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第2話「真実の断片」

竹内勇太


 校長室の空気は、冷めたコーヒーの匂いと張り詰めた緊張感に満ちていた。


 俺は自分の考えた計画を説明した。そして…桜井さんから命じられた、あの部分も…自分で穴を掘って永遠に埋まってしまいたくなるような、あの忌々しい部分を。


「椿テックの24日の会議でランフレッドが攻撃を仕掛ける可能性は、極めて高いです。特に、椿理香本人が出席するのですから。警備を強化し、私は…」(クソ…これを声に出して言うなんて、信じられねぇ…)「…彼女に接近します…大学生であるという…事実を…口実にして…私が…」


 俺は誰の顔も見ることができず、視線を逸らした。部屋の静寂が、鉛のように重くのしかかる。


「ゴホンッ!」石田先生の咳払いが、静寂の中に響いた。「本気ですか、桜井さん?」彼の視線は、信じられないというように彼女に向けられた。実際、俺自身も信じちゃいなかった。「誰かを接近させる必要は理解できます…ですが、彼に感情的に彼女を説得させるとは?」


「あなたの懸念は承知しておるよ、石田くん」桜井さんは、冷静で鋭い口調で答えた。彼女の唇に、いたずらっぽい笑みが浮かぶ。「じゃが、ここにいる全員が、勇太くんの『評判』を知っておる。この手を使わないのは、あまりにもったいないじゃろう」


(銃で自分を撃ち抜きてぇ!)


「それにしても…彼は彼女の教師です。完全に倫理に反しています」石田先生はそう言って、俺は桜井さんが考え直してくれることを願いながら、必死に頷いた。


「それが問題なら、花宮陽菜さんの話をしましょうか?」彼女は、単刀直入にそう言った。


 ドキッ! 木村以外の全員の視線が、俺に突き刺さった。顔が熱くなるのを感じた。


「確かに、彼の弟や妹の友人たちが勇太先生と親しいのは理解できます。でも、花宮さんは、あの家族の事実が明かされる前から彼と親しかったわ」安藤先生は、分析的な視線でそう言った。


 何か言いたかったが、言葉が何も出てこない。


「二人の年齢差はごく僅かじゃ。もっとも、精神的な成熟度には大きな差があるがの」藤先生が言った。その眼差しは穏やかだったが、俺をからかうような色があった。「儂からすれば、二人ともまだ子供じゃがな」彼の目は閉じられ、声はしゃがれているが、静かだった。


「では、勇太くんがその魅力を使って椿理香さんを説得することに、全員賛成と見てよいかな?」桜井さんが尋ねると、驚いたことに、誰も何も言わなかった。


「…承知しました」俺は、完全に打ちのめされて呟いた。


 うなだれていると、何かに気づいた。木村がそわそわと足を揺すっている。斎藤は腕を組み、眉をひそめていた。奴の緊張は、ほとんど肌で感じられるほどだった。


「どうした?」と俺は尋ねた。


 突然、木村が**バン!**と机を叩いて爆発した。「あなたがランフレッドがデスブローだと知っていたのに、僕たちに何も言わなかったのはなぜですか?!」


 死のような沈黙。安藤先生が目を見開く。藤先生、石田先生、そして桜井さんが重い視線を交わした。斎藤が身を乗り出し、その声は抑えられた怒りで震えていた。


「なんでだよ、勇太?なんで奴がそうだっつって隠してたんだ?」


 石田先生が咳払いをして、俺を睨みつけた。「デスブローは数年前に、君とフォーレンに敗れて姿を消したはずだ」


 斎藤は彼の方を向き、ほとんど叫ぶように言った。「知ってるよ、馬鹿野郎!ビルから奴を叩き落としたのは俺だぜ、俺!」彼は自分を指差し、誇らしげに、そして猛烈に怒っていた。そして、その目は俺に戻った。「で、今、お前は奴が戻ってきたことを隠してる。なんでだ?個人的な理由か?」


