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第6話「祭りの下の影」

竹内勇太


 ガヤガヤ…


 開盟かいもん高校の文化祭の喧騒が廊下に満ちていた。生徒たちは焼きそばや綿菓子の屋台の間を走り回り、揚げ物の匂いが笑い声やメインステージで練習するバンドの音と混じり合っていた。


 十一月上旬だというのに、中庭の噴水はクリスマスイルミネーションで飾られ、色とりどりの横断幕が冷たい風に揺れていた。一年A組はメイド喫茶を開いており、遠目にも長いスカートに足を取られそうな女子生徒や、客の注文を叫ぶ男子生徒の姿が見える。二年B組は射的の屋台を設置し、そこでアレクサンダーが全ての的を外しているのが見えた。(もちろん、妹の絶望的な表情を浮かべてな。)フラヴィアンがメガホンで彼を叱責している。三年C組は、いつも通り大げさに、RPGから飛び出してきたような衣装で演劇の準備をしていた。


 それは学校の祭りに期待される、ある種の整理されたカオスだったが、俺はリラックスできなかった。頭の中は千々に乱れていた。起こりうる襲撃が影のようにちらつき、教師として…そして、それ以上の者として、俺は気を緩めるわけにはいかなかった。


 二階の廊下を歩く。閉められた窓が騒音を和らげていた。緑色のネクタイを締め直すと、肩に疲れの重みを感じた。十月は長い月だった。陽菜とは距離を置き、会話を生徒会と国語の授業だけに限定しなければならなかった。簡単なことではなかった。彼女の大きな瞳、話すときの手振り…(クソッ…集中しろ。)俺はそれを押し殺した。俺は彼女の教師だ。彼女は俺の生徒。それだけのことだ。


 そして何より、俺には任務がある。ランフレッドが外にいて、ターゲット――二年A組の赤髪に金色の瞳を持つ椿テックの跡継ぎ、椿理香、選挙でフラヴィアンのライバルだった彼女――は、この学校にいる。気を散らしている余裕はない。


 窓から中庭を眺めていると、数日前の会議が頭をよぎった。その内容は、まだ俺の頭の中で響き渡っていた。


 会議室は静まり返っていた。石田先生が指でテーブルを叩く、かすかな音だけが響く。蛍光灯の光が、校長の桜井さんの緋色のブレザーに反射していた。彼女の短い白髪混じりの髪が、その動じない顔を縁取っている。


 隣には、英語教師の石田先生。その黒髪には早くも白髪が混じり、常に苛立った表情を浮かべている。家庭科の安藤先生は、緑がかった髪に、全てを見通すかのような黄色い瞳。国語教師で三年生の担任でもある藤先生は、最年長で、髪はすっかり白くなっていたが、その姿勢は引退した侍のようにしっかりとしていた。桜井さんと俺を除いて、この三人は元インクイジター、今はクレリックとして――学校防衛のために教師として働くゲートのエージェントだ。


 安藤先生が沈黙を破った。その声は緊張していた。「勇太先生、文化祭を中止すべきではないかしら?ランフレッドの攻撃時期が不確かだと、あなた自身がおっしゃっていたわ。」


 俺は後頭部に手をやり、結んだ髪が指に触れた。「祭りの間に起こる可能性はあります、安藤先生。しかし、確信はありません。」


 桜井さんは首を傾げ、その視線は刃のように鋭かった。「なぜ疑うのかね、勇太くん?」


 深呼吸して、考えをまとめる。「目的が暗殺による大騒動を引き起こすことなら、文化祭は格好の標的です。しかし、ゲートが監督する学校内での犯行は、ほとんど自殺行為に等しい。」


 藤先生は腕を組み、その声は重々しかった。「それでも、可能性は残る。たとえ奴らが望むような騒ぎにならなくともな。このような失態は、ゲートの誇りに大きな傷がつくことになるじゃろう…」


