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第7話「盤上の駒たち」

竹内勇太


 二階の廃教室の静寂が、俺の新しい聖域だった。机の上には埃がふわりと舞い、曇りガラスの向こうの光は灰色で、まるで世界が色を失ったかのようだった。俺は教卓に座り、足を組み、頭の後ろで腕を組んで、天井のひび割れを眺めていた。俺の完璧な隠れ家。…のはずだった。


 カチッ。


 木村…奴の言葉が、頭の中でずしん、ずしんと重い太鼓のように響いていた。『上流階級の誰か』。大した情報じゃないが、ゼロでもない。そして、開盟高校という場所を考えれば、妙に納得のいくヒントだった。


 ふと、あの夜の記憶が、望みもしない鮮明さで蘇る。斎藤といつも会う広場。屋台のじいさんの店が、暗い通りでポツンと灯台のように光り、黄色い光が熱い油と肉の焼ける匂いと混じり合っていた。俺は木のベンチに座り、無造作な団子頭で、指輪がカチカチとテーブルに当たる音を立てていた。革のブレスレットがランプの光を反射し、膝の上の緑のブレザーが、いつもより重く感じられた。


 木村はゆっくりと現れ、どさっと隣のベンチにため息と同時に座った。「おっちゃん、一本くれ」と、奴は屋台のじいさんに合図し、口の端を歪めて笑った。


 俺は腕を組み、とっくに尽きていた忍耐を隠そうともしなかった。「それで、何の用だ?」


 奴は背もたれに腕を乗せ、挑発的な視線を向けてきた。「ターゲットについて、少しな。」


 俺は首を傾げ、乾いた声で言った。「さっさと吐くか、それとも勿体ぶるか、どっちだ?」


 木村は爪楊枝を指の間で弄びながら笑った。「リラックスしろよ、勇太。そんなにカリカリしてるとシワが増えるぜ。」奴は自信満々に寄りかかった。「上流階級の誰かだ。」


 俺は目を閉じ、情報を処理する。「開盟は『上流階級』で溢れてる。エリート校ではないが、努力、知性、才能で名声が集まる。何の役にも立たない情報だ。」


 奴は肩をすくめた。「始まりとしては、悪くないだろ?」


 俺はため息をついた。肩にのしかかる疲労。「もっと深く探れ。確かなものが欲しい。」


「ハンバーガーの後でな」と、奴はふてぶてしい笑みで返した。


 俺はじろりと奴を睨み、テーブルに数枚の札を投げた。「俺の奢りだ。」


 木村は片眉を上げた。「おやおや、あの勇太先生が気前がいいとはな。驚きだ。」


「時間を無駄にしたくないだけだ」と呟き、立ち上がった。


「ユウタ!」


 ——パチン。


 現実が、拳のように俺を殴りつけた。俺は教卓から飛びのき、心臓がバクバクと鳴る。目の前には、ほとんど叫ぶような友美ユミがいた。腰に手を当て、その瞳は抑えた笑いでキラキラと輝いている。「また上の空?先輩!わたし、もう五分もここにいますよ。全然気づかないんだから!」


 俺は顔を手で覆い、重いため息が漏れた。「…友美、何の用だ?」


 彼女は埃っぽい机にぴょんと飛び乗り、足を組み、手のひらに顎を乗せた。「別に?先輩が今回、どこに隠れてるか見に来ただけです。意外と…居心地いいかも。ちょっと不気味だけど、落ち着きますね。」


「お前に見つかったなら、この隠れ家ももう終わりだな」と俺はぼやいた。


 彼女は笑った。その声が、誰もいない教室にこだまする。「先輩って、分かりやすいですよね?」


 俺はまたため息をつき、髪を手でかき混ぜた。木村…上流階級。誰だ?


