第1話 「予期せぬ依頼」
花宮陽菜
掲示板の前には、不安げな生徒たちがぎっしりと群がっていた。空気は緊張と安堵が入り混じったもので、誰もが自分の名前と点数をそのリストで確認している。多くの者にとって、この瞬間が夏休みを安らかに過ごせるか、それとも絶対的な苦痛の補習で過ごすかを決めるのだ。
そして、あたしたち四人――フラヴちゃん、直美ちゃん、魁斗くん、そしてあたしが、その巨大な名前と点数のリストを睨みつけていた。
「んー、あちしは合格っと」直美ちゃんが最初にコメントし、腕を組んで溜息をついた。「まあ、余裕だったけど…それでも、自分の名前がそこにあると、ちょっとホッとするっしょ。」
隣にいたフラヴちゃんは、リストに無関心な視線を送った。「あなたが合格するのは当然ですわ、直美ちゃん。ですが、ご心配なく。このチームはわたくしが背負って差し上げますから。」
自分の結果をもう見ていた魁斗くんは、大勝利を祝うかのように腕を上げた。「俺も合格だ!だから、約束通り、アレクサンダーにマンガを山ほど買ってやるぜ!」
「プライオリティ、ね、魁斗くん」と直美ちゃんは、呆れて目を回した。
彼らが話している間も、あたしは自分の名前を探し続けていた。
「はるちゃん、リストの最後の方を直接見た方が早いと思うけど」と直美ちゃんが、からかうような口調で提案した。
あたしは彼女の方を向き、侮辱されたように言った。「どういう意味よ?!あたし、そんなに悪くなかったもん!」
フラヴちゃんは、あたしを見もせずに、さりげなく同意した。「直美ちゃんにも一理ありますわね。」
魁斗くんが笑いを堪えようとしている間、あたしは二人をキッと睨みつけた。
憤りを飲み込み、最後の順位に目を走らせた…そして、ついに自分の名前を見つけた。
(花宮陽菜 – 合格)
そして、あたしは点数を見た。502点。
「に、二点差…」あたしは呟き、体がガクガクと力を失いそうになるのを感じた。
「ほらね、リストの最後じゃなかったけど、そう遠くもないじゃん」と直美ちゃんが、あたしの肩越しに結果を覗き込みながら言った。
「ギリギリで補習回避…」あたしは深呼吸して、自分を落ち着かせようとした。危なかった…でも、合格だ。
「そういえば…」魁斗くんが話題を変え、リストの一番上を指差した。「フラヴィアンさんが一位じゃないか!おめでとう、会長!」
「さすが、あたしたちの新会長だね」と直美ちゃんが、微笑みながら付け加えた。
フラヴちゃんは、まだ腕を組んだまま、それが些細なことであるかのように片方の肩をすくめた。「まあ、当然のことですわ。生徒会の会長が平凡な順位では格好がつきませんから。」
直美ちゃんは目を細めた。「あんた、そのためにめっちゃ勉強したわけ?」
フラヴちゃんは微笑んだ。「いいえ。」
あたしたち三人は、彼女をじーっと見つめた。
「どういう意味よ、『いいえ』って?!」あたしは信じられないというように尋ねた。
「わたくし、中学Ⅱ年生の時から勉強しておりませんの」とフラヴちゃんは、さりげなく答えた。
直美ちゃん、魁斗くん、そしてあたしは、純粋な混乱の眼差しを交わした。
「中学Ⅱ年生からってどういうこと?!じゃあ、どうしてそんなにいい成績取れたの?!」あたしは、軽い絶望が込み上げてくるのを感じながら尋ねた。
フラヴちゃんは溜息をつき、髪を後ろにやった。「試験の前日に勉強しただけですわ、当然でしょう。」
「当然?!」
*(なんてイラッとする天才なの?!)*あたしはゆうくんの家で勉強していた時のことを思い出した。フラヴィアンは、本気で勉強するよりも、他人をからかうことに時間を費やしていた。
「てことは、あちしたちが苦しんでる間、あんたはただあちしたちをからかってただけってこと?」と直美ちゃんがブツブツ言った。
フラヴちゃんは無邪気に瞬きした。「わたくしは自然に知識を吸収しますの。勉強はわたくしにとって不要な努力ですわ。」
「今まで聞いた中で、一番ムカつく言葉だわ」と直美ちゃんは呟いた。
「椿さんは?」とあたしは、直美ちゃんが本格的にキレる前に、話題を変えようとして尋ねた。
直美ちゃんは再びリストを見て、指差した。「二位だって…しかも、僅差で。」
