第6話「將」
花宮陽菜
ほっとしたあまり、あたしは膝から崩れ落ちそうになった。二人で公園を抜け、ネオンの光が眩しく、機械的な音と賑やかな声が溢れるゲームセンターに着いた。中に入った途端、ずらりと並んだアーケードマシンを見て、思わず顔がほころんだ。
「時間つぶしには、いい場所みたいだな」彼が、少しだけ目を輝かせながら機械を分析するように言った。
「どっちが先に勝つか、勝負する?」あたしは格ゲーの筐体の一つを指差して、挑発した。彼は片眉を上げたけど、挑戦は受け入れてくれた。
アーケードの中は、懐かしさと興奮が入り混じっていた。機械に反射する鮮やかな光と、ゲームの音が辺りに響き渡る。ポップコーンの甘い香りと、冷たいエアコンの空気が心地いい。横目でゆうくんを見ると、彼は何とも言えない表情で機械を眺めていた。落ち着いているように見えたけど、それでもやっぱり、周りのすべてを分析しているみたいだった。
「これ、やらない?」あたしは、古い格闘ゲームの筐体を指差して聞いた。
彼は片眉を上げて、あたしをちらりと見た。「君、できるのか?」
「お父さんが教えてくれたの。小さい頃、よく一緒にやってたから」あたしは、少し微笑んで答えた。
ゆうくんは「ふぅん」と考え深げな音を立ててから、肩をすくめた。「わかった。君の実力、見せてもらおうか」
隣同士に座って、彼はコントローラーを握った。あたしが素早いキャラクターを選ぶ一方で、ゆうくんは…ためらうことなく、可愛いキャラクターを選んだ。
フリフリのドレスに、大げさな帽子、そしてキラキラした表情の女の子。
あたしは目をぱちぱちさせて、信じられないものを見るような目で彼を見た。「マジ?」
彼は、何の問題もないという顔であたしを見た。「彼女が、このゲームで一番強いんだ」
あたしは笑いをこらえた。「可愛いキャラが好きなの?」
「相手の油断を誘う」彼は、こともなげに答えた。
ゲームが始まった。最初のラウンドは激しくて、素早い攻撃を交換し合ったけど、あたしが勝った。
「手、抜いたでしょ?」と疑うように聞いた。
「抜いてない」
その素っ気ない返事にあたしは笑ってしまった。
セカンドラウンド、彼は真剣になった。彼のプレイスタイルが、がらりと変わった。計算された動き、的確な攻撃。そして、気づいた時には、あたしはもう負けていた。
「うそ…」あたしは呟いて、画面を見つめた。
ゆうくんはあたしを見て、ふっと笑った。いつものからかうような笑みじゃなくて、心からの、楽しそうな笑顔だった。
ドキンッ!
あたしの心臓が、ドキンと跳ねた。一瞬、アーケードの喧騒が消えて、彼のそのリラックスした笑顔だけが、そこにあった。
カァーッと顔が熱くなるのを感じた。彼もそれに気づいた。一瞬、何かを理解しようとするみたいにあたしを見つめたけど、すぐに視線を逸らし、指で機械のパネルを軽く叩いた。「最後のラウンドで決めるか?」
「もちろん!」あたしは慌ててそう言って、自分を取り繕った。
結局、彼が勝った。その後も何回か他のゲームで遊び、アーケードの中を探検した。シューティングゲームをしたり、あたしが惨敗したダンスゲームをしたり、ゆうくんが驚くほど集中していた、あの魚釣りのゲームまでやった。
ガチャガチャの機械の横にあるベンチに座って、一休みする。
「やっぱり、可愛いキャラが本当に好きなんだね?」と、からかった。
ゆうくんは腕を組んで、考え込むように前を向いた。「可愛いキャラクターは、いつだって最強なんだ」
「それは、ただ好きだからっていう言い訳でしょ」あたしは笑いながら言い張った。
彼はあたしを横目で見て、ため息をついた。「…たぶんね」あたしは、もっと笑った。
彼がお金を入れると、機械はけたたましいテーマソングを流しながらピカピカと点滅し始めた。黄色いプラスチックの球がコロンと落ちてきて、ゆうくんがそれを開けた。でも、彼の嬉しそうな表情は、すぐにがっかりしたものに変わった。
中には、巨大な剣を持った、金髪ツンツン頭の小さな人形が入っていた。
「あ…これ、もう持ってる。欲しかったのは、赤髪の子なのに…」彼は、明らかにがっかりして呟いた。
「赤髪」と聞いて、あたしの心臓がドキドキし始めた。機械の方に目を戻すと、そこに飾られているキャラクターの中に、その赤髪の女の子がいた。彼女は緑の目をしていて、穏やかな表情で、弓矢を構えていた。
その時、彼は少しだけ違う表情であたしを見た。「君は、本当にゲームが好きだな」とコメントした。
