第8話「最後の教え」
マルセル・ランフレッド
酒井家の屋敷の廊下は、まるで墓場のようだった。線香の匂いが鼻をツンと突き、新しい畳のワニスと、外の庭の湿気が混じり合う。俺の一歩一歩が、圧し掛かるような静寂の中、金槌のようにコツ、コツと響き渡る。
俺、マルセル・ランフレッドは、断ることのできない招待状に引っぱられ、日本にいた。
(なぜ奴は俺を呼んだ?)
ウィリアム・シルバーハンド。その名だけで、胃がキリキリと痛む。非の打ちどころのないスーツに身を包み、貴族のように優雅でありながら、そのオーラは刃のように鋭い男。白髪交じりの金髪、氷のように突き刺す青い瞳、口元を覆う口髭と、彫刻のような短い顎髭。奴はただ力があるだけではない――底なしの深淵だ。いつ足を踏み外して落ちてもおかしくない。
書斎では、光を飲み込むかのようなマホガニーの机の後ろで、奴が待っていた。組まれた両手の向こうから、その青い瞳が、俺が抱える汚い秘密のすべてを知っているかのように、じろりと俺を解剖していた。
(奴は俺が何者か知っている。デスブローのことも。)
俺の思考は、グルグルと渦を巻いていた。なぜ俺を日本まで?この男は何が望みだ?他のファントムの指導者どもは「奴の支持を得ろ!」などと喚いていたが、シルバーハンドは駒ではない。奴こそがプレイヤーで、俺は奴の盤上で震えているに過ぎない。
(この男は危険だ。指をパチンと鳴らすだけで、俺を破滅させられる。)
「あなたには大きな期待をしていますよ、ランフレッド殿」奴の声は柔らかいが、空気がズシリと重くなるような圧があった。
「なぜ、私を?」喉がカラカラに渇き、手の震えを隠しながら尋ねた。
彼は直接答えず、代わりにドアを開けると、一人の少年が入ってきた。九歳くらいか。短く整えられた黒髪に、鈍く、死んだような黄色の瞳。魂がそこから抜き取られたかのように、その表情は空っぽだ。まるで、見えぬ糸で操られる傀儡のように。
「息子のジャックです」シルバーハンドが紹介した。
少年はペコリと頭を下げた。英国の血を引いているにもかかわらず、その日本の所作は正確無比だった。
息子?なぜ私に?
「彼を鍛えていただきたい」シルバーハンドは、単刀直入に言った。
(鍛える?このヒョロヒョロのガキを?)怒りと混乱が混じり合う。先にカードを切ることにした。
「シルバーハンド様、レッド・ファントムは貴殿の帝国を高く評価しております。我々の目的は一致している。共に手を組めば、力の均衡を覆し、ゲートを叩き潰すことも…」
奴は、手の仕草一つで俺の言葉を遮った。その青い瞳が、虚無のように冷たくギラリと光る。「ファントムと手を組む気はありません。ですが、あなた方とは共通の利益がある」
「共通」という言葉が、脅しのように響いた。「ゲートもファントムも、同じ穴の狢。ですが、私は月光刃を評価していました」
月光刃だと?
