとこれを介して大きな加護を得ることができるでしょう。その若さでよくその極致にまで到達しました。私は、あなたと出会えたことを誇りに思います。」

「エバンデス婦人…。」

 シーファは震える手でおずおずとその神秘の刀剣を手に取る。全てが真石で作られていそれは、見た目よりもずっと軽く、柄を握るとそこから絶え間なく魔力が身体に注ぎ込まれてくる感覚が分かった。

「ありがとうございます。きっと務めを果たします。」

「頼みにしています。」


 そう言うと、婦人は、今度はアイラの方を見る。


「アイラさん、これはあなたがもつ黄龍の揃の力を最大限に引き出すための秘宝です。文字通り、あなたは天を支配する黄金の龍、『天竜』の加護を直接受けられるようになるでしょう。」

 婦人の言葉にあわせるようにして、アッキーナがアイラの前に一つの法石を置いた。


挿絵(By みてみん)

*黄金色に輝く法石。ごく小さいが凄まじい力を宿しているのは一見して明らかだった。


「これは『天竜の瞳』です。これをあなたの持つ『黄龍の指輪』に取り付けることで、その揃は、完全な姿を取り戻します。さあ、指輪をこちらへ。」

 婦人の促しを受けて『黄龍の指輪』を左手から外すと、アイラはそれを差し出した。


「アッキーナ、お願いね。」

「はい、マダム。」

 そう返事すると、その小さくも力みなぎる法石をアッキーナは実に見事な手際で、『黄龍の指輪』上の龍頭の飾りに刻まれた瞳の部分にしかとおさめて見せる。その瞬間、『黄龍の指輪』は、絶えることのない黄金色の魔法光を放ち始めた。それをそっと婦人がアイラに返す。


「『天竜』の加護があらんことを。」

「ありがとうございます。必ずやご期待に応えて見せます。なによりここは私たち自身の故郷ですから。」

 アイラは指にはめたその指輪を撫でながら、力強くそう応えて見せた。


「さあ、それではお行きなさい。諸所の準備があるでしょう。事は一刻を争います。お二人にご武運を。」

 婦人がそう言うと、アッキーナが店の戸を開けて彼女たちを送り出す。若き二つの魂は今、決死の覚悟を決めてそれぞれが赴くべきところに向かおうとしていた。しかし、少女たちの背中は、実に頼もしい気配を帯びている。


* * *


「残るは私たちですね。」

 ウォーロックがそう言った。

「そうですね。この旅だけは私が直接出向く必要があるでしょう。」

 夫人がそう応える。

「あなたと私、アッキーナ、そしてフィナさんで魔王および『セト』と対峙します。何としても『大魔王』の復活だけは阻止しなければなりません。魔王は、今なおフィナさんに特別な執着をもっています。きっと機をみて、彼女を自身の内に取り込もうとするでしょう。我々はその魔の手から、フィナさんを守り抜かなければなりません。」

 そう言って、婦人はフィナの手を取った。


「あなたは、彼女を、ルイーザを止めるための、最後の希望です。あなたと彼女の間に今も固く結ばれている筈の友愛は、必ずや彼女の魂の座から魔王を追い落とすでしょう。怖いことばかりだと思いますが、いまやあなたはアッキーナの、いえ、私の姉妹である『大天使サンダルフォン』の力を内包しているのですから。自分自身と、かつて確かに紡がれたルイーザとのよすがを信じて、私たちに同行してください。我々の手で、彼女を救いましょう!」

 ルイーザと同じ透き通るサファイアの輝きをもつ瞳が、まっすぐにフィナを見据える。それをウォーロックとアッキーナが見守っていた。


「はい。ルイーザを、きっとルイーザを取り戻して見せます。」

「ええ。必ずや、成し遂げられるはずです。愛が枯れ、壊れ果てる前に、もう一度その輝きを取り戻しましょう。」

 その言葉に、フィナは力強く頷いて応えた。


「さて、この中で『神』の系譜に連なるのはもはや私とあなただけです。」

 ウォーロックの方を見て、婦人が続ける。

「神の代理人、小さな『神』の名を持つ者、メタトロン。魔王と『セト』に対抗するには、あなたの力が最後の要になります。かつて『為神』たるパンツェを軛から解放したあなたの力が、ここでもまた欠かせません。覚悟はいいですか?」

