第5話「内気な氷の女王」
花宮陽菜
翌日、私達は昼休み、本館裏にある広場の屋根付きの大理石テーブルに集まっていた。私の特別作戦チーム――ううん、ただのクラスメイトたちだけど。噴水が心地よい水音を立てる、学校の各施設へと繋がる交差点みたいな場所だ。
あたしはもちろんワクワクしてた。「山田くんを氷の女王様と話させよう大作戦」の第二段階だと思うと、秘密諜報員スピリット・ブロッサムとしての血が騒ぐ!でも、あたしの隣では、雰囲気は全然違った。直美ちゃんはテーブルに突っ伏して、お弁当の米粒を一つ、つまようじでツンツンしてる。退屈そのものって感じ。
その反対側では、あたしが理香ちゃんと呼んでる椿さんが、まるで女将軍みたいに腕を組んで座っていた。その瞳は、後輩の山田宏くんを助けたいからじゃなく、「こんな『単純な』ことで失敗するなんてプライドが許さない」っていう、燃えるような決意で輝いていた。
「そんな簡単なことじゃ…」宏くんが、先輩である椿さんを前にして、俯きながら呟いた。
「当たり前ですわ!」理香ちゃんはピシャリと言い返した。「近づいて、会話を始めるだけのことですわ!昨日、あなたがフリーズしなければ、できていたはずですのに!」
直美ちゃんが、世界が終わるみたいな長いため息をついた。「あの新入生のチビがいなきゃねぇ…」
「あんまり変わらなかったと思うけど」あたしは現実的に言ってみた。どうせ宏くんは石になってたと思うし。
その一言が引き金だった。宏くんが、裏切られた!って顔でこっちを振り向く。「は、花宮先輩!信じてくれてるんですか、くれてないんですか?!」
「うーん、まだちょっと半信半疑かな…」あたしがわざとらしく言うと、
「ひどい!」
宏くんの叫びは、もっと大きくて、乾いた音に掻き消された。
ドンッ!
広場に響き渡る衝撃音。直美ちゃんが、この不毛な会話にイラッとして、思いっきり手のひらで大理石のテーブルを叩いたのだ。シーン…と静まり返る。あたしたち三人は、彼女が何かキレのある一言を言うのを待った。でも、彼女の顔はみるみるうちに歪んでいき、普段はつまらなそうなオレンジ色の瞳が、みるみるうちに涙で潤んでいく。
理香ちゃんが、扇子で扇ぐみたいに優雅に自分の手をパタパタさせながら言った。「強く叩きすぎたのではなくて、高橋さん?」
「このテーブル、すっごく硬いんだよ、直美ちゃん」あたしは同情して言った。自分の説を証明するために、拳を握ってテーブルを軽くコンコンと叩く。「ほら、壁みたいに…」
コンッ!
「いったぁぁぁい!」
鋭い叫び声が自分の口から飛び出した。中指の関節を思いっきりぶつけちゃった! (バカ!バカあたし!なんで同じことしたの?!) 痛む指にチューしながら、あたしは言った。「ほらね?!直美ちゃんも気をつけなきゃダメだよ!」
あたしのバカな優しさが、直美ちゃんの我慢の限界を超えさせたみたい。彼女はついに「うぅ…」と呻き声を漏らし、もう片方の手で痛む手をぎゅっと握りしめた。叩いた手のひらは、唐辛子みたいに真っ赤になっていた。
その光景を、宏くんは絶望と諦めが混じった、なんとも言えない顔で見ていた。三人の、どうしようもないアホな先輩。彼の肩ががっくりと落ち、あたしのかすかな指の痛みも聞こえるくらい、ぽつりと呟いた。
「……僕、一人で死ぬんだ……」
「「はぁ?」」
あたしと直美ちゃんは、声を揃えて彼の方を向いた。そして、また自分の痛む手に意識を戻したのだった。
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『まず、鏡さんが何を好きかリサーチして、山田くんが彼女と話すための共通の話題を見つけるのよ!』
昼休みの理香ちゃんの自信満々な声が、まだ頭の中で響いてる。彼女が恋の達人みたいに話すのを、あたしと宏くんは神のお告げみたいに聞いてたっけ。(その間、直美ちゃんはテーブルに突っ伏して、痛む自分の手を握ってただけ。戦力ゼロ!)