「ですが、私たちの誇りを傷つけることが彼らの目的だとは思えませんわ。」と安藤先生が返した。


「正直に言うと…」と俺は口を開いた。「騒ぎを起こすことも、我々の誇りを傷つけることも、両方がランフレッドの目的だと思います。」俺は部屋にいる全員を見渡した。「ランフレッドは几帳面で、卑劣で、貪欲だ…彼にとって最も好都合な時に攻撃してくるでしょう。しかし、それは我々にとっても好都合な時となり得る。」


 皆が俺を見て、俺の考えを評価していた。


 桜井さんは俺を見据えた。「君ならどうする、勇太くん?」


 俺は言葉を選びながら躊躇した。「ランフレッドが特定の日を狙っているのなら、卒業式が最も可能性が高い。開盟高校には、一年生と二年生も参加する三年生の卒業パーティーの伝統があります。開盟の卒業式は、大規模なガラパーティーとして知られていますよね?」


「うむ、卒業生を祝うためのパーティーを開くのが伝統じゃ。彼らだけでなく、保護者や教師にとっても盛大なものになる…」桜井さんは真剣な表情で答えた。


 安藤先生は眉をひそめた。「なぜ今ではなく、卒業式なの?」


 すぐには答えなかった。俺の直感はワイト・ガントレットとしての長年の経験から来るものだったが、具体的な証拠はない。「その方が可能性が高いように思えます。」と、ついに言った。「祭りを軽視するわけではありませんが、卒業式の方が良い標的です。生徒、保護者、教師、そして学校の上流階級の生徒を記録するために現れるであろう報道陣…椿テックの技術発表会でのチャンスを逃した以上、卒業式が彼にとって最も有望な標的です…少なくとも、私はそう思います。」


 桜井さんは片眉を上げた。「憶測かね、勇太くん?」


 俺はためらった。「はい。」


 石田先生はテーブルを叩いて爆発した。「もういい!全てのイベントを中止して、今すぐランフレッドの元へ騎士団を送り込むべきだ!あのクソ木村、お前の情報屋は、何をぐずぐずしているんだ、勇太ァ!」


 俺は冷静を保ったが、顎が食いしばられた。「木村はますます静かになっています、石田先生。以前ほど返事がありません。」


「奴は裏切り者だ!」と石田先生は吐き捨てた。「最初から分かっていた!」


 藤先生が、そのしっかりとした声で彼を遮った。「ビショップのお主には、物事の仕組みが分からんようじゃな、石田先生。」


 石田先生が反論しようと口を開いたが、安藤先生が経験豊かな口調で割って入った。「アークビショップとして、私は木村が敵地の真っ只中にいると信じていますわ。彼は身を晒すわけにはいかないのよ。」


 俺は頷いて同意した。「その通りです。」


 桜井さんは手を上げて、全員を黙らせた。「イベントを中止することはできん。文化祭はすでに延期されすぎている――先月行われるはずだった。学校と大学の全エージェントに連絡し、待機させる。」


(エージェントか…)前回は「エスクワイア」という言葉が俺に突き刺さった。訓練中のエージェント、若者たち。俺の生徒たち。


「桜井さん」俺は、しっかりとした、しかし抑えた声で割って入った。「私は、子供たちを戦闘の可能性がある場に使うのは避けたい。」


「シロイがすでに発表会で戦ったとしても、かね?」安藤先生が問い詰めた。


「彼女は俺に背いた!命令は、いかなる戦闘からも遠ざかることだった!」


「しかし、彼女の不服従が、より悪い事態を防いだのですよ、勇太先生」と藤先生が返した。


「分かっています!しかし―」


「君の生徒たちへの心配は理解できる、勇太。だが、彼らを信頼することを学ぶべきだ。」日本語教師として俺の師でもある藤先生は、俺を完全に見透かすような真剣な眼差しで言った。


