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第1話「堕ちたナイト」

 ヒーローが…消えた。


 煙が彼を飲み込んだ瞬間、緑色のマントが最後にもう一度キラリと光り、影の中へと溶けていった。その時やっと、建物の避難誘導をしていた警察官たちがあたしに気づいた。ヘルメットの下で強張った顔の隊員たちが駆け寄ってくる。一人の女性警官があたしの隣に膝をつき、手際よく足に応急処置をしてくれた。その手は、声の頼もしさとは裏腹に、かすかに震えていた。


 まだ、じくじくと血が流れ出て、冷たいコンクリートを汚していく。心臓の鼓動が、あのカオスを思い出させた。


「切り傷は深くないわ」彼女は言った。「でも、歩くのは無理ね」


 あたしはほとんど返事もできなかった。ただ、彼がいた虚空を見つめていた。胸元では、赤い水晶のついた十字架のネックレスが、まるで彼の手の熱をまだ宿しているかのように、じんわりと温かかった。


 まだ、あの階にいた。神未来シンミライタワーの壁面に突き刺さるように設置された金属の檻――仮設エレベーターが、**ギィ…**と軋みながら降りていく。割れた窓ガラスの向こう、ビルが崩壊していくのが見えた。どの階も炎と煙の骸骨みたいで、壁だったものを炎が舐め尽くしている。特に上層階はひどかった。まるで空が丸ごと落ちてきたみたいに、黒焦げの廃墟になっていた。喉にまとわりつくような、重い焦げ臭い匂い。


 軍事技術企業の本社、神未来タワー。その名声は伊達じゃなかった。見上げると、上の階が灰になっても、瓦礫のほとんどが地上に届いていない。青と白のエネルギーの網、コンテインメント・フィールドが、生きている蜘蛛の巣みたいにピカッ、ピカッと脈打ち、何トンものコンクリートと鉄骨を空中で受け止めていた。遠くの爆発音とシンクロして光るそれは、あまりにも幻想的で、残酷な光景だった。


 地上に着くと、そこは完全な地獄絵図だった。警察官にあっという間に囲まれたけど、何百人もの叫び声で、その声はほとんど聞こえない。怪我人、毛布にくるまる人、担架で運ばれていく人…医師、消防士、それに軍の兵士までが、汗だくの、引きつった顔で走り回っている。隅の方で、ほとんど見えなかったけど、男の人が白いシーツで体を覆っているのが見えた。


 ズキン!


 心臓が止まった。咄嗟に目をそらす。胃がぐるりと捻じれて、あの光景が目に焼き付いて離れない。


 すぐに母さんがあたしを見つけてくれた。長い赤髪を振り乱しながら、こっちに走ってくる。スーツはしわくちゃで、目は恐怖で見開かれていた。あたしは父さんと学校の社会科見学で来ていて、母さんは後から合流するはずだった。今、母さんは泣きながらあたしを抱きしめていた。その腕は震え、いつもの香水の匂いが煙の匂いと混じっている。


「陽菜、よかった…!」


 でも、あたしの頭はそこに無かった。思考は父さんのことでいっぱいだった。爆発の前から、彼を見ていない。


「お父さん、爆発の前は一緒にいたのに…」あたしの声は弱々しく、周りの騒音に飲み込まれそうだった。母さんは一瞬ためらい、顔が青ざめる。ゴクリと唾を飲み込み、何かあたしを安心させようと唇を開いた。でも、その言葉よりも先に、別の爆発が地面を揺るがした。


 ドカーン!


 衝撃で耳がキーンと鳴り、群衆はパニックで叫んだ。さらに多くの瓦礫が降り注ぎ、いくつかはエネルギーフィールドを紙みたいに突き破る。でも、ほぼ同時に、下の階で新しいフィールドが起動した。その白い光が盾のように輝き、あたしたちを押し潰そうとする瓦礫を防いだ。


 あたしは、見上げた。


(これは、テロだ…)


 間違いなかった。あの武装した男…戦うためじゃなければ、あんなところにいるはずがない。


 _____//_____//_____


 神未来タワーが揺れていた。


 ドン!ドン!


