第1話「雪中の叫び」
花宮陽菜
雪が、深く静かに降り積もり、必死に走るあたしの足音を消していく。
胸が焼けるように熱い。冷たい空気が喉に突き刺さり、息を切らすたびに激痛が走る。
(どうしてあたし、走ってるの?)
わけがわからない。でも、彼に追いつかなきゃいけないことだけは、分かっていた。
目の前で、二つの影が闇を切り裂く。彼の血に濡れたジャケット…そして、あの男。雪のように冷たい声が、頭の中で響き続ける。二人は埠頭へ向かって走っていく。遠くで輝くクリスマスイルミネーションが、この混沌とした状況とはあまりにもかけ離れていた。膝がガクガク震える。でも、止まれない。
止まっちゃダメだ。
「ゆうたー、待ってぇー!」
あたしの声はかすれ、風に飲み込まれていく。彼は振り返らない。伸ばした手は、空を切るだけ。彼はただ、あの男を追って、スピードを上げていく。
(なんで、ゆうくん?なんでそんなことするの?)
視界が滲んだ。それは雪のせいか、涙のせいか、分からなかった。
グイッ!
突然、横から伸びてきた力強い腕にあたしは胸ぐらを掴まれた。必死に抵抗し、足をばたつかせ、叫ぶ。「離してよ!」でも、その腕の主は小さいのに、ありえないくらい力が強い。「ゆうくんが…!」
「落ち着きなさい、花宮さん!」
その声は、凛としていながらも、心配の色を帯びていた。
息を切らしながら顔を上げる。緑がかった髪、そして薄闇の中で輝く金色の瞳。
安藤先生?!
いつもは穏やかな家庭科の先生が、今、あたしの命でも救うかのように、必死の形相であたしを掴んでいる。
「な、なんで…ここにいるんですか?!」あたしは心臓をバクバクさせながら、どもってしまった。
彼女は答えず、ただあたしの肩を強く握りしめた。その目は、黙っていなさい、と語っていた。
震える指の間から、二つの人影が路地の闇に消えていくのが見えた。赤く、染まって。彼の血で…
あたしは、全部見ていた。雑踏の中、あの男があたしに向かって何かを撃った――光の筋、稲妻のような。ゆうくんは、考えるより先に動いた。あたしを後ろに突き飛ばし、自分の体で盾になった。光は、紙を裂くように彼の肩を貫いた。そして彼は…血を流しながらも、あたしに微笑んで、あの男を追いかけていったのだ。
「安藤先生、お願い!」あたしは懇願した。「彼、怪我してるんです!」
「あなたは行けません、花宮さん」彼女の声は低く、ほとんど唸り声のようだった。「危険すぎるわ、かしら」
危険?!胸が締め付けられる。指についた血、ゆうくんの暴力的な笑み、「ランフレッド」という言葉が響く。
あの男は誰?ゆうくんは、一体誰なの?
ううん…あたしは、彼が誰なのか知ってる。でも、一体、何が起こってるの?!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
竹内勇太
ジャケットに染みた血が、凍てつくように冷たい。右肩がズキズキと痛む。チェインメイルがランフレッドの弾丸を逸らしてくれたが、衝撃までは殺しきれなかった。この痛みが、リマインダーだ。
(失敗は許されない。今、ここで。陽菜が、あんなに近くにいるんだぞ。)
彼女を庇った瞬間から、俺は奴を追い続けている。ランフレッドは再び攻撃してくることなく、ただ逃げている。ベージュのオーバーコートの下で、白髪が揺れていた。
(何を企んでやがる、クソが。)
肺が燃えるように熱い。埠頭はもうすぐだ。アヤメが陽菜を確保してくれた。それでいい。あいつを直接の戦闘に巻き込むわけにはいかない。
ドカーン!
路地の先で爆発が起こった。舞い上がる雪と土埃。ランフレッドが足を止め、その冷たい目で状況を窺う。と、その時。割れた窓から、一つの影が飛び出した。黒いチェインメイルが顔を覆い、明るい茶髪、そして燃えるような茶色の瞳。口元のメタルマスクが火花を散らし、右腕が黄色、いや、ほとんど金色に近いエネルギーを纏って回転していた。
ランフレッドの意表を突いて、そいつは撃った。黄色いエネルギーの光線が、奴の胸を直撃する。オーバーコートが焼け焦げ、その下から黒いエクソスーツが姿を現した。
「そのパターン…フォーレン・ナイト、か?」ランフレッドは、顔に刻まれた皺と傷を歪め、氷のような目で嘲笑った。
フォーレンの目が一瞬見開かれたが、すぐにその視線は刃のように鋭くなった。その切れ味は、俺にまで届くほどだ。
「大人しく投降しろ」その声は穏やかだったが、紛れもない殺気を帯びていた。「頼む。」
ザッ!
