第6話「我らを苛む影たち」
アレクサンダー・シルバーハンド
物心ついた時から、わたくしにとって兄姉たちは、この家族を支える柱でした。父と…あの女。なぜ実の親が自分の子供たちを忘れてしまえるのか、わたくしには今でも理解できませんの。
まだ幼かったですが、それでも覚えています。お姉ちゃんとお兄ちゃんが、わたくしたち三人の面倒を見てくださっていた日々のことを。ジャックお兄がちゃんは四つ年上でしたから、わたくしは赤ん坊同然でしたけれど、それでもあの穏やかな日々は記憶に残っております。
お姉ちゃんがアレクサンダーを腕に抱いていた光景を思い出します。三歳だった彼は、とても小さかった。あの巨大な厨房に差し込む風に、お姉ちゃんのサラサラの金髪がなびいていましたわ。その海のように穏やかな青い瞳は、泣きじゃくる彼をあやすように、優しく見つめておりました。
お兄ちゃんは、金色の短髪を輝かせ、同じ色の瞳で、レンガと金属の奇妙な塊…わたくしのような四歳の子供には意味の分からないものの前で、いくつかのお鍋をかき混ぜていましたです。
その隣で、ジャックお兄ちゃんがお手伝いをしておりました。黒髪に、鋭い黄色の瞳。お兄ちゃんに調味料の包みを渡すその横顔は、とても真剣でしたわ。
わたくしはただ、黒髪の女性の膝の上に乗っていたことだけを覚えています。来海お姉ちゃん。いつも一緒にいてくれた、わたくしたちの従姉です。
ただ彼らを眺めているのが好きでした。両親がなぜわたくしたちを捨てたのかは分かりません。ですけれど、兄姉たちがそばにいてくれさえすれば、それで十分でしたの。
ですが、わたくしが五歳になった時、お姉ちゃんはフッと姿を消しました。当時は、その不在がただ寂しいだけでしたが、今なら分かります。直系の跡継ぎとして、父の会社を継ぐための勉強を始めなければならなかったのです。
お兄ちゃんと来海お姉ちゃんは、まだわたくしたちの面倒を見てくれていました。でも、お兄ちゃんが家にいる時間はどんどんと減っていき、来海お姉ちゃんもあまりいらっしゃらなくなりました。
わたくしには、なぜ兄姉たちが去っていかなければならないのか、どうしても理解できませんでしたわ…
でも、ジャックお兄ちゃんだけは、残ってくれました。彼はいつも冷たくて、時々怖く感じることもありましたけれど、他の兄姉がいなくなってからは、ニコッと笑って、わたくしとアレクサンダーの面倒を見てくれましたです。
わたくしが六歳の時、ジャックお兄ちゃんが一人の男の子を連れてきました。廉士お兄ちゃんです。彼の髪は茶色でしたが、とても明るくて、まるで金髪のようでした。彼はジャックお兄ちゃんとは正反対で、いつも明るく、ニコニコと笑っていました。彼も、わたくしたちの面倒をよく見てくれましたわ。
歳月が流れ、兄姉たちに会う機会はさらに減っていきました。お兄ちゃんはたまに顔を見せましたが、お姉ちゃんと来海お姉ちゃんは、大切な日にしかいらっしゃいませんでした。
わたくしも、この家の仕組みを少しずつ理解し始めていました。ですから、八歳になった時には、ジャックお兄ちゃんもいずれはあまり家にいられなくなると分かっておりました。
そう、思っていました。ですけれど、彼は一日か二日家を空けても、どんなにボロボロに疲れ果てて帰ってきても、笑顔を絶やすことはありませんでした。わたくしとアレクサンダーの面倒を、一度も欠かさずに見てくれましたの。
わたくしが十一歳になった頃、彼がどれほど疲れ、傷ついているのかに気づき始めました。家を空けるのは、もう数日ではありません…時には何週間も姿を見せませんでした。彼の表情は元々冷たいものでしたが、その頃のそれは、ただ冷たいだけではなく、悲しみに満ちていました。彼の面影は、日に日に暗くなっていくようでした。
彼が家にいる数少ない日に、わたくしはいつも、彼をプールに誘ったものです。(彼と遊びたいからだけではなく、彼の体を見るための、わたくしなりの口実でしたの…)
以前はなかったものが、彼の肌に現れていました。胸に広がる黒い痣。背中に刻まれた、真っ直ぐな白い線の痕。彼は何をしているの?お兄ちゃんは、どうしてこんなに酷い怪我を…?