 足元の床を絶え間なく揺さぶる爆発。壁を舐める炎と、雨のように降り注ぐ瓦礫を避けながら、俺はひた走る。硝煙と灰、そして血の匂いが混じり合った空気が毒のように喉を焼き、呼吸のたびに激痛が走った。そして、聞こえてきた。俺をいつも呼び戻すあの音――戦場の、腹の底から響くような咆哮が。


 頂上にたどり着き、肋骨を内側から叩く心臓の鼓動を感じながら、俺は混沌の渦中へとその身を投じた。


 紫電の如き剣が空を切り裂いていた。その光は、ボロボロの旗のようにはためく薄紫のマントに反射する。エージェントのエルモが投影するのは、一撃ごとに火花を散らすヨーロッパ中世の騎士の兜。シンだ。生ける城壁のような、俺の仲間。


 その隣で、サブマシンガンがズドドドドッと咆哮を上げる。閃光が黄色のマントを照らし、そのエルモはアニメの少女の顔を映し出していた。燃えるような青い瞳。パートナーのミクだ。その殺伐とした存在感を、あのアバターが和らげている。


 二人の標的――レヴナント。そのベージュのマントは砂嵐のように波打ち、虚ろな白い仮面は、まるで周囲の炎すら喰らっているかのようだ。


 シンがレヴナントと斬り結び、その剣が致命的な弧を描く。だが、あの野郎は非人間的な俊敏さでそれをかわす。ガッ! シンの腕に一撃が入り、奴は呻きながら後退した。レヴナントが詰め寄るが、ミクが割って入る。彼女はエクソギア、腕を覆う金属のガントレットを構えた。


 ボカン!


 ソニックブラストが炸裂し、その衝撃が俺の骨の髄まで響き渡る。レヴナントは吹き飛ばされ、コンクリートを砕きながら鈍い音を立てて落下した。


(俺の番だ!)


 俺は瓦礫の中から飛び出した。俺のガントレット がバチバチッと音を立て、稲妻のような火花が散る。ありったけの力を込めて拳を叩きつけた。ドゴォォン! 床が爆ぜ、破片が四方八方に飛び散る。だが奴は、最後の最後でそれをかわし、回転しながら正確に体勢を立て直した。その仮面の下の瞳が、俺の魂を見透かした。


「フン…ようやく現れたか…」奴は氷のように冷たい声で嘲笑った。


 シンとミクが、俺の隣に陣取る。空気に緊張が走る。レヴナントが右腕を上げると、瞬く間にそのスーツがハイテクな槍を形成した。その先端が、冷たい星のようにキラリと光る。奴は武器を優雅に一回転させ、無言で俺たちを挑発した。


 俺の筋肉がギリッと引き締まる。だが、俺たちが動くより早く、**ザシュッ!**と刃のような音が床を切り裂いた。ピンク色の鋼鉄のワイヤーがレヴナントの足元から現れ、奴は後ろへ跳ばざるを得なかった。


「今よ!」


 通信機から、鋭く、切迫した女性の声が響く。


 下の階から、ライラックが姿を現した。彼女のピンクのマントが、嵐の中の花びらのように舞う。そのエルモは猫のような輪郭を持ち、炎の中で妖しく光っていた。鋼鉄のワイヤーが、鞭のように空を切る。ためらうことなく、俺たち三人は突撃した。戦闘の轟音が、全てを飲み込んだ。


 焦げ臭い匂い、硝煙、そして血。建物が崩壊寸前の悲鳴を上げている。俺のガントレット がバチバチッと唸りを上げ、エネルギーを溜める。拳を叩きつける。レヴナントは後ろへ跳び、槍を盾のように回転させた。ライラックが攻撃するが、奴は彼女のワイヤーをかわす。三本目のワイヤーが奴の足首を捉えるが、槍を一閃させ、**パンッ!**と音を立ててワイヤーを切断した。


「ちっ」とライラックが舌打ちする。


 シンが突撃し、紫の剣が空を切る。レヴナントはそれを防ぎ、受け流し、シンの隙を見逃さなかった。槍の穂先が、シンに向かって振り下ろされる。俺の心臓が止まった。


 バン!


