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第1話「ナイトのネックレス」

 一瞥で十分だった。花宮さんの手の中にあるネックレスが、路地裏の薄明かりの下でキラリと光った。手彫りの十字架、輝く赤い水晶、そして使い古された黒いチェーン…俺はその全てを覚えていた。結局のところ、それはかつて俺のものだったのだから。


(あの日の記憶。あの失態の記憶)


 ミクの叫び声が、まだ頭の中で響いている。崩壊しつつある神未来タワーの奈落を見つめながら、俺の名前を呼ぶ声。あの瞬間、俺はまた失敗したと思った。俺の隊長に、レヴナントに対する任務に、そしてナイトとして。だが、その時—


「ドラマチックに浸ってる場合じゃないですよ、先輩!」通信機から声がバーンと爆ぜ、俺をトランス状態から引き戻した。


「ハンターか?!」俺は言い返した。エルムのバイザーがチカチカと警報を点滅させている。


「あなたのバイザーが『ろくでもないことを考えてる』ってガンガンに警告してますよ!任務はまだ終わってません!シンとライラックが上でレヴナントを追い詰めてて、支援ももうすぐ来ます!」一瞬の間、カチャカチャと金属的なクリック音が聞こえた。「こっちはサポートに上がります。だから、ドラマはそこまでにして、とっとと出てきてください!」


「ワイト、私は先に行く。何とかしてそこから脱出して、我々と合流しろ!」ミクの声が響いた。彼女のバイザーに映し出された、大きな青い瞳と決意に満ちた、どこかコミカルなアニメ少女の顔。その黄色いケープと、フードで覆われた短い青髪が、濃い煙の中に消えていった。


 俺は上を見上げた。上層階は炎と瓦礫に飲み込まれている。ケープが俺を守り、エルムが空気をろ過してくれても、登るのは容易ではないだろう。俺は拳をぎゅっと握りしめ—


「助けて…」


 エルムがか細い囁きを拾った。*(クソッ、今かよ!)*俺は上層階に集中しようと、ガントレットのフックを調整した。


「た…助けて…誰か…」


 俺は怒りに任せて、下の階をスキャンするようエルムに命じた。一つの信号がピコンと点滅した。瓦礫の下に、生命反応。考える前に、俺は飛び降りていた。


 そこに彼女はいた。赤みがかった短い髪の少女。引き裂かれた制服、瓦礫に挟まれた脚。俺は膝をつき、慎重に彼女を抱え上げた。彼女はうっすらと目を開け、声がふるふると震えた。


「だ、誰…ですか?」


 一瞬、何と答えるべきか分からなかった。だが、記憶がばっと蘇った。長い青い髪の少女の、いつも俺の胃のあたりをひやりとさせる、あの笑顔。そのイメージと共に、彼女の言葉が蘇る。(「あたしたちは、あの物語のヒーローみたいじゃない?素敵じゃない?」)


「私はヒーローだ」俺は呟いた。彼女の顔に、安堵の光が差した。


 廊下は地獄だった。唯一の出口は破壊された展望台——それは、死への落下を意味する。俺はエルムを外した。それはヘルメットではなく、顔の下半分を覆う金属マスクと、ハイテクなバイザーのセットだ。起動すると、エージェントの顔に選択したホログラムの偽装を投影する。俺はそのマスクとバイザーを少女に装着させた。空気清浄機がシューと音を立て、彼女の呼吸を安定させる。次に、俺は緑色のポリマー・バリスティック・ケープを脱ぎ、その重くも柔軟な生地で彼女を包んだ。彼女に顔を見られる前に、俺はさっと顔を背けた。


「どうやって…出るの?」と、彼女はか細い声で尋ねた。


「方法はある」俺は展望台を指さした。


 彼女は目を見開いた。「い、いや!それはダメ!」


 俺は膝をつき、隊長から受け取ったネックレス——赤い水晶のついた十字架——を彼女の首にかけた。「これはお守りだ。私をずっと守ってくれた。今度は、君を守ってくれる。私を信じろ」彼女はためらったが、やがて頷いた。


