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第5話「友達と密偵」

花宮陽菜 


 最後の日課を告げるチャイムが鳴り、教室は一斉の解放感に包まれた。生徒たちがエネルギーの爆発と共に立ち上がり、椅子がガタガタと音を立て、皆が肩に鞄を放り投げる。でも、あたしはまだ自分の席に座ったまま、重い心でいた。直美ちゃんと魁斗くんはとっくに、たぶんゲームセンターにでも向かったんだろう。教室には、あたし自身の思考の反響だけが残されていた。


 やっと立ち上がって学校を出たあたしは、街を歩くことにした。どうしても新鮮な空気が吸いたかったからだ。あたしの頭の中は、声と感情でごちゃごちゃだった。(パーティー。友美さんのコメント。婚約者?!ゆうくんのあの目つき…)そして、何よりも大きく響く、彼の警告。


「彼にはあまり近づくな」


 あれって、どういう意味?それに、なんで彼の目はあんなに…危険な色をしていたの?


 日の暮れた午後の冷たい空気が、あたしの呼吸を助けてくれた。あてもなく歩きながら、カラフルなショーウィンドウや混み合ったカフェを通り過ぎる。でも、景色なんてほとんど目に入らない。店の明かりが灯り始めても、ただぼんやりと眺めるだけ。心を空っぽにしようとしても、思考はいつも同じ場所に戻ってくる。(フラヴィアンさん。完璧すぎて、ゆうくんと親密すぎて。あたしをからかう直美ちゃんの顔。そして、ゆうくん…)


「陽菜さん?」


 聞き慣れたその声に、あたしはビクッと固まった。振り返ると、そこにフラヴィアンさんが立っていた。いつものようにエレガントで、高価そうなベージュのコートを着こなしている。黒髪がさらりと揺れた。彼女は小さく微笑んでいたけど、その自信に満ちた黄色の瞳には、驚きの色が混じっていた。


「あ、フラヴィアンさん。どうも…」あたしは呟き、顔が熱くなるのを感じた。(くそ、なんでこの人の前だとこんなに緊張するの?)


「お買い物ですか?」彼女はこてんと首を傾げた。


「ううん…ただ、散歩してるだけ」


「素晴らしいです!では、わたくしとご一緒しましょう、です」彼女は、きっぱりとした口調で言った。


「えっ?」


「ケーキかクレープでも食べに行きましょう。何か甘いものを、です」彼女は優雅な仕草で、通りの向こうを指差した。


「い、今から?」あたしの声が裏返った。(この人と?今から?こんなことがあった後に?)


「ええ、今すぐです!」フラヴィアンさんはそう言うと、いたずらっぽく笑った。あたしが躊躇しているのに気づくと、彼女は大げさにため息をついた。「お誘いを断るのは、あまりエレガントではありませんことよ?です」


 腕を組む。「そういうわけじゃ…」


「では、参りましょう」彼女はあたしの返事を待たずに歩き出し、あたしは慌ててその後を追いかけた。(なんで、いつもこの人のペースに巻き込まれるわけ?)


 彼女が選んだ店は…オシャレすぎた。カフェのファサードが「高級」と叫んでいる。中に入るともっとすごくて、磨かれた木のテーブル、心地よさそうな椅子、そしてバニラとコーヒーの甘い香りがした。呼吸するだけで何かを壊してしまいそうで、一人じゃ絶対に入れないタイプの店だ。


「ふ、フラヴィアンさん、あたし、ちょっと…」


「ここは、わたくしが持ちますので、です」彼女はそう言って、あたしの背中を軽く押した。


「でも…」


「『でも』はありません」彼女の笑顔には、断ることを許さない強さがあった。


 あたしはため息をついて、中に入った。でも、ドアをくぐった瞬間、空気が変わった。カフェの温度が、スッと十度くらい下がった気がした。フラヴィアンさんを見ると、あたしはゾクッと凍りついた。いつも快活な彼女の顔が、硬直している。その瞳は暗く、怒りに燃えているように見え、カフェの隅の一つのテーブルにジッと固定されていた。


 その視線を追うと、そこには二人の、極めてエレガントな女性が座っていた。一人は、長い黒髪で、完璧な姿勢でティーカップを置いた。その表情は冷たく、唇は真一文字に結ばれている。彼女はあたしたちを一瞥し、その目がスッと細められた。


