第8話「絶叫の前の静寂」
花宮陽菜
夕日が地平線に沈みかけ、生徒会室を燃えるようなオレンジ色に染めていた。あたしは椅子にドサッと身を投げ出し、床に落ちたカバンが鈍い音を立てる。
期末試験が終わり――奇跡的に、あたしは進級できた!まだ心臓がマラソンを走りきったみたいにバクバクと高鳴っている。副会長で、成績はまあまあ。そして、正式に来年もこの学校にいられる!やった!あたしってば、マジ天才!
でも、その安堵感は、いつも通りすぐに消え去った。
フラヴちゃんはテーブルの端に座り、その艶やかな黒髪は闇色の絹のように輝き、黄色い瞳は壁の見えない一点をじーっと見つめている。静かだ。静かすぎる。いつもならドラマチックな物言いや鋭いツッコミで場を盛り上げる彼女が…まるで生気がないみたい。反対側では、お姫様みたいな理香ちゃんが、赤い髪を一房いじりながら、その金色の瞳でフラヴちゃんを睨んでいた。シーンとした静寂が部屋に重くのしかかり、まるで空気そのものが息を潜めているかのようだった。
理香ちゃんが、上品に、まるで練習したかのように咳払いをした。「シルバーハンドさん、ここ数日あまりお力になれず、申し訳ありませんでしたわ。試験がございましたから…」彼女は、クリームを塗りすぎたケーキみたいに甘すぎる笑みを浮かべて首を傾げた。「あなた…何か情報は掴めましたの?」
フラヴちゃんは瞬き一つしない。「何も…ありませんでした、です」声は乾き、表情は固い。彼女の指がテーブルの縁をギュッと握りしめ、その瞳の奥に深い悲しみが見えた。あたしの胸が、キュッと締め付けられる。
(フラヴちゃん…どうしちゃったの?)
あたしが何か言う前に、ドアがギィ…と軋んだ。アレクサンダーくんが入ってくる。彼のブロンドの髪は、走ってきたかのように乱れていた。普段は凍った湖のように静かな青い瞳が、部屋をサッと見渡し、理香ちゃんの上で止まる。彼は、心底驚いたように片眉を上げた。「椿先輩?」
彼女は凍りつき、お姫様の笑みが一瞬だけ揺らいだ。あたしの口がパクパクと動いたけど、言葉にならない。(あの子、なんでここに?!)
アレクサンダーくんは、少し困ったように後頭部を掻いた。「理由は聞きません」彼は、ほとんど囁くような低い声で言った。「でも、教室の鍵を閉めないといけないんです。皆さん…もう、帰っていただけますか?」
あたしは椅子からピョンと飛び上がり、まるで世界中の問題を解決できるみたいに両手を広げた。「待って、待って、アレクサンダーくん!あたしが代わりに閉めとくから!」心臓がドキドキして、自分でも理由が分からない。たぶん、彼にこの話を聞かれたくなかったから。「あなた、もう帰っていいよ、マジで!」
彼は、疑わしげに眉をひそめた。「勇太に頼まれたんだ。後で文句を言われるのはごめんだから。」
「でも、あたしは副会長だよ!」あたしは胸を張って自分を指差した。「信用してくれていいって!あたしが全部やっとくから!」
アレクサンダーくんは、目を細めてあたしを見つめた。一瞬、断られるかと思った。でも、彼はもう最悪の事態を覚悟したような顔で、疲れたようにため息をつくと、鍵束をこちらへ放った。カチャリ、と金属音が部屋に響く。
「分かりました、花宮先輩。でも、何か問題が起きたら、先輩の責任ですからね。」彼は背を向けると、ドアをバタンと閉めて出て行った。
あたしは、無意識に止めていた息を吐き出し、再び椅子にドサッと崩れ落ちた。隣の理香ちゃんも、胸に手を当ててホッと息をつく。「助かりましたわ」彼女は呟き、お姫様モードが完全に戻っていた。
