第5話「青と紫の黄昏」
竹内勇太
大学の医務室の空気というのは、どうにも慣れないものだ。心配という名の微かな匂いを隠しきれない、消毒液の無機質な香り。単調な電子音が、ピッ、ピッ、と死のリズムを刻むように静かな部屋に響いている。ローグさんの言葉が――『死んだリーダーなど、何の役にも立ちませんよ』――ズキズキと、頭蓋の内側で反響していた。
俺の視線は、隣のベッドで理学療法後の検診を受けている少年に注がれていた。ロニン。色素の薄いピンクの髪が、今は少し乱れて、その青白い顔との対比を際立たせている。彼は俺の方を向き、痛みと疲労で濁った青い瞳で、無理やり笑顔を作った。
「心配しすぎですよ、勇太先生」声は、少しだけかすれていた。
俺は、皮肉と疲れの混じった笑みを浮かべた。「仕事ですから、田中くん。馬鹿な生徒たちが馬鹿なことをしないように見張るのが、私の仕事なんですよ」
嘘だ。少なくとも、それが全てじゃない。胸を締め付けるこの痛みは、仕事なんてものじゃない。個人的なものだ。あの戦場の光景が――体育館の床に倒れていたロニン、駐車場で意識を失っていたシロイの姿が――脳裏に焼き付いている。あいつらは、俺の生徒だ。
『全員、生きて連れて帰るのよ、ワイト…』隊長の言葉が…
クソッ…結局、俺は何も救えなかった。
医務室を後にしても、失敗の感覚が影のようにズシリとついてくる。次の学期が始まるまで大学の講義棟には近づかないと誓ったはずなのに、何かが俺を引き戻した。馬鹿げたノスタルジーか。それとも、全てが始まる前の――俺の「普通」が木っ端微塵になる前の――人生を思い出したいという、病的な欲求か。
キャンパスは空っぽではなかった。学期間の静けさは廊下を静かにさせていたが、まだ生命の息吹はあった。図書館で本の山に埋もれる学生たち、上の階の部室から聞こえてくるバンドの練習音…部活、か。
そして俺は、愚かにも、その記憶の濁流に身を任せていた。気づけば、足は十二階へと向かい、簡素な木のドアの前で止まっていた。金属のプレートは少し古びているが、文字ははっきりと読める。
『文芸部』
もう一年近くになる。最後にここに足を踏み入れてから。ユミの、あの鬱陶しいほど明るい笑顔が、廊下をズルズルと俺を引きずっていく記憶が、鮮明に、そして苦々しく蘇る。
嘘だ。俺を獅子の巣穴に放り込み、高校での脅迫事件の調査員に仕立て上げるための、見え透いた嘘。あの日。あのクソ忌々しい日が、全ての始まり(ゼロ・ポイント)だった。今日まで俺を追い詰める、この終わりのない頭痛の。
もし、あれがなければ…もし、引き受けていなければ…俺はここにいない。あいつらと関わることもなかった。そして俺は…
どうして?
パァァッと、彼女の笑顔が、俺の冷笑的な思考を遮って割り込んできた。あの意地っ張りで、鬱陶しくて、そして、どういうわけか俺の脳が処理を拒むほどに、眩しい笑顔。どうして俺は、惚れて――
「あれ?先輩?」
背後からの男の声。聞き覚えがある。そして最近の俺の人生の常として、ひどく鬱陶しい。
俺は無理やり振り返り、できる限りの無表情を浮かべた。背が高く、明るい金髪を流行りのスタイルに整え、ラフな服装からでも分かるほど鍛えられた体。まるでスポーツアニメから抜け出してきたような男だ。「…誰だったかな」
「ひどいっすよ、勇太先輩!」男は、ほとんど滑稽なくらい必死に自分を指差した。「俺ですよ!大田!大田圭吾!」
「すまない」俺の声は乾いていた。「名前を覚えていなかった。」実際、覚えようともしていなかったが。
「俺たち、ダチだと思ってたのに…」彼はしょぼんと、哀れなほど分かりやすく肩を落とした。
「あまり気にしないでくれ、大田くん」
「え、先輩。復学するんすか?」彼は、馬鹿みたいに早い速度で立ち直り、自信満々の笑みを浮かべた。
「まあ…な」忌々しいことに。「高校の方に採用されたから、こっちは単位互換のインターンみたいなもんだ…」
「会長、先輩は正式採用されたから大学は辞めたって言ってましたけど」こいつ、本気でそれを信じてるのか?それとも、小鳥遊
(たかなし)先輩がそんな嘘を平気でつけるほど悪趣味なのか?おそらく、両方だろう。
「まあ、そんなところだ」と、俺はうなじを掻いた。「言っておくが――」
「勇太?」
ああ、クソ。これは同窓会でも始まったのか?