地面から、雪の中ではほとんど見えない銀色のワイヤーがいくつも現れ、ランフレッドに絡みついた。奴は身動きを取ろうとするが、捕らえられてしまう。もう一つの影が、通りから現れた。緑の短髪に、茶色の地毛。その瞳は、怒りに燃えていた。同じようにチェインメイルが口元を覆い、その右手はワイヤーを操り、致命的な蜘蛛の巣を織り上げていた。
「お会いできて光栄です、ランフレッドさん」彼の声は冷静だったが、怒りで震えていた。
ランフレッドは、乾いた笑い声を上げた。「フッ。お前が裏切ることは分かっていたぞ、シェイド。だからあの学校に送り込んだ。シルバーが、お前を殺し損ねたのは残念だがな。」
シェイドの目が揺らいだが、ワイヤーをさらにきつく締め上げた。
喉が焼けるような怒りを込めて、俺は叫んだ。
「投降しなさい、ランフレッド!三対一ですよ!あなたの計画は、もう終わりです!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
椿理香
その夜、お台場の広場には、穏やかに雪が舞っていた。クリスマスイルミネーションが、まるで地面に縛り付けられた星のように輝いている。わたくしは、沙希ちゃんの隣を歩いていた。彼女の短い青髪がそよ風に揺れ、勇太さんから貰ったというギターが背中で揺れていた。群衆は笑い、食べ、祝いの言葉を交わしている。これから起ころうとしていることなど、何も知らずに。なんて、脆いのかしら。
ヒュッ!
甲高い音が空気を切り裂き、一筋の光が空へと昇っていく。人々は空を見上げ、歓声を上げた。花火だと思ったのでしょう。沙希ちゃんも、不思議そうに皆の視線を追っていた。
わたくしは、空を見なかった。わたくしの金色の瞳は、全ての始まりとなった路上の一点に、釘付けになっていた。
花宮さん。赤い髪に紫のメッシュが乱れ、必死の形相で走っていた。その顔は青白く、指は血で汚れていた。勇太さんが彼女を後ろへ引き、あの男の攻撃から彼女を庇った。光が彼の肩を貫き、それでも彼は、痛みに構うことなく笑って、敵を追いかけていった。
わたくしは、花宮さんの方へ歩き始めた。靴が、雪に沈む。わたくしが求めていたのは、これだったのでしょうか?問いの、答え?しかし、その一歩を、声が遮った。
「お、ここにいた!うぉ!そのギター、カッケー!」
振り返る。ショッキングピンクの髪、どこまでも開けた空のような青い瞳。田中魁斗が、沙希ちゃんに向かって、人を惹きつけるエネルギー全開で笑いかけていた。
「あ、ありがとうございます、田中さん」沙希ちゃんは、頬を染めて呟いた。
「みんな心配してたぜ。戻ろうぜ、沙希ちゃん」彼は、大きな笑みを浮かべて言った。沙希ちゃんは、ためらいがちに頷く。わたくしは彼らを無視して、もう一度前に進もうとしたが、彼の声がそれを止めた。
「あなたもですよ、椿さん」
振り返る。心臓が跳ねた。あの快活な笑みは消え、冷笑的な半笑いに変わっていた。その鋭い瞳がわたくしを射抜き、まるでこう言っているかのようだった。――首を突っ込むな。
わたくしの表情は穏やかなまま。しかし、思考は高速で回転していた。
(田中魁斗…あなた、一体何者ですの?)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
竹内勇太
<奴は一人のようだ、ワイト。>リキマルのしゃがれた声が、通信機から聞こえた。
「ナイトの応援要請はまだか、リキマル?」俺は、ランフレッドの背後に回り込みながら尋ねた。
<まだ時間がかかる。奴はエクソスーツを、お主らはただのチェインメイル。三人がかりでも、分が悪いぞ。本当にやれるのか、ワイト?>彼の声には、心配の色が滲んでいた。
ランフレッド、そしてフォーレンとシェイドを見る。「お前ら、俺を信じるか?」
「まだ聞くのか?」フォーレンは、マスクの下で笑いながら答えた。
「まったく、またヒーローごっこですか。僕をイライラさせる天才ですね、ワイト」シェイドはそう言い返して、ワイヤーを締め上げた。
笑みがこぼれた。脚に力を込める。
ズバッ!
