第三話
それからアンドリュー様はどんどん考え方を改めてくださった。
都度、ショックを受け、落ち込みはするが、元々頭の回転も速く各国の情勢にも明るいアンドリュー様は、これが如何に我が国の外交上不利になっているかをすぐに理解された。私をほぼ毎日のように放課後に呼び出し、他国からの我が国の評価や、実際に我が国の女性の立ち位置がどうかなど、積極的に話を聞いてくださった。
だけど、所詮、私の家格は伯爵家。王族レベルの話としての外交上の不利益の細かいところになってくるとわからない。そこで、クレアと、その婚約者である帝国第二皇子のアルフィー様に、アンドリュー様はお声がけされたのだ。
はっきり言って、自国の恥部である。それを隣国の皇子とその婚約者に相談は如何なものかと思ったのだが、意外にもアンドリュー様は「今更だ」と、吹っ切れたように笑い、頼ることを即決されたのだ。
「アンドリューが放課後、ソフィア様を呼び出しているのは知っていたが、まさかそういう話だったとは」
失礼なことにアルフィー様はくつくつと肩を震わせ笑って快諾くださった。
クレアは逆に私の、王国の女性のこれまでの立場を思って「よかったわね」と言ってくれた。
アンドリュー様曰く、自分の代でこの悪習と、他国の評価を変えたいとのことで、積極的に帝国での社交にも関わっていきたいとのこと。それもあり、アルフィー様とクレアにその伝手も頼りたいと。
そしてなぜか、その社交にパートナーとして私も連れ回されることになる。
当初は、婚約者でもないのにと断ろうとしていたが、クレアが「帝国の殿方に顔を売る機会よ」と私を唆すので、それもそうか、と思い直し、自国の同じく留学中の学友という立ち位置で、アンドリュー様の社交に付き合うことになった。
私は留学生で帝国では外国人ではあるが、名門校で最上位クラスに席をおいていることは、知性を重んじるこの国ではやはり全く不利にはならなかった。それを目の当たりにされたアンドリュー様は、更に知性的な女性の価値を高く評価してくださる。
そうして、勉強にも社交にも忙しくも楽しい学生生活を送ったのだ。
そして、帝国で学んだ集大成となる卒業試験と、そのすぐあとにある卒業式に卒業夜会と、一番忙しい時期に差し掛かっていた。勉強ももちろん大変だし、夜会で着るドレスも用意しなければならない。とにかく忙しかった。
ちなみに、卒業夜会のパートナーはアンドリュー様だ。
意外にも、アンドリュー様とたくさんの社交に参加したことで、外国人でありながら名門校の最上位クラスで、王国の王子―――アンドリュー様の覚えもめでたい令嬢として私の商品価値は高まり、帝国の後見である伯母様の元に、たくさんの釣書を頂いている。卒業後にお見合いをする予定だが、皆様、アンドリュー様に気を使われて、卒業夜会のパートナーは遠慮くださったのだ。
「ドレスだが、今までの礼だ。こちらで一式用意しよう」
今までもお礼だと何度かドレスを頂いたことがあったが、さすがに卒業夜会は、帝国では通常、婚約者でない場合は親が用意するもので、お断りしようとしたのだが、王国では婚約者ではなくともパートナーが用意するではないか、と言われ、そう言われると自国の習慣に沿っても良いのかも知れないと、ありがたくご用意頂くこととなった。
そして、寝不足と戦った卒業試験が無事に終わり、首席はアンドリュー様、二位がアルフィー様、三位はクレアと好成績を残し、私は十二位と自分の中では充分な評価を得ることができた。ちなみに、一度アンドリュー様に勉強の教えを請いはしてみたが、天才でも出来ないことはあるらしく、教えることは不得意だった。というか「なぜわからないのだ」という一般人とは違う頭の作りをしているようで、天才すぎて役に立たなかった。
そして、卒業式。帝国式の式はなかなか感動的だった。全員が、黒いアカデミックガウンを羽織り、角帽を最後に空高く投げるのだ。一気に盛り上がり、全員そこかしこで歓喜を上げる。王国にはないこの催しは、辛く厳しい勉強時間の思い出と、卒業という達成感を最高潮に押し上げ、みんな泣き笑いで、本当に良い思い出の一幕となったのだ。
そして、その興奮冷めやらぬ中、卒業夜会の準備。寮に伯母の家の侍女達が来てくれて準備を手伝ってくれる予定なので、急いで部屋に戻ったのだ。
「お嬢様、ご卒業おめでとうございます。殿下より、一式ご用意いただいたものが届いております」
