第1話「隊長の号令」
竹内勇太
馴染みのある匂いが半ば無意識の中に漂い、俺を無理やり意識の表層へと引きずり戻した。揚げ物の匂い、溶けたバターとキャラメル化する砂糖の香り。フライパンで油がパチパチと弾ける独特の音が聞こえる。部屋の静寂を突き破る、しつこいほどの音だ。そしてその向こうで、女性の声が楽しげなメロディーをハミングしているのが微かに聞こえた。
グググッ…
俺は寝返りを打ち、顔を枕の柔らかさに押し付けた。毛布を肩までぐっと引き寄せる。感覚への攻撃に対する、無駄な抵抗だった。しかし、音と匂いは、まるで俺に向かって行進してくる軍隊のように、ますます強烈になっていく。木の廊下を歩く足音が、より重く、しっかりとしたものになっていく。遠かったハミングが、一瞬ごとにクリアに、そして大きくなっていく。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ…!」布に向かってうめき声を上げる。その音は、純粋な朝の苦悶の呻きとして響いた。
バンッ! 俺の部屋のドアが、壁から蝶番を引きちぎりかねないほどの勢いで開け放たれた。
「おはよう、ジャック!朝ごはんの時間よ!」その女性の声は、活気に満ち、ほとんど攻撃的とさえ思える感情で叫んだ。どうして朝のこの時間に、あんなに元気でいられるんだ?
俺の返事は、枕に押し殺された絶望の叫びだった。彼女はおそらく、それを「おはよう」の返事だと解釈しただろう。
「ああああああああああああああああああっ!」
◇ ◇ ◇
小さな円形の木製テーブルが、この窮屈なキッチンではさらに小さく見えた。目の前には、日本の朝食とは到底思えない一皿。山のように積まれた黄金色のパンケーキ、黄身が完璧にとろりとした目玉焼き、そしてカリカリのベーコン。まったく、こんな時間に俺が食べるようなものではなかったが…
「俺たちは今、アメリカ人になったのか?」まだ眠気で重い声で問いながら、カトラリーに手を伸ばした。目は一秒以上開けていることを拒否している。
「ジャックくんの故郷を思い出させるような朝食を作りたかったの。」女は、コンロに向かったまま、背を向けた状態で答えた。彼女は短くて軽いシルクのパジャマを着ていたが、白いリネンのエプロンがその体のほとんどを覆っていた。
「俺はイギリス系だ、アメリカ人じゃない…」俺は、外科手術のような正確さでパンケーキの最初の一切れを切りながら反論した。「…それに、生まれも育ちもずっと日本なんだが…」
「か・ん・け・い・な・い!」彼女は、単語を音節で区切りながら歌うように答えた。流れるような、ほとんど完璧な動きで、彼女はフライパンを持ち上げ、最後のパンケーキを空中でひっくり返した。生地は体操選手のように回転し、熱い金属の上にふわりと着地した。
その砂糖まみれの生地を口に運ぶ。味は…懐かしかった。一口ごとに、優しい甘さとふわふわの食感が思い出させた。俺がコンロの前に立ち、他の誰かのために同じものを作っていた頃を。
彼女は自分の皿をテーブルに置き、椅子を引いて俺の前に座った。カトラリーを手に取る前に、肘をテーブルにつき、両手で顔を支え、俺をじーっと見つめてきた。その笑顔は、皮肉と、愛嬌と…そしてイライラの危険なミックスだった。
