お決まりの☆
「何よ今更。……当たり前じゃないの」
力強くそう言う花凛に、私は即答していた。
私達にとって、『比成学園の生徒として』の文化祭は今年で最後。
最後であり、一番最高の思い出にしたいこのイベント。
あの殺人鬼――ウィルは、確かに超絶綺麗で、人外魔境的美貌の持ち主で。
見ている分には、とても目の保養になるんだけど……天然記念者、絶滅危惧種だけど、それでも。
私達の頑張り、そして大事な思い出にしたいこの日をめちゃくちゃにする奴は、誰であろうと許さない。そんな事をする悪い子ちゃんは、ばっちり成敗してやるわっ!!!!
「そうだな……皆にも協力してもらった方が、絶対に成功率は上がるだろうし」
成敗してやるとその場のメンバーで意気込んでいたその時、後ろから聞きなれたテノール声。
「あ、理事長!!」
その声の持ち主は、比成学園の理事長こと牙王 比成だった。
「その様子からいくと……理事長もこの事知ってたんですね」
腰辺りまであるウェーブのかかったなめらかな茶髪を揺らしながら、比成の元へと歩いていく麻矢。その瞳は、若干呆れたような色をはらんでいた。
「あぁ、知ってた」
比成もそれが分かったはずなのに、相変わらず笑顔を崩さない。
こんな事態なのに……つくづく分からない人である。
「では……警備の強化はしているんですか?」
警備の強化。
この状況で唯一出来るのはそれ位。ならば当然している筈だ。
「強化、ね。もちろんしてる。でも……今回のケースからいくと正直意味が無い気がするんだ」
「意味が無い?」
「そう。いくら最先端の技術と今出来る最高の警備でいたとしても、奴――ウィルには通じないって、オレは思ってる」
そう呟く理事長は本当に真剣で、いつもの飄々としたイメージは欠片も無くて。
オレの知ってる理事長じゃない様な錯覚に陥った。
この人は、誰なんだろう。
「理事長、それ、前も言ってた。どうしてそう思うのかしら?……根拠を教えて欲しいんだけれど?」
「そうだな……麗奈、ウィルについて調べた事あるか?」
「えぇ、一応は。彼のファンサイトにたまたま一昨日辿り着けて、そこから彼についていろいろ辿ってみたの。超絶綺麗な殺人鬼ウィルは、正義の味方と言われていて。彼が殺すのは、決まって最低な手口で殺人をした人物で、その人物が行った方法で殺人を行う。彼は正義。見返りなんて求めない――彼のファンは皆、このようなコメントを残していたわ」
『彼は正義。見返りなんて求めない。』
彼のファンはそう語っているみたいだけど、本当にそうなのか。
そう思わずにはいられなかった。
見返りを求めないで、こんな人外な事出来る筈が無い。常識外れで、人間の中の“普通”を見事に覆した。
「そう。ウィルは正義、それに彼の殺しは芸術とまで言われている。麗奈、それだけじゃ無いだろう?」
「……変装の達人、そうも書いてあったわ。類稀なる美貌と完璧な変装。それが今彼を捕まえる事が出来ない理由。私はそう思っているけれど」
顎に指を添えて、考える人のようなポーズをとる姉貴。姉貴も理事長同じくいつものへらへらした感じは微塵も無かった。それが、この事態がどれ程に深刻なのか物語っているようだ。
そして難しい顔をしているであろう比成の方をもう一度見やると――
……………………は?
麻矢の脳内に浮かんできたのは8個の三点字リーダーの後に『は?』だけであった。
と言うか、この状況でこんな表情をしているこいつを見てそれ以外に浮かぶ事があるなら是が非にも教えて貰いたいものだ。
この状況で、こいつ――もとい、理事長はいつもの飄々とした……早い話し、口元をゆるめたへらへら笑いを浮かべていた。
「そうだな……もしも全てが本当なら、そうなるよな」
そしてこの言葉。先程の真剣さは何処へやら。
理事長がいくら飄々としていて常識外れな所があろうと、これは流石に無いだろ。
この人は、確実に何か知ってる。
結論は急ぐもんじゃない。分かってる。
分かってるけど、多分これは確実だ。
この言葉に疑問やら何やらを感じたのは、当然麻矢だけで無いようで、皆一斉に理事長の方を向く。
口元の端をくっと上げて
「世の中、見える事だけが全てじゃ無い、って事は皆よく分かっているだろう?ウィルが芸術的だと言われる殺人を繰り返す事には、実は意味があるんだ」
またもや意味の分からない事を言い出す。さらに首をひねるメイドカフェとホストクラブメンバー。
「はは、分からない事だらけだろうな。まぁ、本人に全てを話してもらおうじゃないか、なぁ?」
にやにや笑いを浮かべて何やら後ろの方に話しかけている。
頭にハテナマークを沢山付けながらそちらを振り向くと、そこには…………。
こんなお決まりな展開があって良いものか。
世の中の仕組みは一体どうなっているんだ。
これは一体全体どういう事なんだ。
目の錯覚なのか。
さまざまな疑問が頭をかすめるけれど、一瞬後にはそれらの疑問が頭に浮かんだ事すら忘れているような、そんな状況。そこには
「ウィル…………?!」
ウィルに最も近い位置にいる世都が驚いた声をあげた。
ウィルが、冷酷で残酷で壮絶綺麗で芸術的な彼がそこには居たのである。