第8話「クルセイダー 」
竹内勇太
数分後、路地裏は警察と救急隊員によってぐるりと包囲されていた。三人の若者たちは緊急用の毛布に包まれ、座り込みながら、スーツ姿の男に事情を話している。男はそれをこまごまと手帳に書き留めていた。そして俺は、少し離れた場所から、その光景をただ立って見ていた。
包帯だらけの体で、疲労がずっしりと肩にのしかかるのを感じながら、俺の視線は彼らの顔に固定されていた。彼らは無事だ。それが全てだった。
俺はふうっと息を吐き、疲れ切った笑みがわずかに唇に浮かんだ。だが、その平穏は長くは続かなかった。
「勇太くん」
その凛として、年季の入った声に、俺はびくりと凍りついた。ゆっくりと振り返る。
黒いブレザーに緋色のワイドパンツを穿いた女性が、俺の後ろに立っていた。桜井さん。校長先生だ。
「校長先生」と、俺は呟き、軽く頭を下げた。「何か仰る前に、私は—」
彼女は手を上げて、俺の言葉を遮った。「よくやったのう」
俺はぱちくりと瞬きし、驚いた。
彼女はため息をつき、腕を組んだ。「じゃが、二つ、知っておかねばならんことがある」
俺の体はカチッと硬直した。「何でしょう?」
桜井さんはわずかに首を傾げた。「一つ目じゃ…誰かが君の茶番を録画しておった。」俺は胃がきりりと痛むのを感じた。「動画はもう学校中に出回っておる。木村が現れる前に終わっておるが、そこまでに君が三人の男をボコボコに殴りつけている様子が映っておるよ」
俺は頬の内側を噛んだ。まずい。非常にまずい。俺にとってじゃない。フラヴィアンにとってだ。
「実のところ、謝らねばならんのは、わしの方じゃ、勇太くん」俺は困惑して彼女を見た。「ファントムを学校に入れてしまったのは、わしの落ち度じゃ。許しておくれ」
「いえ、先生の過ちだとは思いません…あの男は狡猾でした。問題は… — フラヴィアンの状況は、何らかの犠牲なしには解決できん…俺の頭は既に対策を練り始めていた。 — …私なら、この件を解決できます。しかし…」
「しかし?」
「つまり、私はもう教師ではいられません」
彼女は驚きを見せなかった。「なぜそう思うのかね?」
「ファントムが一体送り込まれたということは… — 声が、意図したよりも低くなった — …奴が最初の一人にすぎないということです」
彼女はしばらく黙って、俺を観察していた。
「彼でしたか?」俺はぶっきらぼうに尋ねた。「私がここに来た時、校長先生が『調査』してほしいと仰っていた脅威というのは」
「正確には違うのう」と、彼女は遠い目をして答えた。「少なくとも、ここまで事が大きくなるとは思っておらんかった」
「なぜです?何をご存知だったのですか?」
「まだ全ての詳細は分かっておらんのじゃ、勇太くん」
「何も隠さないでください、校長先生」俺は、ほとんど警告に近い口調で言った。
桜井さんはふーっと深く息を吸い、覚悟を決めたように、俺を射抜くような真剣な眼差しで向き直った。「では、二つ目じゃ…わしはゲートの他の指導者たちに連絡を取った。話し合った結果、君の件について、合意に至った」
俺は身動き一つせず、その表情は真剣な仮面にカチリと固まった。
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花宮陽菜
警察に事情を話し、フラヴィアンさんが落ち着いたのを確認した後、あたしはゆうくんを探しに出た。彼は他の人たちから少し離れたところに、まるで別れも告げずに去ってしまいそうな雰囲気で、ぽつんと立っていた。あたしは急いで駆け寄った。
「ゆうくん!」
彼は立ち止まったが、振り返ってはくれなかった。
「ありがとう…あたしたちを助けてくれて」あたしが思ったより、声がもじもじとためらいがちになった。
彼はふうっとため息をついた。「僕はただ、自分の役目を果たしただけだよ」
一瞬、あたしたちの間に沈黙が流れた。そして、彼は歩みを止めた。振り返った彼の眼差しは真剣だった。
「花宮さん」彼の声は、さっきより冷たかった。「君は、銃を使ったね」
あたしの心臓がドキッと凍りついた。
「撃ったのはあたしじゃない」と、あたしは反論しようとした。
「だが、使おうとはした。フラヴィアンから聞いたよ。銃を手に取るという考えは君のもので、田中くんが君の手からそれを奪い取ったと!」
あたしは口を開いたが、何も言えなかった。
