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第2話「選挙」

竹内勇太


 授業が始まる前の職員室は、まるで蟻の巣のようだった。ガヤガヤとした強制的な会話のざわめき、書類がサラサラと擦れる音、そして淹れ直されたコーヒーの香り。俺は隅の椅子にちぢこまり、ただ床が開いて俺を飲み込んでくれればいいと願っていた。無駄なことだ。決してうまくいかない。まるで動物園の檻の中の珍獣でも見るかのように、四方八方から視線がジロジロと突き刺さる。


 問題は俺だった。いや、むしろ俺の見た目か。何人かの女性教師は、まるで俺が手違いで学校に紛れ込んだドラマのアイドルのように、内気で好奇心に満ちた笑みを向けてくる。一方、年配の教師たちは、俺が不良グループか、もっと悪ければヤクザの一員であるかのように睨みつけてくる。本気で、俺はこれに値するようなことをしたか?ただ一日、注目の的にならずに生き延びたいだけなのに。


「プフッ…」


 俺の向かいに座っていた友美が、頬杖をつきながら笑いをこらえた。彼女の青い瞳は、俺が苦しんでいる時にだけ見せる、あのサディスティックな楽しみにキラキラと輝いていた。


「やめろよ」と俺は呟いた。顔が不快感でカッと熱くなる。


「あら、何のことですの?」彼女は、これから悪だくみを披露するかのようなアニメの悪役のように、にやりと笑みを広げて答えた。友美は、俺のだらしない存在とはイラッとするほど対照的に、さりげない完璧さの化身だった。ウェーブのかかった短い青髪、校則を破らずしてお洒落に見せるスカートとブレザー、そして努力せずとも私はすごいと叫んでいるオーラ。


 一方の俺は、ぐちゃぐちゃのお団子頭に緑のメッシュが覗き、ブレザーは開けっ放しで袖をまくっている。(精神的に辞職願を出せないものか?)


 石田先生——白髪交じりの茶髪を持つ英語教師——が、コホンと咳払いをした。「桜井さん」と、彼は校長を呼んだ。彼女はテーブルの横に腕を組んで立っており、その緋色のブレザーは警告信号のように輝いていた。「生徒会選挙の件ですが…」


「うむ?」桜井さんは片眉を上げた。その眼差しは、空気を切り裂くほど鋭かった。


「例年通りでよろしいのですかな?」と、彼はためらいがちに尋ねた。


「うむ」彼女は静かに、しかし部屋を緊張させる重みのある声で答えた。「じゃが、担当の教師は変わる」


 教師たちはびくびくと顔を見合わせた。俺の胃のあたりに、嫌な予感がずきっと走り始めた。


「生徒会の担当?悪魔と契約するようなものだよ」と、友美が俺に囁いた。


「だろうな…」と俺は呟いた。


 高橋先生が、完璧なピンクサーモンのボブカットで、腕を組んだ。「それで、担当はどなたが?」その口調は、砂漠のように乾いていた。


 桜井さんは微笑んだ。その目に、俺は確かに悪意の輝きを見た。


「勇太くんに決まっておる」


 世界が止まった。全ての視線が俺に突き刺さる。俺の脳が悲鳴を上げた。エラー404:システムオーバーロード。


「…は?」


 友美は唇をぎゅっと噛み、窒息しそうなほど笑いをこらえていた。裏切り者め。


「桜井さん」俺は、感じているほどの絶望を声に出さないように努めながら立ち上がった。「私は社会交流の一環としてここにいる身です。そのような任務をこなす時間も、資格もないかと存じます」


「案ずることはない、勇太くん」桜井さんは、笑みを広げて言った。「給料を上げてやろう」


 俺のプライドと拒絶は、一瞬にして蒸発した。脳より先に、経済的生存本能に突き動かされて体が動いた。俺は、まるで人生がかかっているかのように、九十度の角度でお辞儀をした。


「生徒会の担当として、最善を尽くします!」


 部屋は衝撃の静寂に包まれ、その後、罰から逃れられたことに安堵した他の教師たちのほっとしたため息が続いた。しかし、友美は爆笑した。


「お金で簡単に釣れるんですね、先輩!」


 俺はまだお辞儀をしたまま、囁き返した。「エージェントとして貯めていた金が、底をつきかけてるんだ」


 彼女は目を丸くした。「誰も高いアパートを借りろなんて頼んでませんよ」


___________________________________________________


 一年生の授業は、テスト前にもかかわらず奇跡的に穏やかだった。俺は最後の指示を説明し、質問に答え、ひそひそ話には気づかないふりをした。生徒たちは俺について様々な憶測を立てていた——風変わりな金持ちの息子か、過保護な兄だと思っているのだろう。その方がいい。彼らが知らなければ知らないほど、馬鹿な質問も減る。