 そう言うと、婦人はウォーロックの手を取った。

「はい、マダム。幼い時、初めてここであなたとお会いしてから、あなたと私の運命は深く交差しています。それに今は、アッキーナとフィナもいます。私たちにできないことはありません。行きましょう!」

 そう応えるウォーロックに向けて、婦人は満足の光をたたえて輝くその瞳をいつものように細めて見せた。フィナの肩にそっと手を置いて、祈りを伝える者アッキーナがその様子を見つめている。


「さあ、今日で『アーカム』は閉店です。ここを離れ、『時空の波止場』から『至福の園』へと向かいましょう。愛が潰えることのないように、創造主に助力を請うのです。もちろん、魔王、『セト』という万難を排して!」

 そう言うと、婦人は立ち上がった。そのとき彼女は初めて、その本当の姿を見せていた。


挿絵(By みてみん)

*神秘のヴェールとローブを脱いで、初めて本当の姿を見せる小さな『神』、メタトロン。


 『アーカム』に灯る全ての明かりと、炊かれている全ての香を消すと、4人は、いや4柱の大天使は、神々しい魔法光を放つ魔法陣の中に溶けて行った。始まりの地であるこの神秘の空間を、今は完全なる沈黙が支配している。


* * *


 ところかわって、ここは『時空の波止場』。アーカムのポータルから、ルクスの神殿を経由して、リセーナとパンツェ、そしてキースとライオットは、今ここに到着した。

「久しぶりでやんすね、アニキ。」

「そうだな。とにかくまずはブレンダさんを探そう。」

 そう言葉を交わす少年たちの傍で、リセーナは『パンツェ・ロッティの閻魔帳』に記された『超時空の箱舟』の記述に熱心に見入っている。


「とにかく、『星天の鳥船』が係留されている波止場に行ってみるでやんすよ。」

「そうだな。リセーナさん、ロッティ教授、こちらです。」

 一度ここを訪れたことのある二人が案内をかってでる。


 はちみつ色の神秘の魔法光に照らされ、時空へと続く星天に覆われたこの場所を、一行は桟橋の方に向かって進んでいく。ライオットの思惑通り、波止場の管理人、黄金のブレンダその人は、桟橋に立ってそこに係留されている『星天の鳥船』を見上げていた。


「ブレンダさん、お久しぶりでやんす。」

「その節はお世話になりました。」

 少年たちが声をかけると、ブレンダはゆっくりとそちらに向きを変えた。


「おいでになられると思っていました。また時空を翔けるのですね?」

「で、やんす。しかし今回は少々目的地が厄介でやして…。」

「そうおっしゃいますと?」

「ブレンダさん、これを見てください。」

 キースに促され、リセーナが閻魔帳の箱舟のページをブレンダに見せる。

「これは『至福の園』に至るための箱舟ですね?」

「そうである。大至急、『星天の鳥船』を箱舟に改修しなければならん。」

 ブレンダはパンツェの声に驚いたようだ。

「まあ、ずいぶんと面白い人形をお持ちなのですね。」

「はい、説明すると長いのですが、とにかくこの人形とこの閻魔帳が今回の旅路の鍵を握っているんです。」

 キースが応え、ライオットもその言葉に頷いた。


「この、閻魔帳、と言いましたか?ここに書かれている設計図を基にすれば、鳥船を箱舟に改修することは可能です。しかし、問題は人手と時間。箱舟は文字通り箱型の巨大な船で、時空の果てを越える強度と性能を備えていなければなりません。昔はそうした船がここにも何隻かありましたが、今ではすっかり失われています。ですから、時間をかけて改修するよりほかにありません。」

