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第2話「クルセイダーのギャンビット」

竹内勇太


 五階の薄暗い部屋は、開盟高校の他の場所とはまったく対照的に、金属とオイルの匂いがプンプンと漂っていた。剥き出しのコンクリート壁は、ひび割れや湿気のシミで覆われ、天井から振り子のようにゆらゆらと揺れるたった一つの裸電球の光すらも飲み込んでしまいそうだ。鋼鉄の棚には、施錠された箱がぎっしりと並び、それぞれにエージェントしか認識できないゲートのコードが記されている。冷たくざらついた床は、俺の足音でギシギシと軋む。


 生徒たちはこの部屋を「幽霊が出る」と噂していた。鍵がかかって忘れられた場所、と。


 真実は?――秘密の武器庫だ。


 武器、装備、決して日の目を見ることのない技術。


 そして俺は、そのど真ん中で、石田先生が俺のイラついた顔を楽しそうに眺めているのをただ感じていた。


「別に、ここにいる必要はありませんよ」と俺は呟きながら、手にした重い四角い金属の部品をいじった。俺の声が、がらんとした部屋に響いた。


 棚に寄りかかって腕を組んでいた石田先生は、挑発的な笑みを浮かべていた。「お前のそのムッとした悔しそうな顔を見る機会を逃すだと?とんでもないね。お前の妹とお気に入りの生徒は、今ごろ校長室でお前の計画より『優れた計画』とやらを練っているところだ。一体どうなることやら、実に興味深い。」


 俺はギリッと奥歯を噛み締め、目をそらした。


「なぜそんなにからかうんですか、石田先生?本当に竹内さんのことが原因で?」


 彼はカラカラと乾いた、だが本心からの笑い声を上げた。「違うな、勇太。俺がお前をからかうのは、全てがお前の問題じゃないってことを思い出させるためだ。お前は世界を一人で背負い込むタイプだが、時には…」彼は一息置き、声のトーンを和らげた。「…時には、他の奴らがその一部を背負うことだってできるんだ。」


 俺は黙り込んだ。彼の言葉の重みがズシリとのしかかる。奴の言う通りだ。だが、それを認める?今、ここで?ありえない。


「ありがとうございます、石田先生…」俺は、低い、ほとんど不承不承の声で言った。


 彼は片方の口角を上げて誇らしげに笑ったが、最後の一刺しは忘れなかった。「まあ、正直に言うと、お前のその人気には少し嫉妬してるかな。女生徒たちはお前に夢中だし、女の先生たちはお前を囲んでるし…」


「冗談でしょう」俺は眉をひそめて言い返した。「あなたはただ、変なオヤジだと思われずに女生徒に近づく機会が欲しいだけじゃないですか。」


 石田先生はカッと目を見開き、大げさに憤慨したふりをして、俺の後頭部をパシンと叩いた。「このガキが!俺はお前と違ってな、生徒や先生に色目を使ったりせず、尊敬される立派な教師になりたいんだよ!尊敬されるんだ!」


「はぁ…」俺は後頭部をさすりながら呟いた。よく分からない。色目を使ってる?俺が?ただ生徒たちが時々俺を囲むだけなのに?俺は首を振り、そのことは忘れて、目の前の金属部品に意識を戻した。「それで、これが新しいモデルですか?」


 石田先生が近づいてきた。その目は興奮でキラキラと輝いていた。「最新技術だ。エクソ・チェインメイル。試作品だよ。」


「エクソ?」俺は眉をひそめて繰り返した。「チェインメイルがエクソになったんですか?」


「そういうことだ」と彼は部品を指差して説明した。「エクソギアのいくつかの機能を吸収するが、複雑なものは無理だ。お前のマノープラ、ワイト・ガントレットのようにはな。」


