第9話「脆いベールを切り裂く真実」
花宮陽菜
開盟高校の廊下は薄暗闇に包まれていた。外はもうほとんど夜で、深い紫色の空が昼間の最後の光を飲み込んでいる。
あたしたちは友美さんの後を、抜き足差し足で追っていた。心臓がドキドキと胸を叩く音は、きっと彼女にも聞こえているに違いない。フラヴちゃん、理香ちゃん、そしてあたしは、子猫みたいにコソコソと、ロッカーや半開きのドアの影に隠れながら進んでいく。友美さんの靴音だけがコツ、コツと静寂に響く。その足取りは、迷いがなく、まるで自分の目的地を正確に知っているかのようだった。
気づけば、あたしたちは本館の最上階、五階へと続く階段を上っていた。
(五階…)
背筋にゾクッと悪寒が走ったけど、それは恐怖からじゃなかった。他の生徒たちにとって、この場所はほとんど都市伝説。鍵のかかった教室、幽霊の噂、奇妙な物音…ほとんどの生徒は、ここへ上ることを考えただけで怖がる。まさか真実がどんな幽霊話よりもずっとクレイジーだなんて、知りもしないで。
五階はゲートの領域で、あたしが光ちゃんと訓練している道場も、ここから数メートルしか離れていない。それでも、一番の謎は桜井礼子理事長の部屋。彼女はユニコーンみたいな存在で、講演会や大事なイベントの時にしか姿を見せない。数回会ったのだって、ゆうくんが生徒会に頼んで付き添わせたから。それがなかったら、あたしにとって彼女はただの神話だった。
最上階の廊下にたどり着く。空気が重く、まるで建物自体があたしたちを見ているかのようだった。友美さんは「理事長室」と書かれた金色のプレートが輝く、重厚なドアの前で立ち止まった。
トントン。
彼女は力強く二度ノックした。「私だ」と、乾いた声で言う。中からくぐもった返事が聞こえたが、何を言っているかは分からない。友美さんはフンと鼻を鳴らした。「とっとと開けなさいよ!」。ドアが**ギィ…**と軋み、彼女は中へ入ると、カチャッと乾いた音を立てて後ろのドアを閉めた。
あたしたち三人は、お互いにつまずきそうになりながらドアに駆け寄った。冷たい木のドアに耳を押し付けようと、三人で身を寄せ合う。心臓が速すぎて、息もできなかった。中から、友美さんの声が爆発した。くぐもってはいたが、怒りに満ちていた。「お台場の一件に関わったって、どういうことよ、勇太?!」
(お台場…!)
その名前を聞いて、あたしはバレンタインデーの翌日、学校の昇降口のロッカー前での問答を思い出していた。
◇ ◇ ◇
「教えてくれなきゃダメだよ、ゆうくん!」あたしはドンッと足を踏み鳴らして言い張った。「あたしは君の『情報屋』でしょ?お台場で何があったの?ランフレッドって誰?」
彼は、世界の重荷を全て背負っているかのように、**はぁ…**とため息をついた。彼の金色の瞳は虚ろに見えた。「標的は椿理香だった。技術博覧会の時と同じく、敵は君を彼女と間違えたんだ」
あたしの顎がガクンと落ちた。彼女が危険なのは分かってたけど、理由までは知らなかった。
「君を椿さんと間違えて襲った男は、マルセル・ランフレッド」と、彼は低い声で続けた。「僕が知っているレッド・ファントムの元エージェント。僕の…師匠だ」。その言葉は、苦々しげに吐き出された。「あいつは一人で動いていたわけじゃない。奴の家族、椿テックが敵対的買収の標的になっていると我々は考えている。そして、ランフレッドはそのプロセスを…早めるために雇われた」
たしは彼をじーっと見つめ、ショックを受けていた。「じゃあ、なんで『情報屋』ごっこなんて続けさせたの?教えてくれたってよかったじゃない!彼女を見張るように頼んだってよかったじゃない!」
