第3話「親密な『その後』」
花宮陽菜
しとしとと降る雨音で目が覚めた。もう嵐じゃなくて、まるで空が叫び疲れたかのような、静かな霧雨。ゆうくんの部屋に差し込む灰色の光が、メランコリックなアニメの雰囲気を一層強くして、壁の『ダークソウル』のポスターが静かにあたしを裁いているみたいだった。
頭が重い。昨日の記憶が、壊れたメリーゴーランドみたいにぐるぐる回る。あのビデオ。ワイト・ガントレット。キス。彼の手…。
顔が耳までカァッと熱くなって、枕に顔をうずめて叫び声を押し殺した。
(陽菜、あんたのバカ!なんてことしちゃったの?!)
心臓が口から飛び出しそうになるのを抑えながら、ゆっくりと立ち上がり、忍びのようにそーっと部屋のドアを開けた。食べ物の匂い――焼き魚に、炊きたてのご飯、そしてお味噌汁の香り――が、あたしの鼻を直撃した。そして、キッチンに彼がいた。ゆうくんが。
「おはよう」と、彼は言った。まるで、あたしたちの間に何も特別なことなんてなかったかのような、あの淡々とした、空っぽの声で。
きゃーっ!
心の中で悲鳴を上げて、ドアの蝶番を壊しそうになった。彼の黒髪は、高い位置でラフなポニーテールに結ばれていて、例の緑のメッシュが、彼の動きに合わせてキラキラと揺れている。
(もー、ゆうくん、そんな姿、反則だって!)
「な、なによ、その髪!?」あたしは震える指で彼を指差しながら、どもってしまった。
彼は、あたしの魂まで凍らせる、あの『ユウタステア™』を向けてきて、あたしの質問を完全に無視した。「朝ごはん、できてる。焼き魚、ご飯、味噌汁。座って」
あたしは呆然と立ち尽くし、完璧に用意された木のテーブルを見つめた。これが…朝ごはん?
彼は片眉を上げた。「どうかした?」
「い、いや…普通、コーヒーとパンかなって…」あたしは首筋を掻きながら、もごもごと呟いた。
彼はフンと鼻を鳴らし、腕を組んで、ムカつくくらい偉そうに言った。「西洋人みたいにか?」
「そうよ!」と、あたしは少しムキになって言い返した。
「それで、僕がイギリス人だと?」彼の声は乾いていたけど、その黄色い瞳にはからかうような光が宿っていた。
「ちょっと!毎日アフタヌーンティー飲んでるのはそっちでしょ!」あたしは彼を指差して反論した。
「伝統を守る必要があるから仕方ない」と、彼は真面目すぎる顔で答えた。
一瞬、あたしたちの視線がアニメの決闘シーンみたいにバチバチと交錯した。でも、その時…昨日の記憶が洪水みたいに押し寄せてきた。あたしが彼の上に乗って…。キス…。あたしのシャツの中を上がってくる彼の手…。空気がズンと重くなる。あたしはすぐに視線を逸らし、顔が燃えるように熱くなるのを感じた。彼はわざとらしい咳払いをして、窓の外に目を向けた。
(うわ、気まずっ!どうしよう?!)
「パンならある」と、彼は気まずい沈黙を破って言った。「それに、塗るものも何かあるはずだ、欲しければ」
「ううん、食べる!」あたしは早口で言って、席について箸を取った。
(こんなご馳走を作ってくれたヒーローに、わがままなんて言えない!)
雨音だけが響く中、あたしたちはしばらく黙って食べた。彼の携帯が鳴るまでは――ピッ、ポッ、ピッ――彼が使ってるって言ってた、あの『ファイナルファンタジーVIII』の壮大な戦闘テーマ。心臓が火事の警報みたいに鳴り響いた。誰よ、こんな朝っぱらから?!
彼は携帯を手に取り、画面を一瞥すると、キッチンの方へ向かって電話に出た。声が小さすぎて、何を言ってるか全然聞こえない。
(待って…あたしの知ってる番号って、仕事用?それともプライベート?探偵の好奇心、スイッチオン!)
あたしは自分のスマホを取り出して、彼の番号に電話をかけた。
すると、キッチンから超アップテンポな音楽が爆音で鳴り響いた――女性の声が、信じられないくらい大声で、明るい曲を歌ってる。はぁ?!