 その名を聞いて、俺の目が細められた。ワイト・ガントレット。埋葬しようとしていた過去からの響き。


「では、これでエクソギアは時代遅れに?」


「いや、そういうわけじゃない」石田先生は顎を掻きながら答えた。「聞いた話では、完全なエクソアーマーの試作品らしい。目的はエクソギアの完全なパワーを再現することじゃなく、ユーザーに多様性を与えることだ。通常、エージェントはポリマー・バリスティックのマント、エクソウェポン、そして一つのエクソギアを装備するだろう?エクソギアが切り札となり、戦闘スタイルを決める。お前のように、ほとんどマノープラだけで戦い、ライフルは遠距離攻撃にしか使わないような奴もいる。このチェインメイルは、攻撃と防御の選択肢を増やすんだ。」


 俺は考え込みながら頷いた。奴の言う通りだ。俺の戦いは常にマノープラが中心だった――精密さ、力、近接戦闘。ライフルはプランBに過ぎない。ナイトの兵器を拡張できるメイルは、戦況を変えるかもしれない。


「面白いですね。ですが、まだ試作品なんですよね?」


「その通りだ」と石田先生は認めた。「テスト用に送られてきた。100%効率的じゃないかもしれんが、お台場で使ったものよりは強力なはずだ。ただ、模倣しているエクソギアほど優れているとは思わないことだな。あくまで吸収するだけで、代替するわけじゃない。」


「了解です」と俺は呟き、その部品を調べた。


 右上の隠しボタンをカチッと押すと、プレートが起動した。金属の蛇のように、シュルシュルと腕を這い上がり、数秒で俺の体を包み込んだ。金属は俺の体にぴったりとフィットし、服も肌も、首まで全てを覆った。声がくぐもって聞こえる。


「全てを覆いますね。服まで。でも…少し息苦しいです。」


 顔の前にバイザーがプシューと開き、閉所恐怖症のような感覚が和らいだ。石田先生が感心して口笛を吹いた。「悪くないな。ナイトを模倣できるか?」


 一瞬考えた。バイザーを閉じると、スーツが首を覆い、頭だけが露出した。バイザーは今や口と鼻を覆い、金属のフードが頭上に形成された。


「どうです?」


 石田先生は目を見開いた。「おいおい、そっくりじゃないか!エルモは?」


 目を閉じると、バイザーが変わった。俺の古いシンボル、赤い鬼が現れた――黒い背景に、悪魔の絵が顔を覆い、人間の特徴を全て隠す。石田先生が笑った。「マントが足りないな。緑じゃなかったか?」


 スーツの銀色の金属がフワッと色を変え、かつて俺が使っていたマントのような薄緑色になった。


「もういいです」と俺は冷たく言った。スーツがサラサラと解け始め、足元を滑り落ちて、床の上の金属板に戻った。


 石田先生は俺を見つめ、その笑みは消えていた。「ワイト・ガントレットを『追体験』したくない、か?」


「私はもうクルセイダーではありません」俺はきっぱりと答えたが、その声には自分でも嫌になるほどの迷いが滲んでいた。


 彼は肩をすくめ、ドアに向かった。「好きな言い訳をしろ。好きな名前を使え。好きな人間になれ。だが、その二つの名前…ワイト・ガントレットとジャック・シルバーハンド…お前は決して、それから逃れることはできない。」


 俺はゴクリと唾を飲んだ。彼の言葉の重みが、まるで殴られたかのように俺を打ちのめす。奴の言う通りだ。逃げることも、竹内勇太の裏に隠れることもできる。だが、その名前は俺の一部だ。決して癒えることのない傷跡として。


 俺が何かを言う前に、石田先生がドアを開けようとした。そのドアが**バタン!**と勢いよく開き、彼の鼻に直撃した。彼はよろめき、顔を押さえながら低く悪態をついた。


 斎藤が入ってきた。笑いすぎて顔が真っ赤だ。「すみません、石田さん!そこにいるなんて見えませんでした!」


「斎藤」俺は我に返って言った。「会議は終わったのか?」


 彼はまだ笑いながら頷いた。「終わったぜ。」


 俺は眉をひそめ、心臓がドキドキと速くなるのを感じた。「奴らの案、何か根拠はありそうだったか?」


 斎藤は俺を見つめ、その笑みがさらに広がり、その目が俺を不安にさせる何かで輝いた。


「おい、あいつら、もう計画を立てちまったぜ。」


 俺はそこに立ち尽くし、肺から空気が抜けていくのを感じた。


「……何?」


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 校長室は暑く、空気は冷めたコーヒーと緊張で重苦しかった。午後の終わりの光が窓から差し込み、タブレットや走り書きのメモで覆われた机の上に長い影を落としている。桜井先生、藤先生、安藤先生、斎藤、そして木村がそこにいた。顔は真剣だったが、どこか好奇の色が浮かんでいた。中央には、花宮さん、フラヴィアン、そして椿さんが、ありえない三人組として立っており、その瞳は決意に満ちていた。俺と石田先生が、目立つ不在者だった。