胸の奥が、ズキンと痛みました。
これ以上、兄を失いたくはありませんでした。
彼にも、どこか遠くへ行ってほしくなかったのです…
___________________________________________________
生徒会室を後にして、わたくしは肩を張り、廊下を歩きました。コツ、コツ…と響く自分の足音だけが、あのビデオを見せた後の、重苦しい沈黙をかき消してくれるかのようでした。直美ちゃんは半狂乱で髪を揺らしながら飛び出して行きましたし、ハルちゃんは、わたくしがよく知る表情で…嵐の前の静けさのような、ショックを受けた顔で床を見つめたまま、じっと立ち尽くしていましたです。
わたくしは彼女たちにビデオを見せましたの。兄上の腕に浮かび上がった白い霞、そして淡い光の下でキラリと輝いたあの金属の網。木村を打ちのめした時の、彼らしくないあの微笑み。彼女たちは全てを見ました。ですけれど、直美ちゃんは意味のわからない言葉をモゴモゴと呟くだけで、はるちゃんは墓場のような沈黙を守ったままでしたわ。
その後の授業は、十一月の肌を刺すような寒さの中、息が詰まるような時間でした。完璧に着こなした制服に身を包み、窓から吹き付ける冷たい風を顔に受けながらも、わたくしの心はそこにありませんでした。過去を、漂っておりました。
まず五歳の時に会社のために連れて行かれた姉上。それから、それぞれの人生のために少しずつ姿を消していった、エドワード兄上と来海お姉ちゃん。
兄上もまた、引き離されていきました。彼に会う時間はどんどんと減っていきましたけれど、彼は必ず家に帰ってきました。わたくしとアレクサンダーの面倒を、一度も欠かさずに。
そして二年前、十八歳になった兄上も家を出ました。理由は分かっています。わたくしは、そこにいましたから。(…でも、あの記憶は、胸にぽっかりと穴が空くような感覚なしには思い出せませんから、遠ざけるのです…) 彼は軍人だと言いました。それだけ。でも、もっと何かがあることは分かっています。彼はそれ以前から、説明のできない怪我をして帰ってきていましたもの。
子供には理解できませんでした。でも、今は分かります。あの黒いシミは痣であり、白い線は傷跡だったのだと。
彼が何に立ち向かっていたのかは分かりません。ですけれど、それが危険なことであったことは確かです。そして今、このビデオ…
もう二度と、彼をあそこへ戻したりはしません。もう二度と彼を失うわけにはいきませんわ。
キーンコーンカーンコーン…と、チャイムが鳴り響き、わたくしの思考を断ち切りました。すっと立ち上がり、鞄を肩にかけると、黒髪をさっと整えました。廊下ではるちゃんが追いついてきました。彼女の長い赤髪が揺れ、大きく緑がかった瞳が、心配と疑念の入り混じった眼差しでわたくしを見つめます。
「フラヴちゃん、今日は生徒会のお仕事、たくさんあるわよ」 彼女の声は低く、どこかためらいがちでした。
わたくしは立ち止まり、彼女の方を向くと、意図的にしっかりとした、それでいて冷たくはない笑みを浮かべました。「今日は違いますの、はるちゃん」
きっぱりとした口調でしたけれど、軽蔑は込めていません。彼女は思案顔で眉をひそめましたわ。わたくしは会長ですのに、休むなんてありえませんから。彼女がそれを知っていることは分かっていました。
「用事がありますの」
「用事?」彼女はもっと説明を求めるように首を傾げましたが、わたくしはただ首を横に振るだけでした。
「ええ、大切な用事ですわ」そう言い返し、踵を返しました。