 桜井さんは、冷たく動じない様子で俺を見据えた。「君の気持ちは理解できる、勇太くん。だが、感傷に浸っている時ではない。私は使える武器は全て使う。」


 俺はためらった。過去の重みが胸を締め付ける。しかし、選択肢はなかった。「はい、校長」と、俺は目を伏せて呟いた。


 現在に戻り、中庭での大きな笑い声が俺を記憶から引き戻した。窓から、一年C組の生徒たちが団子のトレーを持って走っているのが見える。文化祭は続いており、俺が抱える影とは無関係に。ランフレッドの脅威。椿理香がターゲットであること。木村についての不確かさ。そして、心の奥底にある、陽菜。


(集中しろ。)


 教師として、俺の義務はこれらの生徒を守ること。エージェントとして、ゲートとファントムが彼らに届かないようにすることだ。失敗は許されない。


 文化祭は活気に満ち溢れていた。中庭は屋台で埋め尽くされ、俺の目は休む暇もなかった。桜井さんは学校内の全エージェントに警戒態勢を命じた。群衆の中に、祭りのカオスに属さない視線を見つける。俺のようなエージェントたちが、脅威が潜んでいることを知っていた。


 一階の廊下を歩く。閉められた窓が騒音を和らげていた。シャツの襟を直し、肩に疲れを感じる。任務は明確だ。椿理香を監視下に置くこと。


 選挙でフラヴィアンに負けて以来、椿テックの跡継ぎは孤立している。授業にはほとんど参加せず、友人を避けている。エージェントとしては、好都合だ――接触が少なければ、変数も少ない。しかし、教師としては、俺は失格だ。彼女と話そうとしたが、短い返事と遠い眼差しで切り返される。俺はもっと強く出るべきだったが、あの事件の後、俺の評判では疑念を招きかねない。


 幸い、陽菜がこの変化に気づき、彼女に近づいている。休暇後、椿さんはあの金髪のかつらと緑のコンタクトレンズをやめた。教師としては、それは嬉しい。エージェントとしては、問題だ。彼女は背中に的を描いているようなものだ。今や、敵が持つ彼女の特徴と一致してしまっている。


 中庭で立ち止まり、生徒会の活動を観察する。宮崎くんがクリップボードを持って走り回り、フラヴィアンがメガホンでスケジュールを告知し、アレクサンダーと高橋さんが写真ブースの近くで話している。しかし、誰かが足りない。花宮陽菜。彼女はきっと、二年D組のコスプレレストランにいるのだろう。その考えが胸を締め付けたが、すぐに押し殺した。


 その時、耳元でかすかな音がした。通信機だ。


「ワイトさん、ターゲットが家を出て、学校に向かっています。」


 俺は目立たないように窓際に寄りながら答えた。「監視を続けろ、ローニン。」


「了解。」


(ローニンが文化祭を犠牲にして椿理香を監視か…)


「花宮さんのこと考えてたでしょ、先輩?」


 友美(ユミ)。短い紺色の髪、海のような瞳、そして全てを知っているかのような笑顔。


「馬鹿なこと言うな」と、俺は素っ気なく返した。


「大学、さぼりすぎですよ?どうやって全部こなしてるんですか?」


 ため息をつく。「何とかなってる。大学は独学を許可してくれてるから。試験さえ受ければいい。」


「独学?」彼女は片眉を上げた。「まるで、部屋に閉じこもった隠者みたいですね?」


「そんなもんだ」と俺は呟いた。記憶が蘇る。放課後の誰もいない教室、低い日差しが全てをオレンジ色に染めていた。俺は一人、開かれたノートと、紙を引っ掻く鉛筆の音だけを伴侶に。友人も、俺を待つ者もいない。ただ、失敗すれば誰も助けてはくれないという重圧だけがあった。