 耳をつんざく一発の銃声。槍が撃ち抜かれ、最後の最後で軌道が逸れた。


「俺がおる限り、そうはさせへんで!」


 瓦礫の山の上から、ハンターがライフルを下げながら叫んだ。彼のオレンジ色のマントが炎のようにはためき、黒いエルモが投影する赤いスコープが、捕食者の目のようにギラリと光っていた。


 レヴナントが唸る。「チッ。この遊びも長引きすぎたな」。奴はフックを放ち、上方の梁に突き刺す。一気に引き寄せられ、奴は数秒で上の階へと消えていった。


「クソッ!」とライラックが叫ぶ。


「あいつを逃がすなや!」とシンが命じた。


 ミク、ライラック、シン、そしてハンターが階段へ走る。俺にそんな悠長な時間はなかった。開いた穴から身を投げ、眼下に広がる奈落に息を呑む。ガントレット のフックを射出し、自身を上へ、上へと引き寄せた。視線は、レヴナントに固定されたまま。


 奴は振り返り、槍を構える。俺はフックを解除し、その勢いを利用して攻撃をかわし、頂上へ着地した。**ズシン!**と衝撃が響くが、体勢は崩さない。


「一番遅く来たやつがいつもツケを払うんだぜ」と奴が嘲笑った。


 他の四人が階段から現れ、俺たちを囲む。包囲網が完成した。俺は前へ踏み出し、ガントレット の電気的な唸りが**ゴゴゴゴ…**と大きくなる。


(隊長の命令は忘れる…)


「命令は忘れろ」と俺は唸った。「ここで奴を殺るぞ!」


 シン、ライラック、ハンターのエルモ越しの視線が、ミクに向けられる。司令官は彼女だ。張り詰めた沈黙が、一秒。


「命令よ」ミクの声が、固く、決然と空気を切り裂いた。「奴を仕留めなさい」


 レヴナントの仮面の下の瞳が、嘲笑に輝いた。沈黙がもう一秒続いた。そして、最後の衝突が始まった。


 俺とシンが接近戦を仕掛ける。カキン! 刃と拳が空を切り裂き、奴の防御に隙を探す。ミクとライラックが援護し、包囲する。ザッ!ザッ! ライラックのワイヤーが、金属の蛇のように床から現れ、奴の足を狙う。ミクのサブマシンガンが火を噴き、逃げ道を塞ぐ。高所から、ハンターが死の亡霊のように、一発一発でレヴナントを追い詰め、俺たちの罠の中へと踊らせる。


 それでも、奴は攻撃してこない。ただ、防御に徹している。そして、あの感情のない仮面の下で、奴が笑っているのが、俺には分かった。


 俺の胃が**ゾクッ…**と冷たくなる。彼のスーツから、**ピッ…**と低い機械音が聞こえた。奴は動きを止めた。


「ああ…もう準備ができたようだ」奴は病的な満足感と共に言った。瓦礫の中にいるハンターに目をやり、笑った。「貴様…貴様が一番、鬱陶しい」


 奴の両腕が上がる。黒いエネルギー、濃く重い霧が、その肌から立ち上り始めた。


「退避!」とミクが叫んだ。


(しまった…!)