アンドリュー様から任せておけと言われ、ある程度の希望のみ伝えて、実はドレスは今日これからが初対面だった。だって、卒業試験で苦手分野のあった私はそれどころでなく任せられるなら任せてしまえとついつい甘えてしまったからだ。
ところが、用意頂いたものを見て驚いた。髪飾りもドレスも宝石のネックレスやイヤリングも靴も全て、どこからどう見てもアンドリュー様の色だらけ。さすがに婚約者でもないのに勘違いされても困るほどに。侍女と一緒に着るべきか悩んだのだが、もうあと数時間で卒業夜会。頂いたものを無下にするのも無礼にあたるので、仕方なく着ることになったのだ。私の立ち位置は、アンドリュー様の自国の臣下で同級生、それ以上でもそれ以下でもない。でも、流石にこれはどうかと胃が痛むが、無情にも時は流れ、アンドリュー様のお迎えが来てしまったのである。
「ソフィア、似合うでないか」
「‥‥‥ありがとう存じます。ドレスもとても素敵なものをご用意頂いて嬉しいのですが、アンドリュー様、このお色は勘違いされてしまいませんか?」
少し、抗議するように言ってみたのだが、アンドリュー様は「些細なこと」と、それ以上取り合ってはくださらなかった。
胃が更に痛むが、卒業生は私の立ち位置を理解されている方ばかり。王国のように馬鹿な噂に惑わされたり、揚げ足ばかり取る品のない方もそうそういない。だから、見当違いな勘違いはされないだろうと、早々に諦めてしまうことにした。
卒業夜会は盛大だった。帝国所有の建物を貸し切り、歴史ある煌びやかな装飾も綺麗で、音楽も帝国でも一流の楽団が素敵な曲を奏でてくれる。卒業生たちも着飾り、色とりどりで気分も上がる。
アンドリュー様と一曲最初のダンスをご一緒させていただいて、その後は、お誘い頂いた同級生たちと代わる代わる踊り、とても楽しむことができた。
モリス様のような失態を犯さなかったアンドリュー様は、首席でもあり、王国の王子様だ。たくさんの女性に囲まれ、ダンスの列ができていたほど。
踊り疲れ、グラスを手に一息ついていたらクレアが「王子は独占欲強めね」と揶揄ってきた。
「もう、そんなんじゃないこと知っていて楽しそうにしないでよ」
「ふふ、そうね、そういうことにしとくわ」
「なによ、そういうことって」
私達は、軽口を叩きながら、いろいろな思い出を語り合った。私は帝国で嫁ぐので、クレアとは卒業後も縁が続く。だから離れ離れにはならないのだが、皇子妃となるクレアとは今より気軽に会えなくなる。そう思うとちょっと寂しくなってしまい、クレアも同じように思ってくれていて私達はお互いお化粧を気にしながら涙をにじませていた。
そうしていると、アンドリュー様とアルフィー様がいらっしゃった。
アルフィー様は、クレアと来賓に挨拶に行くというので、見送ると、アンドリュー様が、私に手を伸ばす。
「少し涼みに行く、付き合え」
差し出された手を取り、アンドリュー様と、松明が所々に並び、夜なのに幻想的な明るさの庭園へ歩いて行った。オレンジ掛かった炎がちょうどよい色を草木と花々を照らし、涼しい風が頬を撫で、夜会会場の喧騒が遠くなった場所で、アンドリュー様が立ち止まった。
「ソフィアのおかげで、他国から我が国の王妃や女性がどう思われているか知った」
あの時は、思い切ってよかったなと思う。アンドリュー様の代で我が国の女性の評価が変わっていくのだ。
「私が頑張り変わろうとしているのは少しは社交で広めてはいるが」
そうですね、アンドリュー様は学業の傍ら本当に尽力されていらっしゃった。
「当然まだ全て払拭できるわけではないから、五代に渡る王妃の評価では、現状、他国の姫が私に嫁いでくれることはない」
はい、悲しいことに、根強く残る我が国の評価はすぐには変わりませんものね‥‥‥。
「知性のある我が国の女性は皆、帝国に嫁いでしまう」
私もそうする予定だが、今はまだ王国の女性の地位が低い。
「私の代で変わろうとしたら、我が国の女性で現状知性があり、隣に並んでほしい女性は残念だがいないと断言せざる得ない」
たしかに。王国でアンドリュー様のお考えに寄り添って外交もできるほどの女性はいるとは思えない。
「ソフィア、一緒になろう。ソフィアしか私を支えられるものはいないのだ」
「‥‥‥へ?」
今なんと?!一緒になろう?ん?これって、きゅ‥‥求婚では?!