「でぇぇぇぇぇっ??」彼女の、海の底のように深い青緑の瞳が、明らかな挑発で細められた。
まだ咀嚼しながら、パンケーキのかけらを飲み込む。目は閉じたままで、ほとんど眠りに引き戻されそうだった。直接見ていなくても、彼女の顔から期待がキラキラと放たれているのを感じる。
「もっと美味いものを食ったことがある。」
「なんですってぇ?!よくもそんなこと言えるわね?!」彼女は椅子から飛び上がらんばかりで、その大げさな反応に、エプロンとは対照的な紺碧の髪が揺れた。それだけじゃない。一つのネックレス。中央に小さな赤い宝石がついたオニキスの十字架が、彼女の憤慨に合わせて胸元でぷらぷらと揺れている。
「ただ事実を言っただけだが…」
「わかったわ…あなたって、本当に女の扱い方を知らないのね…」彼女は怒りに任せてカトラリーを手に取り、自分のパンケーキに襲いかかった。
俺の眉がぴくりと上がった。「おい…嘘をつけとでも言うのか?」
「違うわよ!でも、男がイイ女を欲しければ、名前だって偽るものよ!」彼女の声は、咀嚼しながら話しているせいでくぐもっていた。誰がこんな女を欲しがるんだ…?「ちょっと!そんな目で見ないでよ!」
俺は彼女をジロリと睨みつけた。純粋な侮蔑と軽蔑の眼差しで…「なぜそんなことを言うんですか、隊長?」
彼女はナイフを持った左拳をテーブルに**ドンッ!**と叩きつけた。パンケーキのかけらを乗せたフォークを持った右手で、俺を指差す。「あら、ジャック?なぜわたしがそんなことを言うか、分かってるでしょ!」彼女はフォークを口に運んだ。その勢いは、金属が口から出る時に歯ごと持っていかれてもおかしくないほどだった。
「もっと自分を出しなさいよ!もっと男らしく!」俺のまぶたが、怒りでピクピクと震えた。「あなたって、いつも…『あぁ、俺はなんて陰鬱なんだ。見てくれ、この冷徹で計算高い俺を…』って感じなんだから」彼女はイラつくポーズをしながら、俺の声を真似た。この女…
彼女はナイフをテーブルにグサリと突き刺し、立ち上がって椅子に片足を乗せ、再びフォークを俺に向けた。そして叫んだ。「自分を曝け出しなさい、ジャック!そうすればキヨ—」
「黙れッ!!」
◇ ◇ ◇
流れる水が、俺の手に冷たく当たった。彼女が食事を作ったのだ。最低限、後片付けは俺がしなければならない。フェアだろう。
蛇口から落ちる小さな水の流れ、そのほとんど完璧な噴射は、心地よい光景だった。水がはね返らないように、スプーンを逆さまに置く。平和な時間だった。ただ水の音と、水切りかごに置くたびにカトラリーがカチャンと鳴る音だけ。白く、滑らかで、磨かれた皿。ほとんど自分の完璧な反射が見えそうだった。
俺の、そして、とある誰かの。
彼女は後ろのテーブルに座っていた。脚を組み、腕をテーブルに乗せて、不機嫌で退屈そうな顔を支えている。この女、俺の倍近くの歳なのに、まだ拗ねた子供みたいに振る舞うのか?頼むからやめてくれ…
「ジャァァァック…」なぜだ?なぜ彼女は五分も黙っていられないんだ?!