でも、あたしたちの視線はすぐにフラヴちゃんに戻った。彼女はまだそこにいた。世界の重みを一人で背負っているかのように、物憂げな顔で。理香ちゃんは眉をひそめると、突然ガバッと立ち上がり、フラヴちゃんのブレザーの襟を掴んで、前後にガクガクと揺さぶり始めた。
「早く言いなさいよ、シルバーハンドさん!」彼女の、細くて甘くて可愛らしい声が、甲高い叫び声になった。お姫様の仮面が、ガラガラと崩れ落ちる。「あの人がいなくなってから、ずっとそうじゃない!」
**パシン!**と、乾いた平手打ちの音が静かな部屋に響いた。
フラヴちゃんは驚きに目を見開いたが、すぐに理香ちゃんの手を強く叩き返した。「何でもないって言ってるでしょ!」その声は震え、黄色い瞳は怒りに燃えていた。理香ちゃんは叩かれた自分の顔を手で押さえる。その顔は真っ赤になり、金色の瞳に涙が浮かんでいた。「ひどい…この乱暴者!」彼女は、さらに甲高く、子供みたいに泣きじゃくった。
あたしは両手を上げて、二人をなだめようとした。「わー、二人とも、すっかり仲良しだねー」でも、二人はあたしを完全に無視。まるで、あたしが部屋の家具か何かみたいに。(はいはい、陽菜、あんたは今日、存在しないのね。)
フラヴちゃんは腕を組み、視線を落とした。「わたくし…斎藤さんからは、何も…」彼女は、か細い、自分のものではないような声で認めた。「兄上に直接聞けと言われました…でも…」彼女はためらい、拳を強く握りしめる。「あの人、全然家にいないんです。帰りは遅くて、帰ってきてもすぐに寝てしまう。ほとんど話してくれません。まるで…子供の頃みたいに…です」彼女の瞳が揺れる。怒りからじゃない、深い痛みで。「怪我をして帰ってきて、何週間も姿を消して…わたくしは…理由も分からず…」
あたしの心が、千々に砕け散った。フラヴちゃん…
何か言ってあげたかった。抱きしめてあげたかった。でも、言葉が喉につかえて出てこない。ゆうくんのことを思った。彼が教えてくれたこと。お台場での、彼の肩の血。彼が、誰も見ることのできない戦争の真っ只中にいること。そして、あたしも知ってしまったその秘密が、今、フラヴちゃんを押しつぶしているんだ。
理香ちゃんは、まだ顔をこすりながらも、すっと背筋を伸ばした。お姫様の笑みが戻ってきたけど、その瞳には違う輝きがあった――決意の輝きだ。「わたくしたちが話せる相手が、一人おりますわ」彼女は、しっかりとした声で、金色の瞳をあたしたち二人に向けて言った。
「誰?」あたしは眉をひそめた。
「葉志友美ですわ」彼女は、それが世界で一番当たり前のことであるかのように答えた。
あたしの脳が、カチンと固まった。友美さん?!
あたしの頭の中で、ある記憶が**バーン!**と爆発した。リアルすぎて、ただのゲームとは思えなかった、あのVRシューティング。ゆうくんと友美さんが並んで、銃弾を交わし、まるでそのために生まれてきたかのように動いていた。ゆうくんは分かる――彼は…ワイト・ガントレットだもん。でも、友美さん?当たり前じゃない、陽菜!どうして今まで気づかなかったの?!あたしの胃が、ゾクッと冷たくなった。彼女も、この世界の一員なんだ。
理香ちゃんは続けた。その赤い髪が、身振りに合わせて揺れる。「あの方たちは同じ大学出身で、いつも親しくしておりました。彼女なら、何かご存知のはずですわ」。彼女はフラヴちゃんを真剣な目で見つめた。「まだ真実を突き止めることはできますわ、シルバーハンドさん。」
フラヴちゃんは顔を上げた。彼女の黄色い瞳に、再び生命の光が宿る。彼女は頷き、いつものドラマチックな雰囲気が、力強く戻ってきた。「では、彼女を探しに行きますわよ、です。」
