第3話「それぞれの距離」
竹内勇太
インターバルは、学校におけるカオスの頂点だった——廊下は騒がしい声、ティーンエイジャーの笑い声、教室で椅子を引きずる音で溢れかえっている。俺は注意を引かないよう、教師の偽装を保ちながら、慎重に歩いていた。この廊下での一歩一歩が、まるでテストのようだった。
(チッ…あの椿理香のファイルか)
俺の頭は、花宮さんが手に入れた情報をまだ処理していた。椿理香。聞いたことのない名前じゃない。椿テックのオーナーの娘だ。だが、この学校にいる椿理香は、金髪に茶色の目のはず。花宮さんが見つけたファイルには、赤毛に金色の目を持つ少女が記載されていた。それに、履歴はほとんど空白で、家族の名前すらない。データが改竄された同一人物か?それとも、同姓同名の別人か?いずれにせよ、この件の全容が掴めるまで、両名を監視下に置く。
タッタッタッ…と、背後から速い足音が聞こえた。「勇太せんぱー…じゃなくて、先生!」聞き覚えのある声が、言葉につまずきながら訂正した。
振り向くと、そこに友美がいた。彼女の短い、深い青色の髪が、その皮肉な笑みを縁取っている。熱帯の海のような、青と緑が混じった瞳が、からかうようにキラキラと輝いていた。彼女は、例の紺色の教師用ブレザーを、ダークスカートの上に着崩していた。
「友美か。どこか特定の場所へ向かう途中か?」俺は、答えを知りながら尋ねた。
「あなたの隠れ家ですよ、当然じゃないですか」彼女はそう言うと、俺を追い越して、ついてこいとばかりに顎をしゃくった。
俺はため息をついたが、後を追った。廊下は息苦しいほどで、生徒たちの間を、紙くずが舞っていた。歩きながら、斎藤の頼みを思い出す。(友達を誘え、か…くだらん)友美は大学からの友人だ——この学校でそのカテゴリーに当てはまる唯一の存在。まあ、俺たちの関係は、深い何かというより、ただの口喧げんかの応酬だが。恵のパーティーに彼女を誘うのは、俺の希薄な交友リストを考えると、実用的な選択に思えた。
「おい、友美」俺は、さりげない口調を装って声をかけた。
「なんです?」彼女は、立ち止まらずにちらりと見た。
「今週末、誕生日パーティーがあるんだ。斎藤の彼女の、恵のな。君も会ったことくらいはあるだろ、大学で。僕と一緒に行かないかと思ったんだが」
彼女は廊下の真ん中でピタッと立ち止まり、眉をひそめて振り返った。その視線には、疑いの色がこってりと乗っている。「私とパーティーに行きたい、ですって?」彼女は腕を組み、その口調はほとんど詰問だった。
「ただの誕生日パーティーですよ。大したことではありません」俺は、平静を保って答えたが、不快感がこみ上げてくるのを感じていた。
友美はフッと短く笑い、大げさに首と腕を振った。「勇太さん、ごめんなさい!私、先生とデートなんてできませんっ!」
俺は眉をひそめ、胃がギリリとねじれた。「デート?気色が悪い。なぜそういう言い方をする」
彼女はケラケラと、俺の狼狽を心底楽しむように笑った。「冗談ですよ、リラックスしてください!でも、マジで行きません。パーティーとか、私の趣味じゃないので」
「分かった。だが、なぜデートなどと…」俺は、まだその言葉の選び方にイライラしながら、ボソッと呟いた。
「だって、あなたのあのパニック顔、最高に面白かったですから」彼女は、俺が天井を仰いで目を回したくなるような、皮肉な笑みを浮かべて言い返した。
俺がその話を終わらせる前に、彼女は考え込むように首をかしげた。「ていうか、なんで花宮さんを誘わないんですか?」その口調は、まるで何か秘密を発見したかのように、意味ありげだった。
俺はパチクリと瞬きし、混乱した。「なぜ私が花宮さんを?」
「さあ?なんだかんだで…仲良さそうですし」彼女は肩をすくめたが、そのいたずらっぽい笑みは、彼女が何かを正確に理解していることを物語っていた。
「意味が分からない」俺は、胸にわずかな圧迫を感じながら言い返した。(生徒をパーティーに連れて行くだと?可能性のある『インクイジター』を?馬鹿げている)
友美はクスクスと低く笑い、廊下を再び歩き始めた。
俺の隠れ家——学校の混沌から逃れるための、階段の下の壁の裏にある、静かで何もない空間——に着いた。だが、俺は入り口で凍りついた。花宮さんと高橋さんが、そこにいた。床に座り込み、開かれたノートと、菓子の袋に囲まれている。楽しそうに話していたが、俺たちを見ると、その瞬間、ピタッと動きを止めた。花宮さんは口をパクパクさせ、目を大きく見開き、一方、高橋さんは、俺と友美の間で視線を行き来させながら、意地の悪い笑みを浮かべていた。