そして今、あたしたち四人のアホは廊下の角で重なり合って、ターゲットの鏡さんをストーキングしてる。彼女は文化祭の準備で騒がしい中を、涼しい顔で穏やかに歩いていた。
彼女が数歩進むと、あたしたちも続く。ソロリ、ソロリ…
突然、彼女がピタッと止まって振り返った。あたしたちの殺気(?)を感じ取ったみたいに。ビクッ! 四人同時に壁の影に隠れて、危うく人間ドミノ倒しになるところだった。彼女は不思議そうに首を傾げて、何も見つけずにまた歩き出す。このバカみたいなプロセスを、あと三回は繰り返した……
驚いたことに、彼女は校庭の噴水広場に戻ってきた。一体どこへ?彼女は広場を右に抜け、運動場の方へ向かっていく。あんなおしとやかな子が、汗と土埃まみれの運動部エリアに?
あたしたちは後を追った。左手には巨大な講堂、右手にはグラウンドが広がる。その先には倉庫がいくつかあって、左に曲がる小道は体育館や部室棟へと続いていた。
彼女はその部室棟の一室に入っていった。
「なんで彼女がこんなところに…?」宏くんがパニック混じりの声で囁く。
「カレシとかいんじゃない?」直美ちゃんが、あくびをしながら退屈そうに言った。その一言は、あたしたちの後輩の心臓を的確に撃ち抜いたけど。
ガーン!
宏くんの魂が抜けていくのが見えた。肩をがっくりと落とし、瞳から光が消え、彼は風に舞う灰の山みたいになってしまった。
「直美ちゃん!」あたしは彼女の肩を叩いた。
「いった…」彼女がこっちを向いたから、もう一発叩いてやった。「なんで二回も?!」
理香ちゃんが必死に「しっかりなさい、山田くん!」とあたしたちの主人公を励まそうとしていると、真面目そうな男子の声が、あたしたちの茶番を切り裂いた。
「君たち、ここで何してるの?」
あたしたち三人は、まるで示し合わせたかのように振り返った。宏くんはまだ地面で死んでる。
「「アレクサンダーくん?!」」あたしと直美ちゃんは同時に叫んだ。
「ここで何をしているのかと聞いているんだ」彼は腕を組んで、我慢の限界って顔で繰り返した。
「あ、アレックスくん!ぐ、偶然だね!」あたしは必死に、でも完全に不自然に言った。「あたしたち、その、文化祭のために廊下の音響をチェックしてたんだよ!そう、音響!アナウンスがここまで聞こえるかどうかの!」
「そそ」直美ちゃんが、彼から目をそらしたまま付け加えた。「あと、床がダンスに向いてるかなーとか。知らんけど。」
アレクサンダーくんは、あたしたちを数秒間じっと見つめ、目を細めた。そして、世界中の疲労を背負ったかのような、重いため息をついた。「君たち二人…本気で僕が馬鹿だと思ってるの?」
(やばい!やばい!やばい!)あたしの頭の中で警報が鳴り響く。理香ちゃんはフラヴちゃんのライバル!そしてあたしは、その弟くんに捕まった!