「我々が彼らの灰の上にファントムを築き、その影響力を破壊したことがお気に召しませんでしたか?」
彼は否定したが、声は硬くなった。「あれで大金を失いましたので」
「金、ですか?」思わず声が出た。「彼らに資金を?」
「直接ではありません」と、奴は表情一つ変えずに答えた。「ですが、月光刃には礼儀があった。掟も、誇りもあった。ファントムは?まるで狂犬の群れだ」
奴の目が俺を捉え、足元の床が消えるような感覚に陥った。ふと、気づいた――壁、天井、部屋の隅々まで何かが隠されている。センサー、カメラ、おそらくは自動小銃まで。ジーンと、ほとんど聞こえないほどの低い唸りが、空気を震わせていた。
(囲まれている。)
奴は俺を完全に掌握しており、俺に逃げ場はなかった。
「ファントムがここ数ヶ月で引き起こした破壊は、シルバーハンド社に大きな損害をもたらしました」彼は続けた。その声は低く、一音一音が刃のようだ。「そして、ランフレッド殿、あなたにはその代償を払っていただく」
俺の声は張り詰め、ほとんど唸り声に近かった。「私が、なぜそれを?」
彼はゆっくりと振り返った。その動きに、恐怖が俺を波のように飲み込んだ。
「私が貴殿らについてどれだけ知っているとお思いかな?」その口調は楽しげですらあったが、その目は…底なしの深淵だった。「デスブロー、レッド・ファントム、世界で最も危険な男の一人…笑わせる」
彼は一息置き、空気がさらに重くなった。
「望むなら、明日にでもファントムの指導者の一人をゲートに引き渡せます。あるいは…貴殿らの全作戦、全てのアジト、全ての計画を。どれだけ持つか、賭けてみますかな?」
心臓がドクン、ドクンと跳ね上がる。冷や汗が首筋を伝った。(奴は裏社会を支配している。全てを知っているんだ。)
「少年を…鍛えろと?」かろうじて絞り出した声で、俺は聞いた。
彼はただ、虫けらを見るかのように、傲然と俺を見つめていた。
「ええ。彼を鍛えなさい。そして、私を失望させないように」
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何ヶ月も、俺はそのガキを日本で鍛え上げた。それは単なる戦闘訓練ではなかった――技術、戦術、戦略。肉体、精神、魂。英国海兵隊特殊部隊で、血と恐怖だけが仲間だった夜に俺が学んだすべてを、奴に叩き込んだ。
俺は奴が嫌いだった。ジャックは弱く、哀れで、剣を握るだけでぷるぷると震えるようなガキだった。だが、あの目…あの父親と寸分違わぬ黄色の瞳は、俺には理解できない何かで燃えていた。俺に挑戦し、俺を矮小な存在だと感じさせるような、あの眼差し。
(なぜこのガキは、俺をこんな気持ちにさせる?)
俺が知るすべてを教えた。なぜか?奴が、俺が唯一「弟子」と呼んだ存在だったからか。あるいは、奴の中に、俺が決して持てなかった何かを見ていたからか。
蒸し暑い夏の日、酒井家の屋敷近くの道場。ジージーと鳴り響く蝉の声が耳を劈き、熱気が第二の皮膚のように肌にまとわりつく。俺は縁側に座り、庭から漂う湿った土の匂いを嗅いでいた。
ジャックがズカズカとやってきた。十回連続で型を崩し、その顔は悔しさで真っ赤になっていた。隣に座るよう命じると、奴は強張った体で従った。
「なぜ静止していなければならないのですか?」奴の声は鋭かった。「なぜ今すぐ、本当の訓練ができないのですか?」
俺は半笑いを浮かべた。「俺にぶっ壊されるのがそんなに待ちきれないか、ガキ?」
彼は前を向いたまま、拳をギュッと握りしめた。「僕は強くならなければ。父上のために」
その「父上」という言葉の重さに、俺は動きを止めた。それは敬意以上――狂信的なまでの献身だった。