「ゆうくん!?」花宮さんは叫び、どもりながら訂正した。「い、いえ…勇太先生!なんでここに、彼女と…?」
俺の隣にいた友美は、まるで舞台女優のように、指先を軽く振って見せた。「あら、皆さん。ここが勇太先生のオフィシャルスポットだって、ご存知なかった?」
「なぜ、君たちがここにいるんです?」俺は平静を保とうとしながら尋ねた。
花宮さんが口を開いたが、高橋さんの方が早かった。「勉強してただけですよぉ、先生。ここ、静かだから…静かだった、って言うべきかな」
俺がまともな説明を要求する前に、背後に気配を感じた。「勇太先生…」フラヴィアンが、甘く、そして危険な声で言った。彼女は花宮さんに微笑みかける。「陽菜さん、あなたに会えてよかったですわ。恵さんが、今週末の誕生日パーティーに、ぜひあなたを個人的にご招待したいと、わたくしに頼みましたの、です」
「え、あ、本当ですか?」花宮さんは驚いて、どもった。
「ええ!斎藤さんが準備を手伝ってくださっていて…」
その名前を聞いて、花宮さんの瞳が好奇心でキラリと輝いた。「斎藤さんのこと、知ってるんですか?」
フラヴィアンは一歩前に出て、まるで廊下がステージであるかのように振る舞った。「斎藤さんは、勇太先生の古くからのご友人ですわ」彼女は、プレゼンテーションでもするかのように続けた。「彼は、恵さんという、素晴らしい女性の恋人でもありますの」
「へえ、じゃあ、昔からの知り合いなんだ?」と高橋さんが、今度は純粋な好奇心で尋ねた。
「その通りです。勇太先生、恵さん、そしてわたくしは、それはもう、長いお付き合いですの」フラヴィアンは、何かを隠すような笑みで胸に手を当てて答えた。
花宮さんは俺を見つめ、眉をひそめた。「そんなこと、一度も言ってくれなかったじゃないですか、勇太先生」その声は、ほとんど囁きだった。
俺はため息をつき、カオスが形成されていくのを感じたが、フラヴィアンが手綱を握った。「あら、素晴らしいアイデアを思いつきましたわ!」彼女は、皆に向き直った。「せっかくですから、皆さんでパーティーに行きませんこと?」
「てか、あんた誰よ、シルバーハンドさん?なんであちし達を誘うワケ?」高橋さんは、相変わらず直接的だ。
フラヴィアンは、動じることなく微笑んだ。「どうぞ、わたくしのことはフラヴィアンとお呼びください。そして、あなたは高橋直美さんでいらっしゃいますね?でも、直美さんの方が、親しみが湧きますわ、です」彼女は、あたしたち全員を見渡した。「さあ!陽菜さん、直美さん、友美さん、そしてわたくし。絶対に完璧ですわよ!」
彼女の言葉は、廊下でドカンと爆発した。花宮さんはパチクリと瞬きし、呆然としている。「あ、あたしが?パーティーに?」
高橋さんは首をかしげ、ゆっくりと笑みを浮かべた。「先生とパーティー?それ、ちょーウケるんですけど。見たい!」
それまで黙って見ていた友美は、フフッと低く笑い、腕を組んだ。「フラヴィアンちゃん、マジで時間無駄にしないよね?勇太先生に聞きもせずに、みんな誘っちゃうんだから」彼女は、「お前、終わったな」と言いたげな視線を俺に送った。
「これが良くないアイデアである理由を、私は十個ほど挙げられますが」俺は、逃げ道を探しながら話し始めたが、四人の視線が、それぞれ違う強さで俺に突き刺さった——フラヴィアンは自信、花宮さんは期待、高橋さんは好奇心、そして友美は純粋な皮肉で。
俺のエージェントとしての思考は、拒否しろ、距離を保て、偽装を守れとガンガン叫んでいた。だが、花宮さんの表情の何か——その瞳に宿る、ためらいがちな輝き——が、俺を躊躇させた。
「楽しくないかしら、勇太先生?」フラヴィアンは、もう決定事項であるかのように、手を組んで言った。「想像してみてくださいな!皆で一緒に、恵さんをお祝いする、リラックスした夜を」
「カラオケあんなら、あちしは行くっしょ。でも、先生も歌うのが条件ね」高橋さんは、ビスケットで俺を指差しながら言った。
「ありえませんね」俺はバッサリと切り捨てたが、視線の圧力は耐え難かった。俺の教師としての仮面はガラガラと崩れ落ちていく。俺は、敗北して、ため息をついた。「…分かりました。斎藤には、私から話しておきます」