 ブレンダはそう言って、鳥船の方に視線を送る。


「しかし、悠長なことはしておれん。希望が潰える前に、我々は旅立たねばならぬのだ。」

 パンツェ・ロッティのその一言で、場の緊張は一気に高まった。


「人手があればいいんでやんしょ?」

 しかし、その緊張をライオットが破る。


「まかせるでやんすよ。こう見えてあっしは死霊術師としてはそれなりでやんす。作業は死霊にさせればいいんすから。ありったけ呼び出して見せるでやんすよ。」

 そう言っていつものようにからからと笑うライオット。

「それは名案ですね。死霊術なら、私もいくらかお手伝いできます。」

 リセーナもそう太鼓判を押した。


「ということは、あとは錬金術の技術者がいれば足りますね。」

 そう言うブレンダには、キースが応じる。

「俺で役に立つかどうかは分からないが、とにかくやれるだけのことはやってみる。一応『権威:Expert』錬金術士なんでな。」


「それは心強いことです。では波止場の職人と力を合わせて、さっそく箱舟への改修作業を始めましょう。しかし、どんなに急いでも1週間はかかります。その間は、みなさんのお仲間にこの世界を支え守ってもらわなければなりません。それは大丈夫ですか?」

 ブレンダは居住まいをただしてそう訊ねた。


「大丈夫でやんす。おいら達の仲間はきっと務めを果たしてくれるでやんす。」

「だから、俺たちもここで最善を尽くします。ブレンダさん、どうかもう一度力を貸してください。」


「わかりました。では、とにかく急ぎましょう。設計図がすでにあるのは幸いです。誰が描いたものか知りませんが、卓越した出来栄えです。」

 そう言って、ぱらぱらと閻魔帳のページをめくるうちに、ブレンダは目を丸くした。

「卓越したお方であるのは確かですが、ずいぶんと変わった趣味をお持ちでもあるようですね。」

「ですって、あなた?」

「うむ、面目ない…。」

 リセーナとパンツェがそんな言葉を交わした。


 そんな二人をよそに、ライオットとキースは早速準備を始める。ライオットは根限りの力を振り絞ってずいぶんと巨大な冥府の門を開き、呼べるだけの死霊の群れを呼んで見せた。その死霊の力をリセーナが巧に拡張していく。


挿絵(By みてみん)

*人手とすべき死霊を冥府の門から次々と呼び出すライオット。


 魔力枯渇寸前でふらふらになるライオットの身体を支えてやりながら、キースは閻魔帳に記された部品一覧を見て、それらを次々と錬金していった。さすがは魔法社会を実務で支える高等部『権威:Expert』の死霊術師と錬金術師である。その手並みは実に見事なもので、波止場には瞬く間に錬金部品の山が築かれていった。


挿絵(By みてみん)

*閻魔帳に記された部品一覧に従って次々と必要な部品を錬金するキース。


「素晴らしいですわ。心強いことです。彼らの協力があれば、1週間できっと箱舟を造り上げることができるでしょう。」

 そう言って、ブレンダは自信をのぞかせる。彼女の指示で、波止場の職人が次々と集まって来た。いよいよ、7日にわたる大規模改修が始まったのだ。


* * *


 『時空の波止場』で懸命の改修作業が行われている頃、アカデミーに帰還したウィザードは、壊滅しかかっていたその指揮系統の立て直しに腐心していた。『セト』の呪いによる猜疑と諦観の影響は勿論のこと、肝心の最高評議会議長が最愛の娘を失ったことに憔悴しきっており、もはや魔法社会の中枢としての体を失いつつあったのだ。

 最高評議会にウィザードが戻ると、その周囲に展開された聖域によって、ひとまずは『セト』の呪いだけは随分と緩和することができた。後は、人員を揃え、会議体を再編成しなければならない。聞くところでは、最高評議会の中にもこの度の魔王復活に与した勢力が紛れていたらしく、ルシアンの父であるロフォイ・マクスウェル評議員やその秘書であるヴァネッサの姿はすでにそこになかった。


 ウィザードはパンツェ・ロッティ時代から親交のあった信頼のおける人物を中心に人材を集め、どうにかこうにか指揮系統を回復させる。今、急造の評議会にその姿があった。


挿絵(By みてみん)

*急ぎ再編した最高評議会で訓示するウィザード。信頼のおける者だけが集められている。


「いいか!今、この世界の愛が壊れようとしている。われわれは何としてもそれを阻止しなければならない。そのために、喫緊に対応すべきことが3つある。第一に、魔法社会を裏切り、魔王に与した邪なる者共からここを守らなければならない。そのために、あたしの無二の親友が『連合術士隊』を率いて首都防衛に当たる。評議員各位は、彼女らを支え、その銃後をきっと守れ!