彼は視線を逸らし、その顔に罪悪感の色が浮かんだ。「それについては…君が正しい。最初は、君を疑っていたから『情報屋』のゲームを続けさせた。でも、時間が経つにつれて、君が何らかの形で役に立つと気づき始めたんだ」。彼はあたしの方を向いた。「椿さんに近づける誰かが、僕には必要だった…」
「うん…選挙が始まった時、彼女を見張るように頼んだよね…」あたしは、彼の言葉を信じきれずに答えた。
「そういうことじゃない」と、彼は素っ気なく言った。
「え?」
「彼女の性格を変えさせるために、誰かに近づいてほしかったんだ。そして、それをしたのは君だ、陽菜。ただ彼女に近づけと命令することもできた。でも、それじゃ不自然だ…椿さんがもっと目立つように、僕の…敵の目を引くように、誰かに彼女と親しくなってほしかった。君が自然に彼女と友達になること。椿が変装をやめたこと…ランフレッドがお台場で攻撃を仕掛けたこと…君たち全員…僕が期待した通りに動いてくれた」
彼は一息置き、その声はさらに低くなった。「すまない。何度もこれに抗ってきたが、僕の『担当者』と同じように…使える駒は全て使わなければならないんだ」
あたしは言葉を失い、彼に利用されたという事実の重みが、ズシンとのしかかってきた。
(あたしを…利用したんだ。)
「陽菜」と、彼はついにあたしを見た。「彼女の友達でい続けてくれ。もし最悪の事態が起きたら、彼女が一番必要とするのは、話し相手だからな」
◇ ◇ ◇
あたしの血の気がサァーッと引いた。彼らが話しているのは、理香ちゃんがターゲットだということ。しかも、彼女がすぐ隣で、全部聞いている!
「みんな、ここから離れよう!」あたしは囁き、二人をドアから引き離そうとした。「ここにいちゃダメだって!」。でも、もう遅い。理香ちゃんもフラヴちゃんもあたしを無視して、会話に完全に聞き入っていた。
「答えなさい、勇太!」と、友美さんが叫んだ。
彼の返事は聞こえなかった。ただ、いつもより大きく、鋭く、断固とした「口出しするな」という声だけ。胸がキュッと締め付けられた。
(ゆうくん…)
女性の声が、しゃがれているが権威を持って、空気を切り裂いた。「落ち着きなさい、葉志さん」
「今の、誰?」あたしは眉をひそめて囁いた。
フラヴちゃんは、金色の瞳を細めて、低く答えた。「桜井先生の声ですわ」
理香ちゃんは驚いて彼女の方を向いた。「どうして分かるの?」
フラヴちゃんは、緊張しているにもかかわらず、半笑いを浮かべた。「覚えていますもの」
(うわ、フラヴちゃん、あんたの記憶力って超能力みたい!)
あたしはあんぐりと口を開けた。授業を覚えているだけじゃないーー声や、細かいことまで全部記憶してるんだ。でも、あたしが何かを言う前に、彼女は「しーっ」と指を立て、あたしたちはまた聞き耳を立てた。
友美さんの声が、今度は憤りに満ちて響いた。「…じゃあ、一体何のために?これに何の意味があるの?なんで彼がここにいるのよ?」
新しい声が、毒々しく、からかうように答えた。「まあまあ、落ち着いてくださいよ、葉志さん?僕は今、善人側なのですよ」
フラヴちゃんとあたしは目を見開き、恐怖が背筋を駆け上った。「木村?!」あたしたちは同時に囁き、もう少しで後ろに倒れるところだった。
「善人?今すぐここで殺してやろうか!」と友美さんが言い返し、その声は怒りで震えていた。別の男性の声が、軽く、ほとんど笑いながら響いた。「同感だ!」
(石田先生?!)あたしは、英語教師の陽気な声を認識して、ぶつぶつ言った。
しゃがれた、しかし穏やかな声が口を挟んだ。「いずれにせよ、彼はこの任務部隊で我らを助けておる、葉志さん」
「誰?」と、あたしは好奇心に駆られて尋ねた。
「藤先生よ」理香ちゃんが囁いた。「三年生の国語の先生」
別の女性の声が、落ち着いて、しかしきっぱりと会話に加わった。「彼女に隠しておく必要はないと思いますわ。リヴァイアサンはこの任務に不可欠かしら」
(安藤先生?!)