「クソッ、そこから離れろ、ハンター!」俺の喉から、絶望の叫びが迸る。


 シンが跳んだ。紫の刃がキラリと光る。だがライラックの方が早く、彼女のワイヤーがシンを捕らえ、後ろへ引き戻した。黒い爆発が槍から迸り、空気が震え、そのエネルギーが逆さまの稲妻のように空を裂き、ハンターを飲み込んだ。


 俺の心臓が止まった。衝撃がタワーを揺さぶり、頂上部が轟音と共に崩れ落ちていく。空は赤と黒に染まり、炎と粉塵がすべてを窒息させていた。遥か下で第三コンテインメント・フィールドが弱々しく明滅し、構造体が限界を迎えていた。


 **キーン…**と耳鳴りがし、視界が点滅する。粉塵に視界を奪われながらも、俺はビルの縁で、その体が傾ぎ、指がコンクリートを滑っていくライラックの姿を捉えた。


「ライラック!」


 俺は跳び、フックを射出した。フックは彼女の腕に食い込む。**ガシッ!**と衝撃と共に彼女を引き寄せた。彼女のエルモの投影は砕け、褐色の肌と、埃まみれの白い髪が現れる。その青い瞳は恐怖に見開かれていた。


「ワイトちゃん…」彼女は震えながら呟いた。


「しっかり掴まってろ!ここから出してやる!」俺は彼女を引き寄せ、ほとんど無理やりの抱擁の形で彼女を抱きとめた。


「大丈夫?」彼女は息を切らしながら尋ねた。


 俺の呼吸は重く、筋肉が悲鳴を上げていた。「他の奴らは…」と息を呑む。「他の奴らを探さないと」。ミクが現れた。


「ライラック、ハンターを連れてここから離れなさい!今すぐ!」


「えっ?!」ライラックはためらったが、刃の音が俺の注意を引いた。煙の中で紫の閃光が明滅している。シンが戦っている。ミクは彼を助けるために走った。俺はライラックと視線を交わし、ハンターの元へ向かった。


 **ゾッ…**と息を呑んだ。彼は瓦礫の下敷きになり、その体はコンクリートと鉄骨に押し潰されていた。ライラックは膝から崩れ落ち、絶望的に瓦礫を掻き分けている。俺はスキャナーを起動した。


「バイザー、ハンターの状態を」


 返ってきた答えは、俺の魂を切り裂いた。「右腕、左脚、右踵:100%機能不全。内臓:重度の損傷、左肺及び肝臓に出血」


 喉がカラカラに乾く。彼のエルモは砕け、赤いスコープの投影は消え、その破片から覗く顔は血まみれで青白い。ライラックは震え、彼を瓦礫から引きずり出したが、そこで凍りついた。彼の手足は破壊され、血が床を濡らしていた。


(隊長の声が、拷問のように心に響く。「全員、生きて連れて帰るのよ、ワイト」。彼女の姿が――口から血を流し、冷たくなっていく体、俺の手に残された十字架。その記憶が、銃弾のように俺を撃ち抜いた。呼吸が速くなり、胸が締め付けられる。)


 その時、か細い声が聞こえた。


「…お、俺は…まだ…死んでねぇ…ぜ、せ、先輩…」


 ハンター。かろうじて開いた右目が、血に覆われながらも、話そうと必死だった。俺の決意が、拳のように戻ってきた。俺は跪き、彼を抱き上げた。


「奴をここから連れて行け」とライラックに命じた。彼女はためらった。エルモの猫のような投影が、大きく見開かれている。


「でも、あなたは…?」俺の表情が硬くなる。


「私は戻る」立ち上がり、ガントレット を握りしめる。「シンとミクを助ける必要がある」


 ライラックはハンターを抱えた。俺は引き返し、戦場へと走った。シンとミクがレヴナントと斬り結んでいる。ミクがソニックピストルを構え、撃つ。ドォン! 衝撃波が響き渡り、見えない壁のようにレヴナントを押しやる。奴は滑るが、体勢を立て直し、槍を回転させてそれを防いだ。ミクは突撃し、ピストルが変形し、金属の警棒となる。彼女は武器を振り下ろし、ソニックブラストがコンクリートを砕いた。レヴナントは倒れるが、すぐに転がって立ち上がった。