フラヴちゃんは直美ちゃんの視線を追い、自分の名前のすぐ下に椿理香の名前を見て、目を細めた。
「彼女、あなたのすぐ後ろにつけてるじゃん」と直美ちゃんがコメントした。
フラヴちゃんは腕を組み、優越感を示す小さな仕草をしたが、同時に、その表情にはイライラの棘があった。
「ふん…頑張ったようですわね。ですが、結局はわたくしの後ろですわ。」
彼女は口の端で微笑んだが、そこに少しの不快感があることに、あたしは気づいた。
「まあ、どうでもいいわ。大事なのは、やっと終わったってこと…」
あたしは溜息をつき、あれだけの緊張の後で体がリラックスしていくのを感じた。
自分が合格したという確認で、肩から大きな重荷が下りた。でも、その安堵感を本当に味わう前に、新しい声がした。
「おやおや…では、合格したのですね、花宮先輩。」
あたしが振り返ると、星野光希が掲示板にもたれかかり、腕を組んで、挑発的な笑みを浮かべていた。彼女の隣には、アレクサンダー・シルバーハンドが、どこか無関心にリストを眺めている。
「ギリギリだったけどね…」とあたしは認め、まだ息を取り戻そうとしていた。
「ほんと、ギリギリ」と直美ちゃんが、あたしの状況をまだ楽しんでいる。
星野さんは微笑んだ。「まあ、それは、次の学期もあなたのことを花宮先輩と呼べるということですね。もし補習にでもなっていたら、ただの花宮さん、としか呼びませんでしたから…」
彼女は明らかに、あたしをからかって楽しんでいた。でも、少なくとも、今回は純粋な意地悪ではなかった。
「椿は二位か…」アレクサンダーが掲示板を見ながらコメントした。「今頃、ギリギリと歯ぎしりしてるだろうな。」
「させておけばいいのですわ」とフラヴちゃんが、勝利の口調で言った。「これは二重の勝利ですもの。」
「二重?」とあたしは、片眉を上げて尋ねた。
「選挙に勝ち、成績でも彼女を打ち負かしましたの」彼女は自信満々に微笑んだ。「会長として、これ以上何を望むというのです?」
「謙虚さ?」とアレクサンダーが提案した。
フラヴちゃんは即座に弟の方へ頭を向け、彼の頬をぷにっとつねった。
「やっ!やめろ、やめろ!降参だ!」
星野さんは溜息をついた。「あなたたち兄妹は、本当に面白いですわね…」
みんなが笑い、話していると、よく知る人影が近づいてきた。ゆうくんだった。
「君たち、まだここにいたのか?」彼は、ブレザーのポケットに手を入れ、グループ全員が揃っているのを見て、少し驚いたように尋ねた。
「試験が終わったお祝いしてんの」と直美ちゃんが、腕を組んで答えた。
ゆうくんはリストを一瞬見て、溜息をついた。「花宮さん、どうやらギリギリで生き残ったようだな。」
あたしは恥ずかしくて頭を下げた。「思い出させなくてもいいのに…」
「田中もだ」とフラヴちゃんが指差し、魁斗くんは気まずそうに笑った。
「君は、フラヴィアン、一位だったな」ゆうくんは、年長のシルバーハンドを見ながら続けた。「おめでとう、会長。」
フラヴちゃんはプライドに満ちて、頭を上げた。「当然の結果ですわ。」
「勉強もせずにね」とあたしは、ぶつぶつと付け加えた。
ゆうくんは笑った。「驚きはないな。」
そして、彼の視線はアレクサンダーに落ちた。「で、君はどうだったんだ?」
アレクサンダーは肩をすくめた。「僕のクラスでは二位だった。」
ゆうくんは眉を上げた。「一位じゃなかったのか?」
少年は腕を組み、イライラしていた。「取ろうとしなかったわけじゃない。」
「ついに誰かが君を打ち負かしたのね?」とフラヴちゃんがからかった。
「藤堂さん…」アレクサンダーは一呼吸置いて、悔しそうに言った。「彼女に一位を奪われた!」
それまでただ楽しそうに見ていただけのゆうくんが、スッと微妙に変わった。彼の表情が、より集中したものになる。
「藤堂光、か?」と彼は尋ねた。その声はニュートラルだった。
一瞬、彼の黄色い瞳が遠くを見つめているように見えた。まるで、その名前が、そこにいる誰もが知らない重みを持っているかのように。
彼はそれからハッとして我に返り、弟を見て、控えめな笑みを浮かべた。「まあ、少なくとも、これで次の学期の目標ができたな。」
「で、星野さんは?」と直美ちゃんが、星野さんを見ながら尋ねた。
少女は自信に満ちた笑みを浮かべた。「三位ですわ。」