友美さんが混乱して尋ねた。「それで、この任務部隊って何のために?」しかし、男性の声が答え、フラヴちゃんは青ざめた。「廉士兄…」彼女は、その声を認識して呟いた。
(ダメだ!言っちゃう!!)「もういいでしょ!!見つかる前にずらかるよ!!」あたしは絶望して囁き、彼女たちがついてきてくれることを願ったが、二人はまだドアに耳を押し付けていた。
そして、斎藤さんの声が、木製のドアを突き抜けて、はっきりと聞こえた。
「…暗殺の標的になる可能性のある生徒…椿理香を、守るためだ」
(ダメだ!彼女、聞いちゃった!)
あたしのパニックは、真実を知ったことへの恐怖ではなく、その真実が友達を打ちのめすのを見る恐怖だった。
あたしは理香ちゃんの方を向いた。彼女の世界が止まっていた。その金色の瞳は虚ろになり、口は半開きで、体は石像のように動かない。フラヴちゃんとあたしは、恐怖で目を見開きながら、彼女の方を向いた。
考えるより先に、あたしは彼女の肩を掴んで胸に引き寄せ、力いっぱい抱きしめた。「大丈夫、理香ちゃん!そんなこと考えないで!大丈夫だから、約束する!」あたしの声は震えていたけど、彼女のために強くならなきゃいけなかった。
フラヴちゃんは会話に聞き耳を立てに戻った。その目は集中していた。友美さんが、憤慨して叫んでいた。「なんで私を呼ばなかったの?私もこの生徒たちのこと、気にかけてるのに!この一年、ずっとみんなの話を聞いて、悩みを聞いてきたのに!」
ゆうくんが、冷たく、鋭い声で彼女を遮った。「お前をこれに引きずり込みたくなかったんだ」
「それを決めるのが、あんたなわけ?!」友美さんは言い返した。その声は爆発寸前だった。部屋は数秒間沈黙し、それから、ゆうくんが低く呟いた。「お前を守りたかったんだ」
友美さんの声が、怒りに満ちて空気を切り裂いた。「あんた、何様のつもり?!私のお兄ちゃん気取り?!いいこと、勇太、あんたは私のこと、何も決められない!あんたが私を『守る』必要なんてない!私はあんたの妹じゃない!陽菜ゃんだって、そうじゃないのよ!」
「あんた、彼女の気持ち、考えたことあるの?!」友美さんは続けた。「私の気持ちも、フラヴちゃんの気持ちも!理香ちゃんの気持ちさえも!彼女や、彼女の家族と、このことについて話したこと、あるわけ?!」
沈黙。重く、息が詰まるような沈黙。
「だったら、自分だけが全部解決できるみたいな顔、やめなさいよ!」
ショック状態だった理香ちゃんが、あたしが知らない力であたしの腕から抜け出した。彼女はドアに向かって身を投げ出した。
「理香ちゃん、ダメ!」あたしは叫び、彼女を止めようとした。フラヴちゃんが彼女の足にしがみついたが、理香ちゃんの怒りと絶望が、彼女に超人的な力を与えていた。
バーン!
