第4話「薔薇の刃の覚醒」
花宮陽菜
アヤメに引きずられて冷たい廊下を走る。ドローンの銃声がまだ耳元でキーンと鳴り響いてる。まるでしつこい虫みたいに。
司令室はモニターやケーブル、点滅するライトで、まさにカオスだ。一定の電気的なブーンという音が響いている。中に足を踏み入れた途端、二つの影が飛びかかってきた。
ゴールデンアイとサクラちゃん――ううん、フラヴちゃんと理香ちゃんが――あたしにギュッと、必死な感じで抱きついてきた。二人とも泣きじゃくっている。
「はるちゃん!」二人の声は絶望で震えていた。
くそっ!せっかくクールなスパイを気取ってたのに…!
でも、あたしを支えていた何かがプツンと切れた。体中が震え、涙がボロボロと溢れ出した。世界が滲んで見える。理香ちゃんが貸してくれたドレスが肌に張り付くのを感じながら、震える手で二人を抱きしめ返した。
「あたし…死ぬかと思った…」声はかすれ、金色のコンタクトレンズが涙で曇った。
コンソールに寄りかかっていたリキマルは、呆れたように目をそらし、「やれやれだ」とでも言いたげな顔をしていた。その隣で、スカーレットは静かにクスクスと笑った。彼女の金色の飾りがついた兜が、モニターの光を浴びてキラリと光る。
アヤメは優しい笑みを向けてくれたけど、その目はもうモニターに釘付けだった。そこでは、フォーレンとリヴァイアサンの戦いが、色と破壊のスペクタクルとなって爆発していた。
「何が…何が起こってるの?」震える手の甲で顔を拭いながら、か細い声で尋ねた。
リキマルの眉がひそめられ、ようやく退屈そうな仮面の下から心配そうな表情が覗いた。「ドローンが制御不能に陥ったんじゃ」
それを証明するかのように、司令室にパニックに満ちたエージェントたちの声が響き渡った。
「こちらデルタチーム!セクター3に応援を頼む!」「奇襲された!繰り返す、奇襲された!」
スカーレットはマイクに身を乗り出した。彼女の毅然とした声がカオスを切り裂く。「シェイド、状況はどうじゃ?」
彼の声が、ガラスが割れるように冷たく、はっきりと返ってきた。「ドローンが暴走しています。以前は隠密に行動していましたが、今は動くもの全てを攻撃しています。」
メインスクリーンに、二人のエージェントが戦う映像が映し出された。そこへ、まるで悪霊に取り憑かれた獣のように、一体のドローンが現れる。次の瞬間、影が飛び出した。シェイドだ。エクソ・チェインメイルのワイヤーが宙を舞い、**ザシュッ!**と音を立ててドローンを切り裂いた。**ガシャァァン!**金属の破片が飛び散る。彼のマスクは口と鼻を覆い、茶色い根元が見え始めた緑の髪が、素早い動きに合わせて揺れていた。
*「状況は悪化しています」*彼の声には、張り詰めた緊張がこもっていた。
リキマルはコンソールを**ドン!**と殴った。その目は怒りで燃えている。「あのクソ野郎、サドンデス・プロトコルを発動させおったか!」
スカーレットは兜を外した。その顔は真剣で、目は鋼のように硬い。「わたしも出る。」アヤメはもう姿がなく、間違いなく前線へ向かっていた。
「スカーレットはそこを動かないでください。」シェイドの声が通信機から響いた。「お嬢さん方はぼくが守ります。ここはぼくに任せてください。」
お嬢さん方ですって?!
理香ちゃんがぎゅっとあたしの手を握った。その金色の瞳は涙で潤んでいる。「はるちゃん、わたくしたち…大丈夫だよね?」
喉の奥で恐怖の塊を飲み込み、震える笑顔を無理やり作った。「うん…大丈夫だよ。ゆうくんが…ワイトが…きっと何とかしてくれるから。」
でも、心の奥では、そんな保証はどこにもないって、うるさい声が叫んでた。
_________________________________________________
藤堂光
ギシャアアア、ギシャアアア…
その音が、一番最悪だった。内部システムのブーンという唸り声でも、コンクリートを叩く金属の爪のカチャカチャという音でもない。這いずる音。ドローンたちが廊下や壁、天井を、機械としてではなく、金属の蟲のように蠢いている。その分節された体は一斉にうねり、無数の赤い目が、まるで地獄の業火の残り火のように薄闇で輝いていた。
気持ち悪い!なんで普通のロボットみたいに歩けないのよ、こいつら?!だって!