「これはゲームじゃないんだ、花宮さん」彼の声には、今までにない重みがあった。それは、先生があたしを叱っている声。でも、そこにはもっと何か…もっと深いものが含まれていた。
あたしはごくりと唾を飲み込み、涙をこらえた。すると、驚いたことに、彼の表情が少し和らいだ。
「でも…ありがとう」と彼は呟いた。あたしは目を見開いた。「君たちが僕の命を救ってくれたんだ」
心臓がドクンと高鳴るのを感じた。彼は再び背を向け、去ろうとする。でも、彼が行ってしまう前に—
「ゆうくん」
彼は立ち止まった。喉はカラカラだったけど、これを言わなきゃいけないって分かってた。
「二年前…」彼はわずかに振り返り、その表情は真剣だった。「あたし、テロ攻撃があった時、神未来タワーにいたんだ」
彼の目に浮かんだ衝撃は、瞬時に見て取れた。あたしは続けた。
「お父さんとの社会科見学で…それで、あたし、迷子になっちゃって」彼はカチンと固まった。「でも、その時、一人の男の人が現れたの」
あたしの手は、いつもブラウスの下に隠していたネックレスを握りしめ、ぷるぷると震えた。
「その人、緑色の重そうなオーバーコートを着てて、レインコートみたいだった。奇妙なハイテクマスクをつけてて、鬼の絵みたいな形で、右目のバイザーにはヒビが入ってた」
あたしたちの間の沈黙が、耐え難いほど重くなる。
「その人が、あたしを助けてくれた」ゆうくんがごくりと唾を飲むのが見えた。「このネックレスをくれたの」あたしは精巧な十字架のついたチェーンを掲げた。「お守りだって言ってた」
勇太は完全に身動きを止めていた。
「ただの兵隊さんか、何かだったんだろうなって分かってる。それに、ただの14歳の女の子を落ち着かせようとしてただけだってことも。でも…彼は、自分はヒーローだって言ったの」あたしは彼の目をじっと見つめた。「ゆうくん…あなたは『秘密のスパイ』なんかじゃない…そうでしょう?あなたはあのヒーローの一人…ゲートの、ナイトなんでしょう?」
彼はうつむいた。沈黙が何トンもの重さでずしりとのしかかるようだった。そして、彼は呟いた。ほとんど囁き声で。
「もう…違うんだ…」
そして、それ以上何も言わずに、彼は霧の中へと消えていった。
あたしの唇に、思わずにやりと笑みが浮かんだ。「もう違う、ねぇ?」
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翌日、学校で。先生たちはあたしたちに、保健室にいるように命じた。ゆうくんが、今日、全校生徒に向けてスピーチをすることになっていたからだ。保健室の空気は、奇妙なほどしいんとしていた。
本来なら、ここには三人いるはずだった。あたし、フラヴィアンさん、そして魁斗くん。でも、いつものことながら、魁斗くんは先生たちの指示をきれいさっぱり無視して、とにかく勇太先生のスピーチを見に行ってしまった。
だから今、ここに残っているのはあたしたち二人だけ。フラヴィアンさんとあたしは、起こったことすべてについて、勇太先生がためらわずにあの男たちに立ち向かったことについて、少し話した…でも、話が進むにつれて、あたしの心の中に再び厄介な感情がむくむくと育ち始めた。胸がぎゅっと締め付けられる。
あの光景のイメージが、まだ頭の中でぐるぐると回っていた。フラヴィアンさんが地面に倒れる。そして、ゆうくんが動く。ためらうことなく突き進み、その目は怒りに燃え、あの路地裏の薄明かりの中で、彼のシルエットはあまりにも堂々としていた…彼はためらわなかった。彼は彼女のために反応したのだ。
あたしの指が、膝の上のシーツをきゅっと握りしめた。
「陽菜さん?」
フラヴィアンさんの声にあたしははっとして我に返った。
あたしはぶんぶんと首を振って、あの考えを追い払おうとした。
「何でもない」と、あたしは呟いた。
彼女はしばらくあたしを見つめ、少し首を傾げた。「嘘ですわ。急に真剣な顔になりましたもの」
「…何でもないってば」と、あたしは言い張った。でも、フラヴィアンさんは納得していないようだった。
「もし何でもなければ、そんなレモンを丸呑みしたような顔はなさいませんわ」
あたしははあとため息をつき、降参した。「だって…」あたしの視線が落ちた。「あたし、自分がちょっと馬鹿みたいに感じるの」
「なぜですの?」
