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第7話「踏み越えた一線」

竹内勇太


 あの男のイメージが、まだ俺の脳裏に焼き付いて離れない。あの日、あの高級レストランで、母上が俺に封筒を渡した時、ランフレッドの写真は想定内だった。だが、もう一人の男…奴のことが、どうにも気になっていた。木村に調査を依頼したが、イラつくほど遅かったものの、ようやく答えがもたらされた。


(チッ…ようやくか。)


「ランデブーです」


 椿理香の保護に関するタスクフォースの定例会議。いつものように校長室で、俺はそう切り出した。「裏社会の傭兵ハッカーです。情報を盗み、最も高値を付けた者に売り渡すタイプの人間ですよ」と、俺は先生たちに説明する。俺の視線は桜井さんに止まった。彼女はいつもの緋色のブレザーを羽織り、その短い白髪混じりの髪の下で、固い表情のまま、俺をじっと見つめていた。


「ただのハッカーなら、さっさと部隊を派遣して捕まえればいいでしょう!」


 石田先生が、いつものように焦れた声で唸った。彼の黒髪には、もう白いものが混じり始めている。「この学校にはナイトがいるんですから、派遣すれば済む話だ!」


 バン!


 彼は開いた手のひらで、机を強く叩いた。


「そんな単純な話じゃないんですよ、この馬鹿」


 木村が、ありありとした侮蔑を込めて言い放つ。その茶色の瞳は皮肉っぽく煌めき、茶色の根元が伸び始めた緑髪が額にかかっていた。


「なんだとぉ?!」石田先生が、顔を真っ赤にして食ってかかる。


「奴を追跡するために人員を派遣するのは、時間と資源の無駄です。そもそも、見つけられるかどうか…」俺は二人の口論を遮るように言った。


「それに、奴はドローンを操るタイプですからね…」と、木村が気だるそうに付け加えた。


「うわー…マジかよ」斎藤が、その明るい茶色の短髪を揺らしながら、やれやれと大げさな仕草をした。「ああいうタイプと戦うのは、いっつも面倒なんだよな」


「それでも、デスブローが再び動く前に、この脅威は排除せねばならん」藤先生が、その白い髪の下から、嗄れているが穏やかな声で言った。


「その件ですが…」俺がそう言うと、全員がこちらを向いた。「ランフレッドが攻撃を仕掛けてくるのは、卒業式です」


「同じことをおっしゃっていましたけれど、勇太先生」安藤先生が、落ち着いているが鋭い声で俺を正した。彼女の緑がかった髪が肩にかかり、その金色の瞳が俺の魂を見透かすかのようだ。「デスブローはお台場のお祭りで攻撃を仕掛けましたわよね、かしら?」


「ええ。ですが、ランフレッドは椿理香を殺害する意図で攻撃したのではありません」部屋に困惑が広がった。「奴は、我々にこの苦い後味を残すために攻撃したのです」


(そうだ。奴の攻撃は殺すためじゃなかった。俺たちを試すため…俺を挑発するためだ。個人的な宣戦布告。上等だぜ、ランフレッド…受けて立つ。)


「奴が攻撃するのは、卒業式」俺は、一片の疑いも差し挟む余地のない確信を持って断言した。「それだけは、間違いありません」


「ですが、問題がありますわ」と、安藤先生が言った。「もし敵がドローンを使うのであれば、我々が想定している以上の、大規模な戦闘になるということです」


「これは、孤立した戦闘にはならないでしょう、勇太くん」桜井さんが身を乗り出した。彼女の赤い瞳が俺を射抜き、俺は彼女が何を言おうとしているのか分かっていた。だが、聞きたくはなかった。「つまり、我々は使える駒を全て使わなければならない、ということです」