しゃがれた、しかし落ち着いた声が、通信機で私の耳元のノイズを切り裂いた。
«奴ら、あまりにも速く階を上がっておる!頂上へ到達させるでないぞ!»
リキマルさんの声。切迫した状況でも、まるで私が古代の経典を唱える僧侶のようだった。
«了解、だって!»と、私は叫び返した。私の声は、誰もいない廊下に響き渡る。
私はもう走っていた。闇に巣食うものに対する、一本の白い矢のように。足がほとんど床に触れないうちに、換気口からさらに多くの奴らが現れるのを見た。終わりのない群れ。走りながら、私は両拳を打ち合わせた。
バチン!
いつも使っている強打のガントレットの白い金属が、私の癖に応えた。エネルギーの唸りが私の腕を走り、青い火花がその表面で踊り、解放されるのを待ち望む力でバチバチと音を立てた。
よし!ショータイムだって!
一回の跳躍で、私は一番近くの壁に向かって体を突き出した。右拳を前に。
ドオオオォン!
私の電撃を帯びたパンチが、最初のドローンを壁に叩きつけ、金属の甲殻が卵の殻のように砕け、石造りの壁にクレーターを残した。同時に、赤いプラズマの弾丸が雨のように私に降り注ぐ。キン!キン!キン!弾丸は私の白いポリマー・バリスティック・マントに当たって無力に跳ね返り、周りの壁に突き刺さった。
リズムを崩さずに、私は左腕を伸ばした。金属的な**シュンッ!**という音が空気を切り裂き、ガントレットのフックが発射され、天井のドローンの機体に突き刺さり、そのすぐ後ろの壁に深く食い込んだ。右腕で、圧縮空気のブースターを起動する。
フシュウウウ!
フックのワイヤーが高速で巻き取られると同時に、その反動で私は前方へ投げ出された。世界が、金属とコンクリートのぼやけた塊になる。その「飛行」の最中、通り過ぎるドローンの「顔」を掴み、即席の棍棒として、進路にいた他の二体を粉砕した。廊下の突き当たりの壁が、自殺的な速さで迫ってくる。最後の瞬間にフックを離し、空中で回転する。私の足は、重力に逆らうかのような確かな力で、垂直な壁面を捉えた。
そして、私は見た。
何十体もの奴らが。恐ろしく、不自然なパターンで壁を這い回り、その赤い目は全て、私に固定されていた。
「ちょ、ちょっと!これ、ホラー映画になったわけ?!」と、私は誰に言うでもなく、自分自身に叫んだ。
返事は、新たな一斉射撃だった。私は壁から跳び、まだ手に持っていたドローンを即席の盾として使った。金属が、弾丸の衝撃で呻き声を上げる。十分近づくと、破壊されたドローンを三体の群れに向かって投げつけ、仕事に戻った。青い電気でバチバチと音を立てる私の拳は、解体用の鉄槌だった。一発一発のパンチが、ドローンを煙を上げるスクラップの山に変え、オゾンの匂いが空気を満たした。
最後の一体が倒れた時、私は深呼吸をした。冷たい空気の中で、口から白い息が漏れる。
«オスカーセクター、クリア、だって!»
«うむ。下の階へ降りろ。他の部隊が支援を必要としておる、シロイ。» リキマルさんの声は、相変わらず落ち着いていたが、しっかりとしていた。
«了解だっ—»
私の言葉は、暴力的な一引きで断ち切られた。見えない何かに足を掴まれ、床から引き剥がされる。体重を感じ、足首に圧迫感があっても、そこには何もなかった。空気が床になり、天井が空になった。逆さまに吊るされ、恐怖よりも苛立ちが勝った。
「なによっ?!出てきなさいよ、この卑怯者!隠れて戦うなんて、弱い奴のやることだって、分かってる?!」と、私は悪態をつき、無駄に身もだえした。
目の前で、空気が揺らめいた。半透明の姿が輪郭を持ち始め、不可視から現実へと固まっていく。あの不気味な笑み。狂気に満ちた血走った赤い目。暗いタクティカルスーツ。そして、彼女の周りを浮遊するように見える、長い銀色の髪。
あの女だ。椿テックの技術博覧会にいた、あの女。
「あ、あなたっ?!」
彼女の笑みが広がり、サイコパスのような恍惚の表情に変わった。
「うわあああ!シロイちゃん、あなたを迎えに来たのよ!」
頭に血が上った。「私の屍を越えてからにしなさい!」
体を回転させ、集められる限りの力で彼女の顔を殴ろうとした。でも、彼女は速すぎた。ただ頭を横に動かしただけで、私の拳は彼女の顔から数センチのところを通り過ぎた。彼女の笑みはさらに捕食的になり、その舌がゆっくりと唇を舐めた。
「シロイちゃーん!!!」
それまで見えなかった彼女の金属の触手が背後から現れ、私を布人形のように投げつけた。
ヴシュッ!