 俺はベストの金属製の帯で、彼女を背中にしっかりと縛り付けた。やるしかない。


 _____//_____//_____


 なんて奇妙な装備なの?あたしは彼の背中にぴったりとくっついていた。彼が着せてくれた重い緑のオーバーコートがあたしの肩にのしかかり、彼が立ち上がるたびにゆらゆらと揺れる。彼がくれたマスクはシューシューと音を立て、バイザーには理解できない数字や漢字がチカチカと点滅している。あたしの手は彼の胸に触れ、冷たい金属の表面を感じた。よく見ると、彼の胴体にはピンクと青の炎の模様が描かれた、威圧的な緑がかった銃が取り付けられていた。あたしが理解する前に、彼は破壊された展望台に向かって走り出し…そして、跳んだ。


「あなた、バカなの?!」あたしは叫んだ。心臓が胸でドクンと爆発しそうだった。


 ガシャンと金属的な音が空気を切り裂いた。彼の右手からフックが放たれる。ケーブルがあたしたちを引き上げ、あたしたちは廃墟と化した階層の間を飛んだ。遥か下の地面に、胃がきりきりと痛む。彼はまるでそれが自然であるかのように身を揺らし、フックを放ち、壁を走り、燃え盛る瓦礫の上を飛び越えていく。


 ドカーンと爆発が轟いた。「死んじゃう!」と、あたしは叫んだ。彼は止まらない。空中で体をひねり、信じられないほどの正確さでコンクリートの破片を避ける。ケーブルが巻き取られ、あたしたちは上へ、そして別のフックで崩壊しかけた廊下へと引き寄せられた。


 流れるような動きで、彼はあたしを解き放ち、腕の中に引き寄せ、背中から着地して、あたしを衝撃から守った。あたしはがくがくと震え、ショックに飲み込まれていた。彼は立ち上がり、顔は切り傷だらけだったが、ためらいはなかった。廊下を見渡し、ひび割れた壁を指さした。行き止まり。


 だが彼は止まらなかった。それどころか、さらに速く走った。姿勢を整え、右の拳を掲げる。その白いガントレットから、ジジジと電気的な唸り声が大きくなった。あたしは魅入られたように見つめた。小さな稲妻がその表面で踊り、火花がバチバチとテスラコイルのように弾けていた。なに、これ?!


「何する気?!」あたしは叫んだ。


 ひとっ飛び、そして一撃。拳がコンクリートにズドンと叩きつけられ、雷が爆発し、壁はガラスのようにバラバラに砕け散った。


 彼は走り続け、渡り廊下に入った。見渡すと、そこは大きなホールの上の吊り廊下で、下では炎がすべてを飲み込み、瓦礫がガラガラと降り注いでいた。その下には、軍人や救助隊でいっぱいのメインホールが見えた。あたしたちは助かったんだ。そう信じたかった…


 彼は渡り廊下の手すりに上がった。「待って!またそれ?!」と、あたしは絶望的に叫んだ。彼は聞かずに、跳んだ。


 ガントレットのフックを使い、階から階へと降りて、ホール近くの安全な廊下にたどり着いた。彼はあたしを壁に寄りかからせ、助けてくれた。あたしの脚はひどく出血していた。彼は周りを見渡し、ほうきを手に取り、それを松葉杖としてあたしの手に握らせた。「ここに長くは居られない。君はもう安全だ」そして、彼は去ろうと背を向けた。


「待って!」あたしは彼の腕を掴んだ。マスクもなく、重装備もなければ、初めて彼の顔が見えた。乱れた黒髪、鋭い黄色の瞳、血で汚れた切り傷。彼は…ただの男の子だった。あたしより、そんなに年上には見えなかった。でも、あたしを救ってくれた男の子。


 あたしはためらいがちに微笑み、マスクとバイザー、そして雨合羽のようだった重い緑のオーバーコートを返した。「あなたはヒーローだって言ってた。ヒーローは、他の人を助けるためにこれが必要なんでしょ?」