 フラヴィアンさんの肩がこわばる。その時、向こうの女性が眉を上げ、一言だけ、低く、しかし鋭く放った。「あら」


 フラヴィアンさんは即座に応じた。まるで決闘のような、硬く、張り詰めた声で。「母上」


 背筋に悪寒が走った。(は、母上?!)二人の間の緊張感は、まるで目に見えない戦場のようだった。


 母親は、優雅な動きで立ち上がった。隣の女性に「後を頼みます。わたくしはオフィスに戻りますので」とだけ告げると、あたしたちの方へ歩いてきた。彼女が通り過ぎる時、フローラルな香りがした。娘の隣で立ち止まると、彼女を直接見ずに言った。「お友達の前で、そのような振る舞いはエレガントではありませんわ」そして、一拍置いて、吐き捨てるように付け加えた。「少しは姉上を見習うことですね」


 フラヴィアンさんの肩が、微かに震えた。彼女の完璧な仮面に、一瞬だけ、生々しい痛みが浮かんだのが見えた。彼女は何かを言い返そうと口を開いたが、母親が投げかけた氷のような一瞥に、言葉を飲み込んだ。母親は「ふん」と鼻を鳴らし、店を出ていった。


 カフェは元のざわめきを取り戻した。でも、フラヴィアンさんは動かない。やがて、彼女は深く息を吸った。「…申し訳ありません、陽菜さん。わたくしはこれで失礼します、です」


 彼女が踵を返したその時、あたしは考えるより先に、彼女の腕を掴んでいた。「フラヴィアンさん!」


 彼女は驚いて、立ち止まった。


「今のを見て、黙って見過ごすなんてできない!」言葉が、勝手に飛び出した。「そんなに辛そうなのに、一人で抱え込むことないでしょ。フェアじゃないよ!」


 フラヴィアンさんは一瞬、あたしをただ見つめていた。その表情が、少しずつ和らいでいく。「な…ぜ、そのようなことを…?」彼女の声は、今まで聞いたこともないほど、か細かった。


「友達を一人で見捨てるようなこと、あたしはしないから!」あたしは顔の熱さを感じながらも、きっぱりと言った。


 彼女は瞬きをした。「…わたくしたちが、友達…ですって?」


 その質問に、あたしは意表を突かれて顔をしかめた。「違うの?」


 彼女の目が、大きく見開かれた。そして、少しの間を置いて、彼女は小さな息を吐き、その唇に、はかなくも本物の微笑みが浮かんだ。「申し訳ありませんでした」その声は、とても柔らかかった。「そして…ありがとうございます、陽菜さん」彼女は周りを見渡し、その笑顔に少しだけ力が戻った。「まだ、ケーキを食べる気はありますか?です」


 あたしは安堵のため息をつき、つられて笑ってしまった。「うん。でも、今度はあたしが選ぶから」


 あたしたちはカフェの隅のテーブルに座った。きらびやかな店内とは対照的に、あたしたちの間の空気はまだ重かった。あたしはショートケーキを注文したけど、フラヴィアンさんはエクレアをフォークでツンツンと突くだけで、ほとんど口をつけていない。


 彼女は母親の話題にはもう触れず、学校のことなど、軽い話に切り替えた。でも、その表情にはどこか影があった。


「ご両親と、そんなに大変な関係だなんて、思わなかった…」あたしは、おそるおそる言ってみた。


 フラヴィアンさんは、力なく小さく微笑んだ。「ええ。そうは見えない、とよく言われますわ」


 その言い方に、あたしは罪悪感で胸がチクリとした。謝ろうとしたその時、口が勝手に動いていた。「お姉さんのことは?」


(しまった!なんであたし、こんなこと聞いちゃったの?!)顔がカァッと熱くなる。(バカ、バカ、バカ!)


 でも、彼女はただ首を横に振っただけだった。「姉のことは、心から尊敬しておりますの。姉だけではなく、二人の兄のことも、ですわ」


「えっ?」あたしは首を傾げた。「お兄さん…たち?」


「ええ。わたくしには三人の兄姉がおりますの」彼女はコーヒーカップの反射を見つめながら説明した。「一番上の姉と、二人の兄が」


「その人たちは、何をしてるの?」あたしは好奇心に負けて聞いた。


 彼女の笑みが、一瞬揺らいだ。自分の手元に視線を落とす。「正確なことは…存じませんの」声が小さくなる。「ただ、わたくしが知っているのは…彼らが『兵士』だということだけ、です」