「おぉ…」フラヴちゃんは感心して微笑んだ。「では、わたくしの弟の一位の座を奪ったのは、あなたではなかったのですね?」
星野さんは笑った。「そうできたら良かったのですが、違いますわ。」
ゆうくんはアレクサンダーくんの肩を軽くポンと叩き、みんなの注意を引いた。
「まあ、みんな合格したんだ。つまり、これで夏休みを楽しめるということだ」と彼は言った。「だから、楽しんでこい。」
フラヴちゃんは微笑んだ。「もちろんですわ。」
アレクサンダーは兄を見上げた。「で、兄さんは夏休み、何するの?」
ゆうくんは口の端で笑った。「君には関係ない。」
そして、こうして、試験はついに終わった。夏休みが、始まった。
___________________________________________________
夏休み、初日。
いつもなら、ベッドでゴロゴロしながらポテチでもかじって、漫画を読みふけってるはずなのに。でも、今日のあたしにはミッションがあった。
――なんて、思ってただけなんだけど。
学校での一件以来、ゆうくんからの連絡はぱったりと途絶えた。メッセージも、指示も、何にもない。完全に放置プレイされてる。
あたしは寝返りを打って、枕をぎゅっと抱きしめながらスマホを手に取った。ゆうくんとのトーク画面を開く。バカみたい。彼がマメに連絡してくるタイプじゃないって、分かってるのに。それでもスマホを手に取るたびに、「おはよ」とか「何してる?」ってメッセージを送りたくなる衝動が、もう我慢できないくらいにこみ上げてくる。
でも、いざ送信ボタンを押そうとすると、指がピタッと止まっちゃうんだ。
はぁーってため息をついて、スマホを放り投げ、天井を睨みつけた。何かしないと…
ブーッ!
スマホが震えた。心臓が止まるかと思った。ドキッ!
慌てて飛び起きたせいで、スマホがベッドから転がり落ちそうになる。もしかして、彼…?ゆうくんが、やっと…?
でも、画面に表示された名前は、違った。
Renjix_-:よう、花宮さん。今、忙しいか?もし暇なら、ちょっと付き合ってくんない?
あたしはぱちぱちと瞬きして、頭を整理しようとした。斎藤さん?あたしを誘ってる?
メッセージを打ち込んでは消し、を三回くらい繰り返して、やっと送信した。
ハル〜(≧ω≦):え?えっと…何かあったんですか?
返信は、すぐに来た。
Renjix_-:いや、別に?ただ、ちょっと話したいことがあってさ。どうだ?
眉をひそめる。斎藤さんが、いきなりあたしを誘うなんて。ほとんど直接話したこともないのに。
でも…このまま天井を眺めて一日を終えるよりは、マシか。
ハル〜(≧ω≦):いいですよ。どこで会いますか?
___________________________________________________
カフェの中は静かで、コーヒーの香ばしい匂いがふわりと漂っていた。黄色っぽい照明が、なんだか落ち着く。でも、あたしは一人、ソワソワしていた。
目の前に座る斎藤さんは、コーヒーカップを片手に、ぼーっと窓の外を眺めている。黒のロンTにダークジーンズっていうシンプルな格好が、彼のリラックスした雰囲気に合っていた。少し癖のある明るい茶髪が、照明の下でキラキラ光って見える。その強い茶色の瞳は、少し赤みがかって見えた。
思っていたより、沈黙が長い。あたしは耐えきれなくなって、アイスコーヒーのストローをカチャカチャといじった。
「あの、どうしてあたしをここに、斎藤さん?」
彼はやっと窓から視線を外し、あたしを見て小さく笑った。
「もしかして、あたし、斎藤さんに何か借りでもありましたっけ?」
あたしはジト目で彼を見た。「あたしの知る限り、ないですけど。」
彼はクッと笑うと、折りたたまれた紙をテーブルの上でスッとあたしの方へ滑らせた。
「じゃあ、これ、手伝ってほしいんだ。」
紙を受け取って広げる。リストに並んだ名前は、全員見覚えがあった。フラヴィアンさん、アレクサンダーくん、魁斗くん、直美ちゃん、星野さん…そして、あたしの名前。
「これって…?」
「友美さんに、このメンバーを集めてくれって頼まれたんだ。」
あたしはじーっと彼を見つめた。「何のために?」