ドアが轟音と共に開かれ、あたしたちは乱闘の真っ只中に姿を現してしまった。あたしとフラヴちゃんは、まだ理香ちゃんを止めようとしていた。彼女は震え、顔はこらえきれない涙で濡れ、胸が激しく上下していた。友美さんは、まだゆうくんの襟首を掴んだまま、驚いてあたしたちを見ていた。
部屋の中では、桜井先生が長いテーブルの端に座り、その視線は穏やかだが、鋭い。彼女の左には、のんびりとした笑みを浮かべた石田先生、右には真剣な顔の藤先生、その隣には、ショックを受けた安藤先生が立っていた。テーブルの反対側では、斎藤さんが心配そうな顔をし、ゆうくんの後ろには、純粋なパニック顔の木村がいた。
理香ちゃんは、どもりながら一歩前に出た。「説明して!」彼女は叫んだ。その声は途切れ、ついに涙が溢れ出した。「あたしを殺そうとしてるって、どういうことよ?!」
友美さんはゆうくんを放し、その目を細めた。「あんたたち、三人のガキが…」彼女はゆっくりとあたしたちの方へ歩き始めたが、ゆうくんが彼女の肩に手を置いた。彼女は振り返り、そして…あたしたち全員が固まった。
ゆうくんと出会ってからずっと、彼はあの死んだ魚みたいな目をしていた。時々、あたしの心臓をドキリとさせる、優しい輝きを宿すこともあった。稀に、真剣で、怖い顔をすることも。でも、今は?彼の目は違っていた。半開きで、決意と奇妙な虚しさが混じり合っていた。イライラした時の、あの燃えるような黄色でもなければ、優しい時の、あの温かい金色でもない。冷たく、死んだような黄色。絶望の光が、あたしの胃をキリリと締め付けた。
あたしの隣にいたフラヴちゃんの反応は、もっとひどかった。彼女の金色の瞳が、まるで幽霊でも見たかのように大きく見開かれた。彼女は、この眼差しを、前に見たことがある…
ゆうくんは長いため息をつき、その声は低いが、しっかりとしていた。「他に言うことがないのなら、このまま進める」彼はドアまで歩き、理香ちゃんの横を通り過ぎる時、彼女の肩に手を置いた。「理事長と話せ。今は、彼女が一番お前の助けになる」
彼はあたしを見なかった。フラヴちゃんも。あたしたちの横を通り過ぎる時、「すまない…」と、ほとんど聞こえないくらい小さな声で呟いた。フラヴちゃんが彼の腕を掴もうとしたが、彼はそれをグイッと引き抜き、その力で彼女はバランスを崩し、床に膝から崩れ落ちた。
斎藤さんが廊下に現れ、その声は心配そうだった。「勇太、お前—」
「斎藤、頼む」ゆうくんは素っ気なく遮ると、廊下を進み、闇の中へと消えていった。
床にいるフラヴちゃんは震え、両手で顔を覆い、ほとんどヒステリックになっていた。斎藤さんが彼女の隣にしゃがみ込み、その頭に手を置いた。「大丈夫だ、フラヴちゃん」と、彼は優しい口調で言った。「それは、俺が約束する」
彼女は顔を上げ、その目は涙でいっぱいだった。斎藤さんは部屋の方を向いた。「二人を家に連れて帰る。友美さん、一緒に来てくれるか?」
友美さんは頷き、あたしの方へ来て、その手を握った。斎藤さんは続けた。「椿さん、今日は先生たちと一緒にここにいた方がいい」
安藤先生が理香ちゃんの元へ歩き、その手を握った。「行きましょう、椿さん。落ち着くためにお茶を淹れてあげるわ」と、彼女は優しい声で言った。テーブルの反対側にいた木村が、「僕もこれで失礼します」と呟き、消えていった。
あたしはそこに立ち尽くし、頭がグルグルしていた。胸の重みが増していく。(ごめんね、ゆうくん。あなたの秘密を守れなくて、ごめん。どうか、あたしを嫌いにならないで。)でも、あの眼差し…あれは、あたしの知っているゆうくんじゃなかった。ジャック・シルバーハンドだったの?彼がかつてそうだったという、あのヒーロー?もしそうなら…あたしは、彼があんな風に戻るのは、絶対に嫌だ。
あたしは、まだ床にいるフラヴちゃんを見た。その顔は両手で覆われている。安藤先生の腕の中で震える理香ちゃんを見た。そして、暗い廊下を一人で歩いていくゆうくんの姿を思い浮かべた。
(あなたは誰なの、ゆうくん?そして、どうして全部一人で背負ってるの?)