「待って!」あたしは手を上げた。心臓が速くなる。「友美さん、もうとっくに帰ってるって!」友美さんと対決するなんて考えただけで、神経がピリピリした。でも、あたしが説明する前に、ほとんど本能的にスマホを取り出していた。
「よし、あたしに任せて。」
番号をダイヤルする。二人が、あたしが魔法でも使うかのように見つめている。「あ、もしもし、友美さん!うん、うん、もちろん…今から学校に来れる?うん、うん、うん、もちろん!」
電話を切ると、額に汗が滲んでいた。フラヴちゃんと理香ちゃんは、口をあんぐり開けてあたしを見ている。
「どうやって説得したんですの?!」理香ちゃんが、甲高い、ほとんど悲鳴のような声で言った。
あたしは肩をすくめ、何でもないように見せかけながら、あまりにも簡単に出てきた嘘を口にした。「何か困ったことがあったら電話してって言われてたから。どんなことかは分かんなかったけど…」
数分後、**バァン!**と、とんでもない勢いで部屋のドアが開け放たれた。
友美さんが竜巻のように入ってくる。息を切らし、濡れた紺色の髪が汗で顔に張り付き、頬は真っ赤だった。「そ、それで…先輩に告白するためのアドバイスが欲しいってこと、はるなちゃん?」彼女は途切れ途切れの声で尋ねた。その青緑の瞳は、おかしな期待で輝いていた。
フラヴちゃんと理香ちゃんはあたしの方を向き、その目は危険なほど細められていた。「あら、そういうことでしたの」二人は、毒を含んだ笑みを浮かべて、声を揃えた。
「違うってば!」あたしは叫んだ。顔が火事みたいに熱い。「友美さん、そういうんじゃないの、お願いだから!」
彼女は、明らかにがっかりして唇を尖らせた。「ふんっ。じゃあ、なんなのよ?」彼女はそう言って、まるでマラソンを走り終えたかのように、机の上にドサッと身を投げ出した。
あたしは深呼吸した。言葉が喉に詰まる。「ゆうくんのことなんだけど…そういうのじゃないの。」
友美さんは首を傾げ、「ふーん、続けて?」と好奇心に満ちた声で言った。彼女は机の端に腰掛け、足を宙でぶらぶらさせている。あたしたち三人は、まるで先生の前にいる生徒みたいに、彼女の前に座った。理香ちゃんが口火を切る。その口調は真剣で、甘やかされたお姫様の雰囲気は微塵もなかった。「わたくしたちは、勇太先生が本当は何者なのか、知りたいのです。」
友美さんは、困惑して瞬きした。「大学に通いながら、先生として働いている学生、でしょ?」彼女は、それが当たり前であるかのように答えた。
理香ちゃんは手を振った。彼女の細くて、甘くて可愛らしい声が戻ってくる。「そうじゃありませんの!」彼女は机をバンッと叩き、金色の瞳が輝いた。友美さんは笑い出し、その目はキラリと光った。「可愛いわね、理香ちゃん!」
「理香ちゃんって呼ばないで!」理香ちゃんは叫んだ。その声はほとんど泣きそうで、顔は真っ赤だった。あたしは笑いをこらえるために唇を噛んだ。
「友美さん」あたしは割って入った。声が震える。「ゆうくんは、どうしていつも姿を消すの?」
彼女は肩をすくめ、軽い笑みを浮かべた。「彼は先生で、学生で、生徒会の顧問よ。働きすぎなのよ、きっと。」
「そうじゃない!」あたしは負けじと言い返した。手が顔に飛ぶ。なんでこんなに難しいの?!
それまで静かだったフラヴちゃんが、**ドンッ!**と乾いた音を立てて机を叩いた。「そうではありませんわ!」
彼女の黄色い瞳は燃えるように、冷たい怒りに満ちて、友美さんを射抜いていた。「あなたと兄上は、『ゲート』とどういう関係があるのです?」
空気が、凍りついた。あたしの心臓が止まる。(フラヴちゃん、ゲートのこと知ってるの?!)