「…なんです?」振り返らずに答えた。
「今日、ミクとあの上品なパーティーに行くんでしょ?」
俺の手が止まった。完璧だった水の流れが、動かなくなった俺の拳に当たって不規則になる。
「ええ。」
「インペルスがそこにいるって、本当に確かなの?」彼女の、それまで甘ったれていた声が、一瞬で真剣なものに変わった。俺がよく知っている声。指揮官の声。ティアマット隊長の声だ。
「その可能性は高いと考えています。インペルスの正体に関する手がかりはすべて、このガラ・パーティーを指しています。」俺は皿洗いに戻り、最後の皿を水切りかごに置いた。
彼女は、まだテーブルの上にあった手のひらに顔をうずめた。「ふぅぅぅん…」と、ただうめいた。
「何かご異存でも、隊長?」蛇口を閉める。振り返り、シンクの隅に放ってあった布巾で手を拭いた。
彼女は窓の外を見ていた。朝の陽射しが、彼女の顔に弱く当たっている。その眼差しは、ぼんやりと退屈そうだった。彼女は俺の倍近くの歳だ。だが、信じられないほど美しいことは、否定できなかった。
「あれ?」彼女は驚いたように声を上げ、我に返った。「ううん、ううん!もちろんないわ!」彼女は微笑み、腕を振って否定した。その大きな笑顔が彼女の唇を照らす。「あなたを信じてるわ、ジャック。」彼女は立ち上がり、椅子を元の場所に戻した。自分の部屋へ向かおうとしたが、入る前に立ち止まった。そして、俺の方を向いた。
その眼差しは…集中し、真剣で、決意に満ちていた。
心を奮い立たせるような。
「だって、わたしが直々にわたしの軍師として選んだんだもの、ワイト。」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
俺たちの家、あるいは隊長が好んで呼ぶ「秘密基地」の前。小さなアパートで、喫茶店の上にある。喫茶店は実際に営業しているが、オーナーは俺たちの仲間で、あの場所を作戦基地として使っている他のエージェントだ。俺と隊長には行くところがなかったので、ここに住んでいた。
「パーティー、頑張ってね、ジャック。」彼女は言った。今はもっとカジュアルな服を着ている。あの朝食から、もう一時間近く経っていた。
「ありがとうございます。あなたは他の皆と、千葉港の密輸の件を調査するんですよね?」
「そうよ!慎くんが明らかに怪しんでるけど…ただ無視するわけにはいかないもの。」彼女は疲れた笑みを浮かべ、肩をすくめて答えた。「じゃあね。また後で、ジャック!」
彼女は背を向けて、自分の道を進んでいった。俺は彼女が遠ざかっていくのを、喫茶店の前でまだ立ち尽くしながら見ていた。
まさか今日ここに戻ってきて、この日のことを思い出すなんてな…
「今、この同じ喫茶店の前に立っている。そこはもう、廃墟だった。新鮮なコーヒーの香りは、カビと廃墟の匂いに取って代わられていた。かつては非の打ちどころのなかった窓も、今は埃に覆われている。三年前、ここに住んでいたなんて信じられない。」
ほとんど破壊されたそれを見ると…あの日が蘇ってきた。ここでの、俺の最後の日が。
あの日、俺は失敗した…
もしあの時、知っていたなら…お前を失うことになるなんて…俺は全てを違うようにしていただろう、隊長…
「会議にこの場所を使うなんて…控えめに言っても、少し無神経だな…」俺の声は低く、過去の亡霊たちへの囁きとなった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
古びた*喫茶店の中は、埃と湿った木、そしてかつてここで淹れられたコーヒーのほろ苦い幻影の匂いが充満し、空気が重かった。テーブルは運び出され、汚れた床には墓石のように淡い輪郭だけが残っている。煤で覆われた窓からは、午後の灰色の光が辛うじて差し込み、店内を永遠の薄闇に沈めていた。まったく、会議にこんな場所を使う理由が分からない…
コツ、コツ、コツ…
静寂の中、二階の床から軽い足音が響いた。不思議と、聞き覚えのある音だった。古びた厨房のドアが、ギィ…と不平を言うように開く。そこから現れたのは、褐色の肌を持つ女性。長い銀髪が滝のように肩にかかり、この廃墟の中で鮮やかなコントラストを放っていた。サファイアのように輝く二つの青い瞳が、俺を上から下まで、値踏みするように見つめた。