アレクサンダーくんはあたしと直美ちゃんを無視して、理香ちゃんの前にまっすぐ進んだ。彼女は身構え、シルバーハンド家の末っ子との対決を覚悟した。でも、驚いたことに、アレクサンダーくんは深く頭を下げた。
「すみません、椿先輩」彼の声は твердかった。「姉上が討論会で言ったこと…あれを調べたのは僕です。姉上にあんな言葉をあなたに使わせたのは…僕の責任です。」
彼は顔を上げた。その眼差しは真剣そのもの。シルバーハンドの眼差しだ。しかし理香は、堂々とした態度で、余裕の笑みを浮かべた。「ええ、許してさしあげますわ。」
アレクサンダーくんは「どうも…」とだけ返すと、彼女を無視して、まだ死んでいるあたしたちの主人公の元へ歩いて行った。彼はその魂の抜け殻の前に立った。理香ちゃんが説明する。「高橋さんが、彼の想い人には『彼氏』がいるかもしれないと言ってから、ずっとこうなのです。」
アレクサンダーくんは直美ちゃんをイラっとした目つきで睨み、彼女は口笛を吹きながらそっぽを向いた。「あー、彼女が絡むといつもこうだよな」と彼はため息をついた。
「宏くんのこと知ってるの?」とあたしは聞いた。
「もちろん知ってる」彼は、あたしが宇宙で一番マヌケな生き物だと言わんばかりの顔で答えた。「同じ部活だし、クラスも一緒だ…花宮先輩、君の馬鹿さ加減には、日に日に驚かされるよ…」
「やめてください」あたしは単調な声で言った。「そのコメント、地味に傷つくって何回言えば分かるんですか?」
「とにかく…」直美ちゃんが口を挟み、あたしたちの主人公の元へ歩み寄る。「彼を現実に引き戻す方法、あるわけ?」
彼女が言い終わるか終わらないかのうちに、アレクサンダーくんの腕が動いた。ゴスッ! 鈍い音がして、彼の拳が可哀想な宏くんの顔面にクリーンヒットした。
「宏くーーーーーん!」あたしは叫んだ。
「アレクサンダー!」直美ちゃんも叫んだ。
「うわああああああ!」理香ちゃんも叫んだ。たぶん、ノリで。
宏くんは床に倒れ、顔を押さえながら涙声で言った。「なんでそんなこと…アレックスくん?」
アレクサンダーくんは、虚ろな目で友人を見下ろし、その声には、まるで別人格が現れたかのような、燃える決意が宿っていた。
「恥を知れ、宏!女子に頼って、お前がやるべきことをやらせるのか!」宏くんは顔を上げ、友人の瞳に宿る炎に、自分の心も燃え始めた。「男なら、自分でやるべきことをやれ!他人に頼るな!鏡さんに会いたいなら、そのケツを上げて、自分で話しかけに行け!お前は男だろ!」
宏くんは叫びながら立ち上がった。アレクサンダーくんが友に手を差し伸べ、彼を引き上げる。完全にドラマのワンシーンだ。宏くんは自信に満ちた笑みを浮かべ、拳で口元を拭った(実際、アレックスのパンチで血が出てたけど、へへっ)。
彼はアレクサンダーくんの横を通り過ぎた。アレックスは目を閉じ、口元に小さな笑みを浮かべていた。
「行ってくる!」
「ああ、行ってこい!」
現実世界では、あたしたち女子三人は、その茶番劇を真顔で見ていた。
「男の子って、本当に…」と理香ちゃんがコメントした。
あたしと直美ちゃんは頷いた。本当に、男の子って…
「「聞こえてるぞ!」」二人が振り返って、あたしたちに叫んだ。
あたしたち四人の即席スパイチームは、茂みの後ろにしゃがみ込みながら、あたしたちのヒーロー、宏くんを固唾をのんで見守っていた。彼は部室のドアの前で、風に吹かれる竹のようにブルブルと震えている。まるで幽霊でも見たかのように顔は真っ青で、完全にフリーズしていた。不意に、彼はこちらを振り返った。あたしたちはそれぞれユニークな表情を浮かべていたけど、ジェスチャーだけは同じ。ぎこちないグッドサインを宙に突き出していた。
あたしの目は決意に燃えていた。隣の直美ちゃんは、世界の他のどんな場所にでもいたいって顔をしていて、そのグッドサインは退屈で気絶しそうなくらい力がない。理香ちゃんは女王然とした態度で、まるで自分の計画通りに事が進んでいるかのように、高慢な笑みを浮かべていた。そしてアレクサンダーくんは、獰猛な笑みと燃えるような目で、必要とあらば宏くんを蹴り飛ばしてでもドアの中に押し込む準備ができているようだった。