 俺は煙の中から現れ、奴の前にフックを落とす。そのワイヤーを推進力に、拳がバチバチと火花を散らし、雷鳴と共に奴の顔面を捉えた。奴は吹き飛び、瓦礫に激突した。**ゴッ!**と衝撃が響く。奴は立ち上がり、肩を叩いた。


「デジャヴだな」と笑った。


 俺の顎が引き締まる。「ここが貴様の墓場だ!」


「そうかな?」と奴は嘲笑った。


 シンが近づき、その中世のエルモがキランと光る。「奴、またあの技を使う気や」


「その前に奴を倒せるかどうか…」ミクのエルモのアニメキャラが眉をひそめた。「他の部隊が向かっているわ」


 俺は首を振った。「遅すぎる」


(あの記憶がまた蘇る。「全員、生きて連れて帰るのよ、ワイト」)


 俺は深く息を吸い、表情が硬くなる。「ミク、シン…」俺の声は重かった。二人は俺を見た。「二分、時間を稼いでくれ」


 シンが瞬きする。「マジか?ここで、今?」


 ミクはためらわなかった。「他にチャンスはないかもしれない。任せたわよ、ワイト」。彼女は突撃し、シンもそれに続いた。俺は拳を構えた。


「バイザー、エクソの共鳴」と呟いた。


 システムが点滅し、プロトコルが起動する。バチバチバチッ! ガントレット から青い稲妻が迸り、空気が**ジジジ…**と唸った。シンが攻撃し、紫の剣が空を切るが、レヴナントは槍でそれを防ぎ、**キン!**と金属音が響く。ミクがソニックピストルを撃ち、衝撃波がレヴナントを後退させた。奴は槍を回転させ、攻撃をいなし、その体は亡霊のように動いた。


 ミクは警棒に切り替え、怒りと共に突進した。一撃ごとにソニックブラストが床を爆砕し、瓦礫が舞う。シンは側面から攻撃し、紫の剣がレヴナントの脇腹を狙うが、奴はそれを防ぎ、圧力に少しよろめいた。


 レヴナントは笑い、その目がギラリと光る。「しつこい奴らめ!」。奴は反撃し、槍を回転させ、シンを後退させた。ミクが別のソニックブラストを試みるが、奴はそれをかわし、彼女の胸を蹴り飛ばした。彼女は倒れ、警棒が転がった。シンが突撃し、その剣が唸りを上げるが、レヴナントは回転し、その槍がシンの紫のマントを貫き、肩を切り裂いた。血が滴る。「哀れな!」と嘲笑い、次の一撃を準備する。


 俺は動かない。ガントレット のエネルギーが**ゴゴゴゴ…**と増大し、青い稲妻が踊る。レヴナントはそれに気づき、目を細めた。「させると思うか!」。奴はミクの顔面を殴りつけ、彼女のエルモのアバターが苦痛に歪む。彼女は壁に叩きつけられた。奴はシンを胸で蹴り飛ばし、彼を倒す。槍を構え、ためらうことなく、俺を串刺しにしようと突進してきた。


 ドン!


 一発の銃弾が奴の頭を撃ち抜いた。奴はよろめき、膝から崩れ落ち、朦朧としている。高所では、血まみれのハンターが、エルモが砕けたままライフルを構え、ライラックに支えられていた。彼は息を切らしながら、笑った。「お、俺が…言っただろ…俺がいる限りはってな!」


 ガントレット が強烈な青い光を放った。俺のバイザーが点滅する。「ハイランダー・モード、準備完了」。マスクが密閉され、スーツが引き締まる。レヴナントが立ち上がろうとするが、俺はもう奴の上にいた。最初の一撃は腹部を捉え、奴は仮面越しに血を吐いた。二撃目、アッパーカットが顎を砕く。三撃目、胸への一撃が装甲に**バキィ!**と亀裂を入れた。稲妻が爆ぜ、床が震える。