 彼は驚いてぱちくりと瞬きし、装備を受け取る前に、半笑いを浮かべた。緑のケープが彼の体を覆う。金属のマスクが彼の顔を隠した。彼の黄色い瞳は冷たかった。そして、マスクが「起動」した。赤い鬼の絵が彼の顔を覆った。ただ、一部分を除いて。


 彼の右目。バイザーは、そこでひび割れていた。恐怖で、前は気づかなかった。今、そのひび割れは、彼の正体を隠す鬼の仮面の向こうから、冷たく、疲れた瞳を覗かせていた。


「行かなくては」と、彼はフードを被って言った。そして、炎の中に消えていった。


___________________________________________________


 ベッドに横たわりながら、あたしはネックレスを指でくるくると回していた。十字架の中央にある赤い水晶が、ランプの弱い光を反射し、黒いチェーンが肌にひんやりと触れる。あのネックレス…彼がくれたもの。あたしを守ってくれるって言ってた。でも、彼はいったい誰だったんだろう?


 毎晩、十字架を見つめながら、彼のことを考えていた。あたしを救ってくれた、あの人のこと。彼の言葉がこだまする。


「私はヒーローだ」


 あたしはネックレスを胸にぎゅっと握りしめ、目を閉じた。ちゃんとお礼を言えなかった。いつか、言えるといいな。それまでは、このネックレスがあたしのお守りだ。


 ジリリリリ!


 目覚まし時計が叫ぶ。でも、脳が目覚める前に、あたしの手はすでにボタンを叩いていた。静寂。ゆっくりと目を開け、見慣れた自分の部屋の天井を見つめる。毛布があたしを抱きしめ、出ていかないでと懇願しているようだったが、あたしの心はもう遠く、別の瞬間に囚われていた。


 手のひらで、ネックレスがそっと輝いている。赤い水晶の十字架が朝の光を捉え、その黒いチェーンが指に冷たい。その一つ一つの特徴が、頭から離れない音楽のように、あたしには馴染み深かった。神未来タワー。炎。瓦礫の中からあたしを運び出してくれた、緑色のケープのヒーロー。


「私はヒーローだ」


 彼は、確信と疲労が混じった声でそう言った。彼は誰だったんだろう?ただの兵士じゃない。炎と瓦礫がまるで舞台であるかのように動くその姿…彼はもっと、ずっと何かだった。


 このことは誰にも話していない。両親にも、直美ちゃんにさえも。でも、あの日から、あたしはあのヒーローを探し続けていた。


 正直に言うと、何かを見つけるのにそう長くはかからなかった。日本では、ゲート——Gate—Global Anti-Terrorism Enforcement——として知られる組織について、国家安全保障上の理由からほとんど語られない。でも、西洋では彼らは伝説のようだった。冷戦時代にヨーロッパで設立された、軍事技術を盗むテロリストと戦うための軍事組織。秘密組織ではないけれど、彼らに関するすべてが…謎に包まれている。


 21世紀初頭、世界中でテロ事件が増加するにつれて、彼らの知名度は上がった。それはゲートがより活発にならざるを得なかったからだけでなく、彼らのナイトたちのせいでもあった——少なくとも、インターネットのフォーラムではそう呼ばれている。そこで、エリート兵士は「ナイト」と呼ばれる。西洋では、子供たちは彼らの名前も知らないのに、彼らのようになりたいと夢見る。匿名のヒーローたち。そして、近年日本でもテロが増えていることから、ゲートはここでも活動を活発化させている。きっと、すぐにでもこのナイトたちは東京でもアイドルになるに違いない。


 インターネットで彼らのことを見つけて以来、あの人に関する情報を見つけるのは時間の問題だった。彼は六年前のヨーロッパでのテロ事件から、二年前の千葉港の火災、そして神未来タワーの襲撃事件まで、常に話題に上っていた。薄緑色のケープと赤い鬼の仮面をつけた男。フォーラムの人々からはフォレスト・デーモンと呼ばれていたが、ある任務で誰かが彼をホワイト・ガントレットと呼んだ、という書き込みがあった。それが彼の名前で、あたしの出発点だった。