 2つ目は、目前に迫りくる『北方騎士団』への対応だ。奴らは、勢力を2陣に別け、1つを北西の『スカッチェ通り』から、もう1つを南西の『ポンド・ザック』から、それぞれここに向けて進軍している。その対処には、あたしのかけがえのない教え子があたる。まず、『常設魔導士隊』の再編成を急げ!ありったけの数を集めるんだ。その指揮は『中等部:Adept』のシーファが担う。評議員諸君は、全力で彼女を支援しろ!加えて、『ハルトマン・マギックス』社の協力を得て、『ルビーの騎士団』を動かす。その指揮を執るのはアイラだ。シーファ軍は南下してポンド・ザックの防衛に、アイラ軍は『インディゴ・モース』を最終防衛ラインに、スカッチェ通り方面からの敵勢力を食い止める。評議員の中で、交渉力のある者を数名集めて、直ちに『ハルトマン・マギックス』のカリーナ・ハルトマンCEOに使者として送れ。あたしの信頼できる仲間からの情報では、とにかく7日、ここを死守する必要がある。7日だ。できない相談ではない。諸君らの健闘に期待する!

 残る1つは、公衆衛生と医療体制の再構築だ。これは看護学部を中心にして取り組んでもらう。多量の資金と物資を要するのは想像に難くない。評議員諸君には、金策と物流網の改善・確保に力を尽くしてもらいたい。

 いいか、7日持ちこたえれば勝機はある!絶対にあきらめるな。それぞれ与えられた持ち場で、それぞれにできる最善を尽くせ!その先に、明日はきっと来る!!」

 議場を拍手と喝さいが覆った。指示と訓示を受けた評議員たちは早速にして、その職務の遂行を始める。夜明けは決して遠くない。


* * *


 宵闇に光を灯すアカデミーの中央尖塔を見上げながら、美しい彫金の施されたいぶし銀の鎧に身を包んで軍馬に騎乗したソーラーは、再編された『連合術士隊』に檄を飛ばしていた。


挿絵(By みてみん)

*『エルロンドの鎧』を身にまとい、自身の手が織りなした氷の刃を手にして、馬上の黄金の瞳は決死の覚悟を固めていた。その背を、中央尖塔のルビーの瞳が見守っている。


挿絵(By みてみん)

*ソーサラーが率いる『連合術士隊』。アカデミーの最終防衛線である。今、魔王に与し、魔法社会に弓引く裏切り者たちとゲート前で対峙していた。


「同志よ!いつかこの魔法社会からも希望が潰え、光が消え、避けた大地に太陽が飲まれる日も来るだろう。今まさに、その脅威のただ中にいるように感じるかもしれない。しかし、恐れるな!その絶望の時は、今宵ではない!愛が枯れ、人々の絆が失われる時もいつかは来る。しかしそれは、今ではない!

 この麗しい我らが祖国を守るために、今こそ剣を取れ!その勇気に愛の火を灯すのだ!迫りくる者は確かに邪悪の権化である。しかし、我らの勇気と愛は、必ずやそれを打ち退け、明日きっと、この目で昇る朝陽を見るだろう!この夜は必ず明ける。その時目にする曙は、まごうことなき我々のものなのだ!勝鬨を上げよ!」


 おおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!


 大地震で崩れかけたアカデミーのゲート前に、ときの声がこだまする!


「頼むぜ。あんたは、ずっとあたしの憧れなんだ。あのときからずっと、あたしはあんたを信じている。」

「あなたとよすがを結べて、本当に良かった。私とあなたが出会い、今日まで共に過ごしてきたこの地は、私がきっと守る。見ていてね!」


 中央尖塔とゲート前、声が通じるはずのないその場所で、ウィザードとソーサラーの想いは確かにひとつに紡がれていた。決戦の時は近い!