「よう、丹生谷さん…」俺は感情を一切排した声で言った。疲れたように、小さく手を挙げる。壁だ。いつも彼女に対して築き上げる壁。
「ジャッ…」彼女は満面の笑みを浮かべ、純粋な喜びがその顔を照らしたが、俺の古い名前の途中で言葉を止めた。「勇太ちゃん!!」
彼女はほとんど飛びかかるように、俺の腕の中に飛び込んできた。細身だが、その腕は弱々しくはない。ランフレッドとの戦いで負った肩に、鋭い痛みが走る。**ズキッ!**俺は顔に出さないように堪えた。
「すっごく心配したんだから!戦闘の後、すぐ気絶しちゃったでしょ!隊長も美月ちゃんも、全然会いに行かせてくれなくて!本当に嬉しい!!」俺の胸に押し殺された彼女の声は、純粋な感情で震えていた。
「そないなことしたら、そいつ死んでまうで。まあ、別にええけどな。」
男の声が、気だるく、皮肉っぽく、戸口から響いた。よく知っている声だ。褐色の肌、短い黒髪、そして同じく鋭い青い瞳。
「あ!ごめんね、勇太ちゃん!」丹生谷さんはパッと俺を解放し、一歩下がった。その瞳は今、甘く、心からの心配を浮かべて俺を検分していた。
「…よう…慎…」俺は息を切らしながら答えた。肩の痛みが全身に広がっていく。退院してから、まだ二日も経っていないというのに…
「おう…」慎は頷き一つで返した。その声も、同じく気力がなかった。
「ちょっと!なんで彼だけ名前で呼ぶのよ!あたしは『丹生谷さん』なのに!」彼女は頬をぷくっと膨らませ、慎を指差して文句を言った。まるでおもちゃを取り上げられた我儘な少女のような声だった。
「あぁ、悪い、悪い…」俺はできるだけ穏やかな態度を装い、両手を二人の間に置いて宥めるように言った。「癖なんだ…六花さん。」
彼女はまだ俺を横目で見ていた。その瞳は抑えられた怒りで細められていたが、どういうわけか…可愛かった。
「…六花ちゃん…」
一瞬で、彼女の表情が変わった。顔が和らぎ、甘い笑みが唇に咲き、俺がそう呼んだことに明らかに満足しているようだった。
慎は、まだ戸口に寄りかかったまま、呆れたような、軽蔑したような目で俺たちを見ていた。「ほな、お前がここにおるっちゅうことはー」
「おおっ!先輩!」
慎の言葉を遮る叫び声に、彼はさらにイラついた顔になった。オレンジ色の髪の男が厨房から走ってくる。その瞳には懐かしさが宿っていた。彼は手を振っていたが、俺の視線はその手に釘付けだった。普通に見えるが、そうではないことを俺は知っている…
「和哉…」彼は俺の前に立ち止まり、唇には快活な笑みを浮かべていた。握手を求めようと手を伸ばす。俺はその代わりに、彼の手首を掴み、ぐいっと引き寄せた。
和哉は、混乱して俺を見つめた。だが、すぐに察したようだ。彼だけじゃない、そこにいた全員が。
俺の視線は、彼の手の上で彷徨っていた。虚ろで、悲しげに…「…俺の、せいだ…」お前の腕が義手になったのも。お前の脚がお前のものじゃなくなったのも。お前の臓器が、人工物になったのも…
俺が驚くほどの暴力性で、和哉は手を振り払った。だが、次に彼がしたことは、俺が予期していなかったことだった。
トン。
彼は拳を握りしめ、俺の胸にしっかりとそれを当てた。「アンタのせいじゃないですよ、勇太先輩。」
彼の決意に満ちた笑顔。その瞳に宿る炎。和哉は、まだ立ち上がり、前に進むことができたのだ。
「フェーダル・ナイツの頃から、アンタは俺のことを尊敬してるって言ってくれた。先輩って呼んでくれた…なのに、俺がアンタを守るべきだった時に…俺がもっと強くあるべきだった時に…俺は怒りに我を忘れた!そのせいで失ったのは、ティアマット隊長だけじゃない!」俺は見た。彼の瞳の奥の虚無を。挫折を、怒りを。
俺は、本当に役立たずだ。こいつらはもう乗り越えた。前に進んでいる。あの頃、俺はクルセイダーだった。そして今、全員が俺を追い越していった。そして俺はまだ、ここにいる…自分の失敗を、ただ反芻しながら。
「俺が、もしー」
ゴスッ!
