初戦、無力な俺に何ができる?
次の日の朝、俺はレイナに叩き起こされた。
「五分以内に着替えを済ませろ。訓練場へ向かう」
「……おはようの一言くらい、あってもいいと思うんだけど……」
「ない」
そっけなさすぎる。
だけど、彼女はそれが普通らしい。
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訓練場には、俺と同じように部隊編成予定のメンバーが数人いた。
中には、少年のような背格好の少女や、褐色肌の大柄な剣士、魔導士っぽいローブ姿の若者など、見るからに戦う人たちが集まっている。
「……あれ? なんで制服?」
「だって他に着るものないし……」
「お前、戦場に出る気あるのか? 頭使うだけって言っても、それで済むわけねーぞ」
声をかけてきたのは、金髪のツンツン頭に赤いスカーフを巻いた少年兵。口調は荒っぽいが、周囲に慣れている様子だった。
「おいおい、また召喚者か? 今年に入って三人目だな」
「しかも男だし……はぁ、面倒くさ」
周囲の空気が、露骨にピリつく。
異界の人間は、この世界で期待と警戒の両方を受ける存在らしい。中立というよりは、危険物に近い扱いだ。
……まあ、わからなくもないけど。
「静粛に」
その空気を切り裂くように、レイナが現れた。
その瞬間、場の全員がピンと背筋を伸ばす。圧倒的な威圧感。口ではなく、立っているだけで人を従わせる存在。
「本日の訓練内容は基礎演習および連携確認。各自、装備を整え、準備せよ」
「ちょ、ちょっと待てって……俺、武器とかないし!」
「知っている。貴様には、指揮者候補としての適性が見られている。よって、模擬戦では司令補佐役を任せる。記録石を使い、各陣形の指示を行え」
「いやいや、待て待て、俺にそんな経験——」
「必要ない。貴様の役割は考えることだ。考え、失敗しろ。それが訓練だ」
レイナは容赦なく言い放った。
そして始まった、初めての戦場。
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模擬戦は、俺を中心にした三人小隊 vs 四人の迎撃チームという構成だった。
「東弥くん……で、いいのかな? 私、回復担当ですぅ。ミリア・スノウっていいます」
にこやかに挨拶してきたのは、小柄な少女。ふわふわの金髪と柔らかい声が印象的だった。
「ぼ、僕はグリスっていって……魔導支援型です、あの、よ、よろしく……」
もう一人は眼鏡の気弱そうな魔導士。
この二人を指揮して、前線に向かえというのが今回の課題らしい。
だが——すぐにわかった。
俺には戦術がわからない。
「東弥くん、指示まだですかぁ〜?」
「敵、来るよ!? な、何すればいい!?」
「え、ちょ、ちょっと待って、今考えて——」
その考える時間が致命傷だった。
瞬間、敵の前衛が飛び込んでくる。ミリアが咄嗟に防御魔法を展開し、グリスが後方支援で氷の障壁を張ったものの——
「くっ、もう突破された!?」
俺の指示が遅かった。迷って、言葉にできず、伝わらなかった。
結果、味方の一人が、戦闘不能扱いでフィールドから退場。
「はい、そこまで」
レイナの声で訓練は終了。
俺たちの敗北だった。
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「……何もできなかった」
控え室で、俺は椅子に座り込んでいた。悔しい、というより……情けなかった。
「当然だ。貴様はただの学生、魔法も武術もない。ましてや、他人を動かすことの意味も知らん」
レイナの言葉は、冷たくも正論だった。
そのぶん刺さる。
「なら……俺は、何ができる?」
「それを探すのが、お前の任務だ」
彼女はそう言って、振り返らずに出ていこうとした——が、ふと立ち止まる。
「一つ、助言しておく」
「……なに?」
「指揮とは、命令ではない。相手の命を預かる覚悟を持て。さもなくば、戦場で誰もついてこない」
その言葉が、今日一番、心に響いた。
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夜、俺はひとりでノートに書き始めていた。
戦場で見たこと。動き方。ミリアとグリスの魔法の特性。そして、自分の判断がどこで止まったのか。
間違えたことは、忘れないように。
——次は、誰も退場させないように。
「……ま、たぶん。少しずつ、やってくしかないよな」
無力だった自分を、受け入れる。
でも、それで終わらせたくない。負けたままでいたくない。
だから、俺は考える。
戦術を、心理を、言葉を。何ができるかを。
そしていつか、誰かを守れるように。