 藤先生が片眉を上げ、斎藤を見つめた。「お主が、竹内が推薦したという逸材か。フォーレンナイト」


 木村はまだ顔を赤らめたまま、食い下がった。「言えよ、勇太!なぜだ?」


 俺は話を逸らそうとしたが、桜井さんの声が、刃のように冷たく俺を切り裂いた。「個人的な理由、勇太くん?それとも…お前の師に対する復讐か?」


 目を見開き、心臓が跳ね上がった。ランフレッド、俺の師、俺の敵。親父が俺をレッド・ファントムに仕立て上げた時、俺を鍛え上げた男。俺が背負う死の罪悪感…その一部は奴のものだ。(いや…俺の責任だ!俺だけの!)


 俺は答えなかった。素早い動きで、斎藤が俺のブレザーの襟を掴み、力強く引き寄せた。


「また自分だけで無茶な計画を立てるつもりじゃねえだろうな!任務より感情を優先するなっつってんのは、お前自身だろうが!」


 **乾いた打撃音。**斎藤の拳が俺の顔面にめり込む音が、静まり返った部屋に響いた。


 安藤先生が驚いて立ち上がる。木村が斎藤を抑え、藤先生、石田先生、桜井さんは動じずに見ている。斎藤は、途切れ途切れの声で言葉を吐き出した。


「奴を止めるつもりなのか、それとも殺すチャンスが欲しいのか、どっちだ、ジャック?椿さんを救いたい、フラヴィアンちゃんとアレクサンダーを守りたい…だが、心の底では…」


(ジャック…奴、俺をジャックと呼びやがった。クソ…)


 その名前に撃ち抜かれた。斎藤とは、互いのファーストネームで呼び合ったことなどない。俺がその名前を嫌っていることを、あいつは知っているからだ。俺が「勇太」と名乗るようになった時、あいつは笑って、「やっとまともな名前で呼べるな」と言ったのに…


 罪悪感、死、この手に染み付いた血。斎藤は俺を見抜いていた。俺が感情に流されると、過ちを犯すことを知っていた。北海道でのことのように。千葉での、あの日のように…


 木村が斎藤を離すと、あいつは続けた。声は低く、ほとんど懇願するようだった。「お前は全部自分のせいだと思ってる。だが、こんな風にランフレッドに突っ込んでいったって、誰も生き返りはしねえんだよ」彼は、壊れたような、無理やりの笑みを浮かべた。「竹内さんの言う通りだ!お前は、死に場所を探してるだけだ!」


 斎藤はドアを叩きつけるようにして出て行った。木村が俺を立たせるのを手伝い、低い声で言った。「隠し事はなしだ、勇太」


 石田先生が不満げに呟いた。「デスブローだと分かっていれば、ゲートはクルセイダーを派遣したものを」


 桜井さんが手を上げた。その眼差しは揺るぎない。「そしてデスブローは逃げたじゃろう。娘は救えても、この好機は失う。絶好の機会、というわけじゃな、ジャックくん?」彼女の目が俺を貫き、魂の底まで読み取るかのようだった。


 俺は頭を下げた。「…あなたの言う通りです」声が震えた。「椿さんを救いたい。ですが、この手でランフレッドの命を刈り取りたいとも思っている。だから、この計画を…ずっと練ってきました…」


 俺の目は冷たく、死んでいた。他の者たちは躊躇したが、桜井さんは違った。


「それは提案かね、勇太くん?」彼女は、俺を射抜くような目で尋ねた。


「はい…」俺は、空虚な声で答えた。


「お主の感情は理解できる。子供の頃から、お主が何を経験してきたか、儂には想像もできん…じゃが、最高の工作員とて、一人で全てをこなすことはできんと思う」彼女の冷たい視線が俺を貫いた。まるで、彼女も同じような道を歩んできたとでも言うように。「だからこそ、儂はここにいる皆を信頼する。だからこそ、儂はワイト・ガントレットの能力を信頼するのじゃ」彼女の声は、鋼のようだった。