「鋭く、落ち着いた心は、強い肉体や完璧な技術よりも重要だ」俺の声は硬かったが、自分でも驚くほどの忍耐が混じっていた。奴はキョトンとして、混乱している。俺は庭の職人たちを指差した。「もし、見つからずにあの屋敷に侵入するとしたら、どうする?」
彼は影に紛れて警備を避けるという、穴だらけの甘い計画を語った。俺はフンと、切りつけるように笑った。
「愚か者が」
「なぜです?」奴の目がギラリと光る。
「お前は隠れる。だが、もし一人が偶然お前を見たらどうする?」
「戦います!」
「間違いだ」俺の声は、鋼のように冷たかった。「見つかる前に、避けられない者を殺し、死体を隠す。奴らが、お前を見る機会を得る前にだ」
奴の目が大きく見開かれた。「なぜです?見られてもいないのに」
「決して捕まってはならないからだ」俺は、一言一言に重みを込めて言った。「偶然の入る隙などない。変数を排除するんだ。――情け容赦なくな」
奴は、その言葉を舌の上で確かめるように、低く繰り返した。「情け…容赦なく…」
俺は奴の肩に手を置いた。シャツの下の脆い骨を感じる。「お前の父上が望む道を進むのなら…他者を恐れるな。目的を果たすための一命を刈り取ることを、躊躇うな」
奴は俺を見上げた。その黄色の瞳が輝き、一瞬、傀儡の奥にある何かが見えた――一つの火花、何にでも成り得る虚無。
(結局、俺は奴と繋がってしまった。俺が持った、唯一の弟子。怒り以外の何かを感じさせてくれた、唯一の存在。)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
藤堂光
私は立ち尽くした。心臓がバクバクと高鳴り、目は目の前の戦いに釘付けになっていた。破壊されたホール、ひび割れた床、崩れ落ちる壁――その中央に、彼らがいた。
(すごい…)
オレンジ色のマントのクルセイダー、ハンター。本館の屋上からズドン、ズドンと雷鳴のような狙撃を放ち、その赤い照準が暗いエルモの中でギラリと光る。
紫色のマントのクルセイダー、シン。闇色の刃をブンと振るい、その一撃一撃が紫電の弧を描いて空気を切り裂く。未来的な中世の兜を模したエルモが、脅威的なオーラで脈打っていた。
ピンク色のマントのクルセイダー、ライラック。宙をフワリと舞い、鋼鉄のワイヤーが蛇のように踊る。猫を模したエルモが、大きないたずらっぽい瞳で輝いていた。
そして、彼…私がこの世で最も尊敬する人、ワイト・ガントレット。私の師匠。
傷を負い、肩から血を流し、エクソ・チェインメイルがシューシューと蒸気を上げているというのに、彼の動きには、私の胸をギュッと締め付けるほどの決意が漲っていた。
彼が今、私を戦わせてくれないのは分かってる。だから、私は自分のガントレットを彼に託したんだ。だって、あんな風に、周りの全てを焼き尽くすような炎を宿して戦う彼を見られる機会なんて、そうそうないんだから。
戦いは、死の舞踏。完璧にシンクロしていた。シンがズバッと突進し、紫の刃がデスブローの双子の刃と激突する。空気がバチバチと音を立てた。火花が、流れ星のようにキラキラと舞う。
ライラックが宙で回転し、ピンクのワイヤーがデスブローの腕にグルグルと絡みつき、彼を後ろへ引きずって無防備にさせる。上からはハンターがズドン、ズドンと撃ち抜き、その精密な射撃がデスブローの鎧の関節を捉え、金属にピシッと亀裂を入れる。その発射音が、夜の闇に響き渡った。
そして、ワイトさんが走る。白いガントレット――(私のガントレット!)――が拳で輝き、電気の火花が稲妻のようにバチバチと踊る。彼が殴るたびに、ゴオオッと雷鳴が轟き、地面が震え、空気がその力で振動した。
デスブローは、傷だらけでも怪物だった。オレンジ色の刃が空を切り、シンの攻撃をガキンと防ぎながら、ライラックのワイヤーを避ける。ひび割れたバイザーが、憎悪に輝いていた。一瞬、奴は反撃し、刃がシンの胸を狙った。
