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第9話「雨の帳」

花宮陽菜


 夕食の雰囲気は、雨音をBGMに、少し軽やかで、ほとんど心地よかった。あたしたちは、学校のコーヒーがどれだけマズいか、なんてどうでもいい話をしていた。でも、さっきの出来事が頭から離れなくて、ふと自分の皿に目を落とすと、頬がカッと熱くなった。


 でも、さっきのキス未遂が、まだ気まずい空気を作ってる…


「ねぇ、ゆうくん…」あたしの声は、自分でも驚くほど、か細く、恥ずかしそうに響いた。


 彼はゴクリと喉を鳴らし、目を大きく見開いた。まるで、あたしが何か爆弾発言でもするのを待っているみたいに。


 彼も、意識してる!


「何?」彼の声も、ためらいがちだった。


 あたしはテレビを指差した。期待で目をキラキラさせながら。「ゲーム、してもいい?」


 シーン…ゆうくんは一度瞬きして、それから、長くて疲れたようなため息を漏らした。はぁ…


「…いいよ。」


 彼が皿を洗い終わると、コンソールの起動音が鳴り響く。あたしは嬉しくてソファに飛び乗った。「アクションRPGがやりたい!」騎士や壮大なモンスターを想像して、あたしは宣言した。


 彼が起動したのは――暗い雰囲気の、城が崩れ落ち、悪夢から出てきたような敵が登場するゲームだった。


 うわ…これ、結構ハード…


 そして、あたしは、ヘタすぎた。笑っちゃうくらい、ヘタだった。文字通り、二秒で死んだ。


「花宮さん、君はNPCよりひどいね」ゆうくんの声には、笑いが混じっていた。


「むかつく!笑わないでよ!」と心の中で叫びながら、あたしは「笑わないでよ!」と頬を膨らませて文句を言った。「だったら、教えてよ!」


 彼はあたしの手からコントローラーを取り、先生モードを起動させた。「いいかい」と、彼は懐疑的な顔で、まるで数学の授業のように一つ一つのボタンを説明した。あたしは必死に聞こうとした。本当に。でも、彼はあまりにも上手すぎた――避けて、攻撃して、すべてをイラッとするほどの冷静さでこなしていく。


 巨大な大聖堂に着いた、その時。ドカーン!


 巨大な悪魔が天井から降ってきた。燃え盛る翼、純粋な悪意に満ちた赤い目。ゆうくんは、平然とコントローラーをあたしの膝の上に放り投げた。


「君の番だ。」


「えぇっ?!」あたしはコントローラーを落としそうになった。あなた、バカなの?!


 三秒後、あたしは死んだ。


「ゆうくん、ひどいよ!」とあたしは文句を言った。彼はただ、あの珍しい、あたしの心臓をドキッとさせる笑顔で笑った。


 その後も、あたしが最初のステージで生き残ろうと必死になっている間、ゆうくんが机の上の本の山に向かって勉強しているのが見えた。(うそ、あたしが遊んでる間に、彼は真面目に勉強…)罪悪感があたしを襲った。


「ねぇ、ゆうくん…あたしがゲームしてる間に勉強なんて、不公平じゃない?」


 彼は本から目を離さずに、ふんと鼻を鳴らした。「遅れた分を取り戻してるだけだから、生産的なことじゃないよ。」


「どういう意味?」と、あたしはゲームを一時停止して聞いた。


「大学のだよ」彼の声には、今まで気づかなかった疲れが滲んでいた。「最近、授業を休みがちでね。生徒会の顧問になってから…自分の時間が全然ないんだ。前みたいに、午後の授業に出ることもできなくなった。」


 その言葉は、まるでパンチのようにあたしを打ちのめした。(ゆうくん…無理してるんだ…)生徒会のこと、彼が教えてくれる授業のこと、会議のこと、そして今は、遅れている大学のことまで。彼はどうやって耐えてるの? あたしの秘密のミッションへの罪悪感が胸に重くのしかかったが、あたしは何も言えなかった。


 ゆうくんは時計を見て、あくびをした。「もう遅い。寝よう。」彼は自分の部屋を指差した。「君はそこで寝るといい。僕はソファで寝るから。」


 あたしは彼がすでに毛布と枕を用意したソファを見てから、部屋のドアを見た。(え、待って。)中に入ると、ベッドのシーツが新しく、清潔で、柔軟剤のいい香りがした。彼、あたしのために…全部取り替えてくれたの?


