君を守る理由が欲しい
戦場には、理由が必要だった。
力を振るう理由。命を賭ける意味。
ただ生き残るだけでは、意味を失うことがあるこの世界で。
そして俺には、まだ——その理由がなかった。
「東弥、少しは身体を動かす努力をしろ。お前だけ逃げ足が鈍すぎる」
レイナの叱責が飛ぶ。訓練場の朝は、いつもこの調子だ。
「わかってる。けど、俺はあくまで作戦支援担当だから……」
「それでもだ。お前が動けなければ、こちらが守らねばならん。判断を下す者が倒れては意味がない」
「……それは、まあ」
ぐうの音も出なかった。
事実、最近の実戦では俺自身が足を引っ張る場面もあった。特に、ミリアが攫われたあの夜、自分の無力さを痛感したばかりだ。
それでも、剣を振るう度胸も、魔法を扱う才能も、俺にはない。
「おーい東弥、またレイナに怒られてるのか?」
訓練場の隅で、ファーナが笑いながら近づいてきた。
「けっこう頑張ってんだぞ、あいつなりに」
「う……フォローになってないんだが」
「ははっ、そりゃ悪い。でもな、東弥。あたしはお前が前に出る必要はないと思う。お前がいると、安心できる。ちゃんと見ててくれてるって、信じられるからさ」
「……ありがとう」
素直に礼を言った。ファーナはそういう言葉を、照れずにまっすぐくれる。
でも——その安心感で、誰かが傷つくこともある。
====
その日の午後、索敵任務中だった。
少数の斥候部隊が、周囲の異変を調査するために散開した。
「東弥さん、こっちの木陰、少し魔力の残滓があります〜」
ミリアが地面にしゃがみ込み、草をそっと撫でる。聖属性の魔力感知は、彼女の得意分野だった。
「この感覚……たぶん、誰かが回復魔法を使った跡ですね。傷口が治った直後の反応……」
「敵の傷か。誰かが逃げて、ここで回復した可能性があるな」
レイナが剣を握りしめる。
「危険区域だ、すぐに離脱を——」
——その瞬間だった。
パァン、と乾いた破裂音。続いて、土煙。
誰かが仕掛けた魔導地雷。しかも、対人用。
「っ、ミリア!」
その場にいた誰よりも先に、俺が走っていた。
土煙の中で、ミリアが尻餅をついていた。破裂は近かったが、直撃は免れた。だが——足に小さな切り傷。血がにじんでいた。
「ご、ごめんなさいっ……!」
「動かなくていい。傷見せて」
俺はミリアの足をそっと掴み、布で血を拭う。
「これは……浅い。けど、感染の危険がある」
「だ、大丈夫です〜。回復魔法かければ……」
「……かけるな」
俺は思わず言っていた。
「お前は、今は休め。戦場で無理をして、二度目の負傷なんて、冗談じゃない」
「……東弥さん」
ミリアが、ぽかんとした顔で俺を見た。
そして、くすっと笑った。
「やっぱり、東弥さんって優しいですね」
「いや、俺は——」
「ううん、ちゃんと伝わってます〜。ありがとう、守ってくれて」
心臓が、一瞬だけ跳ねた。
俺は、守ったんだ。誰かを。
戦場で。自分の意思で。
(……そうか。こういうことか)
理由が、やっと少しだけ見えた気がした。
俺は、戦いたいんじゃない。
誰かが、傷つくのを見たくないだけだ。
その誰かに、名前がついた時——たぶん、俺は本当に変わるんだろう。
====
帰還後、仲間たちに軽く事情を報告し、ミリアは休息に入った。
「……東弥」
その夜、珍しく、レイナが声をかけてきた。食堂のテラス。月明かりの下。
「今日は、少し見直した」
「え?」
「お前が、真っ先にミリアを助けに行った時……無謀だとは思ったが、偽りではなかった」
その表情は、月の光に照らされて、いつもより柔らかかった。
「……守る理由がある者は、強い」
「そう……かもな」
「ただし、それは時に判断を鈍らせる」
「忠告か?」
「ああ。だが——」
レイナは目を逸らしながら、小さく言った。
「……それでも、私は、少し羨ましかった」
「……え?」
「なんでもない。明日は早い。休め」
そう言って、レイナは去っていった。
でも俺は、その背中を見つめながら、はっきりと感じていた。
この世界で、俺が生きる理由は——
戦うためではなく、誰かを守るためにあるんだ、と。