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第2話「追放者の傷跡」

花宮陽菜


 部屋は薄暗闇に包まれていた。唯一の光は、半開きのドアから漏れる廊下の黄色い光だけで、それが床に長くて踊るような影を描いていた。ゆうくんのベッドの真ん中で、あたしは膝を強く抱きしめていた。心臓が肋骨にガンガンと音を立てて、彼にも聞こえてるんじゃないかってくらい、うるさく鳴っていた。


(ヤバい…マジで、ヤバい!)


 彼のパソコンに侵入して、彼の人生を覗き見て、知るべきじゃなかった秘密を知ってしまった。そして今、彼はそこにいた。ベッドの端に座り、虚空を見つめ、まるで頭の中で不可能なパズルを組み立てているかのよう。その表情は穏やかだけど、重々しくて…嵐の前の空みたいだった。


(ど、どうしよう?!)


 あたしは口を開いた――謝るか、雨の中に追い出さないでと懇願するか――でも、あたしが何かを言う前に、彼の声がそれを遮った。低く、ほとんど沈黙に飲み込まれそうな囁きだった。


「ごめん、花宮さん。」


(え?)


 あたしはキョトンと瞬きした。「ちょ、ちょっと待って!悪いのはあたしだよ!あたしが勝手に君の物に触って、パソコンに侵入して、あたしが――」


「そうじゃない。」彼は虚空を見つめたまま、あたしの言葉を遮った。その声はあまりに真剣で、あたしの胃がキュッと締め付けられた。「君がインクイジターだと思っていた。」


(インクイジター?!光ちゃんが言ってた、ゲートのスパイ!彼…あたしが、その一人だと思ってたの?!)


「インクイジターですって?!」あたしの声が裏返った。「本気で言ってるの?!あたしがゲートのスパイだって、ずっとそう思ってたってこと?!」


 ゆうくんは、ようやくあたしの方を向いた。その黄色い瞳は一瞬驚いたように見えたが、すぐに暗くなった。「君を疑っていたから、近づくことを許した。君を監視するために、英語の授業を引き受けた。君がもっと親密になることを許したのは、自分の仮説を証明するためだった。」彼は一息置き、あたしたちの周りの空気が、ズンと重くなった気がした。「でも、結局…僕は間違っていた。」


 言葉が出なかった。あたしの口は、水から出された魚みたいにパクパクと動くだけ。


(彼…あたしを利用したの?授業も?おしゃべりも?あの雨の中の、キス寸前だったあれも…全部、テストだったの?)


 何かを言おうとしたけど、彼はまたあたしの言葉を遮った。今度の声は、抑えられた苛立ちと、ほとんど怒りに近い響きがあった。


「君は分かりやすすぎたんだよ、花宮さん。分かりやすすぎて、疑わない方が馬鹿げているくらいに。君を利用したこと、嘘をついたこと、謝る。」


 その言葉の重みが、あたしの胃を殴った。彼が近くにいたのは、あたしがスパイだと思ってたから?じゃあ…全部、嘘だったの?胸がズキンと痛んだ。鋭く、裏切られたような痛み。でも…なんだか、この重い空気をどうにかしたかった。あたしは精一杯の笑顔を作って、ふざけた口調で言ってみた。


「へぇ、ゆうくん。それって、あたしがそれだけ優秀なスパイだってこと?」


 彼は、あたしを魂ごと切り裂くような、あのユウタステアで睨みつけた。「君はクズだ。」と、彼は言った。


(うっ!クリティカルヒット!プライドが!)


 でも、すぐに立ち直って、腕を組んだ。「はいはい、分かったわよ!じゃあ、説明して!インクイジターって、一体何なのよ?」


 ゆうくんは一瞬、目を丸くした。まるで、自分が言い過ぎたことに気づいたみたいに。でも、彼は疲れたようにため息をつき、ぐしゃぐしゃの髪を手でかき混ぜた。「もう地獄にいるんだ。悪魔と踊ったって同じことだろ。」


(え?!何そのことわざ?!)


 あたしは完全に混乱して彼を見つめたが、彼はしっかりとした声で続けた。「簡単に言えば、インクイジターはスパイのようなものだ。ゲートのことは聞いたことあるだろ?」


 あたしは興奮したファンみたいに、ブンブンと頭を縦に振った。もちろん知ってる!ヒーロー、マント、アクション!