あたしは絶望的に彼女を見た。手が震える。理香ちゃんが囁いた。「どうしてそんなに単刀直入に…!」でも、もう遅かった。
友美さんの笑顔は消えなかった。ただ、ピシッと凍りついた。彼女の瞳から光が消える。紺色の髪が顔にかかり、表情を隠す。「あらぁ…?」彼女は言った。その声はまだ甘い。でも、それは甘い毒の声だった。彼女の瞳の熱帯の海は、暗く荒れ狂う深淵へと変わっていた。「その名前」彼女はゆっくりと顔を上げた。あたしの背筋を、冷たいものが駆け上る。「どこで聞いたのかしら…この、クソガキども?」
その声は、低く、殺意に満ちた囁きで、部屋の空気をビリビリと震わせた。
フラヴちゃんと理香ちゃんはガタガタ震えながら抱き合い、恐怖で泣き出してしまった。あたしは椅子から後ろへ倒れ込み、声にならない叫びが、頭の中だけで響き渡った。(ママが欲しいいいい!)あたしの体はゼリーみたいになり、心臓が肋骨に激しく打ち付けられ、破裂しそうなくらい大きかった。
友美さんは、まるで獲物に忍び寄る捕食者のように、机から立ち上がった。まだ理香ちゃんに抱きついたままのフラヴちゃんが、絶望に満ちた声で話し始めた。「わたくしは、ただ兄上を守りたいだけなんです!彼にまた戦ってほしくない!また傷ついてほしくないんです!」
友美さんは、あたしたちの数歩手前で立ち止まった。「あら?また戦う?」彼女は、片眉を上げて繰り返した。フラヴちゃんと理香ちゃんは、命がかかっているかのように、必死に頷いた。実際、その時は、そう感じられた。
彼女は机に戻って腰掛けた。その眼差しはまだ氷のように冷たい。でも、声は少し落ち着いていた。それでも、脅威はまだそこにあった。「何が起こっているのか、説明してちょうだい。」
彼女の目が、あたしたちを射抜いた。あたしは悟った。もう、後戻りはできない。ゆうくんの――そして、友美さんの――秘密が、今、暴かれようとしている。あるいは、あたしたちを完全に押しつぶすか。
生徒会室の空気が、**ズンッ!**と重くなった。肺が押し潰されそうなほど重い。理香ちゃんを抱きしめたまま、フラヴちゃんがぷるぷると震える。その黄色の瞳は怒りではなく、純粋な恐怖に揺らめいていた。
「兄上が…あの日、五月に…木村とかいう男と、あの路地裏で…」彼女の声はかすれ、一言一言が喉を引っ掻くガラスの破片のようだった。
友美さんは眉をひそめた。表情は変わらないが、その青緑の瞳は魂まで見通してきそうだ。フラヴちゃんはゴクリと唾を飲み込み、さらにか細い声で続けた。
「わたくしが小さかった頃…兄上はいつも、あんな風に帰ってきましたです。傷だらけで、疲れ果てて…。時には、もうダメなんじゃないかって思うくらい深い怪我をして…」彼女は言葉を切り、拳を強く握りしめた。「兵士かなにかだって分かってはおりましたわ。でも、どうしてなのかは…何も、話してくださいませんでしたの。」
理香ちゃんがフラヴちゃんから身を離し、すっと姿勢を正す。赤い髪が揺れた。「お気持ちは分かりますわ、シルバーハンドさん」その声は驚くほどしっかりしていたが、今まで見たこともないような脆さがあった。「実を申しますと…わたくしも、自分の家族…椿家のことを、理解する必要があるのです」彼女の金色の瞳が、キラリと焦点を結んだ。「そして、勇太先生が…全てを解き明かす鍵なのだと、そう信じておりますの。」
友美さんは腕を組み、その視線は理香ちゃん、フラヴちゃん、そして最後にあたしのうえでピタッと止まった。ドキッ!「二人の事情は分かったよ…」彼女の落ち着いた声には、あたしの胃を冷たくさせる重みがあった。でも、彼女はそれ以上何も言わず、ただあたしをじっと見つめている。声には出されない質問が、耳鳴りのように頭に響いた。**ゾクッ!**と背筋に悪寒が走る。助けを求めるようにフラヴちゃんと理香ちゃんを見たけど、二人も同じ問いかけるような目をしていた。まるで三人が、心を一つにして考えているみたいだった。(…で、あなたは?どうして?)
(あたし?あたしは、なんでここにいるの?)頭が真っ白になる。胸がキュッと締め付けられた。二人には、立派な理由がある。じゃあ、あたしは?あたしは何がしたいの?