 休憩の合図のチャイムが鳴り、俺のスマホがブーッと震えた。フラヴィアンからのメッセージだ。


 Flavian_S: 大事な話があります。


 俺は眉をひそめた。フラヴィアンがこんなに真面目なメッセージを送ってくるなんて珍しい。ため息をつき、スマホをしまって俺の避難所へと向かった。人気のない廊下の突き当たり、階段の下の隠れた一角。静かで、孤立した、俺の聖域。


 いや、元聖域と言うべきか。今は侵入者によって冒涜された空間だ。


 そこに着くと、案の定、花宮さんがいた。床に座り、スマホをいじり、赤毛に紫のメッシュが入った髪が目の上にかかっている。首にはあのネックレス——あのネックレスがキラリと輝き、赤い水晶の十字架が、俺が葬り去りたい記憶のように光っていた。胃がきりきりと痛む。あの日以来、彼女は以前はしなかったのに、そのネックレスを見せびらかすように着けていた。


「ユウ—じゃなくて、勇太先生」彼女ははっとしてスマホをしまい、顔を赤らめた。


「花宮さん」俺は壁に寄りかかり、内心の不快感を隠そうとしながら答えた。「教室から逃げてきたのか?」


「違うわよ!」彼女は抗議し、それから神経質そうに笑った。「テストは大丈夫だって、マジで。他のクラスはどう?」


「何人かはヤバそうだが、大半はまあまあだな」俺は無理に半笑いを浮かべた。「君もだ。少なくとも、僕の科目では、赤点組の一人だが…」


 俺が彼女を侮辱したかのように、彼女の目はカッと見開かれた。そして、それは確かに侮辱だった。「あたしは国語はいつも得意だったの!苦手だったのは英語よ!」彼女は怒っているかのように目を閉じて抗議した。だが、その後ためらい、指でネックレスを弄んだ。「フラヴちゃんからメッセージが来て…大事な話があるって」


 俺が何か言う前に、廊下から声が響いた。「素晴らしいです!お二人とも、もういらっしゃいましたのです!」


 フラヴィアンが、完璧な制服姿で現れた。その黒髪はまるで生きているかのように揺れている。彼女は腕を組み、自信に満ちた笑みを唇に浮かべていた。「来てくださってありがとうです」と、まるでこの廊下の主であるかのように言った。


「茶番はいいから、さっさと言え」俺は、背筋を駆け上る不快感と共に、ぶっきらぼうに言った。


 フラヴィアンは一呼吸置いてから、宣言した。「わたくし、決めましたです!生徒会長選挙に立候補するのです!」


 花宮さんの目はぱちくりと見開かれ、顔が輝いた。「マジで、フラヴちゃん?!それ、すごいじゃん!」


 俺は肩をすくめた。「好きにすればいい」


 フラヴィアンは目を細めた。「とっても感動的な応援ですね、お兄ちゃん」その声には、皮肉がぽたぽたと滴り落ちていた。


「とにかくです」彼女は花宮さんの方を向いた。「はるちゃん、あなたはわたくしの副会長です!」


 花宮さんはカチンと凍りつき、口をぱくぱくさせた。「な、なんですって?!」


「決定です!」フラヴィアンは、チェスで勝ったかのような笑みを浮かべて断言した。


「待って、無理よ!」花宮さんは腕をぶんぶんと振って抗議しようとしたが、フラヴィアンはただ笑うだけだった。


「で、僕はなぜここにいるんだ?」俺は腕を組み、このドラマには狭すぎる廊下で尋ねた。


 フラヴィアンの笑みが消えた。彼女は姿勢を正し、その確固たる視線を俺に突き刺した。「あなたの選挙活動への干渉は不要です」その声は鋭かった。「わたくしは一人で勝つのです。そして、もし負けるのであれば、それも挑戦した結果なのです」


 空気が重くなった。俺は彼女を見つめた。その目は、俺にごくりと唾を飲ませるほどの決意に燃えていた。俺の妹。誰にも手綱を握らせず、自分の道を切り開こうとしている。一瞬、俺は自分自身の面影を見た。あるいは、かつての自分のかけらを。


「…そうか」俺は、思ったよりも固い声で答えた。


 フラヴィアンは、反論を期待していたかのように瞬きしたが、何も言わなかった。花宮さんは立ち尽くし、ネックレスが俺の視界の隅でキラリと光る。そして、一つの記憶が、残酷なほど鮮明に、俺を襲った。