乾いた衝撃が、俺の後頭部を襲った。視界が霞み、俺は膝から崩れ落ちた。
「俺がどうや!俺がああや!確かにお前は役立たずや!クソ野郎や!せやけどな、自分だけが地獄に落ちたみたいなツラすんなや!」
慎が、俺のシャツの襟首を掴んだ。その顔は、苛立ちと挫折で歪んでいた。
「慎ちゃん!」
「慎!」
六花と和哉が叫び、彼を止めようとする。
「せやから、もう泣き言はやめえ!このドアホが!」奴の拳が、俺のシャツの襟を握りしめている。体はまだ痛む。足の感覚がはっきりしない頭が、はっきりしない。
「プッ…」
俺の唇から、それが漏れた。弱々しい、情けない笑い声が。
慎は動きを止めた。そして、笑った。彼は俺を解放し、俺は床に座り込んだまま、彼と一緒に笑った。「アホやろ、お前」彼は、俺が立ち上がるのを手伝うために手を差し伸べた。俺たちは二人で笑い、痛みと挫折を押し殺していた。いつものように。
「いつも同じだな…」和哉が、無表情にコメントした。
「ライバルって、なんて…!!!男の子っぽいの!」六花が、奇妙な興奮で目をキラキラさせてコメントした。
「悪かったな、さっきのパンチ」俺が立ち上がると、慎が謝った。
「平気だ。俺がもらうべきだった」慎は軽く微笑み、俺の背中を強く叩いた。
「おや、再会は済んだようだな」イラつく声が、正面のドアからした。
「隊長!」三人が声を揃え、ドアの方にいる金髪の男を向いた。
「兄上…」と、俺は呟いた。
「ここでは、私をテュートニックと呼べ、ワイト」彼の声は真剣になり、空気を切り裂いた。明確なメッセージ。再会は終わった。会議が、始まろうとしていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
会議は、俺たちがアジトとして使っていた埃まみれのカフェの残骸で行われたわけではなく、驚くほど片付いている裏の部屋で行われた。外のカオスとの対照は歴然だった。壁の塗装は長い帯状に剥がれ落ち、その下から古い傷跡のように青白い石膏が覗いていたが、滑らかなコンクリートの床は掃き清められていた。
剥き出しの電線で天井から吊るされた一つの電球が、金属製のテーブルといくつかの折りたたみ椅子の上に、病的な黄色い光を投げかけ、長く踊るような影を作り出していた。この小さな空間の整然さは、それを取り巻く退廃への侮辱のように思えた。
「ここ…掃除したんですね…」
俺はそう口にした。俺の声は閉ざされた空間に響き、意図したよりも大きく聞こえた。
六花は微笑み、その青い瞳にいたずらっぽい輝きが宿った。「あたしたち、何日かここに泊まるから、片付けたのよ」彼女は猫のような仕草で近づき、ほとんど喉を鳴らすかのように言葉を紡いだ。「いつでも会いに来ていいからね、勇太ちゃん。」彼女はパチッと、お茶目にウィンクしてみせた。
俺は無表情を保ったまま、反応しなかった。だが、思考が俺の心をよぎる。それを遮る前に…
(…可愛いな。)
他のメンバーはもう揃っていた。慎、和哉、そして木村が、皆カジュアルな服装で、テーブルの近くで緊張した面持ちで固まっている。兄上――エドワード、世間ではテュートニックとして知られている――は、ジーンズに黒シャツという格好でも、普段俺が見慣れているよりもずっと真剣な顔で立っていた。その存在は、部屋の酸素を吸い取ってしまうかのようだ。
桜井さんは、シンプルなブラウスの上に学校の緋色のブレザーを羽織り、唯一フォーマルな雰囲気を保っていた。短い白髪交じりの髪が、全てを捕食者のような静けさで見つめる赤みがかった瞳にかかっている。
そして、兄上の隣には、年配の男性が立っていた。後ろに撫でつけられた白い髪、そして何十年もの任務の重みを宿しているかのような、淡い青色の瞳。アーロン・ルートヴィヒ、兄上の師の一人であり、ドイツ最強、いや、あるいは史上最強のクルセイダー。その静けさ自体が、一つの力だった。