フラヴィアンは、パァッと輝くように手を叩いた。「素晴らしいですわ!勇太先生、後悔はさせませんことよ!」花宮さんははにかみ、高橋さんは笑い、友美はただ「言わんこっちゃない」というように首を振った。
(俺は、一体何をしてしまったんだ?)廊下がグルグルと回っているように感じながら、俺はそう思った。
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斎藤と恵のアパートの前に、俺は時間より数分早く着いた。建物は質素だが、レンガ造りの外壁と入り口に置かれた植木鉢が、温かい雰囲気を醸し出している。俺はいつものスタイルだが、いつもよりフォーマルな格好をしていた。折り返した袖の黒いシャツ、濃い色のズボン、髪は結び、緑のメッシュが見えるように。今日、教師の偽装はない——それは安らぎであると同時に、リスクでもあった。
エレベーターを待っていると、タタタッと慌ただしい足音が聞こえた。「ゆうくん!」
振り返ると、花宮さんがこちらへ走ってくるのが見えた。ショッピングモールで僕が買った白いドレスが、ふわりと揺れている。学校の外では、彼女は少し軽やかに見えるが、それでもあの独特の内気な雰囲気は健在で、その瞳は緊張と興奮が混じってキラキラと輝いていた。「花宮さん。一人で来たのか?」俺は、エレベーターのドアがチーンと穏やかな音を立てて開くのと同時に尋ねた。
「うん。フラヴィアンさんが、場所は分かりやすいって言ってたから」彼女は小さく微笑み、肩のバッグを直しなが言った。
エレベーターに乗り込むと、狭い空間が沈黙を増幅させた。それを破るのは、ポロロンと流れる一般的なピアノのBGMだけだ。金属のドアに映る反射で、彼女が俺を見ているのに気づいた。「学校の外で会う時と…雰囲気が違うね」彼女は、さりげない口調を装っていたが、その声は震え、不安を裏切っていた。
「君の方こそ…いつもよりおめかししているな」俺は、そう言ってから、なぜ口にしてしまったのかと内心で自問した。(教師が気づくべきことではなかった)
彼女はカァッと赤くなり、床に目を落とし、バッグの持ち手をギュッと握りしめた。エレベーターが止まり、俺たちは斎藤のいる階に出た。花宮さんは緊張しつつも、決意を秘めた表情で微笑んだ。「行こっか?」
俺は頷き、ドアをトントンとノックした。その音が、静かな廊下に響く。
斎藤のアパートは狭いが、居心地が良かった。作りたてのスナック——ポテトチップス、ピザ、そして多分ケーキの甘い匂いがふわりと漂う。部屋はシンプルだが、丁寧に飾られていた。隅には金と銀の風船が浮かび、壁には「ハッピーバースデー」のガーランド、テーブルの周りでは色とりどりのLEDライトがチカチカと点滅し、お祭りのような雰囲気を作り出している。カラオケ機が隅を陣取り、輝くマイクがすでに準備万端だった。
テーブルは柄物の紙クロスで覆われ、スナック菓子でいっぱいのボウル、ジュースのボトル、ミニサンドイッチの大皿で埋め尽くされている。BGMには、アップテンポなポップソングが静かに流れ、部屋を活気で満たしていた。
恵が、温かい笑顔で俺たちを迎えてくれた。彼女は、緩いお団子に結んだ長い茶色の髪を引き立てる、深い青色のドレスを着ていた。「勇太ちゃん!それに、あなたがはるちゃんだね!可愛い!入って、楽にしてね」彼女は、純粋そうだが、どこか疲れた様子のエネルギーで、俺たちをリビングへと案内した。
部屋はもう賑やかだった。友美はいつも通りリラックスした様子でソファに寄りかかり、高橋さんが話す何かに笑っている。高橋さんは、レース付きの黒いドレス、重そうなブーツ、そして白い肌に映えるダークな口紅という、印象的なゴススタイルを披露していた。自信満々に身振りを交えながら、何かを話している。
斎藤はキッチンで、ジーンズにグレーのTシャツ姿。恵を手伝いながら、使い捨てのコップが乗ったトレイのバランスを取っていた。彼は俺に会釈と笑顔で挨拶したが、その目はどこか遠くを見ていた。花宮さんは、カラオケでどの曲を選ぶかでもう盛り上がっている高橋さんのグループに、あっという間に引き込まれていった。
その時、俺はフラヴィアンを見た。ソファに座り、その場に不釣り合いなほどの優雅さで、手に…ワイングラス?