 思考が加速する。椿の副会長、林颯太の名前が最初に浮かんだ。野球部のスターで、将来有望だが、家が特別裕福というわけではない。ターゲットか?可能性は低い。


 次に、俺の弟妹。フラヴィアンとアレクサンダー。「上流階級」は、シルバーハンドと酒井の家を表現するには生ぬるい言葉だ。金、名声、鎖のように重い血筋。これは兄としての直感か?それとも戦略家としての分析か? 心配しているのは事実。だが、その事実が俺の目を曇らせているとしたら?


 俺は頭を振った。思考の軌道を変える。他の裕福な生徒。中村家、ホテルのオーナー。藤本家、製薬会社の跡継ぎ。誰もレッドファントムと繋がりがあるようには見えない。生徒でなければ?教師か?教員に潜入者が?理にはかなっているが、確証がない。ただ、苛立たしい空白があるだけだ。


 ちらりと友美を見る。彼女は携帯をいじり、俺の葛藤には気づいていない。木村のことを話そうか、と考えた。この件を知っているのは桜井さんだけだ。だが友美には…友美には、ゲートを出た彼女なりの理由がある。俺の混沌に彼女を引きずり込むわけにはいかない。それは、フェアじゃない。


 彼女は**パン!**と手を叩き、俺を思考の海から引きずり出した。「ねえ、わたしがここに来たのには、理由があるんですよ?」


 俺は片眉を上げた。彼女は小さな袋をポケットから取り出し、何かを投げてきた。チェスの駒。白いクイーンが、薄暗い光の中でキラリと輝いた。


「これは何だ?」駒を手に取る。冷たく滑らかな象牙の感触。


「竹内さんからのプレゼントです」彼女は目を回した。「先輩に一番似合う駒を渡してこいって言われました。」


「なぜクイーンなんだ?」眉をひそめ、駒を回す。


 友美は腕を組み、退屈そうな視線を向けた。「偉大な戦略家で、いつも最前線で、駒を動かしてドアを蹴破る。どう考えてもクイーンでしょ。」


 俺はふんと鼻を鳴らした。「僕が女だと?」


「バカなこと言わないでください、先輩。クイーンが一番強い駒なんですから」と彼女は言い返し、また目を回した。


 俺は黙って駒を見つめた。友美はため息をついて立ち上がった。「じゃあ、行きますね。ミッション完了。」


 彼女がドアにたどり着いた時、俺は呟いた。「…別の駒でもよかったんだが。」


 何かが俺に向かって飛んできた。二つ目の駒――ビショップ――が俺の額にこつんと当たり、膝に落ちた。「もう、この意地悪!じゃあ、ビショップもあげます!」友美はそう叫び、廊下の向こうへ消えていった。


 俺は静かに笑い、ビショップを拾った。「少なくとも、ビショップの方が僕らしいか…」


 クイーンとビショップ、二つの駒を手に、俺の視線は宙を舞う埃に向けられた。


 俺の頭の中に、盤上が形作られていく。


 駒が、一つ、また一つと、その位置に収まっていく。


 俺は…ビショップ。斜めに動き、予想外の角度から戦場を切り裂く。


 桜井さんは…クイーン。強力で、中心的で、ゲームを支配する。


 斎藤は…ナイト。予測不能で、俺が越えられない障害を飛び越える。


 木村は…ルーク。その道は直線的だが、侮れば危険だ。


 盤上は整った。だが、一つの駒が足りない。


 キングが。


 父の声が、冷たく、正確に、記憶の底から響いてきた。『キングはゲームの心臓だ、ジャック。キングがいなければ、勝利はない。』


 そして、埃っぽい静寂の中、真の問いが、胸を締め付けながら形をなした。


 俺のキングは、誰だ?