廊下の突き当たりの壁が、自殺的な速さで迫ってくる。世界が、回った。
バアアアン!!!
膝から崩れ落ち、肺から空気が押し出される。頭がズキズキする。「どうやってここに?それに、なんで?私のためだけに?」と、息を切らしながら呟いた。彼女は、もっと強くなっている。衝撃の痛みが、それを証明していた。ナイトのマントに対して、通常の武器はあまり効果がない。だから、私たちと戦う最善の方法は、打撃による暴力的な力なのだ。
深呼吸して、無理やり立ち上がる。彼女に集中する。女は、まるで地獄へ誘うかのように両腕を広げ、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。何十本もの金属の触手が、蛇のようにうねりながら、彼女の後ろで揺れていた。
「あの…」私は低い声で始めた。
「あら?どうしたのかしら、シロイちゃん?」
「ずっと気になってたんだけど…」私は続けた。「その触手って、どこから出てんの?!ていうか、どこから生えてんのよ?!」
女は立ち止まった。サイコパスのような表情が揺らぎ、純粋な混乱に取って代わられる。そして、彼女は微笑み、くすくすという笑い声が唇から漏れた。「シロイちゃん、あなたって馬鹿ね!フフフン。」
ゴクリと唾を飲む。彼女、違う。力だけじゃない…彼女の存在そのものが、何かが変わっている!
彼女は横を向き、タクティカルシャツを持ち上げた。髪のように細く、それまで見えなかった小さな糸が形をなし、彼女の背骨から直接現れ、各触手の根元に接続されていた。「こうなってるのよ、シロイちゃん!」
嫌悪の震えが背筋を走った。「気持ち悪い…」
女は驚いたような反応を見せ、そしてすぐに鋭い眼差しを向け、唇を舐めた。「…本当にあなたが欲しいわ、シロイちゃん…」
触手が、とてつもない速さで私に向かって飛びかかり、私はそれを避けるために跳躍せざるを得なかった。
«もう時間?!»と、ジャンプしながら叫んだ。
«うむ。» リキマルさんの落ち着いた声がコミュニケーターから響いた。私の周りの狂気とは、あまりにも対照的だった。
銀髪の女は、空気の変化を感じ取ったようだった。彼女の赤い目が細められ、廊下の壁を見つめた。ジジジッ…ガチャン! 四角いパネルが機械的な唸りと共に後退し、エクソ兵器の銃身の金属的な輝きが現れた。
タタタタタタタ!
弾丸の地獄が、壁から爆発した。廊下は閃光と火薬の匂いで満たされる。女は超自然的な速さで動き、その触手が立ち上がって絡み合い、金属の貫通不可能な障壁を形成し、**キン!キン!キン!**という耳をつんざく音と共に、致命的な一斉射撃を逸らした。
今だって!
彼女が忙しい間、私はもう動いていた。銃撃の音に足音を消されながら、彼女の後ろを走る。私のガントレットがバチバチと音を立て、とてつもない量の電気エネルギーを溜めていた。拳の周りの空気が唸り、オゾンの匂いがした。
これは、あなたのためだって!
跳躍し、体を回転させて打撃に力を加える。私の右拳は、衝突寸前の青いエネルギーの彗星だった。
「ウェーブ・フィスト—」
私の手は、届かなかった。
私の叫びの最中、攻撃の頂点で、彼女の手が後ろに伸び、私の手首を掴んだ。その握力は冷たかった。非人間的。鋼鉄のように強い。彼女が肩越しに私と目を合わせた時、そのサイコパスのような笑みが広がった。
なっ?!