声の主へと視線を向ける。今日、一番聞きたくなかった声だ。
「会長!」大田が、まるで天使でも舞い降りてきたかのように叫んだ。
長い、深い紫色の髪が、その顔を縁取っている。最初は驚き、そしてすぐに、黒曜石のように鋭い猜疑心に満ちた視線が、俺を射抜いた。
**カツ、カツ…**と、彼女のヒールの音が、今は俺たちしかいない静かな廊下に重々しく響く。
「先輩…」俺は呟き、廊下の温度が二十度ほど下がったのを感じた。
「あら、誰かと思えば…」彼女の声に感情はなかったが、その静かな水面下で、抑えられた怒りがグツグツと煮えたぎっていた。
弱々しい笑みが、ほとんど恐怖の痙攣のように、俺の顔に浮かんだ。「部活の集まりかい?へへへ…」
「いいえ」彼女は俺を通り過ぎた。その軽蔑の仕草は、物理的な拒絶に近かった。「大田くんの勉強を見てあげようと思っただけよ」彼女は振り返らずに、ドアの前で立ち止まった。「あなたこそ、ここで何をしているのかしら?」
「復学するんだ」俺は、廊下の向こうに視線を固定したまま答えた。彼女の顔を見ることは、できなかった。
「そう」彼女の返事も同じくらいよそよそしく、その視線は部室の中に向けられていた。
「じゃあ…先輩も一緒に勉強しませんか…?会長?」大田が、その気高くも愚かな試みで、場の空気を和ませようとした。「きっと、溜まってる課題も多いだろうし…」
どういうわけか、その言葉が胸に響いた。こいつは、助けようとしている。
「この人は勉強なんて必要ないわ」
だが、彼女のその一言は、もっと強く俺を打った。胸に、奇妙な痛みがズキンと走る。
「天才ですもの」
彼女は部屋に入っていった。最後の一言が、宣告のように空中に漂う。大田は、困惑した視線を俺に投げてから、彼女の後に続いた。俺は、そこに立ち尽くしていた。
なぜ、こんなに堪える?なぜ、彼女を見捨てたと感じる?なぜ俺は、こんなことを気にしているんだ?
諦めのため息と共に、俺も中へ入った。部屋は記憶の通り。小さな円卓、本と漫画でぎっしりの本棚、床に散らばるカラフルなクッション。二人はもう座っていて、小鳥遊先輩が大田のノートの何かを指差している。
俺の存在に気づくのに、そう時間はかからなかった。大田は居心地悪そうにそわそわとし、哀れにも、板挟みになっている。小鳥遊先輩の方は、俺を見ようとさえしない。
「何の用、勇太?私たち、忙しいのが分からないのかしら?」彼女の声は、純粋な侮蔑だった。
「小鳥遊先輩…」
「何、勇太?」
彼女の視線が、ついに苛立ちと共に上がった。だが、俺の視線とぶつかった瞬間、喉の奥の怒りが死んだ。彼女の緋色の瞳が、俺が浮かべていると知っている表情に、驚いて大きく見開かれた。俺の無関心の仮面は、剥がれ落ちていた。
「ある理由があって、戻ってきたんだ」俺の声は低かったが、部屋の空気をさらに重くさせるほどの、確かな重みが込められていた。「そして、あなたと話す必要がある」
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春先の夜は、風が肌をサッと撫でるまで、その穏やかさに油断させられる。冷たい空気が、俺自身の限界を絶えず思い出させてきた。疲労。その一言では、今の俺の状態を表すには足りない。デスブローから受けた傷が、包帯の下でズキズキと鈍く、しつこい痛みを訴えている。そして、俺の心…そこは、小鳥遊先輩との口論と、ローグさんの氷のような叱責によって撒かれた、自己非難と疑念が渦巻く戦場だった。