 俺の思考は、花宮さんから得た情報に戻った。『赤髪と、黄色の目』。そして、一つの名前が浮かび上がった。


 椿理香。生徒会長候補。赤髪、金色の瞳。彼女は、その説明に完璧に当てはまっていた。名家の出身か?間違いない。上流階級。木村のヒントとも一致する。彼女が最有力容疑者だった。


 だが…もし、それが罠だとしたら?陽動だとしたら?その特徴は具体的だが、唯一無二というわけではない。少し手を加えれば、他の何人もの生徒、卒業生、あるいは教員でさえ、そのプロフィールに当てはまるかもしれない。開盟は広大なフィールドだ。


 学校全体を、目立たない監視下に置くこともできる。全員を守る。それが安全策だ。そして、俺の計画の終わりでもある。防御のみで、攻撃の手段はない。それでは、敵の次の一手を待つだけの、盲目な駒になってしまう。


 違う。俺の戦略は、それではない。守り、そして、攻撃する。


 そのためには、囮が必要だ。保護を集中させるためのターゲットが。そして同時に、捕食者を光の中へとおびき出すための。


 賭けるしかなかった。椿理か。彼女が、現時点での最有力容疑者。敵陣で最も価値のありそうな駒だ。


 俺は、友美がくれなかった白いキングの駒を想像し、それを俺の心象風景の盤上の中央に置いた。


 冷たい笑みが、俺の唇に浮かんだ。


 今のところは、お前が…キングだと、そう賭けてやる。


_________________________________________________


花宮陽菜


 あたしとフラヴちゃんはまだ一年生の校舎をうろつきながら、次のターゲット、宮崎白郎を捜していた。あたしの長くて真っ直ぐな赤髪と、後ろで結んだ紫のメッシュが、ほとんど空の教室を覗き込むたびに揺れる。エメラルドみたいに輝く緑の瞳で、彼がいるかもしれない痕跡を探す。隣のフラヴちゃんは、相変わらずイラッとするほどのエレガンスを漂わせていた。完璧なウェーブのかかった黒髪を肩に流し、ゆうくんみたいに鋭い黄色の瞳は、じっと遠くを見つめている。


「ここにいないね…」あたしは頭をかきながら呟いた。


「ええ、当然ですわ、陽菜さん」フラヴちゃんは腕を組み、上品で、どこか馬鹿にしたようなため息をついた。「彼のような著名なアスリートが、わたくしたちの呼び出しをただ待って、暇にしているとでもお思いですの?」


 あたしはぱちくりと瞬きして、照れ笑いした。「あはは…そりゃ、そうだよね。」


「あなたのその鋭い洞察力にしては、驚くほど注意散漫になることがあるのですね」彼女はフォーマルな口調の中に、いたずらっぽい笑みを隠して言った。


「ちょっと!色々考え事があるだけだってば!」あたしの首で赤い十字架のネックレスが揺れる。


 フラヴちゃんはあたしの言い訳をちらりとも見ずに、くるりと踵を返した。「バレーボール部は専用の体育館で練習していますわ。行きますよ。」


 あたしたちはスポーツ施設に向かって歩き出した。午後の太陽がじりじりと暑い。本館の裏にある静かな広場を通り過ぎる。そこは金色の光に満たされた、まるでオアシスみたいな場所だった。日陰のベンチ、そよ風に揺れる木々、そして中央でこぽこぽと音を立てる噴水。何人かの先生や職員がのんびり話していたけど、あたしの頭の中はただ一つ。「バレー部の体育館って、どこよ?!」


 あたしはベンチにどさっと座り込み、**はぁ〜**と息を吐いた。「この学校、大学のキャンパスみたいに広いんだもん…宮崎くんを見つける前に迷子になっちゃうよ。」


 フラヴちゃんは上品に咳払いすると、遠くに見える黒い窓の建物を指さした。「ちなみに、はるちゃん、あれが開盟の大学のキャンパスですわ。」


 あたしは顔をしかめた。「で、それが何かの役に立つの?」


 彼女はにやりと笑い、黄色の瞳が輝いた。「ただ、知っておいた方がよろしいかと思っただけですの。」


「フラヴちゃん、集中して!」とあたしは唸った。「あなたを教室まで引きずって帰る前に、宮崎くんを見つけないと!」


 まるで宇宙があたしの文句を聞いたかのように、一人の男の子が目の前を通りかかった。太陽の下で雪のように輝く、癖のある白い髪。好奇心にきらめく青い瞳。体育着と肩にかけたタオルが「練習終わり」を物語っている。バレー選手にしては思ったより背が低くて――165センチくらいかな――落ち着いているけど、自信に満ちたオーラがあった。


「あんたたち、俺に何か用?」彼は片眉を上げて尋ねた。


 ピョン!