宏くんがゴクリと喉を鳴らす。その音は、あたしたちのいる場所からでもはっきりと聞こえた。彼はためらいがちに腕を上げ、ドアをノックしようとする。でも、その指が木の扉に触れる前に、ドアがドラマチックにキーッと音を立てて開いた。
そこに彼女がいた。鏡さん。胸にファイルを抱え、雪のように白い髪が廊下の光を反射して、緑がかった色合いを帯びていた。
「山田くん?」と彼女は尋ねる。その声は優しかったけど、純粋な好奇心が感じられた。
「か、か、か、か、か、か、か、鏡さん!」宏くんは、その狂ったような反復で緊張自体を祓おうとしているかのように叫んだ。
鏡さんは不思議そうに首を傾げた。「『か』が多すぎますね…竜でも呼んでいるのですか、それとも私に話しかけているのですか?」
隠れ場所から、直美ちゃんがブツブツと文句を言う。「ミッション失敗じゃん、帰ろ…」
彼女はもう背を向けて、この船から逃げ出す準備万端だったけど、あたしは彼女の腕を強く掴んだ。アレクサンダーくんも頷いて同意していたけど、あたしは彼の制服の袖がちぎれそうになるくらい強く、彼も掴んだ。一方、理香ちゃんは腕を組み、冷たい決意を浮かべて成り行きを見守っている。(別に宏くんのことなんてどうでもいいんだろうけど、彼女にとって、自分が計画したミッションが失敗するなんて、断じて認められないんだわ。)
宏くんは、まだドアの前で固まったまま、どもった。「ぼ、ぼ、ぼ、ぼ、僕は…」
鏡さんは瞬きをして、待っていた。「何か御用ですか、山田くん?」彼が何も答えず、ただピーマンみたいに真っ赤になって震えているだけなのを見て、彼女は肩をすくめた。「では、何もなければ、失礼します…」
そして彼女は彼を通り過ぎ、まるで宙に浮いているかのように優雅に階段を下りていった。
宏くんは石像のように固まって、彼女が遠ざかっていくのを見ていた。言葉は喉につかえ、その目は金属の階段を下りていく鏡さんを追っていた。
あたしはもう我慢できなかった。茂みに足を取られそうになりながら彼に駆け寄り、叫んだ。「早く行きなさいよ!」
彼はまるで夢から覚めたように、ハッと瞬きした。突然、部室の中から声が聞こえてきた。
「行け、モテ男!」
「やれるって!」
「でも、あいつ、ちょっとキモくない?」
「おい!本人の前で言うなよ!」
宏くんが振り返ると、バレー部の女子たちがドアから顔を出し、意地悪そうな笑みを浮かべてこのショーを観戦していた。そのうちの一人が叫ぶ。「いっけー、少年!」
彼は恥ずかしさを振り払うかのように頭を振り、両手で自分の顔をパンッと叩いた。その音はまるで太鼓のようだった。震えながらも、その瞳に決意の光が戻った。
「これは、まずいことになるな…」アレクサンダーくんが腕を組みながら呟いた。
その通りだった。宏くんは英雄的な勢いで階段から飛び降りた…そして、段を踏み外した。彼は顔から地面に突っ込み、埃の雲を巻き上げる。心配になって駆け寄ったけど、彼はもう立ち上がって、手で顔を拭っていた。鼻は真っ赤で、めちゃくちゃ痛そう。それでも彼はためらうことなく、走り出した。走って、走って、走り続けた。
廊下の突き当たりで、彼は息を切らしながら鏡さんに追いついた。顔は転んだせいでさらに赤くなっている。「か、か…か…鏡さん…」今回は恥ずかしさよりも、体力のなさのせいで息が上がっているようだった。
鏡さんは振り返り、胸のファイルをさらに強く抱きしめた。「山田くん!どうしたんですか、一体?!」彼女は彼の様子を見て、目を丸くした。
彼は話そうとしたが、まだ言葉が出てこない。鏡さんは優しい表情で、手を差し伸べた。「深呼吸して、落ち着いてください。」
宏くんは言われた通りに、深く息を吸った。ありったけの勇気をかき集め、震える目で、それでも無理やり彼女を直視した。「か、鏡さん…」声は揺らいだけど、彼は続けた。「…文化祭のキャンプファイヤー、僕と…一緒に見てくれませんか?」