俺はランフレッドに向かって突進した。チェインメイルに覆われた右手が、鋭い刃へと変わる。奴はシェイドのワイヤーから力ずくで抜け出し、オーバーコートが破れ、エクソスーツが赤く、オーバーヒートしたように輝いた。俺の一撃を、奴は人間離れした動きでかわす。オレンジ色のエネルギーブレードが、奴の手に現れた。奴が俺を斬りつけようとした瞬間、シェイドのワイヤーが再び奴の腕を捕らえた。
フォーレンが稲妻のようにランフレッドの前に現れ、両腕が黄色いエネルギーを放つ。その両手を奴の顔面に向け、光線を放った。
ドゴォォン!
爆煙が、全てを覆い隠す。だが、俺には分かっていた。これだけでは、足りない。
フォーレンが自身の攻撃の反動で後退する中、俺はランフレッドの腹部に蹴りを叩き込み、回転して二撃目を入れる。三撃目を叩き込もうとした瞬間、奴は左腕で俺の脚を掴んだ。チェインメイルのマスクで覆われてはいたが、煙が晴れた時、俺の目が大きく見開かれた。奴の顔は、エクソスーツの黒いヘルメットで守られ、無傷だった。
エネルギーブレードが俺を狙う。だが、シェイドのワイヤーが、またしても俺を後ろへ引き戻した。フォーレンがランフレッドの背後に回り込み、背中に一撃を入れる。黄色い光が、路地を照らした。二撃目、三撃目、立て続けの攻撃が、奴を壁に叩きつけた。
ドンッ!
通りの叫び声が大きくなる。警察が、すでに一帯を封鎖している。その声の中に、一つだけ、俺がよく知る声が混じっていた。
壁を突き破り、ランフレッドが赤いオーラを纏って現れ、フォーレンに向かって突進する。俺はシェイドのワイヤーに投げられ、奴の頭に両手を組んだ拳を叩きつけた。奴は倒れ、シェイドのワイヤーがその脚を引いて、バランスを完全に崩させる。着地と同時に、俺は奴の胸を蹴り上げた。シェイドが、俺を再び引き戻す。フォーレンが空中から、黄色いエネルギーの球体を両手で作り出し、地面に倒れたランフレッド目掛けて、至近距離で撃ち放った。
爆発が、雪と埃のカーテンを作り出した。通りの叫び声が響く。だが、俺の耳には、俺の名前を呼ぶ、彼女の声しか聞こえなかった。俺たち三人は煙を見つめ、最悪の事態を待った。
(奴が、そう簡単にやられるはずがない。決して、楽な戦いじゃないんだ。)
雪の中から、赤い輝きを放つ黒い影が現れた。瞬きする間に、ランフレッドが俺の目の前にいた。
「ワイト!」フォーレンとシェイドが同時に叫んだ。
避ける時間はない。(防ぐ!)
だが、何かが奴を止めた。俺の頭上からの一撃。舞い散る、白いポリマー・バリスティック・マント。小柄な体。白いコンカッション・ガントレットが火花を散らし、電撃を纏っている。彼女はランフレッドの胸に一撃、そして顔面にもう一撃を叩き込み、奴を後方へ吹き飛ばした。
フォーレンとシェイドが、呆然と見つめている。俺は、怒りに燃えながら叫んだ。「何をしている?!お前は戦うなと言ったはずだ!」
彼女は振り返り、そのタクティカルマスクのバイザーが、白い鬼の顔を投影する。その細い声は、俺以上の怒気を孕んで、空気を切り裂いた。「私の命を助けてくれたんでしょ!それがお礼の言い方?!」
ランフレッドが再び攻撃を仕掛ける。俺は彼女を横へ突き飛ばし、攻撃をかわした。「ここは子供の遊び場じゃない!」と叫び、戦闘に戻る。
だが、彼女は俺を無視し、俺とシェイドを駆け抜けていった。
「シロイ、待て!」俺は、怒りに任せて彼女のコードネームを叫んだ。
彼女はランフレッドと打ち合っていた。白いガントレットが、奴のエネルギーブレードと衝突し、その衝撃が路地を揺るがす。シロイは、ゲートが提供できる最高の装備を身につけていた。コンカッション・ガントレット、強化チェインメイル…だが、ランフレッドは、怪物だ。その経験が、全ての攻撃をいなし、暴力的な力で反撃する。
(クソッ、あいつ一人じゃ勝ち目がない!無茶をしやがって!)