◇ ◇ ◇


 その夜、学校の屋上で、満月が街を照らしていた。斎藤は手すりに寄りかかり、俺を見ていた。


「さっきのパンチ、悪かったな」


「問題ねえよ」俺は、痛む頬をさすりながら答えた。


 あいつは笑った。「デスブローとやり合った日のこと、覚えてるか?ハンターが音楽室の音響をガンガンにして、あの学園祭の照明効果をいじって、俺たちの戦いを隠したんだぜ。ありゃ最高に笑えたな」


 俺の唇から、ふっと笑みがこぼれた。「お前、あのバカみたいな曲が何日も頭から離れなかったじゃねえか」


「俺が?」斎藤は言い返した。「その後、あのバンドのアニメを全話見たのはお前だろうが!」


「最近、あの曲の一つを聴いてたんだ」俺は笑いながら認めた。「あのアイスクリームのやつ」


 斎藤は、ひどい音程で歌い始めた。「ゆうたちゃーん!何が好き?」


 俺は斎藤の肩を殴った。あいつも俺のかかとを軽く蹴り返す。緊張をほぐすように、二人で笑った。


_________________________________________________


花宮陽菜


 フラヴちゃんの部屋は完璧そのもので、あたしの心の中のカオスとはあまりにも対照的だった。真っ白でシミ一つないシーツは、香りの良いキャンドルの柔らかな光に照らされて輝いている。窓の外では、雪が静かなバレエのように舞い落ち、世界を白く覆っていた。


 でも、あたしの中では、地震が絶え間なく続いていた。


 ベッドの端に座り、柔らかい掛け布団を握りしめる。指はこわばり、数時間前に起こった出来事の重みがまだのしかかっていた。フラヴちゃんは部屋を行ったり来たりしている。紫のシルクのパジャマが歩くたびに揺れ、長い黒髪が肩で踊る。普段は楽しげな自信に満ちた彼女の黄色い瞳は、今や怒りと心配で火花を散らしていた。


「はるちゃん、一体全体、どうしたのです?」彼女はあたしの前に立ち止まり、腰に手を当てて言った。「お祭りの途中で姿を消したかと思えば、泣きじゃくって現れて、今度はここに泊まりたい、ですって?早くおっしゃいなさい!」


 ゴクリ、と喉を鳴らす。胸が締め付けられた。安藤先生にはここに泊めてもらうよう頼めと言われたけれど…何を言えばいいの、フラヴちゃん?*(ゆうくんがあたしを庇って…肩に染みる血…あたしのために受けた光線…)*心臓が止まるかと思うほど大きな爆発音。雪が白い壁のように舞い上がった。彼は死んでいたかもしれない。あたしのせいで。


「あたし…ただ家を出たかっただけ」か細い声で、そう呟いた。(なんて馬鹿げた嘘、陽菜!)


 フラヴちゃんは、彼女らしくなく「ふん」と鼻を鳴らすと、女王のような優雅さであたしの隣に座った。「家を出たかった?そうですか。では、なぜご自分の家にいらっしゃらなかったの?なぜここですの?」彼女の声が少し高くなる。「それに、お祭りでのあの騒ぎ!安藤先生と一緒にいて、まるで世界の終わりのような顔をしていましたわ!一体何があったのです?」


 あたしの視線は、彼女のナイトテーブルの上にあるキーホルダーに落ちた。ゆうくんが好きだと知っている少年アニメの鬼のキーホルダー。胃がキュッと冷たくなった。(彼はヒーロー。心の底ではずっと知っていた。でも、今は…今はそれが現実なの。)彼はあたしのためにあの銃弾を受け、血を流しながらも戦いに走っていった。もし彼が戻ってこなかったら?目頭が熱くなり、恐ろしい恐怖にあたしは息が詰まった。(あたしは彼にヒーローでいてほしくない。あたしと一緒に、ここにいてほしい。)


「はるちゃん!」フラヴちゃんが顔の前で指を**パチン!**と鳴らした。「ぼーっとしないでくださいまし!何があったのです?」


 叫びたかった。全部話したかった。銃弾、爆発、路地裏での必死の抱擁、安藤先生にあたしを連れて行かせる前の彼の謝罪。でも、どうやって?彼は愛する人たちを、フラヴちゃんやアレクサンダーくんを守るために、何も話さない。彼はいつも二人を危険から守ってきた。