「おい、このガキ、何やってんだ?!」俺は叫び、彼女がもう一口飲む前に、その手からグラスをガッと奪い取った。
「ダメ!わたくしの、愛の美酒が!」フラヴィアンは震える声で、ほとんど泣きそうに叫びながら、ドラマチックに腕を伸ばした。
「僕としたことが、君は未成年だろう!」俺は、彼女の届かないところにグラスを持ちながら言い返した。彼女はプクッと頬を膨らませ、その頬はもうほんのり赤い。
「落ち着けよ、勇太。一口か二口飲んだだけだろ」斎藤が、キッチンから出てきて、フラヴィアンの肩をポンと叩いた。彼女は、甘える子供のように、彼の体に寄りかかった。
「未成年者に酒を飲ませるとは、お前の無責任だろうが!」俺は、思ったより真剣な声で、斎藤を指差して言った。
「はいはい、お兄ちゃん」斎藤は皮肉っぽく笑った。フラヴィアンは、まだ頬を膨らませたまま、今度は彼の腕に抱きついて笑っている。
俺はチッと舌打ちし、部屋に注意を戻した。カラオケはもうガンガンと盛り上がっていた。高橋さんがマイクを握り、友美がジュースのカップを落としそうになるほど笑わせる自信満々のポップソングを歌っている。花宮さんはソファの隅でためらっていたが、高橋さんが彼女を引っ張り、マイクを渡した。「次は、はるちゃんの番!」その笑顔は、拒否を許さない。花宮さんはどもっていたが、歌い始めた。最初はか細かった声が、次第に力を増し、その瞳は幸福に輝いていた。ワインのドラマから回復したフラヴィアンは、パチパチと手を叩き、「素晴らしいですわ!」という叫び声で彼女を応援していた。
俺は、部屋の反対側の壁に寄りかかり、ジュースのカップを手に、すべてを遠くから眺めていた。この騒がしさは、俺には過剰だった。パーティーは小さいが、活気に満ちている——俺の好みには、活気に満ちすぎている。いつ隣人が音に文句を言いに来るかと、心待ちにしているくらいだ。
「一人で隅っこにいたら、余計に彼女たちを引き寄せますよ、知ってます?」友美が、氷がカランと鳴るカップを持って、俺の隣に現れた。
「うるさすぎる」俺は、グループから目を逸らさずに呟いた。
友美は笑ったが、俺の視線の先に気づいた。「勇太先輩…花宮さんのこと、じーっと見てますね」彼女のいたずらっぽい笑みに、俺はギリッと歯を食いしばった。
「僕を先輩と呼ぶな」俺は、冷たく言い返した。
「どうしてです?そんなに居心地が悪いですか?」彼女は、肩に髪を落としながら、首をかしげてからかった。
俺は無表情のまま、前を見続けた。彼女は、俺がそのゲームに乗ってこないと察した。彼女が何かを言いかけた時、俺はそれを遮った。声は低く、だが、断固として。「奴らは、君が僕を『先輩』と呼ぶのは、大学のせいだと思っている。友美」
彼女はピクッと固まり、メッセージを理解した。俺の視線は、キッチンで恵と笑いながらケーキを切っている斎藤へと移った。友美も俺の視線を追い、その笑みは消えた。沈黙が落ちたが、彼女は察した。俺が自分の——そして彼女の——偽装を守っていることを。今のところは、それで十分だった。
後で、俺は部屋の隅に座り、そこにいる全員の存在を処理しようとしていた。カラオケは続いていた。今はフラヴィアンと高橋さんが、大げさなデュエットを歌っている。その間、花宮さんはジュースのカップを手に笑っていた。友美はテーブルでスナック菓子をポリポリと食べ、恵は色とりどりのプレゼントの山を整理している。だが、斎藤は、輪から外れて、硬い表情でスマホをいじっていた。