 背筋に、ゾクッと悪寒が走った。


「ええ」彼女は結論づけた。「生徒たちに戦ってもらうことになります」


「ゲートに応援を要請できないんですか?」斎藤が尋ねる。その声からは、いつもの軽さが消えていた。


「すでに話は通しました。我々は、自力でやるしかありません」桜井さんは、素っ気なく答えた。その言葉に、部屋は抗議の声で爆発した。


「どういうことですか?!」石田先生は、ほとんど叫んでいた。


「酒井グループが敵である可能性がある以上、国際的な指導者たちは、ゲートが神未来の親会社に対して事を構えるのを望んでいません。何と言っても、彼らは我々の最大の技術供給元ですから」彼女はそう言うと、優雅な仕草で湯呑みを口元へと運んだ。こくりと一口飲んでから、続ける。初めて、その声に苛立ちが滲んだ。「日本の指導者たちにも話をしましたが、彼らはこの件にナイトを派遣する気はありません。クルセイダーなど、もってのほか…彼らにとって、椿理香は支払うべき小さな代償に過ぎないのです。自分たちの友人に逆らうつもりはない、と…」


 誰もが黙り込んだ。初めて、彼女の顔に純粋な苦渋の表情が見えた。穏やかな態度を保ってはいたが、その怒りは肌で感じられるほどだった。予想通りだ。桜井さんは日本のゲートの指導者の一人だが、他の者たちからは快く思われていない。彼女がスカーレット――ゲートのために戦った史上最強のクルセイダー――であったとしても、意見は分かれる。この学校のトップになって以来、彼女は生徒たちが――たとえエージェントであっても――普通の十代を過ごせるように、そして、あまりにも早く戦場を知ることがないように戦ってきた。


(この学校に来てよかったと、ガキの頃の俺がいたらそう思っただろうな…)


「ええ、安藤先生のおっしゃる通りです。ランフレッドとランデブーは共に攻撃してくるでしょう。そして、それが大規模な戦闘になることは間違いありません」俺は、鋭い声で会議を本題に戻した。


 斎藤が俺を見て、片眉を上げた。「この野郎、もう計画があるんだろ?」


(当たり前だ。)


「ええ」俺は頷いた。「木村から、ランフレッドが我々の敵だと知らされた日から、準備していたものです」


 全員が、固唾を飲んで俺を見ていた。


「奴は、必ず卒業式に攻撃を仕掛けてきます。そして、我々は…」俺の口の端に、フッと自信に満ちた笑みが浮かんだ。「…奴が望む卒業式を、プレゼントしてやりますよ」


_________________________________________________


 校長室のドアがカチリと静かに閉まる。だが、その音はまるで爆発までのカウントダウンのように、俺の頭の中で響いていた。二月十五日。奴らがバレンタインデーと呼ぶ商業的なカオスの翌日だ。


 静かな校舎の廊下を歩く俺の足取りは重い。下されたばかりの決断の重さが、一歩ごとにのしかかってくる。


(クソッ…生徒たちを…ガキ共を戦場に送り出すことになるのか…)


 昨日もらったチョコレートの山が脳裏に浮かんだ。リュックに全部詰め込んで、やっとの思いで家に持ち帰った。甘いものは好きじゃないが、他人の気持ちを無下にするほど冷酷にはなれない。少なくとも、食べる努力はするつもりだ。…努力は。量が多すぎる。


 だが、その中に一つだけ。受け取った瞬間から、胸に変な圧迫感を与える包みがあった。陽菜がくれたやつだ。


 いつも通りの無関心を装って、何でもないように受け取ったが、心の奥底では…


(いやいやいや、俺がこんなことで緊張するなんて…今更十五歳に戻ったのか?いや、その頃でさえ、こんな風にはならなかった…)


 俺は学校の出口で不意に立ち止まった。隣に並ぶ生徒たちの下駄箱が、静かな衛兵のように見える。午後の冷たい空気を肺いっぱいに吸い込んだ。思考を、この心臓を、落ち着かせようと。


「ダメだ…あいつは、俺の生徒なんだ…」


 その場から逃げるように一歩踏み出した。だが、もう遅かった。


「ゆうくん?」


 ドキッ!