「わ、あたしは…フラヴちゃんを応援してるだけだから!」あたしはどもりながら、両手をパタパタさせた。
理香ちゃんはふんと鼻を鳴らし、あの毒のあるお姫様の笑みを浮かべた。「あら、花宮さん。好きな人のことを心配しているだけでしょう?普通のことですわ。むしろ、可愛らしいくらい。」彼女は口元を覆い、その瞳が悪意に輝いた。
「違うもん!」あたしは言い返した。顔から火が出そうだ。(くそっ!バレてる!)今すぐ穴を掘って埋まりたかった。
フラヴちゃんは、まだ憂鬱な顔のまま、あたしを見た。「もし何かご存知でしたら、話していただかなければなりません。あの日、わたくしの家に泊まった時のように、です。」
友美さんがぱちくりと瞬きした。「あれ、フラヴィアンちゃん?勇太と一緒に住んでるんじゃないの?」
フラヴちゃんは頷き、目を伏せた。「ええ、左様です。でも…あの日、わたくしは家を空けておりました。ですから、二人はきりでしたのよ。」
(えぇっ?!)心臓が止まった。友美さんは猫のようにいたずらっぽく微笑み、その瞳がキラリと光った。「二人きり、ねぇ?もっと詳しく教えてよ、陽菜ちゃん。」
「な、何もなかったってば!」と叫んだけど、フラヴちゃんが、復讐心に燃える目で口を開いた。「二人は兄上のベッドで睦言を交わしていて、兄上が本気になったところで、おやめになりましたですわ—」
友美さんと理香ちゃんが、真顔で、感情のない声で同時に言った。「「いくじなし…」」
フラヴちゃんは、真剣な口調で頷いた。「ええ、そうですわ。はるちゃんが申すには、兄上の御手が彼女のお胸に—」
「フラヴちゃーん!」あたしは彼女に飛びかかり、両手でその口を塞いだ。顔が爆発しそうなくらい熱い。理香ちゃんは両手で口を覆い、あのお姫様みたいな声が、ショックで可愛らしい声に変わっていた。「あなたって、案外…えっちですのね、花宮さん!」
「もうやめてよ!」あたしは半泣きで叫びながら、まだフラヴちゃんの口を塞いでいた。心臓がうるさすぎて、倒れそうだった。
友美さんは笑っていたが、すぐに静かになり、あたしをじっと見つめた。彼女が真剣に、あたしの心の中まで見ているのが分かった。「陽菜ちゃん、落ち着きがない。落ち着きがなさすぎるよ」と、彼女は低い声で言った。そして、フラヴちゃんの方を向いた。「ゲートの名前、どこで聞いたの?」
フラヴちゃんはためらい、目を伏せた。「理香ちゃんですわ。兄上はおそらく関係があるだろうと。ゲートは、わたくしの実家の会社の顧客ですから。」
友美さんは頷いた。表情は変わらない。でも、あたしの方へ向き直ると、その瞳がギラリと光った。「あなた、何か知ってるよね、陽菜ちゃん?」
**ゾクッ!**あたしは凍りついた。体が震え、息が喉に詰まる。横を見ると、理香ちゃんが「もう隠せないわよ」という顔であたしを見ている。フラヴちゃんは、絶望に満ちた金色の目で、あたしに懇願しているようだった。唇が震える。「あ、あたし…あたしは…」胸が締め付けられ、心臓が暴れ、恐怖が全てを飲み込んでいく。フラヴちゃんに嘘はつきたくない。ゆうくんを裏切りたくない。でも、涙が、熱い雫となって頬を伝った。あたしは泣き崩れ、途切れ途切れの声で言った。「あの日、彼の家で…あたし、彼のパソコンに侵入して、本当の彼が誰なのか知っちゃったの…エージェントで、クルセイダーで…」
友美さんの目が見開かれ、顔が青ざめた。「クルセイダー?」彼女は、ほとんど囁くように繰り返した。
「…ヒーローなの」あたしは続けた。涙が止まらない。「彼が何を言ってるのか全然分からなかったけど、フラヴちゃんとアレクサンダーくんを守りたいからだって、それは分かった…。彼が今、どんな目に遭ってるのか、あたしには分からない…でも…」あたしの心は、自分が自己中心的だと叫んでいた。フラヴちゃんは兄を救いたい。理香ちゃんは自分自身を理解したい。じゃあ、あたしは?ただ、ゆうくんにそばにいてほしいだけ。ただ、愛する人を失いたくないだけ。「ごめんね、ゆうくん…あたしだって、彼にあの世界に戻ってほしくないの!」あたしの瞳は、涙と決意で濡れていた。心は、もう丸裸だった。