恵が他のことに気を取られている隙に、俺は彼に近づいた。「斎藤、なんで俺が連れてきた奴らしかいないんだ?」俺は、低い声で、だが、直接的に尋ねた。
彼は顔を上げ、答える前にためらった。「呼べる奴なんて、あんまりいなかったんだよ、勇太。恵は昨日、もう友達と祝ったんだ。もっとでかいパーティーでな。ケーキも、ディナーも、全部込みのやつだ」
俺は眉をひそめ、混乱した。「じゃあ、なんでこのパーティーを?」
斎藤は部屋を見渡し、高橋さんと笑っている恵に目をやってから、俺に視線を戻した。「…何かを、思い出してみたかったんだ」彼の声はほとんど囁きで、俺が予期していなかった重みが乗っていた。
「何かを思い出す?」俺は腕を組んだ。「うまくいったのか?」
彼は、小さく、だが、悲しげに微笑んだ。「二人が足りなかった…でも、ああ、うまくいったよ」
俺はそれ以上、追及しなかった。斎藤とは、それくらい長く付き合っている。彼がそれ以上は言わないことも分かっていた。「二人」が誰を指すのかも、正確に分かっていた。そのうちの一人が、少なくとも、俺がいる限り、ここに来ることはほとんどないだろうが。
パーティーは続いた。恵がプレゼントを開け、部屋は笑い声で満たされた。彼女は、シンプルだが綺麗な宝石を解き、熱心に礼を言った。俺は、斎藤が輪から外れ、コメントもせずに床を見つめているのに気づいた。彼の隣に座った花宮さんが、ためらいがちに、だが、純粋な口調で何かを話し、彼を元気づけようとしているようだった。
彼女の仕草は不器用だが、誠実だった。そして一瞬、俺は斎藤が笑うのを見た——弱々しいが、本物の笑みを。
(俺の知ったことじゃない)そう思い、俺は、フラヴィアンが芝居がかった仕草で渡した、色鮮やかなスカーフのプレゼントを開けている恵に注意を戻した。
だが、斎藤の、悲しみに満ちた視線が、俺の頭から離れなかった。彼らの関係が、何ヶ月も前から揺らいでいることは知っていた。彼は決して認めないが、俺にはその兆候が見えていた——距離、沈黙、無理した笑顔。友人として、俺はそれを尊重すべきだった。
俺の注意は、ケラケラと甲高く笑うフラヴィアンによって遮られた。彼女は手にワインボトルを持ち、頬は赤い。「フラヴィアン!」俺は叫び、素早く近づいた。
彼女は、へらへらとした笑顔で振り返った。「勇太さーん!これ、すっごく美味しいんですよぉ、知ってました?試してみてです!」
「お前、飲んでるのか?!」彼女がさらに飲む前に、俺はボトルをひったくった。
「ほんの、ちょっぴりです」彼女は、ソファから落ちそうになりながら、指で「少し」のジェスチャーをした。
「君は未成年だろうが!」俺は、叫ばないように努めながら言った。「どこでこれを手に入れた?!」
彼女は冷蔵庫を指差し、俺の血が沸騰した。「フラヴィアン、これは冗談じゃないぞ!」
他の連中は、面白がっていた。高橋さんと友美はあからさまに笑い、恵は低く笑い、斎藤でさえ半笑いを浮かべていた。「みんな、これは笑い事じゃない!」俺は、苛立って言った。
「リラックスしなよ、勇太先生」高橋さんが、笑いをこらえながら言った。「彼女、ただ…ご機嫌なだけっしょ」
フラヴィアンは何か意味不明なことを呟き、横にぐらりと傾いて、ほとんど気絶しかけていた。俺はため息をつき、彼女が倒れないように腕を支えた。(こいつを、これからどうすればいいんだ?)