フォーレンも同じことに気づいたのだろう。その茶色い瞳が閃き、躊躇なく、雷のように突進した。奴はランフレッドの顔面に強烈な膝蹴りを叩き込むと、その頭を支えに、至近距離で黄色いエネルギーブラストを放った。
ドゴォォォン!
爆発が再び雪煙を巻き上げ、路地が衝撃で震えた。だが、煙の中から、シロイとフォーレンが人形のように吹き飛ばされてきた。シェイドがワイヤーを放ち、空中でフォーレンを捕らえる。俺は跳躍し、シロイが地面に叩きつけられる前に、その体を抱きとめた。
ランフレッドの影が輝き、赤いエネルギーが脈打つ。(攻撃が来る!)心臓が跳ねた。しかし、奴は稲妻のような速さで俺たちを駆け抜け、姿を消した。
「しまった!」俺は叫んだ。シェイドも同時に「クソッ、逃げられる!」と叫ぶ。
ランフレッドは、封鎖線を突破し、警官たちをなぎ倒していく。**バン!**と、狙撃音が響き、奴の背中を撃ち抜いた。奴がよろめく。高所のビルから、ロックオンが、白髪の混じった黒髪をなびかせながら、次の弾を装填していた。しかし、赤いエネルギーの波が彼を襲い、奴はフック付きのピストルで壁に捕まり、間一髪でそれを避けた。ランフレッドは、闇に消えた。
<クソッ!ターゲットに逃げられた>と、ロックオンが無線で唸った。
俺は空っぽの路地を見つめ、雪が舞い落ちるのをただ見ていた。腕の中の少女が、呟いた。「あんたって、本当にバカだって、ワイトさん」
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雪が降り積もり、路地裏を重い沈黙で覆っていた。その静寂を破るのは、警察無線の音と、ゲートのエージェントたちの足音だけ。空気は、金属と煙の匂いがした。肩がズキズキと痛み、包帯は血で濡れていたが、そんな痛みはどうでもよかった。
(ランフレッドは逃げた。クソッ。)
白いマントを羽織った少女――シロイが、白い鬼を投影したマスクのまま、腕を組んで立っていた。まるで、褒めてもらいたがっているかのように。
「この馬鹿野郎が!」俺は唸り、彼女の額を指で突き、後ろに押した。「なぜ持ち場を離れた?」
彼女は一歩後ずさったが、すぐに言い返した。「ターゲットは無事だったんだって!他の皆も、怪しい奴はいないって言ってたし!」
「関係ない!」俺は、もう一度彼女の額を押した。「持ち場を離れるなと言ったはずだ!お前の無謀な行動で、誰かが死んでたかもしれないんだぞ!」俺の声は、路地裏に響き渡った。
「わたしがアンタの命を救ったんだって!もしわたしがいなかったら――」
「黙れ!」さらに、もう一押し。「俺の問題じゃない!ターゲット、民間人、任務の問題だ!」
シェイドとフォーレンが、数メートル先でこちらを見ていた。シェイドが首を傾げる。「あれが、ワイトの彼女か?」
フォーレンは一瞬、キョトンとしていたが、やがて何かを理解したように、大げさに頭の横で指をくるくると回した。「違う。奴のは、これくらいだ。」彼は自分の胸を両手で軽く押さえ、小さな胸を表現した。「こいつはもっと…こうだな。」
シェイドは肩をすくめた。「なるほど。」
リキマルが近づいてきた。その白髪混じりの髪が輝き、タクティカルスーツは非の打ちどころがない。「ワイト、敵の攻撃は阻止できた。それだけでも、十分な成果じゃ。」
俺はため息をついた。「彼女は、無事ですか?」
「ターゲットなら、ローニンと一緒だ。」リキマルは答えた。「椿理香は、安全だ。」
(よかった…)「アヤメは?」と、俺は尋ねた。
「お主の彼女と一緒じゃ」彼は、口の端で小さく笑って言った。
頬がカァーッと熱くなるのを感じた。(俺の彼女じゃない。)
「くだらないことを言うな」と唸ったが、陽菜のことを思うと、心臓がドキリと跳ねた。
「お主がそう言うならな」リキマルはシロイの方を見た。「ワイトの言う通りだ。持ち場を離れるべきではなかった。」
「でも、わたしは――」彼女は言いかけたが、リキマルが遮った。
「もし、他に敵がいたら?お主の無謀さで、何人が死んでいたと思う?ワイトは、ここで死ぬ覚悟でいた。お主は、他人を守るべきであって、ヒーローごっこをするべきではない。」