ゆうくんはリビングに戻ってきて、まだ陽気なメロディーが流れる携帯を持ったまま、「本気か?」って顔であたしを見た。あたしは急いで電話を切って、へらへらと笑った。
「プライベート用の電話だったんだ!でも…音楽、『ファイナルファンタジー』じゃないじゃん?」
彼はため息をついて、携帯をしまった。「君には、専用の着信音を設定してある」
ドキドキッ!
あたしの心臓が、トリプルアクセルを決めた。あたしだけの着信音?!もう、世界で一番幸せな女の子になった気分!でも、あたしの幸福感が頂点に達する前に、彼はいつもの乾いた声で続けた。
「君も、フラヴィアンも、アレクサンダーも、斎藤も…それぞれ違う曲だ」
そして、あたしの幸福感の城は、ガラガラと音を立てて崩れ落ちた。
「そ、そうなんだ…」あたしは完全にしょげて、そう呟いた。でも、好奇心には勝てなかった。「なんて曲?」
彼はあたしを見て、一瞬、その黄色い瞳が和らいだ。「…路地裏で、あいつらから君を助けた日…僕のイヤホンで流れてた曲だ」
(あの夜…!)
記憶が稲妻みたいにあたしを撃った。凍えるような恐怖、迫ってくる影、怖い声…。そして、彼。どこからともなく現れて、最初は弱々しいおじさんみたいだったのに、信じられない速さで動いて、あの三人の男をまるでゴミか何かのように倒した。
顔がカァッと熱くなった。
「お、覚えてたの?!」
「大したことじゃない」と、彼は言った。彼の顔が赤らんでいるのが、その無関心を装った嘘を裏切っていた。彼はさりげなく見せようと、視線を逸らした。「ちょうど…買い物をしたばかりだったんだ。喧嘩で箱が潰れて、イライラしてた」彼は顎で部屋の向こう側を指差した。「あれだよ」
(彼…ちょうど買い物したばかり…?)
彼の指差す方を見ると、棚があった。
(え、待って、彼、ここにフィギュア持ってたの?今まで気づかなかった…!)
そして、たくさんのフィギュアの中に、彼がいた。小さくて、調査兵団の制服を着て、死ぬほど真剣な顔をしている。リヴァイ・アッカーマン。
(路地裏。あの音楽。フィギュア。全部、あの日のことだったんだ…!)
「そろそろ学校に行かないと。急げよ、花宮さん」彼はあたしのショックに気づいて、慌てて話題を変えた。
あたしは唇を尖らせて、腕を組んだ。「ふん…花宮さんって呼んだ」
「だから?」彼は片眉を上げて、あたしを見返した。
「昨日は、陽菜って呼んでくれたのに…」あたしの心臓が、自分の大胆さにドキドキしながら、そう呟いた。
彼はカチンと固まった。彼の目が、一瞬だけ大きく見開かれる。そして、彼は声を潜め、ほとんど囁くように言った。「他の奴らの前では、そう呼ばない」彼は一呼吸置き、世界が止まったかのようだった。「…それは…親密なものだからな、陽菜」
あたしの心臓が、キラキラと蝶々のスーパーノヴァみたいに爆発した。また。
(親密?!)
ゆうくん、そんなこと言われたら、あたし、本当に死んじゃう!
あたしがピーマンみたいに真っ赤になると、彼は気まずそうに視線を逸らした。
ああ、もう、この空気!
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竹内勇太
外の雨は、俺の愚かさを嘲笑うかのように、しとしとと憂鬱なBGMを奏でている。
俺は馬鹿だ。衝動的で、愚かで、取り返しのつかないミスを犯した。
何年もかけて築き上げた壁を、コントロールし続けてきた感情を…たった一人の少女が…一人の生徒が…触れただけで、ガラガラと崩していった。
昨日の記憶が蘇る。彼女が俺の顔を両手で包み込み、「ヒーローなんだから」と叫んだ、あの熱。彼女の唇の柔らかさ。俺の手に絡みついた、彼女の指の強さ。
なぜ、応えてしまったんだ?
今、俺はキッチンに立ち、何事もなかったかのように彼女のために朝食を用意している。彼女はまるで、昨日がただのありふれた一日だったかのように、向かいのテーブルで飯を食っている。
(落ち着け、ジャック。お前は教師だ。エージェント…いや、元エージェントだ。生徒とどうこうなるなんて、許されない。ルール違反だ。絶対的な!)