「だって…」あたしは深呼吸した。「…だって、あたし、二人に嫉妬してるから」
フラヴィアンはぱちくりと瞬きし、驚いていた。
「あなたとゆうくん…すごく親しそうに見えるから」
「どういう意味ですの?」
「あの時よ」と、あたしは呟いた。「彼があの男たちを攻撃した時…彼がそうしたのは、彼らがあなたを傷つけたからよ」あたしはさらに頭を下げた。「あの人のあの眼差し…」あたしは、ほとんど自分に言い聞かせるように呟いた。「あんなゆうくん、見たことなかった」(嘘。あたしはあの眼差しを前に見たことがある。でも、こんな風にじゃなかった。他の誰かのために、あんな顔をするなんて)
フラヴィアンは黙っていた。そして、あたしが驚いたことに…彼女は笑った。にやりと、傲慢な笑みを。
「おー?」
あたしは混乱して顔を上げた。フラヴィアンさんは腕を組み、まるでこの状況を楽しんでいるかのように、わずかに体を傾けた。
「では、あなたは嫉妬しているのですね、陽菜さん?」
「ていうか…そういうわけじゃ!」
彼女はくすくすと軽く笑い始めた。
「でも、そのように見えますわ」
「違うってば!」
「では、ゆうくんはわたくしがいただいてもよろしいのですか?」彼女は、いたずらっぽい笑みを浮かべて、あたしの顔にぐっと近づいて言った。
あたしの心臓がドクンと止まった。思考がぐちゃぐちゃになる。手がぷるぷると震えた。そして、あたしが理性で考える前に、言葉が口から飛び出した。
「ゆうくんはあたしのものよ!あなたなんかに渡さないんだから!」
保健室に、完全な沈黙が訪れた。フラヴィアンの目がわずかに見開かれる。あたしの脳が、やっと自分が言ったことを処理した。あたしはカチンと凍りついた。
だが、あたしの全くの驚きに…フラヴィアンさんはぱあっと輝くような笑顔を見せた。そして、ベッドからぴょんと飛び降り、幸せそうに体を震わせた。
「ようやくですわ、陽菜さん!」
「な、なんですって?!何よ?!」
彼女はその場でくるくると回り始めた。その姿は輝いていた。「ようやくですわ!これを待っておりましたの!」
「待って、どういうこと?!」
フラヴィアンさんは止まり、あたしの隣に座ると、あたしの手をぎゅっと力強く握った。
「教えてくださいな、陽菜さん」
「な、何を?」
「わたくしの苗字は何ですの?」
「はぁ?えっと…シルバーハンド」
彼女は笑った。「では、勇太の本当の名前はご存知?」
あたしはぱちぱちと瞬きし、完全に混乱していた。「…知らない」
フラヴィアンの笑みはさらに大きくなった。「よろしいですわ」と、彼女は優雅に足を組んで言った。「勇太の本当の名前は、ジャックですの」
あたしの脳がフリーズした。
「…ジャック?」
「ええ。そして…彼の苗字は?」フラヴィアンさんはあたしの目をまっすぐに見つめ、いたずらっぽい笑みを浮かべて、答えた。
「シルバーハンドですわ」
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ジャックシルバーハンド
講堂は満員だった。何百人もの生徒。何百もの視線が、俺にぐさぐさと突き刺さる。だが、不思議と気にならなかった。俺はふぅっと息を吸い、姿勢を正し、ステージの袖で出番を待った。
その時、桜井校長が隣に現れた。彼女はしばらく俺を観察してから、口を開いた。
「決心は変わらんのかね?」
俺は彼女に向き直り、真剣な眼差しで答えた。「ゲートには、私が受け入れると伝えてください」
そして、ステージへと上がった。足が舞台を踏んだ瞬間、観客席からどっとため息が漏れた。もはや教師の変装ではなく、「素」の姿で現れたからだ。
拍手。野次。囁き。俺は無表情でマイクまで歩き、様々な反応を観察した。ざわざわとした囁きが収まり始めた頃、俺はマイクを握り、ついに口を開いた。
「ここ数日、私について出回っている噂や動画についてですが…」
講堂はしいんと静まり返った。
「…ええ、まず初めに、多くの方が思っているように、私は30代ではありません。この学校で社会交流をしていた、ただの大学生です」
多くの生徒が困惑して顔を見合わせた。
「なぜ私がここに来ることを選んだのか、疑問に思うかもしれませんね」俺はため息をついた。「答えは単純です」俺は観衆をまっすぐに見つめた。「私の主な目的は、特定の生徒に関することでした。そして、皆さんにお願いしたい。何があっても、彼女を尊重し、友人であり続けてください」俺の声は、より一層強くなった。「その人物とは、フラヴィアン・シルバーハンドです。なぜなら、彼女は…私の妹ですから」
