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忘れない

作者: 大澤豊
掲載日:2025/04/12

僕は長い間、ずっと一人で旅をしていた。

魔法の実を探す旅だ。食べれば何でも欲しいものが手に入るという。

ある時、田舎町で出会った女の子が、僕を見て泣き出した。

どうして泣いているのか聞いても首を振るだけだった。

僕は彼女がかわいそうで、持っていた金貨を分けてあげた。

女の子は泣き止むと、その金貨で素敵なドレスを買うと言って喜んだ。

しばらく歩いていると、大都会に出た。

長身の青年が僕を見て、怒り出した。

なぜ怒っているのか分からなかったが、しばらくしてがっくりと肩を落としてしまった。

僕は彼がかわいそうになって、持っていた金貨を分けてあげた。

青年は、彼女との結婚費用に使うと言った。なぜか、とても悲しそうだった。

その後も歩き続けていると不思議な川が現れた。真っ黒の水が流れる不気味な川だ。

この川を僕は見覚えがあった。

そう、この川の中洲に魔法の実の木があるのだ。

川沿いに歩き、目をこらす。

やはり、中洲に一本の古い木がある。一つだけ赤い実を下げた、細くて折れそうな一本の木。

魔法の実はすぐ目の前だ。

いよいよ僕の旅も終わるのだ。

近くには一人分のボートがあった。僕は迷わずボートに乗った。

その時。

一人の老婆がこちらへ走ってきた。息も絶え絶え、こう言った。

「こちら側から中洲へ渡ると、一番大切な記憶がなくなるよ」

僕は首を振った。

今の僕に、大切な記憶など何もなかったから。

ボートに乗って、漕ぎ始めた。

黒い水の底には何も見えない。

もうすぐだ。もうすぐ、欲しいものが手に入る。

中洲に到着し、真っ赤な赤い実を一つ、もぎった。

それは、懐かしい味がした。

いつか家族で分けて食べた、酸っぱい赤い実の味だ。


僕が欲しいものは、一番大切な記憶だった。

僕がこの川を渡るのはニ度目だから。

一度目に願ったものは、金銀財宝だった。

でも黒い川を渡った時、それを渡したかった家族の記憶を忘れてしまった。


田舎町の少女は僕の孫。

大都会の青年は僕の息子。

河岸に戻って、老婆の手を握った。

ごめんなさい。僕の愛しいひと。

僕が世界で一番愛する、僕の奥さん。

ごめんなさい。僕の愛しい家族たち。

どんなに高価なものよりも大切なもの、大切な記憶。

僕は二度と忘れないと誓った。


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