だが、ふと彼女に目をやった。陽菜。眠たげに乱れた赤い髪が、肩にかかっている。あの意地っ張りと好奇心が混じった、大きな緑の瞳。アフタヌーンティーのことで笑った、あの顔。
すごく、綺麗だ。
雨の中、キスしかけたあの午後。ベッドの上で、決意を秘めて俺を見つめていた、昨日の夜。
まずい…俺は、彼女に惚れてしまった。
俺が彼女を見つめていることに、彼女が気づいた。頬が、可愛らしく赤らむ。俺はすぐに視線を逸らし、心臓がキリリと痛んだ。咳払いをして、無理やり冷静な声を出す。
「陽菜、誰にも言うな。昨日のことも。ゲートのことも。僕がワイト・ガントレットだったことも」
彼女は真剣な顔で俺を見たが、その瞳にはからかうような光がキラキラしていた。「そんなこと言われなくても分かってるよ、ゆうくん」
眉をひそめる。彼女は…落ち着きすぎている。「竹内さんのこともだ」俺は、さらに声を固くして続けた。「彼がエージェントだったことも、絶対に誰にも言うな。彼自身にもだ」
陽菜はふふんと笑って、腕を組んだ。「そんなの、とっくに分かってたよ。だって、ゆうくんの師匠なんでしょ?」
思わずため息が漏れた。完敗だ。どうしてこの子は、こんなに鋭くて、こんなに危なっかしいんだ?「とにかく…言うなよ」と、俺は呟いた。
また、視線が交錯し、バチバチと火花が散る。だが、お互いに気まずくなって、すぐに視線を逸らした。この重い空気、どうにかしないと。俺が何かを言う前に――
バーン!
リビングのドアが、とんでもない勢いで開かれた。
「ただいまですわ!」
フラヴィアンが、黒髪をなびかせながら竜巻のように入ってきた。そのいたずらっぽい笑顔が、俺たちを見てピタリと止まる。そして、眉をひそめた。「あら。なんですの、この空気は?」
陽菜はカチンと凍りつき、目をまん丸くしている。俺はポーカーフェイスを保とうとしたが、フラヴィアンはもう彼女に駆け寄り、その肩を掴んでいた。「はるちゃん、何かありましたの?!おっしゃいなさいです!」
「な、何でもないって!」陽菜は顔を真っ赤にして、どもっている。
フラヴィアンは俺の方を向き、指を突きつけてきた。「兄上、白状なさいですわ!」
「話すことなど何もない」俺はそう言って、視線を逸らした。だが、その瞬間…陽菜と目が合ってしまった。*しまった。*首筋が熱くなり、昨日の記憶がフラッシュバックする。俺は視線を逸らした。彼女も視線を逸らした。
(なんでこうなるんだ?!)
フラヴィアンは探偵のように目を細め、俺たちを交互に見ていた。
「あなたたち!今すぐ何があったか白状なさいですわ!」彼女は叫び、その黒髪がラスボスのようなオーラを放って揺れた。
陽菜が「ひゃっ!」と小さな悲鳴を上げ、俺はただため息をつくことしかできなかった。心臓が、うるさいくらいドキドキと鳴っている。
これは…非常に、まずいことになる。
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花宮陽菜
十月は、あたしの心にナイフが突き刺さったみたいだった。
毎日、毎日、あたしは頑張った。ゆうくんに話しかけて、学校以外の話題を振ろうとした。彼の家でのあのキスのこととか、まあ、何でもよかった。でも、彼は?まるで氷山。
いつも「花宮さん、評議会の報告書は終わったのか?」とか、「花宮さん、サッカー部の申請書は確認したか?」とかで、はぐらかすんだもん。
もうっ!ゆうくん、真面目すぎるんだって!あの夜――あたしが彼をワイト・ガントレットだって知った夜、あたしたちがもう少しで…
(陽菜、考えるな!)
…もっと親密になれるって、そう思ってたのに。でも、違う!彼が築いた氷の壁は、消防士のはしごがなくちゃ登れないくらい高い。
そして今、十一月の初め。冬の冷たい風が顔に当たって、あたしはもう限界。文化祭は今週末。たこ焼きの屋台、キラキラ光るイルミネーション、それにステージでの発表。でね、決めたの。この文化祭で、絶対にあいつをこっち向かせてやる!
目覚まし時計が鳴り響く――ジリリリリ!――あたしはベッドの上でゴロゴロして、床に落ちそうになった。
朝なんて、来なければいいのに!