「うん。最近はあまりやらないけど、ずっと好きだった」
ゆうくんは目の前の機械を見つめた。「僕もだ。物心ついた時から、好きだったと思う」
「物心ついた時から?」あたしは、興味津々で聞き返した。
彼は少し間を置いてから答えた。「ああ…あまり自由な時間がなかったから、できる時は、いつもゲームをしてた」
あたしは、うっかり彼の深いところに触れてしまったことに気づいた。
「ゆうくんが学生の頃って、どんな感じだったんだろう」あたしは、少し話題を逸らして言った。
彼は軽く笑った。「たぶん、今と同じだよ。でも、もっと忍耐力はなかったな」
「もっと忍耐力がない?そんなこと可能なの?」と、冗談を言った。
彼は肩をすくめた。あたしたちの間の沈黙が、心地よかった。あたしはベンチに寄りかかり、キラキラ光る機械を眺めていた。
「楽しかった」と、あたしは小さく言った。
ゆうくんはあたしを見た。「ああ」と、彼はためらうことなく同意した。
心臓が、また速くなった。あたしは前を向いて、彼を見つめたい衝動を必死に抑えた。もし今、彼の顔を見たら、この一瞬がどれだけあたしにとって大事か、バレちゃう気がしたから。
やっとアーケードを出ると、空はもう暗くなり始めていた。
「そろそろ、みんなを探した方がいいかも」あたしは言った。
「そうだな」彼は同意したけど、遠くまで行く必要はなかった。遠くから、甲高くて、少しも控えめじゃない声が、あたしたちを呼んだ。
「はるちゃん!兄上!」フラヴちゃんが、向こうで手を振っていた。
あたしは、ゆうくんを追い越さんばかりの勢いで、彼女の方へタタタッと駆け出す。でも…彼女にたどり着く前に、何かがあたしを立ち止まらせた。
心臓が速く脈打ってる。胸が重い。アドレナリンなのか、それとも恐怖心があたしを引き戻しているのか分からなかったけど、なぜか、このチャンスを逃すわけにはいかないって感じた。だから、あたしは振り返った。勇太くんは、困惑した様子であたしを見ていたけど、何も言わなかった。
オレンジ色の夕日が、彼の姿の輪郭を際立たせる。彼の疲れた、でも常に注意深い眼差し。彼の気だるそうな、でも、同時にそこにいてくれる存在感。
あたしは深呼吸して、勇気が消えてしまう前に、言葉を放った。
「あたしたちの立場を考えたら、本気にしないって分かってる」声が少し震えたけど、続ける。「何かしてほしいなんて思ってないし、期待もしてない。でも…あたし、勇太くんのことが好き!」
彼の反応を待たなかった。
あたしはくるりと背を向けると、胸の中で心臓が爆発しそうなのを感じながら、みんなの元へ走った。
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竹内勇太
太陽が地平線に沈みかけ、空を黄金色とオレンジ色に染めていた。その柔らかな光が彼女の顔を照らし、繊細な輪郭と、エメラルドのように輝く緑色の瞳を際立たせる。
花宮さんは俺の前に立ち、一瞬ためらってから、こちらを向いた。
「あたしたちの立場を考えたら、本気にしないって分かってる…何かしてほしいなんて思ってないし、期待もしてない。でも…あたし、勇太くんのことが好き!」
息が、止まった。彼女の言葉が頭の中で反響するが、俺の目は彼女の表情に釘付けになっていた。それはただの告白じゃない。衝動で口にした言葉でもない。花宮さんは、俺に拒絶される可能性を知りながらも、それでも、言う勇気があったんだ。
今までにも、こ、告白されたことはあった。彼女以来も、何人かいた。興味を持った女、近づこうとした女、好きだとさえ言った女も。だが、どうでもよかった。応えられないことへの、軽い煩わしさしか感じなかった。
だが、今は…
胸が、締め付けられる。
(クソが…)
俺はまだ彼女を見ていた。表情は読み取れないはずだ。だが、俺の中では、何かが、あるべきではない形でざわついていた。もう捨て去ったはずの、何かが。
花宮さんはさらに顔を赤らめ、視線を逸らすと、返事を待たずに、みんなの元へ走っていった。
俺は立ち尽くし、夕暮れの光の熱を感じていた。
(やべぇぇぇ…俺は…恋をした…)
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夜になり、街灯の弱々しい黄色い光が通りを照らしていた。俺たちは全員で公園を出るところだった。その時、アレクサンダーとミツキちゃんが選挙について何か話しているのが聞こえた。(まだその話か?まあ、無理もない。学校が戻れば、あいつらは山ほど仕事があるだろうからな。)