 その言葉が、妙に心に引っかかった。「兵士?軍にでも入ってるってこと?」


「父方の親戚には、軍関係者が多いのです。イギリスでは、それが一族の伝統のようなものですから」彼女は言葉を濁した。「兄たちは、その道に進んだ、と。…でも、厳密には違う…と思います、です」


「でも…はっきりとは知らないの?」


 フラヴィアンさんはため息をつき、その瞳には初めて、深い悲しみの色が浮かんでいた。「彼らは、そのことについて決して話そうとはしませんの。わたくしが尋ねても、無理に微笑んで、すぐに話題を変えてしまうのです」彼女の声は、隠しきれない心配で震えていた。「わたくし…好きではありませんの。その…『お仕事』が」


 完璧なフラヴィアンさんが、初めて…か弱く、心配しているように見えた。


 重くなった空気を感じて、あたしは慌てて話題を変えた。「あたしの家族なんて、もっと大変だよ!沙希と百合子っていう妹が二人いるんだけど、毎日ケンカばっかり!」あたしは夢中になってスマホを取り出し、写真を見せながら彼女たちのバカな話をし始めた。


 フラヴィアンさんは、フフッと楽しそうに笑った。「あなたは、本当に『姉バカ』ですのね?」


「ち、違います!」あたしは顔を赤らめて反論した。


「お顔を見れば分かりますわ」彼女はフォークであたしを指して、からかった。


 あたしはプッと唇を尖らせた。「別にいいでしょ!」


 彼女は、心から楽しそうに笑った。その瞬間、パーティーで見た、自信に満ちた、手の届かないフラヴィアンさんが戻ってきた気がした。でも、好奇心には勝てない。「そっちは?お兄さんたちの写真とか、ないの?」


 彼女の笑みが、スッと消えた。「お見せすることはできません」その声には、有無を言わせない響きがあった。


 少しがっかりしたけど、彼女の口元に、またいたずらっぽい笑みが浮かんだ。「でも、一つだけ教えて差し上げますわ」


「ん?」


「わたくしには、もう一人兄妹がおりますの」彼女は頬杖をついて、続けた。


「もう一人?」あたしは瞬きをした。「じゃあ、全部で四人?」


 彼女はゆっくりと頷いた。その瞳が、謎めいた光でキラリと輝く。「ええ。一番下の弟が、です」


 あたしの体がカチンと固まった。理由もなく、心臓がドクドクと鳴り始めた。「……え?」


 フラヴィアンさんはただ微笑むだけだった。そのいたずらっぽい視線があたしに突き刺さる。


「そして、もしかしたら…陽菜さんはもう、その子に会っているかもしれませんわね、です」


 彼女は立ち上がり、バッグを手に取った。「参りましょうか?もう遅いですし」


 あたしは、彼女の最後の言葉を飲み込めないまま、ドキドキする心臓を抱えて頷いた。カフェを出た後も、その言葉はあたしの頭から離れなかった。それは、あたしが解いてはいけない秘密のように、重く、でも、どうしようもなく魅力的に響いていた。


___________________________________________________


高橋直美


 マジ、もう生徒会手伝うのとか、ないわー。絶対ない。ただの雑用が、マジで頭痛のタネになったし。で、今あちしはここにいるわけ。クタクタで、答えが欲しいのかも分かんない疑問で、頭ん中がパンク寸前。


「手伝ってくれてありがとう、直美ちゃん」渉先輩が言った。彼は生徒会の副会長で、顔に貼り付けたみたいな、あの丁寧な笑顔を向けてくる。マジでクソ真面目。たぶん、靴下とかもきれーに畳んでからしまうタイプっしょ。でも、まあ、悪い人じゃないんだけどね。いとこだし。


「んじゃ、仕事も終わったことだし、もう帰っていいよね、先輩?」あちしは、わざとからかうように言った。


 先輩は、はぁーっと困ったみたいにため息をついた。「もう、直美。学校ではフォーマルな口調はやめろって言ってるだろ。いとこなんだから、忘れたのか?いつもみたいに呼んでくれていいんだぞ」彼は、一日に十回はやってる、あの癖でメガネをクイッと上げた。「僕はちょっと、生徒会室に忘れ物しちゃって。待ってなくていいから」


「はいはい、分かったって、渉」あちしは笑って返した。「んじゃ、また明日ね」


 先輩が頷いて、その足音が誰もいない廊下に響く。やっと解放された!