「ゲートには三つの主要な部門がある。キャバルリー、クレロ、そしてインクイジションだ。インクイジションがインクイジターを管轄している。彼らの仕事は多岐にわたるが、主に情報収集のための潜入活動だ。」彼は一瞬言葉を切り、その目は遠く、悪い記憶に囚われているかのようだった。「多くの場合、彼らは脅威となりうる人物を監視する。」


 脳内で点と点が繋がった。ゆうくん、元ゲートのエージェント。シルバーハンド家と酒井家、黒い噂の絶えない一族。「でも…なんで彼らがあなたを?あなたたちは味方じゃなかったの?」


 彼は皮肉っぽく半笑いを浮かべた。「いい質問だ、花宮さん。君のその鋭い推理力には、いつも感心させられる。僕が君を疑った理由の一つだよ。」


 頬がカァーッと熱くなった。(彼、あたしを褒めた?!)


 でも、あたしの内なるパニックが爆発する前に、彼はもっと真剣な声で続けた。「…複雑なんだ。」


「どう複雑なの?」あたしは身を乗り出して食い下がった。「ゆうくん、教えて。あなたのことを、本当の意味で知りたいの。」


 彼は少し後ずさり、顔を赤らめた。一瞬、そこには不器用なゆうくんがいて、冷徹な先生の仮面はどこにもなかった。「分かった…」彼は呟き、降参した。「僕の家族は複雑だった。両親や親戚は、僕たちのことなんてほとんど気にしていなかった。僕と兄弟たちには、お互いしかいなかったんだ。ダイアナとエドワード、兄と姉が、僕が小さい頃の面倒を見てくれた。彼らが行かなくてはならなくなった時、僕はフラヴィアンとアレクサンダーの面倒を見ると誓った。そして、そうしてきた。」


 彼は床に目を落とし、その声は重くなった。「僕は、家族の腐った部分から二人を遠ざけた。普通の、健やかな子供時代を過ごしてほしかったんだ。でも、二人が知らなかったのは、それが親父との契約の一部だったということだ。」


(契約?)胸が締め付けられた。「どんな契約?」


 ゆうくんは苦い笑みを浮かべた。「僕たちは、小さい頃からフェンシングの訓練を受けてきた。僕だけじゃない、ダイアナ、エドワード…フラヴィアンやアレクサンダーでさえ、ヨーロッパの剣の使い方は知っている。」彼はあたしの方を向き、皮肉な笑みが戻ってきた。「十三歳の時、僕は集中的な訓練を始めた。体力トレーニングには慣れていたが、あれは…子供には過酷すぎた。親父の計画は、僕をゲートに入れることだった。」


「ヒーローになるため?」あたしの目は期待に輝いた。


 彼は首を横に振り、その眼差しは氷のように冷たくなった。「違う。レッド・ファントムになるためだ。」


(レッド・ファントム?!)


 また脳がフリーズした。「待って、何それ?」


 ゆうくんは眉をひそめた。「ゲートについてそれだけ知っていて、ファントムのことは知らないのか?どういうことだ?」


「話をそらさないでよ!」あたしは腕を組んで言い返した。「それに、あたしがゲートのこと知ってるって、なんで分かるの?」


 彼は口の端で笑った。「僕も情報収集は得意なんでね、花宮さん。」


 頭がカッとなった。(彼、あたしをスパイしてたの?!)


 恐ろしいイメージが頭をよぎった――ゆうくんが、あたしがドラマを見て泣いているところや…お風呂に入ってるところを見ている?!


「ゆうくん、あたしの私生活、どこまで知ってるの?!」あたしの声はパニックで裏返った。


「今、君が考えているようなことは、一切考えていないから、落ち着け。」と、彼は言った。あたしは髪の根元まで真っ赤になった。


「ご、ごめんなさい…」あたしは完全に敗北して、そう呟いた。


 彼はため息をついて続けた。「ファントムは世界最大のテロ組織だ。彼らが危険なのは、組織的でありながら、同時に分散しているからだ。リーダーはいるが、個々のセルは独立して動く、脳のネットワークのようなものだ。彼らは理想のために戦う。それが彼らを予測不可能にしている。」


 あたしは、返事を聞くのが怖くて、ごくりと唾を飲んだ。「じゃあ…あなたとあなたのお父さんは…悪役だったの?」


「まあ、そんなところだ。」彼は中立的な声で答えた。「親父とファントムの関係は、僕にもはっきりとは分からない。僕が彼について知っていることは、ウィキペディアで誰でも見つけられる程度だ。僕がレッド・ファントムになったのが、彼の命令だったのか、誰かからの圧力だったのか、それとも僕自身の選択だったのかも分からない。彼がどこまで敵なのかも。」