 インターネットには彼の動画がたくさんある。監視カメラや、民間人が撮影したものだ。神未来タワーの襲撃事件の動画では、彼はガントレットのフックで人々を炎から引き離しながら、壁をすいすいと登っていく。スペインで撮影された別の動画では、ハイテクスーツを着たテロリストとバキバキに殴り合っている。


 薄緑色のケープを着ているのは彼だけではないかもしれない。でも、あたしにはそれが彼だと分かった。彼の背中には、見間違えようのないシンボルがあったから。赤で縁取られた、白い十字架。あの日、彼が去って行く時に見たものと、同じだった。


 神未来タワーの襲撃以来、ワイト・ガントレットの目撃情報は途絶えた。少なくとも、インターネットで報告されたものはなかった。二年…


「もう…違うんだ…」


 あの日、ゆうくんが言った言葉が頭の中で響いた。まさか、彼が?いや、いや、いや。ありえない。ゆうくんはゲートのメンバーだったのかもしれないけど、あたしには分からない。でも、あの日から、あたしは彼にその話題を二度と切り出せなかった。何か、あたしの中の何かが、その話題に触れるべきじゃないって言っていた。


 あたしははぁとため息をつき、ネックレスを握りしめた。*いつか、あなたを見つける。そして、お礼を言うんだ。*それまでは、これが私のタリスマンだった。


 木村との事件から二ヶ月が経った。学校は日常を取り戻していた——少なくとも、あたしたちが日常と呼ぶものに。期末試験がすぐそこまで迫っていて、それはゆうくんの英語の個人レッスンがないことを意味していた。それから、あたしの「情報屋」という新しいワクワクする役職も、イライラするほど停滞していた。木村の事件と、あのファイルから「椿理香」という名前を見つけて以来、彼はその話題に一切触れなかったのだ。まるで、あたしたちの秘密のミッションが凍結されてしまったみたいだった。


 でも、試験を乗り切れば、夏休みがビーチや遊園地、そして直美ちゃんやフラヴちゃんとの午後で、あたしを待っている。そう思うだけで、心臓がドキドキと高鳴った。


 あたしはベッドからぴょんと飛び起き、パジャマから制服に着替えて階段を駆け下りた。キッチンには、コーヒーとトーストの香ばしい匂いが漂っていた。そこには、いつもの愛すべきカオスが広がっていた。妹の沙希は、中学生の制服をきっちりと着て、テーブルに座っていた。肩までのストレートな紺色の髪が、わたしに構わないでとでも言うような、退屈そうな表情を縁取っていた。


「パパ!百合子、滑っちゃう!」百合子の甲高い声が空気を切り裂いた。


 キッチンでは、父の賢治がトーストの皿を片手でバランスを取りながら、小さな台風が背中をよじ登ってくるのに耐えていた。七歳の末っ子、百合子はエネルギーの塊だ。あたしと同じ赤い髪を、不揃いなおさげにして、お父さんをおもちゃの山であるかのようにしがみついていた。お父さんは、薄青色のボサボサの髪で、ちょっとだらしない雰囲気だけど、ただ笑っていた。