だが、ハンターの一射が奴の手にガンッと命中し、金属が悲鳴を上げた。シンはイラついて叫んだ。「危ないやろ、ハンター!」
師匠はその隙を見逃さなかった。稲妻のように現れ、電撃を帯びた拳がデスブローの顔面を捉え、壁へと叩きつける。コンクリートがドガッと砕け、粉塵が舞った。
彼らは完璧な機械のように戦い、互いをカバーし合っていた。私はただ、目を輝かせ、胸を誇りでいっぱいにしながら見つめていた。彼は、私がなりたい全て――強く、恐れを知らない。
不意に、彼らが後退し、ワイトさんが叫んだ。「二分!」
シンの、信じられないという声が通信機から響いた。「マジか?今からハイランダーモードて?」
デスブローが、嗄れた侮蔑的な笑い声を上げた。「その汚ねえ手品を使うのを、俺が待ってやるとでも思ったか!」
奴は他の三人を無視して突進し、そのオレンジ色の刃はワイトさんだけを狙っていた。だが、シンの方が速かった。紫の刃が虚空から現れ、その一撃を止める。「奴を斬りたい気持ちはよーく分かるで!せやけど、俺がおる限りはそうはさせへん!」
上空のライラックがワイヤーを放ち、デスブローの足首に絡みついて、そのバランスを崩させた。「あら、足、滑らせちゃった?」と彼女はからかう。それでも奴は止まらない。鎧の腕の一つが変形し、エネルギーの奔流を放った。
「師匠!」私は叫んだが、ハンターの正確な一射がその奔流を空中で撃ち抜き、無害な小さな爆発を起こした。
彼らが奴を食い止めている間、私の全神経は、拳を構えて静止しているワイトさんに注がれていた。
(ハイランダーモード?!本気?!私、見れるんだ!本当に見れるんだ、だって!)
ガントレットが、見たこともないほどの輝きを放ち始めた。青い稲妻が、制御不能のテスラコイルのようにバチバチと音を立てる。私は目を大きく見開き、魅了されていた。そのエネルギーは純粋で、圧倒的で、遠くにいる私の髪さえも逆立たせた。
彼の周りの空気が熱でユラユラと歪み始め、足元の床がその圧力だけでピシピシとひび割れていく。あれが…あれが、真のクルセイダーの、全盛期の力!彼のオーラはあまりに強力で、肌で感じられるほどだった。荒々しい力と、恐ろしいほどの静けさが混じり合っていた。
「今です!」ワイトさんの声が、エネルギーで歪んで聞こえた。
彼は走った。ライラックがデスブローの刃をワイヤーで拘束し、力強く引く。シンが師匠の隣を駆け抜け、紫の刃が空を切った。二人は完璧なタイミングで跳躍し、攻撃する。シンが無慈悲な一撃を加え、ワイトが電撃の拳を叩き込み、奴を後方へ吹き飛ばした。
ワイトさんは止まらない。だが、デスブローがライラックのワイヤーから抜け出した。双子の刃が頭上から、空気を切り裂いて迫る。だが、ハンターの一射が奴の手を撃ち、刃の軌道を逸らせた。
ワイトさんは止まらなかった。彼の拳が飛び、火花が散り、ソニックブームのような衝撃と共にデスブローの顔面を捉え、ホールを揺るがした。彼はもう一発、さらに一発、また一発と叩き込む――無慈悲な連続攻撃。一撃ごとに、明らかに威力が増していく。ガントレットの稲妻が、夜を照らした。デスブローは後退し、その鎧は砕け、バイザーは粉々になっていく。
ワイトさんの声は、怒りと痛みに満ちていた。「私はもう、シルバーナイトではない!」と彼は叫んだ。
最後の一撃が来た。稲妻のように炸裂する電撃の拳が、デスブローを講堂の残骸へと叩きつけた。彼の鎧は砕け散り、その体は瓦礫の中へと投げ飛ばされた。
「私はワイト・ガントレット!一人のクルセイダーだ!」
私はただ、心臓をドクンドクンと鳴らしながら、見つめることしかできなかった。
(すごかった。彼は、私のヒーローなんだ、だって。)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