だが、その会話の中の何かが、俺の注意を引いた。ミツキちゃんが、フラヴィアンが最後に椿さんを攻撃したやり方が気に食わない、と言っていた。アレクサンダーも同意していた。彼は、それが彼女が勝つための唯一の方法だったと言い続けた。そして、俺が予期していなかったことを口にした。
「正直に言うと…彼女のクラスにいる部活の先輩たちから聞いたんですけど」彼の目が細められた。「彼女、選挙に負けてからずっと静かで『落ち込んでる』みたいなんです」
ミツキちゃんは無関心を装ってはいなかった。明らかに椿さんのことを良く思っていない。だが、アレクサンダーは続けた。
「これについてどう思うべきか、僕には分かりません。ある意味、どうでもいい。でも、彼女の弱みを全部調べ上げたのは僕なんです」彼は、罪悪感を顔に浮かべて、上を向いた。「僕にも責任があるんじゃないかって、考えずにはいられないんです…」
「アレクサンダー、こっちへ来い」俺は声をかけた。彼は驚いてこちらを向く。ミツキちゃんは心配そうに見ていた。
「はい、兄上」彼は、俺のそばへやって来た。
「待て。他の奴らが離れるまで、少し待て。お前と二人だけで話したい」
「別の時じゃダメなんですか?」彼は、イライラした顔で言った。だが、その苛立ちは一瞬で消えた。俺が真剣な表情と、揺るぎない眼差しで彼の方を向くと、それが大事な話だと分かったようだ。
「椿理香の『弱み』について、全部話せ」
彼の青い瞳が見開かれた。「それが選挙に何か影響するんですか?それとも、僕、怒られるんですか?」彼は、髪で目が隠れるように俯いた。
「いや、だが、それについて知る必要がある」
「分かりました…」彼は横に視線を逸らし、それから俺の目をまっすぐに見た。「少し前のことですが、母さんの会社が、椿先輩の家が経営してる会社を買収しようとしてたみたいなんです。それで、二つの会社の間で、色々と緊張が走って…特に、彼女の家族の中では」
ドクンッ!
俺の目は見開かれた。記憶が、稲妻のように俺を撃ち抜いた。公園での、木村の声。一つの名前。「武田将吾。」
アレクサンダーは続けた。「姉上が、それを選挙活動で使えるかもしれないって思ったんです。でも、彼女にあれほど影響するとは思わなかった。彼女だって、姉上にほとんど同じことをしたのに」
「そうか」
(…そういうことか。これで、全てが繋がった。)木村が言っていた『上流階級の誰か』。奴が言っていた契約者の名前。神未来と椿グループの間の緊張。ありえない…だが、これしか説明がつかない!
「兄上!」アレクサンダーの声が、俺の思考を断ち切った。彼を見ると、その表情は真剣で、少し心配そうだった。
「どうした、アレックス?」
彼はためらい、唇が震えた。だが、ついに口にした。
「兄ちゃん…また『あれ』、やるの?」
その言葉は、どんな刃よりも深く、俺を切り裂いた。たぶん、俺の表情か、彼を呼び止めたやり方で気づいたんだろう。もっと慎重になるべきだった。たとえ、弟が相手でも。
「いいや」俺は答えた。
「兄ちゃん、昔から嘘つきだもん」
俺は、呆気にとられて、言葉も出なかった。
「その通りだ。だが、今回は本当に『あれ』には戻らない。もう、どこにも行かない」俺はあいつの髪を軽くくしゃくしゃにした。「行こう。まだ、お前のカタツムリの飼育小屋作り、手伝わないといけないんだろ?」
彼の肩から力が抜けるのが見えた。だが、フラヴィアンとは違い、アレックスは他の兄弟たちと同じように、感情を表に出さない。
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夕日が地平線で血のように滲み、かつて活気に満ちていた公園は、今や長く憂鬱な影に覆われ、静まり返っていた。即席のグループのメンバーたちは一人、また一人と別れを告げ、その声は夕暮れの冷たいそよ風に消えていく。俺も帰りたかったが、何かが俺をその場に縛り付けていた。
花宮さんは、ほとんど反射的に、さっと手を振って別れを告げた。さっきまで意地っ張りな勇気で輝いていた彼女の緑色の瞳は、今や俺の顔以外の、地面のどこか一点をじっと見つめている。明らかに緊張していた。俺たちの視線が交錯しそうになるたび、彼女は瞬時にそれを逸らす。そして、気づかないうちに、俺も同じことをしていた。
(なぜだ?なぜ、俺は視線を逸らしている?)