 俺は静寂の中へ足を踏み入れた。自分の足音がやけに大きく響く。


「計画があるそうですね」俺の声はニュートラルだったが、隠しきれない苛立ちが滲んでいた。「聞かせてもらいましょう。」


 花宮さんはスウッと深呼吸をした。彼女の緑色の瞳が、俺を不意打ちするほどの勇気で輝いていた。「勇太先生の計画は、ランフレッドが一番危険だからって、一人でおびき寄せることでしょ。その間、タスクフォースは卒業式で椿さんを守り、学園の防衛システムを使う。でも、それじゃ先生は死ぬかもしれないし、理香ちゃんは孤立しちゃう。」


 フラヴィアンがタブレットを手に取り、学園のホログラムマップを投影した。シンプルだが、機能的だ。「それを分担したいのですわ。桜井先生がおっしゃっていたように、学園の防衛設備を最大限に活用して。そして、あなたを一人にするのではなく、ランフレッドと戦うためのチームを編成するのです。」


 椿さんは腕を組み、顎を上げた。その声は、お姫様のような態度と恐怖の震えの間で揺れていた。「存じ上げないエージェントの方々と部屋に閉じこもるのは嫌ですわ。わたくしには花宮さんとシルバーハンドさんが必要ですの。それに、勇太先生にも支援があってほしいのです。」


 俺は黙って聞いていた。腕を組み、顔は仮面のように無表情。奴らがここまで考えていたとは、認めよう。


「学園の防衛設備については、あなた方の言う通りです」俺はきっぱりとした声で始めた。「堅牢です。桜井さんの言った通り、軍隊にも耐えられるでしょう。ですが、その計画には穴があります。」


 フラヴィアンが挑戦的に眉をひそめた。「どのような、ですの?」


 俺は一歩前に出て、地図を指差した。「第一に、私がより大きなチームを率いるなら、学園に残るエージェントが減る。そうなると、防衛システム――バリスティックシールド、ドローン、ジャマー――をフル活用せざるを得ない。それは目立つ。注目を集める。卒業式の来賓だけでなく、外部の通りやメディアにもな。この作戦は極秘だ。ここはヨーロッパやアメリカじゃない。ゲートが公然と戦う場所じゃないんだ。日本はファントムのテロに対して安全だという評判がある。ゲートは三年前の神未来タワーの事件で、すでに世間の厳しい目に晒されている。これがまたサーカス騒ぎになれば、世論とメディアはゲートだけを叩くんじゃない――ゲートなんてどうでもいいがな。それはあなたの家族に降りかかるんだ、椿さん。シルバーハンドの名に。酒井の名に。あなた方は、この件に生徒が関わっていることがバレないと思っているのか?」


 シーン…と、重い沈黙が落ちた。花宮さんは目を見開き、顔面蒼白だ。フラヴィアンは拳を握りしめたが、何も言わない。椿さんは唇を噛み、その金色の瞳に涙がじわりと浮かんでいた。


 俺は、さらに冷たい声でもう一つの爆弾を投下した。


「それに、もう一つ。ここにいる大人なのは我々だけだ。卒業式で戦うエージェントは?生徒だ。あなた方の同級生。あなた方が知っている人間だ。」


 三人は、まるで足元の床が崩れ落ちたかのように、無反応で俺を見つめていた。


 安藤先生がコホンと咳払いをした。その声は穏やかだったが、しっかりとしていた。「勇太先生、そこまでおっしゃる必要はなかったのではないかしら。」


「いや、必要でした」俺は、彼女たちから視線を外さずに言い返した。「このゲームをプレイしたいのなら、真実を知るべきです。」


 フラヴィアンが一歩前に出た。その金色の瞳がギラリと燃えている。「それでも、わたくしはこちらの方がいいですわ。学園の防衛設備を全て使い、椿さんを守り、あなたにチームを与えるです。」