 胸がキュッとなった。(ゆうくん、優しすぎる…)でも、同時に、腹が立った。ちぇっ、これじゃ彼の匂いがする毛布で寝れないじゃん!


 待って、陽菜、それ、ちょっと変じゃない?彼の匂いを嗅ぎたいとか…もう、やめなさい!


「おやすみ」と呟き、部屋に入ってドアを閉めた。外の雨音がタン…タン…と響く中、静寂が訪れた。ベッドの端に座ると、心臓がドキドキと高鳴った。ゆうくんが寝たら…いよいよだ。


 あたしは机の上の、薄暗闇で光るパソコンに目をやった。


 ミッションフェーズ2、スタート!


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 ゆうくんのベッドに横になり、部屋は薄暗闇に包まれていた。外で降り続く雨の*タン…タン…*という音だけが、あたしの正気を保ってくれていた。嵐の灰色の光が窓から差し込み、壁に貼られた『ダークソウル』のポスター――両腕をVの字に掲げ、あたしをじっと見つめているかのような、あの孤独な騎士――を照らしている。心臓が、部屋中に聞こえるんじゃないかと思うくらい、バクバクと大きく脈打っていた。


 でも、マジで、どうやって先生のパソコンに侵入するの?罪悪感があたしを苛む。でも、フラヴちゃんはあたしを信じてる。あなたは副会長でしょ、陽菜!ここでビビるわけにはいかない!


 永遠のように感じられた二十分後、あたしはゆっくりと立ち上がった。マットレスが、あたしの裏切りを告げ口するかのように、ギシッと音を立てる。シーッ!忍び足でドアをそーっと開けて、心臓が口から飛び出しそうになりながら、リビングを覗いた。


 ソファはそこにあった。でも、暗闇の中では、毛布が乱雑にかけられた、動かない影しか見えない。(よし、ゆうくんは寝てる。大丈夫。)ほとんど聞こえないくらいの音でドアをカチッと閉め、禁断の灯台のように光る机の上のパソコンへと急いだ。


 機械の電源を入れると、ファンのブーンという音にあたしは飛び上がった。(落ち着いて、陽菜、深呼吸!)


 携帯を取り出し、フラヴちゃんとのチャットを開く。


 Flavian_S: パソコンのパスワード:251019。


 ハル〜(≧ω≦): 了解!


 素早く打ち込むと…ビンゴ!パソコンはスリープモードだった。起動すると、音楽アプリのウィンドウが表示された。ゆうくん、アイスクリームの歌なんて聞いてるの?アニメのタイアップグループの…さすがオタク…


 デスクトップが開く。整理整頓されたフォルダと、壁紙は…え、待って、これってアニメの女の子?紫色の髪の女の子が、チャイナドレスを着て、雷をまとった剣を手に、まるで宇宙の女王みたいにポーズを取っている。(ゆうくん、このオタクめ…)


 チャットで、フラヴちゃんが二次パスワードのせいでアクセスできなかったファイルのことを書いていた。あたしはフォルダをあさり、「レポート」や「個人データ」といったファイルをクリックしていく。(秘密のフォルダはどこ?)隅っこに隠されているのを見つけた。


「セキュアドキュメント」。


 クリックすると、パスワードのウィンドウが表示された。くそっ!


 思いつくものを全部試した。「シルバーハンド」、「酒井」、しまいには「ダークソウル」まで――ダメだ。ゆうくん、どんなパスワード使ってるのよ?!


 もう諦めかけた、その時。入力ボックスの下にヒントが現れた。「誕生日」。


(誕生日?)頭が真っ白になった。(ゆうくんの?)


 フラヴちゃんにメッセージを送った。


 ハル〜(≧ω≦): ゆうくんの誕生日っていつ?!緊急!


 返信はない。そりゃそうよね、彼女、今頃おしゃれなパーティーの真っ最中だもん!