 空気は鉛のように重かった。でも、ゆうくんはしっかりとした声で続けた。「僕は二重スパイとしてゲートに入り、親父に情報を流していた。そこで竹内さんに会ったんだ。彼は僕の正体を見抜き、僕をクルセイダーになるよう推薦した。親父はそれを受け入れた――クルセイダーの中に情報屋がいるのは、価値があるからな。それで、十三歳の時、僕は史上最年少のクルセイダーになった。」


(十三歳?!)


 あたしはパソコンで見た写真を思い出した――ゆうくん、あんなに若くて、あの真面目で重圧に満ちた顔で、他のエージェントたちと並んでいた。「あなた…ただの子供だったじゃない…」あたしは呟いた。胸が痛んだ。


「僕の役割は戦略家だった。」彼はあたしのコメントを無視した。「戦闘を計画する。親父が僕にそれを教えたんだ。十歳の頃には、彼の会社の敵を潰すための計画を立てていた。それが僕の才能だった。」


「才能?」あたしは眉をひそめて繰り返した。(才能じゃない…それは…搾取でしょ!)


 彼は半笑いを浮かべた。「僕たち一人一人に、才能がある。ダイアナは誰でも操れる――彼女が望むことを、望む時に、望むように相手にやらせることができる。エドワードは並外れたリーダーシップと決断力を持っているが、それが原因で親父に反旗を翻した。彼が家を出た時、情報屋の役目は僕に回ってきた。僕は兄の代わりだった。僕の才能は、戦略的アナリストであることだ。」


 あたしはフラヴィアンとアレクサンダーのことを考えた。フラヴィアンは超頭がいい。アレクサンダーは、身体能力が異常だ。「彼らも…あなたみたいになっちゃうと思う?」あたしはためらいがちに尋ねた。


「アレクサンダーのことが心配だ。」彼は認め、その目は暗くなった。「彼は僕の代わりだからな。だから僕は失敗できなかった。二人を守らなければならなかったんだ。」


 彼は一瞬黙り、その沈黙は重かった。「でも、ある任務でミスを犯した。親父が僕を疑い始め、僕が所属していたチーム、クルセイダーズは解散させられた。」


「あなたのせいで?」あたしは、考える前に口走ってしまった。


 彼は、冷たく虚ろな目で僕を見つめた。「僕が失敗したからじゃない。僕が躊躇したからだ。親父は、仲間を危険に晒す情報を求めていた。僕はそれを渡さなかった。任務に失敗し、クルセイダーズは終わった。」


 胸が締め付けられた。(ゆうくん…あなた、ずっと一人でこれを背負ってたの?)


 彼は、さらに重い声で続けた。「その後、僕はフェーダル・ナイツに入った。ゲートは僕が情報屋である可能性を知っていた――真実を知っていたのは、竹内さんだけだった。その頃から、インクイジターが僕を追い始めた。」


「インクイジターがあなたを?」あたしは、話についていこうと必死だった。彼は頷いた。その目はますます遠く、まるで亡霊にでも追われているかのようだった。


「ねえ、ゆうくん…」あたしは、空気を変えようとしつつも、好奇心に負けて言った。彼は横目でこちらを見た。「クルセイダーって何?」こんなこと聞くべきじゃないかもしれないけど、知りたい。彼のことを、もっともっと知りたい。


「クルセイダーは、僕が所属していたキャバルリーのエリート部隊だ。人々がテロ事件で戦っているのを見るのは、キャバルリーのエージェントだ。」彼は、単調で冷たい声で答えた。


「インクイジターにも、クルセイダーみたいなのはいるの?」と尋ねると、彼は眉をひそめてこちらを見た。


「まあ、いるな…ビショップ、アークビショップ、それにカーディナル…君は本当に情報を集めるのが好きだな?」彼は小さく、皮肉っぽく笑った。でも、続けた。「僕は、簡単な情報収集任務を行うビショップとは何度か問題を起こした。危険な潜入任務を行うアークビショップは、僕に近づきもしなかった。」彼は後ろに倒れ込み、天井を見上げた。