「ローグさんは?」俺は沈黙を破り、兄上を見ながら尋ねた。
「彼女は休暇を申請した」テュートニックは答えた。その声は硬く、議論の余地はなかった。「弟の社会復帰の面倒を見たいと。」彼は俺を横目で見た。その金色の瞳が俺を貫く。「彼の担当教師も入院していたのでな…」
無論…俺の胃がキリッと収縮した。(俺の…せいだ…)俺の戦略の失敗で。田中くんは戦闘で死にかけた。骨折、痛み…俺のせいで…
誰かが何かを言う前に、テュートニックは感傷に浸る時間を与えなかった。彼は単刀直入に、刃のように空気を切り裂く声で会議を始めた。「ワイトをこの任務部隊に残したくはありません、桜井様。」
部屋の空気が重く、濃密になった。木村と六花が即座に、憤慨したコーラスで抗議した。
「はぁ?!」
「隊長、そんなこと――」
エドワードはただ片手を上げ、それに続いた沈黙は絶対的なものだった。「彼には大学に戻ってもらう」彼は続けた。その声には、冷たい怒りが込められていた。「スサノオの監督下で、社会復帰プログラムにだ。」
「待ってください、なぜです?!」と木村が抗議した。
「隊長、そんなことできません!」と六花が言い張ろうとした。
「できる」と彼は遮った。「そして、そうする。」
それまで静かに観察していた桜井さんが、コホンと咳払いをした。「テュートニックくん、椿くんをどう守るつもりか、聞いてもよいかな?」
「彼女はナイトの一部隊の保護下に置かれます」と彼は、まだ真剣な目のまま答えた。
「そして、それを監督するために、お主はどのくらい日本に滞在するつもりじゃ?東アジアでの任務に、彼女を連れていくつもりか?それとも、警備員に囲ませた家に彼女を閉じ込めるのが最善の策かね?」彼女の声は穏やかだったが、一言一言がナイフのようだった。「我々が相手にしておるのは、この件に深く関わりすぎた十代の少女じゃ。ゲートは、最大の資金提供者の『敵』を保護するために、これほど多くの資源を投入することを、本当に支持するのかのう?」
「それについては私が――」テュートニックが答えようとしたが、重々しい手が彼の肩に置かれた。「彼女の言う通りだ、エドワード。」ルートヴィヒさんの声は低かったが、兄上を強張らせるほどの権威があった。
「先生!」エドワードの声には、嫌悪がはっきりと感じられた。彼は学校での椿さんの保護には同意できても、俺に対する頑固さは別の話だ。「彼女をあなたの学校の庇護下に置く理由は理解できます、桜井様。ですが、ワイトをあなたの部下の一人として維持する理由は、まだ見当たりません。」
「なぜじゃな、テュートニックくん?」桜井さんの声は柔らかく、ほとんど捕食者のようだった。「お主の弟を守るためかえ?」
今日初めて、俺は兄上が築いた壁にひびが入るのを見た。「それが理由の一つだと言えば、嘘になります。」
「ほう。では、彼が手懐けにくい犬だから…かのう」桜井さんはそう言った。その声には、皮肉と挑発が込められていた。俺でさえ、その口調にはイラッとした。
部屋は息を呑んだ。罠は、仕掛けられた。
「ティアマット隊長が亡くなった時、ワイトは数週間姿を消した」彼女は俺の方を向いて続けた。「お主は、インペルスに関する情報を持つとされた容疑者たちを追った。そうじゃな、勇太くん?」
「…はい」と、俺は認めた。
「待てよ。つまり、情報屋が消えたのは…」和哉が、過去について考えを巡らせながらコメントした。
「勇太が殺したんや!」慎が爆発した。怒りが溢れ出している。
「そのせいで、勇太ちゃんがインペルスが現れる場所を知ってたんだ…」と六花が付け加えた。