 全身が凍りついた。ゆっくりと振り返ると、彼女がそこにいた。陽菜。俺の後ろに立ち、あの大きな緑色の瞳でじっと見つめている。紫のメッシュが一房、額にかかっていた。胸の圧迫感が、さらに強くなる。


(なんで俺はこんなに焦ってんだ?!レヴナントと戦った時でさえ、指一本震えなかったのに!なんで――クソッ!)


「まだいたのかい、はる…、花宮さん?」思わず名前で呼びそうになり、どもってしまった。素人みたいなミスだ。


 彼女はいたずらっぽく微笑んで、首をかしげた。


「ふーん?ゆうくん、あたしのこと名前で呼ぼうとした?」


 俺はすぐに背を向けた。顔が燃えるように熱い。


「それじゃ。」


「あ、待って!ごめんってば!」彼女は慌てた声で抗議し、俺のブレザーの袖を掴んだ。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


花宮陽菜


「なんだい?」ゆうくんは、あたしの方に振り返って言った。いつもの心底面倒くさそうな顔。でも、一瞬だけ、本当に一瞬だけ、彼の肩の力が抜けたように見えた。


(聞きなさい、あたし!言わなきゃ!!!!!!!!!)


「もー!」あたしは胸を張って、腰に両手を当てた。あたしのできる、一番「自信満々」のポーズ。「まだいるに決まってるでしょ!あたしは生徒会の副会長なんだから!それに、毎日光ちゃんと訓練しなきゃいけないんだもん!」


 訓練、という言葉に、あたしは思わず身震いした。道場の壁に叩きつけられる光景が目に浮かぶ。バン!


「なんであの人にチョコあげたのよ?!」あたしは痛む背中をさすりながら聞いた。


 床で体操選手みたいに柔軟をしていた光ちゃんは、ニヤリと笑った。「花宮先輩をイライラさせるため、だって。そうすれば、もっと訓練に集中して、本気であたしを殴ろうとするでしょ。」


 *「でも、光ちゃんは可愛いんだもん!その可愛い顔を殴れるわけないじゃない!」あたしは抗議した。それが間違いだった。**ドカッ!*また壁際だ。光ちゃんが背中に乗ってきて、あたしを完全に押さえつける。


「それに、勇太先生があのチョコを食べたら、ちょっとしたサプライズがあるんだから。へへへへ…」その笑みは、悪魔そのものだった。


 ハッとして、目の前のゆうくんに意識を戻す。


「ああ…藤堂さんのか。あれは食べなかったよ。どうせ何か仕掛けてるだろうと思ったから」彼は何の感情も見せずに、あたしの思考を断ち切った。


(うそ、光ちゃんのチョコ、食べてないんだ!)


(よし、あたし、今よ!チョコレートの話題が出てるんだから、聞くのよ!!!!!)


「じゃあ、頑張って。また後で」彼は踵を返して去ろうとした。


「ゆうくん…」


 彼がため息をつくのが聞こえた。あたしがよく知る、深くてイライラしたため息。彼は立ち止まったが、振り返らない。


「うん…陽菜。」


 心臓が跳ねた。名前で呼んでくれた。


「あ、あの…チョコレート…どう、だった…?」あたしの声は、情けないくらいか細かった。


 彼は振り返り、そしてまたため息をついた。今度のは、どこか疲れたような。


「うん、美味しかったと思うよ。」


 その言葉が、静かな廊下に響いた。


「思うって何よ?!」あたしは爆発した。


「いや…僕は甘いものが苦手でね…」


 ガクン…


 世界が崩壊した。あたしの勇気も、あのチェリー入りのハート型チョコに込めた想いも…全部、粉々になった。


「ごめんね、陽菜。君の期待に応えられなくて。」


 彼の声は…柔らかかった。正直だった。その謝罪が、どんな無関心よりも胸に突き刺さった。


「…別に…」あたしは呟いた。完全に敗北だ。彼にだけじゃない。今日、道場の床で体を拭き掃除させられた光ちゃんにも。「…またね…ゆうくん…」


「陽菜。」


 今度は、彼があたしを呼んだ。


 打ちのめされたまま振り返ると、ゆうくんが鞄から何かを取り出していた。アクセサリーショップの、小さな紙袋。


「…昨日、誕生日だったんだろ?フラヴィアンから聞いたんだ…」彼はまっすぐにあたしの目を見ていた。その表情は、今すぐ太陽系の果てまで逃げ出したいと叫んでいたけど、その金色の瞳は、あたしから逸らされなかった。


 あたしは紙袋を受け取った。中には、小さな包み。開けると、息を呑んだ。繊細な銀のブレスレット。小さな桜の花びらのチャームが付いている。考えるより先に、あたしはそれを自分の手首に着けていた。


 ドキュン!