彼女はそれ以上何も言いませんでしたが、その視線が背中に突き刺さるのを感じましたわ。(はるちゃんはわたくしの副会長で、親友ですもの。口には出しませんけれど、彼女は優秀ですわ。)
まず、家に一度寄らなければ。と言っても、酒井の屋敷ではありません。母がいて、父が時折姿を見せるだけの、あの死んだような場所ではなく。今、わたくしとアレクサンダーは、竹内おじ様と暮らしておりますの。一昨年の終わりに、兄上が児童相談所の方々と屋敷に現れました。どうやって、また、なぜそこまでしてくださったのかは今でも詳しくは分かりませんけれど、彼はわたくしたちをあの冷たくて空っぽな屋敷から連れ出してくれたのです。
正直なところ、わたくしたちは一族の富を「使い果たす」ような機会は一度もありませんでした。ですから、父が今でも毎週生活費を送ってくれているとはいえ、彼らのお金を「使わない」ことは、わたくしにもアレクサンダーにも何ら不自由はありませんの。
竹内おじ様とはそれまで個人的な面識はありませんでしたが、お見かけしたことはありました。兄上は彼を信頼していますし、おじ様もわたくしたちを、本当の姪や甥のように受け入れてくださいました。親密というわけではありません。彼はわたくしたちの面倒を見て、教えてくださいますが、敬意のある距離を保っています。それでも、わたくしは彼を尊敬していますの。
バスに乗り込むと、冷たい空気で吐く息が白くなりました。いつもは竹内おじ様が迎えに来てくださるか、アレクサンダーと歩いて帰るのですけれど。遠くはないですが、バスに乗ることにしました。一刻も無駄にはできませんから。彼の家に着くと――シンプルですけれど、命が感じられる、あの屋敷とは違う場所です。
アレクサンダーはまだのようでした。おそらく部活でしょう。竹内おじ様は裏庭の温室を手入れしていました。兄上とアレクサンダーが夏休みに建てた温室です。
「おや、今日は早いな」彼の白髪混じりの髪が、眼鏡の奥で優しく細められました。
「はい。先日お願いした件で参りましたの」 彼はククッと低く笑いました。
中に入り、ソファに書類鞄を置くと、自分の部屋へ向かいました。引き出しの中に、兄上のアパートの合鍵がありました。彼が引っ越した時に、「緊急時用」と言って、有無を言わさぬ口調で渡してくれたものです。これは、緊急事態でした。
再び部屋を出て、鍵をポケットにしまい、鞄と、前日に用意しておいた小さなスーツケースを手に取りました。そして、竹内おじ様が兄上のマンションまで車で送ってくださいました。
兄上のアパートは、学校から数ブロックしか離れていない、ごく普通の建物にありました。彼は家を出てからずっとここに住んでいます。二十歳で、今年から教師になりました。でも、それだけではないはずですわ。(兄上、あなたが当時と同じように傷つくのを、わたくしはもう放ってはおきませんから。)
マンションに着き、エレベーターで七階へと昇る間、ゴトン、ゴトンという音がやけに大きく響きます。鍵でドアを開けると、**シン…**と静まり返った部屋に吸い込まれました。アパートは広々としていました。玄関を入るとすぐに広いリビングがあり、低いカウンターがキッチンとを隔てています。右手には三つのドア。両端が寝室で、真ん中がバスルームです。兄上のブレザーがソファに放り投げられ、冷え切ったコーヒーの入ったカップ、彼が慌てて出て行ったかのように散らかった書類。(最近、何があってこんなに気を抜いているのです?)