「あれでレヴナントとの一件が遅れたんだ」と和哉は、その記憶の重みを帯びた声で言った。「でも、そのおかげで先輩はインペルスを仕留めた。」
「現れた途端に死んだがな」とエドワードが、軽蔑して言った。
「じゃが、彼が世界に与えた影響は、今日まで残っておる」桜井さんは言い返した。「デスブローを解放したのは彼じゃ。中国と韓国でのテロを画策し、彼のせいで、ほとんど壊滅しかけていたファントムが世界中で再興した。ゴールデン・タイガーが東アジアに呼ばれたのは、そのためじゃ。」彼女は止まらず、その視線はエドワードに固定されていた。「お主は、椿くんが殺されることを恐れておるのではない。勇太くんがゲートに反旗を翻し、神未来に進軍することを恐れておるのじゃ。違うかな?」
エドワードは目を閉じ、深く息を吸った。まるで、顔に叩きつけられた情報を消化しているかのようだった。
「私がこれを受け入れたのは、フラヴィアンとアレクサンダーを守るためだけです」と俺は言った。俺自身の声が、遠くに聞こえた。「そして今――」
「フラヴィアンが巻き込まれたのは、お前のせいだ」と、彼は俺を遮った。
「申し訳ありません、兄上」と俺は呟いた。「ですが、私はまだ戦わなければなりません。」
「勇太くんをコントロールすることに、私は何の問題もありません」桜井さんはそう言って、全員の注意を引いた。皆が彼女の方を向く。「一度彼をコントロールできなかったから、お主は恐れているのかもしれんのう、テュートニックくん。じゃが、私にはできる。」
「どうやって?」とエドワードが尋ねた。
「犬を手懐けるには、褒美を与え、行儀が悪い時にそれを取り上げるだけでよい。」彼女の視線が、俺と交わった。「彼の褒美は、もう彼のものじゃ。じゃが、私はいつでもそれを取り上げることができる。」
俺の血が、血管の中で凍った。「まさか、彼女たちをリクルートしようと?!」
「フラヴィアンくんは無理じゃな、彼女はシルバーハンドの庇護下にある。じゃが…花宮くんのことで腹を立てるのは、お主以外に誰がおるかね、ジャック?」彼女の笑みは、残酷だった。
「彼女に近づいてみろ!」俺の声は脅しとなり、あらゆる丁寧さは忘れ去られた。
「なぜじゃ?彼女は素晴らしいインクイジターになるじゃろう。何しろ、優れた推理力を持っておるからのう」桜井さんは嘲笑した。
挫折感が燃え上がった。(彼女たちを守るため…ゲートのこの汚い世界から遠ざけるため…そのためには、俺がもっと深く、この世界に潜らなければならない。)
俺はため息をつき、敗北を認めた。これこそ、桜井さんが望んでいたことだ。俺が、彼女が望む「軍師」になることを。俺は兄上を見た。「私は、父上に軍師になるよう育てられました、兄上。」俺の視線は集中し、彼と同じ、シルバーハンドの眼差しだった。「クルセイダーであること、ワイト・ガントレットであること、それが、私に残された全てです。」
エドワードはまだ納得していないようだった。彼は不信の眼差しで俺を見ていた。だが、その目が桜井さんに移った時、それは変わった。彼の眼差しは今や冷たく、殺意に満ち、そして穏やかだった。俺が父の目に見た、同じ眼差し。
「スカーレット様は、ゲートの他の指導者たちからあまり快く思われていません。そして、クルセイダーチームの隊長として、私の行動にどの指導者も管轄権を持ちません。」彼は彼女の目をまっすぐに見つめた。あまりに鋭く、彼女を真っ二つに切り裂くかのようだった。「今、私が処刑を命じたとしても、誰も気にはしないでしょう。」
〝不敗の元帥〟。クルセイダーチームの隊長として、そのような称号を受けた唯一の者。クルセイダーはゲートの精鋭となるべく作られた。だが、クルセイダーのみで構成された部隊の出現――どんな脅威をも、危険を問わず殲滅するために生まれた――により、彼らはゲートのどの指導者からの命令もなしに行動する独立性を得た。