 瓦礫に寄りかかったシンが呟いた。「…これで、終わりや」


 俺は止まらない。俺の拳は鉄槌となり、レヴナントを粉砕していく。ドカッ!ゴッ!バキッ! 電気の爆発が火花を散らす。最後の一撃、奴の顔面へ。それは、天から落ちる稲妻のように頂上を照らし、電気の爆発が全てを飲み込んだ。


 煙が立ち上る。そして、残ったのは静寂だけだった。


 _____//_____//_____


 俺が着いた時には、もう手遅れだった。


 戦いは終わり、その静寂はまるで死の宣告のように重く垂れ込めていた。シーン…救護班がコンテインメント・フィールドの中から瓦礫を運び出している。三次元モデリング装置がエネルギーでできた金属のアームを形成し、そのきらめく巨腕が、薄闇を切り裂きながら何トンものコンクリートと鉄骨を持ち上げていた。


 神未来タワーの頂上は、抉られた傷口そのものだった。黒焦げの床は、砕けた骨のようにひび割れている。壁には乾いた血痕が、絶望の物語を暗い染みとして刻んでいた。空気は硝煙と焼け付いた金属の匂いに満ち、喉にまとわりついて苦い味を残す。


(――しくじった、か)


 黄色のマントを羽織ったエージェントが、冷徹なほどの正確さで救護班の間を動き回り、指示を出していた。俺が近づくと、彼女は振り返った。青みがかった短い髪が、高所の風に揺れ、その顔に浮かぶ憂いを隠している。彼女はゲート・キャバルリーの敬礼をしてみせた。伸ばされた右腕、開かれた掌、左を向く前腕、そして後ろに引かれた左腕。最後に、その右腕が空気を斜めに鋭く切り裂き、敬礼を終える。その疲弊しきった水色の瞳が、俺の目を捉えた。マスクで口元は隠れていても、その唇が悔しさに歪んでいるのが分かった。


「テュートニック」とミクが言った。その声は固いが、俺にしか分からない微かな震えが混じっていた。


「状況は?ミク」俺は尋ねた。胸の奥で、すでに敗北の重みが形になり始めていた。


「まだレヴナントの遺体を捜索中です。ワイトガントレットの最後の一撃の後…彼は…消えました」


 俺は固く顎を引き、頷いた。ミクを捜索に戻らせる。悔しさが、毒のように体中を焼いていた。キャバルリーの二千人のエージェントは、世界をカバーするにはあまりに手薄だ。東アジアを担当する俺のチームは、神未来タワーが崩落した時、何キロも離れた場所にいた。(人員不足か?俺の判断が遅れたのか?それともドラグーンの失態か?)分からない。ただ、壁の血痕は現実だということだけは分かっていた。この悲劇は、日本の歴史に永遠に刻まれるだろう。


 地平線に目をやる。夕陽が空をオレンジ色に染めていた。その最後の光が、残酷な別れのようにタワーの廃墟を舐める。夜の始まりが頂上を飲み込み、闇が瓦礫の上を這い始めていた。俺は拳を握りしめた。怒りが込み上げ、俺自身を喰らい尽くさんばかりの嵐が、胸の中で荒れ狂う。


「自分を責めても、起きてしまったことは何も変わらない」


 凛とした女性の声が、空気を切り裂いた。固いが、どこか温かみのある声。


 振り返る。彼女がそこにいた。薄ピンクのマントが風に揺れ、背中の白い縁取りの赤い十字が、黄昏の光を浴びてキラリと輝く。彼女の紫色の瞳は火花を散らすように鋭く、ポニーテールに結んだピンクの髪が軽く揺れていた。ローグ、俺のパートナーだ。その視線は、刃のように鋭く、それでいて抱擁のように俺を支える。