 友美が俺を現実に戻した。「でも、小鳥遊たかなし先輩は?きっと大学であなたを捕まえて、文学部をさぼったことで説教しますよ。」


「彼女はいつもとてもしつこいからな…」俺は、彼女が夜遅くに大学で俺を見つけては、うるさくつきまとってきたことを思い出した。


「可哀想に、あなたみたいな無責任な後輩がいて」友美は口元を手で覆い、挑発的な笑みを浮かべた。


「お前、本当にうざいな…」と俺は呟いたが、半笑いが漏れてしまった。


 彼女は俺を見つめ、笑みが消えた。「何か隠してますね、先輩。」


 肩がこわばる。クソッ。こいつはいつも気づく。「何でもない」と俺は嘘をついた。


 パシン!と頭を叩かれた。「痛っ!」


 振り返ると、彼女の顔には怒りと心配が入り混じっていた。「一人で全部背負い込む必要なんてないんですよ、勇太!」


 俺は言葉を失った。彼女が俺を名前で呼ぶのは、本気で怒っている時だけだ。「すまん」と俺は呟いた。


 彼女はため息をつき、態度を和らげた。「何を隠しているのかは知りません。でも、だからといって、一人で耐えなければならないわけじゃないんですよ、先輩。」


「…ありがとう」と俺は答え、胸のつかえが少し取れた気がした。


 友美は去ろうとしたが、廊下で立ち止まった。「二年D組に行ってみてください、先輩。きっと、面白いものが見られますよ。」


 彼女のいたずらっぽい笑顔に、俺は緊張した。何が――あるいは誰が――俺を待っているのか、分かっていたからだ。


 二年D組の教室は、コスプレレストランの整理されたカオスで賑わっていた。入り口で、赤いスカーフを巻いた生徒が、青い猫の人形を手に俺を迎えた。「勇太先生!ようこそ!」と影山くんは、俺の気分とは対照的な熱意で言った。「さあ、中へ!」


 一人の生徒が近づいてきた。ピンクのキラキラしたドレスと輝く杖――魔法少女だ。「ようこそ、勇太先生!」と山田さんは言い、俺を窓際のテーブルに案内した。「何になさいますか?」


「軽いものを」と俺は答えた。メニューは豊富だった。おにぎり、うどん、デザート…(間違いなく、全部出来合いのものを温め直しただけだな。)「緑茶でいい。」


「すぐに持ってきます!」と彼女は言い、ため息をつきながら去っていった。


 俺は座り、部屋を観察した。すぐに緑茶が運ばれてきた。「どうぞ、先生。」


「ありがとう」と俺は呟き、中庭を見つめながらカップを口に運んだ。


「注文を持ってきてくれた人を見ないなんて、失礼ですよ。」その声は、ふざけた調子だった。


 一口飲んで、顔を向けた。そして、彼女を見た。


 陽菜。


 紫色のタイトでエレガントな衣装に身を包み、髪は二つのお団子に結ばれていた。その髪型はどこか…見覚えがあった。彼女は、俺のパソコンの壁紙になっているキャラクターのコスプレをしていた。俺のお気に入りのキャラクター!どうして彼女がそれを?あの夜、俺のパソコンをいじったのか?


(違う。)


 ゴホッ!緑茶が鼻から噴き出した。まるで噴水のように。俺は激しく咳き込み、魂が体から抜け出そうだった。液体がテーブルに、床に、そして宙に舞った。なぜだ?!なぜよりにもよって彼女が?! 俺は必死に咳き込み、教室中の視線が俺に突き刺さる。陽菜は動じず、まるで俺が完全な馬鹿であるかのように、腕を組んでいた。俺の頭は叫んでいた。(集中しろ!集中しろ!) だが、彼女がその格好をしているのに、どうやって?


 ナプキンで顔を拭うと、心臓が暴れていた。陽菜はただ皮肉っぽく微笑み、他の客の接客に戻っていった。


 残りの茶を飲み干した後、俺は会計に向かった。巨大なロボットのような金属鎧を着た生徒がそこにいた。「お茶代はいくらだ?」と俺は、まだ陽菜のことで動揺しながら尋ねた。


「五百円です、勇太先生」と彼女は答えた。その細い声が、鎧と不釣り合いだった。*ゲッ。*俺は金を払い、振り返らずに去った。陽菜はまだそこにいたが、今は彼女と向き合うことはできなかった。


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