「じゃあ、カーディナルは?」とあたしは聞いた。彼は笑って、空気を軽くしようとした。「伝説みたいなものだ。もしカーディナルが僕を調査していたとしても、僕には絶対に分からない。だから、考えても無駄だ。」


 彼の笑顔はすぐに消え、前の話題に戻った。「フェーダル・ナイツには任務があった。親父がその場所とデータを要求した。僕は偽の情報を渡した。北海道で大規模な戦闘があり、フェーダル・ナイツは解散した。僕は何か月も入院した。」


(何か月も?!)想像するだけで胸が痛んだ。「それで、その後は?」


「家に帰ると、」彼の声はほとんど囁きだった。「フラヴィアンが部屋に閉じこもって泣いていた。彼女は、母が彼女にしたことを話してくれた。」彼の拳が固く握られた。「『フラヴィアンは生まれてくるべきじゃなかった』。親父は三人目の息子を望んでいたが、彼女が生まれた。彼は彼女のことなどどうでもよかった。だから、僕は彼と取引をしたんだ。僕が彼の望むことをすれば、彼は母を二人から遠ざける、と。でも、彼は約束を破った。」


「ゆうくん…」あたしは呟いた。何も言えなかった。


「僕は彼と対峙した。」彼の目は、古い怒りで燃えていた。「僕は叫んだ。フラヴィアンにあんなことをするなんて許さない、と。彼は僕の前に長剣を投げ、決闘を挑んできた。僕たちはいつも一緒に訓練していたが、今回は…違った。僕は怒り、憎んでいたが、彼はまだ僕の親父だった。本気で戦うことなんてできなかった。一瞬の油断で、彼は僕の攻撃を受け流した。僕はいつものように後ろに倒れた。親父はいつも、僕に剣を突きつけて、僕の負けだと言った。でも、あの時は違った…」


 彼はシャツをたくし上げた。


 神様…。


 彼の右肩から左の腰にかけて、一本の醜い傷跡が走っていた。誰かに引き裂かれたような、不規則な線。


「…彼は攻撃を続け、僕をオフィスの床に、胸を切り裂かれたまま放置した。彼は、僕がもうあの家に歓迎されないと言った。エドワードのように、僕も裏切り者だと。」


 あたしはただ見つめていた。胸が締め付けられる。ゆうくんの体はムキムキじゃない――痩せているけど、引き締まっていて、長年の訓練で彫刻されたみたいだった。彼は…強い。これだけのことがあっても。考える前に、言葉が口から漏れた。


「わぁ、ゆうくん、ムキムキじゃないけど、意外と締まってるんだね!」


 シーン…。


 彼はあたしを見つめ、その目は怒りと驚きで細められ、急いでシャツを下ろした。顔は真っ赤だった。「べ、別に!エージェントの頃みたいに、もうトレーニングなんてしてない!」と、彼は言った。その声は明らかに動揺していて、まるで彼の男としてのプライドを傷つけてしまったかのようだった。


 あたしも髪の根元まで真っ赤になった。なんであたし、そんなこと声に出して言っちゃったの?!


「ご、ごめんなさい!口が滑っちゃって!」あたしはパニックで手を振った。


 彼はふんと息をつき、手で顔を覆った。一瞬だけ、重い空気が和らいだ。でも、一瞬だけ。心の奥底で、あたしは分かっていた。彼の体の傷は、氷山の一角に過ぎないのだと。


 部屋の空気は息が詰まるほど濃かった。薄暗いドアの隙間から漏れる光が影を作り、その暗闇が全てをさらに息苦しくしていた。


 頭の中は、彼が語ったことでいっぱいだった――家族、父親との契約、ゲート、ファントム、そして彼の体を切り裂く傷跡。ゆうくん…どうして、これだけのことを耐えられたの?


 何か言って、この空気を軽くしたかったけど、言葉が喉に詰まっていた。でも、その時、ふと思い出した。「ゆうくん…三番目のチームのこと、話してないよ。」


 彼はハッとして、まるで悪夢から引きずり出されたかのように瞬きした。「三番目…」と彼は呟いた。声はかすれていた。「ドラグーンだった。僕の最後のチームだ。」


 あたしは首を傾げ、彼の言葉を待った。彼はため息をつき、手で髪をかき混ぜた。「親父との喧嘩の後、斎藤が僕を病院に連れて行った。僕は…ゲートを辞めたんだ。でも、ドラグーンの隊長が、ある日僕を見つけ出した。彼女が僕を説得して、チームに戻らせたんだ。」彼の目に、珍しく穏やかな光が宿った。「彼女は僕にとってヒーローだった。ゲートと連絡を取り、僕が親父について知っていることを全て話す手助けをしてくれた。その見返りに、ゲートは僕に裁判所の命令を出してくれた。僕はフラヴィアンとアレクサンダーの親権を手に入れたんだ。」