ショックが、ほんの一瞬、私の体を麻痺させた。それだけで、十分だった。流れるような動きで、彼女は私を回転させ、投げつけた。世界が、コンクリートと金属のぼやけた塊になる。私の体は、金属が捻じ曲がり、骨がきしむ不快な轟音と共に、壁の武器に衝突した。
グシャアッ!
床に落ち、背中に痛みが爆発する。私自身の体で破壊した武器が、火花を散らし、煙を上げていた。
女は、まるで床に潰された虫けらのように私を無視して、落ち着いた、意図的な足取りで私の横を通り過ぎた。
「後で迎えに来てあげるわ、シロイちゃん」彼女は、振り返りもせずに言った。「今は、仕事があるの…」
立ち上がろうとした。筋肉が悲鳴を上げる。悔しさの呻きと共に、私は這って、彼女のかかとを掴んだ。行かせない…あなたを!
彼女は立ち止まった。振り返らず、何の努力もなしに、ただ足を上げた。私の手は、無力に滑り落ちた。彼女は歩き続け、私を埃と、私自身の敗北の中に置き去りにした。
くそっ…くそっ、くそっ!
ゴミのように、脇に追いやられた。屈辱が、背中の痛みよりも燃え上がった。その時、リキマルさんの声がコミュニケーターで爆発した。その冷たい切迫感に、私の血が凍った。
«シロイ、そこから離れろ!儂は全力で行く!»
私がそれを処理する前に、廊下の壁が唸り始めた。私が破壊した単なる機関銃が、取って代わられていた。新しいパネルが開き、不吉な青いエネルギーで輝く、ずっと重いエクソ兵器の銃身が現れた。大学の主要防衛システム。これはもう罠じゃない。殲滅ゾーンだ。
銀髪の女は立ち止まり、唇を舐めた。その顔には恐怖はなく、病的な興奮があった。彼女の触手が私に向かって伸び、私を包み込み、空中に持ち上げた。彼女は私を自分の体の前に配置した。完璧な、人間の盾。
「やりなさい!」彼女は、誰もいない廊下に、武器に、地獄そのものに向かって叫んだ。
彼女、狂ってる!完全に狂ってる、だって!
私を掴んでいた触手が火花を散らし、金属が何かに反応している。彼女は驚いたようだった。横を見ると、ピンク色の霞が闇を切り裂き、彼女に**バキッ!**と顔面に強力な蹴りを叩きつけ、よろめかせた。私への締め付けが緩み、下に滑り落ち、そして引き寄せられた。
「お前ら、あのクソ先生そっくりだな!支援を待て!」シェイドの苛立った声が響き、彼が私を掴んで安全な場所へ引き戻した。彼の腕は、私の周りで強かった。「戦えるか?」と、彼の茶色い瞳が女から離れないまま、彼は尋ねた。
反対側で、ローニン先輩が剣を構え、その体は完璧にバランスが取れていた。彼は、コミュニケーターを通して、落ち着いた、しかしはっきりとした声で私たちの指揮官に言った。「どうか、任務の機密を危険に晒さないでください、リキマルさん。」
「ローニン…先輩…」と、シェイドの腕から離れながら、なんとか言った。私は、お荷物になるつもりはなかった。
「シロイ、あなたは戻るべきです。」シェイドは言った。その声は、命令のように硬かった。
「いや!まだやれる、だって!」私は叫んだ。悔しさが、私に力をくれる。私は、頑固な子供のように、その場で腕を振り回し、飛び跳ね始めた。私は役立たずじゃない!戦える!戦わなきゃ!