これ以上ないくらい、目を見開いた私を、アンドリュー様が、見たことない優しげな目で見つめ、私の手を取り、片膝をつかれた。
「ソフィア、結婚しよう」
「お、お待ち下さい‥!私は伯爵家、アンドリュー様のお隣には身分が‥‥」
「大丈夫だ。私の母なぞ、子爵家の三女だったのだぞ。妃の身分を問わないことだけは王国の悪習に感謝だな」
少しにやりと笑うアンドリュー様。他国では伯爵家だと、王妃としてはほぼ無理な身分だが、そういえば、嘲笑されている我が国では余裕の身分だった‥‥‥。
身分差という最大の防波堤を早々に打ち破られる。
「気付いていないようだが、私は以前からソフィアを好いている。知性のみ求めているわけではないのだ」
ぼっと顔が熱くなった。アンドリュー様が、私をす‥‥好いて‥‥好いている?!いつから???
「いつからと思っているだろう」
なぜわかる。天才とは心も読めるのか?!動揺して声も出せない私はこくこくと顔を傾ける。
「不敬を覚悟で懸命に、我が国の妃の実情を話してくれた時からだ」
「!!??」
「母を見ていても、王国の女性と話していても、一人も国を想う発言をしてくれる女性はいなかった。ソフィアが初めてなのだ。私を変えてくれたのはソフィアだけだ」
私は、熱くなる顔や手や体で、全身が沸騰しそうだった。帝国では常に学業優先。淑女らしい距離を保ち、アンドリュー様以外で男性と関わったことはあまりない。でもそれは、私の中では、国を変えようと努力される御方の臣下としての関わりだったから、そんな前からアンドリュー様が私をそういうふうに想ってくださっていたとは全く気付きもしなかったのだ。
不意打ち過ぎる。臣下として、絶対に勘違いしないように取ってきた距離が、一瞬で近くなる。
「ソフィア、返事は?」
よくよく考えよう。アンドリュー様とはどういう御方か。私よりも身分も高く、頭がよく、国を良くしようと努力され、王国の男性とは違い、女性を尊重してくださる。顔は‥‥‥正直好みである。背も高く理想的。男性として見ると‥‥‥やばい、完璧ではないか?!
私を握る手に入れる力をぐっと強くされ、びくりとアンドリュー様に目を向ける。視線が熱い。
私の気持ちは???と考えれば、どきどきしている自分に気付く。この二年間、ずっと頑張るお姿を一番近くで見てきたのだ。好きにならないほうがおかしい。
「はい、お受けしたいと思います」
蚊の鳴くような声で、真っ赤な私はどうにかお応えできた。
指先に口付けされ、更に真っ赤になる私を「可愛い」とおっしゃいながら、ふわりと優しく抱きしめてくださるアンドリュー様。私は帝国ではなく、自国で嫁ぐことになりそうだ。
ふわふわと夢見がちに会場に戻ると、クレアが「やっぱりね」と、少し意地悪に揶揄ってきた。クレアもアルフィー様も、アンドリュー様の想いに気付いていたらしい。知らぬは私だけ。
そして、アンドリュー様と私は、王国を変えていった。既に廃れた王太子妃教育と王妃教育を復活させた。アンドリュー様は、いつも外交に私を伴い、政務にも積極的に私を関わらせてくださった。
二人の王子に恵まれたが、教養のない女性を王子に娶らせるつもりはない、と生まれてまもなく非公式でだがアンドリュー様が宣言。アンドリュー様のご両親である王と王妃様は、最初は憤慨されたが、王家の男性は高いレベルの教育で、代々頭は良いのだ。ちゃんと説明すれば王様はすぐに理解してくださった。王妃様は、最後までご納得いただけなかったので、あまり私とは良い関係は作れなかった。でも、五代続いてきた悪習を六代以降払拭することに成功し、王子教育には、五代続いた王家の失態を必ず教える授業も組み込まれることになったのだ。
婚約破棄から始まった、当時の王子と男爵令嬢の間違った恋愛観の植付けによる子育て。ここまで代々影響を及ぼすとは誰も思わなかっただろう。時間はかかったが、他国の地でのひとつの出会いが全てを変えた。もうお飾りの王妃なんて言わせないのだ。
めでたしめでたし。
誤字報告有難うございます!助かります!
評価有難うございます!嬉しいです!