わたくしの目は、彼の寝室へと向きました。コンピューターが置いてある部屋です。そこから始めるのです。
兄上が教えてくれないのでしたら、わたくしが一人で突き止めます。兄上のため。アレクサンダーのため。そして、わたくし自身のために。
___________________________________________________
高橋直美
勇太先生の部屋から、あちしは自分の足につまずきそうになりながら飛び出した。汗で額に張り付く髪をかき分け、必死に息を整える。あの兄貴風を吹かせる先生のせいで、あちしの神経はもうボロボロ。写真を許可してくれたかと思えば、アレクサンダーくんへのプレゼントだの、虫がどうだのって…
マジで、なんであちしがシルバーハンド家のゴタゴタに巻き込まれなきゃなんないの?フラヴちゃんがあのビデオの件であちしをズルズル引きずり込んで、今度は勇太先生が弟くんの世話を押し付けてくる…あちしはただ写真を撮りたかっただけなのに、金持ち一家の子守り役なんてまっぴらごめんだっつーの! イライラしながら廊下の天井を睨みつけた。なんであちしが?この変人たちに振り回されるとか、マジないわー。
廊下をズカズカと歩きながら、怒りに任せて空気を蹴っていると、フッとはるちゃんがどこからともなく現れて、あちしは思わず叫びそうになった。
「陽菜ちゃん!」彼女は叫び、小川に映る木の葉のような、その大きく緑がかった瞳が、クリスマスみたいにキラキラ輝いている。「フラヴちゃん見た?今日、なんか変じゃない?授業終わったら、ダッシュでどっか行っちゃったし…」
あちしはげっとして、大げさな仕草で髪を後ろにやった。「どうせあの子のバカな計画でしょ、はるちゃん。ビデオがどうとか、勇太先生がこうとか。知らないけど、なんであんなのに夢中なわけ?」
はるちゃんはうーんと考え込むように首を傾げた。「わかんない…でも、木村とのこととか、あたしたちが経験したこととか…勇太先生について、彼女が話してない何かがあるんだよ。」そこで彼女は、パアッと顔を輝かせ、子供みたいに手を叩いた。「それか、あんたとアレクサンダーくんのための、恋愛大作戦とか!」
あちしは「うげっ」と、自分でも引くくらいの嫌悪の声を漏らし、彼女の額をピシッとデコピンした。「やめなさいよ、このアホ!」
彼女が何か言い返す前に、あちしのスマホがブーッと震えた。チッと舌打ちしながらメッセージを開くと、心臓が凍った。
**Alex_Silver: 話がある。
胃がキリキリと痛む。あちしはスマホの画面をぼーっと見つめたまま、口を半開きにして固まっていた。
はるちゃんが、待ちきれないとばかりにあちしの手からスマホをひったくる。彼女はメッセージを読んで、キャーッと短い悲鳴を上げると、あちしに飛びかからんばかりの勢いだった。「直美ちゃん!告白だよ!コクられるんだって!あんたたち、お似合いだよ!」
「頭おかしいんじゃないの?!」あちしは彼女のほっぺをギューッとつねりながら叫んだ。自分の顔がカァッと熱くなるのを感じる。「全然そういうんじゃないし!『話がある』ってだけじゃん、この能天気!」
「でも、もしそうだったら?」彼女は、あちしが皮膚をちぎらんばかりにつねっている頬をさすりながら、ケラケラと笑った。「行かなきゃダメだよ、直美ちゃん!ほら、ほら!チャンス逃さないで!」
「行かないってば!」あちしは腕を組んで、心底嫌そうな顔をした。「もし告白だったらどうすんの?あちし、そういうの無理だって、はるちゃん!どうすればいいか分かんないし!」
でも彼女は、グイグイとあちしの肩を押して、狂ったように主張する。「でも行かなきゃダメだって、直美ちゃん。すっぽかすなんて、サイテーだよ!」
「い、いや、だから、あちしは行きたくないって…!」もう、どうすりゃいいのよ…
「たとえ、彼の気持ちに応えなくても、メッセージに返信しないなんてことはできないでしょ。」
「その日本語、めちゃくちゃだよ…」と、あちしは言い返した。
「でも、言いたいことは分かったでしょ。だから、行きなさい!」
そしてあちしは、ブツブツ文句を言いながら、足で床を蹴るようにして、屋上へと引きずられていった。
彼は屋上で待っていた。イラついた顔でそこに着くと、アレクサンダーくんは手すりに寄りかかっていて、その金髪が夕日のオレンジ色に輝いていた。
「どうやってここに入ったわけ?」あちしの声は、自分でも思うより低かった。「ここ、鍵かかってるはずじゃん。」
彼はあちしの方へ向き直り、その冷たい青い瞳であちしを見つめた。「勇太に鍵を頼んだんだ。すぐにくれたよ。」