シェイドは私を見て、一瞬、その茶色い瞳に純粋な心配の色が浮かんだ。そして、ため息をつき、髪を手でかき混ぜた。「ワイトに殺されますよ…」と、彼は自分に呟いた。「分かりました、これで終わりにしましょう。」
«援軍が必要です、負傷したエージェントがいます!»と、別のエージェントの声が、パニックに満ちて、私たちのコミュニケーターから響いた。
«下にもっと人員が必要だ、シェイド、»と、リキマルさんの声がした。相変わらず落ち着いているが、有無を言わせなかった。
「ローニン、シロイ、今すぐ降りろ。僕がこの女をやる。」シェイドは命令し、戦闘モードに戻った。
だが、ローニン先輩は、振り返りもせずに、女が壁から立ち上がるのを見ながら答えた。「シロイは負傷していますし、シェイドさんは一度に複数の敵を破壊する力を持っています!あなたが他の部隊を助け、彼女は俺に任せていただくのが最善です!」
「小僧、それは自殺行為だぞ!」と、シェイドは唸った。
「お願いします!」ローニン先輩の声は低かったが、固かった。彼は剣の柄を握りしめた。
シェイドはためらった。その顔は、葛藤の仮面だった。ついに、彼は折れた。「死ぬな。これは命令だ!」と、彼は言い、私の方を向いた。
私は、彼らの間で麻痺して立っていた。ローニン先輩の背中を見つめた。怪物に対する、孤独なシルエット。彼は、私たちのために戦う。一人で。
「シロイ!」シェイドが叫び、私の腕を引いた。
私の心が締め付けられた。私は振り返ったが、私の視線はローニン先輩に固定されたままだった。残された力の全てで、私は叫んだ。
「勝ってください、先輩!」
そして、シェイドと一緒に走った。私の先輩を、暗い廊下で、地獄に立ち向かう彼を、置き去りにして。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
田中魁斗
シェイドとシロイちゃんの足音が遠ざかり、俺は暗い廊下に一人、地獄と向き合って取り残された。
銀髪の女が立ち上がった。その肩からは、まるでただの雪の結晶のように、埃と瓦礫がはらはらと舞い落ちる。彼女は手で顔をなぞった。蹴りが当たった、まさにその場所を。そして、その視線が俺に突き刺さった。それは痛みの眼差しでも、怒りの眼差しでもない。もっと冷たく、もっと空虚な何か。俺のマスクを、鎧を貫き、血を凍らせるような、氷のような虚無。ナイトとして恐怖を抑えるよう訓練された体が、純粋な本能で強張った。
俺は深呼吸をし、肺に無理やり機能をさせ、義務の声を生存本能に打ち勝たせた。剣は、手の内で固く握られたままだ。「お前…アイリス・フォン・シュライナー。ツークンフト・メンシュリヒ社の軍事技術義肢プロジェクトの次長。研究チーム全員を殺害し、『キメラ』プロジェクトと共に失踪した容疑で指名手配中。今日、その罪を償ってもらう!」
彼女は単調で、侮蔑に満ちた笑みを浮かべた。「おめでとう…宿題は済ませてきたようね、ゲートのワンちゃん」彼女の声色が変わった。その声は甲高く、怒りに満ちていた。「あなたみたいなものに興味はないの…私の前から消えなさい!」
ズウウウゥン!
空気が唸った。触手が、鋼鉄ではなく、金属的な憤怒の残像のように襲いかかってきた。速すぎる、多すぎる。俺は剣を掲げ、その刃が最初の衝撃を耳をつんざくような**ガキイイイン!**という音と共に受け止めた。その力は尋常じゃない。まるで嵐の中の木の葉のように、俺の足はコンクリートの上を滑り、後ろへと引きずられた。
(この力…?!シロイはこれを…一人で耐えていたのか?!信じられない…なんてすごい子なんだ、あの子は!)
氷のような気配が、俺の隣で実体化した。脳が叫ぶのではなく、凍りついた。彼女が動く姿を見ていない、足音も聞いていない。一瞬前には廊下の向こうにいたはずが、次の瞬間には、彼女のオゾンと狂気の香りが俺のパーソナルスペースに満ちていた。体が危険を察知するには遅すぎた。流れるような動きで身を翻し、剣が空中で水平の弧を描く。彼女の首を刈り取るための一閃。しかし、彼女は猫のような俊敏さで跳躍し、それをかわした。彼女の触手の一本が俺を串刺しにしようと鞭のようにしなったが、俺の反射の方が速かった。左手が、その冷たい金属を掴んだ。
彼女は下を見下ろし、その赤い目が純粋な驚きで見開かれた。俺が掴んだのだ。無防備な手で、彼女の攻撃を止めた。彼女が反応する時間を与える前に、俺は引いた。全力で、彼女を空中から引きずり下ろす。彼女の体は、銀色のミサイルのように俺に向かってきた。右手の剣が輝き、刃の薔薇色の部分が強烈な光を放った。
「紅閃!」
垂直な斬撃が駆け上がり、その薔薇色のエネルギーの軌跡で空気そのものを焼き切った。**クラッシュ!**彼女の触手が体の前で交差し、火花の雨の中でその一撃をブロックした。
しかし、彼女は隙を与えなかった。着地さえせずに、まだ空中で、触手の嵐が俺に襲いかかった。剣を使って受け流し、逸らす。一撃ごとに**キンッ!**という金属音が廊下に響き渡る。攻撃はますます速く、重くなっていく。俺は一歩、また一歩と後退させられ、彼女の圧倒的な力が俺の技術を上回っていた。
彼女はゆっくりと俺に向かって歩いてきた。その足が、ようやく床に触れる。「あなた、なかなかやるじゃない。でも、それでも…」彼女はそう言い、その鋭い眼差しは侮蔑に満ちていた。「…それでも、わたくしがあなたの名前を口にする価値すらないわ…」
ズドン!