 あたしは少年漫画の主人公みたいにベンチから飛び上がり、目がキラキラしていた。彼が気づく前に、あたしはもう彼の目の前にいた。「あなたがバレー部の宮崎白郎くんですか?」


「は、はい…」彼はあたしのエネルギーにギョッとして、一歩後ずさった。


「宮崎くん!あたしたちの生徒会候補者リストに入らない?!」あたしは腰に手を当てて、単刀直入に言った。


 彼は目をまん丸にして、顔がクエスチョンマークになった。「え…俺?いや、無理っすよ!練習とか、大会とかあるし…」


 その瞬間、フラヴちゃんがすっと前に出た。彼女は優雅に手を上げ、その佇まいは完璧だった。「ご説明させていただけますか、宮崎くん」彼女の声は柔らかいが、疑いようのない威厳に満ちていた。「わたくしはフラヴィアン・シルバーハンド。生徒会長に立候補しております。」彼女は胸に手を当て、フォーマルさとエレガンスに溢れた仕草で自己紹介した。「あなたに積極的な活動をお願いするつもりはありませんの。著名なアスリートであるあなたの存在そのものが、わたくしたちの理念を強くするのに十分なのですから。」


 あたしはぽかんと口を開けた。うわ、この子、すごい。あたしは興奮して頷いた。「そうそう!たまに顔見せるだけでいいから!」


 でも、その時、何かに気づいた。宮崎くんの顔が、トマトみたいに真っ赤だ。彼は小刻みに震え、その青い瞳は、まるで女神でも見るかのようにフラヴちゃんに釘付けになっている。あれ…もしかして、惚れてる?


 あたしの頭がグルグルと回り始めた。フラヴちゃんの魅力にやられた?!この二人、似合うかも?笑いをこらえるのに必死だった。


 フラヴちゃんはあたしたちの間に歩み寄り、宮崎くんの両手をそっと取った。二人の顔がくっつきそうなくらい近い。「それで、宮崎くん、わたくしたちの提案、お受けしてくださいますか?」


「お、俺は…」彼はごくりと唾を飲み込み、顔が燃えそうだった。「ふ、フラヴィアン先輩のためなら…俺は、なんだってします!」


 彼女はにこりと微笑み、優雅に彼の手を離した。「素晴らしいですわ。あなたのご支援、頼りにしております、宮崎くん。地区大会決勝、頑張ってくださいましね。わたくしたちの勝利も、あなたの勝利にかかっているのですから。」


 フラヴちゃんは自信満々にあたしの方を向いた。「行きますわよ、はるちゃん。まだ整理することがたくさんありますし、宮崎くんは全国大会へわたくしたちを導くために、練習に戻らなくてはなりませんから。」


 あたしが返事をする前に、まだ彫像のように固まったままの宮崎くんの、夢見るような声が聞こえた。


「彼女、地区大会決勝のこと知ってる…運命だ…」


 あたしは彼をじーっと見つめ、脳がフリーズした。「…こいつ、変な奴」と呟いた。でも、その時ハッと気づいた。「待って、フラヴちゃんも大概変な奴だ!」


 あたしはため息をつき、彼女の後を追いかけた。宮崎くんが自分だけのおとぎ話に浸っている間、あたしは一つのことだけを考えていた。フラヴちゃんが指揮を執るなら、椿さんなんかに勝ち目はない、と。


_________________________________________________


 開盟高校の門を出る頃、太陽は地平線に沈みかけ、空をオレンジ色に染めていた。その景色の物悲しさが、あたしの目に映る。隣では、フラヴちゃんが黙って歩いていた。彼女の黒髪が肩にさらさらと流れ、ゆうくんと同じ黄色の瞳は、地面の一点に向けられている。前を歩く魁斗くんは小石を蹴飛ばし、その刈り上げ頭と、どこか寂しげな青い瞳が夕日に照らされていた。