世界中にゲートの支部があり、桜井さんのように部下に対して絶対的な権力を持つ指導者がいても、どの指導者もクルセイダーチームに対して管轄権を行使することはできない。たとえ支援や、国際的な指導者たちとの投票があっても、兄上はそう簡単にその地位を降りることはないだろう。不敗の元帥。ここ、今、その行動において。彼こそが、権威なのだ…
「あなたは家族への不満に影響されているのですね、テュートニックくん!」桜井さんは声を張り上げた。その口調に苛立ちが高まっている。
「なんですって?」兄上は目を細め、苛立ちが血管で脈打っていた。
「落ち着け、レイコ」ルートヴィヒさんは、穏やかな声で言った。
「今はダメよ、アーロン!」しかし、桜井さんの声はもっと大きく、張り詰めていた。
俺だけでなく、部屋にいた他の者たちも、校長の声の怒りに後ずさるのが見えた。ルートヴィヒさんは犬のように静まり返り、六花と和哉は怯えたように彼を見ていた。「ルートヴィヒさんまで?!」
それまで無関心を装おうとしていた慎でさえ、恐怖が支配するのを見て、目を見開いていた。
俺と木村はと言えば、驚いていた。何しろ、校長が怒りに負けるのを見たことなど、一度もなかったのだから。
「あなたが望む管轄権が何であろうと!神未来の件で何を企んでいようと、どうでもいいわ、テュートニックくん!」彼女の声にはもはや中立性はなく、ただ怒りだけがあった。「でも、一人の生徒が死の宣告をされた。私の教師たちと生徒たちが、戦いに巻き込まれた!そして、ゲートと『あなた』の無能さが、私の学校での争いを引き起こしたのじゃ!」
しかし、兄上だけが、まだ真剣に彼女を見ていた。彼は指一本動かさず、後ずさりもしなかった。ただそこに立ち、彼女の目を見つめ続けていた。
「だから、あなたがどんな命令を下そうと、どうでもいい!もしそれが私の学校でまた争いを引き起こすなら、ゲートの基地に侵入する元エージェントを心配しなければならないのは、あなただけじゃないわ!」彼女の細められた目は、固く、脅迫的で、兄上の目をまっすぐに見つめていた。
それに続いた沈黙は、耳が聞こえなくなるほどだった。ただ、俺たちの頭上で点滅する古い電球の音だけ。
ゴクリと唾を飲む。だが、エドワードの視線は冷たく真剣に、俺の方へ向いた。
「お前が学校に留まり、椿理香と他の生徒たちの保護のためにクレリックとして活動することを許可する。」
皆が顔を見合わせた。木村の顔に浮かんだ勝利の笑みが見える。そして六花と和哉は、兄上の視界から隠れて、静かに祝っていた。
桜井さんは椅子に座り、その眼差しはまだ張り詰めていたが、少し落ち着いたように見えた。ただ慎とルートヴィヒさんだけが、無反応のままだった。
「だが!」彼の声が、祝いの声を遮った。「私を納得させる計画を提示した場合のみだ。」彼の目は細められ、命令というより挑戦のように、彼は言った。「二週間やる。」
俺は言葉を失った。
「二週間?」思わず、驚いて口走ってしまった。彼のそんな言葉を予期していなかった。それに、クルセイダーチームのクソ隊長を納得させる計画を二週間で考え出せだと?本気か、兄上?!
「一週間だ」と彼は、穏やかに、しかしさらに挑戦的に言った。
「一週間?!」
「ほう?お前は天才軍師じゃなかったのか?この会議のことを知る前から、すでにお前がいくつかの道筋を描いていたことは知っている。」彼は去ろうと振り返り、ドアの前で立ち止まった。「では、そうするがいい。好きにしろ。」
彼は振り返り、最後にもう一度俺を見た。
「ワイト・ガントレット。」