数時間後、パーティーは終わった。部屋はグチャグチャだ——使い捨てのカップが散らばり、風船はしぼみ、テーブルには食べ物の屑が散乱している。建物の前では、高橋さんの両親が娘たちを迎えに来ていた。花宮さんは、気絶したフラヴィアンを後部座席に乗せるのを手伝っている。その黒い髪が、彼女の顔にかかっていた。「彼女、大丈夫か?」と、俺は心配しながら尋ねた。
「心配しないで、勇太さん。父がなんとかしますから」と高橋さんは、クスクス笑いながら車に乗り込んだ。花宮さんはドアを閉める前に、サッと手を振った。彼女の白いドレスが、街灯の光を浴びて輝いていた。
友美は、少し離れた場所でバッグを直していた。「じゃあ、私、そろそろ行きますね」と、建物の入り口にいる斎藤と恵に手を振って言った。俺たちの視線が交錯した時、彼女は一瞬ためらった。何か言いたげな、それでいて言えない空気が漂う。斎藤はそれに気づいたが、何も言わなかった。
恵が建物に入った後、俺は斎藤と二人で入り口に残った。夜は静かで、涼しい空気が遠くの車の音を運んでくる。「彼女、大丈夫か?」と、恵のことを尋ねた。
斎藤は肩をすくめた。「ああ…まあ、少なくとも今日は、楽しそうだった」
俺は腕を組み、ためらった。「斎藤…お前と恵のことだが…大丈夫なのか?」
あいつは立ち止まり、まるで言葉を探すかのように、歩道をじっと見つめた。「お前が心配することじゃねえよ、勇太」しばらくして、あいつは言った。
「斎藤…」俺が言いかけると、あいつは遮った。
「俺に解決できる問題じゃねえ。俺のコントロールが及ばない、唯一のことだ」あいつは、疲れた笑みを浮かべて振り返った。「感情ってのは、論理通りにはいかねえんだよ。戦略を立てて、直せるもんでもねえ。エージェントとしてのお前には分からねえかもな…だが、勇太としては、どうだか」
あいつは話題を変えた。その目は、もっと真剣で、直接的だった。「それより、お前、花宮さんとはどういう関係なんだ?」
またいつもの、くだらない冗談かと思ったが、あいつの表情は真剣そのものだった。「『情報屋』だ」俺は、ためらわずに答えた。斎藤には、命を預けている。こいつに、この程度のことを話すのに問題はない。
「情報屋?」あいつは眉をひそめた。「なんで女子高生なんかを?」
「俺は、ただの代用教員としてあの学校に送られたわけじゃない。調査のためだ。まだ、何をかは知らんがな」
「はぁ?!」斎藤の声には、純粋な苛立ちが混じっていた。「お前、前線から退いたんじゃなかったのかよ?」
「ああ、退いたさ」俺の声に、苦々しさが滲む。「『インクイジター』としての『訓練』のためにな。だが、実際には一年半も大学でグーグー居眠りして、文芸部の小鳥遊先輩にだらしないって文句を言われる毎日だ」俺は木村のことを考えたが、黙っていた。まだこいつには話さない。こいつに『敵』がいると知られたら、引退した身でありながら、学校に殴り込みかねん。
「とにかく、俺も、これが一体何を意味するのか、よく分かってないんだ」俺は、視線を逸らして締めくくった。
斎藤は、俺の肩を軽く叩いた。「感情ってのは、論理通りにはいかねえんだよ。戦略を立てて、直せるもんでもねえ」その言葉が、重くのしかかる。俺が何かを答える前に、あいつはスマホの写真を見せてきた——パーティーで、俺が、自分でも思っていたより穏やかな表情で、花宮さんを見ている写真。
「何してんだ、お前」俺の声は、真剣みを増した。
「清美の時と同じだな」あいつは、意味ありげに笑って言った。
「勝手にしろ」俺は目を回した。
斎藤は笑い、スマホをしまうと、建物の中へ戻っていった。俺は、あいつの言葉の重みと、これから何が起こるか分からないという不確かさと共に、その場に残された。