(親権?!)胸が締め付けられた。「じゃあ…あなたがあの子たちを、あの家から?」


 彼は頷き、その顔は和らいでいた。「あの屋敷は空っぽだった。僕は二人を連れて、一緒に住むことにした。いや、実際には、何年も前に引退した竹内さんと一緒に。以来、二人は彼と暮らしている。」


 あたしは、この状況の重さにもかかわらず、微笑んだ。「ドラグーン…良い思い出なんだね?」


「ああ。」彼は、どこか懐かしそうに言った。「上層部の直接命令で解散させられた唯一のチームだった。…『人員不足』が理由じゃなくてな…」彼は口ごもり、その目は暗くなった。


(人員不足じゃ…ない?)


 胃がキュッと縮んだ。「『人員不足』って…どういう意味?」あたしはためらいがちに尋ねた。そして、その意味が分かった。人員。人。生きている人。


 他のチーム――クルセイダーズ、フェーダル・ナイツ――が解散したのは…メンバーが死んだから。


 その事実の重みが、雷のようにあたしを打ちのめした。ゆうくんは友達を、仲間を失った。子供の頃から、彼はこの重荷を背負ってきたのだ。


「ごめんなさい…」あたしは呟いた。声は震え、他に何を言えばいいのか分からなかった。


 ゆうくんはあたしの方を向き、驚いたことに、優しく微笑んだ。あたしの心臓をドキリとさせる、あの珍しい微笑みだった。「大丈夫だよ。もういない人たちのことを、ここにいる僕たちが覚えていなかったら、彼らの記憶はどうなる?」


 その言葉は美しく、意味深かったが、あたしの胸の痛みは増すばかりだった。そして、一つの疑問が湧き上がった。聞くのが怖いけど、聞かずにはいられない疑問が。「ねえ、ゆうくん…」


「うん?」彼は好奇心に満ちた目でこちらを見た。


「あなた…人を撃ったこと、あるよね?」あたしの声は低く、ほとんど囁きのようだった。毛布を見つめたまま。


 彼の目は細められたが、穏やかに答えた。「あるよ。」


 あたしの唇が震え、次の質問を抑えることができなかった。「あなた…誰か、殺したこと、あるの?」


 彼はためらった。その顔は硬直し、氷の仮面のようになった。「…ああ。」


 ドクン。


 あたしの心臓が止まった。毛布を、手が痛くなるほど強く握りしめる。


(ゆうくん…人を殺したの?)


 頭がぐちゃぐちゃで、恐怖と混乱があたしの中でせめぎ合っていた。彼は続けた。その声は冷たいけれど、重い罪悪感を帯びていた。「僕のせいで、大勢死んだ。僕の怠慢のせいか、失敗のせいか…あるいは、この僕自身の手で。」


 彼を見ると、胸が痛んだ。彼は天井を虚ろな目で見つめていて、まるでそこに幽霊でも見ているかのようだった。「君が僕のことを英雄だと思っているのは分かっている、花宮さん。でも、真実は、ワイト・ガントレットは英雄じゃない。僕は、一度だって英雄だったことはないんだ。」


 違う。


 その言葉が、あたしを殴った。彼がそんなこと、言っちゃダメだ。


 あれだけの重荷を背負って、あれだけの傷を負って、それでも自分は十分じゃないって言うの?あたしの中で、守りたいっていう怒りが爆発した。考えるより先に、あたしはベッドを這って、彼の手で両頬を包み込み、無理やりあたしの方を向かせた。


「あなたはヒーローだよ!」あたしは叫んだ。目が熱くなる。「あなたが自分をどう思おうと、他の人がどう思おうと、関係ない!ゆうくん、あなたは、あたしを救ってくれたヒーローなの!この二年間、あたしが見てきた動画も、今日見た動画も、全部そう言ってる!あなたが自分のことをどう思ってるかなんて、どうでもいい。あたしにとって、あなたは誰よりも偉大なヒーローなんだから!」


 彼の目は大きく見開かれ、顔は真っ赤で、どう反応していいか分からないようだった。彼は視線をそらし、あたしの手をそっと掴んで下ろした。


「もう寝た方がいい…」彼は立ち上がりながら呟いた。「君もだ。」


 ダメ!こんな風に終わらせない!