 あたしは日付を打ち込み始めた。(もしかして、兄弟の?)フラヴちゃんの誕生日を試す:1310。エラー。アレクサンダーくんの:1010。エラー。


 その時、ピコン!と閃いた。ゆうくんが、あの二人に対してどれだけ甘いか思い出した。(もしかして…二人一緒?)


 10101310と打ち込んだ。フォルダが開いた。


 やった!


 心臓が飛び跳ねた。でも、中にあったものは…あたしが予想していたものじゃなかった。古い新聞のPDF、ニュース記事へのリンク、報道番組の動画でいっぱいのフォルダ。全部、テロ攻撃や、奇妙なグループに関するものだった。(ゆうくん、これ、何…?)


 胸騒ぎを覚えながら、一つの動画をクリックした。画面には、炎上するビル、空へと昇る黒い煙、響き渡る悲鳴が映し出された。人々がパニックで逃げ惑い、レポーターが叫ぶ中、カメラが揺れる。「東京の中心でテロ攻撃です!商業ビルで爆発が!」


 突然、緑色のマントを羽織った影が現れた。その両腕の手甲が、電気を帯びてバチバチと光っている。彼は手甲からフックを放ち、ビルの壁に突き刺した。信じられないほどの敏捷性で、彼は壁を駆け上り、窓に取り残された人々を一人、また一人とフックで地上へと救い出していく。泣きじゃくる女性が彼に抱きつくと、彼はすぐにまた、燃え盛る炎の中へと舞い戻っていった。動画がそこで途切れ、あたしは息を呑んだ。(ワイト・ガントレット…神未来タワーであたしを助けてくれた、ヒーロー…)


 でも、ここにはフラヴちゃんが探しているようなものは何もなさそうだった。(彼女が探してる秘密って、どこにあるの?)フォルダを出ると、震えるカーソルが別のフォルダの上で止まった。その名前は、「忘れるな」。


 なんて、重い名前…


 クリックすると、胸が締め付けられた。記事とPDF。でも、今度は組織の内部文書だった。ゲート――ヒーローたちの組織の。内部報告書、コードネーム、ミッション。


 そして、一つのサブフォルダを見つけた。「記憶」。


 写真と、動画。


 写真を開くと、胸が痛んだ。写っているのは…普通の人たち。セルフィーを撮ったり、笑ったり、変な顔をしたり。あるグループはバーベキューで、別のグループはビーチで遊んでいる。


 この人たち、誰…?


 でも、ある一枚の写真であたしは凍りついた。カチンと。


 九人がポーズをとっている。五人は立って、四人はしゃがんでいる。全員がヒーローの、あのレインコートみたいなマントを着ていた――ゲートのエージェントのマントだ。六人の男性、三人の女性、国籍は様々。笑っている人もいれば、真面目な顔の人もいる。でも、その中の一人…隅っこに立っていた男の子。


 彼は若すぎた。たぶん、十四歳くらい。短い黒髪を後ろになでつけ、二筋の髪が黄色い目の上にかかっている。表情は硬く、口は真一文字に結ばれていて、まるで世界を背負っているかのようだった。


 ゆうくん…


 彼だった。十代のユウタ、すでにゲートのエージェント。あなたはこんなに若かったなんて…あなたに、何をさせたの?


 次の写真へとスワイプする。また同じグループが、笑ったり、ふざけたりしているけど、ゆうくんはあまり写っていない。一枚の写真では、二人の男に無理やり抱きしめられて、彼は真ん中で「離せよ」って顔をしていた。一人は肌が浅黒く、白い髪で、満面の笑み。もう一人は黒髪で、紫色の目をしていて、鋭い笑みを浮かべながらゆうくんを指差していた。(彼の友達?)