* * *


 それから2日が過ぎた。箱舟の完成までにはまだ5日ある。『北方騎士団』は主力を二方面にけ、総長であるローザ・ノーザンバリア卿率いる勢力は、北西に、副長アンドレア・アイアンフィスト卿率いる勢力は南西に進んでいた。いずれも『北方騎士団』の精鋭中の精鋭である。それらを迎え撃つために、それぞれ戦線に向かわんとするその前の晩、その指揮を担うシーファとアイラは、束の間の時間を共にしている。それが最後の時になるかもしれない、その覚悟が二人をしかと繋いでいた。

 陣営のかがり火が少女たちの美しい横顔を宵闇に描き出している。


挿絵(By みてみん)

*『北方騎士団』の副長で、精鋭部隊である『黒騎士団』長のアンドレア・アイアンフィスト卿。ノーザンバリア卿とアイアンフィスト卿は『北方騎士団』の要であり、両騎士団長が同時に侵攻に繰り出すことは滅多にないが、それは侵攻を受ける側にとっては脅威以外の何物でもなかった。『黒騎士団』は今、『ポンド・ザック街』の近郊にまで迫ってきている。そう遠からず、シーファ率いる『常設魔導士隊』と衝突することになるだろう。


「ねぇ、シーファ。」

「どうしたの、アイラ。」

「以前、あなたの冗談に『考えておきます』と言ったのを覚えていますか?」

「ええ、リアンとカレンを茶化したときのことでしょ?」

「そうです。あれ…、少なくとも私はまんざらではありませんから。」

「!?…何を言うのよ、アイラ。こんな時に。明日には出陣なのよ。」

「わかっています。でも、こんな時だからこそ言うんです。今伝えておかなければ、次があるかどうかわかりませんからね。」

「アイラ…。」


「シーファ。きっとまた、ここで会いましょう。あなたに会えて本当に良かった。」

「やめてよ、アイラ。それじゃあまるで今生の別れみたいじゃない。」

 いつも勝気なシーファの声に涙の色が載る。

「私はきっと、ここに帰ってきますから。」

「もちろん、私もよ。」

 そう言うと、二人は固く抱擁した。晩秋の夜風が、その身体をやさしくなでていく。

 そしてふたりはそっと額をあわせる…。


「シーファ、この続きは帰ってきてから。」

「ええ、そうね。約束よ。私はきっと帰って来るわ。」

「武運を。」

「あなたにも。」


 そう言うと二人は身体を離し、いつものようにさわやかに手を振って、それぞれが率いる陣営の営舎へと戻っていった。その姿を月の光がいつまでも照らしている。


 翌朝、いよいよふたりは出陣する。正規軍の精鋭部隊『常設魔導士隊』を率いるシーファは南西に、『ハルトマン・マギックス』社の私設軍隊『ルビーの騎士団』を率いるアイラは北西に、それぞれ進路をとった。二人の距離は次第に離れていく。その耳には、互いが自陣に飛ばす檄だけが届いていた。ふたりとも、遠く耳に届くその声を、きっともう一度間近で聞くのだと、そのために、必ず生きて帰るのだと、決意を新たにしていた。


挿絵(By みてみん)

*『常設魔導士隊』を率いるシーファ。


「いいか!我々はこの魔法社会の最後の希望、最後の砦だ!きっと敵を蹴散らし、再びこの地に戻ろうぞ!」

 次第に遠ざかりゆくシーファのその声を、アイラは愛おしそうに耳に刻んでいる。


挿絵(By みてみん)

*魔法社会の常強精鋭部隊である『常設魔導士隊』。シーファの指揮に続く。


「名誉あるハルトマン家に連なる同士諸君!その名に恥じぬよう、このルビーの輝きに賭けて、必ずや務めを果たそう!カリーナ様に輝かしい勝利を捧げるのだ。行くぞ!!」

 『ルビーの騎士団』の先頭を駆けるアイラの声が、シーファの心を固く支えた。やがて両者の姿は完全に南北に別たれる。再会を期して…。


挿絵(By みてみん)

*『ルビーの騎士団』を率いるアイラ。その背を黄金の天竜がしかと見守っている。


挿絵(By みてみん)

*アイラが指揮する『ルビーの騎士団』。


 そしてついに、両勢力は『北方騎士団』と激突した!若き二つの魂が、戦場を駆け抜けていく。

Echoes after the Episode

 今回もお読みいただき、誠にありがとうございました。今回のエピソードを通して、

・お目にとまったキャラクター、

・ご興味を引いた場面、

・そのほか今後へのご要望やご感想、

などなど、コメントでお寄せいただけましたら大変うれしく思います。これからも、愛で紡ぐ現代架空魔術目録シリーズをよろしくお願い申し上げます。

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