「ちょっと…複雑で…」かろうじて、震える声でそう言った。(もし話したら、あなたも傷つく。彼を追いかけてしまうわ、フラヴちゃん。)


 彼女は、大げさな仕草で髪を後ろにやった。「複雑ですって?複雑だったのは、兄上にあなた方の妹さんたちを家に送り届け、ご両親に嘘をつくよう言われたわたくしの方ですわ!どれだけ屈辱的だったかお分かりになります?それに最悪なことに、田中くんが例の椿さんをわたくしたちのグループに連れてきて、沙希ちゃんとすっかり仲良くなって!わたくしは彼女と親しくなろうとしていたのに、今やあの…蛇女が…沙希ちゃんとニコニコしているのです!兄上は何もおっしゃらないのですよ、はるちゃん!何も!彼が何かを隠しているのは分かっていますわ!」


 彼女の声が低くなり、ほとんど震える囁きになった。「私が小さかった頃のようですわ。兄上はいつも怪我をして帰ってきました。疲れ果て、傷だらけで。時には何週間も姿を消すこともありました。『仕事だ』とおっしゃっていましたが、そうではないと分かっていました。彼はまるで…兵士のようでした」彼女はあたしを見た。その黄色い瞳は、古い恐怖に満ちていた。「彼がまたあの世界に戻るのは嫌ですの。彼がまた傷つくのを見たくありませんのよ」


 彼女の言葉に含まれた怒りと恐怖が、あたしを殴りつけた。*(彼女は、前にもこんな経験を…)*その考えが、恐ろしいほど明確に頭に浮かんだ。誰かがゆうくんを狙っている。木村のような誰かが。誰なのか、なぜなのかは分からない。でも、彼は敵と戦っている。あたしたちを、フラヴちゃんを、アレクサンダーくんを、危険から遠ざけるために。


 彼の肩を、血を、傷を負いながらも走っていった姿を思い出した。一つ間違えれば、彼は今頃死んでいた。胸が痛み、醜い自己中心的な感情が湧き上がった。*(ゆうくん、あなたにヒーローでいてほしくない。)*でも、理解はできた。彼が話さないのは、あたしたちを守るためなのだ。


「はるちゃん、あなたは何かご存知なのでしょう?」フラヴちゃんがあたしの肩を掴んだ。その力強さに驚く。「お願いですわ。もし兄上が危険なら、わたくしは知らなければなりません。彼は、わたくしの兄なのですから!」


 **ドキッ!**心臓が脈打った。彼女の苦しそうな顔を見て、あたしは決心した。彼の信頼を裏切るわけにはいかない。


「あたし…」と囁くと、堪えていた涙がとうとう溢れ出した。「ごめんなさい、フラヴちゃん。あたし、何も知らないの」


 彼女はあたしを離した。その瞳は怒りと痛みで輝いていた。「結構ですわ」その声は鋭かったが、彼女特有の、隠しきれない甘えた響きがあった。「ですが、兄上が何を隠しているのか、わたくしが突き止めます。二度と彼を傷つけさせはしませんわ」


 あたしは彼女のベッドに座ったまま、秘密の重みに押しつぶされそうになっていた。外では雪が降り続いている。(ゆうくん、どうしてそんなことをするの?)


 フラヴちゃんが部屋の明かりを消し、辺りは薄暗がりに包まれた。掛け布団が体から引き剥がされるのを感じ、ベッドから落ちそうになった。一秒後、その柔らかい布が、あたしの上に優しくかけられた。


 そして、彼女の腕が後ろからあたしを包み込むのを感じた。


「今はもう寝ましょう、はるちゃん…」


 彼女の温もりは心地よく、とても安らかで、ほんの一瞬、あたしが見たすべてのこと、すべての痛み、すべての恐怖が、どうでもいいことのように思えた。


「おやすみ、フラヴちゃん」

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