「すっごく、気に入った!」


「そうかい…君が何を好きかよく分からなかったから…無難なものにしてみたんだけど。」


「そういうとこまで理屈っぽくならなくてもいいでしょ!」あたしは頬を膨らませた。少しだけ、いつもの元気が戻ってきた。


「とにかく。それじゃ、またな、陽菜」ゆうくんはそう言って、あたしの横を通り過ぎ、今度こそ去っていった。


 でも、彼が遠ざかっていく姿を見ていると、突然、閃光のように記憶が蘇った。フラヴちゃん。理香ちゃん。お台場。技術博覧会。狙われる理香ちゃん。クリスマスの夜の襲撃。あの光。血。あたしの前に身を投げ出し、自分を盾にしたゆうくん。それでも、あの男を追いかける前に、あたしに微笑んでくれた彼。彼は、死んでいたかもしれない。


「勇太…」


 あたしの声は、違って聞こえた。揺るぎない声だった。


 今度は、彼はゆっくりと振り返った。ため息も、苛立ちの仕草もない。ただ、その金色の瞳が、鋭く、真剣にあたしを捉えている。あたしたちの周りの空気が、重くなった気がした。あたしの眼差しは真剣だったが、その奥では心配が渦巻いていた。あたしはこれをやらなければならない。フラヴちゃんや理香ちゃんを守るためだけじゃない。あたしは、もう首の根っこまでこの世界に浸かってしまったのだから。中途半半端なのは、もう嫌だ。


「あの男は誰なの、ランフレッド?全部教えて、ワイト・ガントレット!」


 勇太は、完全にこちらに向き直った。彼は長い間あたしを分析し、まるで世界の重みがその肩にのしかかったかのようだった。そしてついに、一度だけ、頷いた。


「…わかった。」


_________________________________________________


フラヴィアン・シルバーハンド


 兄上の真実を突き止めるために力を合わせると誓ったはずですのに、この探求において、わたくしは深く、遺憾ながら、孤独でしたです。はるちゃんも椿理香さんも、期末試験に没頭しており、一心不乱に勉学に励んでおりますです。わたくし?試験がわたくしへの挑戦であったことなど一度もありませんです。実のところ、わたくしの努力を必要としないほど単純なものですの。ですけれど、仲間もなく進むのは、寂しいものですわ。もし正確な答えが欲しいのでしたら、自分で探しに行かなければなりませんですわね?


 それはある週末のことでしたです。はるちゃんは同行できませんでしたの…沙希ちゃんが、彼女が落第しないようにと、断固として勉強させたからです。ですから、わたくしはアレックスと廉士兄と一緒に、直美ちゃんの写真コンテストへ向かいましたです。わたくしのネイビーブルーのベルベットのドレスは、レースの袖と銀のベルトがあしらわれ、歩くたびにふわりと揺れましたです。黒髪に留めたラインストーンの髪飾りが太陽の下でキラリと輝き、白いハンドバッグがカラン、コロンと音を立てましたです。


 講堂に到着しますと、最前列にみちゃんの姿が目に入りましたです。彼女のマスタードイエローのオーバーオールは、まるで太陽の光のように輝いておりましたわ。深紅に近い栗色の三つ編みが青いリボンで飾られ、彼女が熱心に手を振るたびに揺れておりますです。舞台の脇では、直美ちゃんが淡いピンクのブラウスの上に羽織ったグレーのカーディガンを直しており、サーモンピンクのお団子ヘアが花柄のスカーフで留められておりました。足元にはアート系のピンズでいっぱいのトートバッグが置かれておりますです。