「考えていないな、フラヴィアン」俺の声が硬くなった。「これは、お前が想像しているより大きな問題なんだ。」


 椿さんが声を荒げた。「わたくしの家の名前がどうなろうと構いませんわ!皆に生きていてほしいのです!」


 俺が何かを言う前に、桜井先生が手を上げて俺を制した。眼鏡の奥の瞳は鋭いが、穏やかだった。「勇太くん、私はあの子たちの意見に賛成じゃよ。」


 俺は信じられないというように目を見開いた。「…何ですって?」


 彼女は身を乗り出し、その声は固かった。「誰かが死ぬくらいなら、自分の職を犠牲にする方がましじゃ。特に、お主が死ぬのはごめんじゃよ、勇太くん。お主の計画は敵を分断させること――ワイト・ガントレットとしてデスブローと対峙し、エージェントたちが学園を守り、リヴァイアサンとフォーレンがランデブーを追う。勝利を保証する作戦――もし、お主がデスブローに勝てばの話じゃがな。キャバルリーからの支援も、クルセイダーは言うまでもなく、ない。もしお主が敗れれば、学園は防衛設備を最大限に活用せざるを得なくなり、お主が懸念しておったメディアや世間の騒ぎは、いずれにせよ起こる。デスブローが撤退し、ゲートが奴の正体を知ってクルセイダーを派遣したとしてもじゃ。結局、お主は無駄死にじゃ。椿くんは救われるが、それは多くの命と、世間を巻き込む大災害を犠牲にしてな。」


 彼女は一息置き、その視線は俺に固定されていた。


「あの子たちの計画では、学園は最初から全ての防衛設備を使用する。お主はチームを率いてデスブローと戦う。勝利の可能性はより高く、椿くんは救われる。唯一の副作用は、世間を巻き込む大災害じゃ。それがわしや、ここにいる全員の職を犠牲にし、おそらくは学校も大学も閉鎖されることになるのは分かっておる。じゃが、それは儂が喜んで負うリスクじゃ。」


 俺は拳を握りしめた。血がカッと頭に上る。「ですが、私の計画が100%成功すれば、報復もなく、世間の騒ぎもなく勝利できるんです。」


 藤先生が思案顔で頷いた。「彼の言う通りじゃ。その方が安全じゃろう。」


「俺たちが戦闘で死ななければ、な」と斎藤が付け加えた。


 それまで黙っていた木村が、重々しい声で言った。「安全策を取って戦うか、あるいは完璧な勝利か壊滅的な敗北をもたらす可能性のある計画に賭けるか…ですね。」彼は桜井先生を見た。「僕は勇太を信じる方を選びます。もしあなたが戦いの後に失脚すれば、桜井さん、ゲートが僕を捕らえて死刑にしないと誰が保証できますか?もしそうなれば、僕がしたこと全てが無駄になる。」


 部屋は静まり返ったが、誰も木村を支持しなかった。安藤先生、斎藤、藤先生でさえも躊躇し、その視線は少女たちに戻っていた。安藤先生が沈黙を破り、木村を見た。「なぜあなたはここにいるのです、木村?あなたは貴重な戦力です。あなたなしでは、ここまで来られなかったでしょう。では、なぜ?」


 木村はため息をついた。その目は遠くを見ていた。「十年前にデスブローがファントムに現れた時、組織は崩壊しました。当時、僕はアメリカで活動していましたが、状況を制御できませんでした。内紛が始まり、ファントムは野蛮人の集団と化した。ファントムには、ゲートと同じように理想があります。自分が何者であるかは否定しません。ナイトも、クルセイダーも殺しました。ですが、デスブローが築いたファントムは、僕が信じていたものではなかった。」