「心配なのは分かってる」彼女は近づきながら言った。その軽い足音が、砕けたコンクリートの上で響く。「でも、少なくとも今は、現在に意識を集中させて、テュートニック」


 俺は黙っていた。彼女の言葉の重みが、俺を現実に引き戻す。


「もし俺たちがここにいたら」と、俺はかすれた声で呟いた。「こんなことにはならなかったかもしれない」


 ローグはため息をつき、腕を組んだ。「レヴナントはドラグーンの獲物だ。私たちのじゃない」


「分かってる、だが――」


「だが、そんな顔を見せる余裕なんて、あなたにはないはずだ」彼女は俺の言葉を遮り、その声に鋼の強さが宿る。彼女の瞳が、短剣のように俺を貫いた。「ゴールデンタイガーの隊長として、こういう時こそ堂々としていなきゃ。じゃないと、隊長がヘタレだなんて思われたら、クルセイダーのチームはどうなると思う?」


 風が吹き、俺の黄金色のマントを揺らす。背中の赤い十字が重い。癪だが、彼女の言う通りだった。クルセイダーの象徴は、弱さを見せることを許さない。俺はゴクリと唾を飲み、背筋を伸ばした。「報告は?」と尋ねた。その声は再び固く、俺がそうあるべき隊長の声だった。


 ローグは頷き、その視線は俺に固定されたままだった。「死者354名」その数字が脳内で響く。「うち三名はインクイジターだ」俺は目を見開いた。**ズキン!**と、衝撃が胃腑を殴りつけた。


 彼女は重々しく続けた。「入院患者は200名以上、うち八名はインクイジター。負傷者は1000名を超える」


 胸が締め付けられ、空気がさらに重くなった。「ドラグーンは?」俺は、その答えを恐れながら尋ねた。


「ミクに大きな怪我はない。シンとライラックは重傷だが、命に別状はないそうだ」。彼女は一瞬、言葉を区切った。俺が最も恐れていることを、彼女は知っていた。


「ワイトガントレットは…」


 俺の呼吸が止まった。心臓が、真空に吊るされたように。


「…彼のエクソギアの『エクソの共鳴』を使用した。彼の体は負荷に耐えられなかった。幸い、軽度の火傷で済んだが、両腕の骨は完全に粉砕されている」


 俺は静かに息を吐いた。安堵の波が押し寄せる。だが、ローグはまだ終わっていなかった。


「ハンターは…」彼女はためらった。その紫の瞳に、重苦しい色が宿る。「危篤状態だ。レヴナントの攻撃で、彼の手足のいくつかは破壊された。さらに、内臓のいくつかにも損傷が及んでいる。医療班はまだ助かる可能性があると信じているが…おそらく、生涯、機械なしでは生きられなくなるだろう」


 俺は目を閉じた。その言葉の重みが、俺を押し潰す。俺たちの遅れが、ゲートにインクイジターを支援に送らせ、その結果、仲間が死んだ。このテロは、大災害だ。レヴナントの遺体は見つからず、司令部の多くは奴がまだ生きていると信じていた。忍び寄る影として。


 だが、最後の一撃は、それ以上に酷かった。ワイトガントレットは、任務の数日前に姿を消し、戦闘のためだけに戻ってきた。司令部はためらわなかった。彼らは、失敗の全責任を彼一人に押し付けた。まるで、一人の男がこれほどの悲劇の重みを背負えるかのように。彼をゲートから、キャバルリーから追放した。


 怒りが胸の奥で、熱く、苦く燃え上がった。不公平だ。ワイトはミスを犯したかもしれない。だが、これは?これはあまりにも残酷すぎる。


 だが、本当は?心の底では、安堵していた。病的なほど、利己的な安堵感に。ワイトが追放されれば、彼は再配置プログラムに送られる。普通の生活が送れる。戦争も、任務も、血も、もう関係ない。死から遠い場所へ。それは、俺が二度と、弟が戦死したという冷たい知らせを恐れなくていいことを意味していた。


 しかし、その平和の代償は高く、それが俺の心に残した空虚は、説明のつかない、開いたままの傷口だった。

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