だから俺は歩いていた。湿ったアスファルトを叩く俺の孤独な足音だけが、内なる混沌の中の一定のリズムだった。痛みはあったが、歩くことはいつだって、頭の中を整理するのに役立った。この辺りの通り――住宅ビルとシャッターが下りた小さな店が迷路のように続く――には、見覚えがない。普段なら大学からアパートまで一番早い交通機関を使うが、今日だけは…静寂が必要だった。
小鳥遊先輩の、砕けたガラスのように鋭い言葉がまだ反響している。侮辱のつもりだったはずだ。それなのに、なぜか、反論のしようもない非難のように聞こえた。
…どうでもいい。今はただ、観察に徹する。
夜の八時にしては、通りは奇妙なほど閑散としていた。左手には単調な住宅ビル。右手には小さな公園があり、木々の影が底知れぬ暗闇に溶け込んでいる。植え込みがガサガサと揺れた。微かな、ほとんど気づかないほどのそよ風が葉を揺らしていた。だが、その動きにしては、風が弱すぎた。
ピリッと、全身が強張った。何年もの訓練、間違って動く一枚の葉が死活を分ける戦場での生存術が、無言の警鐘を鳴らした。何かが、いる。
脳が危険を処理するより先に、体が本能で動いた。
**ヒュッ!と鋭い風切り音が、ほんの一瞬前まで俺の頭があった空間を切り裂いた。俺は後ろへ飛びのき、隣のビルのレンガの壁に弾丸が衝突するドンッ!**という衝撃音が響いた。
俺の手はジャケットの下に滑り込み、その指は冷たく馴染み深い金属――リボルバーを捉えた。完全なエクソ・チェインメイルなしでは、俺は脆弱だ。だが、無防備ではない。
『貴方の今の体の状況。それに、デスブローの死後、椿理香の警護に直接関わっている者たちのことを考えますと…あなたが一人でうろつく状況にはないはずです。これを、ワイト』
ローグさんの声が、都合よく響く。エクソ・リボルバーが指の中で回転し、その重い銃口が影の中の標的を捉えた。発砲する。プシュッという抑えられた音が、夜の静寂をほとんど乱さなかった。
植え込みに隠れていた何かが、素早い影となって上空へ舞い上がった。ドローンか?水平に横たわる楕円形で、その両端には機関銃のアームがついていた。
**ビュン!**と、また風切り音。今度は、真上から。体が純粋な反射で屈むと、弾丸が顔のすぐそばを通り過ぎ、その熱を感じた。通りの向こう側、小さな住宅ビルの屋上からだ。
奴がいた。夜空を背にしたシルエット、バラクラバを被っている。遠目からでも、その目が驚きで見開かれているのが分かった。俺が避けるとは、思っていなかったのだろう。
クソ野郎が逃げようとする。だが、もう遅い。
**シュルシュル…**と、銀と闇の糸が俺の皮膚を駆け上り、液状の金属の第二の皮膚が服の上に形成される。チェインメイル。数分。傷口が開くまでの、猶予はそれだけだ。
指が金属の鉤爪へと変わる。俺はそれをビルの壁にガッと突き立て、そのざらついた感触も構わずに、一瞬で屋上まで駆け上がった。
奴は屋上の端にいて、隣のビルへ飛び移ろうとしていた。俺が宙を舞うのを見て浮かべたパニックの表情は、ほとんど滑稽だった。
「こいつ、怪我してねぇじゃねえか!」奴は、恐怖で裏返った声で叫んだ。
奴の武器はミニチュアのスナイパーライフルのような、見たこともないモデルだった。どうでもいい。俺はもう、奴の上にいた。掌が開き、腕全体が一本の鋭い刃となって、奴の首を狙う。
奴は避けた。速い。俺の手は奴のバラクラバを切り裂き、現れたのは…若い、衝撃を受けた顔。俺の生徒たちと、そう歳は変わらない。
躊躇は、許されない贅沢だった。その一瞬の驚き、ガキでありながらも敵を排除する瞬間の病的な興奮が…俺の命を奪いかけた。
ドローンが俺たちの横に現れ、エネルギー弾の掃射が俺を後退させる。クソッ、距離を取るために俺を利用している!