 安藤先生は眉をひそめた。「ファントムは通常、政府やゲートを攻撃し、民間人には手を出しません。たとえ、戦いが彼らを巻き込むことがあっても、ですわね、かしら。」


「その通りです」俺は冷たく言った。「そして、ゲートも同じことをする。あなたはアメリカで活動していた、安藤先生。私はキャリアの初期、ヨーロッパにいた。英雄と悪役の境界線は、紙一重ですよ。」


 藤先生が、興味深そうに木村を見た。「では、なぜファントムを抜けたんじゃ?」


 木村は躊躇したが、答えた。「今のファントムは、僕が信じていたものとは違う。僕は彼らを裏切った。そして、それ以来、ずっと逃げ続けているんです。」


 何かに気づき、俺の胃がキリリと冷たくなった。


「あなたはレッド・ファントムじゃない…あなたは、月光刃の一員だった。」


 月光刃…


 木村は、暗い顔で頷いた。部屋は絶対的な静寂に包まれた。俺の頭が高速で回転する。ファントムは最近の組織だ。それ以前にゲートと戦っていたのは、月光刃――ムーンブレードだった。彼らは組織化され、階級も、手法もあった。テロリストではあるが、理想を持っていた。技術系大企業の支配を打ち破るという。その企業の武器を、彼ら自身に対して使うことで。時には、他のグループと戦うために、ゲートと共闘することさえあった。だが十年前、デスブローがヨーロッパに現れた時、彼と他のリーダーたちは、大企業と、その傀儡であるゲートに報復するために、ファントムを創設した。


「お前は、木村、理想のために戦っていた。サイコパスだからじゃない。」


 木村は俺を見て、その声は固かった。「僕は自分の罪を犯しました。許しは請いません。ですが、僕は今でも月光刃の一員です。」


 沈黙が戻ったが、緊張は解けなかった。花宮さんが一歩前に出て、その瞳が輝いていた。


「勇太先生、リスクは分かってる。でも、あなたの計画は自殺行為だよ。私たちの計画は完璧じゃないけど、みんなにチャンスをくれる。お願い、私たちを信じて。」


 俺は彼女を見た。彼女の瞳の頑固な輝きを。震えながらも、姿勢を崩さないフラヴィアンを。お姫様の仮面の裏で恐怖を隠す椿さんを。胸がギュッと締め付けられた。奴らは正しいのか?それとも、俺が憎しみに目を眩まされているだけなのか?


「花宮さん…」俺は言いかけたが、言葉に詰まった。何を言えばいいのか、分からなかった。


 桜井先生が立ち上がり、その声は最終決定のように響いた。


「あの子たちの案、検討させてもらうわ、勇太くん。」


_________________________________________________


 朝の空気はキーンと冷たく、鎧越しでも肌を刺すような寒さだった。


 俺は開盟高校本館裏、イベントホール前にいた。噴水のある小さな広場では、これから起ころうとしていることなど知る由もなく、水がポコポコと静かに湧き出ている。どんよりとした灰色の空は雨を予感させていたが、どうでもよかった。今日だけは。


 今日が三年生の卒業式――少なくとも、誰もがそう思っている日だ。学校のサイト、SNS、公式通知、その全てが式典の場所が大学ではなく、ここであることを示している。俺がランフレッドのために用意した、ささやかな不意打ち。汚い手だが、必要だった。奴がこの餌に食いつけば、俺たちは一歩先んじることができる。


 タスクフォースの配置はまだ完了していない。開始まで数時間あり、動きはざわざわと慌ただしいが、制御は取れていた。エージェントたちが敷地内に散らばり、装備を点検する者、通信を調整する者もいる。フォーレンとシェイドは黒のタクティカルウェアに身を包み、隅でヒソヒソと話している。その顔はタクティカルマスクで隠されていた。シロイは白いマントをまとい、白い鬼を投影したエルモで、もう一人のローニン――薄桃色のマントに、赤い目がギラリと光る暗い顔のエルモ――と何やらジタバタと身振りを交えながら激しく議論している。ローニンが「まあまあ、落ち着いてください」といった仕草をする一方で、シロイはイライラと腕を振り回していた。報告によれば、リヴァイアサンはすでに大学におり、計画のもう一方の端を固めている。