 彼が部屋を出ていく前に、あたしは彼の手を掴んで、力いっぱい引っぱった。彼はバランスを崩してベッドに倒れ込み、次の瞬間、あたしは彼の上にいた。あたしの髪がカーテンのように彼の顔の周りに落ちて、二人だけの小さな空間ができた。


(あたし、何やってんの?!)


 心臓はサンバカーニバルみたいにうるさいけど、あたしは引かなかった。


「花宮さん、僕の上からどいてくれ、頼む。」彼の声はしっかりしていたけど、隠しきれない震えがあった。


「いや!」あたしは言い返した。頬が燃えるように熱い。(もう逃がさないよ、ゆうくん!)


 彼はあたしを見つめ、その黄色い瞳が薄闇の中で輝いた。そして、低い、ほとんど警告のような声で言った。「君が何を企んでいるかは知らないが、もしこれを続けるなら…俺が我慢できるか分からないぞ、陽菜。」


 ドクン。


 心臓が止まった。彼…あたしを、陽菜って呼んだ。


「花宮さん」じゃなく。あたしの中で何かが弾けた。すべての躊躇いが燃え尽きる。あたしは彼の顔に近づいた。彼の熱い息が肌にかかるくらい、近くに。


「我慢してほしくない。」あたしは囁いた。心臓が喉までせり上がって、爆発しそうだった。


 ゆっくりと、夢の中にいるみたいに、あたしはキスをしようと顔を寄せた。頭の中では「陽菜、あんたバカ?!」って叫び声が響いてたけど、その時、唇に硬い何かが触れた。え?!


 ゆうくんが、左手をあたしたちの間に差し込んで、キスをブロックしていた。「生徒とは付き合えない。」彼の声は張り詰めていたけど、その瞳は葛藤を裏切っていた。


「あたしは気にしない。他の人が知る必要なんてないでしょ。」あたしは言い返した。顔が燃えている。あたしは彼の手を取り、そっとどかしながら、自分の指を彼の指に絡めた。


「でも、俺は知ってしまう、陽菜。」


「もう言ったでしょ、気にしないって。」


 あたしは再び近づいた。心臓が口から飛び出しそう。今度こそ、あたしたちの唇が触れ合った。一瞬、彼が押し返してくると思った。でも、その代わり…彼はキスを返してきた。


 あたしの世界が、グルンとひっくり返った。彼の指があたしの指を強く握りしめる。まるで、あたしに掴まっていないと、自分を見失ってしまいそうに。


 キスはもっと激しくなり、熱があたしの体中に広がっていく。彼が右手をあたしの足に滑らせ、ゆっくりと上がってくるのを感じた。腰にたどり着くと、その指が肌に力強く食い込んだ。(うそ、これ、マジで起きてるの?!)


 頭がクラクラする。彼の手がさらに上へ、シャツの下に滑り込み、その温かい手のひらが腰に触れ、上へ、上へと…胸のすぐ下まで来て、心臓が爆発しそうだった。体中が燃えている。あたし…あたし、覚悟、できてる…。


 でも、その時、ドン!


 強い力で横に突き飛ばされ、次の瞬間、ゆうくんがあたしの上にいた。彼の長い髪が目の上にかかり、息を切らしていた。「すまない、陽菜…」彼の声は震えていた。「俺には…できない。」


 彼はまるで火事から逃げるように素早く立ち上がると、部屋を出ていき、ドアを閉めた。


 あたしは暗闇の中に一人取り残された。心臓はまだ暴れ、彼が触れた肌はまだ熱い。枕をぎゅっと抱きしめ、顔が燃えていた。


(あたし…あたし、何を考えてたの?!)


 頭がぐちゃぐちゃだった。(「覚悟できてる」って何?!彼…彼、本当に…指が…ブラの下に?!)


 枕に顔を埋め、くぐもった悲鳴を上げた。(陽菜、あんた、どうかしてるよ!)


 でも…彼はキスを返してくれた…。


 任務への罪悪感、彼の過去の重み、そしてキス――全部が頭の中で混ざり合う。そして今、暗い部屋で一人、外の雨のトントンという音を聞きながら、あたしは一つのことしか考えられなかった。


 ゆうくん…あなた、あたしに何をしてくれてるの?

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