(以前は単純だった。生徒と教師。問題と解決策。だが、今は…違う。)
俺はもう答えを知っていたが、それを認めることは、まだ覚悟のできていない、ある種の敗北だった。
「よう、ユウくん…」
斎藤の声が、俺をトランス状態から引き戻した。隣には、知り尽くした悪戯っぽい笑みを浮かべたあいつがいた。
「あれ、一体何だったんだ?お前と花宮さん、二人きりでゲーセンに、お化け屋敷でのロマンチックな散歩は言うまでもなく…」
俺は長く、聞こえるほどの溜息をつき、極上の退屈そうな顔を作った。
「黙れ、斎藤」
「はいはい」あいつは降参するように両手を上げた。「でもよ、マジな話、お前がそんな顔してんの、初めて見たぜ。この旧友からの恋愛相談でもいるか?」
あいつの声が、遠いノイズになった。俺の頭の中の盤上が、一瞬彼女に占領されていたが、今や再構成されていく。駒が元の位置に戻り、アレクサンダーが掘り出した情報によって、すべてが動き出す。パズルに欠けていた、決定的なピース。
(企業間の緊張。俺の家族の会社、神未来が、椿テックに対し敵対的買収を仕掛けている。水面下での、企業戦争だ。)この戦争のシナリオで、黒幕は誰だ?誰が混乱から利益を得る?
記憶が、ガラスの破片のように鋭く、俺を襲った。数週間前の公園、木村。屋台の油の匂い、その下に隠された捕食者のような、あいつの気楽な態度。
「名前が必要だ、木村。黒幕の」
奴は爪楊枝を口の端で転がしながら、笑った。「おやおや、勇太くん。焦りは禁物ですよ…ですが、まあ、あなたがそう強くお望みなら…酒井家の会社に潜入していた時に、一つの名前を手に入れました。武田将吾 。」
「それだけか?漠然としすぎている」
「僕が持っているのは、それだけです。幽霊ですよ」
(幽霊。顔のない、繋がりのない名前…今までは。)
そのイメージが消え、別のが浮かび上がる。俺のアパート。薄暗い光、古いコーヒーの匂い。
「もう一つ、情報があります」奴は、俺の机にファイルを投げ捨てながら言った。「重要ではないかもしれませんが…あなたの親戚が亡くなりました。酒井将真。」
「将真…?知らないな」
「あなたの大叔父、酒井連二郎の息子さんです。聞くところによると、勘当されたとか。ファントムと関わりがあったそうで…交通事故で亡くなりました。」
その時、俺はその情報を捨てた。ろくに知りもしない親戚、俺の問題じゃない、と。だが今…企業間の戦争という文脈の中で、二つの点が繋がった。影で動く黒幕と、攻撃側の家族の、「偶然の」犠牲者。勘当され、ファントムと繋がり、見捨てた家族に深い恨みを抱く男。失うものが何もない男。そんな男なら、復讐のためなら、どんなことでもするだろう。
自分の死を偽装することさえも。
俺の脳が高速で回転し、名前を重ね合わせた。
(武田将吾…酒井将真…)
(将吾… 将…)
(将真… 将!)
同じ漢字だ。
俺の目は見開かれた。右手が、口から漏れそうな息を抑えるように、強く口元を覆った。周りの声が、鋭い耳鳴りの中に消えていく。
偶然じゃない。
(奴だ。将真は自分の死を偽装したんだ。勘当され、見捨てられた家族に復讐するために。そして今、武田将吾という名を使い、椿テックを操り、企業間の戦争を個人的な復讐の隠れ蓑にしている。黒幕、敵は…将真だ。)
「おい、勇太?」斎藤が俺の肩を抱き、現実に引き戻した。彼の声は心配そうな囁きだった。「おい、どうしたんだよ?」
俺は前を見た。グループの全員が、困惑と心配が入り混じった表情で俺を見つめている。無視した。斎藤の腕を振り払う。
「やることがある」
皆に背を向けたが、その視線は背中に突き刺さるようだった。あの四人。
斎藤。その悪戯っぽい目が、今は真剣で鋭い。何も知らずとも、唯一理解している男。
花宮さん。心配しすぎている。まるで、俺が気づいたことを、彼女も察したかのように。
アレクサンダー。その青い瞳が、分析するように細められている。賢い駒。
そして…フラヴィアン。唇が震え、その目は静かな恐怖に大きく見開かれている。自分のゲーム盤への脅威を、敵を見ずして感じる女王。
(こいつらのことは後だ。今は…)
俺は携帯を取り出し、記憶している番号をダイヤルした。数回のコールの後…
「もしもし、勇太くん?」桜井さんの落ち着いた声が聞こえた。
「全員を学校に集めてください。今すぐに!」
一瞬の沈黙。彼女の声のトーンが、即座に警戒態勢に変わるのを感じた。「理由を伺ってもよろしいかしら?」
「敵を見つけた。」