友美さんは、まだ怒りの火花を目に宿したまま、真剣な顔であたしを見ていた。フラヴちゃんは麻痺して、口を半開きにし、その目は影に隠れて表情が読めない。理香ちゃんが、低い声で言った。「わたくし、クリスマスの日、お台場で勇太先生が花宮さんを何かから庇っているのを見ましたわ。」
友美さんの目が細められた。「説明して、陽菜ちゃん。」
あたしは涙を飲み込み、顔を拭った。「あたし…何だったのか分からない。変な男の人が現れて…ゆうくんは、彼をランフレッドって呼んでた。光の弾みたいなのがゆうくんの肩に当たって、紙みたいに皮膚が裂けた。それから彼は、あたしをそこに残して、あの男を追いかけていったの。あたしも追いかけようとしたけど、安藤先生に止められて、それで…」
友美さんはあたしの言葉を遮った。彼女は手で口を覆い、その眼差しは深く、まるでパズルのピースを繋ぎ合わせているかのようだった。「クリスマスの、お台場でのあの事件…」彼女は、重々しい声で呟いた。
あたしはフラヴちゃんを見た。胸が痛む。「ごめんね、フラヴちゃん」あたしはしゃくりあげた。彼女が爆発して、真実を隠していたあたしを怒鳴りつけるのを覚悟していた。でも、その代わりに、彼女は駆け寄ってきて、あたしを強く抱きしめた。その腕は震えていた。「ごめんなさい、はるちゃん…あなたをこんな危険な目に遭わせていたなんて、気づきませんでしたです…」彼女の声は途切れ、涙が頬を伝った。
「ごめんね、フラヴちゃん!」あたしは泣きながら、彼女を抱きしめ返した。あたしたちのその瞬間が、涙としゃくりあげの声と共に、部屋を満たした。隣で、理香ちゃんが小さく、でも本物の、安堵の笑みを浮かべていた。
**パンッ!**友美さんが手を叩き、その場の空気を断ち切った。「泣くのはそこまで。」彼女の眼差しは真剣で、ほとんど怖いくらいだった。「わたしについて来て。」
あたしたち三人はぱちくりと瞬きした。「どこへ?」と、あたしはまだしゃがれた声で尋ねた。
友美さんは答えなかった。ただ立ち上がると、しっかりとした足取りで部屋を出ていった。あたしたちは顔を見合わせ、ためらいながらも、ドキドキする心臓を抱えて彼女の後を追った。彼女はあたしたたちを誰もいない廊下へと導き、学校の一番忘れ去られた隅にある、廃教室へとたどり着いた。そこはカオスそのものだった――古くて汚れた机、宙に舞う埃、隅っこに張られた蜘蛛の巣。「入って」と、友美さんは感情のこもらない声で言った。
あたしたちが入ると、床が足元で軋んだ。でも、何かを言う前に、後ろでドアがバタンと閉まった。**カチッ!**と、鍵が回る音が響いた。(あたしたたちを閉じ込めた?!)
「友美さん!」あたしたちは叫びながらドアへ駆け寄り、力いっぱい叩いた。「開けて!お願い!」
ドアの向こうから、彼女の固く冷たい声がした。「フラヴィアンちゃん、あんたのお兄ちゃんがあんたに何も話さなかったのは、あんたを守るためだよ。わたしが、あんたを危険な目に遭わせるわけにはいかない。心配しないで、わたしが奴をぶん殴ってくるから。だから、ここで待ってて。」
フラヴちゃんは膝から崩れ落ちた。その目は大きく見開かれ、手は震えている。「そんな…」彼女の声は、弱々しく呟いた。
理香ちゃんは拳を握りしめ、顔を赤くした。「悔しいですわ」彼女の声には、失望が滲んでいた。「結局、わたくしたちは、大人の世界で遊ぶ子供に過ぎませんのね。ここまで来られたのが、奇跡だったのかもしれませんわ。」
沈黙が重くのしかかったが、あたしはわざとらしく大きく咳払いをした。二人が不思議そうにあたしを見る。あたしは手を上げ、いたずらっぽく笑いながら、鍵束を揺らしてみせた。「これ、忘れてない?」
理香ちゃんの目が見開かれた。「シルバーハンドさんの弟君から失敬した、あのマスターキー?!」
「その通り!」カチッと音を立ててドアを開ける。心臓が高鳴っていた。「彼女を追いかけるよ。」
フラヴちゃんが立ち上がり、その瞳は決意に輝いていた。理香ちゃんは頷き、あのお姫様の笑みが戻ってきたが、そこには勇気が宿っていた。あたしたちはこっそりと抜け出し、廊下を忍び足で進み、友美さんの足音の反響を追いかけた。何が待ち受けているかは分からなかったけど、一つだけ確かなことがあった。ゆうくんについての真実は、もうすぐそこまで来ている。そして、あたしは、彼を――そしてフラヴちゃんを――一人でそれに立ち向かわせるつもりはなかった。