 俺は――いや、ワイト・ガントレットは、広間へと続く階段に腰掛けていた。エクソ・チェインメイルの鎧が肩にズシリと重い。エルモのバイザーは開けてあり、冷たい空気が顔に触れる。俺は全てを観察していた――エージェントたちを、ナイトたちを、生徒たちを。


 俺の生徒たち。


 ここにいて欲しくなかった連中だ。武器を手にし、スーツをまとい、戦う準備ができている。心の奥底で、俺の思考はあいつらの計画へと舞い戻っていた――花宮さん、フラヴィアン、椿さんの計画へ。俺をほとんど納得させかけた、あの計画。花宮さんのあの眼差し、フラヴィアンの意地っ張り、椿さんの隠された勇気。


 誇らしかった。認めたくはないが、心のどこかで、彼女たちが正しければいいと願っていた。


 女性のしゃがれた声が、俺の思考をプツリと断ち切った。「それがお主の思い描いていたものかえ、ワイト?」


 視線を上げる。スカーレット――桜井先生がそこにいた。赤いマントが風に舞い、エルモは王族のような金色のラインが入ったマスクを投影している。俺は立ち上がった。鎧の金属がギシリと軋む。「いえ、こういうわけでは…」俺はマスク越しにこもった声で答えた。「私は安全策を取るようなチームにいたことはありません。常に全てを賭けてきた。何しろ、私はクルセイダーですから。」


 彼女は一歩前に出て、イベントホールの中へ入っていく。俺は後を追った。磨かれた床に、俺の足音がコツ、コツと響く。ホールは広大で、白い柱と星のようにキラキラと輝くシャンデリアがあった。奥には、講堂へと続く二重扉のある広い階段。これから起こること――あるいは、俺が避けたいと願うこと――にとって、完璧な舞台だ。スカーレットは中央で立ち止まり、エルモの下の見えない瞳を俺に固定した。「お主は、この全てに何を望んでおる?」


 俺はムッとして眉をひそめた。「どういう意味です?」


「あの日以来」と彼女は始めた。その声は固いが、どこか内省的な響きがあった。「ずっと考えておった。全てを賭けるか、安全策を取るか。どちらが正しい道なのか、と。」


 俺は彼女を横目で見た。エルモのバイザーがシャンデリアの光を反射する。「報復などどうでもいい。デスブローに勝つかどうかも。重要なのは、あの子たちが無事でいることです。」


 一息置く。言葉の重みが俺にのしかかる。花宮さん、フラヴィアン、椿さん。奴らが、俺がここにいる理由だ。どんな復讐や義務よりも。


「失礼します」と呟き、俺は去ろうと背を向けた。


「ワイト」彼女の声が、鋭く俺を呼び止めた。


 俺は振り返った。エルモはまだ開けたままだ。「はい?」


「保証できるのかえ、勇太くん?ランフレッドに勝てると。」


 彼女の瞳は、隠されていても、俺の魂を貫き、心配の色を帯びているように感じられた。


 俺は思考を整理した。心臓が鎧の下でドクドクと力強く脈打つ。「そうは見えないかもしれませんが、私は多くのことに対して自信がありません。私の人生、私の選択…ですが、私のスキルは?」苦い笑みが唇に浮かんだ。「それだけは、100%信頼しています。」


 彼女は俺を見つめていた。俺たちの間の沈黙は、鎧と同じくらい重かった。「お主の計画でいこう」と、彼女はついに言った。その声は最終決定だった。


 俺は完全に振り返り、驚いた。「それはご提案ですか、桜井さん?」


 彼女の視線は、エルモ越しでも冷たく、揺るぎなかった。「これは命令じゃ。」


 一瞬、過去が蘇った――任務、敬礼、ワイト・ガントレットであることの重み。俺はスッと背筋を伸ばし、左腕を背後に、右腕を胸の高さに上げ、開いた手のひらを下に向ける。そして空を斜めに切り裂き、ゲートの敬礼を終えた。


「はい、閣下。」


 彼女は頷き、俺は背を向けてホールを出た。背後でドアが閉まる音は、銃が装填されるカチリという乾いた音のようだった。

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