腹部への衝撃が、俺から息を奪った。見えなかった触手が俺を真正面から捉え、天井へと叩きつけた。コンクリートがその力でひび割れ、砕け散る。**ゴフッ!**と俺は叫び、俺を串刺しにする触手にしがみついた。剣の刃が再び輝き、金属を断ち切ろうとしたが、それは信じられない速さで後退した。天井の穴から、さらに三本が現れた。最初の一本を剣で逸らし、二本目を火花を散らしながら切り裂いたが、三本目が側面から俺を捉え、まるで列車にでも撥ねられたかのように壁に叩きつけた。
俺は床に落ちた。体は制御不能に震え、呼吸は浅く、喘ぐようだった。マスクの下で、首筋を伝う生暖かい血の感触がした。背中の痛みは、俺がこれまで耐えられると思っていたどんな痛みをも超えていた。
天井の穴から、彼女が登ってくるのが見えた。まるで不気味な蜘蛛のように、触手が彼女を空中に支えている。その一本が俺に向かって放たれた。突き刺すような一撃。俺は横に転がり、金属の先端が数秒前に俺の頭があった場所の床を砕いた。後ずさり、あらゆる角度から来る攻撃を逸らし、受け流す。大学の防衛システム――機関銃やプラズマ砲――が壁から現れたが、アイリスは一発も撃たせる前に、触手でそれらを破壊した。
«ロニン、上の階へ上がれ!» リキマルさんの声がコミュニケーターから響いた。以前の静けさは消え去り、そこにあったのは純粋で冷たい絶望だった。
«りょ、了解!» と俺は答え、また別の一撃をかわした。振り返って、走った。
「哀れね…」彼女の声が後ろから聞こえた。
命がかかっているかのように走った。背中の激痛にもかかわらず、自分でも知らなかったほどの敏捷性で壁を駆け上がり、階段を駆け上った。彼女は「歩いて」いなかった。触手が、恐ろしく、蜘蛛のような形で天井や壁を移動させ、何の努力もなしに俺を追ってきた。
上の階の廊下に入った。
«右へ曲がれ!» リキマルが命じた。
俺は従い、右のドアを破って中に飛び込んだ。そこは巨大なホールだった。体育館だ。コートの中央まで走り、息を切らしながら、彼女と向き合うために振り返った。
ドアは開かれなかった。蝶番から引きちぎられ、まるで墓石のように木の床に突き刺さった。
アイリスは俺の近くまで「歩いて」きた。「もう、これで終わりよ…」
一本の触手が持ち上がり、その鋭い先端が俺を貫こうとした。だが、それは空中で止まった。アイリスの目が、驚きで見開かれる。彼女を狙っていたのは、何百もの銃ではなかった。彼女の触手だった。今やコート全体を覆う、金属合金の蜘蛛の巣のようなものに捕らえられていた。罠だ。
俺の剣が輝いた。素早い動きで、俺に絡みついていたワイヤーを断ち切り、その範囲から飛び出した。そして、炎の音が響いた。タタタタタタタ! 何百もの銃が壁と天井から一斉に火を噴いた。彼女の体は完全に穴だらけになり、金属の雨がその肉を引き裂いた。射撃が止み、彼女は乾いた音を立てて床に落ちた。
俺は彼女に近づいた。剣はまだ構えたままだ。「終わったか?」と自問した。だが、もっと近くで見ると、何かが俺の注意を引いた。床は、きれいだった。
(血が…ない?!)