彼女は言葉を失い、マスクの下で顔を真っ赤にし、拳を固く握りしめた。リキマルは「子供が…」と呟き、無線で何かを話しながら去っていった。
ロックオンが現れた。白髪混じりの髪、体にフィットしたタクティカルスーツ。彼は俺の肩を見た。「治療が必要だな、ワイト。」
傷口に目をやる。剥き出しの肉が見えた。「綺麗な傷跡が残りそうだな」と、ロックオンがからかうように言った。
「傷跡には慣れている」俺は、きっぱりと答えた。「一つ増えたところで、どうということはない。」
ロックオンは、口の端を歪めて笑った。「相変わらず、タフだな。」彼は頷き、警官たちの方へ向かった。
シロイはまだそこにいた。その目は怒りに燃えていたが、静かだった。(そのまま静かにしてろ。)だが、俺の思考はもう陽菜の元へ飛んでいた。彼女の指についた血、その声に混じったパニック。アヤメと一緒なら安全だ。でも…これから、どうする?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
数時間後、クリスマスになっていた。俺は、看護師たちに手当てを受けながら座っていた。雪が降り続き、路地裏に白い帳を下ろしていく。肩はまだ燃えるように痛いが、ランフレッドが逃げたという事実の方が、ずっと重かった。
シロイは、俺の隣に座り、両手で水のボトルを握っていた。エルモはオフになっていたが、フードがその顔を隠している。それでも、俺をじっと見つめているのは分かった。まるで、感謝の言葉でも待っているかのように。
(馬鹿が。)
数時間前の記憶が、蘇る。携帯が震え、フラヴィアンのイライラした声が聞こえた。
「こっちは大丈夫ですわ、兄上!はるちゃんの妹さんたちも家に送りましたし、彼女のご両親には、はるちゃんが泊まりたがってるって伝えておきましたわ。どれだけ気まずい思いをしたか、お分かりになりますの?!一体、何が起こっているのです!」
俺は、彼女の質問を無視した。「あの子たちを頼む、フラヴィアン。お願いだ。」
彼女は、ふんと鼻を鳴らした。「それで、椿は?なぜあの方をわたくしたちと一緒に来るよう頼んだのです?あの方はわたくしの敵ですのよ、勇太!敵ですの!」
「悪い」と俺は呟いた。「時が来たら、説明する。」
*「時が来たらですって?!」*彼女は叫んだ。俺は電話を切った。(すまん、フラヴィアン。)
現在に戻る。雪が、冷たく顔に当たる。遠くで、街灯の下に立つアヤメの姿が見えた。その緑がかった髪。そして、その隣に…陽菜。
俺の心臓が、止まった。
赤い髪に紫のメッシュが乱れ、その緑の瞳は涙で濡れている。割れた窓越しに、俺たちの視線が交錯した。アヤメが彼女を止める前に、彼女は走り出した。
「ゆうくん!」
その声が、静寂を切り裂いた。
俺は固まった。彼女は俺の前に立ち、息を切らし、その目は血に染まった俺の肩、汚れた服、そして応急処置の包帯に釘付けになっていた。
(しまった。お前は…こんなものを見るべきじゃなかった。)
「悪い」俺は、かすれた声で言った。
だが、彼女は俺に何も言わせなかった。その腕が俺を包み込み、顔を俺の胸にうずめた。
「ごめんなさい、ゆうくん!」彼女は、しゃくりあげて言った。「あたし、知らなくて…ただ…」
陽菜…
俺の目は細められ、罪悪感が息を詰まらせる。「お前のせいじゃない」と、俺は低く言った。「俺のせいだ。お前をこんなことに巻き込んで。」俺は優しく彼女を離し、少し距離を取った。彼女は、涙を拭っている。
「大丈夫だ」俺の顔に、いつかあの二人がまだ小さかった頃に見せていたような、そんな笑みが浮かんだ。「それは…俺が約束する、陽菜。」
アヤメが俺たちの方へ来て、陽菜を連れて行った。
俺はまだ座ったまま、二人が雪の中に消えていくのを見ていた。
「じゃあ、噂は本当だったんだ…」あのクソガキが、からかうように言った、だって。
「俺を苛立たせても、お前の罰が重くなるだけだぞ」と、俺は言い返した。
「おい!」