竹内勇太
シン…と静寂が落ちてきた。エネルギーが尽きかけたエクソ・チェインメイルからシューシューと蒸気が漏れる音だけが、それを切り裂いている。ホールは廃墟と化し、講堂は崩れ、床は瓦礫と埃で覆われていた。
デスブローが床に横たわっている。鎧はバラバラに砕け、バイザーは割れ、その体はピクリとも動かず、敗北していた。俺はまだ立っていた。息を切らし、肩から血を流しながら。シロイのガントレットがまだ拳で輝き、電気の火花が小さな稲妻のように金属の上でバチバチと踊っている。
一歩ごとに体が悲鳴を上げる中、俺は瓦礫を踏みしめ、ランフレッドが倒れた場所までゆっくりと歩いた。奴は動かない。砕け散った鎧の真ん中で、壊れた人形のようだった。
オレンジ色のバイザーは、今や暗く、生命の光を失い、何も映し出してはいない。精神コマンドを送ると、俺のエクソ・チェインメイルのバイザーが目の前に降り、視界が青い光に染まった。
<生命兆候を分析中…対象:デスブロー。ステータス:心停止。脳機能停止。ターゲット、排除完了。>
シン、ライラック、そしてハンターが近づいてくる。そのマントが、夜の冷たい風にバサバサと揺れていた。
「悪くねえな、先輩」と、ハンターが少しばかりの敬意を込めて言った。
「あの射撃で俺が死ぬとこやったやろ、アホんだら」シンはそう毒づきながら、刃を収めた。
ライラックがフワリと俺の元へ舞い降り、ピンクの鋼鉄ワイヤーがシュルシュルと収まっていく。「ワイトちゃん、大丈夫?」突然、彼女は俺に飛びつき、その腕がギュッと俺をきつく抱きしめた。「ワイトちゃん、すごかったよ!」と彼女は叫び、俺が反応する前に、その唇が俺の頬にチュッと音を立てた。傷ついた肩に、ズキンと痛みが爆発する。
「ぐっ、ライラック、痛いですよ!」俺は顔を歪めて文句を言ったが、意地っ張りな笑みがこぼれた。「離しなさい、この馬鹿者が。壊れてしまいます!」
彼女はアハハと笑い、俺を解放した。「好きなくせに、否定しないの、ワイトちゃん!」
俺はまだ笑いながら首を振り、数メートル先で立ち尽くすシロイに目を向けた。彼女のライラック色の瞳が輝いている。
「これを」そう言って、ガントレットを解除した。彼女に向かって投げる。「ありがとうございます、シロイ」
彼女は空中でガントレットをガシッと掴んだ。金属はまだ熱く、エネルギーでジーンと唸っている。彼女の顔は赤らんでいたが、その声には紛れもない賞賛があった。「師匠!あれが…ハイランダーモード?!わたしが見た中で一番すごかったです、だって!」
俺は彼女を見て、初めて、心の底からの疲労を感じた。首を横に振る。「いいえ。あれはただ、リミッターを解除しただけです」
彼女の笑顔がピシッと固まった。肩ががっくりと落ち、唇がへの字に曲がる。「えぇ?!ただ…リミッターを?!じゃあ…わたし、本当のハイランダーモード、見てないんですか?!そんなのひどい!」
俺は気まずそうに視線を逸らし、うなじを掻いた。「君の期待に応えられなくて、すみません、シロイ…」
「気にしないで、弟子ちゃん」ライラックがパチッとウインクした。「ワイトちゃんはいつもこうやってつまらないんだから!」
「おい!」と俺は唸った。シロイはまだ不満そうに俺を見ていて、ハンターはただ困ったように笑っている。
「情けない師匠やな…」シンが、押し殺したような皮肉な笑いと共にコメントした。
「ハンターに助けてもらった奴が言いますか」と俺は言い返す。「…二回も」
「なんやてぇ?!」シンが叫び、ハンターはただ誇らしげに笑っている。「そんでお前はなんや!俺がおらんかったら、今頃死んどるわ!あの攻撃、避けられたとでも思うとんのか!?」
(そういえば…ランフレッドが使ったあの技は、神未来タワーでレヴナントが使ったものと同じ…)「どうやってあの攻撃を逸らしたのですか?」俺は真剣な空気に戻って尋ねた。