エクソ・リボルバーの一射で、青いエネルギー弾がドローンに命中した。墜落はしないが、ドンッという衝撃がその体勢を崩す。ガキが跳んだ。二発撃ったが、奴はもう空中で、こちらに銃を向けていた。一発一発が正確だ。腕はいい。
(だが、ロックオンじゃない。ハンターであるはずもない。)
俺は流れるように避け続けた。一つ一つの動きが、体に刻み込まれた記憶だ。ドローンが俺の前に現れ、隣のビルへの進路を塞ぐ。その射撃は、今やもっと単調で、予測しやすかった。
胴体をメイルで覆い、衝撃を吸収する。痛みは、旧友のようなものだ。それを無視して跳躍し、空中で揺れながら俺を振り落とそうとする機械にガシッとしがみついた。
◇ ◇ ◇
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「話が違うじゃねえか!楽な仕事だって!チョロいって言っただろ!でもこれ、全然チョロくねえぞ!」
あの男、ボトの弾丸を無視して、あいつの上に飛び乗りやがった!そして今、俺のボトの上にいやがる!
片手で、何でもないみたいにしがみついてる。もう片方の手で…あの変なリボルバーのシリンダーをカッと叩いて、ありえない速さで小指でクルッと回し、ベルトから弾を二つ抜くと、親指で**カチャッ!**と装填しやがった!マジかよ?!そんなこと、できんのかよ?!
奴はリボルバーをボトに向け、撃たない引き金をカチカチと引きながら、正しい弾の位置までシリンダーを回して…やめろ、頼む!やめてくれ!
俺はライフルを奴に向けた。一発!一発当てればいい!助けてやるからな、ボト!
バン!
銃声が響いた。青いエネルギーが、紙みたいにボトを貫通し、そして俺の弾は…避けられた!頭を狙ったんだぞ!あんな状況で、まだ避けるのかよ?!
弾の風が、奴の動きに合わせて揺れる黒髪の間を通り抜けた。その目…あの死んだような黄色の目。殺し屋の視線。殺し屋の表情…
こいつ…カッケェ!!!!!!!
待て…俺、そんなこと考えてる場合じゃ…こいつに殺されるって時に!!!!!
ボトが墜落し始めた。あの男は、落下する残骸の上でスッと立ち上がると、俺に向かって跳躍してきた。俺の小さなボトちゃんを、暗い奈落へと落としながら。忘れないぜ、ボト…でも、今はもっとデカい問題が…
あれが、あの悪魔が、こっちに来る。
「来るなぁぁぁっ!!!」
俺にできたのは、そう叫ぶことだけだった。
◇ ◇ ◇
竹内勇太
あのガキの怯えた叫び声が…クソッ。躊躇が、冷たい刃のように俺の背筋をグサリと刺した。『敵だ。脅威を排除しろ』。訓練の声が、親父の声が、ランフレッドの声が、空っぽになった頭の中で反響する。だが、俺にはできなかった。今は、まだ。
奴は再び銃を構えた。銃身が空中でフラフラと揺れ、照準が定まらない。素人のミスだ。空中では支えがない分、的確な一撃を避けるのはほぼ不可能。だが、奴が当てるのは奇跡に近い。そのチャンスを、俺は与えなかった。
エクソ・リボルバーから一発。青みがかった弾丸が夜を切り裂き、奴の胸ではなく、その武器の金属を捉えた。カキンッと乾いた衝撃音、金属的な打撃音がビルの間に響き渡る。奴のミニチュアライフルの銃身が、バリンッと粉々に砕け散った。
「ああああっ!!マジかよっ?!」奴は叫んだ。その甲高い声は、純粋な悔しさが滲む、ほとんど泣き声だった。
奴に反応する時間はなかった。俺はもう奴の上にいて、ドサッと鈍い音を立てて屋上へと着地していた。
「降伏しろ!」俺の声は、命令というよりは唸り声に近かった。拳が奴の顔面に向かって飛ぶ。
「だったら殺そうとすんじゃねぇ!」
奴は叫び返し、壊れた武器の本体で俺の一撃を防いだ。ガギンッ!と金属が衝撃に呻く。俺の体はビリビリと震え、戦いのアドレナリンが、望んでもいないのに制御を奪おうとする。俺は攻撃し、殴りつけたが、このガキは…あまりにも隙だらけだった。一つ一つの動きが誘い水。一つ一つの防御が、がら空きの招待状。
こいつを殺すのは、なんて簡単なことか。
奴が受け流すパンチごとに、俺自身の傷口が悲鳴を上げるのを感じた。動きが鈍くなる。痛みが、アドレナリンでは支えきれないほどの重荷になっていく。奴は息を切らし、瞳には涙が浮かび、その若い顔は恐怖と意地で歪んでいた。
(こんなものに、情けを感じないわけがあるか!クソが!)