続く沈黙は、耳が痛くなるほどだった。そよ風が吹き、鏡さんの白い髪が踊る。彼女の目は大きく見開かれ、ためらった。「山田くん…あなたはいつも私に親切で、話しかけてくれる数少ない人です…」彼女は優しく話し始めた。宏くんは、もう「でも」という言葉が来るのを覚悟していた。「でも、今はお付き合いとかは…」
「ただキャンプファイヤーに誘っただけですよ!ははは!お付き合いなんて!ははは!」宏くんはパニックを隠そうと、無理やり笑いながら後頭部を掻いた。
鏡さんは真っ赤になり、ファイルで顔を隠した。「ご、ごめんなさい、勘違いしました!」声がくぐもって聞こえる。「その…あまりお互いを知らないので、お受けできないかと!」
「大丈夫、大丈夫!」宏くんはまだ神経質に笑いながら答えた。「じゃあ…友達としてなら?」
「友達、ですね」彼女は答えた。「山田くん…」ファイルを少し下げると、瓶の底みたいな分厚いメガネの奥で、彼女の瞳が魔法のように緑がかった輝きを放っているのが見えた。「私たち…あまりお互いを知りません…でも…もっと仲良くなることは、できます…」
「は、はい…」宏くんは、ほとんど囁き声で答えた。
鏡さんは会釈すると、背を向けて自分の道を進んでいった。宏くんは、まるで感情の隕石にでも衝突されたかのように、打ちのめされてその場に立ち尽くしていた。
「(可哀想な宏くん…)」あたしは呟き、胸がキュッとなった。
「ちょっと、あんたたち誰よ?!なんでここにいんのさ?!」直美ちゃんが、いつの間にかドラマを観戦するために集まっていた生徒たちの群れを指差して叫んだ。バレー部の女子たち、通りすがりの生徒たち、みんなまるで生放送のメロドラマでも見るかのようにコメントしている。
「諦めんな!」
「よくあることだって!」
「頑張れ、オタクくん!」
「次があるさ、友よ!」
バレー部の女子の一人が笑った。「何が起きてるか見たかっただけだよ!毎日こんなシーンが見られるわけじゃないし!」
理香ちゃんは宏くんを哀れむような表情で見つめ、何か言おうと口を開いたが、アレクサンダーくんがそれを遮った。彼はゆっくりと友人の元へ歩み寄り、その背中を力強く叩いた。宏くんは自分の考えに没頭していて、反応しない。「彼女は『今』は無理だって言ったんだ」アレクサンダーくんはしっかりとした声で話し始めた。「それは、今がその時じゃないってだけで…」彼は宏くんの前に回り込み、宏くんは顔を上げた。「もっと仲良くなれるって言ったんだろ?」
宏くんは頷き、その目は涙で潤んでいた。「うん…」
「つまり」アレクサンダーくんは続けた。「もっと仲良くなれば、可能性はあるってことだろ、宏!」
宏くんは拳で目元を拭った。あたしにははっきり見えなかったけど、彼が泣いているのは間違いなかった。理香ちゃんとバレー部の女子たちもそう思ったようだけど、周りの男子たちは叫んだ。「男は泣くな!」
「マジであんたたち誰よ?!」直美ちゃんはまだ群衆を追い払おうと叫んでいる。
アレクサンダーくんは宏くんに拳を突き出した。「行こうぜ、宏!」
宏くんは友人の拳に自分の拳をぶつけ、はにかんだ笑みを浮かべた。「ああ、行こう!」
二人は歩き始めた。沈みゆく夕日が彼らを金色の光で包み込み、まるで敗北したけれど、まだ立ち続けるヒーローのようだった。
「男の子って、本当に…」理香ちゃんが腕を組みながら呟いた。
あたしとバレー部の女子たちは頷き合った。「男の子って…」あたしも繰り返した。
「これぞ男の友情だ!」と群衆の中の一人が叫び、その隣で別の男子が感動して涙を拭いていた。「俺もあいつみたいになりてぇ!」
「これぞ漢だ!」と、また別の誰かが叫んだ。
「『男は泣くな』はどうなったのよ?!」直美ちゃんが、もう叫びすぎて声がガラガラになりながら言い返した。
あたしはため息をつき、その光景を眺めた。「結局、全てはタイミングなのね…」と、その瞬間の詩的な重みを感じながら呟いた。
「なにそのダサい決め台詞…」理香ちゃんが、呆れて目を回しながら言った。
「うん、超ダサいよ、はるちゃん…」直美ちゃんが、あくびをしながら付け加えた。
「このシーンの美しさが分からないなんて!」あたしは絶望して叫んだ。群衆が笑い、夕日が沈んでいく中、「作戦:氷の女王に山田くんをけしかけろ」の、最高にカオスな一日は幕を閉じた。