「せやろ?」ハンターが挑発的な声で言った。「ずっとできとったんなら、俺があんな一撃を顔面に食らう必要もなかったやろ!」ハンターはシンを指差して叫んだ。
「訳の分からんこと言うな、ハンター!」シンはハンターの非難の指をパシッと叩いた。「俺はあの日、やろうとしたんや!でもミクがライラックに俺を引っぱれって命令して…」
「本気であの攻撃を逸らせると思ってたの?あたしがあんたをそこから出さなかったら、死んでたわよ、シン…」ライラックは腕を組み、甘やかされた少女のような声で言った。「ふんっ!」
シンがエクソギアの柄を上げると、闇色の刃が液体のようドロリと現れた。「なるほど、新型ですか…」俺は剣を見ながらコメントした。
「そんで、お前のチェインメイルが模倣しとるんは、旧型や」シンは刃を収めた。「お前、あそこでマジで死んどったで。感謝せえよ、アホ」
俺が何かを言い返す前に、通信機がジジッと音を立て、スカーレットの声が空気を切り裂いた。「ワイト、状況を。今すぐじゃ」
「生きています」俺は嗄れた声で答えた。「デスブローは戦闘不能です」彼が倒れた場所を見ると、バイザーは生命兆候がないことを示している…「学校は…まあ、明日は授業はないでしょう」
向こう側から、安堵のため息が聞こえた。「テュートニックたちがランデブーのドローンを掃討中じゃ。増援が来るまで、持ち場を維持せよ」(テュートニック…そういうことか。だから奴らはクルセイダーに…兄上は、今、貴方と共に戦っているのか?)
俺は仲間たちと、がっかりしている弟子と、そして俺たちが作り出したこの混沌を見た。戦いはまだ終わっていない。「了解しました」と呟き、俺は空を見つめた。
「がはっ…ごふっ…」
嗄れた、息の詰まる音が空気を切り裂いた。
全員の注意が、即座に倒れていたデスブローの姿へと向かう。シンは再び刃を構え、ライラックはワイヤーを準備し、ハンターはライフルを向けた。シロイが一歩前に出て、ガントレットがエネルギーでバチバチと音を立てる。
だが、俺は腕を上げた。エクソ・チェインメイルの金属が弱々しく輝く。「待ちなさい」
彼らはためらったが、従った。体はまだ痛みに抗議していたが、俺は奴の元へ歩いた。一歩一歩が重く、肩から血が流れ、エクソ・チェインメイルはエネルギーが尽きかけて蒸気を上げていた。ランフレッドの隣に膝をつき、その頭を慎重に持ち上げると、温かい血が俺の手を汚した。
「師匠…」俺は呟いた。声は途切れ、何年分もの重みが俺にのしかかる。
シンのバイザーが振動し、その重々しい声が響いた。「奴の肺、肋骨で貫かれとる。もう時間の問題や…」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
マルセル・ランフレッド
シルバーの…いや、ジャックの目が俺を見つめていた。穏やかで、だが…悲しげだ。痛みが胸をズタズタに引き裂き、血が口に溢れ、息をするたびに鋭い痛みが走る。
全てを覚えている。お前がレッド・ファントムとなり、二重スパイとしてゲートに入った時のこと…俺がお前に与えた名、シルバーナイト。
心の底では、お前を誇りに思っていたぞ、小僧。俺を苛立たせ、お前の父親のように、俺を矮小な存在だと感じさせたあの目。それでも、お前は成長し、俺が決してなれなかったもの以上に、なってくれた。
「覚え…ているか…俺が…お前に…教えた…ことを…?」一言一言が、まるで胸に何本もの剣を突き立てられるように痛んだ。
「…はい…」
「情け…容赦…なく…」俺は、か細い声で呟き、歪んだ笑みを浮かべた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
花宮陽菜