あちしはフンと鼻を鳴らして、軽蔑するように目をそらした。「はいはい、ブロンドの弟には甘いんだ、あの兄貴は。」彼はククッと低く笑い、あちしは一瞬、自分のイライラを忘れかけた。一瞬だけね。
「で、アレクサンダーくん。なんであちしを呼び出したわけ?」あちしはドン、と足で床を鳴らした。
彼は首筋を掻き、視線を逸らした。「君が撮った僕の写真…あれじゃ、勝てないと思う。」
あちしの目がカッと見開かれた。表情が消える。あの写真…あちしの心に響いたのに…
「よく分からないけど。」彼はあちしの思考を断ち切るように、視線をあちしに戻した。「時々考えるんだ。君の心に響く写真ってやつを。」彼は地平線を指差した。「ここから見える夕日を見てると、何としてでも戻りたい時代のことを思い出す。たぶん、こういう写真なら、僕の心にも響く。君には響かない?」
あちしが口を開きかけた、その時。スマホがまた震えた。チッと舌打ちしながらメッセージを読む。
**Flavian_S:直美ちゃん、兄上のパソコンのパスワードが要りますの…今すぐにですわ
あちしは、痛みを覚えるほど嫌悪に満ちた顔をした。「マジでありえないんだけど?!今?!」彼は混乱してあちしを見た。
あちしは天を仰ぎ、アレクサンダーくんの方へ向き直った。「あんたのお姉ちゃんが、あんたのお兄ちゃんのパソコンをいじってて、パスワードが欲しいんだって!今すぐ!」
彼はパチクリと瞬きし、それから眉をひそめた。「は?あの人、馬鹿なの!勇太に怒られるとか、ごめんだし!」
「お願い!」あちしは彼の腕を掴むと、必死にぶんぶんと揺さぶった。「あの子、マジであちしを困らせてんの!もう我慢できない!」
彼はため息をつき、まるで悪夢でも見ているかのように顔をこすった。「わかったよ。でも、君が正直だからだよ。」彼は少し考え込んだ。「パスワードはたぶん、251019だ。彼がよく使うやつだから。勇太は時々、僕にパソコンをいじってくれって頼むんだ。前回はこれだったから、たぶんそうだと思う。」
「251019?」あちしは、ブツブツと文句を言いながらスマホにメモした。「なんであんたが知ってんのよ、この変人。」
彼はニヤリと笑った。「勇太はオタクなんだよ、知ってた?真面目な顔して、いつもゲームばっかりやってる。で、パソコンが壊れるたびに、直すのは僕の役目ってわけ。」
あちしは「ぷっ」と吹き出して、大声で笑った。「フラヴちゃんが夏休みに言ってたの思い出した。あの子、勇太先生の家に行ったんだって。そしたら、ソファでだらしなく寝転がって、食べかすだらけでアニメ見てたって!」彼も一緒に笑い、一瞬だけ、あちしは自分のイライラを全部忘れた。
笑いが収まると、二人で黙って夕日を眺めていた。燃えるようなオレンジ色の空。彼の言葉が頭の中で響く——*あちしの心に響く写真。*はるちゃんの恋愛脳な話が、さらに状況を悪化させる。顔が熱くなり、あちしはほとんどむせながら言った。「あ、アレクサンダーくん…女の子のこと、好きになったことある?」
彼はあちしの方を向き、心底嫌そうな顔をした。「ない。」
あちしは、彼以上の嫌悪顔を作った。「じゃあ、男の子は?」
「それもない。」彼の顔にはまだ嫌悪が浮かんでいた。「馬鹿げた質問だな!」
「なんで馬鹿げてるわけ?!」あちしはまた足でドンと床を叩いた。
「君はどうなんだよ?」彼は言い返してきた。「女の子、好きになったことある?」
「ない!」あちしは軽蔑したように、ほとんど叫んだ。
「じゃあ、男の子は?」彼は食い下がった。
あちしはカチンと固まり、心臓がバクバクと鳴った。「な、ない」と、フンと鼻を鳴らして顔をそむけながら、なんとか言った。
彼は、半笑いを浮かべた。「じゃあ、僕たち、似てるな。」
あちしは夕日に向かって目をそらした。顔の火照りが引いていく。衝動的にスマホを取り出し、地平線を見つめる彼の写真を撮った。オレンジ色の光が、彼の金髪に反射している。彼は眉をひそめて、あちしの方を向いた。「何やってんだ?」
「あんたは正しいよ。」あちしの声は、自分でも思うより低かった。「夕日は、あちしの心に響く。」
これでいいんだ。イケメンアイドルとか、ハマるようなボーイズバンドとか、彼氏とか…そんなもの、あちしには必要ない。ただ、これだけで…
「スマホのカメラが、普通のカメラより性能悪いって知ってる?」彼は、平坦な声と冷たい視線で言った。
「当たり前でしょ、このアホ!部室にカメラ取りに行ってくるから!そこを動くな!」
「はいはい…」