 アレックスは白いポロシャツにベージュのパンツ姿で、ひどく場違いな様子でした。肩にかけたデニムジャケットが、まるで社会的な盾のようですわね。一方、廉士兄はチェックのシャツに黒のバンダナ、黒いリュックが揺れており、陽気で気さくな雰囲気でしたです。


 講堂はザワザワという囁き声と、時折光るカメラのフラッシュで活気に満ちておりました。スクリーンに写真が次々と映し出されます。ですが、直美ちゃんの作品が現れた瞬間、畏敬の念に満ちた静寂が会場を包みましたです。


 写っていたのは、アレックスでした。


 彼は学校の屋上の手すりにもたれかかり、横顔を見せておりました。燃えるようなオレンジ色の夕日が空を染め、彼の金色の髪が風に舞い、まるで秘密を囁くかのような金色の光に包まれておりますです。その眼差しは、普段の冷たさはなく、優しく、魂を掴むような哀愁を帯びておりました。


(直美ちゃん…なんて素晴らしい作品ですこと…わたくしの愚かな弟ですのに。)


 観客席から拍手が湧き起こり、直美ちゃんが優勝しましたです。


 彼女は顔を赤らめながら舞台に上がり、トロフィーをはにかみながら受け取りました。みちゃんは「キャー!」と叫び、アレックスは静かに親指を立て、廉士兄は「やるじゃねえか、嬢ちゃん!」と大きな口笛を吹きましたです。


 授賞式の後、みちゃんが写真をじっと見つめているのに気づきましたです。その目は、写真の向こう側を見ているかのように輝いておりました。そして直美ちゃんは、写真ではなく、みちゃんの横顔を…見ておりましたです。彼女の手が、そっと胸元を押さえています。


(あれは、どういう感情ですの?)


 わたくしは、ヌードカラーの靴でコツ、コツと床を鳴らしながら、彼女に近づきました。


「直美ちゃん、おめでとうございますですわ!」と、温かい笑みを浮かべて言いました。「素晴らしい写真ですこと。アレックスがまるでおとぎ話の王子様のようですわ!」


 直美ちゃんは視線を逸らし、さらに顔を赤らめました。「そ、そんなんじゃないって、フラヴちゃん」と、花柄のスカーフをいじりながら呟きましたです。「ただの…一瞬だったし」


「不思議だよね」彼女は、ほとんど囁くように続けましたです。わたくしは興味を惹かれて首を傾げました。


「不思議、とはどういう意味ですの、直美ちゃん?」


 彼女はためらいながら、カーディガンの裾をいじりました。「はるちゃんだけが来ると思ってた。だって、はるちゃんが…あちしの唯一のダチだったから」彼女は俯きましたが、はにかんだ笑みが花開きました。「でも、今はみんながいる。フラヴちゃんも、星野さんも、アレクサンダーくんも。あちしの嬉しい気持ち、他の子にも分けられるんだって」


 胸が温かくなりましたわ。(直美ちゃん、なんて愛らしい魂ですこと…)


 わたくしは彼女を抱きしめました。「あなたの友人でいられること、光栄ですわよ、です」声が少し震えましたです。


 みちゃんがひょっこり現れました。「私も、かしら、高橋先輩!」彼女も抱擁に加わり、わたくしたちは三人で、まるで世界が幸せだけでできているかのように笑い合いましたです。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 コンテストの後、わたくしたちはアートイベントを散策しましたです。直美ちゃん、アレックス、みちゃんは前の方を陽気に話しながら歩いております。わたくしと廉士兄は、少し後ろを歩いておりましたです。