司令室の空気は、ズンと重かった。モニターの低い唸り声だけが静寂を破り、点滅する画面一枚一枚が、外の混沌を映す窓になっていた。あたしは全てを見ていた。心臓は喉までせり上がり、手は紺色のドレスの生地をギュッと握りしめている。つけている金色のコンタクトレンズが、こらえようとした涙で滲んでいた。
メインモニターの一つに、ゆうくんがデスブローの隣に膝をついている姿が映し出された。彼は男の頭を慎重に持ち上げた。その声は、通信機越しでも悲しげで、張り裂けそうに聞こえた。
「師匠…」
デスブローからの返事は、嗄れていて、弱々しく、血に濡れた囁きだった。「情け…容赦…なく…」
ゆうくんの肩がピクッと強張るのが見えた。彼の声が戻ってきた時、それは夜の鋼のように冷たかったが、スクリーンを突き破ってあたしにグサリと突き刺さるほどの痛みが込められていた。「はい…あなたが教えてくれた通りに。情け容赦なく…」
リキマルさんの硬い声が、司令室の空気を切り裂いた。「目を逸らすんじゃ、嬢ちゃんたち」
隣にいたフラヴちゃんの目は、泣きすぎて真っ赤だった。黒髪が顔にかかり、決意の仮面を縁取っている。彼女は首を振った。「嫌ですわ」声は震えていたが、固かった。「本当の勇太を見たいのです。お兄ちゃんが、本当はどのような方なのか!」
あたしはゴクリと唾を飲み込み、喉の詰まりを感じた。「あたしも…」言葉は、ほとんど囁きだった。「ゆうくんが、本当はどんな人なのか、見たい」
(逸らしちゃダメ。逸らしちゃいけない。)
反対側にいた理香ちゃんは、もう顔を背け、両手で顔を覆っていた。
モニターの中で、ゆうくんの手にキラリと光が見えた。エクソ・チェインメイルの黄色いエネルギーが彼の周りを渦巻き、人差し指と中指に集まって、純粋な光でできた、短く振動する刃を形成した。ランフレッドの目が細められ、一瞬、その瞳に誇りの色が輝き、血に濡れた顔に、か弱い笑みが浮かんだのが見えた。
「安らかに、師匠…」勇太が呟いた。
彼の指が、ランフレッドの額に触れる。エネルギーがパッと走り、速く、静かな閃光。男の体はピクリとも動かなくなり、その微笑みだけが残された。
ゆうくんは立ち上がった。その顔は冷たかったが、その瞳は…その瞳は、胸が張り裂けるほどの悲しみに満ちていた。彼はデスブローの亡骸を見下ろし、黙祷を捧げるかのように、じっと立ち尽くしていた。しばらくして、紫色のマントのナイトが近づいてきた。その未来的な中世の兜が振動している。
「大丈夫か?」彼は、用心深い声で尋ねた。
「いえ…」ゆうくんは、か細い声で答えた。その体は、目に見えて震えていた。
ナイトは、ためらいがちに続けた。「あいつがお前の師匠か何かやったんは知っとるけど、それでも奴は―」
ゆうくんは彼を遮った。その顔が、極度の疲労で歪む。「そうじゃないんです…」彼は一息置き、目を細めて、こう言った。「肩に穴が空いているんです。アドレナリンが切れた今、クソ、めちゃくちゃ痛い!」
張り詰めていた周りのエージェントたちが、フッと息を吐いた。何人かは、安堵からか、低い笑い声を漏らした。紫色のマントのナイトは首を振り、そのバイザーが輝いた。ピンク色のマントのナイトが彼の元へフワリと舞い降り、白いツインテールを揺らしながら、後ろによろめいた彼を支えた。その顔には、小さな笑みが浮かんでいた。
「ワイトちゃん、気を失わないようにね!」ライラックが、軽やかで楽しげな声で言った。
胸に、ズキッと鋭い痛みが走った。彼女がさっき、彼の頬にしたキスのことを思い出したから。あたしの顔がカァッと熱くなり、馬鹿みたいな嫉妬が心の中でブクブクと泡立った。何も言わずに、画面を睨みつけた。心は、彼が「無事」であることへの安堵と、まだ自分で制御できない何かの間で、引き裂かれていた。