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斎藤廉士
ブルルン…
エンジンの唸りだけが、車内の沈黙を破っていた。街灯の光が窓をチラチラと踊り、助手席に座る友美さんの顔に素早い影を落とす。彼女は窓に腕を乗せ、叫びたい言葉を飲み込むように手で口を覆っていた。その足がカタカタと絶え間なく揺れている。その神経質なリズムは、俺自身の沸騰する血と共鳴しているようだった。後部座席では、フラヴちゃんが完全に心を閉ざしていた。無表情な顔、虚ろな金色の瞳、そして花宮さんの肩に力なくもたれかかる頭。花宮さんはフラヴちゃんの髪を撫で、何かを優しく囁きながら、あの少女の中で崩れ落ちていく何かを必死に支えようとしていた。俺はハンドルを握る指の関節が白くなるのを感じた。
(勇太、この野郎…なんでこんなことになるまで放っておいたんだ?)
数時間前の、あの息が詰まるような最上階の会議室での光景が、脳裏に蘇る。
◇ ◇ ◇
俺の声が、怒りに任せて爆発した。「一人でだと、勇太?!どういうつもりだ!」
いつも冷静な桜井先生でさえ、ショックを隠せず、声が震えていた。「勇太くん、それは自殺行為じゃ!」
部屋中の誰もがパニックに陥っていた。世界を冗談だと思っているような、あのひねくれた笑みを浮かべる木村でさえ、目を見開いていた。「おいおいおい!本気で言ってるのか?!」
勇太はゆっくりと振り返る。その動きは機械のように正確だった。
例の眼差し。
冷たく、虚ろで、どこか遠い。…暗殺者の目だ。
「あの日は、ランフレッドを甘く見ていた」奴の声は乾いていて、刃のように鋭かった。「奴だけじゃない、私自身もだ。ランフレッドを捕らえることより、陽菜にどう説明するかに気を取られていた。」彼は一息つき、その半開きの目の黄色は、命なく色褪せていた。「申し訳ない。今度こそ…」声は硬化し、一言一言が死の誓いとなった。「…奴を排除する。」
◇ ◇ ◇
車に戻っても、あの眼差しの重圧がまだ俺を窒息させそうだった。
(勇太、お前、本当に一人でランフレッドに立ち向かうつもりか?)
俺が考えに沈む前に、友美さんが口を開いた。その声は低く、ほとんど囁きだった。「斎藤さん…先輩のあの眼差し…」
俺は横目で彼女を見たが、すぐにバックミラーに視線を移した。フラヴちゃんが反応し、花宮さんの肩の上で体がこわばる。
(あいつは知っている。ずっと前から。)
**はぁ…**とため息をつく。苛立ちと、長年の付き合いから来る疲労感が混じり合っていた。「あいつが『現役』だった頃の目か?」俺は、自分自身に言い聞かせるように、言葉を続けた。
友美さんはこちらを向き、その青緑の瞳が好奇心に輝いた。「どういう意味ですか?」
「俺はエージェントだの、ナイトだの、クルセイダーだの、そんなことどうでもよかった」俺は、しゃがれた声で話し始めた。目は暗い道路に固定したままだ。「俺がゲートに入ったのは理由が一つだけだ。勇太を助けるためだ。俺にとっては、ただの仕事だった。でも、あいつは…」一度言葉を切り、真実の重みが喉を締め付けた。「…あいつは、文字通り、そのために生まれてきたんだ。」
友美さんは、混乱して眉をひそめた。バックミラー越しに、花宮さんがハッとして固まり、目を見開いているのが見えた。フラヴちゃんは震え、口が動いている。まるで、ずっと知っていたことを否定しようとするかのように。