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「彼が、わたくしの兄ですの」
あたしの頭がカチンと固まった。時間が凍りつく。あたしはゆっくりとフラヴィアンさんの方を見た。
「…え?」
彼女はくすくすと笑い、あたしの呆然とした表情を楽しんでいた。「その通りですわ、はるなさん。勇太は、あの日わたくしにいると言っていた兄の一人ですのよ」
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発表の後、囁きは驚きの声へと変わった。だが、俺はそれ以上待つことなく、深々とお辞儀をした。
「皆様にご迷惑をおかけしたことを、お詫び申し上げます」
顔を上げた時、野次よりも拍手の方が多かった。俺は後ろを振り返らずにステージを降りた。まだ、片付けなければならないことがあった。
俺はまっすぐ保健室に向かった。ドアを開けると、何か言う間もなく、体にどすんと重みがぶつかってきた。
「おかえりなさい、お兄ちゃん!」
俺は数回ぱちぱちと瞬きをした。フラヴィアンが俺にぎゅーっと抱きついていた。彼女の肩越しに見ると、花宮さんが…どこか上の空な表情であたしを見つめていた。俺はため息をついた。
「彼女に何をしたんだい?」と、俺は花宮さんに眉をひそめて尋ねた。「彼女がこんなに…くっついてくるタイプだったとは知らなかったな」
「わたくしはいつもこうでしたわ!」と、フラヴィアンは頬をぷくーっと膨らませて言い返した。「お兄ちゃんに迷惑をかけたくなくて、学校では我慢していただけですのよ!」
花宮さんとフラヴィアンはきゃっきゃっと笑い始めた。俺は再びため息をついたが、結局、小さな笑みがこぼれてしまった。
「でも、結構分かりやすかったけどな…」と、花宮さんが言った。
「どういうことですの、はるちゃん?」とフラヴィアンが尋ねた。
「二人の髪よ」花宮さんは俺の隣に来て、フラヴィアンの腕を取り、俺たちを並べた。「二人の髪って、ほとんど同じじゃない!目もそっくりだし!」
「そんなに分かりやすかったのなら、なぜもっと早く気づかなかったんだい?」と、俺は疲れた声で尋ねた。
花宮さんは「げっ」とびくっとした。彼女は俺とフラヴィアンを交互に見て、「あ、あたしは…他に気になることがあって、ちゃんと頭が働いてなかったのよ…」と、声をもごもごさせながら、視線を下に逸らした。
全く。俺はただ眉をひそめた。この子はいったい何を言っているんだ?だが、フラヴィアンが、いつも俺の神経をいらっとさせる、あの丁寧な笑みを浮かべて言った。
「ああ、お兄ちゃん。はるちゃんはただ、あなたのことが—」
「フラヴちゃん、待って!」花宮さんはフラヴィアンの上に飛びかかり、彼女が続けるのを妨げた。
二人はわいわいと取っ組み合いを始めた。花宮さんがフラヴィアンの口を塞ごうとし、彼女は笑いながら何かを言おうとしていた。
全くもう…
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夜になり、学校を出て数時間後、俺は斎藤と会っていた。あの公園の、あのベンチに座り、ハンバーガーをもぐもぐと頬張っていた。今回は、俺が奢った。出来立てのハンバーガーの匂いが、夜の冷たい空気と混じり合う。
斎藤はゆっくりと咀嚼しながら、俺を横目で見ていた。「動画、見たぜ」と、彼は沈黙を破った。「お前の『スピーチ』もな」
俺はため息をつき、その話の行き先を察した。「そりゃどうも」
斎藤は短く笑った。「ステージの上じゃ、ずいぶん疲れてるように見えたな」
「疲れてたからだ」と、俺は言い返した。その日の重みが、まだ俺をずしんと押し潰していた。
彼はハンバーガーをもう一口食べ、ゆっくりと咀嚼した後、真剣な口調になった。「なんであんなことをしたんだ、勇太?」
俺たちの間の空気が重くなった。「選択肢はあまりなかったんだ」と、俺はついに呟いた。
斎藤はため息をついた。「お前が両親の家を出てからずっと築き上げてきた偽装が、全部台無しだぞ」
「分かってる」と、俺は低い声で認めた。「でも…それでも、やらなきゃならなかったんだ」