「百合子、父さんに登るのはやめなさいって言ったでしょう」と、沙希はスマホから目を離さずに呟いた。


「でも、パパ、朝ごはんの後に遊んでくれるって約束したもん!」と、百合子はパパの首にぎゅっと腕を回して抗議した。


「ああ、後でね」と、パパは長年の父親業で培ったスキルで、皿と娘とコーヒーカップのバランスを取りながら答えた。


「ママはどこ?」と、あたしは椅子にどさっと座りながら尋ねた。


「今日はママに休んでもらおうと思ってね」と、パパは苦笑いを浮かべた。「だから、わたしが全部やるんだ」


 沙希は片眉を上げ、その視線はそれで、幸運を祈るわとでも言いたげだった。あたしは微笑んで、トーストを一枚取った。


「はる姉、よだれ垂れてるよ」沙希が、嫌悪感丸出しの視線をあたしに向けながら言った。


「あっ!」あたしはさっと口を拭い、勢いよく彼女に飛びついて、大げさに抱きしめた。「沙希ちゃーん!夏休みはたくさん楽しもうね!ビーチ、アイス、花火!」


「離してよ!」彼女はもがきながら、頬をほんのり赤らめた。「部屋に閉じこもってる方がマシ」


「そんなこと言わないでよ、沙希ちゃーん!」と、あたしはさらに強く抱きしめた。


 そのカオスは、テーブルの上のあたしのスマホがピロンと鳴ったことで中断された。


 Flavian_S: はるちゃん、学校で大事な話がありますの。


 あたしは眉をひそめた。大事な話?あの子、今度は何を企んでるの?!


 学校への道はいつもと同じだった。でも、あたしの頭はフラヴちゃんのメッセージでいっぱいだった。


「おはよ、はるちゃん!」


 直美ちゃんの声にあたしは我に返った。彼女は、ちょっと着崩した制服——短めのスカート、開いたブレザー、適当に結んだ緑のネクタイ——で近づいてきた。彼女のサーモンピンクの髪は、子供の頃から使っている赤いリボンで結ばれ、太陽の下で綿菓子のように輝いていた。


「おはよ、直美ちゃん」


「なんかマジな顔してんじゃん」と、彼女は片眉を上げて言った。「どしたの?テストが不安とか?」


「ううん…ちょっと考え事」と、あたしは無理に笑ってごまかした。


 校舎の入り口近くでは、魁斗くんを中心に、グループがわいわいと楽しそうに話していた。彼はあたしたちを見て、手を振った。


「実はさ、生徒会に立候補しようかと思ってんだけど…俺、向いてないかな」と、彼は照れくさそうに後頭部を掻いた。


 直美ちゃんはふんと鼻を鳴らした。「もう疑ってんだったら、やめときなよ。最初の会議でバックレるっしょ」


 他の子たちが笑い、魁斗くんは捨て犬のような顔をした。あたしは直美ちゃんを睨んだ。「もうちょっと優しく言ってあげなよ」


「事実言っただけだし」と、彼女はにひひと笑いながら腕を組んだ。


 その時、いい考えがぴーんと閃いた。「直美ちゃん、あんたが生徒会に出ればいいじゃん?」


 彼女はぱちくりと瞬きし、完全に不意を突かれたようだった。「はぁ?死んでもヤダ」


「でも、絶対すごいと思うよ!」と、あたしはいたずらっぽく笑った。


「ヤダ!」


 チャイムが鳴り、あたしたちの会話は中断された。教室へ向かいながら、あたしは校内の雰囲気を見回した。木村との事件以来、学校は変わった。噂はまだひそひそと囁かれている。勇太先生——スキャンダルの中心になった代理教師。ある者にとっては、地位を利用した偽善者。またある者にとっては、生徒を守るために危険に立ち向かったヒーロー。


 だが、一番の事実はすぐに明らかになった。彼の本当の名前は勇太ではなかった。ジャック・シルバーハンド。二つの強力な一族——イギリスの鉱業大手シルバーハンド社と、日本の巨大テクノロジー企業、神未来グループの酒井家——の政略結婚によって生まれた、三男。そして、フラヴィアンは四女。彼は自分の正体を隠そうとしたが、妹を守るためにすべてを投げ打った。その行動は、今も学校中に響き渡っていた。


 幸い、テストが近づくにつれて、ゴシップは成績への不安に取って代わられていた。あたしは椅子にどさっと身を投げ出し、ため息をついた。これを乗り切れば、夏休みは完璧だ。


「はるちゃん、またよだれ垂れてるし」と、直美ちゃんが、からかうような笑みを浮かべて呟いた。


 あたしはぶんぶんと首を振り、顔を赤らめた。まずは、フラヴちゃんが何を話したいのか、それを突き止めなければ。何か、ただの会話じゃないような気がした。

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