攻撃は下から来た。床から現れた触手が俺を空中に持ち上げ、再び木の床に叩きつけた。
«ロニン!» リキマルさんの声が、耳元で雷鳴のように響いた。
アイリスが立ち上がった。体は穴だらけだったが、彼女は出血していなかった。穴が閉じ、皮膚の下の暗灰色の金属が現れた。俺のエルモは損傷し、点滅しながら、血に濡れた俺の目を映し出していた。
「くだらないトリックね」と彼女は言った。
「お前…人間じゃない…」俺は何とか言った。立ち上がろうとしたが、足が言うことを聞かなかった。床が、残酷な力で俺を迎え撃った。俺の足は、もはや自分の意志とは無関係に、折れ曲がっていた。
「言ったでしょう。あなたは、わたくしが名前を口にする価値すらないと…」彼女はまた俺の横を通り過ぎ、俺を無視した。だが、俺は立ち上がった。震えながらも、剣の刃に寄りかかり、体に命令を強制した。
「俺は…過ちを犯した…そのせいで…罪のない…人が死にかけた…」
彼女は振り返った。その顔の驚きは、ほとんど滑稽だった。「まだ話せるのかしら?」一本の触手が俺を鞭打った。金属が雷鳴のように俺を打ち、肺から空気を叩き出した。だが、言葉はそれでも出てきた。俺の喉を引き裂きながら。
「俺は…シロイより優れた存在にはなれない…でも、俺は…」
また別の一撃。世界が回った。俺は倒れたが、痛みを燃料にして立ち上がるために剣を使った。
「強くない…姉さんのようにはなれない…」
また別の一撃。血を吐き、その金属的な味が口を満たした。
「でも、俺は…俺は…」
「さっさと死になさい!!!」
彼女は触手で俺を空中に持ち上げた。世界は痛みの霞と化し、一撃、また一撃と、俺の中の何かを砕いていく。最後の一撃が俺を再び床に叩きつけ、木の床にクレーターを開けた。
「なんて鬱陶しいの!!!!弱い?ええ、そうよ!過ちを犯す?あなた自身が過ちよ!このナイトども…エクソギアを手に入れただけで、何でもできると思ってる!本当に、私のシロイちゃんが行ってしまって、こんなゴミが残るなんて?!」
倒れ、砕け散っても、俺は話し始めた。「お前は…間違っている…」
「何ですって?」彼女の声は、純粋な憤怒だった。
「…俺たちは…エクソギアを…一つ手に入れたわけじゃない…」彼女の眉がひそめられた。「…ただ…」
「あぁ?」
「…俺たちは…エクソギアと…もう一つ…」
彼女の目が、理解に大きく見開かれた。彼女は触手を上げた。怒りの叫びが唇に形成された。だが、遅すぎた。
「エクソウェポンを手に入れたんだ!」
俺の叫びは、挑戦の咆哮だった。マントの下で、俺の手は不可能を掴んだ。マグナムピストル。この世には重すぎるかのような、致命的な芸術品。彼女の顔から数センチの距離で、俺は引き金を引いた。バァン!
その音は、体育館を揺るがす雷鳴だった。
彼女は後ろへ倒れた。その体が床にぶつかる前に止まり、顔の穴がすでに液体の金属で閉じられている。だが、俺はもうそこにいた。
「紅閃!」
薔薇色の刃が叫び、その力で空気を燃やした。エネルギーの波が彼女をさらい、遠くの壁に、光とコンクリートの爆発の中で叩きつけた。
(まだ終わらない。これは、始まりに過ぎない!)