彼は俺を見つめ、俺の言葉を吟味しているようだった。「ほとんど宣戦布告だな」と、彼はストレートに言った。
俺はしばらく黙っていた。「ああ」と、ついに答えた。
遠くの車の音と通りの声が、俺たちの間の空白を埋める。何か言おうとしたが、俺が口を開く前に、斎藤が遮った。
「心配すんな」と、彼は軽い口調で言った。
俺は眉をひそめた。「は?」
彼は、俺が頼れるとでも言うような、穏やかな笑みを浮かべた。「昔みたいだな」
俺はため息をつき、はにかんだ笑みがこぼれた。だが、次の瞬間、その笑みは消え、純粋な絶望の表情に変わった。
斎藤は眉を上げた。「どうした?」
俺はごくりと唾を飲み込み、喉が渇いていた。「斎藤…神未来タワーの襲撃の時に、俺が助けた女の子のこと、覚えてるか?」
彼は咀嚼を止め、表情が真剣になった。「ああ、覚えてる」
俺の声は、ほとんど囁きのようだった。「あれは、花宮さんだったんだ」
一瞬の沈黙。そして、斎藤はゲラゲラと笑い出した。俺は、全く面白くないという顔で彼を睨んだ。
彼は腹を抱え、大声で笑った。「あっははは!マジかよ!竹内さんの言った通り、本当に運命だったんだな!」
俺は天を仰ぎ、手で顔を覆った。「クソッ…」
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波乱の日々が過ぎた。俺の責任は否定できない。俺のせいで、生徒たちが危険に晒された。正直に言えば、幸運の女神が気まぐれに微笑んでくれただけだ。もし最悪の事態が起きていたら、俺は…どうしていたか分からない。
まあ、斎藤が言ったように、感情は論理の基盤にはならない。だからこそ、これから起こりうるどんな出来事にも、もっと備えなければならない。そのために、俺は学校に戻ってきた。始めたことを、終わらせる必要がある。
事件の後、花宮さんたちは数日間授業を休んだが、学校自体は止まらなかった。もちろん、俺もスピーチの後、しばらく距離を置くことを余儀なくされた。だが、戻ってみると、学校は何も変わっていないように見えた。
廊下は同じだ。生徒たちのざわめき、行き交う教師たち——すべてが同じ。そして、同時に、すべてが違って見えた。理由は明らかだ。俺自身だ。
変装を捨てた今、俺はもう、堅苦しくて退屈な教師の格好はしていない。髪はいつも通りに結んでいるが、偽の眼鏡も、年寄りじみた化粧もない。
そして、それが問題になりつつあった。視線は避けられない。廊下を歩くだけで、試練になった。
「うわ、めっちゃ若い!」
「こっちの方が全然いいじゃん!」
「あの髪型見て!あのスタイル!」
「彼女いるのかな?」
俺は歯をぎりりと食いしばり、女子生徒たちのひそひそ話を聞いていた。それは、心の底から俺を苛立たせた。俺はため息をつき、隣を歩く友美に振り向いた。「また変装に戻ってもいいだろうか?」
彼女は純粋な軽蔑の眼差しを俺に向けた。「ダメに決まってるでしょ」と、彼女はためらうことなく答えた。
俺はぷいっとそっぽを向いた。「なぜだ?」
「契約の一部ですからね、ユウタ先輩っ」彼女は意地悪な笑みを浮かべた。「これからは、ありのままの自分でいなきゃダメなんだからっ」
俺ははぁーと長いため息をつき、完全に敗北した。俺たちは、かつて俺の聖域だった場所に着くまで、歩き続けた。
神聖なる避難所。穢れを知らぬ者たちによって触れられることのない、祝福された場所。あの廊下の突き当たり、階段の隣、ガラクタだらけの小さな倉庫のドア、そして階段の下の、あの低い壁。俺自身の魂によって聖別された、俺の聖地。
そこにたどり着き、俺はカチンと固まった。隣で、友美も一瞬凍りついた。低い壁の向こうから…四つの不浄な影が、聖なる地を冒涜していた。花宮さん、フラヴィアン、高橋さん、そして田中くん。あの不敬な異端者どもが、まるでそれが世界で最も自然なことであるかのように、くつろいで会話を交わし、俺の神聖なる避難所を汚していた。
俺は反応できなかった。魂が体から抜け出た。心の中で、俺は天に向かって叫んだ。心はずたずたに引き裂かれていた。俺の聖地が冒涜された!この不浄な異端者どもは、この聖域を侵すという、この上ない冒涜を犯したのだ!
俺は長いため息をつき、その光景を呆然と見つめる中、一筋の涙が頬を伝った。
「…もう、どうでもいい」