 あちしは自分のカバンを拾って、夕方のオレンジ色の光が差し込む廊下に出た。空気はひんやりしてて、埃とチョークの匂いがする。静かだけど、遠くから運動部の声が聞こえてくる感じ。


 メインの廊下を曲がろうとした、その時。あたしのゴシップレーダーが**ピピーン!**と鳴った。ピタッと足を止める。廊下の先の薄暗いところに、魁斗くんと…あれ、あの新しい先生じゃん?名前なんだっけ?木村先生?灰色のスーツ着た、髪が深緑の。


 なんで魁斗くんが、あんな先生と二人きり?学校、もうほとんど誰もいないし。魁斗くんって、先生と文学について語り合うようなキャラじゃないっしょ。あちしの好奇心が、MAXになった。


「おーい、魁斗く—」


 んぐっ?!


 声を上げようとした瞬間、いきなり誰かの手に口を塞がれた。ドキッと心臓が跳ねる。パニック!もう片方の腕が体を掴んで、グイッと空き教室に引きずり込む。ドアがパタンと静かに閉まった。


 マジ、この拉致展開なに?!離そうともがいたけど、振り返って固まった。


「友美さん?!」彼女が手を離すと同時に、あちしは囁いた。


 そこに立っていたのは、いつもの完璧な格好の友美さん。でも、その目は…真剣で、硬い。休憩時間に春菜をからかってた、あの軽い感じはどこにもない。


「な、何すんの—」


 彼女は自分の唇に人差し指を当てて、「しーっ」と合図した。そして、開いたままのドアの隙間をクイッと顎で示した。


 ゴクリと唾を飲んで、廊下を覗き見る。声が、はっきりと聞こえた。


「…はい、木村先生。勇太先生が学校に来てから、ここ数日の出来事は以上です」魁斗くんの声だ。低くて、真面目な、何かを報告してる口調。


 あちしの頭は、ハテナマークでいっぱいになった。(はぁ?!なんで魁utoが勇太先生のこと報告してんの?しかも、なんでこの新しい先生に?)説明を求めて友美さんの方を見たけど、彼女はピクリとも動かない。ただ、目を細めて、聞き耳を立てている。その集中力は、ちょっと怖いくらいだった。


 木村先生が何かを答えたけど、声が小さすぎて聞こえない。二人の足音が遠ざかっていく。やがて廊下は、また重い沈黙に包まれた。


「な、なんであんなことしたわけ?!」あちしは、まだドキドキする心臓を抑えながら、声を潜めて聞いた。


 彼女は、バツが悪そうに頬をかいた。「ごめんなさい。ちょっと、あの二人がいるのに気づいて、気まずくて出られなくなっちゃって。だから、道連れに」


 あちしは腕を組んで、彼女をジロッと睨んだ。「その言い訳、無理あるっしょ。てか、なんで友美さんの方が先に隠れてたわけ?」この人の「恥ずかしいから」なんて、信じるわけない。


 彼女は一瞬ためらってから、あたしに向き直った。その目は真剣で、こっちの心を見透かすような強さがあった。


「高橋さん。このことは、誰にも言わないでください」その声は、命令みたいに、有無を言わせなかった。


「は?」


「特に、花宮さんには」彼女がそう付け加えた時、背筋がゾクッとした。


 その言い方は、冗談じゃなかった。これは、あちしが知らない、何かデカくて、ヤバいことなんだ。あちしの頭に、勇太先生たちのことで混乱してる春菜の顔が浮かんだ。(マジ、何が起きてんの?)


 あちしはため息をついて、肩を落とした。「…分かった。約束する」


 友美さんは、安心したように、でも目の奥は笑っていない、奇妙な微笑みを浮かべた。「いい子ですね」そして、彼女は顎に手を当てて、あちしを頭のてっぺんからつま先まで、品定めするように見つめた。


「それとも、あなたを使えるかもしれませんし?」


 彼女は、囁くように言った。その声は軽かったけど、その裏にある意図に、あちしの背筋はカチンと凍りついた。


 ゴクリと、また唾を飲む。(使う?何に?)彼女の目は計算高くて、まるであちしが、彼女のゲームの駒の一つみたいだった。


「マジ、何のヤバいことに巻き込まれたんだろ、あちし…」


 友美さんは、あちしの独り言を聞いて、フフッといたずらっぽく笑った。


「大丈夫ですよ、高橋さん」彼女はそう言って、ひらひらと手を振ると、廊下へ消えていった。「そのうち、分かりますから」


 一人、空き教室に残されたあちしは、ただ立ち尽くすことしかできなかった。

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