目をこすり、ぐちゃぐちゃのパジャマを直して、マットレスから飛び降りた。服が散乱したクローゼットは無視。靴下を履きながら、あたしの頭はもうフル回転。
ゆうくん…なんでそんなことするの?
あの夜、彼の家で、窓を叩く雨音を聞きながら…。あたしはドジなスパイみたいに彼のパソコンに侵入して、あの写真やビデオを見た。ワイト・ガントレットとしての彼。そして…キス。
うわ、陽菜、やめて!
思い出すだけで顔がカァーッと熱くなる。薄暗がりの中の彼の黄色い瞳、あたしの腰をなぞった彼の手の熱さ、まるで全てを溶かすみたいで…。正直、あれからあたしたちは、もっとこう、親密になるんだって思ってた!可愛いメッセージを送り合ったり、一緒に笑ったり、少なくとも、あの忌々しい生徒会の話以外で会話したり!でも、彼はあたしを時限爆弾みたいに避けてて、あたしはもう、めちゃくちゃイライラしてる!
それに、フラヴちゃんのこと…。罪悪感が、金床みたいに胸にのしかかる。
あたし、彼女に何も話してない。何一つ。ゆうくんのパソコンで見たこと――ワイト・ガントレット、ゲート、彼が失ったチーム、あの傷跡。本当は彼女の任務だったのに!彼女があたしのことを信じて、彼の秘密を探ってこいって言ったのに、あたしは見つけた。でも…どうやって話せばいい?ゆうくんが、五百話以上ある少年漫画より重い過去を背負った悲劇のヒーローだって?彼があたしの命を二度も救ってくれて、その上キスまでしたって?最悪なことに、彼女が欲しがってた情報を、それ以上何も手に入れられなかったって?
ゼロ、皆無、何もない!
また探ろうって思うたびに、彼の黄色い瞳があたしを見つめてる気がして、「陽菜、やめろ」って声が聞こえるの。だから、あたしは全部隠した。でも、フラヴちゃんはアニメの探偵みたいだから、あたしが何か隠してるって気づいてる。でも、あたしはどもりながら「な、何にも見つからなかったよ、本当だって!」としか言えない。
ごめんね、フラヴちゃん…。
最悪だったのは、キスの翌日の尋問。学校に着いた途端、フラヴちゃんにあたしは腕を掴まれ、生徒会室に引きずり込まれた。彼女はカチッと、魂まで凍るような音を立ててドアに鍵をかけた。中では、直美ちゃんが腕を組んで待っていた。あたしは完全に、悪役みたいに追い詰められた。
「おっしゃいなさい、はるちゃん!」フラヴちゃんは、レーザーみたいに輝く目で要求した。「昨日、兄上と何がありましたの?!」
「な、何でもない!」あたしはどもり、顔が燃えていた。
直美ちゃんは、心を読むようなニヤリとした笑みを浮かべた。「何でもない?じゃあ、なんであんたたち、喧嘩したてのカップルみたいに視線そらし合ってんの?」
冷や汗がダラダラ。フラヴちゃんにあたしは揺さぶられ、直美ちゃんは脅してきた。「白状しないなら、あんたを校庭に縛り付けて、気絶するまで走らせるから!」ラスボスレベルの精神的拷問!
結局、あたしは折れた。「わ、分かった、分かったから!あたしたち…キス、した!それに…彼、もう少しで…最後まで…」
沈黙。そして、フラヴちゃんの目が大きく見開かれた。「なんですって?!詳しく、今すぐですわ!」
追い詰められて、あたしは白状した。「キスの時、彼の手が…あたしのブラの下に…入る寸前で…あたしを突き飛ばして、部屋から逃げ出したの!」
「臆病者…」二人は同時に、表情のない、空虚な目でそう言った。
「ゆうくんは臆病者じゃない!」あたしは腕を振り回して反論した。顔は火事みたいに熱い。「彼は先生なのよ!生徒と付き合えるわけないでしょ!」
「臆病者ですわ」彼女たちは、首を横に振りながら繰り返した。
そして、フラヴちゃんが最後のナイフを突き刺した。「はるちゃん、あなたが兄上とイチャイチャするのを優先して任務を怠ったから、パソコンから何も見つけられなかったのでしょう、この裏切り者!」
あたしの顔が爆発した。「そ、そんなんじゃない!」あたしはほとんど窒息しながらどもった。「あたし…あたし、ただ…何も見つけられなかったの、本当だってば!」陽菜、あんたって世界一の嘘つき!