「彼は子供の頃からクルセイダーになるために育てられたってことですか?」友美さんが、ためらいがちに尋ねた。
俺は首を横に振った。車が赤信号で止まり、その赤い光がボンネットを照らす。俺は友美さんを見て、一瞬だけ花宮さんに視線を送ってから、また彼女に向き直った。「あいつは英雄になるために育てられたんじゃない。…暗殺者になるために育てられたんだ。」
シーン…
その後の沈黙は、まるで殴られたかのような衝撃だった。友美さんは前を向いたまま無反応で、その目は通りに釘付けになっている。フラヴちゃんはさらに強く震え、膝の上で拳を握りしめていた。ずっと恐れていた真実が、今、声に出して語られたのだ。花宮さんは、悲しげで虚ろな眼差しで、罪悪感の海に溺れているようだった。
(悪いな、お嬢さんたち。いくつかの真実は、ナイフより深く突き刺さる。)
信号が青に変わり、俺は再び車を走らせた。エンジンの唸りが、空虚を埋めていく。残りの道中は沈黙に包まれ、それぞれが自分の思考に囚われていた。勇太とフラヴちゃんのマンションの前で車を停める。彼女は車を降り、俺のドアの横に立った。その顔はまだ無表情だったが、金色の瞳には何かが砕けていた。
「本当に大丈夫か?」俺は、思ったより優しい声で尋ねた。「お前の兄貴のことだから、お前たちが真相を知って、友美さんがこれに関わる可能性が出てきた今、一晩中あらゆる計画と可能性を練るだろうな。」
友美さんはフンと鼻を鳴らし、腕を組んだ。「当たり前じゃないですか。私が戦います。このままにしておくわけにはいきません。」
俺は横目で彼女を見たが、フラヴちゃんに視線を戻した。「あいつ、今日は帰ってこないだろう。本当に大丈夫か?」
彼女は頷いた。その声は弱々しかった。「大丈夫…わたくしも、少し考える時間が必要だから。」彼女は数歩歩いたが、立ち止まって振り返った。「廉士兄…アレックスには、言わないでください…ですの。」
俺は何も言わずに頷いた。彼女は建物に入り、そのシルエットが玄関の闇に消えていった。
今度は、花宮さんの家の前。彼女は車を降り、一度も振り返らずに歩いていく。その肩は、まるで世界の重みを背負っているかのように丸まっていた。「花宮さん──」俺が声をかけると、彼女は不意に振り返った。
「斎藤さん、あなたはフラヴちゃんに言いましたよね。『それは、俺が約束する』って。」彼女の声は震えていたが、その瞳は決意に燃え、頬は赤く、泣き出しそうだった。「彼があんな風に戻らないように、止めてくれますか?」
俺は驚いたが、安堵からか、口の端に笑みが浮かんだ。
(こいつ、根性あるな…)
「知ってるか、花宮さん。俺がエージェントだった頃、上官から一つの命令を受けたんだ。あの馬鹿を、命懸けで守れってな。だから、ああ。あいつを昔のあいつには戻させない。」
彼女は自信に満ちた笑みを浮かべ、その瞳はこらえた涙で輝いていた。そして家へと駆け込み、ドアが後ろでバタンと閉まった。友美さんが眉をひそめて、俺を見つめた。「本当なんですか?その命令って。」
「ああ」と、俺は低い声で答えた。視線は虚ろに、通りを見つめていた。「兄さんが命じたんだ。」
彼女は口を開いたが、ためらった。俺はその沈黙を利用して、ほとんど聞こえないくらいの声で呟いた。
「ただ、あの馬鹿が、本当に俺にそれをさせてくれるかどうか…」
エンジンが唸り、俺たちは夜の中を進んでいった。これから起こることの重みが、少しずつ俺たちを飲み込んでいく。