「ご迷惑でしょう、廉士兄?」と、優しい笑みで尋ねました。「わたくしたちにこうして付き合うのは。」


 彼はコーラのカップを揺らしながら笑いました。「何言ってんだよ、フラヴィアン。可愛い『弟妹分』たちと一緒で楽しいぜ」彼の茶色の瞳が、陽気に輝きましたです。


 わたくしは微笑みました。「わたくしが熱心に『お兄ちゃん』と呼んでいた頃が恋しいですの?」と、彼の腕に触れて笑いました。


 彼は大きな声で笑いました。「あれ、もうずいぶん聞いてねえな!」彼の目が和らぎます。わたくしはその雰囲気に身を任せました。


「子供の頃を覚えてらっしゃいます?わたくし、あなたの後を追いかけて、『お兄ちゃん、遊んで!』とせがんでおりましたわ!あなたはいつも、嫌そうな顔をしながらも付き合ってくれましたです!」笑いながらも、胸が締め付けられました。あの頃は、なんて単純でしたのでしょう…


 廉士兄がカップを口に運び、一口飲んだ、その瞬間でした。「お兄ちゃんは、わたくしに決して嘘をつきませんわよね?」


 彼は「当たり前だろ」というように手を振り、飲み続けました。好機ですわ。


「では、お兄ちゃん」わたくしは甘く、しかし毅然として続けました。「お兄ちゃんと兄上は、『ゲート』とかいうものと、どういう関係があるのですの?」


 ゴクッ!


 カップが震えました。廉士兄は激しくむせ、**ゲホッ、ゲホッ!**と咳き込み、コーラが鼻から飛び出しました。彼は立ち止まり、顔を真っ赤にして、目を丸くしています。「ふ、フラヴィアン?!」


 わたくしは穏やかな笑みを保ち、首を傾げました。「お兄ちゃん?」


 彼は顔を拭いながら、まだ咳き込んでいます。「ど、どこでそんな話を?!」


 わたくしは腕を組みました。記憶が蘇りますです。あれは椿理香さん…わたくしたちの休戦協定の時のことですわ。彼女はわたくしを引き寄せ、甘く、しかし刃物のように鋭い笑みを浮かべましたです。「シルバーハンドさん、ゲートをご存知ですの?対テロ組織のことですわ」と。わたくしは頷きましたです…神未来の顧客ですもの、あの女が言及しておりましたわ。彼女は続けました、その瞳を輝かせて。「あなたのお兄様が、関与していると存じますの。そして…花宮さん…彼女は何かを知っていながら、隠しておりますわ。彼女には、この話をしたと伝えないでくださいましね」…現在に戻り、廉士兄を見つめましたです。


「兄上から伺いましたですわ」と、嘘をついて彼を試しました。


 彼の額に青筋が浮かびました。「勇太から?!」と彼が叫び、わたくしは瞬きしました。(喋りすぎましたですわ。)


 廉士兄はため息をつくと、わたくしの髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜ、髪飾りを乱しました。「フラヴィアン、ユウタから聞いたんなら、話すべきなのはあいつだ。」


 わたくしはイラッとして彼の手を払いのけました。「あの方は決して話しませんわ、廉士兄!兄上が昔のようになるのは嫌なんです!兄上がまた傷つくのを見たくありませんの!」声が大きくなってしまいました。昔の…あの理由も分からない傷跡だらけの兄上の姿…


 廉士兄は真顔になり、その表情は冷たかった。「何も言えねえよ、フラヴィアン」と、重々しく呟きました。「勇太がお前に話してないなら、それなりの理由がある。その権利はあいつのもんだ。真実が知りたいなら、あいつと直接対決しろ。」


 わたくしは立ち尽くし、胸が痛みました。廉士兄は空のカップを手に続けます。「だがな、フラヴィアン。関わるな。今はまだだ。」彼は止まり、こちらを向くと、半笑いを浮かべました。「今日は友達の勝利を祝う日だろ?」


 彼は正しかったですわ。わたくしは走り出し、ドレスを揺らして彼を追い越しました。「直美ちゃん!」と呼びかけ、アレックスとみちゃんと笑っている彼女たちに追いつきましたです。振り返ると、廉士兄が、いつもわたくしを安心させてくれるあの優しい笑みで、そこに立っていました。


 ですけれど、わたくしは分かっておりました。兄上の真実が、これ以上待ってはくれないことを。

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