 そして、別の集合写真。六人、全員男性、立っている。ゆうくんを探すと、彼はそこにいた。隅っこで、少し年を取り、背も高くなっているけど、同じ短い髪と目の上の前髪。彼の肩に腕が置かれていて、その腕をたどっていくと…明るい茶髪の男の子、その瞳は赤にも見えるほど濃い茶色で、派手な笑みを浮かべていた。


 待って!頭が爆発しそうだった。


「斎藤さんも、ゲートのエージェントだったの?!」


 その後の写真はもっとシリアスだった――オフショットは少なくなり、ミッションや、マントや、武器の写真が増えていく。そして、三枚目の部隊写真にたどり着いた。六人。でも今度は、あの奇妙な、形が変わるバイザーとマスクで顔を覆っている。一人は紫のマントに中世の騎士のエルモ。一人はピンクのマントの女性で、バイザーには猫のディテール。一人は緑のマントで、バイザーには赤い鬼。一人は黄色いマントの女の子で、バイザーにはアニメの女の子の顔。一人はオレンジのマントで、バイザーにはスナイパーのスコープ。そして最後は、赤いマントの女性で、バイザーには幻想的なドラゴン。


 これって…ワイト・ガントレットのチーム?


 あたしを助けてくれたヒーローのことを思ったけど、ゆうくんとは結びつけなかった。ううん、彼は有名すぎるし…


 手が震えるのを感じながら、次のエントリー、動画をクリックした。


 それはスマホの録画で、背景では女性の楽しそうな声がしていた。カメラはオレンジ色のマントを着た、オレンジ髪で茶色い目の男性にズームインした。彼はいたずらっぽい笑顔で、シーッと黙るように合図した。隣には、後ろ姿の女性。その髪は黒にも見えるほど深い青色で、白い縁取りの赤い十字架が入った赤いマントを着ていた。彼女は紫のマントの男性と話している。バイザーは着けていないが、彼の顔は黒髪で隠れていた。遠くから男性の声が叫んだ。「そろそろだぞ、ミク!」カメラがパンして、彼女が映る――ピンクのマント、浅黒い肌、青い瞳、高い位置で結んだ白いポニーテール。彼女は笑顔でVサインをして、ウィンクした。


 そして、カメラが完全に反転した時、あたしの世界は崩壊した。


 そこに、彼がいた。背の高い、成熟した男性、薄緑色のマント。短い髪を後ろになでつけ、二筋の髪が黄色い目の上にかかっている。表情は硬く、落ち着いていて、青とピンクの炎の彫刻が施された緑色のライフルを手にしていた。


 ゆうくん?!


 心臓が止まった。動画の中の女の子が、からかうような口調で言った。「じゃあ、行こうか、相棒。」彼は小さく微笑んだ。


 その笑顔…胸が痛くなるほど、優しい笑顔だった。


 ピクセルが彼の顔を覆い、赤い鬼のデザインがバイザーに現れた。


 カメラが女の子の方へ向き直る――黄色いマント、水色の髪、雲一つない空のような青い瞳、温かい笑顔。彼女の顔がピクセル化し、アニメの女の子の絵が彼女の顔を覆った。動画はそこで終わった。


 あたしは麻痺して、息が喉に詰まった。ゆうくんが…ワイト・ガントレット?!


 神未来タワーであたしを助けてくれたヒーロー、あのフックで人々を炎の中から救い出した人…彼だったんだ。ずっと。涙が目に熱く込み上げてきた。彼は何も言わなかった。いつもそばにいて、あたしを守ってくれていたのは…ずっと、ゆうくんだったんだ。


「この動画、彼女がみんなに送ったんだ」静寂を破って、落ち着いた声がした。「この瞬間を、取っておきたかったんだろうね。」


「キャーッ!」


 悲鳴を上げて、天井に届きそうなほど飛び上がった。椅子を倒しそうなくらい、勢いよく振り返る。ゆうくんが、ドアのところに立っていた。彼の黄色い瞳が薄暗闇で光り、その表情は穏やかだったけど、あたしにゴクリと息を飲ませるほどの重みがあった。


 彼はあたしの方へ駆け寄り、その手であたしの口を塞いだ。「花宮さん、落ち着いて!近所迷惑だよ!」


「んーっ!」声を上げようとしたけど、顔が燃えるように熱くて、心臓はバクバクうるさい。どうして起きてるの?!いつからそこにいたの?!


 彼が手を離すと、あたしはただそこに立って、何を言えばいいか分からなかった。


 終わった…

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