「この選挙、早く終わんねーかな…」魁斗くんが、腕をぐーっと伸ばしながら呟いた。


 あたしとフラヴちゃんは顔を見合わせた。その疲れを感じているのは、彼だけじゃなかった。


「高橋さんのキツいツッコミがねえと、なんか変な感じだな」彼は、また空中の石を蹴った。


 フラヴちゃんは腕を組み、片眉を上げた。「あなたはマゾヒストですの、田中くん?お望みでしたら、彼女の代わりにわたくしがあなたを罵って差し上げますわよ。」


 魁斗くんはにっと挑戦的に笑った。「やってみてもいいぜ、フラヴィアンさん。でも、高橋さんがいなきゃ、やっぱ物足りねえよ。」


 風が木々を揺らし、あたしたちの間に重い沈黙が落ちた。直美ちゃんの不在が、不協和音みたいに心をズキリと痛ませる。


「…彼の言う通りだね」あたしは呟き、首の赤いネックレスが重く感じられた。


 フラヴちゃんはため息をつき、視線を逸らした。「ええ、分かっていますわ、はるちゃん。」


 あたしたちの憂鬱を、一つの声が切り裂いた。「フラヴィアン。」


 前を見ると、アレクサンダーくんがいた。腕を組み、夕日に輝く短い金髪。その青い瞳は真剣だったが、いつものような棘はなかった。「光希が、あんたと話したいってさ。」


 フラヴちゃんの肩がびくっと震え、黄色の瞳が揺れた。でも、彼女はすっと背筋を伸ばし、頷いた。「行きましょう。」


 あたしと魁斗くんは、二人が去っていくのを見ていた。彼らの間の空気がずしりと重い。一秒後、魁斗くんがあたしの方を向き、いたずらっぽく笑った。「尾行、するよな?」


「当たり前でしょ!」あたしは目をキラリと輝かせた。


 あたしたちは忍者のように、そろり、そろりとシルバーハンド兄妹を追跡した。二人が向かったのは学校の図書館。天井に届きそうな本棚が並ぶ、広大なホールだ。大きな窓から午後の終わりの金色の光が差し込み、空気中の埃をキラキラと照らしている。静寂は神聖なほどだったが、あたしの心臓は緊張でドキドキと音を立てていた。


 アレクサンダーくんはドアの前で止まり、フラヴちゃんだけを中に入れた。彼が振り向いて去ろうとした時、あたしたちとばったり鉢合わせした。あたしたちが、まるで何も企んでいない無垢な子羊みたいにニコニコと笑いかけると…


 彼はため息をつき、こめかみを揉んだ。「お邪魔虫さんたちのために、席は用意しておいたよ。魁斗先輩、花宮先輩、どうぞ。」


 あたしはぱちくりと瞬きし、ショックを受けた。「魁斗先輩?いつの間にそんなに仲良くなったの?」


 魁斗くんは肩をすくめて笑った。「勇太先生の家での勉強会からだよ。俺とアレックス、その後ゲーム仲間になったんだ。」


 理不尽な嫉妬があたしの中で爆発した。**ムカーッ!**魁斗くんがユウくんの家にいたことじゃない…ゆうくんのゲーム機で遊んだことが許せない!あたしもやりたい!


 あたしの子供っぽい憤慨が燃え上がる中、アレクサンダーくんはあたしたちを横の入り口から、本棚の間の隠れた一角へと案内した。そこからは、スパイみたいに姿を隠したまま、すべてを聞くことができた。


 星野さんの声が響いた。冷たい。「それで…本当に来たのね。」


 フラヴちゃんが、ためらいがちに答えた。「アレクサンダーが、あなたがお話したいと…」


 バタン!