斎藤さんは肩をすくめた。「さあな。俺にも分かんねぇ。ただ、勇太には絶対に言うなってことだけは確かだ。」
あたしの目がカッと見開かれた。「どうしてですか?」
「それも、知らねぇ」彼は笑って、コーヒーを一口飲んだ。「俺はただ、言われた通りにしてるだけだ。」
その答えに、あたしの疑いは深まるばかり。「…なんか、怪しいですね。」
「俺もそう思った」彼は身を乗り出した。「でも、友美さんだぜ?もし本当にヤバいことなら、あんたたちを巻き込むとは思えねぇ。」
あたしはため息をついて、紙に視線を落とした。「分かりました…何とかしてみます。でも、どうしてあたしに?」
「フラヴィアンとアレクサンダーが、俺のメッセージをガン無視してんだよ」彼は説明した。「で、あんたが他のメンバーと一番近いだろ。その方が早いかと思ってな。」
あたしはぷくーっと頬を膨らませた。「あたしが、すごい人気者みたいに言わないでください…」
「違うのか?」
「そ、そういうわけじゃ!」
斎藤さんはまた笑った。あたしの反応が、最高に面白いみたいだ。「まあ、呼びたきゃ呼べばいいし、無理ならそれでも構わねぇよ。」
返事をしようとした時、ふと頭にあることがよぎった。恵さんの誕生日パーティー以来、あの二人の間に何か奇妙な空気を感じていた。どこか、よそよそしい…
もしかして、まだ付き合ってるのかな?聞いたら、お節介かな?でも、今聞かなかったら…
あたしは下唇をキュッと噛んだ。好奇心には勝てない。ふぅーっと深呼吸。「あの、斎藤さん。一つ、聞いてもいいですか?」
「ん?」
「あたし、誰かが何かを抱えてる時って、分かるんです」あたしは切り出した。彼の視線があたしに集中する。「あなたと、恵さん…パーティーの時、様子が変でした。喧嘩でもしたんですか?」
斎藤さんは数秒、黙っていた。「…喧嘩はしてねぇよ。」
「じゃあ…何があったんですか?」
彼はため息をついて、視線を逸らした。「俺と恵は…もう、ほとんど終わってんだ。」
「え…?」胸が、ズキンと痛んだ。
「複雑なんだよ」彼は、疲れたように笑った。「まだ一緒に住んでるけど…ただ、それだけだ。」
あたしは、何て言えばいいか分からなかった。
「すみません…」
「謝んなって。もうとっくに終わってるはずの関係を、ダラダラと引きずってるだけだから。」
「…辛いでしょうね。」
「まあな」彼は認めた。「でも、人生ってそんなもんだろ。」
あたしは唇を噛み、ためらった。「勇太さんは…知ってるんですか?」
彼は笑った。「当たり前だろ。あいつは、俺より先に気づいてたぜ。」
だろうね。ゆうくんは、いつも全部お見通しなんだから。
「ゆうくん、二人のこと、心配してると思います。」
「ああ、してるな。」彼は一瞬あたしを見て、その笑顔がもっとからかうようなものに変わった。
「で、あんたはどうなんだ、花宮さん?」
「あたし…?」
「ゆうくんのこと、マジで好きだよな?」
あたしの脳がフリーズした。持っていたストローが手から滑り、ポチャンと音を立ててグラスに落ちた。
「な、な、何言ってんのよぉ?!」
彼はあたしの過剰な反応に笑った。「落ち着けって。別にパニックになることねぇだろ。」
「あたし、別にパニックになってないし!」
「なってるね。」
あたしは腕を組んで、顔が燃えるように熱くなるのを感じた。斎藤さんは椅子に寄りかかり、まだ楽しそうにあたしを見ている。
「勇太は、俺にとっては弟みたいなもんだからな。お前たちがくっついたら、お前は俺の妹分ってことだ。」
あたしは危うくゲホッとむせるところだった。「い、妹分?!」
彼はさらに笑った。「兄貴ができるってアイデア、気に入らなかったか?」
あたしは数回ぱちぱちと瞬きして、その言葉を処理した。
「あたし…その…ずっと、欲しかった、です」と、恥ずかしそうに呟いた。
彼はあたしの髪をわしゃわしゃと撫でた。あたしは、さらに顔を赤くする。
「なら、俺に任せとけ。」
あたしは彼を見て、驚いた。紙をしっかりと握りしめ、決意を固めて頷いた。
「はい、みんな、集めてきます。」
斎藤さんは、満足そうに笑った。「よし、いい子だ。」
あたしはため息をついて、カフェの外を見た。友美さんが何を企んでいるのかは分からない…でも、なんだか、面白くなりそうな予感がした。