彼女は「あなたが嘘をついているのは分かっていますわ」という顔であたしを睨みつけた。
直美ちゃんは、悪魔のような笑みを浮かべて、戦術を変えた。「フラヴちゃん、勇太先生って何歳?」
「二十一ですわ」フラヴちゃんは、瞬きもせずに答えた。
*はぁ?!*あたしの脳がフリーズした。「待って、彼、二十歳だって言ってたよ!」
「彼は十一月に誕生日を迎えましたの、はるちゃん」フラヴちゃんは、あたしが宇宙で一番鈍い人間だというかのように言った。「ご存知なかったのですか?」
あたしがそれを処理する前に、直美ちゃんが次の爆弾を投下した。「二十一?じゃあ、たぶん童貞じゃないっしょ」彼女は皮肉っぽくあたしを見た。「あんたは…童貞、でしょ?たぶん」
「あたしは処女よ!」あたしは叫び、顔は溶けそうなくらい熱かった。
直美ちゃんは笑った。その顔には、いたずらっぽい笑みが浮かんでいた。「でも、勇太先生は違うっしょ」彼女の笑みは真剣なものに変わり、その目は空虚になった。「たぶんね」彼女はフラヴちゃんの方を向いた。
フラヴちゃんは真っ赤になった。目が大きく見開かれている。「わたくしが兄の性生活について知っているとでもお思いですの?!」
直美ちゃんはニヤニヤしながら食い下がった。「知らないのですか?」
フラヴちゃんはためらい、そして、顔を赤らめ、震える声で、人差し指同士をツンツンさせながら呟いた。「一度…兄上がまだ高校生だった頃…わたくしが屋敷に帰宅しましたら、彼の部屋から女性の声が聞こえましたの。彼女は、とてもいやらしい声で、『もっと優しくしてください』と言っていました…」
直美ちゃんは真っ赤になって、もっと聞きたそうに口を開いたが、あたしは飛びかかってフラヴちゃんの口を塞いだ。「もういいでしょ!」あたしは叫んだ。心臓が、時速千キロで走っている。ゆうくんが他の女の子といるなんて、聞きたくない!
直美ちゃんは、コメディの悪役みたいに笑った。「それってプラスポイントじゃん、はるちゃん!」彼女はグッと親指を立てた。「男って、処女の女の子が大好きなんだから」
パシッ!
あたしの拳が飛んで、直美ちゃんの顔面にクリーンヒットした。
「いってー!」彼女は椅子から転げ落ちて叫んだ。フラヴちゃんは震えながら、あたしをまるで怪物でも見るように見ていた。「次はあなたよ…」あたしは彼女を指差して、唸った。
…現在に戻って、あたしはキッチンにいた。妹のサキとユリコが、ジャムの瓶を巡って喧嘩している。
「百合子の!」
「百合子、スプーン舐めたでしょ、汚い!」
うん、平常運転だ。
あたしは席について、トーストを一枚取った。「おはよう…」
「春姉、男にフラれたみたいな顔してる」サキは、眉をひそめて言った。
あたしは赤面した。サキ、黙って!「な、何でもない!き、今日の歴史の抜き打ちテストのこと考えてたの!」あたしは口にトーストを詰め込んで、誤魔化そうとした。
お母さんはキッチンで笑った。「それが何であれ、文化祭で美味しい焼きそば、買ってきてちょうだいね、娘よ」
あたしはトーストを飲み込んだけど、頭は別の惑星にあった。ゆうくんに避けられて、この一週間は悪夢だった。十月も終わり、もう限界。文化祭は数日後。屋台、イルミネーション、それに発表会。そして、あたしは決めたんだ。ゆうくん、あんたはもう逃げられない!
あたしは家を飛び出し、冷たい風が顔を打った。通りのショーウィンドウには、まだハロウィンの飾り付けが残っている。あたしは歩道の真ん中で立ち止まり、顔を覆った。なんで彼はあたしを避けるの?! 通行人が、あたしを「この子、大丈夫?」という顔で見ていた。
*もうっ!*イライラするし、大好きなのに、ワケわかんない!それに、フラヴちゃんはまだ、あたしが任務そっちのけでイチャイチャしてたと思ってる…。あたしの人生、サスペンス付きのラブコメアニメみたい!
でも、今週末の文化祭で、絶対にあんたをこっち向かせてやるんだから!待ってなさいよ、ゆうくん!