 *彼女は自分のやり方でやりたいのだ。自分の手で勝ち、自分の手で負けたいのだ。*そして、一瞬、俺は自分自身のことを考えた。


 いくつかの事柄が、決して消えることなく記憶に刻み込まれているのは、おかしなものだ。ニス塗りのチェス盤の木の匂い、駒が動く音、テーブルの向こう側に座る父の表情。


 俺が彼と初めてチェスをしたのは、まだ八歳の時だった。俺はルールを知らなかったが、彼は基本的なことを教えてくれた。そして俺は負けた。当然だ。だが、彼はがっかりした様子もなく、逆に微笑んだ。


「お前は、我が輩がルールを説明する前から、それを知っていたかのように指したな」と、彼は言った。「それは才能だ」


 チェスは義務になった。神童。俺は父の盤上の、ただの駒だった。


「賢いということは、ただゲームに勝つことではないのだよ、ジャック」ある時、彼は言った。「人をいかに形作り、支配するかを知ることだ。全ての駒には目的がある。お前はただ、それを見つけ出せばよい」


 九歳の時、俺の人生はまた別の形で変わった。俺は静かで、友達もおらず、攻撃的な子供だった。日本でシルバーハンドという名前で育つことは、背中に的を背負っているようなものだった。他の子供たちはからかい、「シルバーハンド、ガイジン!」と。俺は拳で応え、事態を悪化させるだけだった。斎藤が現れるまでは。彼は、ごく普通の少年で、俺を「シルバーハンド」と、ごく普通のことのように呼んだ。俺は殴りかかったが、彼は笑いながらそれをかわした。どういうわけか、彼は俺の初めての、そして唯一の友人になった。


 父は斎藤に気づいた。「家来が必要だな」と、彼は言った。「使える駒だ。彼は完璧だろう」


 胃がきりっと痛んだ。斎藤は駒じゃない。彼を遠ざけようとしたが、彼は許さなかった。ある日、彼は俺を中庭で追い詰めた。俺は真実を話した。父の計画、彼を駒として使うことへの俺の拒絶。斎藤はただ笑った。「お前の家来になるってんなら、乗ってやる。でも、一緒に行くってのが条件だ」


 俺が口先で誰かを丸め込めなければ、斎藤がやってくれた。俺が人間関係で失敗すれば、父が金で解決した。それはゲームで、俺は常に勝つためにプレイしていた。


 だが、チェスも生徒会も、ただの気晴らしに過ぎなかった。


 本当の試練は十三歳の時に始まった。父はヨーロッパの貴族のナイトの末裔で、フェンシングは俺の日常の一部だった。だが、俺が送られた訓練は…違った。それはもはや、白黒の駒を動かすことではなかった。いかに効率的に腕を折るかということだった。それは討論ではなく、銃器の反動と火薬の匂いだった。俺の才能は分析であり、戦闘ではなかった。それでも、俺は戦うことを、反射神経を磨き、体を強化することを強いられた。父はそれが必要だと言った。強くならなければならない、と。だが、何のために?


 答えは、俺がゲートの新人採用プログラムの真っ只中にいることに気づいた時にやって来た。俺はただの兵士として訓練されていたのではなかった。彼らが俺に望む、何か特定の役割があった。父が俺に期待していた何か。


 そして、俺は史上最年少のクルセイダーになった…騎兵隊の一人のエージェントで、一個大隊を壊滅させるのに十分だと言われている。だが、時が経つにつれ、敵も我々と同じくらい強力になった。だから、クルセイダーが創設された。


 騎兵隊の一隊が大隊を殲滅するために送られるなら、クルセイダーは、その一隊を始末するために送られる。そして俺は…十ヶ月の非人道的な訓練の末、史上最年少のクルセイダーになった。


 振り返ってみると、それは俺のために描かれた運命ではなかったと分かった。俺は選択をしたのだ。俺は、俺の本来の目的を裏切った。そして、今日に至るまで、そのことで俺を許していない者たちがいる。


 今、フラヴィアンが俺の前に立ち、一人で戦うチャンスを要求している。干渉も、束縛もなく。ただ彼女と、彼女の選択と、彼女の盤面だけ。


 俺は何か言えたかもしれない。彼女を守ろうとすることもできたかもしれない。だが、駄目だ。彼女は俺が何者かを知っている——勝つために、駒を動かすために、破壊するために形成された、戦略家だと。彼女は、俺の一手で、彼女のゲームが乗っ取られることを恐れていた。そして、彼女は正しかった。


「…そうか」俺は呟き、去ろうと背を向けた。花宮さんはぽかんとして、ネックレスが思い出させるかのように光っていた。フラヴィアンは、固い視線で、じっと立っていた。


 廊下は無限に続くように思えた。そして、久しぶりに、俺は置き去りにしてきたと思っていた、あの盤面の重さを感じた。

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