「あああっ、もういい!!」俺は、自分自身への我慢の限界を超えた。
「ひぃぃぃっ!!」奴はうめき、ビクッと身をすくめた。
俺は、体に残された最後の速度で踏み込んだ。奴は武器の残骸で攻撃しようとしたが、その動きは遅く、絶望的だった。それを難なくかわし、ただ一撃、正確に、奴の鳩尾に叩き込んだ。
ゴスッ!
ガキが唾を吐き、肺から空気が押し出される。そして、まるで糸を切られたマリオネットのように、俺の腕の中に崩れ落ちた。
「…少し、やりすぎたか…」俺は呟いた。その予想外の重みが、俺自身の疲労を思い出させた。
◇ ◇ ◇
路地裏は、生ゴミと錆びた金属の匂いがした。俺は手首を縛ったガキを肩に担ぎ、路地を進んだ。一歩ごとに、ズシリと激痛が走る。体は冷や汗をかき、再び開いた傷口の痛みは、絶え間ない熾火のようだった。
「ぐっ…」と唸りながら、濡れてふやけた古い段ボール箱の横の壁に、奴を座らせた。「誰かに、連絡を…」
ポケットから携帯を取り出す。視線を下げた瞬間、視界の端が路地裏の入り口の動きを捉えた。あのクソ忌々しいドローン。
奴は撃ってこなかった。ただブォンと、低く脅威的な唸りをあげて、俺が反応できないほどの速さで飛んできた。**ドガッ!**と衝撃が俺を捉え、俺たちを箱の中へと叩きつけた。汚れた地面を転がり、立ち上がろうとした腕が言うことを聞かず、足元がよろめく。
ドローンも墜落し、俺の弾が穿った穴からバチバチと火花が散っていた。だが、奴の方が速かった。俺が体勢を立て直す前に、奴はもう再び宙にいた。
俺はローグさんのエクソ・リボルバーを引き抜き、あの鬱陶しいロボットを鉄屑に変える準備をした。だが、奴は俺の方ではなく、反対側へ飛んだ。銃を向けた時、何かが俺をためらわせた。
機械は、俺とガキの間に浮いていた。奴の前に。二つの機関銃のアームが、わずか数センチではあるが、開かれている。防御の姿勢で。
(こいつ…あいつを、守ってやがるのか?)
機械は空中で「踊り」、腕をフワフワと揺らしている。脅威じゃない。まるで、攻撃しないでくれと懇願しているかのようだ。
俺はリボルバーをしまい、ゆっくりと奴らの方へ歩いた。ドローンはさらに落ち着きなく動き出す。損傷した機体からオイルが流れ落ちる。まるで黒い涙のようだ。(…俺は、こいつを人間視しすぎているのか…)
「もう、お前たちを傷つけたりはしない」俺の声は、思ったよりも柔らかかった。「約束する。」
俺の手が伸び、その金属の表面にそっと触れた。奴は、俺を「見た」のか?その腕が、動きを止めた。
俺は再びガキを担ぎ上げた。こいつを学校まで連れて行く必要がある。(奴の口ぶりからして、傭兵だろう。敵との具体的な繋がりはなさそうだ。今のところは、ひとまず――)
ヒュッ!と、また風切り音。俺は本能的に屈み、自分の体でガキを庇った。弾丸は奴のドローンに命中し、そいつは火花を散らしながらガシャンと地面に落ち、情けなくのたうち回った。
「甘すぎるぞ、軍師殿!」
機械的な声が、路地裏の入り口から降りてきた新たなシルエットから響いた。もう一体のドローン。だが、このモデルは…見覚えがある。
「貴様、どうやって自分のドローンを手に入れた、ランデブー?」俺の声は、抑えられた怒りだった。
「待て、待て!俺は味方だ!誓う!お前の側だ!」機械的な声は、今や怯えていた。そして、別の声に取って代わられた。俺がよく知る、しゃがれた、穏やかな声に。
「ワイト」
俺の首がゴキッと音を立てそうな勢いで振り返った。「リキマル?!」
「その少年を守りたいというお主の気持ちは分かる。じゃが、そう易々と油断すべきではないぞ」リキマルの声が、戦闘機械から、上官の説教として聞こえてきた。
「分かっている…だが、このガキは。何らかの形で使えるはずだ」俺は、再び立ち上がりながら言った。
「ピッ…ピッ…ボッ…」ガキのドローンが、まだ俺の後ろの地面で情けなくのたうち回りながら「言った」。
疲れたため息が、俺から漏れた。「はぁ…それと、こいつのドローンもだ…」