 本を閉じる音が空気を切った。星野さんが立ち上がる。暗い緋色の髪が肩まで落ち、毛先が内側にカールしている。彼女の紫の瞳が、じろりとフラヴィアンを射抜いた。「『話したい』が正しい言葉かしら。」


 フラヴちゃんは唇を噛んだ。「まだ、私のこと、嫌いなのね?」


「嫌いではないわ」星野さんはため息をつき、腕を組んだ。「でも、許してもいない。」


 沈黙が重くのしかかり、胸がきゅっと締め付けられる。あたしと魁斗くんは顔を見合わせ、息をすることもできなかった。


「あなたは私を利用したのよ、フラヴィアン」星野さんの声は、苦々しかった。「小学校からの友達だった。一緒に笑って、夢を見て。中学校では、あなたのパートナーだと信じさせてくれた。でも、結局、私はあなたの権力ゲームの駒の一つに過ぎなかったのね。」


「ゲームなんかじゃありませんでしたわ!」フラヴちゃんが反論し、その声は震え、黄色の瞳に涙が浮かんでいた。


 星野さんはふんと鼻を鳴らし、その視線は刃物のようだった。「じゃあ何だったのかしら?あなたの家族が反対した時、誰があなたのそばにいた?彼らが正しいと思いながらも、あなたを支えようとしたのは誰?それなのにあなたは、まるで私が悪者であるかのように、私を攻撃した。」


 フラヴちゃんは拳を握りしめ、一筋の涙が目の端で光った。「わたくし…あんなことをするつもりは…」


「でも、したでしょう」星野さんは言い放った。「私を利用し、私を壊し、そして、私を捨てた…」彼女の視線が床に落ちる。


 フラヴちゃんは頭を下げ、その声は囁きのようだった。「わたくしも、そのことで自分を憎みましたわ。あなたが、わたくしのたった一人の、本当の友達でしたから。」


 星野さんの紫色の瞳が、一瞬だけ揺らいだ。「じゃあ、なぜ一度も謝らなかったの?」


 フラヴちゃんは口を開いたが、言葉が出ない。沈黙は、ナイフのようだった。「自分の過ちを認めるより、私を責める方が簡単だったから、でしょう?」星野さんの声は、少し柔らかくなったが、まだ生々しい痛みがこもっていた。


 一筋の涙がフラヴちゃんの頬を伝い、金色の光の中で輝いた。「ごめんなさい」彼女は、途切れ途切れの声で囁いた。「あなたを失いたくなんてなかった…」


 星野さんは永遠に感じるほどの時間、彼女を見つめ、その視線はゆっくりと和らいでいった。そして、ため息をつき、目を逸らした。「…遅すぎたわよ。」彼女の目がフラヴちゃんに戻る。唇に、半笑いが浮かんだ。「馬鹿ね。」


 フラヴちゃんは、弱々しく微笑み、顔を拭った。「あなたはいつも、わたくしに辛抱強かったわね、みちゃん。」


 星野さんは乾いた笑いを漏らした。「それで、このザマよ。」


 新しい静寂が落ちた。もはや重くはなく、ただ物悲しい、悲しい歌のように。星野さんがその沈黙を破った。「あなたをまた友達と呼べるかは分からない、フラヴィアン。でも…この選挙、手伝ってあげるわ。」


 フラヴちゃんは顔を上げ、目を大きく見開いた。「みちゃん…」


「勘違いしないで」星野さんは、あの半笑いのまま言った。「ただ、椿みたいなのに負けるあなたを見るのが、我慢ならないだけよ。」


 フラヴちゃんは笑った。その瞳は安堵に輝いていた。「わたくしもですわ。」


 二人は見つめ合い、星野さんが手を差し出した。フラヴちゃんは一瞬ためらい、そして、その手を固く握った。夕日が二人を照らし、まるでアニメの一場面のようだった。


 あたしと魁斗くんは顔を見合わせ、笑った。心が軽くなった。


 もしかしたら、本当に、ゲームは変わり始めてるのかもしれない。

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