彼女は瓦礫の中から立ち上がった。その体は再生し、触手は狂った鞭のように振り回されていた。
「ロオオオオニイイイイイン!!!!!!」
俺の剣の刃が、見るのが痛いほどの強烈な光で爆発した。薔薇色の糸が白熱し、柄から二本目の刃が下りてきた。右の前腕を覆うエネルギーの噴出。俺自身の意志の延長となった。
「エクソの共鳴!」
そして俺たちは、衝突すべく運命づけられた二つの憤怒の彗星として、互いに突進した。
_________________________________________________
竹内勇太
静寂こそが、最初の武器だった。
混沌が始まる前、血が流れる前、そこにはただ空っぽのイベントホールがあるだけだった。クリスタルのシャンデリアが、だだっ広い天井から吊り下がり、磨き上げられた大理石の床に冷たく青白い光を落としている。まるで人工の空に浮かぶ死んだ星のように輝き、これから起こることの静かな目撃者となっている。俺は頭上の金属トラスの上でしゃがみ込み、影の中の影となっていた。第二の皮膚であるエクソ・チェインメイルは、冷たく、馴染み深い感触で体に密着している。金属製のフードが頭を覆い、タクティカルマスクが口と鼻を隠しているが、目は剥き出しのまま、正面玄関に鋭く固定されていた。黒髪は、サイドを攻撃的な緑色に染め、戦闘に備えて低い位置でポニーテールに固く結ばれている。
そして、奴が現れた。デスブロー。
奴の足音は静寂に響き渡り、純粋な傲慢さのリズムを刻んでいた。長すぎる黒いコートは、まるで堕ちた神の屍衣のように床を引きずる。ホールのど真ん中で立ち止まり、空っぽの領域を検分する王のように、その重々しい声が空気を切り裂いた。
「この茶番は、俺たちのショーのためだけに用意したのか、シルバー。さっさと出てこい。」
俺は現れた。
天井から、金属と憤怒の彗星のように、落下した。
ズドン!
着地の衝撃で大理石が悲鳴を上げた。足元の床は蜘蛛の巣状に砕け散ったが、鎧はその力を何でもないかのように吸収した。俺は自ら作り出したクレーターからゆっくりと立ち上がり、ホールの向こう側から奴を睨みつけた。ポニーテールが動きに合わせてわずかに揺れ、目は細められていた。
奴は笑った。乾いた、残酷な音が虚空に響く。その目は古からの悪意に輝いていた。「いつからそんな派手な登場の仕方を覚えたんだ?」
「貴様がいつからそれに値するようになった?」と、俺は言い返した。声は冷たく、計算されていた。一言一言が、刃のように。
デスブローは芝居がかった仕草でコートを脱ぎ捨てた。その下では、暗いエクソアーマーが脈打ち、オレンジ色のディテールが地獄の生きた残り火のように輝いていた。その顔は残酷さの地図だった。老いて、深い皺が刻まれ、白髪が目の上にかかっている。死ぬことを拒んだ過去そのものだ。
俺は首を傾げ、マスクの下で毒のある笑みを浮かべた。「遅くなって申し訳ない、師匠。」
挑発は奴に届いた。その目が火花を散らす。「ほう、お前があのラテン系のクソったれに敬意を表して着ていた、あの薄緑のマントはどうした?」奴は嘲笑い、その声は毒に満ちていた。
俺の内側が収縮した。スペインでのあの日の光景が、物理的な打撃のように俺を襲う。太陽の熱、奴の刃の輝き…そして、その後に続いた静寂。俺は黙っていた。怒りが胸の中で黒い太陽のように燃え盛っていたが、奴にそれを見せるつもりはなかった。奴に、その満足感を与える価値はない。
「スペインでのあの日、奴を殺し、お前を辱めたのは、実に満足のいくものだった!」デスブローは、一言一言を味わうように続けた。
俺は顎を上げた。その眼差しは、これから奴のために掘るであろう墓穴のように冷たかった。「貴様をあのビルで追い詰め、ゴミのように屋上から投げ捨てた日のことは忘れたとでも言うのか」と、俺は答えた。声は重々しく、感情はなかった。一言一言が、奴のプライドに打ち込まれる杭だった。
奴の嘲りの仮面が剥がれ落ち、純粋な憤怒に取って代わられた。奴は戦闘態勢に入った。鎧の襟から液状の金属が生まれ、彼の頭部を覆い、やがてオレンジ色の、無機質で脅威的なバイザーが顔を隠した。その両手から、オレンジ色のエネルギーでできた双子の刃が**ギュイイイン!**という甲高い音と共に現れ、周りの空気が熱でパチパチと音を立てて歪んだ。
「これで一対一だな。」
フシュウウウ!
エクソ・チェインメイルが腕に密着した。蒸気が関節からシューッと音を立てて噴き出し、金属がエネルギーで過熱していく。まだ剥き出しのままの俺の目は、どんなエルモも必要としない、冷たい決意で燃えていた。
「今、決着をつけてやる。」




